バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

バックパッカーの旅Ⅱ(欧州~北アフリカ~欧州~日本)

カスバに別れを



  祈りのせいか、なかなか寝付けず朝を向かえ、祈りの声が聞こえなくなって、やっと眠りにつくことができた。
 目を覚まして、ロビーの時計を見ると、十一時二十五分・・・・・もう、太陽は中天を指し示していた。
 昨日の雨が嘘のように、空には青空が広がっている。

  広場のカフェには、地元の人々がゆっくりとチャエを啜っているのが見える。
 何を思い、何を考え、一日をどうしようと座っているのか?
 一杯のカフェを啜り、部屋に戻り荷物の整理をしていると、おばさんが各部屋の掃除をしている姿が目に入って来た。
 この宿に来た当時は、あまり綺麗にしていなかったのに、客が多くなってきた為か、廊下を熱心に磨き始めているではないか。
 モップが無いらしく、おばさんの大きなお尻を、右に左に揺すりながら、廊下を往復している。
 俺に気がつくと、立ち上がり話し掛けてきた。

       おばさん「今日立つの?」
       俺   「ええ!」

 通じたのが嬉しかったのか、暫く雑巾がけの手を休め、俺が荷物の整理をしている姿を、ニコニコしながら見ている。
 気の良さそうなおばはんだ。
 暫く見ていたが、俺が後ろを向きになっているうちに、いつの間にかいなくなっっていた。
 荷物の整理を済ませ、部屋を出ようとすると、おばさんがやって来た。

       おばさん「元気でな、日本人!」

 と言うと、おばさんはまた廊下を磨き始める。
 南京虫に襲われる事は無かったけど、近くに庭があったせいか、少しジメジメしているのには参ってしまった。
 その上、朝早くから聞こえてくる、不気味なお祈りの声には、夜中中悩まされ眠れない日々が続いてしまった。

  いつもロビーで勉強していた少年は、この日姿が見えない。
 学校へでも行っているのかも知れない。
 少年の代わりに、気の良いおばさんがまた、ニコニコしながら現れた。

       おばさん「ドゥー・ユー・リーブ・トゥデイ?」
       俺   「イエス!」
       おばさん「OK!キー?」

 おばさんに部屋のキーを戻す。
 おばさん、キーを受け取る。

       俺   「この本、日本人に渡すなり、この宿に置いておくなりしてくれ。」
       おばさん「良いのかい?」
       俺   「全部読んでしまったし、この先荷物になり重たいから・・・。」
       おばさん「サンキュウ!」

 本は日本から送られてきたもので、暇なもんだから、寝る前に二度も三度も読んだもの。
 「ある偽作家の生涯」、「蒼き狼」、「額田王」、「楼蘭」。
 全て、井上靖著の本だ。
 俺がここにこうして居るのも、この楼蘭の本に見せられてだった。
 シルクロードに憧れて、今こうして旅をしているのだから、俺にとっては人生指針の本と言っていいだろう。
 日本に持って帰りたい本ではあったが、荷物になる為手放す決心をしたと言うわけだ。

 井上氏の言葉を借りれば、”奇しき運命に流されてきた!”と言っても過言ではない。
 この本がこれからどういう運命を背負って、どういう経路を通って、誰の手に渡るのか?また、捨てられる運命にあるのか、この本だけが知りえる運命と言っていいだろう。

                *

  日本人二人に別れの挨拶をする為に、階段を上った。
 ドアをノックすると、部屋の中から一人だけ顔を出した。
 もう一人の姿は見えない。

       俺 「あはよう!」
       青年「ヤー!」
       俺 「実は、今日発ちます。」
       青年「何処へ?」
       俺 「やっぱり、南スペインを回ってみようと思ってます。」
       青年「・・・・・。」
       俺 「グラナダへも行って見たいし・・・。」
       青年「そうですか!南スペインは良いですよ。」
       俺 「・・・・・・。」
       青年「そのほうが良い。じゃあ、それから北上してロンドンに渡るんですね?」
       俺 「ええ!そのつもりです。」
       青年「私達と同じルートですね。」

 トイレでも行っていたのか、もう一人がパジャマ姿で姿を現した。
 二人に簡単な別れをして外に出る。
 街は俺が発つと言うのに、変らぬいつもの街だ。

       「ヤポン!ヤポン!見て行かないか?」
       「・・・・・(俺はスペインへ戻るんだ・・・・。)」
       「ヤポン!カラテ!カラテ!」
       「・・・・・・(俺は今日発つんだ)・・・・・・。」
       「あらっ!日本人よ、フフフフフ・・・・・、ねえ見て!」

 ここから南へ少し行けば、サハラ砂漠。
 行きたかったカサブランカも目の前だというのに、モロッコを後にしようとしている。
 サハラ砂漠を一人で横断しようとして、死んでしまったヒッチハイクの仲間も、 サハラ砂漠の南の国”マリ共和国”で眠っている。
 お墓参りでもしてと思ったが、どうも旅費が持ちそうにない。
 万感の思いで、モロッコを後にする。

 宿から港へは、すごい下り坂で、何十段もある階段を転ばないように、一歩一歩足先を確かめながら下りて行く。
 道の両側には店がずらりと並んでいる。
 まるで、金毘羅の階段のような風景が眼下に広がっている。
 下のほうからは、美しい女性が顔を覆い、ゆっくりと登ってくる。
 布を覆っているのに、なんで美人なんだ!とあなたは思うでしょうが、唯一出ている目を見ればわかるんです。

 港まで下りる頃には、雲行きが怪しくなってきた。
 ところどころ、青空が覗いているのだが、小さな雨粒がポツリ、ポツリ・・・・と空から落ちてきた。
 小松ブルドーザーの事務所の横を通り港へ向かう。
 12:30発の船に乗ろうとしているのだ。
 それまでにまだ、30分ある。
 これから乗る船は目の前に停泊している。

 港の事務所に入るが、カスタムも切符売り場も両替所も、閉じられたまま人も居ない。
 そこいらに居る人に聞いた。

       俺  「あの船に乗りたいんだけど?」
       ?  「もうダメ!次の午後3:00の船にしなさい!」
       俺  「だけど、まだ30分もあるじゃない?」
       ?  「ダメ!ダメ!」
       俺  「ホワイ????」
       ?  「ダメ!」

 近くのカフェに座り、次の便を待つことにした。
 ここからは、今まで過ごしたTanger(タンジール)の街が見渡す事が出来る。
 小高い丘を埋め尽くすように、白い建物が建ち並んでいる。
 カスバの中も・・・・、人の動きは見えないが、今でも無数の人たちが蠢いているに違いない。
 いつものように、新しいカモを見つけながら、案内人が右往左往しているに違いない。

 しかしここからは、何事も無いように、静まり返って見える。
 一瞬時が止まってしまったように。
 観光客達に声をかける人、店の前に座り込んでいる少年達、カフェに陣取りジッと前を見ている老人達、華麗なドレスを身につけて歩いているモロッコの女性達、学校へ通う子供達の姿、靴磨きで家の生活を支えている少年達、旅行者を見つけると一緒に歩きながら、ハッシッシ!ハッシッシ!と叫んだり、安いマーケットを案内するといって高いものを買わそうとする若い男達。
 それら全てが、カスバの中で蠢いているに違いない。


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