新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

2007年04月04日
XML
昔から不思議に思ってきた。

新聞や雑誌に、「日本の外交は・・・」とそのレベルの低さをくりかえし読んだ。
しかし30年たっても、40年たってもその論調が変わらない。






tougou04hp.jpg


東郷和彦など、外交官のビッグネームだがWEBを浚えても画像もまともに出てこない。



祖父の東郷茂徳、父の東郷文彦とともに親子三代で外交官を務めた。元ワシントンポスト記者の東郷茂彦は双子の兄にあたる。


日比谷高校を経て、1968年、東京大学教養学部を卒業、外務省に入省。駐ロシア公使・条約局長・欧亜局長・駐オランダ大使などを歴任。





まあ、諦めの境地というのが国民の日常というものだが、歌舞伎役者並みである。




200px-Shigenori_Togo.jpg


この祖父の東郷茂徳は、不本意ながらA級戦犯として獄死しているあの有名人だ。


実のところ、東郷茂徳は太平洋戦争を回避するために奔走したと伝えられている。アメリカとの宣戦布告は、東郷茂徳が外務省として打電させワシントンの日本大使館がこれをサボってアメリカ政府に渡すのを遅らせた。これがあの「奇襲攻撃」の舞台裏として繰りかえし取り上げられている。つまりは、ワシントンにいた奥村勝蔵一等書記官や、井口貞夫参事官らが、アメリカにたっぷりと浸かりこんでいた。こいつらも、あの正力松太郎読売新聞社主と同様アメリカのCIAから暗号名を貰っていた可能性もおおいにあると思うのだけれども、のちに外務事務次官とトップに登りつめている。


このアメリカの手先のような、奥村勝蔵や井口貞夫らの不本意な「奇襲攻撃」を生ぜしめたとんでもないパーティーオタクらの証拠をもみ消して事務次官にまで庇護し続けたのは吉田茂だという噂だ。なるほど吉田茂は、外務官僚OBである。


一説によると、東郷茂徳は吉田茂らの画策で東京軍事裁判で戦犯に追い込まれて獄死を余儀なくされたという風聞もある。つまり、日本の外交は戦後どころか、戦前からアメリカ盲従派の外務省支配に貫かれているふしがありそうだ。









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年04月07日 08時27分12秒
コメント(4) | コメントを書く
[お山に雨が降りまして] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:日本の「外」務省(04/04)  
nak1  さん
東郷茂徳は幼少時朴姓を名乗っていました立派な朝鮮系です。
(2007年04月07日 11時20分38秒)

外交が苦手  
吉雄777  さん
レベルの低い外交についての記述を読むたびに
本当にこのレベルなのか・・???と心配になります。
凄い技を使って巧にされた約束など
あるのなら知りたいぐらいです。
(2007年04月07日 11時39分57秒)

Re[1]:日本の「外」務省(04/04)  
nak1さん
>東郷茂徳は幼少時朴姓を名乗っていました立派な朝鮮系です。
-----



それも凄い話ですね。(笑)



(2007年04月07日 23時59分25秒)

Re:外交が苦手(04/04)  
吉雄777さん
>レベルの低い外交についての記述を読むたびに
>本当にこのレベルなのか・・???と心配になります。
>凄い技を使って巧にされた約束など
>あるのなら知りたいぐらいです。
-----




日本売りのバーゲンセールですね。


このていたらくで、この国が維持できているのだから
いかに日本人が優秀で我慢強いかがうかがえます。



(2007年04月08日 00時01分09秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: