新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2008年02月13日
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杉山巡氏より織田信長の話題は、千畳敷で泥沼の底深さだと注意を受けていたところ。織田信長の「天下布武」の意味を、抉り出すという事が実は日本人の苦手とするものだという指摘は傾聴に値すると思う。日本人が、平素軽々しく語る織田信長がえてして日本人の眼に剥がれ難いウロコになって久しいのだ。それほど簡単なテーマだと、私も思わない。





人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり。一度生をうけ滅せぬ者のあるべきか。これを菩提のたねと思い定めざらんはくちおしかりし次第ぞと・・・

幸若舞曲の「敦盛」





毀れたレコードのように、お気に入りの幸若舞のフレーズばかりを繰り返し繰り返し唱えていたために、遠く武田信玄の耳にもはいり織田信長のキャラクターに信玄が、奇矯な奴と印象を周囲に述べたという。織田信長が、演出(いわゆる心理宣伝戦として)このキャラクターを仕掛けて流し続けた可能性は高い。だが、間違っても織田信長は桂春談治ではありえない。


数年前、湖北に住まいしていた。近隣に、国友鉄砲ゆかりの記念館があり通ったこともこのブログでご披露した。





この記念館によれば、織田信長わずか16歳で500丁の種子島を刀鍛冶に発注したと言う。 これは法外だろう。即座に記念館で首を傾げた記憶がある。当時の米穀などの物価資料からの推計ではその規模現在の60億円を下回らない。軍事天才、織田信長といえど16歳当時は、斉藤道三の娘を娶り同盟を形成しつつある「売り出し中」である。まして翌年には、父親の信秀が他界する。そのような微妙な時期に、まだまだダークホースでしかない戦国大名の身。そのような運用規模を決済できるのだろうか。秀吉も仕官しておらず、桶狭間の合戦の10年も前なのである。事実とすれば、尋常ではない。


杉山巡氏によれば、後世に伝えられる種子島3000丁もフィクションだという。3000丁ともなれば、量産効果がでてきたとしても、予算として3~400億円規模のものかと言う気がする。種子島だけでは武力にはならない。火薬、運用、訓練、演習。わたしのソロバンでも、まだまだ控えめかもしれないほどだ。


一説によれば、織田信長が米相場のデリバティブで、財テクをやらかしたという。それにしても調達コストは美濃平野の穀倉地帯といえど、並大抵の戦費負担ではない。これは桶狭間の合戦の時代に生まれた、後の石田三成らの財テク官僚らが登場して以後磨きがかかったと思う。エンロンやら、ライブドアを社会的には経験した筈の我々は、織田勢が巨大軍拡を実行するに際して、先物相場やら、高付加価値商品生産(言ってみれば安土桃山時代のベンチャービジネス)に腐心していたか、驚くばかりの発見がある。


石田三成は、滋賀の長浜の出生なのだが長浜には伊吹山という滋賀の最高峰がある。最高峰といっても低い山なのだが、この山なかなか隅に置けない侮り難い山だ。


↓リンクかけています。
2006/06/26
霊山伊吹山


↓リンクかけています。
2005/09/10
さざれ石の巖となりて



特殊な山の頂上を2度歩いたが、伊吹山は織田軍勢の装備品を調達するためにも十分な薬草、薬種などの商品園芸作物に最適なお花畑が広がっていた。モグサだけでも、いまなお全国のモグサ流通を麓長浜の街に本社がある企業がいまに至るも日本国内全国シェアを持っているほどだ。頂上のお花畑が武田軍団を打ち破ったあの種子島のリソースだと、観光客で気づく人はマレだろう。





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最終更新日  2008年02月13日 22時58分49秒
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