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朝5時20分に家を出発した。 8時台のでも間に合うが、6時台の新幹線に乗った。 だから1時間半の余裕がある。 昼めしは岡山で降りて食べようか。 あるいは駅弁にしようか迷う。衝動的に姫路駅で新幹線を降りる。 ここは食べたい名物の駅弁があるのだ。「旨い!たこめし」である。 明石海峡で育った「真蛸」を昔ながらの製法で丹精こめて やわらかく仕上げましたと説明文に書いてある。 明石沖の瀬戸内海で育った蛸は、潮目に集まる豊富なエサを食べ、 流れに抗して身が引き締まった歯ごたえのよさが秀逸だ。 その蛸を昔ながらの製法で炊き上げる。一緒に大根をいれて炊くのが 柔らかくする秘訣のようだ。 竜野の薄口醤油で焚いた茶飯、そこに存在感のあるやわらか蛸。 黄色の錦糸卵が彩りを添える。香の物としてしょうがとメカブ。 おかずは、こんにゃく煮、枝豆さつま揚げ、雑魚の佃煮、さつま芋甘煮。 塩味の茶飯と柔らか蛸のバランスがいい。あっという間に平らげた。 あまり知られていないが、姫路は「幕の内駅弁」発祥の地だという。 明治22年鯛の塩焼き、伊達巻、栗きんとんなど13種類を配した 二段折の幕の内駅弁を全国に先駆けて発売した。 どうですか。 関西に来たら幕の内駅弁発祥の地、姫路で蛸飯を買っては?
2009.01.31
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このところ家でごはんを食べていない。 月曜は福岡、水曜は岡山、木曜は大阪、金曜は広島。 妻のごはんが恋しい。 唯一の火曜はと豆乳しゃぶしゃぶ。豚もさることながら牛肉がうまかった。 最後のごはんの豆乳だし掛けは何杯でもいける。 出張の楽しみの一つは、郷土の味である。 だからよっぽど得意先から誘われない限りはひとりで食す。 先方は気を使ってか小じゃれた東京風飲み屋に連れて行かれる。 だから勝負は昼か夜である。 新幹線の旅は味気ない。 旅の楽しみの一部は駅弁である。 東海道・山陽新幹線の私が気に入っている駅弁を揚げよう。 まずは新横浜の崎陽軒。 定番はシュウマイ御弁當だが、私が好きなのは炒飯シュマイ弁当。 炒飯が秀逸なのである。不思議なことに冷えてもうまいのだ。 しかも量が少なくて小腹満たしに最適なのだ。 お次は三島の磯チラシ。これも凄い。 たったの680円なのに駿河湾の恵みをこれでもかと言うほど詰め込んであるのだ。 なにしろ彩り豊かで見た目が美しい。 駿河湾の茹で立て桜海老、華を添える飛び子、酢だこ、蟹身、錦糸玉子に胡瓜。 浜松の赤ワイン煮込みうなぎ弁当も捨てがたい。冷えても美味しいのである。 名古屋の抹茶ひつまぶし日本一弁当もなかなかである。 あまり知られていないが、米原の「おかかごはん」800円も素朴な味である。 京都・大阪は飛び越えて、新神戸の神戸ワイン弁当。 これには参った。神戸牛ステーキにシャルドネの神戸ワインがついているのだ。 そうこうするうちに新神戸を過ぎてしまった。 岡山まで行って、うどんを食べるか。 あまり知られたいないが、岡山は隠れうどんの名産地である。 讃岐は目と鼻の先である。麺はさぬき饂飩のおいしさ、そしてダシははるかにうまい。 昔、学生時代に食べたうこ宇高連絡船での饂飩は今も脳裏にある。 やっぱり駅弁。そう思ったら姫路駅で降りてしまった。 そうである。あの駅弁を買おう・・・・・・・・
2009.01.31
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広島のホテルは京橋川のほとりであった。 ここに架けられていた大きな鉄橋、稲荷橋は被爆の際、 レーグニャグニャに曲がり大きく波を打った。 それでも被爆地から逃れるた多くの人が必死でこの橋を渡ったという。 今は静かで強大な稲荷橋生まれ変わっている。 川沿いには洋風屋台が三軒のきを並べている。 その一軒が牡蠣亭である。 牡蠣の養殖業者がやっている店なので味は確かであろう ギャルソンにテーブルクロス 。ビストロスタイルだ。 ホテルに入ったのが夜の8時過ぎ。 さあ、何を食べよう。 一人なのでビストロはちょっと勇気がいる。 牡蠣とワインも捨てがたいのだが・・・・・ やはりここはお好み焼きにしよう。 フロントでお好み焼きの名店「ふみちゃん」を紹介される。 歩いて5分ほどだ。 さあ、生ビールで喉を潤そう。 いざ出陣だ。
2009.01.30
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昨日は岡山、今日は大阪で仕事である。 月曜日は九州。このところ出張が多い。 久しぶりに火曜日に出勤した。 管理職を集めてショッキングな説明があった。 人生は「選択の連続」である。 会社が持ち株会社制に移行しそれに伴い、いくつかに分社化するという。 今の経済環境を考えると、トップの大英断を歓迎する。 ただ一個人としては微妙である。 どこの会社に行くかによってその後の人生が変わるであろう。 社内でもどうなるのかという不安とうわさが広がる。 この年になると腹が座ってくる。 人生は何を考えてもままならない。 己の運を天に任せよう。 与えられた仕事の今に全力を尽くそう。 今を楽しめば、また楽しい明日が拓ける。 人生の転機は何度もある。 入学、就職、結婚・・・・・・ そのつど何が一番いいかは分からない。 重要なのは、今を生きることである。 そしてそれを楽しむと、あとから選択が正しかったことを実感できる。 人生その場その場では、偶然と思えることも後から考えると皆必然 と思えるから不思議だ。 明日のことはどうなるか分からないが、ワクワクした今日を送りたい。 明日は広島で仕事である。 新大阪のホテルにて。
2009.01.29
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出張の達人 ぶらり空の旅がしたくなった 福岡出張の航空チケットを時節柄、割引チケットで行った。 思いのほか早く仕事が終わったので、空港で待ち時間が3時間もあった。 博多ラーメンと餃子でビールをぐいっといきたいところである。 が、ひとりロビーで本を読みながら時間をつぶした。 大きなテレビには九州各地のインフォメーションが流れている。 パンフレット置き場には各地の観光パンフがぎっしりと並んでいる。 「鹿児島はアツアツなの」「癒しの楽園。ようこそ沖縄」「冬だ。温泉だ。 ふぐだ。大分だ」「「宮崎 食べてん」「ながさき 旅の案内人」「きなっせ 熊本」「佐賀の彩りに魅せられて」・・・・・・ 急に、ぶらり空のひとり旅がしたくなった。 何を隠そう、昔はANAの隠れトラベルライターをやっていたこともあった。 これは結構きつかった。企画・ライター・編集・写真をすべて一人でやり、 WEBに載せる。取材に飛んでからが大変だった。 キャッチフレーズ、文章の推敲、レイアウトに凄く時間がかかるのだ。 土日と、夜中がほとんどつぶれた。 しかも本業ではないので、無報酬である。 でも、旅好きだったので沖縄から北海道まで、合計6回飛んだ。 いまでも悔やまれるのは、九州企画はしていたのだが、結局時間がなくて 飛べなかったことだ。 やろうと思ったテーマは「神話の国、九州。 天孫降臨の地を求めて・・・」。 高千穂峡をはじめ、古い神社をレンタカーで尋ね歩こうと思ったのだ。無論、 みつおか流の郷土の味と温泉がふんだんに盛り込まれる。 そうこう考えていたら、薩摩に行きたくなった。 こんなのはどうであろう 金曜の夜、鹿児島に飛ぶ。その日はビジネスホテル。 天文館あたりの飲み屋で芋焼酎をたらふく飲みながら、郷土料理に舌づつみ。 翌日はレンタカーで南薩摩をぐるっと堪能。 篤姫の故郷、指宿今泉家。そこから眺める桜島。知覧の美しい武家屋敷。 枕崎や坊津の断崖絶壁のリアス式海岸から遠く太平洋に臨む夕日を拝む。 泊まりは鄙びた温泉。一杯、一杯、また一杯。そして温泉三昧。 ああ、これだからぶらり旅はやめられない。 おお、ようやくチェックインできる時間となったようだ。
2009.01.28
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出張の達人 ぶらり空の旅がしたくなった 福岡出張の航空チケットを時節柄、割引チケットで行った。 思いのほか早く仕事が終わったので、空港で待ち時間が3時間もあった。 博多ラーメンと餃子でビールをぐいっといきたいところである。 が、ひとりロビーで本を読みながら時間をつぶした。 大きなテレビには九州各地のインフォメーションが流れている。 パンフレット置き場には各地の観光パンフがぎっしりと並んでいる。 「鹿児島はアツアツなの」「癒しの楽園。ようこそ沖縄」「冬だ。温泉だ。 ふぐだ。大分だ」「「宮崎 食べてん」「ながさき 旅の案内人」「きなっせ 熊本」「佐賀の彩りに魅せられて」・・・・・・ 急に、ぶらり空のひとり旅がしたくなった。 何を隠そう、昔はANAの隠れトラベルライターをやっていたこともあった。 これは結構きつかった。企画・ライター・編集・写真をすべて一人でやり、 WEBに載せる。取材に飛んでからが大変だった。 キャッチフレーズ、文章の推敲、レイアウトに凄く時間がかかるのだ。 土日と、夜中がほとんどつぶれた。 しかも本業ではないので、無報酬である。 でも、旅好きだったので沖縄から北海道まで、合計6回飛んだ。 いまでも悔やまれるのは、九州企画はしていたのだが、結局時間がなくて 飛べなかったことだ。 やろうと思ったテーマは「神話の国、九州。 天孫降臨の地を求めて・・・」。 高千穂峡をはじめ、古い神社をレンタカーで尋ね歩こうと思ったのだ。無論、 みつおか流の郷土の味と温泉がふんだんに盛り込まれる。 そうこう考えていたら、薩摩に行きたくなった。 こんなのはどうであろう 金曜の夜、鹿児島に飛ぶ。その日はビジネスホテル。 天文館あたりの飲み屋で芋焼酎をたらふく飲みながら、郷土料理に舌づつみ。 翌日はレンタカーで南薩摩をぐるっと堪能。 篤姫の故郷、指宿今泉家。そこから眺める桜島。知覧の美しい武家屋敷。 枕崎や坊津の断崖絶壁のリアス式海岸から遠く太平洋に臨む夕日を拝む。 泊まりは鄙びた温泉。一杯、一杯、また一杯。そして温泉三昧。 ああ、これだからぶらり旅はやめられない。 おお、ようやくチェックインできる時間となったようだ。
2009.01.27
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出張の達人 ぶらり空の旅がしたくなった 福岡出張の航空チケットを時節柄、割引チケットで行った。 思いのほか早く仕事が終わったので、空港で待ち時間が3時間もあった。 博多ラーメンと餃子でビールをぐいっといきたいところである。 が、ひとりロビーで本を読みながら時間をつぶした。 大きなテレビには九州各地のインフォメーションが流れている。 パンフレット置き場には各地の観光パンフがぎっしりと並んでいる。 「鹿児島はアツアツなの」「癒しの楽園。ようこそ沖縄」「冬だ。温泉だ。 ふぐだ。大分だ」「「宮崎 食べてん」「ながさき 旅の案内人」「きなっせ 熊本」「佐賀の彩りに魅せられて」・・・・・・ 急に、ぶらり空のひとり旅がしたくなった。 何を隠そう、昔はANAの隠れトラベルライターをやっていたこともあった。 これは結構きつかった。企画・ライター・編集・写真をすべて一人でやり、 WEBに載せる。取材に飛んでからが大変だった。 キャッチフレーズ、文章の推敲、レイアウトに凄く時間がかかるのだ。 土日と、夜中がほとんどつぶれた。 しかも本業ではないので、無報酬である。 でも、旅好きだったので沖縄から北海道まで、合計6回飛んだ。 いまでも悔やまれるのは、九州企画はしていたのだが、結局時間がなくて 飛べなかったことだ。 やろうと思ったテーマは「神話の国、九州。 天孫降臨の地を求めて・・・」。 高千穂峡をはじめ、古い神社をレンタカーで尋ね歩こうと思ったのだ。無論、 みつおか流の郷土の味と温泉がふんだんに盛り込まれる。 そうこう考えていたら、薩摩に行きたくなった。 こんなのはどうであろう 金曜の夜、鹿児島に飛ぶ。その日はビジネスホテル。 天文館あたりの飲み屋で芋焼酎をたらふく飲みながら、郷土料理に舌づつみ。 翌日はレンタカーで南薩摩をぐるっと堪能。 篤姫の故郷、指宿今泉家。そこから眺める桜島。知覧の美しい武家屋敷。 枕崎や坊津の断崖絶壁のリアス式海岸から遠く太平洋に臨む夕日を拝む。 泊まりは鄙びた温泉。一杯、一杯、また一杯。そして温泉三昧。 ああ、これだからぶらり旅はやめられない。 おお、ようやくチェックインできる時間となったようだ。
2009.01.26
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さあ、何を食べよう。屋台の飲み歩きといくか。 1300年の歴史を持つ二日市温泉で身体が温まった。 次はどこにいこうか。門司、中州の屋台・・・・・・ いやいや元祖、博多もつ鍋を求める旅にでよう。 天神で地下鉄に乗り九大を過ぎ終点の手前次郎丸駅で降りる。 前から行きたかった店だ。 なにしろ今から50年前にもつの美味しさを見出した女性がいる。 松隈ハツコ。元祖もつ鍋屋「万十屋」の初代女将である。 福岡の西の端の田園風景の中の周りに何もない処である。 場所が分からず行ったことがない。チャンスだ。 前に東京にも進出した。 確か麻布に・・・・。是非行こうと思っていたら店を閉じた。 だから因縁の店だ。 次郎丸駅から降りて勘だけを頼りに歩く。 雪がまた振り出しそうな寒さだ。 回りにはまったくお店がなくなってきた。 心細くなったが、誰にも聞けない。 途中一軒だけ酒屋があったので聞く。 あたりは田んぼらしい。 そして大きな川べりだ。 あった。凄い建物だ。 「万十屋」の大きな電飾看板。 何しろ広い店だ。 靴を脱いで上がるとそこはテーブル席。 奥に進むとそこは大座敷。 初の元祖もつ鍋に胸が高鳴る・・・・・ さあ、万十屋のもつ鍋は。 博多からなんとかれこれ1時間あまり。 ついにもつ鍋。果たして一人で頼めるのだろうか?
2009.01.25
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東京は快晴、ここ博多は雪・・・ 羽田をでてすぐに富士山上空。 快晴。しかも富士五湖が回りを囲む。 綺麗なすり鉢状。上は真っ白な雪。 向こうは伊豆半島と駿河湾。 なんていい景色だ。 ただただ感動。 上空から眺めるパノラマ絵だ。 福岡空港を降りるとうっすらと雪景色。 なんと博多は昨晩から雪だったのだ。外に出ると滅茶苦茶寒い。 寒気団が入り込んでいるのだ。 博多のホテルにまずチャックイン。 さあ、どうしよう。 まだ、中州の屋台で飲むには早い。 唐津にでも行くか。 あるいはロマンチックな門司港? でも男一人ではちょっとさびしい。 ここは温泉と行こう。 一番近いのは大宰府の奥座敷。 二日市温泉に直行。 天神まででて西鉄で行く。 あまり知られてないが、二日市温泉は1300年の歴史がある。 黒田藩の御前湯である。 公共の湯がたったの200円。 高級感のある白壁の木造3階建ての博多の湯が300円。 なんとも嬉しい温泉だ。 弱アルカリ性単純泉。 無色透明で肌がスベスベする美肌の湯だ。 おお身体がぽかぽか温まる。 日本人でよかったと思える瞬間だ。 一旦、天神に戻る。 さあ、何を食べよう。屋台の飲み歩きといくか。 いやいや元祖、博多もつ鍋を求める旅にでよう。 地下鉄に乗り九大を過ぎ次郎丸で降りる。
2009.01.25
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お店は西麻布5丁目。裏通りにある隠れ家だ。 お店の名前は「表邸」。 京都の名料亭「俵亭」を模した名前だ。 7時待ち合わせであったが、仕事が長引き早、7時。 慌てて虎ノ門からタクシーを拾う。 「どちらまで・・・」 「えーと、そうだな。とりあえず霞町」 「お客さん懐かしい響きですね。久々に聞きます」 「ああそうか。今では西麻布」 味気ない。 私は昔の町名が好きだ。 十分で着く。 ここからが勝負。裏通りにあるので皆目見当がつかない。 あったあった。 怪しげな店が・・・・。 入り口へのエントランスがまたいい。 石畳。脇には足元を照らす灯篭。 この風情、まさに京都。 重い木と鉄の扉を開く。 そこは別世界。 三階の個室へ。 おお、お忍びに相応しい部屋だ。 男三人ではもったいない空間。 話が弾む。 酒が進む。 昔、もうかれこれ14,5年前まで一緒にCMを作った仕事仲間だ。 今は仕事はまったく関係ないが、以後13年間必ず、夏の暑気払いと 忘年会または新年会に呼んでいただける。 ありがたい話だ。 そこではお互い本当に気を許して楽しい酒を飲む。 急に凄い話が切り出された。 三丘さん、覚えてますか。 十年前、飲んだ時三丘さんが言った言葉。「55歳定年説・・・」 「あれがいまだに私の心に残っていて、ついにその歳になりましたので、 1月一杯で仕事をやめることにしました」 「ええ、本当ですか」 いっぺんで酔いが覚めた。 それから11時過ぎまでお互い深い話を語り合った。 いつの間にか焼酎を二本空ける。 ああ、いい酒だった、 Tさんの第二の人生の門出に、もう一軒私の知ってるBarで じっくり話合おう。 そこからまた別のドラマがはじまった・・・・・
2009.01.25
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映画「送り人」に感動した。 と以前書いた。 その映画送り人が海外の映画賞を総なめしているという。 不思議だ。 家族に代わって、最後の旅立ちに際して最も美しくしてくれる 新しい職業「送り人」。遺族から喜ばれる職業なのだが・・・・・・ 家族や友人からは、・・・・・・ 日本の葬式や儀式。そして東北の人情あるれる生活風景。 これは日本人にしか分からない映画だなぁとてっきり思っていた。 それが諸外国で日本以上に評価されている。 送り人を演じるモックンの所作や作法がとてつもなく美しい。 そしてそこに繰り広げられる人間模様。 東北の美しい四季と、チェロの優しい音色。 うーん、日本的なものでも本質は、万国共通なのだ。 一時日本を席巻したグローバルスタンダート。 あれはいったいなんだったのだろうか・・・・ あれはとどのつまり、アメリカスタンダートの押し付けだったのではないか。 人間の思いやり、愛情、・・・。 その国の風習でも突き詰め、本質的なところまで高めていけば、 それは世界に通じるのである。
2009.01.24
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オバマ大統領の歴史的演説を貴方はどう聞きましたか? まず文句なく、声がいい、リズムがいい、内容がいい。 あれだけ米国民を熱狂させた鼓舞するキャッチフレーズ演説から、 自覚と責任を促す聞かせる濃い内容であった。 今回の演説は、「チェンジ」や「イエス、ウイ キャン」などのキャッチフレーズ が消えた。 代わりに、「危機」、「世界は変わった」、「新しい責任の時代」、「米国再生」 などの深刻な状況を国民に切々と訴え、米国民に覚悟を促した。 内容からすると、ケネディの歴史的演説、「我々が国に何を求めるかでは なく、我々が国のために何をできるかである」に似ている。 また外交面では、アメリカの一極強圧外交を否定し、世界強調と平和を唱えた。 すなわち、ブッシュ外交の8年間の全面否定であった。 私はこの演説を自信を持って切々と訴える姿に、内容の深さと希望を 感じた。日本の政治家が原稿も見ずこれだけ切々と訴えられるであろうか。 日米トップ政治家の資の違いを見せつけられた。正直、羨ましかった。 かたや80%の支持率、かたや20%の支持率の差か・・・・・ ただ一抹の不安を感じた。 米国史上初の黒人(とのハーフ)大統領。 黒人の人権運動の父キング牧師も「アイ ハブ ドリーム」などの名演説で 有名だが銃弾に倒れた。 そしてオバマ大統領が手を置いた聖書は、エブラハム・リンカーンが使用した ものだ。多分にリンカーンを意識した演説となった。 この二人の大統領はともに背後から妻のいる前で銃弾に倒れている。 リンカーンの議員当選は1846年、ケネディが百年後の1946年。 大統領に当選したのが、1860年とその百年後の1960年。 ともに共通しているのが、黒人の人権問題に深くかかわったのと、戦争。 リンカーンは黒人奴隷解放と南北戦争、ケネディが黒人の人種差別撤廃 のための公民権法の設立とベトナム戦争。 余談だが両暗殺大統領には奇妙な一致があり、百年の呪いとも言われている。 リンカーンが暗殺された場所はフォード劇場、ケネディはフォード車のリンカーン。 リンカーンの秘書の名はケネディ、ケネディの秘書はリンカーン・・・・・・・。 世界的危機に際し、対立から融和、世界平和、新しい責任の時代を訴える 47歳の黒人大統領。 リンカーンから149年、ケネディ大統領就任から49年。 リンカーンとケネディ大統領を彷彿とさせるオバマ大統領の身に不吉な 予感を感じるのは私だけだろうか? 世界の流れがブロック化と戦争の時代に向かうのを止めてくれる真の 歴史的大統領と私の期待は大きいのだが・・・。
2009.01.22
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今年の西日本の牡蠣は抜群に旨い。 昨年の牡蠣は散々だった。 相次ぐ台風による収穫の激減。 しかもノロウイルスによる風評被害。 ついに二束三文でも見向きもされない生牡蠣。 牡蠣は土手鍋やフライ、変わったところではお好み焼きにしても美味しい。 土鍋で炊く牡蠣ごはんも最高である。 ただ何と言っても美味しいのは、殻付き生牡蠣。 生牡蠣にレモン。これにきりりと冷やした辛口白ワイン。 もう、シ・ア・ワ・セ・・・るんるんである。 生牡蠣で私が一番好きなのは、夏場の岩牡蠣である。 大きく、ミルキー。なんと美味しいのか。 ただただ絶句なのだ。 今年の瀬戸内海の生牡蠣は、これに似たミルキーさなのだ。 まず牡蠣は当たり年と裏作がある。 今年はその大当たり年なのだ。 しかも台風がこなったので、まるまる大きく成長した。 この生牡蠣にどんなお酒が合うだろう? 「美味しん坊」ではシャブリではなく、日本酒が合うと力説している。 あの生臭さを日本酒が消して抜群のコンビネーションという。 ワイン漫画、「神の雫」では、プルミエクリューなどの一級シャトー ではなく安シャブリが合うという。 私は気軽な辛口白ワインサンセールが好きだ。 それにロワールの白、ミュスカデあたりが合う。 今年の生牡蠣にカジュアルな白ワイン。 うーん、生きていてよかったと思える瞬間だ。
2009.01.21
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結局、熱が38度でた。 水分を十分にとり、着込んで汗をたっぷりかいた。 おかげで何とか熱は下がった。 ただお粥以外は何も食べられない。 食欲もないし、食べてもすぐにお腹にきてしまう。 ここまで胃腸をやられたのは初めてだ。 風邪がお腹にきたようだ。 今週末から怒涛の出張である。 北海道、福岡、岡山、大阪、広島と連続である。 ちょっと北海道はパスしよう。 さすがに気弱で気が重くなってきた。 今日も休んで体力をつけたいが、重要なプレゼンがある。 早めに終了したいところだが・・・ ああ、病気をしてはじめて健康のありがたみをしる今日この頃である。
2009.01.20
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お腹の調子がめちゃくちゃ悪い。 私はお腹の調子は滅法よいほうなのだが・・・・ 最初から恐縮だが、本日6回も駆け込んだ。 風邪か食あたりか・・・。 めったなことではお腹を壊さない。 やはり年末、年始の不摂生がたたったのか。 なんとか午後の営業役員との会議プレゼンはこなした。 なんだか寒気もする。 ベルさっさで帰宅。 厚着をして、真っ白い重湯と梅干。 日本人はこれに限る。 あとは玉子酒び青ネギといきたいが・・・。 お湯にビタミン剤といこう。 今日は早く寝てたっぷり汗をかこう。 明日も社内打ち合わせと営業プレゼンが4本入っている。 早めに終わらせて、といんずらといきたいが・・・。 今、倒れるわけにはいかない。 ちょっと気持ちがたるんでいるのかもしれない。 ああ、妻が作ってくれた白い重湯をフーフーいいながら 梅干と食べる。 調子の悪いときの親切は、心からありがたい。 自分が元気でないと人に親切にできないと実感する。
2009.01.19
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日曜日の午前中珍しく爆睡した。 昨晩は至福の新年会に参加し、夫婦で午前様。 なんと楽しい新年会であったことであろうか。 一言で言うと、「今年は春から縁起がいいや」である。 6時55分、西荻の改札に6組の夫婦が集合。 地元では評判の寿司屋、磯はんに入る。 3階の個室を完全予約していたのだ。 ここは中に板さんが入って握れるコの字型のカウンター座敷。 足が伸ばせる掘りごたつなのでいごこちがいい。 しかも前の人とも話せる距離感が最高である。 ここの料理が凄い。これでもかと言うぐらいに全国各地の新鮮な 魚介類があの手この手で出てくるのだ。 最初は絹かつぎの西京がけ。 岩手産の殻つき生牡蠣。カクテルソースとポン酢。 宝石箱のような綺麗なお造りの数々。 蛸は佐島、メバチは佐渡、赤貝は岩手、トロは青森、平目は九州・・・。 毛蟹の身と蟹味噌。 マナガツオの焼き物。 サザエのつぼ焼き。 茶碗蒸し。 そしていよいよ磯はん大将の出番である。 自ら目の前で握ってくれる江戸前の数々。 お腹がすでに一杯なのだが、 あまりの美味しさに次々ぺろりと平らげる。 生ビール、冷酒、熱燗、白ワインともうへべれけ。 なによりも集まっている仲間との会話が最高に楽しい。 しかも夫婦単位なので和気あいあいと盛り上がる。 本日のホストは、Fマダム。 なにしろ器の大きい魅力的な女性社長である。 十数年来の公私に私淑する憧れのマダム夫婦である。 だから最高の人々が集まる。 そしてこれからマダムの豪邸で2次会。 磯はんの佐藤大将も駆けつける。 シャンパンや銘酒の数々・・・・。 なんと気がつくと10本が空瓶。 そしてお手製のペペロンチーノが抜群にうまい。 とろとろ煮込んだビーフカレーは愛情たっぷり。 なんともう夜中の2時近く。 最高の仲間と至福の料理。 ああなんて素晴らしい新年会か・・・。 今年は春から縁起がいいや。
2009.01.19
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厳寒の日が続く。 めちゃ寒い。 私は乾燥肌なのでがさがさの肌が気になる。 ところがである。 プチプチプリンプリンのみずみずしい肌がよみがえったのだ。 秘訣はシアバター・ハニークリームである。 南仏ロクシタンのシアバタークリームが有名である。 お店で裏ラベルを見ると、そんなに碌な原料をつかっていない。 なのにめちゃ高い。 それもそうだ。 容器と宣伝費や人件費に多大なお金をかけているからだ。 それなら贅沢な原料を使って自分で理想のナイトクリームを作っちゃえ。 それで手作りしたシアバター・ハニークリームが私を救ってくれたのだ。 コンセプトは化学物質、添加物、鉱物原料、保存料蒸し用。 イメージは南仏プロバンスにそよぐ風と赤ちゃんの柔らか肌である。 メイン原料はシアバターと蜂蜜と薔薇ウォーター。 なにしろ高価な原料を惜しみなく使った。 シアバターはアフリカ原住民を守る万能薬である。 アフリカの高原にはえるシアの木からとれるバター(脂質)である。 こノバターを焼けど、カゼ、肌荒れなんにでも塗るのだ。 人の肌に優しいバターなのだ。 また肌に潤いを与えるため良質の蜂蜜と蜂の巣からとった蜜蝋を使った。 あと、人間の肌脂質に近い成分と言われるココアバター。 小じわをとるビタミンEたっぷりの小麦胚芽油。 一番難しいのは、脂質を溶かす温度と水と油の比率である。 両者を分離しないようにどう混ぜ合わせクリーム状にもっていくかである。 ガラス棒でビーカーを混ぜ合わせること百回以上。 温度と時間の勝負である。 今回は水にこだわった。 南仏にそよぐ風をイメージしてピュアーローズ水を使用。 仕上げはヒアルロン酸・コラーゲン原液、ビタミンEを配合。 化学原料一切無添加である。 これが肌に悪いわけがない。 この手作りシア・ハニークリームを朝晩少量塗る。 これだけでみずみずしい肌がよみがえったのだ。 どうですか。手作りクリームを作ってみませんか。
2009.01.18
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減反政策がずっと続いてきた。 こんな馬鹿げた政策は世界中どこを探してもありえない。 食料自給率はどこの国も国家戦略の基本である。 それなのにお米を作らなければ補助金を出す。 これほど農民を馬鹿にした政策があるであろうか。 人間の働く意欲や、農民としての誇りを奪ったのだ。 現在、日本の自給率は42%. 統計では世界165カ国中、125番目の低さである。 今後世界恐慌に突入すると、ブロック経済化が強まると思う。 そのとき食料を戦略商品として止められたらどうなるのであろうか。 今後の経済は基本的には世界デフレとなるが、必需品など一部 戦略商品は超インフレになることも十分ありえる。 ロシアが欧州や東欧への天然ガスの供給を止めたのなどいい例である。 霧里農場見学の際、建設会社の社長が農場主の金子さんに言った言葉が 今でも頭から離れない。 「今後、ドルが暴落しハイパーインフレがいずれ来ると若い経営者仲間で 話し合っています。 そのとき一番不安なのが、食料危機です。 いくらお金を出しても変えなくなるのでは・・・・・ うちの会社は社員が二百人います。 その食料を会社が確保しようと思います。 社員の給料の一部を積み立てて、会社として安全で美味しい 完全有機米を確保支給しようと思うのです」 卓見である。 近い将来、食料危機が来なければいいのだが・・・・・・・
2009.01.16
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古来から日本にはよろずの神が宿ると言われている。 現代の日本人は諸外国から無宗教とも言われている。 確かにクリスマス、神社への初詣、4月のお釈迦様の花祭り・・・ 宗教のいいとこどりである。 一方、欧米やイスラム諸国はコチコチの一神教である。 一神教はその宗教心が強ければ強いほど他の神を認めたがらない。 どちらがいいのかは分からない。 学生時代読んだ本に鈴木孝雄さんの「森林の思想、砂漠の思想」 という名著があった。 砂漠の民は、道が二股に分かれているとすると、間違った道を 選択するそれはオアシスのない道、即ち死を意味する。 森林の民は道に迷っても、どっちみち生き延びる事ができる。 そこから、前者はリーダーシップが重視され、後者は和が重視される。 また宗教で言えば砂漠の民や狩猟民族は一神教、森林の民や 農耕民族は多神教が多いと言う。 幸か不幸か、日本は温暖な気候と自然に恵まれた農耕民族である。 自然を尊び、偉大な力をもった自然の対象をすべて神とみなす。 だから多神教である。 昨今のアメリカやイスラエルのアラブとの抗争や戦争を見ていると、 キリスト原理主義とイスラム原理主義の一神教同士の自分の神の 正当性を賭けた戦いに見えて仕方がない。 だから根が深い。 21世紀版十字軍の戦いである。 しかもアメリカは自分こそが正義だと思っているからややっこしい。 そこに、多神教を信じるおおらかな日本の出番があるように思えて ならない。 そろそろ日本もアメリカ一辺倒主義から、日本の独自の立場を 確立する時期が来ているように思うのだが・・・・・・ 皆さんはどのように思いますか?
2009.01.15
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正月に悪夢を見た。これから世界はどうなるのだろうか? 20年前にさかのぼる。年末学生時代の友人達と忘年会をやった。 史上最低最悪の忘年会だった。 NTTで何十万儲けたとか、皆、株の儲け話に終始した。 バブル真っ最中、土地成金や株成金が跋扈した。 銀座でも派手なアンちゃんがドンペリの栓をポンポン抜いた。 夜中になるとタクシーはどれも捕まらなかった。 1989年年末ついに株価は38900円と高騰した。 そして19900年の正月、突如株価は大暴落した。 政府の総量規制により、膨れ続けたバブルが崩壊し続けたのだ。 それから空白の10年が続く。 日本の場当たり的な政策を見て、アメリカはあざ笑った。 抜本的な対策を打てと・・・・ 世界から日本だけが置いていかれた。 二十一世紀世界は土地バブルに沸いた。 砂漠のドバイは千メートルの摩天楼の建設。 スペインや上海の土地は売買ゲームとなった。 アメリカは1933年からなんと住宅化価格は73年間上がり続けた。 バブルは泡である。だからいつかは破裂する。 アントレ塾でも4年前にアメリカの住宅バブルを取り上げた。 利子だけを払えば満期に住宅代金と清算してくれるIOローン、 住宅を担保に低所得者でも借りられるサブプライムローン、 住宅が値上がりすればその値上がり分だけ銀行から借りられた。 この土地ゲームの本質は右上がりなら三方善しの制度だが、 いったん下がり始めたら悪夢となる。 そして張本人のアメリカが迷走している。 シティバンクやAIGのつなぎ救済など、 あのアメリカが場当たり政策の連続である。 この一年で世界の株式市場から約3000兆円が消えた。 アメリカの暴落率は36%. 日本は42%,なんとロシアは75%,中国も6割を越えた。 ソニーは2000億の黒字予想から一転、1000億年の赤字予想。 ついに金融崩壊から、実体経済崩壊へと事態は進展している。 1929年にはじまるアメリカ経済恐慌は、4人に一人が失業し、 パンを求めて街をさまよった。 1933年ごろからのブロック経済化、 そして39年からの第二次世界大戦へと突き進んだ。 これからどうなうのであろうか。 歴史が繰り返さないと良いのだが・・・・・・・ 悪夢は夢で終わって欲しい。 6
2009.01.13
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埼玉の霧里農園を見学後、お腹がすいた。 よく考えてみると、今日は何も食べていない。 だから金子さんの有機農法のカモ達が美味しそうに見えた。 心友とどこかで食べていこうという事になった。 前から行きたい店があったので、渋谷にした。 呑んべい横丁である。 中学の頃、渋谷で降りて大盛堂という本屋によく行った。 線路脇にずらりと飲み屋が並ぶ呑んべい横丁があった。 なにか近寄りがたい大人の世界だった。 一度は近づいてみたいと思ったまま、勇気がなくて行けなかった場所だ。 大学生になると新宿のゴールデン街やションベン横丁には行ったのだが・・・ ついに線路脇にある呑んべい横丁に突入した。 わずか20メートル足らずの細い路地に200十数軒がひしめいている。 どの店も5,6人入れば一杯だ。 「やさいや」に意を決して入る。 カウンターには二人の先客。 どうやら医者らしい。 メニューをみると京風おばんざい。 すぐに女将と京料理の話題で盛り上がる。 女将は元サントリーの宣伝部。 だから開高 健らも贔屓にしていたらしい。 てきぱきと料理を つくっていく。 なかなかの腕前だ。 なにしろ狭いから、客と距離が近い。 こういうカウンターの飲み屋は私は大好きだ。 料理を作る動きが絵になるのだ。 五種類のおばんざいはどれも美味い。 お酒に合う。 そしてメインは鴨なべ。 長葱と脂の乗った鴨が最高だ。 ダシもいい。 今日も一日幸せだ。 窓の外の緑がなんだか高瀬川に見えてきた。
2009.01.13
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金子さんちの生活はすべて自給自足であった。 金子さんは埼玉県小川町で38年間有機農法一筋の農家である。 はじめた1971年当時は、有機なんてできるはずがないと四面楚歌。 土も1年や2年でできない。作れない、売れない、生活できないの三重苦。 でもやり通した。だから一切のモノを購入しない完全自給自足生活である。 まず肥料は、堆肥、液肥、ぼかし肥料などすべて手作り。 里山での落ち葉、バレット、もみ殻、生ごみなどのリサイクルである。 完全有機なので、農薬の購入は一切ない。 種も苗もすべて自家種苗。だから購入なし。 凄いのは家とエネルギー。 家は、おじいちゃんの代に植林した、杉とヒノキで建てた。 家の暖房は、木々や廃材を燃やすウッドボイラーでの温水暖房。 これが床暖房など家を循環している。 それに生ごみと家畜の糞を微生物で発酵分解させる バイオマスエネルギーも活用している。ここから液肥も作られる。 極めつけは車とトラクター。 廃油をリサイクルしているのだ。 車は中古ゴルフのディーゼル車。 これはリサイクル油だけで立派に走るのだ。 だからガソリン代はただ。 要は石油が高騰しようが、肥料や農薬がつられて高くなろうが、 びくともしないのだ。まさに自給自足の生活だ。 しかも食べ物は完全有機だから、めちゃくちゃ美味い。 野菜やお米自身が美味しいから調味料があまり要らない。 まさに目から鱗だった。最後にか金子さんちの居間で茶のみ話となった。 研修生がに6,7人常駐している。 しかも金子さんちの有機農産物が周りの地場産業を活気付けている。 有機農法大豆で作った豆腐は、売れに売れている。 予約で生産が追いつかない。 金子さんちの有機米で作った純米酒も予約完売である。 つぎつぎに小川町の地場産業名物が誕生しているのだ。 なんだかとても嬉しくなった。 日本の農業の光明が見えた感じがした。 これから農業は面白い。
2009.01.12
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金曜日の夜、飲み屋から携帯電話した。 「あー、もしもし。みつおかだけど、明日の農場見学もう一人追加できる? ところで場所はどこだっけ? 時間は何時?」 てなわけで、急遽、心友と二人で完全有機農法見学と相成った。 行き先は埼玉県小川町、金子さんちの霧里農場である。 「ああ、そういえば長靴だとか着替えだとかも必要?」 13時から座学と農場見学だという。会費は2千円。 十数年来の友人のロハスビジネス始祖大和田さんのご紹介である。 池袋東武線改札に10時50分集合。 寄居のひとつ手前の長い道のりだが、会話が弾みあっという間に着く。 「今年はどんな年になると思う?」 「そうだな、今年は歴史に残る大変な年・・・。だから考え方や生き様が 大事。そして仲間が何よりも大切。だから食料も仲間で確保しあう・・・」 などと私も持論をあれやこれやと展開する。 小川からバスで、下里で降りる。 地図はない。メールでの解説のみが手がかり。 「県道に戻りT字路を左折、ずっと進み床屋を左折。どこまでも田園の中を 行く。橋を渡ったら左急カーブ、だらだらと進み左手に見える分校」 辺りはのどかな田園風景。すすむとそこはまさに里山。 大の大人が探検隊のごとき少年の目になった。 会場は、廃校となった下里小学校分校である。 私たちは二番乗り。少人数でやるのか。 だだっ広い田舎の小学校の校舎も味がある。 徐々に人が集まる。最後はなんと55人。ふた教室ぶち抜きが満員。 北は北海道、南は九州から来ているという。 ついに、金子農園主のご登場。 やせ型で語り口は落ち着いたなかなかのインテリ。 理路整然としてとても説得力があり、農家一筋とは思えない御仁だ。 金子さんはいやはや、筋金入りの有機農法信奉者だった。 なんとはじめて有機に切り替えたのは1971年。 38年間も完全有機農法を実践し続けているのだ。 最初はかなり大変だったと淡々と語る。 まずは周りの農家から白い目。金子さんは気が違ったのかと。 農協からは敵のように思われ、村八分。 折角苦労してできた有機農産物もどこも扱ってもらえない。 流通に直にお願いするも、形の不揃いな有機農産物は二束三文。 これでは生活できない。 直接都会の人たちに呼びかけ、一軒一軒買ってくれないか説得する。 金子さんは土作りに10年かかったという。 そんな金子さんが報われたのは昨年。 政府が有機農法を奨励する法律を作ったのだ。 しかも農家で唯一その法案にかかわったのが金子さん。 お偉い議員や委員に、一言金子さんは吼えた。 「折角法案をつくるのだったら、是非一度有機農法の現場を見てください」 金子さんの農場に議員視察団が来た。そして流れが変わったのだ。 しかも金子さんは徹底している。鉱物資源の石油もまったく使わない。 食用植物油の廃油をリサイクルする。 種も自家種苗。エネルギーも太陽発電や薪ボイラーなどでのお湯循環 独自システム。しかもバイオマスエネルギーも活用している。 詳しい説明はまたしよう。
2009.01.11
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天気予報は雪。 本当に群馬の奥地は雪だった。 こんな日に群馬出張を入れなければよかった。 水上方面である。本来なら上毛高原から車で行くのだが、 本数が少ない。新幹線を高崎で降り、在来線でいく。 車窓から眺める谷川は一面の銀世界。 しばし仕事を忘れ、雪の東北一人旅に無性に出たくなった。 前回は、青森の大鰐温泉で引き返してしまったが、秋田方面に抜け、 一日で東北一周旅行をしてみたくなった。 さあ、いつ決行しようかなどと思っていたら、楽しくなってきた。 外はしんしんと雪が降っている。 さあ、降りて一仕事だ。 今夜は恵比寿の屋台村で熱燗をきゅっと行こうか・・・・・ そうだ、明日は心友が行くと言ってた有機農法についていってみようか。 このつづきはまた。
2009.01.09
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今日も朝から会議を5件こなした。 とにかく朝も夜も忙しい。 今週は5日連続の新年会。 さすがに疲れ気味。 今日は私の好きな店にした。 抜群にうまい鴨なべを食べさせる店だ。 新橋の飲み屋街の地下にある。 蕎麦屋なのだが、冬は皆鴨なべを皆が賞味する。 鴨鍋の本当にうまい店なのだ。 この店は冷酒が揃っている。 焼酎の品揃えもいい。 まずは酒の肴を頼む。 こんがりと焼き目のついた穴子の白焼き。 わさび醤油でいく。たまらない。 冷えた田酒をぐいっといく。 いやーたまらない。 お次は銀杏の揚げ物。天然塩の塩梅がいい。 それに汲み出し豆腐。 おお、鴨のだしが煮立ってきた。 出汁の効いたいい香りがぷーんと広がる。 竹を真っ二つに割ったへらに鴨ミンチが山盛り。 店員がそれを器用に団子状にして、煮立ったダシに放り込んでいく。 ここの鴨鍋はダシがうまい。 それに軟骨も叩いたこの鴨ミンチが最高。 これをお代わりして綺麗に平らげると、お次は野菜ときのこをたっぷり入れる。 そしていよいよ鴨しゃぶの登場だ。 熱々の薄ピンクの鴨、そして長葱に豆腐。 身体が温まる。ああ、冬は鴨鍋そして日本酒。 ああ、これだからたまらない。 おお最後はセイロで締めよう。 つるつると蕎麦を食らう。
2009.01.09
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正月明けから綱渡りの正念場の連続である。 今日もこれからの勝負を分ける正念場のプレゼンがあった。 これはきつかった。 名うての9社の競合プレゼンテーションである。 各社持ち時間は15分。 審査員は、44社のチーフ審査員。 その場で結果が分かる。 26社が同意しなければ敗退である。 勝負は実を言うと、事前の根回しで8割は決まっている。 10日前の時点で、根回しに成功したのはたったの6社。 強行に反対表明しているのが8社。 完全な負け試合である。 営業とスタッフ担当にはっぱをかける。 そういう私も半ばあきらめていた。 担当は昨晩も電話をかけまくっていた。 どういうわけか最終プレゼンは私がやることになった。 他社は皆、ぴちぴちの若手がやっている。 私みたいなロートルはいない。 当日は営業の出番はまったくないのだが、地方の営業も駆けつけている。 よっぽど心配なのであろう。でも嬉しかった。 他社の最終プレゼンをじっと観察する。 実演もあるので正味のプレゼンは各社約5分。 ビデオを使ったり、それぞれプレゼンの工夫をしている。 最後の最後までプレゼンの内容を決めてなかった。 覚悟を決めた。パワーポイント1枚だけでやることにした。 恐らく9人のプレゼンテイターの私は最高齢である。 直球ど真中の真っ向勝負をすることにした。 チームで頑張ったみんなの顔を見ると、珍しくプレッシャ。 足が震えた。 ついに私の番。妙に腹が座った。 下を向いていた65名が一切に私を見る。 ものづくりの心と想いを、思いっきり語った。 なんと全員がこちらを見ている。 採決となった。 手が挙がった。 果たして26社を超えたであろうか。 なんと、奇跡が起きた。 前もって反対していた8社以外はすべて賛成にまわった。 賛成36社。 正直涙がでた。 営業、スタッフみんなと抱き合った。 審査副委員長が歩み寄ってきた。 商品を真っ向からこれだけ熱をこめたプレゼンは久しぶりです。 若い奴全員に聞かせたいプレゼンでした。 チーム全員の勝利である。 アンカーの私でしくじらなくて本当によかった。 久々に感動した。 そして思った。 念ずれば、必ず花開くと。
2009.01.08
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世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン小説より面白い本がある 著者は「フォーブス」元アジア太平洋支局長である。 著者ベンジャミンフルフォードは9・11事件を追求していた。 そこで彼の40年間の人生観を揺るがす事実に気がついた。 9・11はアメリカ政府が起こしたのではないかと。 その黒幕を追及すべく膨大な資料と格闘した。 歴史も紐解いた。 するとその結果、世界を支配している闇の支配勢力にいきつく。 歴史的には古代バビロニアに端を発する。 そして表面的にはユダヤ人に紛れ込んでいる。 その名をルシフェリアンと言う。 そのトップは、欧州のロスチャイルドとアメリカのロックフェラー財閥である。 彼らは、フリーメイソンをも支配していると言う。 いま彼らの目論見は、ずばり第三次世界戦争。 事実はともかく、推理小説より面白い本ですよ。
2009.01.07
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正月はコタツに入り、みかんを食べながら読書。 これが正月後半の私の生活スタイルである。 正確には嫁さんの実家に行き、たらふくご馳走をいただいては、 読書三昧するのである。 ここ3,4年、正月の決まった過ごし方がある。 大晦日と元旦は近くのコンビニに行き、5大紙すべてを買う。 すべての新聞をざっと目を通す。 行く年の回顧と来る年の展望を大雑把につかむためである。 そして正月後半の嫁さんの実家では、本屋に行って目に付いた本を買い込む。 大体は新年に関する経済展望の本である。 そうして、コタツに入りながら新しい年をどのように生きていくか あれやこれや夢想するのである。 毎年、暗い展望を書いてある本と、明るい本がある。 両方買って読み比べる。 ところが今年はどれも暗い本ばかりである。二日間で5冊を精読した。 どの本を読んでも、世界恐慌の突入、資本主義の崩壊という おどろおどろしい文字が乱舞する。 しかもサブプライムローンによるアメリカ発の今の不況は、 ほんの序曲に過ぎないことが事細かに書いてある。 2009年は、1929年の大恐慌と、石油ショックと、バブル崩壊が 一緒に来たようなすざましい年になるであろうと。 しかしピンチは必ずチャンスを内包している。 最悪の場面を想定しながらも、生き方は前向きにしたい。 このまま欲望資本主義やギャンブル資本主義の魔物が巨大化したら、 世界や地球環境は大変なことになっていただろう。 これはサムシンググレイトが最後に人類にくれたプレゼント?ではないか。 またそうしなければならないだろう。 そのとき日本の果たす役割は大きいように直感する。 「和」をもって尊しとなす聖徳太子以来の日本人の接着剤としての役割。 江戸時代の循環ライフスタイル。 欧米とイスラムの対立の中での、仏教や東洋思想。 具体的には、この時代を乗り切るキイワードとして次の三つが大切であろう。 一つ、「 知足」 足るを知る 一つ、「共生」 共に生きる 一つ、「利他」 他人を利する この三つの仏教用語がこの大変な時代をうまく過ごすヒントに なるように思えてならない。 皆様にとって、2009年が笑顔の絶えないいい年になることを 強く願う次第である。
2009.01.05
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今年の正月はおだやかな晴天続きだった。 元旦は甥っ子二人が泊まりに来ていたので、夜遅くまでの宴と相成った。 日本酒一本、ワイン4本の楽しい酒だった。 初詣は近くの氏神様、氷川神社。 境内に長い参列。 二日の日は、家族総出で赤坂の比叡神社に昇殿に行く。 ここも半端じゃない長蛇の列。本殿から昇殿参拝をする。 雅楽の音と、巫女の舞い。神主の厳かな清めの儀。 うーん、なんだか今年はいい年になりそうだ。 そのまま妻の実家に行く。 またまたご馳走の連続。 食べては呑む。飲んでは食べる。 いやはや身体が重たくなった。
2009.01.05
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2008年は元旦、二日と日本晴れである。 朝、ベランダから外を眺める。 田沢山系の稜線がくっきりと見える。 その上に真っ白に雪をかぶった富士山が見える。 なんと穏やかな正月か。 新聞に目を通す。 元旦だけ5大紙を読み比べる。 オドロオドロシイ文字が浮かぶ。 日経:世界恐慌、第二次大戦、石油ショック・・・ 革新は混沌の世から 朝日:世界変動 危機の中で カネも仕掛けも行き詰る 読売:雇用創出 医療・介護重点 政府がニューディール計画 産経: 冷戦終結から20年『経済グローバル化』危機 「黎明の光はいつさすのか」 東京:百年に一度の岐路 安全網「雇用」か「福祉」か これほどのどかな正月だと言うのに、日本の政治は低迷。 世界経済は恐慌にまっしぐら。イスラエルはハマスに戦争宣言。 頼みの日本経済も、お先真っ暗。 しかし1989年のバブル絶頂も何かがおかしかった。 銀座では不動産成金やバブル長者がドンペリのシャンパンをパンパン。 そしてタクシーは長蛇の列。結局、始発までどこかで呑む羽目に・・・。 学生時代の友達と飲んでも、NTTの株で何百万儲けたなどの話ばかり。 まじめに汗水たらして働く日本人の勤勉さはどこに行ったのだろうか。 と考えたのは私だけでないであろう? そして1990年のバブル崩壊。そして土地神話の崩壊。失われた10年。 そんなことを思い出しながら考えた。 ひょとして、これは欲望資本主義に暴走した地球人への、宇宙真理からの プレゼントではないかと・・・。 限られた資源の宇宙船地球号。その乗組員が思いやりや助け合いの 人間関係を、浮かれた貨幣関係だけから考え直す好機ではないかと。 2009年。笑顔の絶えない素敵な年になることを切に望む。
2009.01.02
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2008年はあなたにとってどんな年でしたか? ちょっと振り返ってみましょう。 政治は低迷混乱と総理の品格が問われる年。でも経済も・・・。 年初は景気がよかった。富裕層がもてはやされる。 株価も2万円を突破し、史上まれにみる好景気との予測ばかり。 ミニバブル再開かと思われた日本。 商品相場が高騰。そのあおりで大豆・小麦・油などの食品の値上げラッシュ。 石油も高騰、147ドルを記録し、ガソリンも160円を超える。 一等地の地価が上昇。 デフレから一転して、インフレ懸念が・・・。 北京オリンピックの当日、ソ連がグルジアを侵略。 千2百人の駐留軍がいるアメリカも、欧州もただ静観。 中国は国の威信を賭け、オリンピックを成功裏に導く。 そして9月中旬のリーマンショック。 そこからすべてが変わった。 アメリカの投資銀行上位5行すべてが吸収も含め消える。 この余波は欧州、ソ連、中国、アジア、豪州、すべての国に伝染した。 本年度の株価の暴落は、日本が42%。本家のアメリカは36%。 しかし世界的に見ればソ連71%,中国55%,インド51%. 日本だけで約200兆円の株式市場がなくなった。 全世界では、なんと2000兆円が無くなったのである。 そして為替は円の一人勝ち。 対韓国、オーストラリアでは約2倍。 対ドルでも25%増の超円高。 そしてマスコミによれば100年に一度の経済危機と言う。 あのトヨタでも派遣を解雇。赤字に転落か・・・。 世界の流れが完全に変わった2008年。 貴方にとってはどんな一年でしたか。 来年をいい年にしたいですね。 2008年よ、さようなら・・・・
2009.01.01
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