~Hot chocolate~ 1.




        ~Hot chocolate~ 1.




2月に入るとホテルの周辺はますます雪に閉ざされ、
その建物全体がおとぎ話の古城のような雰囲気を醸し出す。

一年で最も宿泊客が少なくなる時期だが
雪景色を楽しむために訪れる客もいた。


昼下がりのスタッフルームでは
若いスタッフが数人、休憩時間を過ごしていた。

  「あ~、今年も義理チョコ用意しなくっちゃぁ・・・。」

フロントの女性スタッフが大げさにため息をつく。

  「ストレートに言うのやめてくださいよ~!
   義理チョコ対象者は結構傷つくんですけどー!」

部屋に入ってきたばかりのドアマンの松本が
乱暴にイスを引いて座った。

  「えっ? 松本くん本命いないの??」

  「“今は!”いませんけど!」

  「“今は!”って強調するイミないんだけど~。」

  「だってこの仕事やってたら
   うまくいくものもいきませんって。
   仕事とどっちが大事なの!ってなりますから。」

  「あ~あ、そーいう女の子としか付き合ったことないのかぁ・・・。」

  「みんなそうなりますよっ! あの高島さんだって!」

  「ええ~~~っ!?!? 高島くんに修羅場!?!?」

女性陣が揃って声をあげた。

  「うっそー!! 高島さん、彼女いるんですかぁ~!?」

ますます不機嫌になって松本が叫ぶ。

  「ちょっと! なんでみんな高島ネタにそんなに食いつくんですか!」

  「興味あるからよっ! 当たり前でしょっ!?」

  「いやぁ~~ん! 想像したくないーーっ!!」

  「だから! 松本くんっ!! 詳しく教えてっ!!」

  「えっ?・・・いや、たとえですよ、たとえ!」

  「はあ~?・・・」

  「・・・なあんだ・・・。」

  「でも、そんな何年も彼女いないワケないでしょ。」

  「うんうん、もったいないもん!」

  「どーいう意味だよっ!!」

  「ね、ホントになんにも聞いた事ないのん?」

  「・・・いや、高島さんの名誉のために言っておきますけど、
   何年もいないワケないじゃないですか!」

  「え~~っ!?やっぱり・・・。」

  「あ、今はいないみたいですけど。」

  「じゃあ、まえはいた?」

  「そうですね。」

  「え? 自分からしゃべるの?」

  「いや、なんかのハナシの流れで、ダメもとで聞いてみたら・・・。」

  「うんうん・・・。」

  「変に隠すのもおかしいじゃないですか・・・。」

  「うん、そりゃそうよね。」

  「ここに来る前から付き合ってたひとはいたらしいんですけど・・・。」

  「うんうん、それで?」

  「フラレた、って言ってました。」

  「え~~~っ!?!? あの高島くんを振るヤツがいるの!?」

  「だから! 時間も不規則でおまけに遠恋じゃ、うまくいくはずないんですよ。」

  「・・・・・うん、そうだよね・・・。」

  「で、そのあとは?」

  「知りませんよっ! 男同士でそんなにしゃべることないし!」

そのとき、ドアが開いて

  「あーっ! 高島さんっ!!」

  「・・・?? はい? えっ? なんですか??」

異様な雰囲気に息をのんで、集中する視線に緊張する。

女性たちの意味深な微笑みに、
思わず唯一の男性の松本に助けを求めるように目配せした。

  「もうすぐバレンタインですよね~?」

  「・・・あ、・・・そうですね・・・。」

緊張したまま微笑み返す。

  「高島さん、ダントツですよね、毎年。」

  「えっ?」

  「ほら、バレンタインにチョコ送ってくるでしょ?」

  「・・・あぁ・・・でも、
   お客様や仕事関係の方ですからね・・・。
   義理チョコ・・・ですよ・・・。」

  「本命は??」

  「えっ!? いや・・・アテはないですね・・・。」

  「またまたぁ~~!」

  「こないだスキー場でめっちゃ声かけられてたじゃない!」

  「そうそう! かわいい子ばっかり!」

  「どんだけ交流してんのよー!」

  「めっちゃ有名人ですよね~~???」

  「いや、それは・・・たまにボランティアで手伝ってるからで・・・。」

  「なにを??」

  「・・・スキーのレッスンです・・・。」

  「あ~、そっか! だってプロ級だもんね!」

  「めっちゃカッコいいんですもんね! 松本さん、知ってます?」

  「知ってるよっ!!! 完全プロだよっ!!!」

  「こないだなんか、3人でリフト待ってるときも
   めっちゃ見られてましたもんね~♪」

  「そうそう、女の子たちの目がハートでね!
   いい気分だったわよね~♪」

いつのまにか蚊帳の外で苦笑いしながらそのやり取りを聞いていたが、
松本の不機嫌さが一層増していくのがわかって、途中で会話を遮った。

  「あの・・・! みなさん、
   ホットチョコレートはいかがですか? 
   バレンタイン仕様の、試飲も兼ねて・・・。」

  「え~~っ!?!? いいの?? お願いーっ!!」

  「はぁ~~・・・休憩しに来たのにストレスピークですよっ!
   高島さん、僕のぶんもお願いします・・・。」

すっかりやつれて松本がうなだれる。





2月はパティスリーもバレンタイン仕様となり、
チョコレートの甘い匂いに包まれている。

明日には、毎月定期的に訪れる、
近くのケアホームのお年寄りも招待していた。


  「高島さん、休憩じゃなかったんですか?」

  「はい、レストランの予約に変更がありまして・・・。」

掲示板に貼ってある予約の一覧表に訂正を入れる。

  「人数ですか?」

  「はい。おひとり、キャンセルなんです・・・。」

  「ケアホームの? どなたが?」

  「喜多川さまです。体調を崩されたとかで・・・。」

  「えっ? あの品のいいおじいさん?」

  「はい・・・。」

  「だいじょうぶなの?」

  「詳しくは、何も・・・。」

  「かなりなお年だったもんね・・・。」

さっきまで賑やかだった部屋が一瞬沈黙に包まれる。

  「あ、ホットチョコレート、お持ちしますね!」

高島の笑顔に、皆がほっとした表情を見せる。

  「高島さん、僕も手伝いますよ!」

松本が席を立つ。

  「え~っ!? 松本くん、めずらしー!!」

  「もうこれ以上お姉さまがたの餌食になりたくないんですっ!!」

  「はいはい! しっかりお勉強してきなさいよ!!」

女性スタッフたちの笑い声を背に、ふたりが部屋を出る。

  「高島さん・・・オレ、自信ないですよ・・・。」

ため息をつきながら松本がつぶやく。

  「そうかな? じゅうぶんうまくやってると思うけど?」

  「えっ、そうですか? やっぱそう思います??」

ふたりで笑いながら、ホテルのロビーへと出るドアの前で立ち止まる。

壁付けの鏡の前に並び、
制服を整え、お互いに目配せをすると

松本が一歩先に出て、
ドアのノブに手をかける・・・。




                  つづく。


   はじめに。

     ひと月ごとのエピソード、今回はバレンタインです♪
     迷走中の高島くんのキャラですが(笑)
     仕事の顔、プライベートの顔いろいろあるとお許しください(^_^;)
     高島くんと松本くんがふたり揃って
     ホテルのロビーに登場する姿・・・(*^。^*)
     めっちゃカッコいいんだろうなぁ・・・(笑)


                      01,Oct.2012













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