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みなさんこんばんは。岡田彰布監督が今季限りで退任だそうです。今日は女系一族三人の物語を紹介します。ウェイワードの魔女たちWeywardエミリア・ハート集英社1619年、、ヒーラーのアルサは、農夫が牛に踏みつけられている畑の近くで目撃されたことと、村の人々を治療していたことから、母親が魔女の疑いをかけられた過去も踏まえて、魔女として裁判にかけられる。まず最初に登場するのは、ボリュームが少ない彼女のパートである。魔女裁判は1600年前後が最盛期であり、アルサはまさにその只中にいた。 次に登場するのは2019年、現代のロンドンで暮らすケイト・エアーズ。前段からの説明が何もないので、単に無関係の人たちの点描スケッチ風作品かとも思うが、因縁は後々明かされる。瀟洒な住まいだが、いつも何かに怯えているようなヒロインの行動全てが見張られている描写が続くと、不穏な空気が漂う。ケイトは隙を縫って脱出。自分を守ろうとして、目の前で父を亡くしたトラウマから逃れられず、ケイトは自己肯定感が低いままで育つ。うまい具合に、そうした女性を見つけ、支配したい欲望を持つ男性もいて、ケイトはそんな男性の一人に捕まってしまう。ルックスは良く、経済力もある恋人は、次第に暴力をふるうようになり、せっかく頑張っていたケイトの仕事を辞めさせる。「子供を作ろう」というが、それすらもケイトを家に縛り付けるための方便であり、妊娠したケイトは、誰にも知られていない場所を探す。大叔母のバイオレットのコテージに避難して生活を立て直し、自分と赤ちゃんを守ろうとする。 最後に登場するのは1940年代初頭。ヴァイオレット・エアーズは父親の高圧的な監視と支配に憤り、幼い頃に謎の死を遂げた母親エリザベス・ウェイワードについてもっと知ろうとするが、使用人も誰も教えてくれない。虫や動物を怖がらないヴァイオレットを、父親も使用人も恐れるが、弟のグレアムだけは慕ってくれる。そんな時、従弟が戦争から戻ってくる。 三人中二人が妊娠するが、妊娠が「愛する人の子供を授かって嬉しい」という母になる喜びと結びついていない。国は異なるが、昨今のアメリカでの妊娠中絶を巡る動きとリンクする。自分の体の事なのに自分で決められないウェイワードの魔女たち [ エミリア・ハート ]楽天ブックス
November 21, 2024
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みなさんこんばんは。美容室の淘汰が加速しているようです。2024年に発生した美容業(美容室)の倒産(負債1000万円以上、法的整理)は、8月までに139件発生し23年の同期間に比べて約1.5倍となったほか、年間で最多だった2019年(166件)を大きく上回る勢いで推移しています。このペースが続いた場合、通年の倒産件数は過去最多を大幅に更新し、初めて年間200件台に到達する可能性があるそうです。終わりなき夜に少女はAll The Wicked Girlsクリス・ウィタカー 早川書房 表紙絵は主役の二人で、白い服を着ているのがサマー、黒いシャツにジーンズ地のパンツでこちらを見ているのがレイン。二人の性格が違う事がよくわかる。活動的に見えるパンツ姿のレイン、清楚な優等生タイプがサマー。しかし、果たして中身はそうなのだろうか? アラバマ州グレイス。父親は刑務所から出所し、母親は前に亡くなっている。助けてくれる血の気の多い叔父がいる。何かと素行不老で話題になっているのはレインだが、姿を消したのは姉のサマー。連続少女失踪事件が解決されないままで、レインは、姉の失踪も連続失踪事件の一環で同じ犯人では?と思い、友人を誘って独自に調査を始める。 ミステリの点から見れば、署長がもう少し積極的に事件捜査にあたればいいのだが、彼は自分の判断で部下‐ノアの父親‐を死なせたことにこだわっており、トラウマ克服に忙しい。牽引する捜査ポジションがいなければ、超法規的に犯人を裁ける名探偵役がいればと考えるが、そのポジションもいない。そのため、ミステリというより、サマー、レイン、警察署長ブラック、レインに気がある警察官気取りのブラックなど、複数視点から、グレイスという街の人間模様を浮き彫りにする群像劇の味が濃い。狭い街で、お互いの過去を知りすぎるほど知っているからこそ、言いたくても言えない。大人たちの事情に影響される少年少女たちは、自力で逃げる術を持たず、大人達は逃げる術を知っていても、柵で逃げられない。閉塞感で爆発しそうな所へ、身近な少女の事件が起こって、黙っていた感情が噴き出す、結局意味ありげに出てきた連続失踪事件の犯人は明らかにされず、本当にミステリとしては、最後までもやもやしっぱなし。 登場人物紹介が冒頭についているが、重要人物が敢えて書いていないのはネタばれをしたくないからか。終わりなき夜に少女は [ クリス・ウィタカー ]楽天ブックス
October 29, 2024
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みなさんこんばんは。桂正和の連載デビュー作「ウイングマン」が、生誕40周年を記念してドラマ化。テレ東の「ドラマチューズ!」枠で10月22日にスタートするそうです。今日はP・G・ウッドハウスの単発小説を紹介します。スウープ!Swqop!P・G・ウッドハウス国書刊行会ジーヴスシリーズに比べて、本書はボリュームが少ない。刊行時期は一九〇九年、第一次大戦前夜である。その頃流行した、ドイツの脅威を煽る侵攻小説を、ウッドハウスなりにパロディ化した作品である。 冒頭で、一人のボーイスカウトクラレンス・チャグウォーターが称えられ、市内に像までできていることが紹介される。では、そのボーイスカウトが何をしたかというと…という件で過去編へ。 タイトル通りの内容だ。タイトルの意味は急襲-ドイツ、ロシア、中国など、九か国の軍隊がイギリスを急襲する。まあ随分と仲のよろしいことで。ところが、迎え撃つ英国側はといえば「何だそれは」と言いたくなるような理由で次々と解散。迎え撃つのは、ボーイスカウトのみ。ボーイスカウトの若き総長・クラレンス・ちゃぐウォーターは、仲間とともに祖国を救うべく奔走する。軍備としては大したものを持っていないので、知力を尽くして、徒党を組んでイギリス包囲網を作る各国の将官を、偽情報を用いたり、劇場で騒ぎを起こさせるなどして、彼らを仲たがいさせ、軍隊を同士討ちさせる。そうしてまんまと侵略者たちをイギリスから追い出そうとする。さあ、その試みは? 当時から、攻めてくるならドイツだとイギリスが考えていたことがわかる。その考えは二度の大戦でも的中する。よほど馬が合わなかったのか。戦後はさすがに敵対することはなくなったが。スウープ! [ P・G・ウッドハウス ]楽天ブックス
October 21, 2024
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みなさんこんばんは。どらえもんの声で知られる大山のぶ代さんが亡くなりましたね。今日は南アフリカを舞台にした小説を紹介します。約束The Promiseデイモン・ガルガット早川書房同じタイトルでも、フリードリヒ・デュレンマットの『約束』は、刑事が被害者の母親に必ず犯人を挙げて見せると約束し、命を賭けてその約束を果たす、シリアスかつハードボイルドな内容だった。しかし本作は、そのいずれでもない。 『約束』を果たそうとする意志を持つ者はいる。しかし命を賭ける必死さはない。また、それぞれの章タイトルは登場人物の一人一人である。普通章タイトルに冠されるのは、その章のメインキャラとして脚光を浴びる。それはその通りなのだが、ちっとも喜ばしくない脚光である。 南アフリカ共和国の歴史を横糸、プレトリアで農場を営むスワート家の歴史を縦糸に描く。一家の子供たちの名前は、アントン、アストリッド、アモールと、全てアから始まる。一家の母親は、死ぬ前にカソリックからユダヤ教に改宗したため、夫と同じ墓に入れない。母親は亡くなる前に、献身的に世話をしてくれたメイドのサロメに、家を譲ると告げる。これが本編の“約束”である。 母親の死後、次女だけが父がメイドのサロメとした約束【家をやる】を覚えていたが、他の家族は全く気にかけない。そもそもその当時、黒人は土地も財産も所有できず、母親は深く考えず、また内容を詰めることもせずに、無責任に亡くなった。その後40年にわたり、イベントで家族が集まる度にこの話は蒸し返されるが、一向に果たされないままだ。国としては、獄中のネルソン・マンデラが大統領になり、ワールドカップで混合チームが優勝するなど、武力衝突なしに、虹の国へと変貌を遂げていく。国際舞台からもやっと認められ、躍進の時である。しかしスワート家はその流れに乗ることができず、作家になる夢を抱くアントンも、一時美貌をほめそやされたアモールも、さしたる実績を残すことなく日々が過ぎていく。アントンの妻と怪しい関係になるヨガ教師や、ついうっかり告解内容をばらしてしまう牧師など、主役脇役含め(容赦なく?)ユーモラスに神視点で描かれている。ブッカー賞受賞作にしては、うねうね度は少なく、さくさく読めた。約束 [ デイモン・ガルガット ]楽天ブックス
October 16, 2024
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みなさんこんばんは。テレビ番組のテーマ曲やCMソングを数多く手がけ、「浪花のモーツァルト」の愛称で親しまれた作曲家のキダ・タローさんが亡くなりましたね。今日はあの有名作家にかかわる作品を紹介します。あなたの迷宮のなかへ:カフカへの失われた愛の手紙J’avance dans votre labylynthe Lettres imaginaires a Frans Kafka新潮クレスト・ブックスマリ=フィリップ・ジョンシュレー新潮社クレストブックス作家フランツ・カフカは婚約は何度もしたが、結局一度も結婚しないまま結核で亡くなった。一方、書簡の書き手といわれるミレナ・イェセンスカーは、二度結婚し、一度同棲している。結局二人が結ばれなかったのは、その違いにあるのではないか。カフカは、愛する人への思いを書くだけで満足できたが、ミレナはプラトニックでは満たされない。いつも傍にいて、存在を感じていたかった生身の女性である。「愛するとすれば、それは全身全霊をかけてのことで、わたしはすべてが欲しいのです。ほかのだれかと共有することはできません、そうしたいとは思うのですが、できないのです。」「あなたがウィーンに来てほしいのです。あなたの言いわけは聞きたくないし、あなたが来ない理由が正しいかどうかも知りたくありません。」押せ押せである。 母を亡くし、厳格な父のもとに育ったミレナは、最初から世間の枠にはまるつもりはなかった。ラファエル前派のヘアスタイルで、オーストリア=ハンガリー帝国崩壊後の若い民主主義国家チェコを謳歌していた。そんな娘を父は偽の診断書で精神病棟に送り込む暴挙に出る。ミレナは家から出たい一心で、ユダヤ人のエルンスト・ポラックと婚約、すぐに結婚する。しかし自由恋愛主義の彼とは合わず、翻訳業に手を出し始めた頃にカフカの『変身』と出会い、これは自分のことだと確信。マスターしきれていないドイツ語での翻訳を試みる。失敗を恐れず飛び込むミレナと、閉じこもりがちなカフカ。ここもカフカとミレナの違いである。違うが故に惹かれあい、違うがゆえに結ばれなかった二人の関係を、存在しないミレナの書簡を蘇らせることで描く。あなたの迷宮のなかへ カフカへの失われた愛の手紙 (新潮クレスト・ブックス) [ マリ=フィリップ・ジョンシュレー ]楽天ブックス
October 8, 2024
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みなさんこんばんは。政治家や芸能人の風刺似顔絵で知られるイラストレーターの山藤章二さんが亡くなりましたね。今日もコレット作品を紹介します。シェリの最後La Fin de CHERIシドニー=ガブリエル・コレット岩波文庫 前作で、結婚後レアと再会し、安心して戻っていったシェリのその後が描かれる。本編こそ本当にタイトルロール、シェリの物語だ。本名フレッドの登場頻度は、前作より多い。 前作では若さいっぱい、可能性に満ち溢れていた美青年だったが、戦争を経て、結婚もし、多少くたびれている。レアは再登場するが、前ほど会っている感じではない。なぜならば、レアがあまり身の回りを気にしていないからだ。若い恋人と付き合っていれば、いまだ肌のお手入れなどセルフケアに余念がないはずだが、そういった心配を手放して、気楽になっている。 一方シェリは、気を落ちつけられる場所がない。家庭を持ったので、大黒柱としてしっかりしなければならないが、子供を持つ気もない。妻エズメや母はシェリに叙勲させ、あわよくば商売に結び付けようとするが、本人は全く興味がない。戦争の記憶が抜け落ちており、大戦を逞しく生きていく人たちの中で居場所がない。ないない尽くしである。更に、前作でレアを恐れさせた老いの恐怖がシェリにもやってくる。といってもまだ30歳だ。彼があの選択をするのは、レアとの別れが原因ではない。前作を象徴するのは薔薇色だったが、ラストを締めくくるのは銃の鈍色だ。シェリの最後 岩波文庫 / コレット 【文庫】HMV&BOOKS online 1号店
October 6, 2024
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みなさんこんばんは。女優のジーナ・ローランズさんが亡くなりましたね。今日もコレット作品を紹介します。シェリChériシドニー=ガブリエル・コレット岩波文庫まず第一声がこれである。「レア。これぼくに頂戴。あんたの真珠のネックレスさあ!聞いてる、レア?あんたのネックレス、おくれよ!」 のっけからおねだりだ。そして口調のはすっぱなこと。 彼の名はフレッドだが、作品中、その名前で呼ばれることはほとんどない。元高級娼婦レアからは、シェリ(いとしい人)と呼ばれる。一方、シェリはレアのことをヌヌーンと呼ぶ。フレッドは25歳、レアは49歳。親子といってもおかしくない年齢差の二人は、6年間続いている恋人同士だ。プラトニックではない。冒頭は、情事の残滓が残るベッドシーンだ。 日本の小説『東京タワー』では、息子が自分の友人と関係を持っていると知った母親が怒り狂うが、マダム・プルーは動じない。息子の面倒見てくれてどうも、くらいの雰囲気だ。実はレアとシェリの母親マダム・プルーは同業者で、二人とも過去に稼いだお金をせっせと蓄財に回して裕福な暮らしをしている。男と永続的な関係を築くことなど、とうに諦めている二人らしい選択だ。ただ、息子の結婚を知らせる際には、マダム・プルーはレアに対して少し意地悪めいた感情の片理を覗かせる。 表面上は、経験豊富なレアが、若いシェリをうまくあしらっているかに見える。しかし、水面下では、レアは忍び寄る老いと、いずれ必ず来るシェリとの別れを恐れている。捨てられるのが辛いから、自分から離れようとするも、うまくいかない。これまで散々偽りの愛で報酬を得てきたレアが、人生経験もさほどない若者に翻弄される様が、丁寧な心理描写を通して伝わる。若妻で物足りないシェリが、レアに逢えてやっと肩の荷を下ろしたかに見えた。しかしその後ろ姿に、レアはやがて来る別れを予期する。同じ体験をしながら、二人の見る未来は異なるという秀逸なラスト。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。シェリ (岩波文庫 赤585-2) [ コレット,S.G. ]楽天ブックス
October 5, 2024
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みなさんこんばんは。セブン―イレブン・ジャパンは物価高で節約志向を強める消費者を取り込むため、低価格帯の品ぞろえを拡充すると発表しました。今日もコレット作品を紹介します。牝猫La Chatteシドニー=ガブリエル・コレット岩波文庫アランはカミーユと婚約し、結婚。カミーユの友人のマンションに住む。しかしアランの飼い猫サアは、みるみるうちに痩せてしまい、みかねてアランはマンションに連れてくる。そして猫、カミーユ、アランの三角関係が始まった。 解説にも“三角関係”と書いてあるが、まず、猫と人間の男女2人の三角関係と聞くと、ホラーものの印象が強い。つまり猫と人間には圧倒的な体格の差があり、まともに戦ったら、猫は人間の敵ではない。また、人間の男性が性的に女性に求めるものを猫に求めても、絶対に無理なのに、それでも猫を選ぶとは考え辛い。にもかかわらず猫が勝るならば、猫が怪かしの力でも用いていると考えるほかあるまい。 猫と妻の戦いというよりは、アランがどんな生活を望んでいたかによる。顔合わせの時から、両家の不穏はに見えていた。アランが働いている描写がほとんどなかったので、いわゆる高等遊民かと思いきや、家は広いものの、そう裕福ではないことが窺える。どちらかというとカミーユの実家が裕福で、彼等は―というより両親は―アランの人柄ではなく家柄を買って商売に利用したかったようだ。とすれば、実家の富を傘に着る言動がカミーユに実際にあったかもしれず、なかったとしてもアランにはそのように映ったとも考えられる。つまり、猫は目に見える傷を作ったり事件の被害者となったが、猫そのものが夫婦の破綻の原因ではなかったのだ。とはいえ、猫が雄だったら、カミーユの妄想は起こらなかったかもしれない。 ちなみに高貴な生まれの猫は鳴き方も違うらしい。こんな鳴き方の翻訳初めて見た。牝猫【電子書籍】[ コレット ]楽天Kobo電子書籍ストア
October 4, 2024
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みなさんこんばんは。薬物を常習的に投薬した疑いで、裁判にかけられた俳優のユ・アイン(37)が一審で懲役1年を宣告され、法廷拘束されたと複数の韓国メディアが報じました。うまい俳優さんだったのに。今日からコレット作品を紹介します。軍帽Le Kepiシドニー=ガブリエル・コレット文遊社作中にコレットという名前をはじめ、実名がぼんぼん出てくる。『軍帽』 国立図書館の目録課に勤めているポール・マッソンから、インドの小説を書いている画家の妻マルコの事を聞いたコレットは、どうしても彼女に会いたくなる。一行につき一スーしかもらっていないマルコが、やっと二スーもらえるようになるまでに、生涯にひとつの恋をしていた。 恋の始まりは駐屯部隊の中尉が文通相手を求める記事に、小説を書くほど文才のあったマルコが応募したことだ。相手アレックス・トララールと、マルコは親密度を高めていくが、気がかりは二人の年の差。そして、彼女のたった一つの行動が恋の行方を決めてしまう。おしゃれもしない、地味な中年女性が、恋を知り変わっていく姿を、男性陣は最初から“いい年の女が恋に溺れて滑稽だ”と揶揄する。意地が悪い。コレットは同性として応援する気持ちはあるものの、彼女でさえも、時に、ちょっとくたびれた衣服に対する鋭い観察など、若干皮肉を込めて彼女の様子を述べている。『小娘』『軍帽』とは男女の年齢差が逆。コレットが、仮にアルヴァン・シャヴリアと名前を与えた、今はもう初老となった男性に対して、どこかに行ったら?南仏とかどう?と勧めるのに、一向に腰を上げない。だったら理由を聞かせてよ、とコレットが詰め寄って語ってくれたのがこの話。49歳のアルヴァンが、旅先で出会った15歳の女の子ルイゼットに魅せられていく。ルイゼットは超絶美人というわけではなく、所々訛りもあり、あか抜けてない。しかしアルヴァンはどんどん彼女に惹かれて、ついにキスまでする。ところがルイゼットの母親に現場を見つかってさあ大変。ここからの、アルヴァンの年を聞いてからの母親の悪口雑言がマシンガントーク。「わかってる?この人あんたの父親の年なのよ?」その一点でルイゼットを変心させようとする。すっかり恋心の醒めたアルヴァンは。『緑色の封蠟』コレット家の日常と、彼らが“他人の不幸は蜜の味”とばかりに語る、郵便局職員から金持ち夫人になった女性のエピソード。『アルマンド』幼馴染の間柄ながら、大人になると気まずくなってしまった裕福な孤児アルマンドと、彼女を憎からず思うマクシム。彼をからかう妹ジャンヌに背中を押されてアルマンドの家を訪ねると、そこでハプニングが起こり。発動した恋心がつぶやかせる可愛い愛の言葉。軍帽 [ シドニ・ガブリエル・コレット ]楽天ブックス
October 3, 2024
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みなさんこんばんは。文芸評論家の福田和也さんが亡くなりましたね。今日は有名作家が登場する作品を紹介します。シャドウプレイShadowplayジョセフ・オコーナー東京創元社栩木伸明訳作家よりも作品が有名になった人と、その逆がいる。前者がブラム・ストーカーで、後者がオスカー・ワイルドだ。 ブラム・ストーカーがアイルランド人であることは、あまり知られていない。また、彼が阿野を作品を生み出す前、人気俳優で劇場経営者のヘンリー・アーヴィングに雇われていたことも知られていない。ストーカーは、殆どの人に、“あの作品”で知られているのだ。 同時代、同じアイルランド人として、ヒット作を連発し、売れっ子作家の名を欲しいままにしていたのがオスカー・ワイルドだ。アーサー・コナン・ドイルよりも有名人だった。しかし彼が、やがてある裁判により転落の一途を辿るのも史実の通りである。本編でも栄光から転落の過程が断片的に描かれるが、秘密を抱えていながら怯えることなく、後の悲劇を全く予測しない、ストーカーとは逆の陽性の人である。だからこそ、暗転する人生が悲劇である。 ワイルドの転落とストーカーの人気作のヒットが交錯すれば、物語としては、よりドラマチックになる。しかしそうはならない。ストーカーは、物語を通じて、一向にうだつがあがらないのである。とてもあの、どろどろした恐ろしい物語を生み出すようには見えない。気難しいヘンリー・フィールディングに長年仕えたというから、我慢強さ、粘り強さはある人だ。結婚していたので、筆一本に人生を賭けるわけにもいかなかった事も理由にはあるだろう。その彼が、史実の通り、どうやってあの作品を生み出すことになるのか。誇り高きドラキュラ伯爵のモデルとは誰なのか。 本編は原題も同じシャドウプレイ=影絵芝居である。影といえば光。光はよく世に知られている部分、影はその逆。アーヴィングが舞台にかける劇はシェイクスピアがメインだが、そこでも主人公の影が協調される。また、すべて実在の人物であることから、光=史実、影=虚構という側面もある。そして影が必ずしも虚構ばかりとは限らない。 日記や手紙、新聞記事などで構成されているのは、本家『吸血鬼ドラキュラ』のオマージュである。またシェイクスピアの名台詞もよく引用される。ウィリアム・トレヴァーの翻訳を手掛ける栩木伸明が翻訳を担当。シャドウプレイ [ ジョセフ・オコーナー ]楽天ブックス
September 23, 2024
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みなさんこんばんは。本当に9月半ばになってもこんなに暑いのは異常です。野菜も高い。今日は女性のサクセス小説を紹介します。縫いながら、紡ぎながらEntre mes mains le banheur se faufileアニエス・マルタン・リュガン(著)徳山素子(翻訳)TAC出版銀行で働くイリスは、ずっとクチュリエになりたいと思っていた。しかし、服飾学校に合格できなかったために、子どもの頃からの夢を諦めて、医師のピエールと結婚し、趣味で洋服を作り続けていた。子供はいない。イリスが夫と共に実家を訪れる画面から始まる。イリスは夫が「いやにウキウキしている。実家に行くのがそんなにうれしいの?」と不満げ。冒頭から不協和音がギシギシ。 そして実家を訪れてあっという間に、実はイリスは服飾学校に合格していて、結婚を控えた彼女に、家族がその事実を隠していたことが発覚。父親は逆ギレして、「もう家に来るな!」おま、その口が言う!ピエールは、「合格してようと、どうであろうと、それは二人の問題だったでしょう!」と、その場はかっこよくイリスと一緒に怒ってくれるものの、パリでクチュリエの教育を受けることを決意した彼女に「さあ、これから子作りしよう!」いやあ、こんなにかみ合わない夫婦って(笑)。聞けば、実家の食事会前から、なんとなくかみ合わない日が続いていたとのこと。イリスも、事前に相談しても良かったのに。反対されると思ったのなら、そもそも夫とは性格が合わないのでは。 反対を押し切って強烈な個性を持つ女主人マルトに気に入られ、魅力的なガブリエルに恋されながら、イリスは能力を発揮していく…は、いいのだが、イリスの能力とやらが、「あなたには才能があるんだから私の服を作りなさい。」という、マルトの想い込みだけなのだ。もちろん苦労をしてファッション業界を歩いてきた人だから、見る目はあるはずだ。しかし、もう少し、他の人からの評価もあってもよかったし、当然彼女を認めない人もいても良い。なのに、マルトが庇護した途端、イリスは敵なし状態。これはちょっと食傷気味。 また、昔はシンデレラストーリーが結構好まれたものだが、今テレビで創意工夫を競う番組も放送されていると、どちらかというと、ああいうリアリティショーの方が面白いと感じる人も多い。謎の万能感溢れるイリスを、どうも距離を置いてみてしまう。というか、クチュリエになる!と決めて宣言し、動き出した所以降は、彼女は、ほとんど流され人生だ。ピエールに言われたからあっち、マルトに言われたからこっち、ガブリエルに言われたから…もうちょっと自主性を持ってほしかったな、ヒロインなんだから。縫いながら、紡ぎながら [ アニエス・マルタン・リュガン(著)徳山素子(翻訳) ]楽天ブックス
September 17, 2024
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みなさんこんばんは。 4人組コーラスグループ「ボニージャックス」メンバー(バリトン)の鹿島武臣(かしま・たけおみ)さんが90歳で亡くなりましたね。今日は恋愛小説を紹介します。理想的な結婚の後始末A Perfect Divorceエイヴリー・コーマン大谷真弓訳求龍堂 「そして二人はいつまでも幸せに過ごしましたとさThey lived happily ever after. 」典型的なロマンス小説の最後は、たいていこんな文句で締めくくられる。そんな本を読んだ人達は、「絵に描いたような理想的な恋人」と「物語で読んだような理想的な結婚」を夢見る。けれど現実は、そううまくはいかない。だって現実は、お伽噺じゃないから。それに、それぞれ結婚相手が違うのに、「理想の結婚」という一つのパターンがあるわけない。それでもやはり、人は「理想」にこだわらずにはいられない。それは離婚だって同じ事。本作の原題は「A Perfect Divorce=完璧な離婚」だ。完璧な離婚って何だろう?経済的に支障がない事?どうしようもない亀裂が生じて別れたとしても、変わらぬ友情を保ち続ける事?いろいろあるけれど、簡単に言えば、「結婚の前と後で、変わりない人生を送る事」だろうか。そして両親が離婚した場合は、子供の成長に何ら影響を与えない事を望むものだ。でも、所詮子供と親は別人格だ。「わたしたちは離婚したかもしれないが、息子に悪い影響は与えていない。息子にはなんの問題もないし、希望の大学にも入れた。申し分のない新生活のスタートを切った。なにもかも順調、息子も立派になったし、これからもずっとうまくいくだろう。(p209)」と言い聞かせるために、息子の人生を操ろうとしても、いつか息子は自分で人生を選び取る。両親が離婚していようといなかろうとその結果には変りがないかもしれない。でも両親は、「息子の将来」で「自分達の離婚=過去」の帳尻を合わせようとして、「あるがまま」を通そうとする息子と衝突する。息子、その両親、それぞれのパートナー、様々な視点から、一組の夫妻の離婚の「Ever After=その後」と各々の成長を辿った作品の著者は、映画化された『クレイマー・クレイマー』の原作者でもある。今度は子供の年齢を思春期に設定して、パンケーキとフレンチトーストだけではなかった離婚後の問題に取り組む人々の悪戦苦闘をユーモアを交えて描く。あなたは、この離婚を「完璧」と見るだろうか、それとも? コロンビアピクチャーズが映画化権を獲得。『中古』理想的な結婚の後始末KSC
September 16, 2024
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みなさんこんばんは。スタートアップ企業の育成を促すため、政府は先端技術の開発などを対象にした補助金の増額に加え、開発した技術の実用化が円滑に進むよう、経営の専門家らが助言を行う体制を整えるなど支援を強化することにしています。今日はオーストラリアで有名な実在したギャングの伝記小説を紹介します。ケリー・ギャングの真実の歴史True History of the Kelly Gangピーター・ケアリー早川書房オーストラリアは、イギリスの流刑植民地とされた。しかし住民は必ずしも囚人ばかりではなく、開拓のためやってきた者もいた。本編の語り手兼主人公のネッドの父親レッド・ケリーは家畜泥棒による元囚人、母親エレンの生家クインもアイルランド系流刑者の一族のため、警察から厳しい監視下に置かれていた。囚人は罪を償えば、一般人として普通の生活を送れるという考えは甘い。囚人監視のために送られた軍隊が地主階級となり、土地と羊を専有して囚人を労働力として私物化した。鉄道や銀行といった流通と経済のインフラが整い、オーストラリアは牧羊業中心の経済からの転換と発展が徐々に進んでいたが、元囚人とその子孫は恩恵を受けることができない白人の最下層であり、ほとんどの者が厳しい生活を送っていた。多くの給料をもらえる仕事につけるわけではなし、土地もなし、勢い彼等は犯罪に向かわざるを得ない。 貧しいアイルランド移民の子ネッド・ケリーは、幼いころから獄中の父にかわり、母と6人の姉弟妹を支えてきた。父の死後、母はネッドを山賊ハリー・パワーに託す。だがそのせいで、ネッドはわずか15歳で馬泥棒の共犯容疑で逮捕されることになった。出所したネッドは、美しい娘メアリーと出会い恋に落ちるが、ようやくつかんだ幸せも長くは続かない。横暴な警察は、難癖をつけてはネッドや家族を投獄しようとしてくる。いまや、ネッドと弟のダン、二人の仲間たち“ケリー・ギャング”は、国中にその名を轟かすお尋ね者となっていた。あまりの理不尽さに、遂にネッドは仲間と共に立ち上がる。 今なお義賊として人気が高く、映画化もされているネッド・ケリー。彼がまだ見ぬ娘へ綴った手紙を通して描く設定になっている。学校などろくに行っていない彼が書いた文章は、翻訳文も平仮名が多い文体になっている。原文はもっと読みづらかったそうだ。犯してもいない罪で投獄され、罰金を払わされ、更に貧しくなる。大黒柱の父はなく、母は次々と生活力の糧となるパートナーを得るが、彼等もまた新たな大黒柱にはならない。長男として母親や家族を守ろうとしたネッドの責任感や、理不尽への憤りが、一人称でダイレクトに感情がぶつけられているため、読者の感情に訴える力は強い。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 ケリー・ギャングの真実の歴史バリューコネクト
September 12, 2024
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みなさんこんばんは。映画『アベンジャーズ』シリーズ第5弾は、60人以上のキャラクターが登場する壮大な作品になると、Deadlineが独占で報じられました。今日はプータローが主人公の小説を紹介します。僕らは、ワーキング・プーGENERAZIONE 1.000 EURO。アントニオ・インコルバイア世界文化社プー。プータロー。その響きこそ可愛らしいが、実情は全然笑えない。生きてる限り、金は出ていくばかり。だからとにかく何でもいいから、働く。仕事の内容や賃金なんて二の次。そうはいってもやっぱり安定したいし、仕事が好きになってきたなら欲も出る。明日行ったら「いきなりクビ」なんて事態に怯えていたくない。一生懸命働く意識と、仕事をやり遂げる責任感は、正社員だって、派遣社員だって、バイトだって持ってるのに、どうして同じに見てくれないの? そんな不満を抱いているのは、何も日本だけじゃない。本編の原題は『Generazione Mille Euro=1000ユーロ世代』。上記に掲げたような不満を抱きながら、暮らしている、イタリアのワーキング・プア達の事を指している。彼等はいずれも高学歴だ。先ず、主人公のクラウディオ。大企業で働き、自分の能力を発揮出来る職場にいるが、月千ユーロ(約17万円)は苦しい。社会保険もない。クラウディオのルームメイト、ロッセッラの月収はもっと低くて900ユーロ(約15万円)。就職活動中でベビーシッターをしているので、同じく社会保険はない。情報科学科を卒業したのに、未だ能力を発揮する場すらない。ちなみに、イタリアにも人材派遣会社があるらしいが、二人とも登録はしていないようだ。 同じルームメイトのうち、アレッシオだけが、終身雇用の郵便局員となり、安定した収入を得ているが、ジャーナリストという夢を諦めなければならなかった。もう一人のルームメイト、マッテーオは大学生で、就職活動とは現在縁がなく、実家の両親からの仕送りがあり、四人の中では一番お気楽な身の上だ。よって彼等の経済観念や切実さは、少しずつずれているため、時々衝突も起こる。でも、本当に闘う相手がルームメイトじゃない事は、皆ちゃんとわかってる。コネ入社を含む情実人事、長時間労働、「同一賃金同一労働」の嘘。会社だけに都合のいい、学生対象のインターン制度。イタリア社会を取り巻く状況や正社員の横暴ぶりが、日本とそっくりで、泣けてくるやら、腹立たしいやら。自分達の方が給料もらっているのに、出張中の経費を非正社員であるクラウディオに払わせる同行者の正社員。社員並の仕事を任せておきながら、成果は認めてなかなか正社員登用を口にしない部長。飲み会で正社員と会費同じと言われて、ムッとした経験がある方なら、彼の気持ちがわかるかも? 「何かをしなきゃならない。(中略)二人だけで話し合ったところで、状況は何も変わらない(p249)」ハッパをかけられてクラウディオの選んだ道とは?それは読んでのお楽しみ。ラストの切り方がちょっと納得いかないし、夢見たような、スカっとした終わりとはならないけれど、これはまたこれで、現実的なのかもしれない。【中古】 僕らは、ワーキング・プー/アントニオインコルバイア,アレッサンドロリマッサ【著】,アンフィニジャパン・プロジェクト【訳】ブックオフ 楽天市場店
September 7, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカのトランプ前大統領は、11月の大統領選挙で勝利した場合、政府の支出を見直し、削減を検討する委員会を立ち上げ、そのトップに実業家のイーロン・マスク氏を起用することを明らかにしました。チェーホフの短編集を紹介します。ヴェーロチカ/六号室 チェーホフ傑作選 (光文社古典新訳文庫) アントン・チェーホフ『ヴェーロチカ』統計の仕事をしている29歳のイワン・アレクセーエヴィチ・オグニョフは、世話になった参事会議長クズネツォフに丁寧に礼を言って去る。するとクズネツォフの21歳になる娘ヴェーロチカが戸口の所で待っていた。送っていくという彼女と連れ立って歩きながら、オグニョフは「彼女はどこまで送ってくる気だ?また送っていかなきゃいけないじゃないか」と思いながら懐かしい思い出にふけっていた。ヴェーロチカは何か言いたそうだ。遂に彼女が口にしたのは。『子犬を連れた貴婦人』に見るような、間の悪い男の物語。何でうんと言ってやらなかったかなあ。まあ、まだ29歳だから人生を決めるのは早すぎたか。『カシタンカ』ダックスフントとお屋敷の番犬の雑種カシタンカは、指物師ルカー・アレクサンデルの家族と暮らしていたが、町ではぐれてしまう。もし、カシタンカが人間だったら、こう考えていたに違いない。「だめだ、これでは生きていけない!猟銃自殺でもするほかない!」(p45)などとチェーホフは書いているが、いえいえカシタンカもうちょっと現実的だったようですぐ新しい飼い主が見つかる。おばさんと呼ばれてもカシタンカはご飯さえあればご機嫌。とはいってもこの飼い主、何だかヘンである。さあカシタンカの運命は?『退屈な話』62歳の老教授は、人生にすっかり飽きてしまった。「はたしてこの女性がかつてあのほっそりしていたワーリャなのか、あのすぐれた明晰な知性ゆえに、清らかな心と美ゆえに、オセロがデズデモーナに対したように、私の学問に共感しともに苦しんでくれたゆえに、私が熱烈に愛した女性なのだろうか?(p92)」とはいっても自分も年を取っているしね、とは思わない教授はこの後も文句ばかり。ワルシャワで将校の職についている息子や、かわいかった娘に恋人ができたのも気に入らない。友人の眼科医の忘れ形見カーチャを聡明だと認めていたが、演劇熱にかぶれてあっという間に恋に落ち、また破れていく姿を見てすっかり人生に希望をなくしている。あまりにも厭世的と思われる教授の造形は、29歳のチェーホフの想像の産物である。『六号室』精神科病棟の患者イワン・ドミートリチとのおしゃべりに愉しみを見出すも周囲との折り合いが悪くなっていく医師ラーギン。医師である間は気づかなかった病院の劣悪さに気づく話でもある。他『グーセフ』『流刑地にて』収録。ヴェーロチカ/六号室 チェーホフ傑作選 (光文社古典新訳文庫) [ チェーホフ ]楽天ブックス
September 6, 2024
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みなさんこんばんは。鹿児島県薩摩地方に線状降水帯ができているようです。台風10号の影響らしいです。のろのろ台風ですね。今日は特徴を持つ男性を主人公にした小説を紹介します。器用な痛みIngenious Painアンドリュー・ミラー白水社パトリック・ジュースキントの小説『香水 ある人殺しの物語』は、自分には全く匂いがないが、あらゆる匂いを感知できる能力を持った男性の物語だ。一度嗅いだ匂いを完全に憶えているだけでなく、それらの匂いを組み合わせて想像の中で様々な匂いを作り出し楽しむことができた。また。それを嗅いだものの心を意のままにするような香水を密かに作り出すこともできた。調香師として天性の才能を持っていたわけだが、その才能は、決して彼を幸せにはしなかった。本編の主人公ジェイムズ・ダイアには、彼と同様の匂いを感じる。 冒頭場面、亡くなった彼の解剖に二人の医師と牧師、メアリという女性が立ち会う。稀代の名医と言われた人にしては、寂しい解剖である。ましてや彼は、痛覚を20歳半ばになるまで全く感じなかったという身体の持ち主であり、遠くロシアに赴き女帝とも会っている。そんな有名人物の死には、もっと関心が集まってよいはずだ。にもかかわらず、彼の野辺の送りは、はっきり言って侘しい。しかし彼の最後の表情は、手に医学書ではなく『ガリヴァー旅行記』を持ち、穏やかだ。この落差は何なのか。 物語は過去に遡り、両親を天然痘で亡くしたジェイムズが、自身の特異な才能を、幼い頃は利用され、成人してからは自らのために活用する様が描かれる。痛みを感じない息子ジェイムズを見て、母親は驚愕し恐れる。しかし一方で他者の痛みを想像できないからこそ、大胆な外科手術が行える。彼が感じ得ない痛みこそが、邦題である。原題もそのままIngenious Painであり、Ingeniousには「器用な」「生まれながらの才能を有する」という意味がある。器用といえば聞こえは良いが、言葉通りに受け取れないしこりが残る。 痛みを感じればこそ、人は他者の痛みにも敏感になり、思いやることができる。また、痛みに怯むことによって自らの弱さを知り、他者に寛大になれる。しかし、痛みを知らない者は、そのいずれをも持たない。それらは人間における欠けである。特出する何かを持っていても、結局別の部分で欠けがある者を、果たして天才と呼び、崇める事ができるのか。未だ魔女が信じられる中世から、科学が脚光を浴びる近世への架け橋の時代‐18世紀英国の物語。鴻巣 友季子さんの訳も読みやすい。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 器用な痛み / アンドリュー ミラー, Andrew Miller, 鴻巣 友季子 / 白水社 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】もったいない本舗 楽天市場店
August 29, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカ大統領選挙で、バイデン大統領の後継候補として指名される見通しとなったハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の支持率が最新の世論調査できっ抗していることがわかりました。今日はフランスの小説を紹介します。ラブイユーズLa Rabouilleuse光文社古典新訳文庫バルザックタイトルロールの『ラブイユーズ』は、人名ではなく「川揉み女」という固有名詞である。えっ、川を揉む?誰ですか怪しい想像した人は。小枝で川の流れを掻き回し、ザリガニを驚かせて、罠を仕掛けている男性のもとに追い込む作業をする女性のことだ。名前はフロール・ブラジエである。そして彼女は全三部中第二部からの登場だ。 彼女が登場する前の第一部は、イスーダンの、ブルジョワ家庭の三代に亘る歴史が語られる。普通、三代目のボンボンが家を潰すと決まっているが、一代目ルージェも酷かった。なんと、生まれた娘アガトを「自分の子ではない」と根拠もないのに疑い、遺産相続から外すのだ。自身は羊毛業で儲けた妻の実家の財産をもらい受けたというのに、ケチな奴!そしてルージェ夫人の弟(デコワンとしか名前を与えられていない。雑な扱いだ。)の遺産分をアガトに相続させよう(だからなんで自分の金じゃなく他人の金を当てにするんだ)と、彼女をパリに送る。 アガトはデコワンの知り合いで清廉潔白なブリドー氏と結婚したのもつかの間、ブリドー氏が突然死。頃はナポレオン帝政期。ナポレオン信奉者だったブリドー氏は皇帝より特別の支援を受ける。ところが長男フィリップは遅れてきたナポレオン信奉者で、士官として仕えたことを鼻にかけ、ナポレオンが倒れた後もろくな職に就こうとしない。一方次男ジョゼフは画家を目指していたが、母親に「ものにならないのに」と諦められている。実は彼は「われわれが持つ当代フランス最高の画家の一人」と書かれ、画家として大成するが、もともと長男溺愛の母親は、どれだけ次男が努力しても目を向けない。兄弟と母親の関係は、バルザックの体験が元になっている。次男はともかく、長男に使い道があるのか?と思いきや、ありました!悪でもって悪を征す! ルージェには息子ジャン=ジャックにラブイユーズをあてがう目論見があった。うら若い女性に何てことを!と言いたくなるが、ジャン・ジャックは「37歳だったが中身は12歳の子供のように臆病」なので彼女に触れることなど考えられない。見ているだけでらぶ(はあと)と、谷崎潤一郎ばりのうっとりした表情を見せる。ある部分が満たされないラブイユーズは、兵隊崩れのマクサンス・ジレ(通称マックス)を「ああいう屈強なのがいると用心棒っぽくていい」と言って家に連れ込む。知らずに(いや、わかっていてラブイユーズにいて欲しいから黙ったのか?)毒蛇を家に引き込んでしまったジャン=ジャック。しかしマックスの欲望は果てがない。さあ、財産となれば目をキラキラさせてやってきたのが、もう一人の士官崩れフィリップだ。悪が悪を制する作戦、うまくいくのか? 断っておくが、勧善懲悪ではない。強い者&声の大きい者が生き残る。かといって、因果応報めいた展開が皆無ではない。つまり、よりリアルに近いということだ。皆、しかるべき時に人生という舞台から退場する。タイトルロールのラブイユーズは、主役というより脇役で、マックスと組んでいる時は「何たる悪女か!」と憤慨するが、彼と離れてからは悲惨な人生を送る。 どんな人生にも、悲劇と喜劇の両面がある。『人間喜劇 La Comedie humaine』の第1部風俗研究の2.地方生活情景の「独身者たち」の第3話。ラブイユーズ (光文社古典新訳文庫) [ バルザック ]楽天ブックス
August 28, 2024
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みなさんこんばんは。都内を走行するすべての車でLEDで映像を流すなどの広告が禁止されることになります。今日もドストエフスキー作品を紹介します。カラマーゾフの兄弟4フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山 郁夫訳光文社古典新訳文庫ミーシャの裁判が始まる前に、アリョーシャを尊敬している少年コーリャの友人イリューシャのエピソードがかなり長く登場。イリューシャは自分のせいで犬が死んでしまったと気に病むあまり病気になってしまうが、実はコーリャが密かに育てて芸を仕込んでいた。コーリャは、アリョーシャの前でつい背伸して、あれこれ受け売りを並べる。しかしアリョーシャはコーリャに子供らしくあることを望む。 さて、本編のメインである裁判がいよいよ始まる。しかし、被告も証人も皆癖が強すぎる。仕方がない、どちらもカラマーゾフ家だから。イワンはスメルジャコフを犯人と目して追い詰めようとするが、逆に自分に殺意があったと責められる。更に、天使と悪魔、二人のイワンが現れ、悪魔のイワンが優勢に。そしてミーシャは、自分が殺したわけではないし、アリョーシャがせっかく弁護してくれているのに、スメルジャコフが亡くなったと聞くと「犬にふさわしい犬死だぜ!(p427)」といい、法廷の傍聴者に悪印象を与えてしまう。あんたちょっと黙ってなさい!「あんたやっぱりあの女に裏切られたわね」と法廷で騒ぐグルーシェニカをはじめ、ミーシャも彼に関わる人も、激情的すぎる。 しかしこのラストだと、兄二人が輝きすぎて、全然アリョーシャが“わが主人公”っぽくないんだが。どうしたんだドスト。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。カラマーゾフの兄弟(4) (光文社古典新訳文庫) [ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフス ]楽天ブックス
August 20, 2024
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みなさんこんばんは。「太陽がいっぱい」「冒険者たち」などで知られ、特に日本女性の間で人気の高かったフランスの俳優、アラン・ドロンさんが亡くなったと仏メディアが報じました。今日もドストエフスキー作品を紹介します。カラマーゾフの兄弟3フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山 郁夫訳光文社古典新訳文庫ゾシマ長老が亡くなり、聖人と崇め奉っていた人々は、奇跡を期待して集まってくる。しかし逆に、死体が腐臭を放ち、長老の生前の評判がガタ落ちに。ショックを受けたアリョーシャはラキーチンに誘われてグルーシェニカのもとへ。その頃グルーシェニカはミーシャを袖にして、元カレのカルガーノフの呼び出しに応じていた。 恩師の死に打ちのめされているアリョーシャに対して、長男ミーチャがハイである。父フェードルとグルーシェニカを争うミーシャは、カトリーナに借りた金を返すために、グルーシェニカのパトロンであるサルーシコフに借金を申し込む。いや、返す気すらなさそうだ。自分とフョードルなら、グルーシェニカには自分のほうがお似合いでしょ?だったら金ちょーだいって言ってのける君の神経がわからんよ。 あっさり袖にされて(そりゃそうだ)「フョードルとの間にチェルマシニャーの森林売買の話が進んでるので、その話をまとめては?」と言われる。猟犬と呼ばれる(「相手に向かって猟犬って呼んじゃいけませんよ」と念を押されるミーシャ、どれだけ世間知らずにみられてるんだ)男のもとへいそいそと通うが、酔っぱらっていたため無駄に待つ。目覚めてもそんな話は知らないと、逆ギレされる。「わずか三千ルーブルのはした金のためのせいで、人間の運命がだめになるんだ」おまそれいう?自分で全然稼げないくせに、はした金いう?こちらも逆ギレしたミーシャは、ホフラコーワ夫人を頼る。しかし夫人はゾシマ長老が腐臭を放つ話に大興奮。三千ルーブルよりもっとたくさんのお金をあげられるけど、それはあなたが自力で稼ぎなさい。金鉱にいけば三千ルーブル以上稼げるわ!と、結局は画餅話。気が気でないミーシャが家に戻ると、フョードルがグルーシェニカが来たのかと思い、甘い声で答える。さあ、かっとなったミーシャは…。 …ってここで一種のフェードアウトするんですよ。ずるいなぁドスト。 類は友を呼ぶのか、ミーシャの恋するグルーシェニカも気分がめまぐるしく変わる。訪ねてきたアリョーシャに、元カレをきっぱり振ってやるの!サルーシコフさんとも別れて日雇いの仕事をするわ!まっとうになるの!と宣言したものの、いざ呼び出しがくるとアリョーシャを残して出かけてしまうわ、追いかけてきたミーシャに「あたしを愛してちょうだい!」と言うわ意味不明。同じテンションで付き合える相手=運命の相手ということか。ミーシャが逮捕されたところで第三巻は幕。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。カラマーゾフの兄弟(3) (光文社古典新訳文庫) [ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフス ]楽天ブックス
August 19, 2024
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みなさんこんばんは。小説「奥の細道殺人事件」などで知られる作家の斎藤栄さんが亡くなりましたね。今日からドストエフスキー作品を紹介します。カラマーゾフの兄弟1フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山 郁夫訳光文社古典新訳文庫主フョードル・カラマーゾフには三人の息子がいた。長男ドミートリ―は最初の妻アデライーダとの子、次男イワンと三男アレクセイは二番目の妻ソフィア・イワノーヴナの子だ。駆け落ちまでしてフョードルと結婚したアデライーダは、フョードルが財産目当てと知り、ドミートリ―を残して神学校出の牧師と駆け落ちして亡くなる。アデライーダのいとこにあたるピョートル・ミウーソフが、ドミートリ―を養育したいと申し出る。フョードルの二度目の妻ソフィアとは、こちらも駆け落ち婚。ソフィアは神経を患い亡くなり、アレクセイとイワンはソフィアを育ててきた将軍夫人に二人を託す。 それぞれに成長した息子たち。直情的な性格の長男ドミートリ―は28歳。借金に悩み、遺産の相続や、驕慢な女グルーシェンカという女をめぐって父親と激しくいがみ合う。グルーシェンカが原因で、気位の高いカチェリーナとの婚約は風前の灯。皮肉屋で知的な次男のイワンは24歳。カチェリーナのことを愛しており、カチェリーナを冷たくあしらう腹違いの兄ドミートリ―に憤る。 日本でドラマ化もされたドストの有名作。ここまで書いてきてわかる通り、三兄弟には両親の愛情が注がれていない。最初の妻は恋愛至上主義に走り、次の妻は「おキツネさん」と表現される神がかり的な所があり、宗教に走る。そして息子達のロールモデルであるべき父親フョードルが、やりたい放題やって息子達を全く顧みないが、意表を突くタイミングで、それぞれの息子への愛情表現を行う。 いやあ怖い。この一家怖い。兄弟は皆まっすぐすぎるというか、もうちょっと世渡り上手をやろうよ!と言いたくなる。ドミートリ―は、ドスト作品に必ず出て来るだめんずの典型みたいな男だし。いやなんでこの男にゾシマ長老が跪くんだろう?そりゃあ波紋を呼ぶよ。 ただ、世渡り上手の究極が父フョードルだとするなら、テキトーな事をいっては皆を怒らせている父親を、息子達は一人を除いて決して認めてはいないわけで。三兄弟のほかに「多分フョードルの息子」と噂されているスメルジャコフという男もいる。結末を知っている人は彼の正体も分かっているだろうが、人間関係がとにかく入り組んでいる。その中で、この家の天使的役割は、物語の主人公と目されている三男アレクセイだ。20歳の彼は賢く、さっさと精神的支柱を他人のゾシマ長老に定めて修道院で暮らす。何を言っても許してくれそうな、最も年下の彼には、無神論者の次兄イワンも、放蕩者長兄ドミートリ―も何でも喋る。彼に喋ることによって、それぞれの性格描写を行う仕組みになっている。 父と息子が同じ女性を巡って争い、イワン→カチェリーナ→ドミートリ―→グルーシェンカという片恋が進行するなど恋愛要素があり、「神の在/不在」を問う作品でもある。また、この後登場する、ある殺人事件の犯人を問うミステリでもある。こんな複雑な、人間関係もテーマも入り組んだ作品を、どう収まりをつけるのだろうドスト。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 カラマーゾフの兄弟 1 / ドストエフスキー, 亀山 郁夫 / 光文社 [文庫]【メール便送料無料】【あす楽対応】もったいない本舗 楽天市場店
August 18, 2024
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みなさんこんばんは。11月のアメリカ大統領選挙に向け、与党・民主党はオンラインで行っている代議員による指名投票でハリス副大統領が指名に必要な過半数の票を獲得し、党の大統領候補として指名されることが決まったと明らかにしました。今日もゾラ作品を紹介します。金 (ゾラ・セレクション)L'Argentエミール・ゾラ藤原書店 『ルーゴン家の誕生』『獲物の分け前』に登場するアリスティード・サッカールが遂に主人公に。アリスティードはルーゴン家の次男で、兄は第二帝政下で大臣を務めるウージェーヌ・ルーゴン(「ウージェーヌ・ルーゴン閣下」の主役)。堅実を絵にかいたような兄に対して、弟は山師を絵に描いたような人物。浮き沈みが激しい人生を送っている。 ファーストシーン。土地投機に失敗したアリスティド・サッカールは、レストランにいってユレを探す。人々は傀儡として、ナポレオン3世がオーストリア皇帝の弟であるマクシミリアンを皇帝につけた話をしている。後にマクシミリアンは処刑される運命にあり、第八章p349に、パリの万国博覧会の最中にパリに届く。国内ではフランスの国力を見せつけるイベントが行われ、国外ではフランス外交のつまずきと凋落を予感させる出来事が起きる。「自分はまたしても地面にたたきつけられた。その張本人である帝国も自分と同じように転び、急転直下、この上ない幸せからみるも無残な運命へと転げ落ちるのだろうか。ああ、この十二年のあいだ、俺は帝国を愛し、帝国を守ってきた。自分に適した腐植土の中に根を張った木のように、俺は今の体制の中で生きて、成長し、その精力をたっぷり吸い取ってきたのだ!」 と、彼にしては珍しく絶賛傷心中のサッカール。ちょうど出会った、飛ぶ鳥落とす勢いのユダヤ系銀行の総帥グンデルマンから「サッカールさん、あなたがビジネスから手を引くというのはほんとうのことかね…そうだね、それは賢明だ。そのほうがいい」と言われる。その言葉で、逆に火が付き、「ユニヴァーサル銀行」を開業したサッカールの快進撃が始まる。 圧倒的な資力と人脈を持つ、ユダヤ人銀行家に対して、徒手空拳で戦いを挑む主人公は、ヒーローとなっても良かったはずだ。しかし、そのやり方がえげつない。銀行の株価を上げるため、小アジアに鉄道網を引きたいという盟友でもある、善良な技師アムランの計画を宣伝に利用、違法行為を含む様々な手立てでバブル状態を生み出す。やはり彼がヒーローになれない所以である。『獲物の分け前』では土地転がしで儲けた彼が、ボーヴィリエ伯爵夫人に「いまや土地で生活している人間などおりません…かつての土地所有の財産は、富の形式としてはもう廃れてしまったもので、存在理由を失っております。それは金の停滞そのものだったのです。わたくしたちは、その金を、紙幣とか、商業・金融のあらゆる証券を通して、流通経済に投げ込んでやり、その価値を十倍に増やしてきたのです。」と言い放つシーンの皮肉と、時の流れの速さ。 当初は破竹の勢いを示すが、やがて破滅の時が。息詰まる仕手戦の描写や、動のサッカール、静のグンデルマンの対比も見事だ。サッカールという欲の塊を中心に展開される群像劇であり、第二帝政のフランス社会を描く社会小説、更には新興銀行と老舗銀行の一騎打ちを描いた金融小説でもある。遠景に世界や国を置き、近景に市井のいとなみを置く、堂々大河小説。 グンデルマンのモデルはロスチャイルド家で、新興銀行との攻防は史実である。『中古』金 (ゾラ・セレクション)KSC
August 4, 2024
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みなさんこんばんは。アニメ「ドラえもん」の「のび太」の声を長年務め、外国映画ではブリジット・バルドーなど名優の吹き替えでも知られた声優の小原乃梨子さんが亡くなりました。今日もゾラ作品を紹介します。愛の一ページ (ゾラ・セレクション 4)Une page d'amourエミール・ゾラ藤原書店 若き未亡人エレーヌ・ムーレは、娘ジャンヌがひきつけを起こして、主治医ボダンを訪ねるが生憎留守。別の医者を探して偶然戸を叩くと、その家に住んでいたのは、偶然にも医師のアンリ・ドゥベルルだった。眠らず娘につきそうエレーヌに懇願されて残ったアンリは、彼女の美しさに目を見張る。一方、エレーヌは後日礼に訪れた時、アンリの妻ジュリエットと、ジャンヌと同世代の息子リュシアンと出会う。 結婚は夫からのアプローチで10代。特に不満を抱くことなく生きてきたが、アイヴァンホーを読んで最初は「こういう小説って、嘘ばっかりだわ!これまで絶対に小説なんか読まなかったのも、もっともなことだったのだ。人生というものをちゃんと感じることのできない、頭が空っぽの人向けの作り話でしかないのよ」なんて言ってたのに 「ここに書かれているようなこと、これはすべて真実なのかしら?」と心境の変化が。 本作の裏テーマはパリだ。エレーヌは病気がちの娘ジャンヌにつきっきりで、訪問者も決まっていて、外出もしない。そのため、ジャンヌに、パリの街のあちこちを指して、あれは何?といちいち聞かれても答えられない。 「ママもわたしも、何もしらないのね」と言われる始末。この後も、エレーヌがパリの街自体に魅せられる描写は登場しない。しかし 第一部、まだ恋を知らないエレーヌ達のパリ「パリが、熱く、官能を刺激するような息遣いをふたりに送ってくるたびに、パリは、しばしばふたりを不安にさせるのだった。けれども、その朝のパリは、子供のような陽気さと無邪気さに満ちていた。パリの神秘は、ふたりの顔に優しさだけを吹きかけていた。」 第二部 アンリとエレーヌがお互いの恋心を自覚する時のパリ「夜の訪れに備えてさらに大きく広がった空は、真っ赤に照り映えた街の上で、金と深紅が静脈のように浮き出た一面の紫を円く広げている。赤く燃えていた火が、ふたたび勢いを得て、突然、ものすごい勢いで燃え上がった。パリは最後に炎を上げ、遥かにかすむ市外区の隅々までをも、一瞬明るく照らし出した。やがて、銀日色の灰が崩れてゆくように思えた。どの街も、火の消えた炭のように、軽く、黒みがかった姿で立ち尽くしていた。」 第三部 遂に二人が告白した時のパリ「明かりの灯ったパリの町の上に、光り輝くむら雲が昇ってゆこうとしていた。それは、赤く熾った炭火の真っ赤な吐息のようだった。はじめのうちは、闇の中に浮かぶ青白い光、ほとんど感じることのできない光の反射でしかなかったが、夜が深まってゆくにつれて、それは血のように真っ赤に染まっていった。天空に宙吊りになったまま、都会の上空で微動だにせず、都会から吐き出される熱気と、喧噪とでできたその雲は、あたかも、火山の火口にかかる燃え上がる雷雲のようであった。」 第四部 母に置いていかれ、雨の中心細いジャンヌとパリ「地平線では、パリが姿を消して、街の影のように漂っているだけだ。空と、めちゃくちゃにかき混ぜられて混沌と広がる町が溶け合って、ひとつになろうとしていた。灰色の雨が、あいかわらず降りつづいている。執拗に、止むことなく。」 第五部 悲劇を乗り越えたエレーヌがいるパリ「雪の上にはふたりの足跡だけしか残っていない。死んでしまったジャンヌだけが、たったひとりで、永遠に、パリの町を正面に見据えているのだった。」 と、パリの街はまるでもう一人の人間のように、エレーヌ母娘の状態によって変化する。 『居酒屋』と『ナナ』の間に書かれたまっとうラブストーリー。エレーヌは『ムーレ神父のあやまち』のセルジュや『ボヌール・デ・ダム百貨店―デパートの誕生』のオクターヴの父方の叔母にあたる。ゾラ・セレクション(第4巻) 愛の一ページ [ エミール・ゾラ ]楽天ブックス
August 3, 2024
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みなさんこんばんは。パリオリンピック、柔道男子81キロ級で永瀬貴規選手が金メダルを獲得しました。永瀬選手は前回の東京大会に続く金メダルで、2連覇を達成しました。今日もゾラの作品を紹介します。ゾラ・セレクション 6 獣人La Bête Humaine藤原書店エミール・ゾラ ル・アーヴル駅の助役ルボーは、25歳の妻セヴリーヌと共にパリに来ていた。ルボーは、グランモラン裁判長を養父に持つセヴリーヌとの結婚で、今の地位に就くことができたため、彼女に頭が上がらない。また、ルボーは年の離れた15歳年下の妻にべたぼれだった。今か今かと待っていたら、買い物からセヴりーヌが戻ってくる。ルボーは、ふとしたことから、女性とのよくない噂が絶えないグランモラン裁判長とセヴリーヌの過去を責め、事実を知る。怒り狂ったルボーは殺意を抱くが「この女をひと思いに殺せばよかった。今となってはとても殺せない。彼女をそのまま生かしておいた意気地なさで、彼の怒りはいっそうつのった。それは意気地ないと言うほかない。自分はいまだにこの女の命に執着して、こいつの首を絞めてしまわなかったのだから。」 最初に登場するのはこの夫妻だが、彼らは脇役。54pにしてやっと主人公ジャック・ランティエが登場。本編の登場人物は鉄道関係が多いが、彼もまた機関士で、休暇中列車内での殺人を目撃する。殺されたのはグランモラン裁判長で、遺言により養女セヴリーヌにも、実の娘ベルトと変わらぬ金額が残された事から、ルボー夫妻の関与が疑われる。しかしジャックはセヴリーヌの懇願するような眼差しに負け、偽証する。 読者には最初から犯人がわかっている倒叙式ミステリのような幕開けだ。しかし作品の肝はミステリではない。突如登場したランティエ家の一員ジャックは、クロードやエティエンヌの兄にあたる。彼もまた二人の兄弟に共通する狂気を秘めている。「自分では治ったと思ったあの忌まわしい病気が!あの娘を殺そうとしたじゃないか!女を殺せ、女を殺せという声が、かつての青春時代の奥底からよみがえってきて、欲望でますます熱を帯び、たけり狂って耳元でうなっていた。他の男たちなら思春期の目覚めで一人でも女を自分のものにしようと夢見るのに、自分は女を一人でも殺そうとする思いに燃えている。」 愛と殺意が自身の意思とは別に、同等に湧き上がる。実行に移せば精神鑑定を受けて減刑されるケースだ。 解説では、ジャックの衝動による殺人が、殺人の正当性を述べて堂々とする『罪と罰』のラスコーリニコフと比されている。彼は、理性においては、セヴリーヌから唆された殺人を断っているが、内から沸き起こる衝動だけは制御できない。ジャック以外にも、殺人に踏み切るキャラクターが多数登場する。人間の制御できない欲望が、前に進み、人間などなぎ倒してしまう一種の怪物のように描かれており、本編のもう一つの主役=鉄道と被るように描かれている。ラスト場面の列車は機関士もいないまま、普仏戦争に向かう兵士だけを乗せて走る。最後に登場するのも、兵士という名の人殺しだ。機関車はなおも未来へ向かって進んでいくではないか!機関車は死の中に放たれた。眼も見えず、耳も聞こえない獣のように、機関士もなく闇のなかをただひたすら走っていた。精鋭の肉弾兵たちは、すでに疲労でぼーっとなり、酔っぱらって、歌を歌いつづけていた。 機関車の行く先も、普仏戦争を経たフランスの未来も、決して明るくない。しかしその事を知らない乗り手=人々は、何も知らず刹那的な楽しさに溺れている。世の中全体を表したかのようなラストで、何とも皮肉である。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。獣人【電子書籍】[ エミール・ゾラ ]楽天Kobo電子書籍ストア
August 2, 2024
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みなさんこんばんは。オリンピックは柔道男子66キロ級の阿部一二三が2大会連続の金メダルを獲して、スケートボードの女子ストリート決勝では初出場の14歳、吉沢恋が金メダル、15歳の赤間凜音が銀メダルを獲得しました。若手すごいですね。今日もゾラ作品を紹介します。大地La Terreエミール・ゾラ論創社 物語の舞台は、フランスの穀倉ボース。『居酒屋』のジェルヴェーズの弟ジャン・マッカールが登場。彼は軍隊を退役したが、昔の家業に戻る気にならず、ウールドカンのもとで作男をしている。本作は、彼が、種付けの牡牛を引きずっているフランソワーズと出会う場面から始まる。二人は後に結婚するのだが、ボーイミーツガールには程遠い。何しろ15歳という年齢差がもあるのだ。ジャンは街の人から“指物師の伍長さん”と呼ばれている。フランソワーズの姉リーズは、フーアン爺さんの次男ビュトーといい仲で、妊娠していたが、ビュトーはふらふらしていて実家によりつかず、他所の農場で働いており、リーズに結婚を申し込まない。 フーアン爺さんには、40歳の長男イヤサント、通称イエス・キリストと、27歳の次男ビュトー(尻曲がり)、34歳の長女ファンニーがいる。キリストという綽名だからといって、良い意味ではない。イヤサントは、すさみきったキリストと呼ばれている。ファンニーは村の顔役に選ばれるようなしっかりした男性デロンムと結婚していた。まともなのは長女くらいだ。寄る年波に勝てなくなったと感じたフーアン爺さんは、財産を三人の子供に均等に分けようとする。公証人は、こんなに早く財産を分けてしまうことに危惧を抱いたものの、結局は「あんた方は善良な子供さんたちです。正直な働き者です。あんた方の場合には、後になって両親が悔むような心配は決してありません」と家族の情を信じる発言をする。が、もちろんこれがすんなりと治まるはずもない。フーアン爺さんの妻ローズは、家を飛び出した次男や男まさりな長女を嫌い、稼ぎのなさそうな長男を溺愛していた。近所のグランド婆さんも「お前が何もなくなって、みんな彼奴等のものになったら、餓鬼共はきっとお前を川に突きおとすよ。乞食みたいに袋をしょってくたばるのが落ちさ」と容赦ない。 そもそも第二世代の息子たちと、フーアン爺さんとは、土地に対する考え方が全く異なる。フーアン爺さんの土地に対する愛情は、まるで女性に対するそれのようだ。「この財産は父の生前から彼の欲しくて堪らなかったものであり、その後ようやく手に入れると、発情期のような烈しさで耕作し、また一文だって出し惜しむけちな心をさえ犠牲にして少しずつ買い増やして作ったものだからだ。(中略)彼は情婦のためなら、死にもすれば殺しもする男のように、土地を愛した。妻も、子も、誰も、人間的な何もいらない、ただ偏えに土地が欲しかった。しかも、いまや彼も老衰して、かつて父親が自分の無力を憤りつつも、彼その人に土地をゆずらねばならなかったように、彼もこの情婦を息子たちにゆずらねばならなくなったのだ。」 その思いを共有できるのは、フーアン爺さんの義兄弟でジャンの雇い主であるウールドカンくらいだ。彼もまた、土地を女性とみている。「親父の後を継いだ時には恋人のように大地を愛した。爾来、この大地を多産にしようと、まるで正常な婚姻をでもむすんだかのように、この愛情は成熟した。そして気まぐれどころか裏切りをさえ大目にみてやる、豊饒な好ましい女に入れあげるように、時間も金も全生命も大地に打ち込むにしたがって、この愛情は増大するばかりであった。」 しかし次世代は、土地を純粋に財産とみなしており、金になると知れば売り払うことに躊躇ない。ジャンをはじめ、本作での数少ない善人は、例外なく金に狂った悪人たちによって駆逐される。家族を渡り歩くフーアン爺さんは、まるでリア王のようだ。ただ、リア王と異なり、フーアン爺さんには心優しきコーデリアはいなかった。大地/エミール・ゾラ/小田光雄【3000円以上送料無料】bookfan 1号店 楽天市場店
August 1, 2024
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みなさんこんばんは。オリンピックは柔道女子48キロ級で角田夏実が金メダルを獲得しましたね。今日もゾラの作品を紹介します。ボヌール・デ・ダム百貨店―デパートの誕生 (ゾラ・セレクション)Au Bonheur des Damesエミール・ゾラ藤原書店ヴァローニュから弟ジャンとペペを連れてパリにやってきたドゥニーズ・ボーデュが、まず目を向けたのは、叔父のラシャ&フランネル専門店ではなく、ボヌール・デ・ダム百貨店だった。ジャンがパリの象牙職人の所で働けるようになったが、何かと女性絡みのトラブルを起こす彼を一人でパリに遣るのは心もとない。ドゥニーズは、叔父がパリに来るよう勧めた手紙を頼りに家族全員でパリにやってきた。ところが、手紙を出した一年前は、羽振りが良く、親戚の面倒を見ようかと申し出るほど余裕があった叔父の店は、よりによって目の前にできた近代的百貨店に押されて寂れていた。「叔父の店には居心地の悪さを感じた。それは古臭い商売の凍りつくような穴蔵に対する理由のない軽蔑であり、本能的な嫌悪だった」それでも他に知り合いもなく、叔父の店で就職することを考えていたドゥニーズだが、やはり人を雇う余裕などないと言われる。困ったドゥニーズだが、ひょんな事からボヌール・デ・ダムで職を得る。 ボヌール・デ・ダムの所有者は、『ムーレ神父のあやまち』のセルジュの兄オクターヴだ。彼は『ごった煮』でボヌール・デ・ダムの所有者エドゥアン夫人と結婚した。オクターヴが商才ありのモテ男で征服欲の塊だ。オスマン(作中ではアルトマン男爵)のパリ大改造と相まって、この時期百貨店はフランスに広まっていく。買い物が単なる用事・家事ではなく、それ自体がイベントとして楽しめることに、女性たちが気づいてしまった。 オクターヴが店員を競わせる意味で「彼らが売ったどんな小さな布地の切れ端であろうと、ちょっとした品物であろうと、決められた歩合を与えることにした」ため、社内競争が激しい。来たばかりのドゥニーズは当然不利。店員からのいじめはまるで『スチュワーデス物語』。そんな彼女をなぜか気にかけるオクターヴとの間に恋が始まる。 これまで悲惨な運命に遭う登場人物ばかり見てきただけに、目の覚めるようなハッピーエンド。女性を征服する側だったオクターヴが、遂に女性に征服されたと見ても良い。 ただ一方で、ドゥニーズの叔父ボージュ一家は「ボヌールは彼らから何もかも奪っていくのだ。父親からは財産を、母親からは死にかけている娘を、娘からは十年前から待っていた夫を。」と書かれたように、悲惨な末路を辿る。大量消費時代に応えることのできる大型店のみが生き残り、小型店舗が淘汰されていく様は、現在にも通じる。【中古】(非常に良い)ボヌール・デ・ダム百貨店―デパートの誕生 (ゾラ・セレクション)お取り寄せ本舗 KOBACO
July 31, 2024
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みなさんこんばんは。パリオリンピック、スケートボードの男子ストリートで、25歳の堀米雄斗選手が2大会連続となる金メダルを獲得しました。今日もゾラ作品を紹介します。ルーゴン=マッカール叢書第5巻ムーレ神父のあやまち (ゾラ・セレクション)La Faute de l'Abbé Mouretエミール・ゾラ藤原書店セルジュ・ムーレは第4巻『プラッサンの征服』の主人公フランソワ・ムーレ、マルト・ルーゴン夫妻の次男にあたる。前作では狂信的なフォージャ神父がマルトを洗脳し、ムーレ家を破滅に導く。 セルジュは財産を全て兄オクターヴ(『ボヌール・デ・ダム百貨店』のタイトルロール)に譲り神学校に進み、寒村レザルトーの神父となる。22歳ながら子供っぽい妹デジレと住んでいる。彼の叔父が『パスカル博士』のタイトルロールのパスカル・ルーゴン博士だ。 冒頭、セルジュはトゥーズ婆やから小言を言われながら、他に誰もいないのに、まじめに儀式を行う。神学校で学んできた理想と、村で目にする人々の宗教に対する考え方は勿論異なる。皆経験しながら折り合いをつけていく。しかしセルジュは頑なである。「その顔には、聖なるみことばに自分は恥じることはないという表情が、その口には、自らの信仰告白にはなんのためらいもないという表示が、そしてその心中には、自分の心はただ神のものであるという思いがつよくあらわれていた」周囲の人も「まるで六十年配の聖者様ってところだ。だが、生きてるって感じはないし、なにもご存じない。まったく無邪気な、かわいい子供の天使みたいなお方だ」年齢とのちぐはぐさを見抜いている。 前任者とも親しかったアルジャンジア修道士もまた、穢れを徹底的に嫌うタイプだ。「女ってものは体に悪魔がとりついている。脚にも、腹にも、いたるところ悪魔の臭いがぷんぷんだ。だからばかな男はみなそれにひっかかるんだ」 一方で、妹デジレは生き物が大好きだ。兄の好意で裏庭を自由に使わせてもらい、動物や植物を育てている。泥だらけになることを厭わず、動物は簡単に死ぬし、生殖行為も行うことを嬉々として語る。だからセルジュは、デジレの話が始まると気持ちが悪くなる。動物達の気配も嫌いだ。 無理していたセルジュは病気で倒れ、彼を心配したパスカル博士によって、彼はパラドゥーに連れてこられる。世話をするのは、野性的な少女アルビーヌだ。元はいいうちの令嬢だったが、世間に迎合することを好まないジャンベルナ老人に育てられて、すっかり野生児になっていた。とはいえ彼女は16歳でセルジュは25歳。どうかなってもおかしくない年頃で、後の展開からすれば、保護者二人がこの辺りをどう考えていたのか気になる。セルジュの潔癖さがそう簡単に崩れるはずはないとみていたのか。 セルジュがエデンの園でリンゴを食べて追放されたアダムに擬せられている。アルビーヌのいる地域一帯はパラドゥーといい、パラダイスを思わせるが、同時にエデンの園でもある。外壁に囲まれていて、外からは見えないし、他人もめったに訪れない。ただ、外界と全く遮断されているわけではなく、壁には覗き穴もある。つまり、蛇の入る隙間はある。「パラドゥーのすべてがふたりのものだった。彼らはパラドゥーの完全な支配者であり、一隅たりとも彼らのものでない場所はなかった」二人きりでパラデューを散策するシーンはまさにエデンの園を楽しむアダムとイヴだ。自然は二人の愛を祝福する。しかし、人間は二人の関係を、汚らわしいものとして唾棄する。その最たる人が、アルジャンジア修道士だ。 アダムはイヴと共に楽園を出ていくが、本編のアダム=セルジュは、記憶が戻るが早いか自分だけさっさとレザルトーに戻る。セルジュはもともと別の女性に惹かれていた。キリストの母マリアだ。ほぼ生身の女性として、セルジュはマリアに恋していた。「永遠に自分のそばにおき、自分のものにしておきたいと願うほど、たえず彼のことを気遣い、どこへでもついてまわり、すこしの不実もゆるさぬほど、積極的に彼を愛していた。どんな女にもまして、天のごとく深く無窮で青の愛でやさしく彼を愛していた。これほど心惹かれる女主人公がどこにいるだろう。」彼女と男性として結ばれることまで夢みながら、一方で「わたしは五歳のままでいたいのです。あなたのお姿に口づけする子供のままでいたいのです。」と祈ったり、感情と肉欲のアンバランスを抱えている。その後に生き生きしたアルビーヌとの出会いがあるのだから、彼の精神はもうぐちゃぐちゃだ。女性は怖いということで、今度はイエスに傾倒する。宗教は救いを求めるというが、セルジュの場合はほぼ逃げだ。逃げた挙句にまた、生々しさを拒絶した世界に閉じこもろうとする彼が、この先社会と折り合いをつけられるのか。【中古】 ムーレ神父のあやまち (ゾラ・セレクション)バリューコネクト
July 30, 2024
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みなさんこんばんは。パリオリンピック、体操の男子団体で日本が金メダルを獲得しました。日本のこの種目の金メダルはリオデジャネイロ大会以来、2大会ぶりです。今日もゾラの小説を紹介します。パリの胃袋 ゾラ・セレクション2Le Ventre de Parisエミール・ゾラ朝比奈弘治訳藤原書店 『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンは、19年の間世間とは離れた場所にいても、社会に順応し市長となった。しかし、誰もが順応できるわけではない。本編の主人公フロランは、できなかった。 物語は、まさにタイトル通り、野菜を積んだ馬車が、パリの人たちの胃袋を満たす中央市場に向かう所から始まる。そんな車の一つをひいていたフロランスのおかみさんの道をふさいだのは、行き倒れた男フロランだった。おかみさんはフロランを市場まで載せていく。こうして主人公が物語の舞台にやってくる。 フロランは、ルイ・ナポレオンのクーデターの際に、無実の罪で逮捕されて、ギニアに流され、7年過ごしたのち脱走して戻ってきた。パリには、異父弟クニュと妻リザがシャルキュトリ(食肉加工店)を営んでいた。リザは『居酒屋』ジェルヴェーズの姉で、クロードの伯母にあたる。クニュの父親の遺産を取っておいたリザは、フロランの取り分を渡そうとするが、欲のないフロランは一緒に住まわせてくれれば良いという。リザの勧めで監督官として働くが。 頻繁に強調されるのは、“太っている人は良く、痩せている人はダメ”という評価である。美人設定のリザの容貌は「けっして太りすぎというわけではなく」と書いてあるが「三十歳くらいの成熟した体つきで豊かな胸をしている」「肩は丸く、胴着ははちきれんばかり」とある。クニュが再会して最初にフロランにかける言葉も「ああ!かわいそうに あっちじゃ、立派な体格になることはできなかったようだね…僕のほうは太っちまったよ」 フロランの父親はプロヴァンス出身、クニュの父親はノルマンディ出身で、ここでも遺伝が関係し、父親の記憶すら定かではないのに、息子たちはそれぞれの父親の気質・体質を受け継いでいた。子供の頃から太っていたクニュは、学校の勉強に身が入らず、叔父の紹介でシャルキュトリで働き、そこで働いていたリザと結婚。結婚生活も商売もうまくいって、ずっと太っている。”こちら側”の人間なのだ。 対して“あちら側”の、痩せているフロランとクロードは、ダメ人間設定だ。フロランは、メユーダン婆さんから「痩せっぽちは信用できない。痩せた男は何をするかわからない。痩せた人間で、いい人に出会ったことなんか一度もありゃしない」と言われるし、クロードは叔母のリザから遠ざけられている。二人は痩せていて、常に飢えている。パリの胃袋に入っていったのに、フロランはくすねたにんじんと奢ってもらったパンチにしかありつけず、食べ物の匂いに囲まれて、まるで拷問状態だ。クロードの台詞にもあるように「溢れんばかりの食べ物はみんなブルジョアの奴らが食っちまう」のである。富の分配がうまくいっていない。石川啄木的心境になった若きフロランは、革命思想に燃え、計画を立てるが、中身は机上の空論だった。「絶対的な正義と真実を、逃避の場所として求めたのだ。彼が共和主義者になったのはこのころだったが、それは絶望した娘たちが修道院に入るようなものだった。自分の苦痛をいやしてくれるほど穏やかで静けさにみちた共和国はどこにも見つからなかったので、頭のなかでそれを作り上げた。」 “現実”は不幸だから、”現実”にない共和主義が認められれば、幸せに違いないという発想である。いわれなき罪で投獄されたフロランからすれば、自分の不幸は自分のせいではない。この考えと真っ向から対立するのがリザだ。「すべての人は食べるために働かなければならず、誰でもみな自分の幸福に責任があり、怠け者を甘やかすのは間違っている。だから不幸な人間は確かにいるが、それは怠け者にとっては当然の報いだというのだ。」 いわゆる自己責任論である。それぞれの体験も異なるので、両者は相容れない。 フロランの共和主義は、後のクロードの幻の女のようなものだ。クロードはといえば、後の幻の女性探しに繋がるこんな発言もしている。「夜はほとんど眠れない。どうしても仕上げられないあのいくつもの呪われた習作が、頭のなかを駆けまわるんだ。ぼくにはどうしても完成できない。けっして、けっして終わらないんだ。」 フロランが教育してやろうと自分たちの集まりに呼んでも、絵のことにしか興味がないという、この頃から芸術馬鹿ではあるが、狂気に走らず、トメの台詞を任されている。 ところで、では太っている人が幸せなのかといえば、痩せている人の言動が気にかかり、あれこれと詮索しては密告に至る。本当に満たされていれば、他人を羨み、妬む必要はない。というならば、外見が太っている人も、誰ひとり、実のところ、決して満たされてはいないのだ。【中古】 パリの胃袋 ゾラ・セレクション2/エミール・ゾラ(著者),朝比奈弘治(訳者)ブックオフ 楽天市場店
July 29, 2024
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みなさんこんばんは。華やかなパリオリンピック開会式を見ましたか?ところでパリではオリンピック開催を前に路上のホームレスを退去させているとの報道もありました。今日もエミール・ゾラ作品を紹介します。ナナNanaエミール・ゾラ 岩波文庫居酒屋の女主人公の娘としてパリの労働者街に生れたナナは、初登場時、かなり煽られる。ヴァリエテ座の新作のヒロイン、それも美神ヴィナスに抜擢されながら、誰もその演技を見たことがない。皆事情通と思われる支配人に聞くと声は噴霧器、演技は木偶の坊だという。とてもヒロインになれそうにない属性だが、支配人は更に続ける。「ナナにはちゃんと別の物がありまさあ。ほかのすべての物に代る物があるんだよ。」 前評判で期待が高まる中、やっとナナが登場。しかしやはり節回しの調子はずれな声、演技は体をゆすぶりながら両手を前に投げ出す一つ覚え。ヒロインとは思えない、冴えない登場だ。少なくとも演劇ドラマのヒロインにはなれない。 しかしながら、劇が進む毎に、パリ社交界は新たなヴィナスの出現に圧倒される。「今では男という男は悉くナナに参っていた。交尾期の動物からのように彼女からたちのぼる春情は、刻一刻と拡がって、場内一杯に立ちこめていた。今ではもうナナの一挙手一投足が人々の情欲をそそり、小指一本の動きさえ内情を掻き立てていた」 初登場時18歳だっていうのに、本当にそんな色気が?盛りすぎでは? そうはいっても当時の18歳は大人びている。彼女には異父兄弟のエティエンヌとクロードがいるが、長いスパンの物語なのに、一切連絡を取り合う描写がない。さすが個人主義のお国柄と言おうか。彼女の息子の面倒を見てくれている叔母だけ面倒を見て、両親については悪口ばかり言っている。まあ確かに居酒屋で描かれる両親は、酒で身を持ち崩し、借金まみれで死んでいったわけで、尊敬には値しないが。 冒頭、フランス貴族たちの間では「プロイセンのビスマルク伯爵がどうやら才気のある人らしい」という噂が飛び交い、「フランスに攻めてくるのでは?」という話も持ち上がるが、特に根拠があるわけではない。やがて彼がフランス最大の敵となる事も知らず、かつ、普仏戦争によってブルジョアに対抗する労働者勢力が現れることも知らない。身の回りの事に目を配っていれば良い、つかの間の平和を楽しむ貴族たちの姿が描かれる。高級娼婦でもあるナナは、このブルジョア社会の名士たちから巨額の金を巻きあげ、次々とその全生活を破滅させてゆく。ラスト、ナナは若くして天然痘にかかり最後は醜い姿と化し、ほとんどの人々に知られぬままパリで亡くなる。ナナの亡くなった部屋の外で叫ばれる、普仏戦争の始まりを告げる群衆の「ベルリンへ!ベルリンへ!」という声で物語は終わる。普仏戦争はフランス第二帝政の息の根を止める戦争となることを、まだ誰も知らない。ナナの美貌が崩れてゆく様とフランスの政体が崩れゆく過程がリンクしている。ナナ (新潮文庫) [ ゾラ ]楽天ブックス
July 28, 2024
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みなさんこんばんは。パリオリンピックの開会式を間近に控えたフランスで、高速鉄道TGVが複数の路線で設備が放火される被害を受け、この影響で運行が大幅に乱れています。フランス国鉄は鉄道網を狙った大規模な攻撃だとし、検察当局は組織犯罪の疑いで捜査を始めました。今日もゾラ作品を紹介します。制作 (下)L'Œuvre岩波文庫エミール・ゾラ クリスティーヌと結ばれ、4年間の田園生活のあとパリに戻ったクロードは、以前にも増して絵画制作に没頭する。制作意欲も旺盛だ。「創造への欲求が指先よりもつねに先行するという彼の習性から、一つの作品を手がけているとき、はやくも次の作品に思いが移行するのだった。つまり、焦燥のみがたえずあり、いま描いている作品がすぐにだめと思い、一刻もはやく厄介払いしてしまいたくなるのである。もちろん、焦ったところで何も生まれない。そこで、やむを得ず妥協しては、少しごまかしをするなど、芸術家としての良心を傷つけることをすることもあったが心の中ではいつも、次に描くものこそ、ああ!次に描くものこそ、すばらしい、雄大な、非の打ちどころのない、不滅の傑作になるのだと、夢想しつづけるのであった。それは、永遠に到達することのない蜃気楼だろう。だが、これこそ、芸術に呪縛された者の勇気をふるい立たせるものなのだ。」 クリエイターなら、クロードと同じことを常に心掛けているはずだ。しかし満足な絵が描けず苦闘するうちに、自らの描く絵の中の女に魂を奪われてしまう。こうなると不幸なのは家族である。まだ幼い息子ジャックはろくに面倒を見てもらえず、クリスティーヌは「夫がすぐそばにいながら、この無関心、そしてこのはてしない孤独感」に苦しんでいた。ライバルは絵の中の女で、先述したように、女といっても想像上で「彼はパリを裸の女のように美しく輝く都と見立て、その情熱の都を表現したかったのである。そういうわけで、彼は自らの情熱である女性の美しい肢体、豊かな胸への憧憬を、その大作に全力を注いで投入したのだった。」クロードの中で常にバージョンアップされているのだから、生身の女性の敵ではない。「彼の肉体への情熱は、自らの描く作品の中の愛人たちに移ってしまっていた。腕一本、脚一本、すべて彼の努力から生まれる女たちだけが彼の血を沸き立たせていた。あの田舎で、熱烈に愛し合っていたとき、彼は生きた一人の女性を胸に抱きしめることによって幸福を手にしたと信じたのではあったが、それもいまにして思えば、永遠の幻影にすぎず、二人はたがいに他人のままにとどまったというわけだ。」「彼は、自らの絵筆によって絵の女が生きたり、しおれたりするのに応じて一喜一憂しているのだった。これが恋でなくて何であろうか?他の女を生み出すため、彼女がその肉体を貸しているとは、なんという苦しみか!」 あれほど夢と希望に燃えていた若者たちも、仕事についたり結婚したりと、少しずつ現実の生活に戻っていく。しかしクロードだけは相変わらず芸術にしがみつく。だがそれは家族にとって、とてつもない不幸だった。 クリスティーヌの懸命の説得もむなしく理想の女を描こうと苦闘するが、やがて敗れて精神を病む。クリスティーヌは思い余って、クロードの前で裸身になって「絵の女なんかより私を抱いて!」と迫る。ゾラの作品でこんなホラー&幻想めいた場面が出てくるのは珍しい。全然色っぽくないのはなぜか。本書を一読したセザンヌが、感想を書いた後でゾラと絶縁したのは有名な話。【中古】制作 下 /岩波書店/エミ-ル・ゾラ(文庫)VALUE BOOKS
July 27, 2024
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みなさんこんばんは。中国の銀行が3月以降、相次いでロシアとの貿易決済を停止しているそうです。ウクライナ侵攻を継続するロシアへの包囲網を強めたい米国の圧力が背景にあるそうです。今日もゾラの小説を紹介します。制作 (上)L'Œuvre岩波文庫エミール・ゾラパリに住む青年画家クロードは、夏の嵐の夜困っている濡れ鼠のクリスティーヌをやむなく泊める。ところが一夜明けて彼女に理想のモデル像を見出したクロードは、眠っている彼女の側でいきなりスケッチを始める。気味悪がられてあっけなく別れた二人だがその後再会。さあここから二人の初々しい恋が始まるよ! それにしても、クロードといい、エティエンヌといい、あれだけ男を手練手管で手玉に取る妹ナナがいながら、奥手すぎる。 先に上京して来ている小説家志望のサンドース(ゾラがモデル)の近くのアトリエつきアパートを借りて、仕事を始める。その界隈では、建築家、彫刻家など若き連中が常に集まり、「新しい芸術」について議論も沸騰していた。クロードは、ルーブルにいって模写するなど従来の美術教育では新しい芸術は生まれないと痛烈に批判する。「そもそも芸術において、自分の胸中にあるものを表現すること以外に、何があるというのだ?すべては、一人の美しい女を前に立たせ、自分の感じるがままに描くことに帰すのではなかろうか?」かといって、自分が新しい芸術を生み出せているという自信も、実績もまだない。「明るいもの、生きいきしたものは、何ひとつおれの手から生み出されてはいない。女の宗をおれは暑苦しい色調で塗りつぶしてしまっている。おれの賛嘆する女性の肉体を輝かせるのを夢みていたにもかかわらず、ただ汚くよごしているだけだ。」 クリスティーヌをモデルにした大作「外光」(マネの「草上の昼食」がモデル)をサロンの『落選展』に出品するも、皆の悪評をかう。 本作の中で、サンドースが自らの望みと構想を語るシーンがあり、そこに本書を含めたシリーズが登場する。「一つの家族をとりあげ、その構成員の一人一人を研究してみようと思っているんだ。彼らがどこから来てどこに行くか、どのようにして各人が影響しあうか、などを研究する。つまり、一家族という小単位を通しての人間性研究、人間たるもの、いかに成長し、いかに行動するかの研究なんだ。なお、それらの人物を一つの限定した時代のなかに投入し、環境やさまざまの境遇の影響するものを求めて、一編の歴史を作ろうと思うのだ。それは十五巻か二十巻のシリーズとなるだろう。といっても、各巻それぞれ、独自に完結する物語なんだが、それでも全体として大きな枠組に入っている小説シリーズなんだ。ああ、仕事なかばで倒れることさえなければ、そのシリーズ、きっとおれの老後に住む家ぐらいは建ててくれることだろうよ!」 上巻は、能力と人生経験はまだまだだが、可能性と夢だけは溢れるばかりに持っていた、若き芸術家たちの青春群像でもある。さて、この若者たちがどうなるか?【中古】制作 上 /岩波書店/エミ-ル・ゾラ(文庫)VALUE BOOKS
July 26, 2024
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みなさんこんばんは。岸田総理は、東京都内の金融イベントに出席し、iDeCo=個人型確定拠出年金の掛け金の上限引き上げを含めた改革について、「年末までに結論を出す」と明言しました。今日もゾラの小説を紹介します。ジェルミナール 下巻Germinalエミール ゾラ中公文庫 エティエンヌの熱意もあり、炭鉱労働者はついにストライキに踏み切る。スヴァーリンが坑口を破壊したため、エティエンヌ、カトリーヌ、シャヴァルは坑内に閉じ込められてしまう。さてそうなると切り崩しにかかるのは、日本の労働争議でもおなじみ。エティエンヌも、ストライキも失敗。「勇敢な死、革命のための死、それで一切は終わり、良いにしろ悪いにしろ、おれのすべてにけりがつき、これ以上考えるのも終わりになる。」と思っていたエティエンヌは、来た時よりも多くのものを失う結果になる。「一人一人が権力をとりあっていたら、一切がだめになってしまうのはきまりきっている。だから、世界を生まれ変わらせるはずだった。」心が折れたエティエンヌは町を去りパリに向かうが 「人間が、復讐をもとめる真っ黒な軍勢が、芽ぶき、徐々に畝の間に芽生え、来るべき世紀に取り入れられるために生長していた。その芽生えでこの大地はやがて張り裂けようとしていた。」彼の踏みしめる地面には鶴嘴の音が響き、希望を感じさせるラストになっている。 当初、ゾラはエティエンヌを『獣人』の主人公としても登場させようと思っていたが『ジェルミナール』が予想以上の高評価を得たことにより、思いとどまった。小説「ジェルミナール」という題名は、フランス革命暦の第7月に当たる芽月を意味し、季節としては春。この月名は「種」を意味するラテン語のGermenに由来し、本作品は炭鉱労働者に芽生えるより良い未来への希望を描く。大ヒットし、ゾラの葬式には作品名が連呼されたとか。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。ジェルミナール(下) (岩波文庫) [ エミール・ゾラ ]楽天ブックス
July 25, 2024
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みなさんこんばんは。ジョー・バイデン氏がアメリカ大統領選挙から撤退し副大統領のハリス・カマラ氏を推薦しました。今日もゾラの小説を紹介します。ジェルミナール 上巻Germinalエミール ゾラ中公文庫 主人公エティエンヌ・ランティエはジュルヴェーズと内縁関係にあったランティエとの間に生まれたランティエ家次男。『居酒屋』では家を出て働き始め、母に仕送りする姿が描かれる。さて、そんな次男が何をしていたかというと。 若い移住労働者エティエンヌが、北フランスの寂れた炭坑街モンスー に職を求めてやってくる。彼は前に働いていた鉄道の仕事を上司と喧嘩してやめさせられたが、知り合った熟練の炭坑夫ボンヌモールが、泊まる場所と炭坑で台車を押す仕事を探してきてくれた。社会主義的な考え方を抱いており、多くの労働者階級文学を読んでいたエティエンヌは、ロシアのアナキストで同様にモンスーに職を求めて来た政治亡命者のスヴァーリンとも交友関係を結ぶ。その一方で、自分と同じく炭坑の台車押しに雇われているマユの娘カトリーヌに惹かれるが、彼女には粗野な恋人シャヴァルがいた。 恋に仕事に思想にと、一気に目覚めていくエティエンヌのビルドゥングスロマン。『ルーゴン・マッカール叢書』の第13巻。ひどい目にあわされている女性にも優しく、不当な扱いを受ける労働者に憤るエティエンヌは、誠実な男だ。しかし何分にも頭でっかち。理想に燃えるのはいいが、世間知らずで、当然ながらその考え方は柔軟でなく、現実に即していない。ゾラの遺伝理論の現れとして、エティエンヌはマッカール家の祖先から、短気で酒を飲んだり感情を刺激されたりすると怒りを爆発させやすい性格を受け継いでいる。前職で上司と衝突したのもその性格故と思われる。 国王が倒れ、市民平等の世の中になったはずなのに、依然として富裕者と貧者という階層が存在し、工場の持ち主はめったに現場に現れない。宮殿に引きこもり、民の暮らしを知ろうともせず、贅沢な暮らしを楽しむ王侯貴族と変わりない。国王の代わりにブルジョアがとってかわったようなもので、人口のほとんどを占め、生活水準の低い民衆にとっては、生活の苦しさは変わらない。抑圧に耐えかねた人々が怒りを爆発させる件は、ギロチンを見世物として楽しんだフランス革命を彷彿とさせる。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 ジェルミナール 上 / エミール ゾラ, 安士 正夫 / 岩波書店 [ペーパーバック]【メール便送料無料】【あす楽対応】もったいない本舗 楽天市場店
July 24, 2024
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みなさんこんばんは。パリオリンピック、体操女子の日本代表、エースの19歳の宮田笙子選手が喫煙をしたとして日本体操協会が代表の行動規範に違反した疑いで調査を行っていることがわかりました。関係者によりますと、宮田選手は事前合宿を行っているモナコから離脱したということで、協会は調査結果をふまえ、今後の対応を検討することにしています。今日もエミール・ゾラ作品を紹介します。居酒屋L’Assommoirエミール・ゾラ新潮文庫 本編は、若く美しいジェルヴェーズが、戻ってこないランティエ(結婚はしていない)を待って夜明かしした疲れた姿から始まる。彼女が14歳の時、18歳のランティエと出会い恋に落ち、暴力を振るう父マッカールのもとから逃げ出した。今彼女は22歳、ランティエはやっと26歳なのに、既にクロードとエティエンヌという息子2人がいる。洗濯女をするジェルヴェーズの稼ぎと借金で暮らしているようなものなのに、ランティエは何も言わずに稼いだ金を持ったまま失踪。置き去りにされたジェルヴェーズの願いときたら、ほんのささやかだ。「あたしの願いっていえば、地道に働くってこと、三度のパンを欠かさぬこと、寝るためのこざっぱりとした住居をもつこと(中略)子供たちを育てて、できればいい人間にしてやりたい(中略)こんど世帯をもつことがあったら、ぶたれないこと(p62)」「あたし一生、へとへとになるまで働いてから、自分の家の自分の寝床で死にたいわ(p63)」 娘の物語『ナナ』を先に読んでいると、ただただ悪いほうに流されていく母親を弱いと感じるが、ランティエと共に逃げた女性の姉妹とキャットファイトをやる逞しさも持っているし、一人で店を切り盛りする才覚もある。ただ、凛として一人で生きていく強さは最後まで持つことができず、酒びたりになった今の夫クーポーも、戻ってきたランティエの事も放り出せない。生活を何とか立て直そうと頑張るうち、彼女の強さと生命力はすり減っていく。結婚前にあれだけ暴力を振るわないと約束したクーポーはジェルヴェーズを叩くようになり、ランティエはよく働くジェルヴェーズとの関係を復活させる。男にも運命にも流されるままのジェルヴェーズとナナは合わせ鏡のようだ。 ルーゴン・マッカール叢書の第7巻である本書の原題「ラソモワールL’Assommoir」は、この物語の中で頻繁に登場する居酒屋の名前。小説『ナナ』は娘ナナ、『制作』はクロード、『ジェルミナール』はエティエンヌの成長後を描いた作品。居酒屋 (新潮文庫 ソー1-3 新潮文庫) [ ゾラ ]楽天ブックス
July 23, 2024
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みなさんこんばんは。日本時間の19日、世界各地で、セキュリティーソフトが原因とみられるコンピューターのシステム障害が起き、旅客機の運航や医療、放送など幅広い分野に影響が広がりました。障害の復旧は進んでいますが、アメリカの空港では影響が続いています。今日もエミール・ゾラ作品を紹介します。テレーズ・ラカン〈下〉Therese Raquinエミール・ゾラ岩波文庫 さて、邪魔者カミーユを排除して、結婚までに工作を労したにも関わらず、ローランは「いまではわずらわしい女だが、この女をひとりじめにするために、どんなにいやな努力をしたことかと思うと、この女と結婚しなければ、人殺しも無意味でむごたらしいものになるのではないかという気がしてきた。」 結婚の本質が、最終目的ではなく、殺人の元を取ろうとする行為にすり替わっていった。一方テレーズも、結婚さえすれば悪夢は見なくなると考える。「再びはげしい愛欲にかられたときも、結婚の夜を待ち、身に疑いがかからないことが確実になったとき、そのそきこそ狂ったように愛欲の喜びにひたろうと、自制した」二人にとっての結婚の意味がすりかわっていったのだ。にも拘わらず二人は既定路線を突っ走る。そこに破綻が生じるのは自明の理である。「ただ腕をさしのべさえすれば、情熱をこめて抱き合えるのに。だが、ふたりの腕はぐったりして、まるでみちたりた愛欲ですでにつかれているかのようだった。」 ローランは死ぬ間際にカミーユに噛まれた傷が今も痛む(ここちょっとホラー風)し、自分が書いたカミーユの肖像画にすら怯える始末。ラブストーリーが始まるはずが、ホラーが始まってしまったわけだ。 さてホラーはここで終わらない。ラカン夫人が中風になって、満足に話もできなくなったことで、二人の感覚が鈍ったのか、カミーユ殺しを彼女に聞かれてしまう。夫人の友人たちが訪れた時、必死の思いで「テレーズとローランが」と書くのだが「二人がよくしてくれるって言いたいんだろ?」と友人たちはわかってくれない。嬉しい誤算といえば、仕事を辞めたローランが絵に打ち込むと、友人に激賞される。「ローランは、たぶんあの大きな錯乱状態で肉体と精神をはげしくゆさぶられた結果、気の小さい男にもなったが、同時に芸術家にもなったのであろう。」ところが、その絵のベースに全てカミーユがいるという呪縛展開になっていく。愛情が全て憎しみに転じた三人が毎日食卓を囲むのもまたホラーである。さてこのホラーストーリーの行方は。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。テレーズ・ラカン(下) (岩波文庫) [ エミール・ゾラ ]楽天ブックス
July 22, 2024
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みなさんこんばんは。オリンピックの開幕を今月26日に控えたフランスの首都パリでは、開会式の会場となるセーヌ川沿いで、大規模な立ち入り制限が始まりました。今日からエミール・ゾラ作品を紹介します。テレーズ・ラカン〈上〉Therese Raquinエミール・ゾラ岩波文庫アフリカ人の血を引く神経質な娘テレーズは、ある日ラカン夫人の兄ドガン大尉がやってきて、「お前はこの子の伯母さんでこの子の母親が死んでしまってどうすればわからないから預ける」と言い残していった娘だった。その後ドガン大尉はアフリカで殺されてしまい、テレーズは二度と両親と会うことがない。意地悪な親類ならここで捨てられてしまう所だが、幸いラカン夫人は一人息子で、病弱な青年カミーユとテレーズをいとこどうしとして一緒に育てた。やがてラカン夫人は、自分が先に逝く事を考えて、カミーユとテレーズを一緒にしようと考える。しかし読者には「つとめてもちまえのはげしい気性を心の奥底に隠していた。このうえもなく冷静で、うわべは落ち着いているようで、その裏にはおそるべき激情が隠されていた」「相変わらず、しなやな身体つきをし、静かで無関心な顔つきをしていたが、心のなかでは燃えるような激情の生活を送る」テレーズが、枠に収まる女性でないことがわかる。 そもそも相手のカミーユにしてから「青春時代のはげしい情欲をかんじたことがない。従妹を相手にしても相変わらず少年で、母親に接吻するような感じで、習慣的に、その自己中心の冷静さをすこしもかきみだされることなく、従妹に接吻する。退屈しすぎないようにしてくれるし、ときには煎じ薬をつくってくれる親切な友達だと思っている。」のだから、夫婦の情愛が成立するはずもない。 それでも彼等だけならば、やがてテレーズは慣れていったかもしれない。夫婦とラカン夫人の三人の生活は、パリの薄暗い小路に面した小間物屋で陰気に営まれてゆく。ところがここにカミーユが会社から連れ帰った友人、画家くずれのローランが現れる。彼こそが、テレーズの情欲を鎮めてくれる男だ。たくましく血の気の多い身体と荒っぽい性格を持った、農家出身のローランを見たテレーズの胸のうちには、たちまち情欲の炎が燃えあがる。とはいうものの、ローランに明確な愛情があったわけではない。「彼からみれば、たしかにテレーズは不器量であったし、彼はテレーズに愛情をもったわけでもなかった。しかし、要するにテレーズなら費用がかからない。それに安価で買う女たちはむろん、テレーズ同様、美人でもなかったし、愛情の対象でもない。倹約心が早くも友達の女房をものにしろとそそのかしていた。一方、大分まえからその方面の欲望を満足させていない。金が乏しかったので、禁欲していたものの、多少とも肉欲を楽しませる機会があるなら、それをみすみすのがすような男ではない。」近場の金のかからない女が、偶々そこにいただけだ。しかし走り出した二人は止まらず、次第にカミーユの存在を邪魔に思うようになり、ひそかにカミーユを殺害する計画を立てる。 上巻は情欲と衝動のままに突っ走った二人が、遂に望みを叶えるまでを描く。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。
July 21, 2024
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みなさんこんばんは。イギリス総選挙で政権交代を実現して新首相となったキア・スターマー氏は首相として初めてジョー・バイデン米大統領と対面での会談に臨みました。今日はアフガンの若者たちと出会ったスウェーデンの女性が主人公の小説を紹介します。アフガンの息子たちDe Afghanska Sonernaエーリン・ペーション 小学館スウェーデンの小さな町にある灰色の建物で、高校を出たばかりの「わたし」は、保護者のいない難民児童が暮らす収容施設で働いている。面接の時に、あるシチュエーションを告げられて対応を聞かれた時、「わたし」は、まずどうすればいいか?と聞いて採用される。自己顕示欲がなくていいと思われたという面もあるが、ただ命令に従うイエスマンを望んでいたとも取れる。しかし、少年たちと接するうちに、「わたし」は、ただのイエスマンではいられなくなっていく。 規則と指示に従うことを求められ、帰宅したら仕事のことは考えるなと言われる。確かに、過酷な仕事であればあるほど、仕事をプライベートにまで引きずるのはよくない。しかし、「わたし」は、家族と離れ一人で逃げてきた14歳のザーヘルや17歳のアフメド、ハーミドという3人の少年たちと話すうちに、タリバンへの恐怖やトラウマに苦しみ、18歳になり施設を出なければならないことを恐れる彼らに寄り添おうとする。出ていった先に、優しい里親がいれば喜ばしいが、生憎毎回そのような結果はもたらされない。殆ど強制的に、逃れてきた故国に送還される。 施設の閉鎖も決まり、年齢にかかわらず収容されている子供たちは出ていかなければならなくなる。職員たちにはそれぞれの家があるが、少年たちには家も国もない。自分たちの忘れられない家族との思い出は国にあるが、戻っても兵士にされジハードに駆り出されるのがおちだ。3人の少年の一人として、強い宗教心を持つ者はいない。生まれてくる国が違っただけで、北欧にもいる、ごく普通の子供たちだ。ただ過酷な経験が精神を苛む子供もいる。大人もトラウマで死を選ぶような体験だ。線の細い子供たちはもっとつらいはずだ。彼らを救えるセーフネットこそ、用意されるべきなのに。 難民児童の現実と職員の葛藤を描いた、2021年北欧理事会文学賞(YA&児童部門)受賞作。著者の就労経験が元になっている。ミレニアムシリーズの翻訳などを手掛けているヘレンハルメ美穂さんが翻訳を担当。アフガンの息子たち [ エーリン・ペーション ]楽天ブックス
July 13, 2024
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皆さんこんばんは。俳優の浜畑賢吉さんが前立腺がんのため亡くなりましたね。今日はE・M・フォースター作品を紹介します。インドへの道A Passage to IndiaE・M・フォースター河出文庫 大英帝国統治下インドのチャンドラボアへ、英国娘アデラ・クウェステッドが婚約者で治安判事のロニーを訪ねて来訪する。ロニーの母ムア夫人が同行している。彼らはインド人医師アジズ、インド人哲学者ゴドボール、英国人教授フィールディングと知り合い、アデラはアジズの誘いでマラバー洞窟へ行くが、汽車の出発にフィールディングが遅れてアデラとインド人のアジズだけで行くことになってしまう。アデラはアジズに「奥さんは一人ですか、それとも、もっとたくさんいらっしゃるのですか?」と聞き、アジズを怒らせてしまう。アジズは先を行き、アデラも続いたはずだったが、いつの間にか姿が見えなくなる。アジズは、後から着いたフィールディングらとチャンドラボアへ戻るが、アデラはアジズに暴行されたと訴えたため、彼女を山で助けたカレンダー夫人の援助による告訴でアジズは逮捕されてしまう。さて真相は。 アデラはしきりに「本当のインドを知りたい」という。しかし肝心の彼女の価値観といえば、身近な人が話しているインド人観の枠から出ない。そのためアジズから強い反発を食らう。彼女が普段インド人と接していないからと言えなくもない。しかし、あなたはわたしを理解してくださる。他人の気持ちがあなたにはわかるのだ。ああ、ほかの人たちもみなあなたのようだったらいいんだけどなあ!「わたしは人さまのことがよくわかるとは思っておりません。ただ好きか嫌いかということだけはわかるのです。」ロニーの母でアデラの義母となるムア夫人は、寺院での最初の出会いでアジズの心をつかんでしまうのだから、経験値が理由とは限らない。やはり理解と無理解の境目は、その人の素地にある程度よるものだと考えられている。ただ、アデラも悪気がある人物として描かれているのではなく、よく考えもせずにいろいろな事を口にしてしまうきらいがある。自身に落ち度があると分かれば誤りを正すことにやぶさかではない。最初からアジズを擁護するフィールディングとムア夫人、味方をしない母に憤りすら感じるロニー、フィールディングの態度に怒り心頭になったかと思えば、手のひら返しでクラブに迎える現地英国人。『モーリス』では、愛があっても性別や社会的立場の違いによって隔てられていく男性達が描かれた。本編では更に、国、文化、人種、宗教、支配、被支配といった様々な相違が登場する。それらによって生じる様々な分断を乗り越え、人は理解し合うことは可能なのか。これは現代に通じるテーマでもある。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。インドへの道 (河出文庫) [ E・M・フォースター ]楽天ブックス
July 11, 2024
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みなさんこんばんは。脚本家の小山内美江子さんが亡くなりましたね。マーガレット・ドラブルの小説を紹介します。碾臼The MillstoneM・ドラブル河出文庫「わたしのこれまでの人生をみると、いつでも、へんに自信と臆病心が裏表になっていたことがわかる。それだけがわたしの人生だったとさえ言えるのだ。」から始まる物語は、臆病心を持っているとは思えない主人公の行動から始まる。ロザマンド・ステイシーは、哲学博士になるための論文を書きながら仕事をしており、小説家のジョーと法律家のロジャーと付き合っていた。しかし、初めての妊娠の相手は、BBC放送のニュース・キャスター、ジョージ・マシューズだった。彼が同性愛者であるが故に、深い関係を望まないだろうと見込んでいたのだが、予定外の妊娠をしてしまった。 お腹も目立つようになってきたある日のこと、親友で小説家のリディアが泊めてくれるように頼んできた。身の廻りのちょっとしたことも不自由してきたロザマンドは申し出に応じ、二人の共同生活が始まった。リディアが持ち込んだテレビによって、ブラウン管を通じてジョージの顔がしばしば見られるようになった。十ヵ月目、可愛い女の子が生まれた。オクティヴィアと名付けた。生後間もなくオクティヴィアが風邪を引き、何でもないように思えた音は、実は心臓障害で、手術をしなければならなかった。 特に好きでもない相手と関係を持ち、妊娠しても特に母親としての責任に目覚めたわけでもないヒロインが、恵まれた環境のもとで出産・子育てをする。そう、彼女が自覚している通り、兄姉がいてもうるさく言ってこないし、友人は助けてくれる。海外赴任中の両親は使わない家を提供してくれる、等々、恵まれた条件が揃ってこそ決断できる未婚の母である。皆がこううまくいくわけではない。「今わたしの発見したさまざまの事実が、あのおみごとな両親がつねにわたしたち子供にするどく突きつけていた事実とまさに一致するということだった。つまり人間のあいだには、許しがたい、不均等で悲惨な苦しみがある。不公平だったり、拘束があったり、差別があったりする、という事実である。」 妊娠・出産・子育てと初めての経験に遭遇して、彼女なりに成長はしている。しかし、無意識に周囲の人たちを下に見るような姿勢が随所に感じられて、中産階級の女性は皆こうなのかと思った。病気になった娘に会いにロザマンドが会いに行った件は特にひどい。看護師長が面会謝絶だと言っているのに、ロザマンドは人目もはばからず喚き散らす。他にもいっぱい患者がいる病院の迷惑であり、結局特権的な地位を笠に着て看護師たちに振る舞っているような感が否めない。父と知り合いのプロズロー医師が出てきて面会許可を出すが、それも看護師たちにとっては面目丸つぶれである。「それまでのわたしは、人と人を結ぶ絆を、口ではうまいことを言いながらも、じつにたくみに避けていた。」ボーイフレンドともつかず離れずの関係を築いてきたロザマンドだが、子供が生まれれば様々な人との関わりが増えてくる。ロザマンドを本当に大人にしてくれるのは、まだ幼いオクティヴィアではないか。 2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。 【中古】碾臼—ひきうす (1971年) (今日の海外小説)お取り寄せ本舗 KOBACO
June 29, 2024
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みなさんこんばんは。女優の久我美子さんがなくなりましたね。 今日はアメリカの小説を紹介します。石油!OIL!アプトン・シンクレア平凡社 石油をテーマにした映画といえば、ジェームス・ディーンの主演映画『ジャイアンツ』が、まず頭に浮かぶ。家柄も財産も、何一つ持たなかった青年が、石油を掘り当てたことで億万長者になってゆく。でも、今や石油は、一個人が成功する手段ではなく、巨大企業、いや、国が、そのために戦争を起こす目的となったのだ。現実の石油王をモデルとした本作は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』として映画化された。しかし原作は、石油を「手段」として富を築いたJ・アーノルド・ロスの息子バニーを中心に描かれており、そのため、一代で石油王となった父(映画版では名前がプレインビューとなっている)の生きざまをメインに据えた映画とは少し趣きが異なる。例えば、女性が登場しなかった映画版とは異なり、ロスは晩年、降霊を信じる女性との結婚を息子に打ち明けている。また、共産思想にかぶれた息子に悩まされ、陰で人を使って操るようなことをしながらも、最後まで彼を愛し続ける。つまり幾分人間くさいキャラクターとなっており、小説版の父親像の方が、むしろ読者にとっては親しみ易いのではないだろうか? 無学だが世間の理を知っている父。大学にまで進むが、理想と現実の狭間で悩む息子。通常なら、この親子の葛藤を物語の柱として書き進められるが、本作は違う。著者は、親子の葛藤=人よりも、彼等を材として、石油によって変わってゆくアメリカ=社会、時代の方をより描きたかったようだ。とはいえ、バニーのビルドゥングスロマン的要素が全くないわけではない。弟よりも、遥かに生き上手な姉バーティ。幼い頃からの友人だったポールと妹のルース、ポールの兄で聖職者のイーライ、女優のヴィー、石油業者連盟の常務でヴィーの愛人でもあるヴァーノン・ロスコー。彼等との出会いを通じて、「銀のお盆に載せて何でも欲しいものを渡して貰っていた(p251)」バニーは、自分の生き方を選びとってゆく。勿論、複数女性とのロマンスも描かれるが、恋愛描写は現代ものと比べるとややあっさりしている。また、文章がやや硬いと感じる方もいらっしゃるかもしれない。 映画では描かれなかった、もう一人の石油王の生涯。そして彼を成功させ、やがて、のみ込んでいった国、アメリカ。興味を持った方は、是非ご一読を。『中古』石油!KSC
June 26, 2024
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みなさんこんばんは。童話「エルマーのぼうけん」で知られるルース・スタイルス・ガネットさんが亡くなりましたね。今日は恋愛小説を紹介します。いつか、どこかでWhere or Whenアニータ・シュリーヴ高見 浩訳新潮社「タイミングがすべてなのだ」これは作中の主人公、チャールズの言葉だ。彼がキャンプで出会った少女ショーンの存在を知ることも、大人になって関わりを持つことも、それによってそれぞれの家族が変わってゆくことも、二人のタイミングがあわなければ、起こり得なかったことだ。でも、人生は大抵そんな出来事の連続だ。だからやはり、タイミングが全てなのだ。 本書の刊行にもやはりタイミングが重要だったと思われる。実は本書は、先に発表されたシュリ―ヴの『パイロットの妻』以前に発表された作品である。そして、『パイロット…』が夫に不倫された妻の側に立った物語であるのに対し、本作は既婚者同士が恋に落ちる物語であり、両者は合わせ鏡のような存在である。もし、逆のタイミングで刊行されていたら、果たして好評を得ていただろうか?普通に考えれば、裏切られる側の立場に立った作品の方が共感を得やすいのだから。 本作は、少年の頃に思いを遂げなかった二人の男女が未遂だったからこそ再会によって一層熱情を燃え上がらせてゆく過程を、冷静かつ官能的に描いてゆく。ともあれ、無条件に不倫を美化しているわけでもご都合主義的にストーリーを運んでいるわけでもない。分別ある大人なのだから、分別やら理性やら、自分でいくつも防波堤を作っている「胸の奥では、自分の人生がそんなに簡単に変わるはずがない、と思っていた。子どもがしだいに成長し、家屋が緩慢に土の中に沈み込み、結婚生活が、それとわからない程度に、ごく微かに腐食してゆく、その程度のささやかな変動はあるにしても、それ以上の変化など起こるはずがない、と思っていた。」「少年時代の思い出がどんなに甘美であろうと、その甘美さに身を任せたいという衝動がどんなに強かろうと、誘惑に負けたが最後、これはどこまで暴走してしまうかわからないからだが-にもかかわらず、自分の思いがどんなに潔癖であっても、それは不純さと無縁ではありえないことを、彼は承知していた。」それでも、31年という年月も現実も越えて突っ走ってしまう所に愛の恐ろしさと凄さがあり、その裏には、激しさの陰で傷つく者や哀しみがある。勿論、愛の素晴らしさを見て取る読者もいることだろう。セックスを描いていても、この著者は意外に冷静だ。ジャーナリストという経歴を見て、ああなるほど、と思った。彼女の冷静な視線を感じ取ることができたので、本作を、単なる不倫小説として切り捨てることなく読めた。もちろん、少女時代の思い出を描くことも、不倫行為を少しばかり薄める効果があったのだが。 いつか、どこかで会った誰かを、あるタイミングで思い出すことが出来た方が幸せなのか。それとも、歌のように「だけど、それがいつだったか、何処だったのか、誰も知らない」くらいにおぼろげな記憶であった方が、幸せなのか。さて、あなたはどちらですか?【中古】 いつか、どこかで / アニータ・シュリーヴ, 高見 浩 / 新潮社 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】もったいない本舗 楽天市場店
June 23, 2024
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みなさんこんばんは。藤井聡太八冠が敗れましたね。今日は実際にあったことをもとにした作品を紹介します。海にはワニがいるファビオ・ジェーダNei mare ci sono i coccodrilli:Storia vera di EnaiatollahAkbari飯田 亮介訳早川書房エナヤット少年の家族は、アフガニスタンの小さな村で暮らしていた。だが、村はタリバーンが政権についてから激しい迫害の標的となる。父が死に、学校も閉鎖され、エナヤットの身を案じた母は彼を隣国パキスタンへと連れだした。 旅の宿で10歳の息子に三つのことを約束させて、翌朝忽然と母は姿を消した。その三つの約束とは、麻薬に手を出さない、武器を使わない、盗みを働かない、以上。 家族一緒に暮らした方が、何かと助け合える。しかし、そう考えるのは、我々が平和な日本で暮らしているからだ。わずか10歳の子供に、3つの言いつけだけ伝えて自分は家に戻る選択をした時、母親は正直、ヒフティヒフティだったのではないか。運があればこの子は生き残れる。でももしかしたらどこかで命を落とすかもしれない。それもまた彼の運命だと。戻っていった先と、少年がこれから向かう先の危険度は、正直同じだったかもしれない。 国を出たエナヤットに、セーフティネットの利用方法などわかるはずがない。また、イラン、トルコ、ギリシアなど、国自体が貧しく、満足にセーフティネットが整っているとは限らない。そんな荒れた国では、出会う人出会う人全てが善人とは限らない。働いて食べ物と寝る場所を得ながら、同時に命も守る。大人でも越えるのが難しいハードルを、大人と同等の緊張感を保ち、人を疑うことを覚えながら、自らは悪に染まらないで生きる。しかし自分がやっていることは密入国なので、捕まれば終わりであり、中間マージンが取られて自分の手元にはいくらも残らない。正統なルートではないため、途中で何度も危険に見舞われる。エナヤットは故郷から5000キロ以上離れたイタリアにたどりつく。 実話をもとにしたこの話を、エナヤットの一人称で書かれたら、正直かなりきつい読書になったはずだ。本書は孤独で過酷なさすらいを、もう過ぎてしまった過去として、途中で大人になったエナヤットと著者ファビオの問答が入る聞き語りとしているため、厳しさは幾分和らぐ。【中古】海にはワニがいる /早川書房/ファビオ・ジェ-ダ(新書)VALUE BOOKS
June 22, 2024
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みなさんこんばんは。米電気自動車(EV)大手テスラが全世界で10%超の人員削減を検討していることがわかりました。少女時代からの交流が変わってゆく様を描いた作品を紹介します。睡蓮の教室The Lily Theaterルル・ワン新潮社クレストブックス文革後期の中国。医師の父と大学教授の母との間に生まれた水蓮は、病気を理由に母のいる収容所で、共に暮らす事を認められる。物資に乏しい生活の中で、水蓮は収容されていた大人達から、本当の学問を与えられる。やがて収容所を出た水蓮は、極貧の親友・金を、最模範生の座に押し上げるべく奮闘するが。 前半印象に残ったのは、収容所に暮らす個性的な大人達である。現実の歴史を教える事が、果たして水蓮のためになるのかと悩みながらも、真実の学問を教える事に力を尽くす秦先生。「“人に教えられてきたこと”と、“自分が知っていること”には、たいへんな違いがあるのだ。(中略)あるできごとの情報を自分であちこちから集め、自分なりの結論を出すことはできる。そこまでしてようやく、“その歴史についてわたしが知っているのは、これだけです”と言えるのだ。(p73)」毛沢東に激怒する水蓮に、こう告げる人食いさん「この世には 聖人君子なんていないのだよ。(中略)大切なのはおのれの不幸をだれかさんのせいにするのは、いずれやめるべきだ、ということ。(中略)責任をもって自分で自分を幸せにすることだ。そうなれば、もう国の指導者を神のようにあがめたり、みずからの運命をその手にゆだねたりしなくてすむ。そうなれば、うまく行かなくなっても自分を責めればいいだけだ。自分たちの創った神のせいにせず。(p216)」 文革の時代を生きる知識人達の言葉は、見えざる「言論の圧力」の存在を感じ取る現代の我々の心をも響かせる。後半は、学校に戻った水蓮と金の友情崩壊までが描かれる。決して物資に富んだ生活をしているわけではないのに、大切な鶏を犠牲にしてくれた友人・金。水蓮と金、二人の少女の友情を、金のような階級をはけ口として求めずにはいられない階層社会が踏みにじってゆく。解説にもあるような、ゴールディングの『蠅の王』を思わせるような展開では、閉鎖的状況におかれた人間の、極限状態の狂気が最も悲惨な形で現れる。後にかすかな苦みと共にかつての友人を思い出す主人公の姿は、文革の歪みが生んだ負債を背負って生きる、中国人の投影でもあるのだろう。中国出身のルル・ワンが、現在の居住国の言語(オランダ語)で書いた小説。 【中古】睡蓮の教室 / ルル・ワンネットオフ楽天市場支店
June 3, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカの有力紙はトランプ前大統領がウクライナに対し、領土の一部をロシアに譲り渡すよう圧力をかけ、終戦に持ち込む考えだと報じました。今日から二日間野性の呼び声を紹介します。今日は小説版です。野性の呼び声The Call of the Wildジャック・ロンドン光文社古典新訳文庫 バックがどんなに傍若無人に振る舞っても町の人は何も言えない。なぜなら彼はアメリカ南部のミラー判事の飼い犬だからだ。ところがある日誘拐され、そり犬として売られて苛酷な運命にさらされる。そんなバックを救ったのは、アラスカに住むジョン・ソーントンだった。バックたちそり犬を連れて氷上に出ようとする飼い主を止めたソーントンは、打ち据えられるバックを助け、共に金採掘の旅に出る。 最近映画化された作品を見たが、いろいろ違っていた。最も違っていたのはソーントンの死因である。本作では先住民族に襲われ、死体が見つからない設定になっていたが、映画ではソーントンに恨みを持つ男が追ってくる。先住民族への配慮から変更したのだろう。また、ソーントンがバックを連れて旅に出かける動機も、原作では金の採掘だったが、映画では冒険心という利益とは関係ない動機になっている。 更に、原作では判事の家で働く庭師がバックを誘拐するが、映画では偶々見かけた他人によって誘拐される。それにしても原作でも映画でも、判事はバックを捜索した節が見られない。姿を消した時点で早々に諦めてしまったのだろうか。 “飼い主と引き離される”という設定を聞いた時、てっきりラッシーのように帰巣本能を発揮してもといた家に戻る物語だと思っていた。しかし、文明社会を離れ、様々な動物との出会いを通じて、バックは野性に戻っていく。人間の思惑に翻弄され続けたバックが、最後に軛を外して自由に生きる。まあこんなスーパードッグ、訓練しても作り出すのは難しい。映画ではCGが使用されていた。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫) [ ジャック・ロンドン ]楽天ブックス
May 31, 2024
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みなさんこんばんは。厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は日本の世帯数の将来推計を発表しました。2050年に全5261万世帯の44.3%に当たる2330万世帯が1人暮らしとなり、うち65歳以上の高齢者が半数近くを占めるそうです。さて、今日はエリザベス・ストラウトのシリーズものの最新作を紹介します。ああ、ウィリアム!Oh William!エリザベス・ストラウト河出書房新社 感嘆符をつけて相手の名前を呼ぶ時といえば、例えば、相手が素晴らしいことをしてくれて、感動した時、或いは、正反対にとんでもない事をしてくれた!と相手に呆れた時などが考えられる。さて、本編の場合は?…すぐにわかる。 『私の名前はルーシー・バートン』『何があってもおかしくない』に登場した作家ルーシー・バートンは63歳。ニューヨークが好きである。にもかかわらず、前夫ウィリアムの頼みを聞いて、彼の亡母ゆかりの、スティーヴン・キングの小説に出てきそうなメイン州の田舎を訪ねる旅に同行することになった。こうなった理由としては、まさにタイトル通り『ああ、ウィリアム!』と言いたくなるような、彼の突拍子のない決断と、意外な所の頼りなさによるものだ。 ウィリアムは大学教授。71歳なので、今はもうフルタイムでは教えていない。ルーシーを含めて3度結婚し、3人の娘がいる。3度目の妻は舞台女優で、22歳年下。娘みたいなものだ。ちょくちょく浮気相手もいたらしい。 ウィリアムの娘のうち、二人はルーシーが母親で、もう成人している。ルーシーはウィリアムとの離婚後、チェロ奏者の夫と結婚するが先立たれてしまう。こちらは浮気もせず良い夫だったようだ。最初にこちらと出会っていれば…とも思うが、そうなっていれば、二人の娘はこの世に生まれていない。ルーシーも、そこまでウィリアムを憎んではいない。 それに、夫が亡くなった際には力になってくれるなど、良い所もある。本編で何度となく繰り返されるのは、ルーシー自身の独白として「人間というのは、結局わからないものだ」という意見である。小説家として人間の機微を描くことに長けているルーシーがそう言うのだから、世の中の大方の人たちが、時に、わからない人に出会っても、悶々とする必要はない。そういう時は、名前とセットで、こういえば良い。「ああ、ウィリアム!」と。そして、わからないながらも、良い所を見つけてつきあっていけばいい。完璧な人なんて、どうせいないのだから。 小説というより、ルーシーが、結婚生活を振り返りながら、これまでの人生に思いを巡らせて挙がったことをエッセイとして述べているのを私たちが読ませてもらっているような印象だった。2022年ブッカー賞最終候補作。ああ、ウィリアム! [ エリザベス・ストラウト ]楽天ブックス
May 29, 2024
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みなさんこんばんは。栃木県那須町で、夫婦の遺体が見つかった事件で大河に子役俳優で出ていた人が逮捕されましたね。恐ろしいです。今日もフランス小説を紹介します。今日はあの有名な恋愛小説を紹介します。クレーヴの奥方Historie Du Chevalier Des Grieux Et De Manon Lescaut光文社古典新訳文庫ラファイエット夫人 オリジナル台詞は次の通り。「正直なのがいちばん大事だと思う。だから、たとえ自分の恋人が誰か別の人を好きになったと正直に告白してきても、それが妻からの告白であっても、私は悲しみこそすれ、怒るようなことはないでしょう。むしろ、恋人や夫という立場を忘れ、助言したり、同情したりしてあげたいのです」 発言者クレーヴ公は、他人のコイバナのついでに自身の考えを述べただけで、過去に告白された経験はない。何せ新妻は社交界に出たばかりの若い令嬢で世間知らず。明らかに自分以外の男性を知らない事を踏まえた、余裕が言わせた台詞であると書けば意地悪か。自分の身に降りかかると思っていないなら何とでも言える。しかし、クレーヴ公の奥方は、真に受けてしまった。そして告白した。ここから全ての歯車が狂う。 恋とエスプリで生きるフランス宮廷では、嘘も方便である。言葉の中に秘密を隠し、視線やしぐさで思いを伝える。上級者ばかりの宮廷に、全くの初心者、クレーヴの奥方が紛れ込んだのだから、なるようになったというべきか。 一目ぼれしたクレーヴ公にプロポーズされ、その時は存命だった母親の後押しもあってすんなり結婚。しかしその後、イングランド女王エリザベスの婿にと送り込まれたくらい、超美男のヌムール公が宮廷に現れる。結婚と出会いのタイミングがずれていれば、起こらなかった悲劇。いかにもドラマだ。 令嬢から奥方になっても、恋心をひけらかすタイプではなかった奥方だが、先の夫の言葉を思い出し、誠実であろうと自分が恋していることを告白する。それも、当の相手より先に。しかし当の相手がちゃっかり聞いているというのもまたドラマ。相談相手になるはずだった夫は「あなたは私の妻なのに、私は人妻を想うようにあなたに横恋慕している。あなたは別の人を愛しているのだもの」と責め始め(可哀想に)、ヌムール公は「俺か?俺なのか?」と半信半疑ながら、また第三者に話す。相手の気持ちを確認して、了解を得てから喋ろうよ、相手は恋愛初心者なんだから。 というわけで、隠しているつもりの恋心も相手もすっかりバレバレの奥方は、袋小路に迷い込む(可哀想に)。そうだねぇ、恋愛は脳であれこれ考えるものではないからね。 とはいえ、作品中最も成長したのが彼女である。障害はなくなったんですよといそいそ現れた恋の相手に「永遠の愛を誓っても、人は本当に一生心変わりせずにいられるものでしょうか。自分だけが特別だと、奇跡が起こるかもしれないと、期待してよいのでしょうか。あなたの愛情が私の幸福そのものであるとしても、それがいつかきっと消えていくのを知ったうえで、結婚生活に入れというのでしょうか。」いやぁ、わずか一年で、ろくに相談もしていないのに、そこまで恋愛の真髄を見極められたのは幸福なのか、不幸なのか。熱烈プロポーズの相手が「恋心を忘れた」とさらっと書いているのは、奥方と相手のどちらを著者が買っているのかわかりやすくて面白い。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。クレーヴの奥方 (光文社古典新訳文庫) [ ラファイエット夫人 ]楽天ブックス
May 17, 2024
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みなさんこんばんは。俳優のルイス・ゴセット・ジュニアが亡くなりましたね。今日もフランス小説を紹介します。今日はフローベールの作品を紹介します。ボヴァリー夫人Madame Boveryギュスターヴ・フローベール新潮文庫タイトルがボヴァリー夫人なので、てっきりエンマの生い立ちから始まるのかと思っていたが、彼女が登場するのはp28。それまでは、彼女の夫となるシャルル・ボヴァリーの生い立ちを紹介している。父親が外科医補だったが、どうやら「医は仁術」タイプではなく、持参金目当ての結婚をして、金を使い果たした後は、製造業やら農業に手を出すものの、全て失敗。夫の轍を踏ませまいとして母親は息子に期待をかける。おやまあそんなバックグラウンドが。母親の努力の甲斐あって、開業医試験に合格したシャルルは、母の言うままにトストという町に向かう。そこには高齢の医者が一人しかおらず、競争相手がいないからだ。そして次はこれも母親が決めてくるが、執達吏の未亡人で45で、年金収入ありの女性が嫁に決まる。いやいや何だかシャルルが気の毒になってきたぞ。未亡人だから悪いというのではなく、最初の結婚は自分の意思が無視されてるし、次の妻は…修道院の寄宿学校出身という純粋培養のお嬢様かと思いきや、恋に恋する乙女が高じて、あれだしね。ポールとヴィルジニーを愛読したと書かれているが、プラトニックの極みのあの本を読んで、なんでああなるかねぇ。「もちろん、すべての夫がいまの夫のような男ではないだろう。その夫は美男子で、才気煥発で、気品があり、魅力的だったかもしれず、修道院の寄宿学校の旧友たちが結婚した相手はきっとそうだったろう。」「彼女が思うに、恋愛とは電光石火の華々しい輝きをともなってとつぜん起こるはずおもので―天空の荒れ狂う嵐が人生に容赦なく遅いかかり、これを転覆し、木っ端のように意思をもぎとり、心をそっくり奈落へと奪い去るものでなければならなかった。」まあ、最初は皆夢見る夢子である。そして、普通はないものねだりで終わる所を、エンマの場合は格好のお相手がいた。青年書記レオンと女の扱いに長けたロドルフだ。しかし彼らとて、エンマに男を見る目があれば、両名とも、恋愛小説に描かれる理想の男性などではなく、見掛け倒しの軽い男だとわかったはずだ。夫をないがしろにして、借金を重ねたエンマは、やがて破滅の一途を辿る。娘を生んだにも拘わらず、彼女には全く母性というものが見られない点も、逆にリアルだった。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。ボヴァリー夫人 (新潮文庫) [ フローベール ]楽天ブックス
May 16, 2024
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みなさんこんばんは。ロシアのプーチン大統領の就任式が7日行われ、通算で5期目となる任期が始まりました。今日から3日間フランス小説を紹介します。マノン・レスコーHistorie Du Chevalier Des Grieux Et De Manon Lescautアントワーヌ・フランソワ・プレヴォ光文社古典新訳文庫まず著者の経歴に驚く。ほぼ主人公シュヴァリエと被る。10代で修道院に入るが脱走しまくり。なんでもその時天職が作家だと気づいたらしい。国外逃亡し、その間に書いた本が大ヒット。これはサクセスストーリーと言っていいのか。はて。」 本作は話中話である。ルーアンから帰る途中の私が、途中の宿屋で救護院から連れてきた娘とそれに付き従う若者を見かける。その若者こそシュヴァリエ・ド・グリュ。彼がついてきた女性がマノン・レスコーだ。 物語の語り手デ・グリュは何度となく反省する。「いったいどういう宿命によって、これほど罪深い人間になってしまったのだろう。愛は無垢な情熱だ。それがぼくにとってはなぜ、災いと放蕩の源となってしまったのか。」 しかし、何度自問自答しても無駄なのだ。常に美少女マノン・レスコーに出会うと彼女の魅力にメロメロ。破滅的な生活に突入。友人や家族がまっとうな暮らしに戻そうとしても、まるでだめ。マノンが自分を裏切っていると知っても、「彼女は悪くない。相手が悪い。」ああ、これはだめんずの陥るループだ。そして、だめんずとだめんずが揃うと最強!ではなく、地獄のだめんずロードをただ辿るしかない。シュヴァリエをずっと見守る学友ティベルジュが、本当に報われない。シュヴァリエは何度となく彼を騙して金を手に入れ、果ては借金させてまでマノンに貢ぐ。こういうまっとうな人は、マノン達とは関わらない方がいい。しかし「なぜ俗世に留まっているのか、わかるかい。なぜすぐさま隠遁生活に入らないのか?それはひとえに、きみに対する深い友情のためなんだよ。ぼくはきみがそれほど抜きんでた心と精神の持ち主であるかを知っている。どんな善行であれ、きみにできないことなど何ひとつない」と、だめんずシュヴァリエにとことん入れ込む。マノンではない。「きみが徳を愛す人間であることはわかっている。ただ激しい恋の情熱ゆえにそこから引き離されているだけなんだ」なんだかとても美しい言葉で善人説をぶつのはいいが、シュヴァリエ勢いで人も殺してるから!ティベルジュのシュヴァリエへの尽くしっぷりは、また、だめんずのパートナーに尽くすそれのようにも見える。今で言うところのBL的匂いもする。彼の側から見た物語を、是非聞いてみたい。2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。【中古】 マノン・レスコー 光文社古典新訳文庫/アベ・プレヴォ(著者),野崎歓(訳者)ブックオフ 楽天市場店
May 15, 2024
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みなさんこんばんは。ウクライナでは4人に1人が国内外に避難していることがわかりました。今日は実際の出来事をもとにした小説を紹介します。ポストカードLa carte postaleアンヌ・ベレスト/著 田中裕子/訳打てばすぐ届くSNSが広まり、今ではすっかり脇に追いやられている感のある手紙。昔は電報が至急の知らせを届ける手段、手紙は知り合いに近況を伝える手段として使われていた。ポストに入れてから届くまでの時間がわからないからこそ、どきどきする瞬間もあった思い出を持つ方もいるのではないだろうか。 本編は、そのポストカードが表紙絵だ。本書の著者であり、これは実話にフィクションが混ざっている。 アンヌの母のもとに差出人不明のポストカードが届く。そこには、アンヌの祖母の両親エフライムとエマと妹ノエミ、弟ジャックの名前があった。ところが全員アウシュヴィッツで亡くなっていた。だからこそ、誰がこの手紙を出したのかが気になる。死人からの便りなんて、一つ間違えば悪質ないたずらだ。しかしそれなら、明確な思いが相手に伝わらないと効果的ではない。むしろこれでは中途半端だ。 なんだか筋立てがミステリのようだが、ミステリは物語を進めるフックで、メインではない。その謎はむしろ、あっけなく解ける。メインはユダヤ人が受けた苦難の歴史だ。敢えて“戦争中”とはつけない。その苦しみは、残念ながら、ユダヤ人がユダヤ人である限り、今も続いているからだ。ハマスとイスラエルの戦闘が続いている現在だけを切り取れば、イスラエル(ユダヤ人)=悪と断じてしまいそうだが、そんな簡単な話ではない。 第一部は、アンヌの祖母ミリアムが、家族と運命を分かたって、なぜ生き残ったかが描かれる。ミリアムの父エフライムは父親から、一家揃ってパレスチナに来るよう言われるが、踏みとどまる。それはそうだろう。自分は地位と財産を持ち、地域社会との繋がりも持っている。なぜ住み慣れた土地を出ていかなければならないのかわからない。しかし、そうこうするうち、ユダヤ人への締め付けが厳しくなる。それも、ドイツ本国ではなく占領されたフランスにおいてである。ユダヤ人の危機意識の低さは他著書でも度々登場するが、彼らが特に鈍かったとは思えない。誰もがナチスドイツがこれほど急激に世界を席巻するとは思わず、その徹底したユダヤ人排除政策を知らなかった。そして、戦後、戦争協力したフランス人達は、その過去を隠そうとした。 これは、いち家族の物語ではない。ユダヤ人の物語であり、今も戦争を続ける世界の物語である。【3980円以上送料無料】【OPEN記念全品ポイント5倍】ポストカード/アンヌ・ベレスト/著 田中裕子/訳トップカルチャーBOOKSTORE
May 6, 2024
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みなさんこんばんは。ドイツのショルツ首相はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と電話会談し、地対空ミサイルシステム「パトリオット」を追加供与する方針を伝えた。独政府が発表しました。ウクライナの要請に応じた措置で、独軍の在庫から直ちに引き渡すそうです。今日も韓国小説を紹介します。父の革命日誌チョン・ジア河出書房新社『北斗の拳』パロディをやるつもりはないが、作品が始まった時には、タイトルの父は既に死んでいる。なんと電信柱に頭をぶつけて亡くなったのだ。パルチザンとして闘争に身を捧げた父の最後としては、あまりにあっけなかった。82歳という高齢であり、認知症も患っていたらしい。若い頃には血気盛んなパルチザンとして名を馳せた男も、結句はただの老人として死んだ。 本作は著者の両親がモデルである。かなりシリアスなバージョンを先に刊行した所、発禁処分を受け指名手配されてしまった。満を持して書かれた作品は、意図したわけではないだろうが、かなりシリアスみを減らしている。その代わりにまぶされたのがユーモアと言える。 しかし決してシリアスみがゼロになったわけではない。わかりやすくいうと、著者の両親は資本主義国家で、ばりばりの共産主義を貫いていたため、当然獄にも入れられた。連座制で家族はおろか親戚すら要職につけない。一族の鼻つまみ者であったはずだ。アカの娘と言われた娘も、口で言うだけで労働が下手、酒好きの父を批判的な目で見ていた。 ところが、社会に決して受け入れられない思想と人生を送った男の葬式など、さぞや寂しくなるはずという期待を裏切り、父の葬儀には、次から次へと彼に助けられたという人達がやってくる。タイトルに挙がった父は、いわば狂言回しであり、本当の主役は父を見送る娘=著者である。父への屈託を抱え続けた娘が、過程を経て、素直に泣けるまでの物語である。我々は、成長過程で思想で激しく対立したことはなくても、両親と衝突した経験なら、複数回あるはずだ。ならばきっと、娘の心情に寄り添えるのではないか。父の革命日誌 [ チョン・ジア ]楽天ブックス
April 16, 2024
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みなさんこんばんは。アメリカンフットボールのスターで俳優でもあったO・J・シンプソンさんが亡くなりましたね。今日も韓国小説を紹介します。私書箱110号の郵便物イ・ドウアチーブメント出版ラジオ局に勤める31歳の人見知りの構成作家コン・ジンソルは、担当番組の新ディレクターのイ・ゴンがちょっと風変わりな人物だと知り不安。しかしゴンは人を寄せ付けようとしないジンソルに積極的にアプローチ。 ラジオ局を舞台にしたドラマといえば『ラジオロマンス~愛のリクエスト~』がある。ドラマではDJを務めるトップスターと構成作家が最終的にカップルになったが、やはりディレクターは風変りな人物でCP二人に絡んだ。ディレクターと構成作家はミーティングを重ねて一緒に番組を作っていく立場なので、何かと顔を合わせる機会も多い。お互いを知り、恋に落ちやすい関係性なのだろう。最初の打ち合わせからマイペースでぐいぐい行くゴンにペースを乱されて、「えっこの人どういう人なの?」と当惑しつつも「実はいい人なんだ」と人柄が沁みわたり、好きになっていくヒロイン。このまま順調に行くのかと思いきや、意外な所でストップがかかるのもいかにもドラマっぽい。 過去あり訳アリの男女がぎこちなくゆっくりと近づいていく関係性が描かれた第一作『天気が良ければ訪ねて行きます』に続きドラマ化が企画されているそう。ヒロインにライバル心を燃やす同僚、ゴンの友人カップル、ヘビーリスナーのお爺ちゃんなど脇役陣もそれぞれ個性的。 韓国で43万部のベストセラー。私書箱110号の郵便物 [ イ・ドウ ]楽天ブックス
April 15, 2024
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