宇宙航海日誌

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第二章(2)


 この国では犯罪者の裁きは簡単でいい。スラムの人間は死刑、貴族や要人ならほぼ罰金刑。一応の裁判のようなものは存在しているが、銃殺までの手続きの一つにすぎない。
 そもそもどんなに公平な裁判を行ったところでロキの極刑は免れなかっただろう。彼自身もそれを理解していた。ロキの盗賊団は政府の施設の一つ、「第七魔動力研究所」に忍び込み、そこに保管されている「魔石」を盗みだそうとした。「魔石」とは賢者の石と並び称される奇跡の力をもつ石で、古代の魔法使いの魔力が付与されていると言われる。その存在自体が秘密とされてきた石だが、ロキは別の政府機関の研究所に忍び込んだ時に、偶然「魔石」の資料を発見したのだ。
 もしかしたら盗みに入ったこと自体は問題ないのかもしれない。政府の連中が最も恐れているのは国家機密の「魔石」の情報が外に漏れることだろう。
「早く殺してくれ・・・」
ロキは心の中で呟いた。彼は戦意も誇りも失っていた・・・。

コツコツコツ

扉の外の廊下で、誰かが歩く音が甲高く響く。

コツコツコツ

話し声がする。どうやら二人いるようだ。一人は若い男の声。恐らく、軍人なのだろう。鍛えられた肉体をもつ人間らしい声だ。もう一人の声は老人だ。低く聞き取りにくい、ひどくしわがれた声がする。
 軍人の方は職業病的な、規則正しいリズムを奏でながらこちらに向かってくる。老人の方はとぼとぼと時折、リズムを狂わせながら向かってくる。二人の足音はロキの目の前の扉の向こうで止まった。
「ここです、教授」
「ん」
明らかに老人の方が目上の人物であることが分かる。だが、老人が彼の上官であるわけでもないだろう。
「どういたしますか?」
「・・・開けて宜しい」
老人の高慢な返事の後に少し間が空いた。軍人は扉を開けるのを躊躇しているらしい。
「本当に宜しいのでしょうか?こやつは―」
「開けて、宜しい」
老人は軍人の言葉を遮り、今度ははっきりと、言葉を区切るように再び扉を開けるよう命じた。鍵穴に銀メッキの鍵が通され、厚さ20cmはある重い扉が、ゆっくりと軋みながら開いていく。
 目の前に現れたのはやはり軍人だった。独房の入り口からだと頭の上半分が見えないほどの大男だ。ただし、軍服ではなく黒いスーツに黒いネクタイという姿で、右腕に小銃を構えている。
 そして逆光でよく見えないが、その軍人の隣には長く白い髭を蓄えた小さな老人が立っていた。老人はダークブラウンのゆったりとしたローブを身につけ、身体を長く節くれだった杖に預けている。長く瞼に覆いかぶさるような白い眉毛から、こちらを眼光鋭く見下ろす。ロキはこの老人に見覚えがある気がした。だが、なかなか思い出せない。大男がロキの前に慎重に歩み寄る。
「ロキ、光栄に思え。テレーズ卿がお前に話があるそうだ」
ロキはこの言葉でこの老人の正体に気付いたが、最早、誰が来ようと彼には興味がなかった。
 テレーズ卿とは、ロキの住むプエブロ共和国の有名な元宰相だ。一昔前はテレビでもよく見た。魔術師で科学者、しかも計略を得意とする政治家でもある。彼の権力は一時、王侯貴族よりも上だと言われた程だったが、ある時突然、引退し、表舞台から姿を消した。それ以後彼の消息を聞いたことはない。
「貴様聞いているのか!!」
テレーズ卿が杖をかざし、軍人を制した。ゆっくりと軍人の横を通り、ロキの前に立った。
「教授―」
テレーズ卿はまた杖をかざす。
「お前は黙っておれ」
「ハッ!」
軍人は敬礼をし、直立不動で小さな老人の背後に控える。テレーズ卿は皺くちゃの口をもごもごさせながら、ゆっくりと話を始めた。
「私のことは知っておるだろう?学校の教科書にも載っておるからな」
そう言うと老人は唇の端を曲げて気味の悪い低い笑いをした。ロキは老人の言葉を全く意に介さないかのように虚空を見つめ続ける。
「ふふふ、私もお主のことを知っておるよ。随分、悪行を行ってきたようだな。おおよそのことは調べさせてもらったよ。しかし、ちと度が過ぎたな」
控えていた軍人が廊下から小さなパイプ椅子を差し出した。老人は緩慢な動作でゆっくりと腰を落ち着け、持っていた杖を軍人に預ける。
「お主はこれからどうなうか知っておろう?」
老人が袖口から長い木製のパイプタバコを取り出す。すかさず軍人がマッチを取り出して火を点ける。ぷかぷかと白い煙が、狭い独房に舞った。
「お主は間違いなく殺されるだろう」
老人は右手にもつタバコをより一層大きく吸い込んで、大きな濃い煙の塊を吐いた。
「だが、私が助けられなくもない」
ロキはこの言葉にもまったく反応を示さない。
「ふふふ。分かっておる。お主が死に急いでおることくらい分かっておる」
軍人が銀の灰皿を差し出し、老人がとんとんと二回、パイプタバコの先を打ち付ける。
「お主はこの国、この世界の現状を知っておるだろう?」
老人は白く長い眉毛のかぶさった右目を少し見開いてロキを見下ろした。

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