「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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宇宙航海日誌
第四章(3)
ドアを大きく叩く音がする。ロキは寝返りを打ってそれを無視しようとした。
ドンドンドン!
「ロキーーー!時間だぞーーー!」
どうやらラクールが迎えにきたらしい。研究棟の居住区から少し離れた兵舎にロキは引っ越していた。居住区の木製ドアと違い、兵舎の金属ドアはよく響く。
「ロキーーー!」
ドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンバキャッ!
「あ、いけね」
最後の不可解な音を聞いてさすがのロキも目を覚ます。
「?!」
「ハハハ。ごめんよロキ、加減が分からなくてさ」
ラクールは見事に金具から外れたドアを申し訳なさそうに持ち上げる。
「どうやったらノックでドアを壊せるんだ!」
その時、ロキはラクールの右腕の様子に気付いた。いつもは普通の腕とまったく見分けのつかないような義手を着けているが、今日のラクールは明らかに金属質の重厚な義手を着けていた。
「なんだそれ!?」
「これ、軍の開発した義手の試作品だよ。これで象だって倒せるんだぜ!」
「・・・・・・ドア直しておけよ」
ロキは黒いレザージャケットを羽織り、支度を始めた。ラクールは勝手に冷蔵庫を開けてビール缶を飲み干そうとしているが、怒る気も起きない。
正式にテレーズ卿に部下になってから、ラクールもロキと行動を共にし、テレーズ卿の授業や軍人としての訓練を受けるようになった。そしてもう一つ新たに加わった日課、魔女の監視があった。ロキは訓練を終え、仮眠をとっていたところで、一日で一番憂鬱な行事のためにたたき起こされたのだ。ロキはテレーズ卿に魔女の監視を命じられた時のことを思い出した。
魔女の幽閉された部屋をさっさと出て、上のフロアに向かおうとするテレーズ卿にロキが詰め寄る。
「おい、あんなんでいいのか?まだ何も聞き出せてないじゃないか!」
やっとの思いで魔女を捕まえたロキは、魔女が何者なのか、軍の施設の警備網を軽くあしらった少女が何者なのか知りたいのだ。納得のいかないロキにテレーズ卿はさらりと言いのける。
「ふぉっふぉっふぉ。ワシはあれで十分だと思うがのう」
テレーズ卿はかまわずにエレベーターに乗り込む。
「ジジィ、本当はアンタは何か知ってるんじゃないか?知っていることを全部話せ!」
テレーズ卿はにやりと微笑み、顎髭をさすった。
「知りたいことがあるならお主が聞き出せば良かろう。尋問もお主の役目じゃ」
ロキはあの時のテレーズ卿の不敵な笑みが忘れられない。自分が掌の上で転がされているようで不愉快だった。
ロキは銃をベルトのホルダーに装着し、軍用ブーツの紐を固く結び、壊れたドアの外に出た。ラクールは飲み干したビール缶を親指と人差し指で簡単に潰してみせ、後に続く。兵舎の前には真新しい黒いエアスクーターが止めてある。前のバイクほどはスピードは出せないが、短時間なら空中を走ることができる性能をもつ。ちょっとした河なら簡単に飛び越せるのだ。ロキは気の乗らない足取りで研究棟地下室へと向かった。
薄暗い部屋の中、黒髪の少女はいつもの白い夜着を着て、ベッドの上でうつむいていた。ロキは恐る恐る今日も彼女に近づく。部屋の入口には食べ物の乗ったカートが一台置いてある。だがほとんど食べた様子もない。
寝室の中央に置かれた木製の小さなテーブルセットから椅子を一脚、拝借する。彼女の正面を向くように椅子を置き、ロキは溜息を抑えながらその上に座った。腰に銃があることを一応、横目で確認したが、そんなものは何の役にも立たないだろう。少女は虚ろな目をゆっくりとロキに向ける。
「今日も尋問を始めるぞ」
少女のややウェーブのかかった髪の毛が顔にかかり、黒い大きな瞳がその間から見えた。少し潤んだ美しい瞳。その瞳はロキを見るともなく見ている。
「・・・お手柔らかに頼むぜ」
ロキは少し息を呑み、いつものように話を続けた。
「あんたの目的は何なんだ?」
突如として重いプレッシャーがロキに襲い掛かる。まるで空気の壁に押しつぶされるように。
「くそ・・・・・・初っ端からかよ・・・・・・!!」
ロキは頭を抱えながら少女を睨みつけ、どうにかその衝撃に耐える。乱れる呼吸を意識して整え、流れる汗を手の甲で拭う。
「ふふん・・・こんなもんかよ。少しは慣れてきたぜ」
ロキは言葉の駆け引きに持ち込もうと強がりを言う。すると少女は右手をそっと上げ、それをロキに向ける。
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああ」
頭に激痛が走り、血が煮えたぎるように身体が熱くなる。ロキは椅子から転げ落ち、床の上で苦しみ悶える。
「う・・・てめぇ!!」
たまらず銃を抜いた。膝を付き、左手で頭を抱えながら銃を向ける少年を見て、魔女は氷の微笑を浮かべた。
「・・・撃てばいいって顔をしてるな」
ロキは銃を部屋の壁に投げつけた。なんとか立ち上げり、元の位置に座りなおす。
「せめて名前くらい教えてくれてもいいだろう?」
長い沈黙が続く。少女に反応はない。聞いてるのかどうかすら分からない。仕方なくロキは先を続ける。
「あんたが何も話したくないのはよくわかったよ。だけど俺もこの仕事を放り出すつもりもない」
ロキは椅子から立ち上がる。さっきの攻撃で頭はまだくらくらしている。少女のベッドにゆっくりと一歩、近づく。また大きなプレッシャーがロキを襲う。心臓が止まりそうになるプレッシャーだ。額から流れる汗が止まらない。
「ふ、ふふふ・・・。やっぱり少し慣れてきたぜ」
ロキはまた一歩、少女に近づく。汗が腕を伝って人差し指から流れ落ちる。少女は再び右手をゆっくりとあげる。その瞬間、ロキは素早く内ポケットからナイフを抜き、少女目掛けて投げつけた。ナイフは少女の顔の横を通り抜け、ベッドの背もたれに突き刺さる。不意打ちとなった攻撃に少女は一瞬注意をそらす。その一瞬でロキは距離を縮め、馬乗りになり、少女の腕と口を押さえつけた。
「最初に捕まえた時も思ったけど、あんた、盗賊の『間合』を理解してないぜ」
少女の顔が恐怖に歪む。手足をばたつかせてどうにか逃げようとするが、ロキに腕力で勝てるはずもない。
「へぇ・・・あんたもそんな顔するんだな」
だが、ロキとて余裕があるわけではない。押さえつけている腕が離れれば簡単に形勢は逆転する。一瞬の油断が勝敗を分ける。
「こ、これで嫌でも話を聞いてくれるな?」
少女は観念したのか、抵抗をやめてロキを睨み返した。少女の胸が荒い呼吸で上下する。
「あんたの口はふさいでるから答えなくていいよ。だけど聞いていろ。分かったら頷け」
少女はただただロキを睨みつけている。ロキは手首を掴んだ腕に力をこめる。少女の顔が苦痛で少し歪んだ。
「・・・分かったら頷け」
渋々、少女は頷く。ロキは刺さったナイフをそっと抜き、内ポケットに再び収めた。
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