EGYPT エジプト旅紀行 【1】  

10月の薔薇


10月のバラ ギザ




sora1





「10月の薔薇」  
人類に捧げるアタシたちのささやかな物語―――。




ギザ まる&ハニー





暗闇と砂塵に包まれ、男の背を頼りに、ギザ旧市街のナズラット・サマーン村の
路地を這いずり廻っている―――――――――。
この村の中へはピラミッドを見上げながら入って行った。
古めかしい住宅がひしめきあっているこの村の構造は、蟻の巣を思わせられた。
角を何度曲がったか、数えるのはやめた。すでに迷路にはまり込んでいた。
私たちを先導する男はラクダ使いだ。
今朝、ピラミッド歴史地区への入場口で、男から一方的に出会った。
この夜と、2度までも彼の【案内】を受けるはめになったのだ。
 今朝の私たちへの言動を鑑みて、不安と混乱で心臓が波打つような状態だった。
が、【あの角】を曲がったとき、私の心臓音は、聞こえてくる音に呼応するかのように、劇的に変調した。
いきなり、聞き覚えのある音楽が聴こえてきたのだ――――――。


 ラクダ使いのモーセスと出遭ったのは、ギザのピラミッド入場券売り場で10ポンド支払い、ゲートを潜る前か後だったか・・・・。 妻と私はピラミッドのお隣さん、であるM・H・オベロイ・ホテルから出発するのを、ホテルの部屋の窓の外に戸惑い、すっかり陽が高くなってからピラミッドへ向った。
ギザ台地は半砂漠地帯特有の昼夜の温度差のせいで、早朝から濃い霧に包まれており、なかなか出発するタイミングが難しかった。
霧が空けるまで待っていたのだ。 
雄大なナイル川を上流に向って凱旋したカイロ。
最後の一日を悠久の歴史を刻むピラミッド見学―――、我ながら演出もバッチリだったと、旅の邂逅にほくそ笑みつつ、妻の手を握り締めてでかけた。歓心しつつも、しっかり頭に叩き込んでいることがある―――それは、悪名高きピラミッド観光の魔手
―――「お上りさんをラクダに乗せて、不条理な金銭を要求するとされるラクダ使いの方々」・・・のことである。
写真を撮っただけで、5$―――ちょっと乗るだけただよ・・で降りるのに有料(笑)――金を払わないと、大勢の男たちに囲まれ、追いはぎの目に遭う――・・・・・どのガイドブックにも「ラクダ業者さん、素敵!」・・などという記述はなかったはずだ。人類の偉大な遺産であるロマンは迫り来る砂漠化のごとく侵食されているのだ。ここはバクシーシ(小銭恵んで)の国なのだ。さて、善良な私たち夫婦の運命やいかに――――。 

ピラミッド地区への入場料を払い、ゲートをくぐったとたん、肌の黒いラクダ使いが、
「ハァロゥ~~~~♪マァイ~~フレンドゥ~~~♪」と、まるで10年来の旧友との再会のように声かけてきた。男は手下を従え、彼らはラクダ1匹と何故かアラブ馬3匹の手綱を持っている。折からの霧のせいか観光客はまばらのようで、彼は待ちくたびれていたのだろう。
「そら、きたぁ~~」内心ほくそ笑みつつ、彼の存在など全く気にかけないぞ!主義で私は素通りした。
正面に迫るクフ王のピラミッドを「近くに行くまで見上げまい!」と心に決めて、まっすぐ正面を見据えて歩き進んだ。
ん?連れ合いの気配がないな・・・。
と、後を振り返った――――――。
「!!!????」
なんと、妻ははるか高みから私を見下ろしているではないかっ!!
彼女はラクダに乗っている!
なんたるちーや!あれだけ警戒してたのに・・・・敵は本能寺にあり!!
「バカバカバカバカぁ~・・あれだけっ!ラクダには乗らんっ!言うたのにっ」
「えっ????だって【乗せてくれた】んよぅ~♪」
・・・・・・・あのなぁ・・・・空は先ほどまでの霧がウソのように、雲ひとつなく晴れ渡っている。
しかし、その空は何故か黄色がかっている。
妻は付け加える。
「それにね、このおじさん、ノーマネー・・・って言うんよ」と、くったくなく応える。
彼女が乗ったラクダのヌボッ~~とした顔と彼女の顔が重って見える。
私は、この国を旅する旅人として最低の「マナー」を身に付けていたつもりなので「ノーマネー」がナニを意味するかは、心得ているつもりだ。微塵足りとも信じてはなりませぬ!・・・・・・
が、すでに飄々とラクダに乗り行く、三流女坊主の後姿に心細くなり、仕方なくついて行くことにした。
呪いの言葉をめーいっぱい浴びせ掛ける孫悟空のごとく・・・。
何故か、手下が引く馬に乗って・・・・・・・・・・・・・・・

見上げる彼方に




 ラクダ使いは観光客相手に「観光」とは無縁とばかりに、あれよあれよと先へ進んだ。ラクダの一歩を追う馬は滑稽に見えることだろう。
その馬上の私はもっと滑稽だ、トホホホッホ・・・・。
なんで、私は馬なんだ?
ラクダ1頭と馬3頭のご一行様は、あっという間にギザ地区最大(つまり、世界最大)のクフ王のピラミッドを過ぎてしまい、続いて神秘のカフラー王のピラミッドまで遥か後方にしてしまった。
そして、こうして近づいてみると、崩れかかっており、1基だけだとなんだかうら寂しいメンカウラー王のピラミッドの前で、
「入るか?」と、ラクダ使いの男は自慢ゲに尋ねてきた。
――なんで、ここで止まるねん――
恨めしそうにクフ王のピラミッドを見上げた背景の空は蒼に黄色い粒子を散りばめたように、妙に黄色っぽい・・・・。
「いいや、クフ王の、だったら入る!」
「クフ王は、ほら、もう過ぎたよ・・」
「過ぎたのは、あんたのせいだろっ!!」
このやりとりの、ほんの少し前、二人は前方を悠々と行くラクダの後方で馬上でネチネネチと口論していたのだった。
このすれっからしの、ラクダ屋モーセスと、―-名前なんか知りたくもなかったが
妻は旅中出遭ったお友だち欄のメモ帳にしっかりサインしてもらい、つけ加えていたのだった――、金を払うの払わないのとかんかんがくがくやりあった挙句の果てに温厚な稲作民族は百戦錬磨の騎馬民族に折れていたのだった。
払った額は実に20$・・・・・・・・・!
なんだか、ガイドブックの諌め、どおりの行動だった、トホホホ・・・・・・。
「ここ、入るのどうする??」と、旅も後半を過ぎ、決してご機嫌も麗しいとは言いがたい少々疲れ気味の姫にお伺いをたてる。
姫は私の意など解する風もなく、あっさりと、
「入ろうよ」とのたまう。
ふーん・・・それならそれで、この五月蝿い彼らをとっとと追っ払って、
「後からゆっくりと、二人で入ろうか?」という、かのナポレオンも兵士を檄したときに使った「5千年の歴史にあやかる」、ロマンチック・ジーャニーな、私の提案を、
「ん?なんの意味あるん?今、入ればいいことじゃない」と、軽く一蹴した。
・・・・・返す言葉もないが、この剛毅な女なら、さっきの20$も取り返してくれるの違いないと、根拠もなく淡い期待をこめて、先刻のいきさつを告げた。
「なんで、そんなに払うの!!『ノーマネー』って言うから乗ったのに、お金払えと請求されれば、降りればいいことでしょ!!」
「ほんなん、言うたって、ラクダから降りるのタイヘンよぉ~~。2階から飛び降りるくらい、なんにょぉお~~」
「じゃあ、2階から飛び降りればいいんですっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ああ、そうですかっ!私は剛毅な女の力を発揮する【矛先】を、すっかり読み違えていたのだ。
それに、・・・・・私は馬からもよう降りん・・・。
渋々、私はモモタローなる主の後をキジだかイヌだかサルだか知らぬがお供するがごとくついて行くはめになった。
 しかし、このメンカウラー王の内部の通路はロマンもマロンもない世界だった。
そこは、終始尿などの異臭ただよう換気のない誠に不衛生な場所だった。
二人は終始無言で、幾つかの空間も感慨もなく過ぎていった。
めざすは太陽の下、それだけだった。
しかし、ピラミッドの場外は眩しい太陽の元へ、というより忌まわしいモーセスの
元へ帰った、というほうが正しいのが癪だ。
「グッド???」黒づんだ肌で痩せぎすのモーセスは白い歯を向けて満足げに尋ねてきた。
「はいはい、グッド~~」―ぜんぜん、ノー・グッド!!!―
 再び、憎きモーセスの従僕となった私たちは――とはいえ、妻は全然そんな気配はなく、かなりモーセスと仲良くしてたが・・――、現代の墓地を横切り、河岸神殿やスフィンクスというギザ地区のもう一方の雄たちをも、全く無視して場外へ出てしまった。
もう、わやくちゃや!
そして、案の定というか、馬上のまま連れていかれたのは、ラクダ使いたちとグルであるに違いない土産物屋だった。
私たち生贄は、ラクダ屋から、パピルスの女店主にバトンタッチされたのだ。




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