10月のバラ 【10】

10月の薔薇




mie mikonos

まるくん イン ミコノス






妻がチヤホヤされているのはほっといて、つらつら思うはこの結婚式である。  
このダンスパーティーは新郎新婦のご登場後彼らと何の脈略もなく進行しているこ
とに。                                  
というか、ほとんどほったらかし、である。                 
二人はあのデーンと据えられてある藤椅子にデーンと腰掛けたまま視線は舞台にある。 
二人の前には付け入る隙を与えぬ人で埋めつくされ、その人々の視線も舞台へ釘付け。 
私は興奮もようやく収まり、ビデオのファインダーを通して広場をゆっくり見回
す。  
もちろんかわいい女の子はズームにして。                  
 今夜の人間観察記の標本はまだまだたくさんいる。             
エジプトではめずらしく黒子のような黒頭巾をかぶって顔を覆っている女がスピーカーの影で申し訳なさそうにリズムをとっている。エチオピアか西アフリカ人のような鮮やかなドレスを着て踊る母親は私がビデオを向けたのに気づくと、肩に乗せて眠っていた赤ん坊の頬を叩き、揺すり起こそうとする。赤ん坊は白目を剥いてまた眠った。   
ロンパリで異常に大きな眼をした少年はビデオを意識して大袈裟なステップを踏
む。  
私は彼を「ギザのキザ屋君」と勝手に命名した。               
本日の美人度をダンサーと双璧をなす、スカーフを被った女性をビデオで追いかけていたら先程からたらい回しに合っていた赤ん坊にお乳をやりだして、慌ててビデオを離す。 
やっぱりダンサーがナンバー1だと自分に言い聞かせていると、主役の二人への挨拶もそこそこに、アラブのジェーン・シーモアは私に投げキッスすらせずに去って行った。 
マツ、ウメ、カメさんたちはその大昔はさぞや美人であった、という原型はない。
やっぱり行き着くところはシャイマーであり、シーワであった。        
私は、それはそれは美しい彼女たちの未来像を描いていた。          
シーワの瞳はやしさしく静かな水面でありながらも湖水の底に沈む澱のような深い悲しみを持ち合わせた光を放っていた。                   
シャイマーはそのスポイルされた奔放さとは裏腹に彼女が背負った人間の業、すなわち彼女自身にはいかんともしがたい遺伝的宿命を抱えていかねばならないのだった。   
私は勝手に文脈を読み一人悦に浸っている。「ニタニタ病」がまたまた始まった。
が、行き着く場所はいつも決まっている。                  
「夜の恋人ならシャイマーで、普段はシーワが断然安心するからいいよねっ。さしづめシャイマーはスリル感抜群のジェエトコースターで、シーワは安らぎの港かなあ?」つらつら思ったままを妻に言うと、                  
「何?わけわかんない」と予想どおりの反応をしてくれた。ショコランッ!   
そして、今度はモーセスが買ってくれたらしい屋台のポップコーンを頬張りなが
ら、「おなかがすいた」と、とてもわかりやすい形而下的発言をしてくれる。   
「さっきからまたぽりぽりとー。もう胃は直ったん?」            
「うーん・・・まだ本調子じゃないみたい」                 
-まだ本調子じゃないみたい・・-その言葉は、ブードゥー教か何かの呪いの言葉にでも様変わりしそうな呪縛を私に与えてくれた―――。           


空4

mie mikonos

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 --事実、翌日から彼女は何事も無かったようにいつものように胃腸を慈しんでいた。 
 ミコノスの宝石店「ブルガリ」で、またまたギザの香水屋での再現かのように、 「えーと、どうしようか?買おうか?ねえ・・・母さんとか姉さんのお土産、これはええとねえ、どれにしようかちょっと、うーん、はやくあなた決めてよぉ」私ばかりか、ギザの妖怪店主とは似ても似つかぬ根のやさしそうなサファイヤブルーのしい瞳の持ち主にして、日本語が上手な老マダムを困らせ続けた。      
私がすでに彼女へのプレゼントとして買ってあげていた指輪と同じドルフィンのタピストリのブローチを購入するのにたどりつくまでには、三者三様の立場で疲労していた。 
日本人の祖父をもち、5ケ国語をあやつるというドイツ系老マダムが、     
「食事をするならこの店の通りを真っ直ぐ行った場所にある海辺近くの「ニコス」という店のお魚料理がおいしくてお勧めですよ」               
と、日本では遠い昔に忘却されたような美しく流暢な日本語で教えてくれた店へ行ったが、彼女は仕切り直しとばかりに蛸のマリネやイカリング、タラモサラダ、イ
サキのような魚のグリル、羊のチーズが乗ったギリシア風サラダ、ポークスブラ
キ、と供される皿を次々と片づけていった。目の前で展開されるのはスプラッシュ映画よりタチ悪い。 
目の当たりにして-明日はまた休胃腸日になるぞ-という私の予感は見事に外れた。  
 翌日はベネチアポートの海辺にテラスがある「アルフカンドラ」で、暑い日差しを逃れてテーブルの下にもぐり込んできた熊のようにでかくて黒々した犬に怯える私を尻目に3人前でも充分ありそうな魚のスープ、魚のグリル、鶏のオリーブ炒め、私が注文した何とも不味かったキノコのスパゲッティ、そしてサラダを片っ端から片づけた。    
それらの食事は1リットルはあろうかという大きなボトルの白ワインとともに供されるのであった。
何か鬼にでもとり憑かれたというより、平然そのもので。さらにさらに、思い出すのもおぞましいが、アテネで帰国直前の昼食をマクドナルドで採った2時間後に
は、私がギリシア紙幣を処分するつもりでエリニコン空港前のビュッフェスタイルの軽食屋で買い求めたライス状のパスタてんこ盛りと地酒ウゾを「このお酒おいしくない。 
「口直し、口直し」と自分に言い聞かせているのか、暗に私を牽制しているのかは知らないが、結局彼女が全部平らげてしまった。私には「おいしくない」ウゾだけが残った。 
「日本に帰ったらこーんなデブコちゃんになってたらどうしましょう。さぁ帰った減食、減食」自らに誓った後、2時間もせぬフライト直後の早い夕食に瞳を輝かせ
た。 
彫りが深くエキゾチックな顔だちのスチュワーデスにメインデッシュの選択を尋ねられる。  
「ユア、チョイス?」と微笑まれ、                     
「ビーフ!」と力強く言い返すのだった----。              

開き直った女は美しい・・・くない。 





ミコノス 黄昏

ミコノス教会





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