「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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イエメンの旅 イエメン旅行記
―― バーバルヤマンで心臓音が高くなる ―― その1
「また、いつものビール?ハイネケンね・・・」
すっかりお馴染みさんになっていた赤いベストを着た黒人ウエイターがニヤリと微笑みながら言う。
サナアのプールサイドにいる。
日中の最も暑い盛り、ここにいるのは、いつも私と彼ぐらいだった。
私はプールサイドのチェアーにもたれかけたままで、喉を潤す時のみ、プールサイドの片隅に観葉植物のようにそっと佇む彼に用事を言いつける。
そのやりとりが、今日だけでもう数回繰り返されていた。
「いいや(笑)、今回はウオッカにしようかな。ソーダも頼むわ」
「はいな、ウオッカね。それはいい考え。体にいいよ」
ほんまかい(笑)
彼はおどけながら、バーのある建物へ入って行った。
砂漠を横断して、再びサナアへ帰ってきた_____。
空はどこまでも青く、歪さがなく、空気も濃縮している感じだ。
正面のジャカランダの木には枯れかかった紫の花があった。
ここにいると、異国にいながら、またどこか別の世界に戯れることができる。
プールがあるこの庭の四角い世界だけを切り取れば、アラビアンナイトのおとぎ話を具現化したような、
このサナアの町にいることを誰が信じようか?
灼熱の太陽までもが、ここが砂漠のど真ん中ではなく、南洋のリゾート地にいるような夢心地にしてくれる。
しかし、この閉ざされた世界にもアラビアンナイトのヒントは否応にも投げかけられる。
ホテルの土塀から、古めかしいバイク音やリズムを打ったようなアラビア語が届いてくるからだ。
そしてもうすぐ正午だ。街のいたるところでロケットがそびえ立つような独特のミナレット(尖塔)のスピーカーから、ムスリム(信者)に礼拝を呼びかけるアザッーンがけたたましく鳴り響くことだろう。
アラビアンナイトの世界へ否が応でも引き戻されることになる。
そして、よくよく耳をすませば、ひとびとのざわめきが、イエメン門の広場の喧騒まで運んできそうだった――――。
――――バブゥ・バーバルヤマン(イエメン門)の前はすごい人だかりであった。
次々と門から吐き出され、また逆に吸い込まれていく人々の流れがあった。
門の前には露店市が立ち並ぶが、その店も怒涛のように押し寄せてくる人並みに飲み込まれそうだった。
圧倒的な群集にもまれながら、しかも圧倒的な喧騒をはらみつつ、中世のアラビアンナイトの世界そのままの旧市街への入り口イエメン門をくぐってみよう―――。
今日は4月27日―――。
明日は28日はイスラム教徒にとってイスラム教徒にとって、ラマダン明け(断食解禁日)の大祭の次に大切な「犠牲祭」の初日であった。
―――28日の早朝、小高い丘に位置するホテルから来たの岩山に向かう道路を散歩していた。
丘のあたりからサナアの旧市街を眺めることができるためだ。
頂上に近づく頃、南西の旧市街の方角からヘリコプター3機が低空飛行して向かってきた。
どうも軍用機みたいだ。
けたたましい轟音に立ち尽くすのみであった。
そして、一瞬にして凍りついた。
なんとヘリコプターからロケット弾が発車されたような爆音が岩山で起こったのだ。
私は思わず頭を抱えてアスファルトの道に座り込んでいた。
頭のなかを駆け巡ったのは、2年前の1994年、南北イエメン統一後の内戦であった―――。
イエメンは第一次世界大戦前に、オスマントルコとイギリスにより南北に境界線が引かれた。
第一次大戦後、駐留していたオスマントルコ軍はイエメンから撤退したが、その後も相次ぐ内戦の混乱により、つい最近まで「イエメン人民共和国(南イエメン)」と「イエメン・アラブ共和国(北イエメン)」の二つの国に分かれていた(パレスチナやアフリカのみならず、このアラビア半島の砂漠の地でも植民地政策による混乱があるのだ)が、1990年の「ベルリンの壁」の崩壊という世界のうねりのような潮流に飲み込まれるまたちでイエメン統一がなされた。
しかし、統一後の相互にくすぶりつづけていた経済的政治的不満が爆発するかたちで、内戦が勃発した。
この内戦はサナアを中心とした旧北イエメンが勝利を治めるかたちで3ケ月ほどで終結。
その後は、政情は安定しつつあると見聞していた。
だからこそ、こうしてこの地を観光目的で旅ができるわけだったのだが・・・・・・。
しかし、完全には安定していないことぐらいは容易に想像もつくわけで、軍用機の飛来とくれば、―すわ、また戦争か?!―と、脳内アドレナリンが急上昇するのもご理解いただけるだろう。
ヘリは1発の爆音を手土産に(?)丘の稜線からやがて消えていったようだ。
私は座り込んでいた体がどこか自分の体でないような心地がしながら、慌ててホテルへ引き返した。
玄関のベル・ボーイがさきほどと同じように微笑む。
「サラーム・アレイコッム(あなたに平和を)」
「へ、平和じゃないよっ!!聞いたでしょ?今の音を聞いたでしょ?」
私は言葉にならないような言葉で彼にたたみかける。
やせぎすなイエメン人が多いなかにあって、恰幅のよい彼は、朝日がさしてきらめく銀色のジャンビア(アラブ独特の短剣)の鞘をなでながら、気が動転した私の形相のほうが驚くという態度だった。
バーバルヤマンに話しを戻そう――――。
サナアの街は城壁が囲んでおり、外部から出入りするのにイエメン門をくぐることになる。
何故、町が城壁に囲まれているのかは、当地の歴史、風土、伝統文化などに疎い私でも想像できる。
敵が攻めにくいから?当たり前のような話であるが、続きがある。
旧北イエメンは部族社会が基本だ。
これは、現在でも厳格に現存するもので、この国は山岳地帯がほぼ全土を占め、各部族は山の頂上などに部落を形成している。
山岳地帯で村を形成するということは、どうしても部族間の交流は疎遠になりがちで、お互い自立心が旺盛になり、悪くいえば外部に対して懐疑心が強くなる。
もっとわかりやすくいえば、戦闘的になる。
しかし、サナアほどの都市となると、部族間のみならず外国人なども混じってのコミュニティを形成しなければならず、まず都市としての機能を果たさなくてはならない。
が、どこの世界にも富が集中すれば外敵は存在する。
そのため、城壁で囲み、バーバルヤマンなど一部からしか出入りができないようにしてある。
その昔は、日没後には門は固く閉じていたという。
もちろん、現在では門は開いたままだ。
門をくぐり、中世のアラビアンナイトの世界のままといわれるイエメン旧市街をタイムトラベルしてみよう――――。
群集にもみくちゃにされながらバーバルヤマンをくぐる。
前後左右見渡しても妙齢の女性は皆無。すべての人は腰に半月刀(ジャンビア)をさした男たちばかりだ。
門には横断幕が張られていた。アラビア語の横文字で何を書いているかはわからないが、おそらくアッラーを賛える文言か、いよいよ明日からはじまる犠牲祭を祝う文言が踊っているに違いない。
人また人に押し出されるようにして門をくぐり、広場にでた。
露店がならぶ。色とりどりのパラソルが日中の厳しい日差しを受けて照り返していた。
女性の売り子もいて、後日読んだガイドブックによると、彼女たちは階層の低いひとびとであるらしい。
広場中央あたりで、スピーカーを通して叫んでいる老人がいる。
うねるような人の波は、広場でも止まることなく、広場の先に放射線のようにのびる道もひとまたひとだ。そして、ほとんどの群集は目的地があるようで広場から真ん中に伸びる道を行く。
門をくぐる前からずっとモミクチャにされて疲弊した私はその道は進まず、人ごみから離れて大切なものを確認することにした。
腹に巻いたり尻ポケットにしのばせた財布などを手探りで確認し、安堵する。どんな世界であれ、世の中とりあえず金だ。
イエメンの通貨は、全土で旧北イエメンの通貨が普及している。
経済的に比較的裕福な北イエメンが吸収するかたちで統一を成し遂げたのはドイツの例と同じである。
旧南イエメンの紙幣、ディナールを通用することにはするが、レートを聞けば、旅人が手にする気は失せるだろう。
1ドルが約120リアル(96年当時)。円と為替が似通っており、断然、リアルの方が使い勝手がよい。この国では、銀行やホテルなど公共レートは悪く、半ば公然と闇両替商が街を跋扈している。
初日、ホテルの敷地内にまでドル替えの商人たちが自由に往来していたのに驚いた。
私たちのガイドも、彼らと交渉してドルをリアルに替えることを勧めた。
これでは、「闇商売ではないな」と苦笑いしたが、日に何便もない国際線で大勢の観光客が一斉に訪れて、その一同が両替を申し出るものだから、「今は手元にないから午後に」という。
両替商の言葉に今一度、苦笑いせずにはいられなかった。
約束の午後に、リアルを手に入れ、さらにさらに苦笑いさせられた。
とりあえず、アラブ圏での必需品ミネラルウォーターなどの購入にと、50ドルほどをリアルに両替したつもりでいた。ポンコツのトヨタ製の四輪駆動車の後部席から取り出された紙袋に入った紙幣を渡される。
一枚50ドル紙幣の対価として渡されたのは、頑丈な輪ゴムでたばねられた厚い紙幣2束である。
なんと、ほどんどが10リアル紙幣で、高額紙幣で20リアルがせいぜいなのであった。
50ドルが闇両替で5,000リアルである。紙幣が約500枚!
懐奥にしまいこむはずの紙幣は、カバンのなかにしか収まりが着かず、私は財布には水とタバコ代くらいの額を持ち歩くしかなかった。
そして、毎朝、起きてまずは、カバンのなかの紙幣の束をばらして、枚数を確認するというのが日課となった。
大量のリアル紙幣を数える怪しげな東洋人は小金もちのようで、その実、「リアル貧乏」である。
ホテルで早速購入した水ボトルは200リアルであった。10リアル紙幣が20枚である。
旅中、旧南イエメンでもディナールはお目にかからなかったが、その「恐怖」を想像できるではないか。
―――再び話を広場に戻そう。
人ごみにもようやく慣れてきて、この「街の風貌」へも目が行き届くようになってきた。
広場のまわりを囲むように高層建築群がひしめき合っている。
7、8階建ての石造りの建物は、シバ女王の時代から続いているらしい。
古来より続く高層建物、どのような住宅事情がこの地域にあったのか、興味が注がれる。
ここは、ガイドのナジプサ氏に登場いただこう。
「――イエメンでは、地震が皆無です。したがって、高い石積みの建築が可能です。岩山から切り出してきた石を土台にして、上の階層はほとんどが日干しレンガ造りです。イエメンは部族を重んじるのは先ほどの説明のとおりですが、家系を最も大切にします。家は一族の象徴であり、生活に関する全ての機能を果たします。居住はもちろんのこと、防衛、主食であるパンのための粉ひき、低層では家畜を飼い、穀物の貯蔵、一族の集会を開く場所、その他いろいろです。最上階が広間になっており、冠婚葬祭もここで行うのが通例です。もちろん、男と女の居住はイスラムの教えに基づき、厳格に別れている。
よほどの裕福でないかぎり、多くの土地は与えられなかったので、人口が増えるにつけ、階を積み上げていくしかなかったのです――」
アラブ人とは風貌を異にする紅海側のティハマ平原の出身ガイド、ナジプサはいっきに説明した。
彼が黒人系であるのは、後日ティハマに寄ったときにわかる―――。
日干しレンガで積み上げた高層建築の窓は、すべて幾何学模様で白く装飾がほどこされており、アラビアンナイトの世界をいっそう彷彿させてくれる。
「お菓子の家みたい」と言っても嘘ではない。
「家のあの白い模様はなんで?」
待ってましたとばかりに、ナジプサ氏は窓についても説明を加えてくれた。
「小さな窓がいくつもありますね?砂漠地帯での知恵で、砂埃の進入と、よそ者の視線を避けるためもあるのです」と彼の横で食い入るようにビルを仰ぎ見る私に嫌味っぽく付け加える。
「窓には明かりのためのステンドグラスが中世あたりからはめ込まれています。で、質問の白いのは漆喰で、雨季になると大量に降る雨の防水用なのです。装飾であり、実用でもなるのです」
よく理解できました、ナジプサさん。しかし、その機能的構造を解明したおかげで、ロマンチシズムが薄れてしまったような気がする。知りすぎると、損することもある。
アラビアンアイトはやはりおとぎばかりの世界ではない。
「では広場はこのあたりにして、スーク(商店などが並ぶ市場)へ行ってみましょう。スークは商品ごとに区域が分かれています。今歩いているあたりは布製品の市場が続いていますね」
広場からすぐの狭い道両脇に、衣服や布生地の店が軒を連ねていた。
どの店も奥行き、幅ともに狭く、店主がひとり座ったままで商品を売買できる範囲の店の規模であった。
スークの奥深く進むひとびと、その逆にイエメン門へ向かうひとびとが交錯し、人混みをかき分けて行くのに、イエメン門をくぐるとき以上に苦労する。
「このサナアのスークはスーク・アル・ミルフと長らく呼ばれています。ミルフというのはアラビア語で「塩」のことです。2千年以上も昔から営まれている市場です。紅海で採れる塩をラクダのキャラバンで4日ほどかけて運ぶのです。山岳地帯を抜け、ここまで貴重な塩が運ばれてきたのです」
ナジプサは歩きなれているので、一行の最前列を歩き、私たちに振り返りながら早口で話す。
「そうですそうです。イエメンにはスリはほとんどいませんので安心してください」
おいおい、ナジプサさん、そんなのは早めにいっておいてくださいよ。
店々の軒先には女性用の鮮やかな衣服が並ぶのだが、やはり女性の姿はみかけない。
イスラム圏では、もっぱら買い物は男性の仕事である。
しかし、彼女たちはこの色鮮やかでや斬新な流行のデザインの衣服を人目にさらすこともない。
外出するときは、決まったように黒いベールで覆われているのだから。
それでも、お洒落をしたいのは万国共通の女性心理だ。
3日後、ハドラマウト地方のターリムという町のモスク前で、赤子を抱えて歩く女性の足元には、ベールからときたま覗かせるショッキングピンクのスカートが見え隠れしていた。
スーク内の本通は、衣服から雑貨や食料を扱う店に変わりはじめた。
一昔前の、日本の駄菓子屋を思わるようなお菓子や乾物が積み上げられている。
しばらく進むと、アメーバ状に道が枝分かれし、ひとの流れもようやく分散しはじめた。
昨日、サナアに着いた早々にプールで日焼けしたのと、このリズムを打つような喧騒と混乱に私はすっかり疲れ果てていた。
ナジプサさん、ここらで一息つきませんか?
「サナアのスークは大別して49ものスークに分かれます。スークごとに組合を組織しております。
礼拝のためのモスクも数多くあります。この旧市街は「69のミナレットをもつ町」とも呼ばれています。また、スーク内のあちこちにはキャラバンのラクダのゴマ油をしぼるための小屋も設けられています。ラクダから摂れる油も貴重でした。何か質問はありますか?」質問はないけど、休憩しませんか?
もちろん、ナジプサ氏はそんな私たちの意中を介さず、どんどん先を進んだ。
やがて、ジャンビアのスークになった。
これから度々話に登場するジャンビアは、旧北イエメン部族の成人男子の象徴である。
イエメンの男性はフータと呼ばれるワンピー状の服に黒系のジャケットを羽おり、おなじみの黒白や赤白の格子柄のスカーフを肩にかけ、フータの腰ベルトをしたジャンビア=半月刀を身につけている。
ジャンビアを腰にさす、これが部族社会では戦士として一人前に扱われていた証だ。
サナアの国際空港で度肝を抜かされた男たちが腰にさした短剣であり、その戦士の証をひとつ手にしてみてわかったのだが、ステンレス製であった。
現在は武器としての役割を終えており、より物騒な話しだが、イエメンの成人男子、とくに地方では皆がライフル銃を肩にかけているのだ。
しかし、家系ごとに装飾などが異なる伝統のジャンビアは今でも誇り高き戦士の象徴として、祭りの踊りなどには剣が抜かれ、光輝く刃先を天に向けられる。
すっかり気に入ったジャンビア姿に、私は旅の後半、山岳地方のタイズという町でレトロなジャンビアを購入し、以降はずっとそれを携帯して旅してまわった。
ステンレス製とはいえ、空港内での持ち込みは禁じられており、またガイドブックによると、「日本の税関でジャンビアは没収される」と書いてあったのだが、私の宝部屋と自称する物置に今でもジャンビアは旅の思い出をひっそりと語ってくれている―――。
ジャンビアの次は、陶器、銀製品から木工スークへと続いた。
そして、スークにつきもののサムサラ(隊商宿)を見学した。
「その昔、サナアにはバーバルヤマン以外にも4つの門がありましたが、いずれの門も市内へ入る商品はいったんサムサラへ集められました。あらゆる商品は、サムサラ・ミザーンという課税所にて計量にかけられ、一定の税金を納めたのちに、商品ごとのサムサラへ卸されました。今回は、ジュムルクという干しブドウの卸市場へ行ってみます」
2階建ての建物はコの字型で、2階が交易商人たちの宿で、1階が商品の保管庫とロバやラクダの係留場を兼ねていた。
これらの宿を管理するのはユダヤ系のひとびとであったことは、他のアラブ社会と同じだ。
コの字のなかに庭がある。そこには、干しブドウが入った大きな麻袋が山積みされていた。
イエメンのひとびとは、ブドウを生で食べる習慣があまりなく、干して料理に使うらしい。
サムサラをでて、またスークを進む。
カート市場を過ぎ、何度か路地を曲がり、香辛料のスークを通り過ぎた。
何種類もの大きな香辛料が入った袋から、ナジプサ氏は通り過ぎに、そしらぬ顔で袋からひとつかみし、
彼は私たちに顔をしかめたあと顔をクシャクシャにして笑った。
「これは、乾燥したイチジクね」彼に茶目っ気があるとは知らなかった(笑)。
スーク見学を終え、旧市街にあるオールド・サナア・ホテルで昼食を兼ねた休憩をとった。
炭で焼かれた骨付きのチキンの腿は最高のご馳走だが、興味深いスーク見学ではあったものの喧騒からようやく開放された身に、ビールをこのときほど欲したときはなかった。
私たちが宿泊する外国系資本の外国人相手のホテルはともかくとして、町場の公共施設やレストランにはアルコール類は置いていないのである。
昼食後、このホテルの屋上から旧市街を見渡した。
茶色のミナレットがサナアの町には何本もそびえているのがよくわかる。
そのまわりには、石とレンガの高層の建物が寄せ合うように建っている。
この「世界最古の摩天楼都市」には、数々の産声と嘆きの声が石やレンガに染み込んでいるような気がしてならない。
しかし、もちろん建物は皆、無口だ。
頭上の空も雄弁ではない。黙して語らず、岩山に囲まれた盆地でひとびとや町の呟きを見下ろしてきたことだろう。
旧市街は思ったより広くはない。東西に約1・5キロ、南北に約1キロの楕円形をしている。
町は玄武岩や花崗岩で積み上げられた城壁に囲まれていた―――。
この城壁は、紀元2世紀、シバ王国により築かれた。
その後、人口増加に伴い、町は旧市街地の外へと8の字型に拡張されていったが、現存するのは旧市街に一部残るのみである。
1962年、ナセル大統領のエジプトに支援された王政打倒革命により、ひとびとはある程度解放されたが、サナアの町を見守ってきた城壁は近代化を推進するための都市再開発の邪魔者であった。
しかし、現代においては、「現代に生きつづける中世都市」と説くユネスコの顧問オナルド・ローコック教授らにより、旧市街の保存計画が策定され、ユネスコによる修復プロジェクトが行われている。
しかし、「――人口が爆発的に増えた現在のサナアでは、塵芥の処理をはじめ、さまざまな都市機能の不備がみられ、多くの裕福な市民が旧市街から郊外に住まいを移した。近代化を望む住民の声も根強く――『ユネスコ世界遺産第3巻西アジア』講談社」だそうで、著にあるように修復と再整備の折り合いが困難であるのが現状らしい。
城壁の外には壁にも届かんばかりのゴミが放置されていた。
サナアの町は、現存する記録では1世紀に登場し、その後、シバ王国、エチオピア王国、ペルシアなど支配者は幾多と変わりながら、町は、ひとびとと同じく中世と変わらぬ姿で喜びと悩みを抱えて今日まで至っている―――。
ホテルの屋上を降りて、人気の少ないホテル前の路地を散歩してみた。
旧市街で一番大きなジャーミア・カビール・モスクを通り過ぎた。
しばらく進むと、まっすぐ進んできたつもりが、道に迷っていた。
これまで歩いてきたスーク――迷路の複雑さではモロッコのフェズやマラケシュに、スークの規模ではイスタンブールのグランドバサール(ペルシア語でスークはバザールという)に、華やかさではカイロのハンハリーリに劣るものの、ひとの多さでは遜色ないサナアのスーク。
ロックパレスへの道を尋ねようと、軒先でたたずむ老人に声かけたが、通じない。
あきらめて、しばらく歩くと広場にでた。
広場は大勢のひとでごった返していた。
私は放心して、ひとの蠢きをしばらく眺めていた。
ここが、バーバルヤマン広場だと気づくのにしばらく時間がかかった――――。
――――――「はいな、ダンナはん。ウオッカお待たせね」
まどろみのなか、ボーイの顔と声が浮かんだ。
どうやら、うたた寝したらしい。
4日前、イエメン門をくぐったときの出来事をホテルの塀の外の喧騒に混じり合わせながら、夢のなかで回想していたようだった・・・・・・。
「ずいぶん、早かったね」
思考回路が正常になりつつあり、精一杯の嫌味をボーイに告げた。
「はいな、ダンナはんのための、スペシャルね!」
何度もオーダーを取るうちに、すっかり顔見知りになったこのジャイブーと名乗る青年は、おどけてそう言い、たっぷり注がれたウオッカのグラスとソーダ―水の瓶をサイドテーブルに置いた。
ジャイブは体をくねくねさせながら飄々と去りながら、いつものセリフを吐いた。
「アンニョンハスミダ(笑)」
私が日本人ということをいっこうに理解しないでいた。
今、イエメンでは日本製の中古の4WDばかり走っているというのに。
3時を過ぎても、なお高くある太陽だが、日差しは幾分弱まった。
土地が乾燥している分、しのぎやすいことに変わりはないのだが、皮膚の毛穴から体力がどんどんすり落ちて疲弊している気がするのは、暑さだけではあるまい。
サナアの旧市街の圧倒的な喧騒―――月の神殿跡があるマーリブからハドラマウト地方への二日かけて360°視界のきくジープでの砂漠越え―――それらに圧倒され疲労したのでもあるまい。
よくよく考えてみるまでもなく、サナアは2300メートルの高地にあった。
いわゆる高山病の発症かもしれない。
過度のアルコール摂取もこれらの疲れを助長しているに違いない。
そんなことはおかまいなしに、テーブルにあるウオッカグラスにソーダ水を注ぎ、飲んだ。
ウオッカの味も香りもしない、ただのソーダ水だった______。
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―― 「ベリィーナイス」とナジプサ氏は笑いもせず ――
今日は4月27日―――。
明日はイスラム教徒にとって、ラマダン明け(断食解禁日)大祭の次に大切な「犠牲祭」の初日だ。
―――28日の早朝、小高い丘に位置するホテルから来たの岩山に向かう道路を散歩していた。
丘のあたりからサナアの旧市街を眺めることができるためだ。
頂上に近づく頃、南西の旧市街の方角から低空のヘリコプターの3機が低空飛行して来た。
どうも軍用機みたいだ。
けたたましい轟音に立ち尽くすのみであった。
そして、一瞬にして凍りついた。
なんとヘリコプターからロケット弾が発車されたような爆音が岩山で起こったのだ。
私は思わず頭を抱えてアスファルトの道に座り込んでいた。
頭のなかを駆け巡ったのは、2年前の1994年、南北イエメン統一後の内戦であった―――。
すわ、また戦争か?!―と、脳内アドレナリンが急上昇するのもご理解いただけるだろう。
ヘリは1発の爆音を手土産に(?)丘の稜線からやがて消えていったようだ。
私は座り込んでいた体がどこか自分の体でないような心地がしながら、慌ててホテルへ引き返した。
玄関のベル・ボーイがさきほどと同じように微笑む。
「サラーム・アレイコッム(あなたに平和を)」
「へ、平和じゃないよっ!!聞いたでしょ?今の音を聞いたでしょ?」
私は言葉にならないような言葉で彼にたたみかける。
やせぎすなイエメン人が多いなかにあって、恰幅のよい彼は、朝日がさしてきらめく銀色のジャンビア(アラブ独特の短剣)の鞘をなでながら、気が動転した私の形相のほうが驚くという態度だった。
門衛はようやく理解してくれた。そして、私にもわかりやすくゆっくりと説明してくれた。
「パレードね」
「へ?パレード?パレードって、だんな、軍のヘリよ。ミサイル、ドッカンドッカンよ!」
門衛はうんざりした様子で、もうホテルに帰りなさいと、手でしぐさをした。
「アナ・マスルール・ビ・リーカイク(あなたに会えて嬉しい)」と言って背を向けた。
嘘つき・・・・・・・。
Sホテル1階のダイニングに向かう。
ダイニングにはいつも豪勢な朝食がビュッフェスタイルでありつける。
豆のトマトシチュー、スクランブルエッグ、ソーセージ、ハム各種、パンケーキ、ポテト、サラダ・フルーツ各種などなどを毎朝、ワシャワシャと食べ過ぎては胃腸に訴えられていたが、今朝ばかりはどうも食欲が湧かない。
「にぃーちゃん、エライ元気ないやん?」
私以上にワシャワシャ食べる大阪のオバサンが心配するのをよそに、早々にダイニングから離れた。
ダイニングをでて、ロビーを横切ろうとすると、ガイドのナジプサ氏が、早くも出迎えのためホテルに到着していた。相変わらず眠気マナコの彼だが、今日も眠そうにソファーに座る、というよりへたり込んでいた。
無駄かもしれないが、ちょっと聞いてみよう。
「やぁ、ミスター・ナジプサ。元気?そうかいそうかい、それはよかった。ところでね、今日の早朝、
軍のヘリらしきものがミサイルぶっぱなしていたみたいなんだけど、演習かなにか?・・・・」
「今日は4月28日ね。サナアは「犠牲祭」の初日ね。あれは号砲ね。空砲だったでしょ?それより今日からサナアを離れるユーら、ラッキーね。おちおち観光どころじゃない、すごいさわぎになるからね」
「フェスティバル?」
パレードのつぎは、フェスティバルか・・・・・・やれやれ、「ドッカン!」が私の思い違いだったのかもしれない、と腑に落ちないものの忘れることにした。
しかし、昨日のスークで目にした光景を理解することはできた。
スークの異常な混雑ぶりや、路地のあちこちで貴重な羊が男たちの手により首を切られ屠られていたことは、祭りの準備だったわけだ。
ところで、ナジプサ。全然、ラッキーじゃないよ。
町中で繰り広げられるイスラムの大祭が見られる絶好のチャンスを逃したのだから・・・・・。
今日からシバ女王の首都だったマーリブへ旅立つのだった。
Sホテルの玄関前ロータリーには、四輪駆動車が勢ぞろいしていた。
おもしろいことに、それらの車体横にはTOYOTAという文字があるのに、ボンネットはベンツのマークが堂々と光輝いているのだ。
集合した私たちはくじ引きをして、私は5号車に乗り込んだ。
乗り込む前、ナジプサ氏が私の耳元でささやいた。
何故かはわからないが、旅中ナジプサ氏の「ささやき」を私は聞きつづけることになる。
「マーリブ方面、次の日のハドラマウト砂漠抜ける道、ベリィ危険ね。いくつかの部族が山賊化してるね。観光客は特に狙われやすいね。ルブアルハリ砂漠は砂だけで何もないとこね。この砂漠で道を間違えると特に狙われるね。武装した山賊の格好の餌食ね」
眠そうにボソッと言うところが一層恐怖を引き起こさせられる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」軍のヘリの次はアリババの山賊ですか・・・・・・。
なにが、「サナアにいなくてベリィナイス」や!?祭りで命までとられんわいっ。
「でも、ベリィ・ノープロブレムね。わたしら、ヤタ・ツアーのガイドみんな優秀ね」
彼は最後に語気を強めて胸を張った。それを言いたかったのだろう・・・・・。
しかし、私は「山賊」、「武装集団」――旅のキーワードとして頭の中をかけ巡りはじめた。
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