セイシェル旅行記 その9


ハニー イン グラン・ダンス

ハニー インザヘヴン

キッインザヘブン

そして、ラ・ディーグ島の長いようで短い1日のあっけない終焉だった。
生ぬるいどころか熱燗のようなビールをグビリと飲みつつ、すでにカチカチに固くなっていたフランスパンを食いちぎり、足元を見やる。
ため息がこぼれた。
ため息の原因は足元に置いてあるシュノーケリングセットだ。
この大きなカバン、観賞用のビーチにあって、ただの不用品。
とても違和感を醸し出している。
「こんなもの持ってくるんでなかったなぁ~」
「ほかにはできるところないん?新しく買うたデジカメなんか10メートル水深いけるやつよ」
「あのなぁ~、カメラは潜れても人間はそんなに潜れんわ、それにできるとこがあったとしても、もう帰る時間なのじゃ」
「え?持ってくるんがどうこうより、いったい何しに来たん?」
「はい?・・・・・・・・・・・・・・・・・」
チェッ、反論する気もないわ。
いつだって、おまかせお気軽な旅、のくせに。
と、いうか、今と同じような会話、つい最近もしたばっかりのような・・・・・・・・。
フラッシュバックだろうか?年で呆けてきたのだろうか?
それにしても、シュノーケルセットという名の如何わしい記号物。
「こんなもの持ってくるんでなかったなぁ~」のはホテルの部屋からではなく、そもそも日本からか。
とうとう、グラン・ダンスを離れる時間がやってきた。
もと来た道、自転車を漕いで帰ることにしよう。
ラ・ディーグ島から帰りのボートに乗り遅れたら大変なことになる。
なんとか、その次の便で(それがおそらく最終便であろう)プララン島までは行き着くことはできよう。
しかし、プララン島からのボートがあるかどうかは不確実だ。
ましてや、当日航空券など求めるのは不可能に近い。
明日は早朝、マヘ島を離れなければならないのである。
そういう思いがグラン・ダンスにいながらずっと脳裏にちらついていた。
ペダルを踏み込む力が入る。
グラン・ダンスの海辺から真っ直ぐ延びる坂を登りきると、今度は港がある海岸線側までほぼ下り坂だ。
まずは、この登り坂を一度も自転車から降りずに昇りきろうと試みた。
不慣れなマウンテンバイクのギアの切り替えもようやく慣れてきたことだし。
サドルから尻を離し筋肉が伸びきるのを感じながらペダルをこぐ。
コンクリート舗装してある道なので急な傾斜ながらも案外いけそうだ。
―もうすぐ、もうすぐやん、意外にまだやれるわ、あたし―
もうちょっとで峠の頂点というところで、障害物に塞がれた。
自転車を押して先をとぼとぼ歩いていたハニーが急によろけてきて、私にぶつかってきてたのだ。
私の果敢なチャレンジはあっけなく終焉した。
「あのなぁ!」
私の「もうちょっとだったのに」は、いつも「敵は味方にあり」だ。
むなしさだけが残って、下り坂を行く。
行きは気づかなかったのだが、グラン・ダンスに向けた最後の登り坂、この道沿いに所々に民家がある。
そして民家の数軒が即席のジュース屋を店開きしていた。
男が木立に紛れるように立っている。
炎天下のなか、テントも傘も立てず、道沿いの庭先に机を置いて客待ちである。
時折通る自転車の保養客をただひたすら待ち続けるのだろう。
どの店の机にも色とりどりのフルーツが並べられている。
マンゴー、パパイヤ、バナナなどの島特産というか、おそらく自家製であろう南洋フルーツだ。
それを小型の自家発電機、若しくは家からケーブルを引き電気ミキサーにかけて氷とともに生ジュースにする。
そのなかのある一軒で、ハニーが立ち止まる。
ちょうど老夫婦がジュースを買い求めている。
先客がいるから安心したのだろう。
グラン・ダンスに着いてはじめて「水を持ってこなかった」と平気でのたまうハニー。
昨日のビィクトリア市内観光時でも同じだったので、あきれ返るにもほどがある。
彼女が物欲しそうにこちらを振り返り、そして押し付けがましい口調で言う。
「喉、渇いただろ?」
「喉渇いただろ?でないだろ?私、喉か渇いた、だろ!ワシはいらんよ。あんたそもそもユーロ持ってるんか?これも観光商売じゃけん、たぶんルピーはいらん言われるで」
「ちょっと聞いてみる」
私と同じく英語もフランス語もまったくできないハニーはよくもまぁ、いつも「聞いてみる」という気になれるものだと感心してしまう。
そもそもどうやって聞くのだろうか?
マウンテンバイクで山を横断・坂を駆け抜けろ

民家になにげにあるミックスジュース屋。このあと製氷機が壊れて・・・

ラ・ディーグ、レユニオンのかめくんたち


ハニーは自転車を停め、道から一段下がった敷地へ降りていく。
アジアの血がやや濃いのであろうと見受けられるセルシワが夫婦でやっている。
先客は、今か今かとフレッシュなジュースが出来上がるの待っている。
道から見下ろしてハニーを観察していると、彼女はジュースミキサーを指し、今度は財布から自分手のひらに並べていたコインを指差している。
男から何か返答され、私のほうへ振り返る。
「ルピーでもええって。25ルピーって言いよるよ」
「え?安いわ!ほんならふたつ」
「ルピーは8しかないけん、二人分だと1ドルと8ルピーだって」
「なんちゅう、計算じゃ(笑)」
だが、小さな笑いもここまで。
ハニーの勘任せで選んだ店がまずかった。
何故なら、鈍い音を立てていたミキサーが止まってしまったのだ。
原因は電気の供給が不足というよりも、ミキサーのほうがオンボロで壊れたようだ。
店側の夫は茶目っ気たっぷりに手を挙げ、老夫婦に、どう見ても作りかけのドロドロした液体をグラスに移し手渡したのだが、氷の氷解が上手くいってないので、一口含んだ腹の出た客側の夫は「ウッ」と吐き出してしまった。
「これりゃ、飲めないよ」とグラスを突っ返す。
作り直しである。
「なんで、行列でもない店先で、こんなに待たされなないかんのぞっ!」
「まぁまぁ、そう言わんと。ジュース飲んだらすっきりするよ」
「すっきりする前にイライラ爆発じゃわっ!」
そのスッキリするはずのジュースだが、店の妻が家の冷蔵庫からもってきた氷を無理やり音のでない心細いミキサーにかけ、氷解というよりは攪乱したのみ。
でも、ここで折り合わなければならいようだ。
2組のカップルに渡されたジュースは、やっぱりドロドロジュースでしかありえなかったが。
わずかに氷が浮かんでいたが、生ぬるく生臭くてお愛想にすらならず、半分以上残してハニーにあげた。
「よけい喉渇いたけど?」
「え?そう?美味しいやん」
「その、美味しいという感覚がわからんわっい!じゃけん、料理もろくに、全然できんのじゃ!」
「できんのでないもん♪させてもらえんもん♪」
「いつまでたっても遅い、まずい、とろい、3拍子揃うとるんじゃけん、無理だろわっ!」
ラ・ディーグくんだりまで来て、いつもの夫婦喧嘩である。
でも、いつもこの手の話はいろんな場面でネタにさせてもらっている。
似合いもせず7年間も奉仕してきたPTA活動。
会長職を引く総会時、保護者の前での最後の挨拶もこのネタを使わせもらった。
「―――私は家族の3食の食事を整えています。
自分の弁当も10年間作り続け、子ども3人の幼稚園の弁当も一回足りとも欠かさず作ってきました。
息子のときなどは、キャクター弁当、いわゆるキャラ弁に懲りに懲りまして。
でもあるとき、園の先生がこんなメモを弁当袋にはさんでいました。
「いつも楽しいお弁当ありがとうごございます。でもお子さん食べにくそうです。普通のおにぎりにしてもらえませんか?」(会場爆笑)
また、あるときは私の母親が公民館での行事の折、園長からこう言われたそうです。
「お父さんのお弁当もたまにはいいけど、やっぱり大事なのは母親の愛情よ」
私は色々な意味でガッカリしています。
昨年は築70年にもなる木造家屋を無謀にもリフォームしたし、夫婦で無謀にもバカンス、セイシェル旅行をしたし、何かと家計が火の車とういう理由もあります。
それに、ハニーは技術職です。
せっかくの職業をできるだけ長く生きがいとして欲しいし、少しでも地域福祉の増進に努めて欲しい願いもあります。
彼女の名誉のため申しますが料理ができないわけではありません。
たまに日曜日作らせてみると、高い材料台でおおざっぱで豪快な男料理作ってくれたりします。
やはり私がしたほうが安く安全安心・健康的に手間隙かからずとも手の込んだ見た目も綺麗で美味しいものが作れます。
ここで、私の論調を知っている参加状況のよいひとや思慮深い賢明なひとは自慢話をしているのではなく、のろけ話をしているのだと気づくはずです。おいしいものを作ってもらって食べるよりも、愛おしい大切におもっているひとにおしいと言って食べてもらうほうが私は幸せです―――」
自分が一番楽しんでいるのはもちろんのことだ。
自転車は港がある西海岸まではあとは降るだけ。
野外ジュース屋にて、思わぬロスをしてしまい焦ったが、案外早く港に着いた。
「早っ、15時には着けたな」
しかし、待てども船は来ない。
港に人気もない。
かなり焦った。
キャサリンは「15時30分港に」と書いてあったのに、帰りの船は17時30分だった。
グラン・ダンスと同じ所用2時間、港でふたりボーーーーーッとして過ごした――――。

楽園の島にて 映画のように

ハニー イン ザ セイシェルズ

開放感!

ラ・ディーグの回想がすっかり長くなってしまった。
話し戻って、バルバロンである。
ホテルのロビーから間仕切りなく通じているラウンジにいる。
昨日はホテルに到着して、ここに案内されチェックイン手続きをした。
ラウンジのすぐそこがバルバロンの浜辺だ。
しかもこの浜辺、いつも波がぎりぎりまで押し寄せてくる。
ハニーに手続きを任せている間、「ホテルから歩いて0メートル」の形容にふさわしい浜辺にて、驚いていた。
ほかでもない、波の荒さに、である。
天気もそこそこ良いし、風もないのに。
今日も同じである。
ついさきほど、クレオール・トラベル出張営業所のキャサリンとの交渉で明日のラ・ディーグ島行きは決まった。
本望ではなかった。
キャサリンが言葉を発する度、驚かされた交渉だった。
今日行くと決めていた日程も、飛行機で行くプランも、ことごとく覆された。
そして驚くような料金にも。
おまけに、翌日のセント・アン島とヴィクトリア市内観光もボツになってしまった。
今度は、陽も高くなった今、本日の予定外の観光の段取りをしている最中である。
今日の段取りを今日するのはなんとも間が悪い。
悪すぎる。
今頃はラ・ディーグ島へ行く経由地であるプララン島にいるはずなのに。
悔やんでも悔やみきれない。
どれもこれも、クレオール・トラベルのせいだ。 
いや、本当は自分のせいだけど・・・・・。
私はただ、悔やみながらこの海辺のカフェテリアのソファに座りこんだまま。
深くソファに座りこんで、天井を見上げる。
「なるほど」
スターウッド・ホテル&リゾートのHPで見た、メリィディアン・バルバロンの建物が「船を模した」と表現されている理由がようやく判明した。
天井の屋根が船の形をしているのだ。
船の形――――。
旅行の最終日、ドバイのグランド・ハイアットの広大なロビーにはアラブ独特のダウ船の大きな模型が4基も吊るされていた。
天井を見上げていて首が疲れた。
今度は足元を見やる。
すると、なるべくなら気に障りたくない物に自然と目がゆく。
シュノーケルセットだ。
ロビーから呼び出しがあり、慌てて部屋を出てくるときでも、しっかり忘れずに持ってきた。
今日、ラ・ディーグ島で使うつもりで・・・・・・・。
ため息がこぼれた。
もちろん、ため息の原因は足元に置いてあるシュノーケリングセットだ。
この大きなカバン、ラ・ディーグに行けないのなら、ただの不用品。
おまけに目の前のバルバロンの大波。
とても違和感を醸し出している。
ついでに言うと、デジカメなんか水深10メートル対応可能なオリンパスの防水モデルを購入していた。
でも、カメラが10メートル潜れたとして、それを扱う人間が1メートルとて潜れないんですけどね。
お使いに出していたハニーがキャサリンのデスクから帰ってきた。
「あ~~あ、こんなもの持ってくるんでなかったなぁ~」
「え?持ってくるんがどうこうよりも、何しに来たん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
昨日、今日とクレオール・トラベルの「刺客」相手に交渉したときよりも気が滅入る。
何もする気が起きないくらい、グッタリである。
それよりも、だ。
「あれ?で?ラウネーまでのタクシーは結局どうなったん?」
「あ、忘れとった。もう何べんも何べんも私ばっかり行かして。用があるんなら自分で行ってよね!」
「今日の用は大いにあるけど、ワシはキャサリンに用はない!」
「変なの!」
そう言いながらも、案外嬉しそうにキャサリンのデスクへまた舞い戻りだ。
「旅行の計画にも準備も何にも参画してなかったからなぁ~」
私は独り言をつぶやく。
ハニーはぎりぎりまで「何処に行くのか」知らなかった。
そして、とくに関心をもって尋ねてもこなかった。
新婚旅行のエジプト、ギリシアの計画も私一人で決めた。
翌年の妊婦になったハニーに「もう当分海外には行けないから」と拝み倒して出かけたロタ島もぎりぎりまで教えなかったし、聞かれもしなかった。
「セイシェルとドバイに行く」ことは、出発1ケ月前に発行された市P連広報誌の自己紹介文を、しかも自分が勤める職場のひとに聞かされて、だった(笑)。
「小学校がいる子の保護者にセイシェルって何処って?聞かれたんよ!セイシェルってどこよ?」
「自分で調べや~」
で、彼女はとくに関心もって調べようともしない。
リフォームしたてのほやほやのトイレのドアに貼ってある世界地図に丸印をつけて、息子に教えた。
伝言ゲームだ(笑)。
彼女はいつだって「海外旅行に行く気運」が高まらないままだ(笑)。
「私、普通のとこがいいのに!」
「おまえなぁ~・・・・・。普通ってどういう意味よ?」
「ロンドンとかイタリアとかよ!」
「なんでそれが普通なん(笑)」
「みんな、行ってるし!」
「みんな行ってるとこなんか全然おもしろうないわ!それにワシはそんなん学生時代に行ってもう十分!」
「私は行ってないもん!」
「そんなら・・・・・定年退職してから、ポルトガルぐらいなら手打つぞ?」
「それの、どこが普通よ・・・・・」
あんまり気が乗らない彼女、旅行中の彼女の服選びまで私がした。
逆に今は全然気が乗らないのは私だ。
とくにもうキャサリンの顔は見たくない。
そういえば、謎の刺客?本日来るはずだったマリエルの顔は見ぬままだ。
そのとき、気づいたことがある。
昨日、セイシェル空港では、ナディアが書き記した「マリエル」ではなく「キャサリン」がここへ来たことを。
ナディアは、私といちいち会話が通じないことをひどく罵り、嘆いていた。
だから、派遣者を「マリエル」とサインしたものの、「あまりにも英会話ができない外国人」に対応するため、別のベテランと差し替えたのではないかと。
本日の段取りは専らハニーにまかせ、バルバロンの波を眺め続けながら待ちぼうけ、である。
バーで地元ビール、セイブリューでも頼もうかな。
面倒くさいから、やっぱ、それもハニーにさせよっと。
あ~~、しかし暇、である。
ガイドブックにも書いてある「観賞用のビーチって」、そもそもなによ?
11時間と4時間のフライトと、少々のトラブルと、半年がかりの入念な?計画が藻屑の泡である。
「波がドンブリコ、ドンブリコを見るだけで、わざわざこんなとこまで来んわ」
またもや独り言で愚痴をこぼす。
日本人はおろか東洋人とも皆目出会わない島ならでは、か。
ヨーロッパ人は大挙おしかける島ではあるが、彼らは個人主義が染み付いている。
従って、誰の目を気にせず過ごせる。
そういう点では優れたリゾートであることは間違いない。
松田聖子の「セイシェルの夕陽」が収録されているアルバムには「メディテーション(瞑想)」という曲もあったっけ。
松田聖子のなかでも「ブリュージュの瞳」と同じく好きだった曲のひとつだ。
セイシェルはメディテーションにはぴったりかもしれない。
それはそうと、さっきから気になるこの読書男何よ?
まだ、海に背を向けて薄暗いロビーで読書に耽っている。
セイシェルまで来てほんとうに読書三昧なのかしら?
やあ、ハニーが戻ってきた。
今朝は何度往復したことでしょう、意外と根気強いものだ。
しかし、もっと感心するのはキャサリンだ。
よくもまぁおつきあいしていただいていること。
「タクシーはユーロ払いで、4000円くらい言よったよ」
「ほうけ、そんなら行こか!」
「どこへ?」
「まずは、バス亭まで(笑)。今からビクトリアへ行くぞ。午後からラウネーじゃ」
「私、もう疲れたわ~」
「ハイハイ、ご苦労さん♪それより、あのひとすごないか?さっきからずっと本ばっかり読みよる」
「外国人って、リゾートではだいたいそうじゃん。ビーチでず~っと寝そべって、とか」
「いや、それもあるけど。海に背向けとるだろ?無意識に周りの景色とかも楽しんだりせんか?」
「そういう主義なんぢゃないん?」
「わざわざ、ここまで来て?」
「そう、ここまで来てよ」
「遠い遠いセイシェルまで来て、か?」
「そうよ、わざわざ来る、のがえんじゃない」
「えらい高くつく本代でないか?」
「知らんよ、本代なんか」

セイシェルの海辺とジャングル

バスストップ

>山の中腹風景



ホテルを出ると、この島が元々はアフリカ大陸と地続きであったと納得できる景色を目の当たりにする。 
南洋の雰囲気を醸し出す椰子の木が植生する砂浜から一歩奥に入るだけで、アフリカと紛うことない植物群生が広がる。        
ジャングルだ。
木々が鬱蒼と生い茂る様は日本の植生、群落とは異なるものの、いわゆる「鎮守の森」といえる。 
森林の種類は大きく分けて元から存在する木々がある原生林、後に人が植木をして出来た人工林、一度は人の手によって緑が奪われたが、そのまま放置された為に再び木々が生えてきた二次林の三つに分かれるそうだ。
日本では、別格の森林として二次林に含まれるのが鎮守の森。
まだまだ日本人の生活には神道の文化・伝統が残っているので、開発の計画段階から除去されてきた傾向がある。
鎮守の森は開発の手から安全な二次林として現在に至るまで保存され続けてきたが、過去百年ほどの間に、日本では急激に都市化が進み、地域の歴史的背景を重んじることなく開発し、たとえば道路を通すにしても、杜を守って迂回するより効率よくまっすぐ通すことのほうを大事にした。
その場所を破壊すると地域にとって不幸なことが起こるという、タブーの発想もなくなってきている。鎮守の森の多くは水の湧き出す場所があり、出水など危険が発生する所でもあったが、そんなものはコンクリートで固めてしまえば問題ないと考えられ、自然現象に対する畏れの気持ちも薄れてしまって、すべては技術で押さえ込みができると錯覚しているようだ。
「なぜそこに鎮守の森があるのか」ということをはじめとして、ひとつの地域を構成するもの、ひとつの風景を形作っていたもの、そのすべてに意味があったのに、それが忘れられようとしている。  
森林との密接な関係を取り戻すこと――それは、林業に携わるひとたちだけの問題ではなく、森を元気な状態に保つには、木を利用する側のひとびと、あるいはその地域に暮らすひとびとが「森を守り育てる仕組み」に参加することが必要だと考えられている。
インド洋の孤島で「鎮守の森」について再考など陳腐と思われるかもしれない。
鎮守の森というと、特定の宗教と結びつくイメージがあるからだ。
しかし、鎮守の森に対する本来の信仰心は、人の力の及ばないものへの畏れや崇拝というような、ひとにとって根源的なものであるはずだ。
その意味では、ひとが身近な祈りの場としてきたすべての森が「鎮守の森」であるといってよい。
ひとが作り上げた仕組みのなかで、特定の宗教の形や考え方が当てはめられたり、政治プロセスのなかに取り込まれていった経緯は否定できない。
これは、洋の東西を問わずあることだ。
しかし、だからといって本質、根源的ものの存在を見失ってしまってはいけない。
セイシェルの森林は手付かずの自然がふんだんに残されている。
乱開発とは無縁であり、また、政策的にリゾートは極力最小限に迎え、それでいて最大の産業である観光業とうまく融合させている。
私たち訪問者にとって、高額な料金設定が玉に瑕ではあるが。
うちからも、そとからも調和のとれた楽園。
そういう意味においても、セイシェルは成功している。
後から知ったことだが、メリィディアン・バルバロンあたり一体の森、ここはセイシェルの自然保護公園でもあるらしい。
セイシェルは国土の30%以上が自然保護区で、手付かずの自然を大切にしている。
木々の間から見える山の頂は観光パンフレットでよくみかけるタヒチの島々のような神々しさ。
あちこちの山頂部の斜面が急激で頂が尖っている。
息子なら即座にこう言うだろう。
「ここ、恐竜おるんでないん?」 
森を見渡しながらハニーに呟く。    
「まるで、ジェラシック・パークの世界じゃな~」 
「〇〇(息子)なら、『母さんここ恐竜おるんでないん?』とか言いそうね」
「あ、自分もそうだった(笑)」  
マヘ島は北部にセイシェル山(912m)、南部にハリソン山(688m)があり、さほど高山ではないが、平野部が少ないためかなり急斜角の山で高度感がある。
マヘ島の面積は、セイシェル共和国の3分の1の国土を占める153平方キロメートル。
人口はセイシェルの9割を占める約6万人、政治・経済・教育・観光などセイシェルの中心を担う。
島は花崗岩質で出来ている。
マヘ島は、かつては「アヴァンダンス島」と呼ばれていた。
マヘの名前の由来は、1742年、フランスが送り込んだ探検隊のマヘ総督からきている。
 ホテル前には海岸線に沿った一本道があるだけで、さすがのふたりでもこの島なら迷うことはないだろう。  
通りにでるとすぐ椰子の葉で屋根を覆った小屋があり、そこがバス亭のようだ。
ベンチがある。
縦真っ二つに割られた椰子の木を大きな石の上に置いただけで安定感がない。
真っ先に座ろうとしたハニーはとたんにずり落ちた。
「あんた、漫才の下手なお約束やめてくれる。ああ、はずかし」
私は小屋に佇んでいたひとを見やりながら言う。
バス亭には先客がひとりだけいた。
紺色の制服を着た背が高くて若い女性だ。
セルシワ(セイシェル人)なのか外国人なのかわからないがキャビア・アテンダントだとすぐわかる。
今のユー携帯の電波、届くのだろうか。
ほどなくして、バスが来た。
キャサリンが言っていた時間より約5分遅れで、これなら時間に正確とまでは言わないが許容範囲だ。
バスの車体は丸みを帯び深い緑色で、タタ(TATA)というインド製の車だ。
ハニーは乗り込む前に「ルート11か?」と運転手に確認していた。
ドアは前から乗車し、3RS(3セイシェル・ルピー)支払う。
バスは何処へ行くにも3RS。
2008年8月のレートで1セイシェル・ルピーは約21円。
運転手が手動で機械から出したレシートをハニーは受け取り、空いていた後部席に向かう。
バスが出発する。
窓から入ってきた風に煽られレシートは手から離れてしまい、運転席まで舞い戻っていった。
ほぼ満員である。
グラン・ダンス近辺に鉄塔がたくさん立つ発電所を通り過ぎ、すぐ右折し山道を行く。
島の山間部を横断し、ヴィクトリアがある東海岸側へ向けて山道を登るのだ。




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