センス・オブ・ワンダー Ⅸ・Ⅹ



驚く心(センス オブ ワンダー)私たちの旅路Ⅸ
at 2003 03/27

物知り顔こそ、恐ろしいものはない

             (byまるくん)


アタシたちの旅路において、前回「虐待」をとりあげてみた。
あなたは「子ども像」をどう捉えているか?
「純粋」で、「無垢」で、「素直」で、「思いやりがあり」、「人に親切」で、「勉強をよくし」て、「よい子」になる。
あなた自身の旅路を顧みて、その無自覚こそが虐待ではないか?
とりかえしのつかない「命」を当然の権利として限りなく尊ばれるのであるならば、アタシたち大人の「作り上げた」子ども像は社会的虐待といえないだろうか?
育児をとりあげて、アタシたち自身の「命」と切り離してはとうてい考えられないことだ。
もう一度立ち返り、【11月~2月のまるくん幸せ帳】が、これらと連鎖していることを「気づいて」欲しいし、あなた方の道しるべたりえるはずだと確信している。
【11月の「出会い」は命と命の出会い】
【12月の「人権」は、命の尊厳】
【1月の「自尊感情」はかけがえのない命】
【2月の自由は生きるための命】

あらたに「命」という象徴・記号でもって切り込んでみてください。

 虐待について、もう少し掘り下げてみよう。
わが国において、児童虐待についての法的定義はながらくなく、「児童福祉法」という枠のなかで捉えられてきた。
2000年、ようやく「児童虐待防止法」が成立したが、この法律では虐待の定義を、「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で児童を現に監護する者をいう」とある。
執行後3年をめどに見直すとされているがまだ不十分である。
なぜなら、虐待を「保護者」に限定しているからだ。明白であろう?性的虐待は保護者に限らないのである。

 では、虐待を起こしうるアタシたちの要因について検証してみよう。
まず個人的要因である。
大人に人権・暴力について正しい知識・情報がない。アルコール中毒や薬物依存による心身の
問題がある。強いストレス。自尊感情が低い。など、があげられる。
家庭(社会)的要因。
夫婦間・家族間での人間関係。親の生育歴。ドメスティック・バイオレンス。孤立、など。
環境的要因。
低収入によるストレス。住宅事情。失業。近隣の環境・社会の子ども観。暴力を容認するような社会的認識。などが挙げられる。
家庭内の加害者として母親が多いことが関連されるのだが、これは母親自体も「追い詰められている」ことに起因する。
父親の不在。父親の育児の遺棄。地域との関わりの減少による子どもとの密着。
そして、3歳までの乳幼児は母親が面倒をみるべきだという「3歳児神話」が依然社会に根強く残っており、母親が心理的に追い詰められている社会の病理を解決しなければ問題解決にはならない。
育児はアタシたち自身の旅路である、と再三述べていることは、ここにも隠されている。
 次に被害者である子どもたちをみてみよう。
虐待を受けた子どもの心理的症状は、原因不明の身体症状(注「チーター父さん育児日記」においても次女ねずみが原因不明の腹痛経験あり深く自己診断中)、食欲不振、消化不良、睡眠障害、集中の困難、感情の抑制がきかない、言葉の暴力などの問題があげられる。
そして、なんと悪循環なことに、これらの症状のために子どもたちは問題児としてアタシたちの目に映ることである・・・・・。
また逆に、親の支配過剰による心理的虐待の場日には、抑制が強すぎるいわゆる優等生型の子どもとしてあらわれることもある。
大人であれ、子どもであれ、繰り返し虐待を受けると人格は崩壊する。
驚く心=豊かな泉、である人格が確立されていない子どもたちが虐待を受けると、虐待的な環境のもとで生き延びる適応的な人格をつくりあげてしまう。
痛みに耐え切れず、体の感覚を切り離し、意識を捨ててしまう「乖離」。
記憶がなくなる、多重人格などの「分裂」。
慢性化により、抑うつ、自傷、アルコール・薬物依存、節食障害、自殺願望などさまざまな症状が慢性化する。
症状がこじれると、「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス)」という、自己同一性や対人関係を歪めてしまう長期的症状が生じる。

 では踏み込んだ虐待から、次にあらたな認識の第一歩である。
あなたは、しつけ、をどう捉えているか?
「しつけ」は社会のルールやマナーを教え、子ども自身をコントロールできるように促し、自立するための情報、知識、技能を教えること。
かしこいチーター父さんは、卒園式でこれらを
「社会の約束事=【驚く心・私たちの旅路Ⅶ参照】のこと」と述べた。
しつけは、子どもへの愛情に基づいており、あくまでも子どもを主人公として捉える行為だ。
一方虐待は【私たちの旅路Ⅷ】の冒頭にお伝えしたように、アタシたちが自分の力を誤用して
さまざまな形の暴力をふるう、アタシたちが中心で、アタシたちの「ために」することだ。
子どもの成長に「関わる」大人が、この区別がなくして、あるいは認識できず、また無意識のうちに虐待する場合は大いにある。
「愛しているから暴力をふるう」―――。
これは、アタシたちの都合にあわせた言い訳であり、断固免罪符たりえない。
暴力を愛情と認識した子どもは、愛情表現として暴力をふるい、再生産されるのだ。
暴力を必要としない、自尊感情を高めて、あなたのスキル(技能)を身につけなさい。
決して、しつけに暴力を使わないことを意識して、決意することだ!

【11月~3月の幸せ帳】は【すべてに通じる道しるべ】たりえるであろう。

よい旅を!!
VON BOYAGE!!




驚く心(センス・オブ・ワンダー)私たちの旅Ⅹ
at 2003 03/28

スコールの音で目を覚ましたかい
ココナツの葉ずれを聞いたかい
海は近くでざわめいているかい

海は紺色
海は水色
海はウグイス色
海は青色
海はエメラルドグリーン

島の声を聴いたかい
スコールに濡れて笑ったかい
青空と流れる雲を感じるかい
北斗七星に手が届くかい

島はココナッツアイランド
島は鳥の島
島は無謬
島は平和
島は象徴

風の音を聞いたかい

君と三人
最後の二人きり
いつまでも二人で

もうすぐ生まれてくるかい
羊水のなかでたゆたっているかい

 (1994 5/5 ロタ・ココナッツビレッジにて
  きらり へ )


*****************************************************************

 平成6年の春、グアムとサイパンのちょうど中間に位置するミクロマリアの平和な小島ロタを旅先に選んだ。
 妻はおなかのなかに6ケ月を過ぎて、安定期にはいった胎児を宿していた。
 冒頭の詩は滞在中の森のなかの、海に面した静かな一軒家のコテージで、明け方、わらぶき屋根に打つスコールの音を聞きながら、かえるのような腹をした妻とのSEXの最中に思いつき、果てた後、ランプの明かりを頼りに書きなぐったものだ。
妊婦とSEXする経験がはじめてのアタシはその神秘さと、ただただ凹凸運動を単純に繰り返す行為ながらもその相手とそのおなかのなかにいる子への愛の恍惚感と、そして無我な喜びに浸りきっていた。
 アタシは生まれてくるまでの赤ちゃんを「きらり」、と名づけて、妻と二人でおなかをさすりながらよく「きらり―――」と呼びかけていたものだった―――。
 ―――そうして、その年の夏の終わりと秋の始まりに授かったのが長女わんわんだ。
 当時、アタシも無垢な「驚きの心」に満ち溢れていた――、といえば、あまりにも穿った出来すぎたハナシだろうか?


 この半年間―――そぞろ神に衝き動かされてきたかのように「書いて」きた。
その、一体全体まるくんの熱と光はなんぞや?と問われれば、アタシは迷わず、一言で「愛」と答えるだろう。
しかし、このいかにも漠然とした愛をどう捉えきるかは、その背景にある何千語もの言の葉が潜んでいるのだ。
【9月――「風の声を聴いたかい」】=出会い
【10月――「今宵、貴方に呪いを」】=恋
【11月――「フンだ!幸せのフンだ」】=情動
【12月――「湯煙の向こうに―」】=人権
【1月――「一瞬のきらめき」】=自尊
【2月――「微動だにしない青」】=自由
【3月――「驚く心」】=学ぶ

すべてが愛によって貫かれている、つもりだ。
前回お伝えした「命」という、すべてを網羅したテーマを、新たに「愛」を鍵として、再構築して読み繰り返してみてください。
そして、3月は「子育て」を押し出しながら実は「学ぶ」ことを書いてきたつもりだ。
 この間、拙い文章ながらも、あがなう限りの「理性」と「感性」をゆるぎない羅針盤にして航海してきたが、元来短気なアタシなので、常に文章の背後に「怒り」が潜んでいることを見逃して欲しくはない。
この、どうしようもない人生、どうしようもない空気、どうしようもない時代、――二律背反的だが、アタシの熱と光とは「怒り」でもあるのだ。
しかし、今日の詩(うた)が、陽の目をみるにいたった今回、アタシは得もいわされぬ「やさしさ」に満ち溢れている。
それは、春の日差しのせいかもしれないし、現在療養中の身であるからかもしれないし、ただの気まぐれからかもしれない―――。

本来ならば、「驚きの心(センス・オブ・ワンダー)」は「N0.11」と「N0.12」でもって完成の予定であった。
今はただ、静かに、静かに幕を降ろしたい。
この続きはぜひ、あなた方が完成させて欲しいと、願うばかりだ。
 反面、まるくん流の「理性」と「感性」を駆使し、いつものようにあなた方を毒づきたいところだが、今日はうららかな春の木漏れ日に免じて、またいつかにとっておこう。
 最後に長女わんわんが生まれた直後、わんわん宛てに書いた手紙の紹介をもって、PCを閉じさせていただく。
この手紙は、わんわんの18才の誕生日に渡すつもりで、大事にとってある―――。


*******************************************************************

「わんわん へ」

わんわん、私たちの世界へようこそ。
そして、よくがんばって、これまでお母さんと一緒に生きてきたね。
そして、お母さんとお父さんを選んでくれたんだよね?ほんとうにありがとう。
今日、あなたがこの世界にやってきた日、とても澄んだ青空です。
暑く元気な夏から、実りと喜びの秋に変わろうとしています。
わんわんの命名は「豊葦原瑞穂国」からいただき、豊かで美しい人になって欲しいと「○○」
と、あなたがお母さんの宇宙のなかにいるときから決めていました。あなたのことは宇宙では「きらり」という名前で呼ばせてもらってましたが、今日から○○です。
 あなたはあなたが信じる道を正しく歩んで欲しいと願わずにはいられません。
でも、あなたが生まれた瞬間、お母さんが流した真珠のような涙を、あなたもよく知っておいて欲しいです。
これだけを、あなたに伝えておきたいです。
いつまでもいつまでも愛するわんわんへ




© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: