いっぱいのお運びありがとうございます

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寝床(ねどこ)

寝床(ねどこ)

「定吉や、番頭さんは戻ったかい?帰ったらすぐここによこしなさい。今日は大勢さん見えるんだから、座布団の用意はいいね。酒、料理も揃ったかい。呑まない方もいらっしゃるからね。羊羹も厚く切ってお出ししなさい。
あっ番頭さん戻ったかい。ご苦労ご苦労。今日はもれなく回ったろうね。この前定吉を回したら、提灯屋を回り忘れて、後でいやみを言われたからね。今日は回ってくれたろうね」

「はい、一番先に回りました」
「喜んだろう、あいつ」
「はい、大変喜んだんですが、今日は祭りの提灯を350ばかり受けちまって、今晩はうかがえないんであしからずと・・・」

「そうかい、あいつも運のないやつだねぇ。力を落とすといけないから、今度さしでみっちり聞かせるからって言っといてやんな。小間物屋はどうだい」
「小間物屋さんは奥さんが臨月で、家内が産をするのに自分が義太夫を聴きに言ってたなんて事が親戚に知れるとまずいと」
「それはしかたない、頭(かしら)は?」
「頭は成田の講中にゴタゴタがありまして」
「わかった、わかりました。おまえさん、いくつだい。子供じゃあるまいし、皆来れませんといえばわかる。いい年しやがって・・・長屋の者は誰が来るんだい?」
「どうもお気の毒さまで」
「何が気の毒だ。店の者は?」
「へぇそれぞれ脚気が出たり、神経痛が出たり・・・」

「家内は?」
「奥様は朝から胸騒ぎがするとおっしゃいましてご実家のほうへ」
「番頭さん、お前は?」
「はい、私はもう何でございまして、因果と丈夫で」
「丈夫結構じゃないか。なんだい因果と丈夫とは」
「ご立腹恐れ入ります。聞きます。聞きゃあいいんでしょう。心残りは故郷へ残したお袋の事。覚悟しました。お語りください」
「泣いてやがる。わかった。あたしの義太夫がまずいんで皆無い用作ったり、仮病使ったり・・やめた、やめます。番頭さん、もう一度長屋を回って都合がありますので、明日昼までに引き払ってくれといってきておくれ」

「だんな様、番頭でございます。今長屋の衆が参りまして、少しでもいいからだんな様の義太夫がお聞きしたいと」

「私はもう寝ましたよ」
「じゃあお帰りいただきましょう」
「まちなさい。お前さんは芸の心というものが解かってないね。芸惜しみをしたと思われたくないから14~5段で負けていただくということで」
そんなにやるんですか?」
「何ですか」
「いえ、是非お願いします」

「驚きましたな。店立てはいけませんよ」
「実に驚きました。しかし何の因果でここのだんなは義太夫を語りたがるんですかな」
「そりゃ語るのは勝手だが聞かされる方こそいい面の皮だ。悪い声というのは世間にいくらでもあるがここのだんなのはすごい」

「山火事でうわばみが焼け死ぬときの断末魔の声があんな声でしょうな」
その内デデンと始まりました。最初のうちは酒を呑んだり羊羹を食べたりしていましたがその内皆寝てしまいました。
「実にどうもあきれた人たちだ。人に義太夫を語らせておいて寝るやつも無いもんだ。お帰り下さい。番頭起きろ」
「ようよう、上手い」
「何が上手いだ。もう義太夫は終わった」
「惜しい」
「嘘をつけ。さ、皆帰っておくれ・・・誰だい、そこで泣いているのは。あ、定吉かい。どうした」
「悲しゅうございます」
「悲しい?えらい、大人たちが寝ている中で子供のお前が私の義太夫を聴いて悲しいとは見込みがある。どこが悲しかった」
「あそこです」
「あそこは私が義太夫を語った席ではないか」
「あそこがあたしの寝床でございます」



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