牧師雑感

牧師雑感

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

エリムエコー

エリムエコー

Favorite Blog

さくらカンパニー  さくらコポさん
虹色のパレット カズ姫1さん
パスターハリー(Past… パスターハリーさん
コスモスさんのひと… コスモス5118さん
あっちゃんのつぶやき 信ちゃんママさん

Comments

きみは愛されるため生まれた @ Re:お祈りのお願い(03/16) 初めまして。聖句を探していてここに辿り…
青丹芳 @ Re:生後一カ月の男の子を残して交通事故死(06/13) わが友へのお祈り、ありがとうございます。
エリムエコー @ Re[1]:三拍子そろった幸せを(08/09) チェリー・ちぇりーさん >はじめまして。…
チェリー・ちぇりー @ Re:三拍子そろった幸せを(08/09) はじめまして。 「牧師」さんなのですよ…

Freepage List

2009/01/24
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 一番最初に聞いた聖書のことばは、マタイの福音書のことばでした。

 「それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。
 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。(16:24-26)

 15歳のときでした。すごいと思ったのは、「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう」とのことばでした。

 その全世界よりも尊いいのちが滅びて地獄に落ちないように、イエス・キリストが自分のいのちを十字架に身代わりとして死んでくださった!

 それまでに愛されている幸いを知り、16歳でアーメン信じます!と、イエス・キリストを心にお迎えし、バプテスマを受け手クリスチャンになりました。

 イエス・キリストを信じる人生は、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです」


 「だれも、真新しい布切れで古い着物の継ぎをするようなことはしません。そんな継ぎ切れは着物を引き破って、破れがもっとひどくなるからです。
 また、人は新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、皮袋は裂けて、ぶどう酒が流れ出てしまい、皮袋もだめになってしまいます。新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れれば、両方とも保ちます」(マタイ16:16-17)

 と、イエス・キリストは教えました。イエス・キリストを信じる人生は、今までの生き方につぎはぎする倫理道徳的な生活ではありません。新しく生まれ変わった人生を生きることです。
 新しいぶどう酒を古い皮袋に入れると、皮袋は裂けて、ぶどう酒は流れ出てしまい、両方ともダメになってしまいます。

 イエス・キリストを信じることは、新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れるようなものです。新し人生を活き活きと生きる生活なのです。

 問題に出会ったり、試練に直面しているなら、古い自分を捨ててみることです。今までそんなことは考えてみたことも、やったこともないと古い自分(古い皮袋)に固執しないで、古いものは過ぎ去ったんだ。新しい自分(新しい酒)に変えられたんだ!と、聖霊に信頼して自我を捨てると、新しい展開が開かれます。

 ようするに全ての問題は、ほかの誰かのせいにしている限り本質的な解決はありません。自我を捨てて物事に対処すると、すべてのことが急展開していきます。

 不可能は挑戦となり可能となるのです。自己主張ばかりしないで、時には自分を捨てて対処してみましょう。
 夫婦生活も親子関係も、職場や学校での人間関係にも奇跡が起こること請け合いです。


 今日もまた天国の一日です! 天国はイエス・キリストとともに生きる国です。クリスチャンはすでにイエス・キリストとともに死んだ(バプテスマを受けた)者です。



ローマ人への手紙(リビングバイブル訳)

6:1 では、神様がますます私たちを恵み、赦し続けることができるように、私たちは罪を犯し続けるほうがよいのでしょうか。
6:2 -3もちろん、絶対にそんなことはありません。 罪を犯さないでいられるようになったのに、なおも罪を犯し続けてよいでしょうか。私たちがクリスチャンになり、バプテスマ(洗礼)を受けてキリスト・イエスの体の一部となった時に、罪の支配力は打ち破られてしまったのです。 すなわち、キリスト・イエスの死によって、あなたがたの罪深い性質は打ち砕かれ、力を失ったのです。
6:4 罪を愛する古い性質は、キリスト様が死なれた時、バプテスマによって、キリスト様と共に葬り去られました。 そして、父なる神が、栄光の力でキリスト様を復活させてくださった時、あなたがたは、キリスト様のすばらしい新しいいのちを与えられ、そのいのちに生きる者となりました。
6:5 あなたがたはキリスト様の体の一部として、キリスト様が死なれた時、いわば、いっしょに死んだのです。 そして今は、キリスト様の新しいいのちをいただいており、やがてキリスト様と同じように復活するのです。

6:7 罪に対して死んでしまえば、どんな罪の誘惑や力からも自由にされるはずだからです。
6:8 罪を愛する古い性質が、キリスト様といっしょに「死んだ」のですから、確かにあなたがたは、キリスト様の新しいいのちを共有しているのです。
6:9 キリスト様は死人の中から復活し、もう二度と死ぬことはありません。 死には、もはやキリスト様を支配する力がないのです。
6:10 キリスト様は、罪の力にとどめを刺すために、ただ一度死なれました。 しかし今では、神様との絶えることのない交わりの中に、永遠に生きておられます。
6:11 ですから、あなたがたの古い罪の性質を、罪に対して死んだもの、反応しなくなったものとみなしなさい。 そして、その代わりに、私たちの主イエス・キリストによって、神様に対して生きる者、敏感に応答する者となりなさい。

ガラテヤ人への手紙
2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
リビング訳
2:20 私はキリスト様と共に十字架につけられました。 もはや、私自身が生きているのではありません。 キリスト様が、私のうちに生きておられるのです。 私のためにご自身をささげてくださった神の子を信じた結果、今、私の体のうちには、ほんとうのいのちが与えられています。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009/01/24 08:26:07 AM
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: