根っこの今

根っこの今

#6(2) 強さの後ろに



強さの後ろにあるもの
強さの後ろ
アジア学院に集まる多くのリーダーは、結構我が強くて、まともにやりあっていると疲れてしまう事が多い。なぜそんなに協調性がないのだろう・・・と心でつぶやく事もよくあった。しかし、彼らの国に滞在して、彼らの性格の背景が少し見えてきた。

彼らが生きているのは、正論ばかりが通じる社会ではない。汚職、搾取、差別の蔓延する社会で、人々の側から物事を主張するには、あれだけの強さが必要なのだと思う。お金や権力の誘惑をはねのけて、真摯に人々と向き合っているのだから・・・。草の根の人々に仕える彼らには、相当のコミットメント(貢献する熱意)が必要。実はかっこいい彼らの姿があった。その土地の風土と人間模様。現実と彼ら。



できることから・・
ある日、南インドで友人と村を歩いていた。村の途中でぱったりと舗装された道が消え、そこから先はわらぶき屋根の家がぎゅうぎゅうに建てられている。「ここからが、アウトカースト(注1)の居住区だよ」と、彼は言う。大土地所有者であるハイカーストの人々、小作農や皮革・石灰製造に関わるアウトカーストの人々。お墓の場所も別。寺院や教会や学校も別。アウトカーストの人に触れたら汚らわしい・・・。だから家の中にも入れてもらえないのだと言う。

なぜ?いろんな疑問が私たちの心を騒がす。同じ人間なのに。
「カースト制度をなくしたいと心から願う。だけどなくすのは難しい。ただ、不当な待遇の廃止、正当な権利を主張し続ける事はできる。できる事からやっていくしかないんだ。」質問攻めの私たちを前に、彼はそう答える。彼もアウトカーストの家庭に生まれた。
青臭い私たちが騒いでも、何かが変わるわけではない。地元に根ざし、生まれた時から、カーストの差別の中で生き、その中で差別と闘ってきた彼の言葉は、とても重く、私の心に響いた。

物、金、地位(カースト)。持つ人が権力を握り、持たざる人は搾取される社会。これは私たち日本人にも他人事ではないはず。アジアの国々から資源を搾取し続けているのも、資本の強さあっての日本なのだから。自分のおかれている場所で、私にできる事は何か?自分に問いかける。
(注1)不可触民、カースト制度でカーストにも入らない人々。ガンジーは彼らをハリジャン、神の子と呼んだ。
アウトカースト



ふたたびモモ的活動について
前回の通信に書いた「モモ的活動」について。“経済優先の社会の中で、いのちが優先とされる活動。顔と顔がもっと見えるような生活・関係づくり。”などなど、私なりの想いを書いた。
今回の旅で再会した、モモみたいな生き方をしている友人たち。彼らの素敵な言葉たちの中から、いくつかを紹介したい。
モモみたい




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