猪木魂

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No.5安生 洋二


そのいきさつから、トンパチ丸出し。
実家は名家、帰国子女で実は英語がペラペラ。
兄二人は東大出身。
しかし彼だけは異色だった。
旧UWF入門を決意するのである。
Uに入門する前は、実戦を積まねばならないと考え、深夜の公園に毎晩出没し、喧嘩を売られるのを待っていた。
実際にはあまり売られなかったようだが、その姿勢は既にプロレスラー。

 その後道場にちょくちょく赴き、勝手にトレーニング。
しまいにはバイクに布団持参で勝手に住み込む。
この堂々ッぷりに、藤原も前田もどちらかが入門を許可したものと思いとがめなかった。

 その後まもなく、旧Uは崩壊。
新日の前座戦線に殴りこみ、当時若手の船木や野上たちと名勝負を演じた。
前田が新日から追放されると、後を追い新生Uに参加。
89年のU-COSMOSでは、ムエタイのチャンプアとシュート戦を演じ、引き分ける。
当時から既に道場での強さは知れ渡っていた。
船木がモーリス・スミスと戦った後に、語ったコメントでもうかがえる。
当時専門誌では伏字だったが、船木は日本人プロレスラーでモーリスにキックボクシングで唯一対抗できる男として、その名をあげていた。

 新生Uでは日の目を見なかったが、崩壊後のUインターでは実力を買われ、ポリスマンとして活躍。
そっち方面での高田の片腕となり活躍。
桜庭、金原、田村、高山たちの兄弟子でもある。
ゲーリー・オブライトは彼の傑作だった。

 そして、最強を標榜していたUインターには、運命の時が訪れる。
グレイシー一族の登場。
安生が200%勝てるのコメント共に単身渡米。(実際には現地の笹崎氏と2人)
本当に行くとは当時私は全く思っていなかったが、突然専門誌に顔面血だらけの安生の写真が掲載された。
一族最強と謳われたリクソンの道場へ向かい、叩きのめされた。
実際は道場破りに行ったのではなく、興行に引っ張ってくる為の交渉に出向いただけ。
そのため二日酔いのまま飛行機に乗り込み、コンディションなんて作っていなかった。
なぜ戦うことになったかは忘れたが、そういういきさつだった。
そんないつなんどきでも戦う姿勢は素敵だが、相手は”仙人”リクソン。
そんな状態では勝てるはずもなく完敗。
当時のUインターのフロント陣も戦うとは全く思っておらず、たった一人で渡米させてしまった。
しかし、ショックだった。

 最強のはずのUインターがこうむった被害は甚大で、まもなくUインターは崩壊。
安生は一時責任を感じ、引退すら覚悟した。
業界からは、A級戦犯と叩かれた。
その後キングダムを経て、高田がリクソンと戦うこととなる。
高田が人柱となるきっかけを作ってしまったのである。
結果はご存知のごとく惨敗。
プロレス幻想の崩壊へとつながった。

 PRIDE1では安生が高田のセコンドに付いていた。
リングに上がる際、安生と高田が抱き合い耳元で何かをささやくシーンに胸が熱くなった。
(実際には足裏に、松脂=滑り止めを塗る時間稼ぎだった。)

 時を経てちょうど10年。
公の場で自身がグレイシーの姓を持つ男と巡り会うチャンスがめぐってきた。

 安生の心に残る唯一の汚点。
プロレスラーとしての誇りを取り戻す為、本当にレスラー生命をかける戦い。
ゆえに記者会見で涙した。

 だからこそ、絶対勝ってくれよ。
どんなしょっぱくてもいい。
判定も許す。
グレイシーに土を付けてくれ!
安生自らが。

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