全867件 (867件中 151-200件目)
いよいよ2011年。 天気予報では荒れ模様と伝えられていたが、朝から青空ものぞき、予想に反しておだやかな良い天気。昨年は吹雪で中止になった地元長野運動公園で開催される元旦マラソンも、今年は開催できて、本当に良かった。開会式で来賓としてごあいさつさせていただく。今日のお天気のように、今年が希望に満ちた素晴らしい年になりますように。 運動公園からスタートした老若男女のランナーの皆さんにお別れを告げて、恒例の善光寺へ初詣の皆さんに街頭からごあいさつ。中野早苗さんの司会で、原田のぶゆき市会議員、和田明子県会議員と私が宣伝かーからごあいさつ。今井県委員長、長瀬地区委員長にも参加していただき、地元朝陽からもW支部長、Zさんらが駆けつけてくれて励まされる。お天気が良いこともあり、さすがに人出が多く、手を振っての激励も気のせいか多い感じ。4月の県議選に、長野市からは引き続き和田あき子さんと私の2名をそろって県政の場に送ってほしいと訴え、県民の皆さんの切実な願いの実現、県政のチェック、議会改革などの課題で全力を尽くしたいと決意を述べさせていただいた。 厳しい経済。雇用情勢は先行きが見えず、揺れ動く政治状況のもとでの閉塞感が漂う中で、それでも政治の変革や前進は成し遂げられると信じたい。 今年を希望ある県政を実現する年にできるよう、力を尽くしてがんばりたいと、年頭にあたって決意する。
2011年01月01日
昨日告示された県議補欠選挙とともに、選挙戦はいよいよ中盤から終盤へ。私は今日の午前中は、長野市の若さあふれる県議補選候補者とともに宣伝カーから訴えた。今日も湿度が高く、じとっと暑い。暑さが苦手な私には、かなり応える。ふう。 午後3時からは、徳間地区センターで知事選のつどい。あまり効かないクーラーと扇風機の音がやけに大きい2階の広間で、集まった60名ほどの参加者を前に、私もお話したが、滴り落ちる汗。まいった。 夜。野々村長野市議からの報告によると、本日、彼女も来賓として出席した松代地区のお祭で、鷲沢長野市長は、市長としての来賓挨拶で「今度の県知事選挙は異例づくめ。まだ決めてない人が多く、このままでは投票率も低くなりそうで大変。長野県政はようやく瓦礫の山を片付けて、これからというところ。ここからが私が一番言いたいことで、この場所でこういうことを言うのは問題かもしれないが、知事は○○を」と特定候補者の具体名を挙げてあいさつしたとのこと。 参加者からは、「公務で参加し、市長という立場でのあいさつだから、法律が禁じている公職にあるものが地位を利用した選挙違反ではないか」の怒りの声が寄せられている。 片や、松本駅前で北沢防衛相、原口総務大臣、福島社民党党首がそろって応援演説し、元副知事は、「民主、社民の推薦をうけているが自分は大丈夫」と意味不明な言い訳演説をおこなったとのこと。 それぞれ事実とすれば大変残念なこと。選挙は決められたルールのもとで正々堂々と政策論戦で勝負して欲しいもの。
2010年07月31日
今回の県知事選挙で、元副知事は、「県政を仕分けする」と公約している。 「構想日本」等が始めた事業仕分けは、全国の自治体で、それぞれの事業の歴史的経過や地域の実情を無視して、「仕分け人」といわれる外部の人たちが住民要求を情け容赦なく切り捨てていく手法として、かねてから批判と疑問が寄せられてきた。 民主党政権の鳴り物入りの事業仕分けでは、長野県も鳥獣被害対策の防護柵の予算を7割も削減されたり、地域公共交通再生交付金が半分も削られて被害を受けている。国全体でも、無駄遣いのおおもとには切り込まない事業仕分けの結果、米軍への思いやり予算は増えた反面、農業予算は全体として減るなど、矛盾だらけだ。 国民の願いを切り捨てる「事業仕分け」 元副知事は、政府の行政刷新会議の事務局次長として、今政府・民主党が鳴り物入りで宣伝している「事業仕分け」を支える事務方の中心になってきた。今回、この「事業仕分け」を最大の売りにして、蓮舫大臣も駆けつけて「信州版事業仕分け」を目玉の公約にしている。 それでは、今政府がすすめている「事業仕分け」とはどういうものなのか。 「事業仕分け」にこめる政府・財界の思わく 「事業仕分け」の目的の第一は消費税に道を開くため。 経団連の御手洗会長が「税制改革を断固として実行を」と求めた。 この「事業仕分け」に参加している人の中には、石弘光元政府の税調会長や前政府税調委員翁百合氏、前政府税調専門委員の土居丈朗氏などが参加している。特に石氏は事業仕分けが始まってからある雑誌に「行政の無駄や談合を排除することで財源が生み出されるとしてもそれは一回限り。・・消費税であれば、すべての国民が等しく負担を公平にわかちあうことができる」と書いている。 「無駄を削ったが、これ以上削れないので、消費税増税するしかない」と国民に消費税を押し付ける、「入り口は事業仕分け、出口は消費税増税」というもの。 第二は、財界の儲けにならないものは削れと言わんばかりに、国民のための施策や文化・スポーツ施策、地方へ税金を使うことは「むだこと」という財界目線ですめられている。 事業仕分けのなかでは、独立行政法人がいくつも俎上にのぼったが、2010年予算で4004億円という独立行政法人の中でも最大の国費が投入されている、高速道路保有債務返済機構や1809億円もの国費が投入されている高速増殖炉もんじゅなども対象外。米軍への思いやり予算1881億円を含む4兆7903億円にのぼる軍事費などは、民主党政権になって大幅に増やされている。政党助成金にも指一本ふれていない。 事業仕分けの中身 中小企業対策費 ものづくり中小企業製品開発等支援事業は全額削除された。一方この削減額とほぼ同額の150億円が、大企業むけの「戦略的技術高度化事業」に上乗せされている。 地域職業訓練センターの廃止 地域職業訓練センターは、地域の経済、産業にあわせて、建設、土木、板金、パソコンやクレーン・フォークリフトなどの技能向上、資格取得の訓練をおこなっている。民間の専門学校に大工・左官を育てるところはほとんどない。失業した人たちの訓練の場もなくなる。 このことは全国各地から猛烈な反発がおこって、一部手直しをよぎなくされた。 公共サービスを担う法人の廃止が仕分けの俎上に 今年3月9日「事業仕分け」の第二弾の対象となる」可能性の高い公益法人が公表された。 中小企業への融資を公的に保証する全国信用保証協会連合会や全国52の社会保険病院を抱える全国社会保険連合会など国民生活を支える公共サービスを直接になう法人が多数含まれる。 住宅政策の後退 都市再生機構の公共賃貸住宅をはじめ、住宅金融支援機構の住宅ローンなども「民業を圧迫している」として見直しや民営化を検討。 病院事業から撤退 国立病院の診療事業や労災病院は設置そのものを仕分けの対象に。 これでは「事業仕分け」が国民の生活や生命を脅かしかねない。 消費者保護からの撤退 国民生活センターも「相談、広報、商品テスト」などすべての事業を対象にあげ、欠陥商品をチェックする製品評価基盤機構など国民の安全・安心を守っている検査法人も仕分けの対象。 国立美術館は結婚式場かレストランでもやって自己責任で稼げ 独立行政法人国立美術館、国立文化財機構、国立科学博物館の事業では、法人側から、運営交付金が削減されて「購入したい美術品が買えない」「日本人作家の作品が海外に流出する」などの厳しい現状が語られましたが、「結婚式場とかレストランで収入増を」などと主張し、「運営交付金は増やさず、自己収入の拡大で事業の拡充を」という結論を押し付けた。 派遣労働専門相談員を廃止 派遣労働者や企業の相談に応じるもので、派遣労働者の訴えにもとづいて企業を指導する権限もある。この仕分けによって、労働者にとってたよるべきところがなくなり、企業にとってはうるさいことを言う役所がなくなる、国の労働行政の責任放棄。 退職金共済 掛け金を人件費に 中小零細企業などの退職金を運営する独立行政法人「勤労者退職金共済機構」が政府の事業仕分けによって、運営費交付金が廃止されたために、加入者の掛け金から28億円を人件費に充当。本来なら掛け金は全額給付に回すべきもの。 中小企業、建設業、清酒製造業、林業の4共済に57万事業所580万人が加入している。公的共済であれば、国が人件費や事務費を負担すべきであるのに、これでは民間の共済とかわらない。さらに事業仕分けの中では「掛け金の引き上げ」まで主張。 鳥獣被害防止対策75%を削る シカ、サル、イノシシなどによる農作物の被害は長野県全域に広がって、被害農家には、「もはや農業を続けてゆく意欲もなくなってしまう」など深刻な事態。 今回の事業仕分けによって、対策費として県からの要望額3億7587万円に対して割り当て内示額は1億3272万円と約75%も削られてしまい、ゼロになった自治体は北相木村、辰野町、松川町、木祖村、王滝村、松本市、生坂村、野沢温泉村の9自治体。 山村の住民の足を切る 公共交通網の削減 元副知事は信毎の紙上討論の中で、事業仕分けで「公共交通網の存続や再編に取り組む地域を支援する国土交通省の補助金が大幅に削減された」ことを認めた。その理由として、国と県、市町村の役割を明確にしなければならないという問題意識がある、とのべて、「県や市町村が交通のあり方について全面的に責任をもつべきだ」と言い切っている。 国が地方自治体の財源を充分に保障した上の話ならともかく、地方交付税を一方的に大幅に削減した上、様々な国支出金や補助金を次々と削減や打ち切りをして、地方財政はどこでも危機的な状況にある。元副知事であったから県下の市町村の財政状況は充分承知のはず。その市町村に何の財政保障もせずに「交通のあり方は全面的に責任を持つべきだ」と突き放して言ってのけるとは、財政力の弱い山村の交通弱者に冷たい官僚の姿そのものではないだろうか。 以上、民主党政権のすすめている「事業仕分け」は、「税金の無駄使いをやめてほしい」という国民の願いを逆手にとって、国民が願っている本当に削るべきところを削らず、国民にとって必要なものを削る、とんでもないもの。 県政を、こんなふうに仕分けるのは、やめて欲しい。
2010年07月23日
朝から長野市でも33度とは!猛暑の中での熱い戦い、長野県知事選挙が始まった。 「手作りの・・・」と言う表現がぴったりの前安曇野ちひろ美術館長の出陣式は、草刈りが終わったばかりの長野市運動公園近くの事務所前の空き地で始まった。 「やさしく、力強く!」心に響いた前安曇野ちひろ美術館長の第一声は次のとおり。◎前安曇野ちひろ美術館長第一声 ありがとうございます。暑い中、たくさんの皆さんに集まっていただいて、ますます勇気がわいてきました。 私は今の長野県、本当にこれでいいのか、そう考えています。1兆6000億円にもなろうとする莫大な借金。これは誰がつくったんでしょうか。歴代の官僚出身の知事たちです。国から押し付けられた大型公共工事を進める中で、県民の大切な税金をどんどんつぎこんでいく。その結果がこの莫大な借金です。全国レベルでみても極めて危険なところにきています。これをなんとかしなければ長野県の財政再建はありません。 この借金をつくっていた大きな原因の一つにダムがあります。長野市で建設が始まった浅川ダム。これは長野市だけの問題ではないんです。ものすごい額の税金がここに投じられようとしています。私は現場に行きました。そこから長野市が見えました。こんな近くに巨大ダムを作っていいのかと、不安を感じました。地滑り対策に40億円もかかります。これはどういうことでしょう。危険な地域につくるからお金をかけなければいけないんです。しかも内水災害対策にはなんの役にもたたない。このことは村井知事も認めています。それにもかかわらずこのダムは進められました。私は、大切な県民の税金、それも何百億円という額を、雇用とか福祉とかそういう方向にむけられないのか、そう考えます。 私は本当に疑問だらけのこのダムに対し、国もダム全体を見直そうとしています。もう一度、検討し直す必要があるだろうと思います。そして、これは本当に危険で県民にとってプラスにならないものだというなら、考え直さなければなりません。 長野県はいまたくさんの問題を抱えています。子どもの環境、教育の問題、お年寄りの老後の不安、働く人たちの生活の不安など様々な問題があります。私は、自分の持つすべての経験と、蓄積をつかって、この長野県を本当に人々が暮らしやすい県にしたい、と立候補を決意しました。 県知事の仕事というのは、長野県のかじ取りです。どういう将来を展望するのか。そのビジョンを持ってなければ務まりません。私は長野県の素晴らしい自然、それをコンクリートの壁でうめてはいけないと思います。長野の自然を守る、長野の文化を守る、そういう基本的な姿勢をしっかり持たなければいけないと思います。 そしてもう一つ。長野の将来を担うのは子どもたちです。いま、子どもたちを取り巻く環境は非常に難しくなっています。残念なことに、長野県の不登校児の人数は全国一となってしまいました。昭和30年台までは最も低かったんです。なぜこうなってしまったのか。今、子どもたちの中で起きていることは、人間関係をつくることができなくなっている、そういう子どもたちがどんどん増えています。自然と接触すること、大人と接触することができなくなり、という問題が進む中で、いじめの問題もおこったり、学校に行けない子どもが出てきたり、様々な不安を持った子どもが出てきます。 私は、子どもの問題を解決するというのは県民全体が考えなければならないことだと思います。 全県に390以上の小学校があります。この小学校をひとつの単位にして、地域と学校と先生方が一緒になって子どもたちのことを考えましょう。幼児のころから自然にふれて、読書にふれて、こどもたちが様々なものに触れて、想像力が豊かになる。感性が豊かになる。そういうこどもが育たなければ、10年後、20年後、50年後の長野県はずっと沈んでしまいます。元気な子どもたちが育たなければ、この高齢化社会を支えられません。今、県民全体が本当に子どもの問題を考えなければいけないところにきています。自然の問題、文化の問題、子どもの問題、私はここに全力投球します。 私は祖父母をはじめ先祖代々信州で暮らしました。この信州を心から愛しています。母、いわさきちひろは黒姫高原にアトリエをつくりました。そこからたくさんの作品がうまれました。母の絵の根底にあるのは、信州の自然の美しさです。そこで暮らす子どもたちの姿です。私はそれをしっかり受け継ぎたいと思います。13年前ちひろ美術館をつくりました。経営が非常に難しいとされる美術館運営。これを軌道にのせました。今では毎年17万人もの人々が訪れてくださっています。8年前から信濃美術館の館長を引き受けました。当初10万人だったお客さんが今、30万人までせまりました。美術館は財団法人、公益法人です。人々の喜びのために運営されています。このことは県政も同じです。県民が喜ぶ県をつくる。これは私がずっとしてきたやり方も同じです。 私はこの愛する信州を、誰もが安心して暮らせるようにしたいと考えています。そのために、2つの信条を掲げます。 一つは、とことん現場を歩くということです。私はこの3ヶ月間、ひたすら県内中を歩きまわりました。農業のかた、林業のかた、製造業のかた、観光業のかた。教育現場、医療や福祉、あらゆる現場に足を運びました。その人たちから切実な声を聞きました。この声を、知事が先頭にたって聞く。この姿勢なしには長野県はよくなりません。 もうひとつは、弱い立場の人の側に立つことです。誰もが年をとります。誰もが障害をもつ可能性があります。弱くなったとき、その生活を守る。こういう政治をしなければいけません。 私は長野県を本当に皆さんが安心して暮らせる県にするため全力を尽くします。皆さんどうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
2010年07月22日
いよいよ明日から長野県知事選挙。 日本共産党は37団体で構成する「明るい県政をつくる県民の会」の一員として、「わくわく信州」が擁立した前安曇野ちひろ美術館長の松本たけしさんを支援する。参議院選挙の直後の選挙で、短期決戦でもあり、「松本たけしさんってどんな人?」というお問い合わせも多いので、「県民の会」から頼まれて、私が「わくわく信州」副会長の平野稔(平安堂会長)さんにインタビューし、「県民の会ニュース」で紹介することとした。インタビューの内容は次のとおり。 松本たけしさんとともに、光り輝く長野県を (わくわく信州 平野稔副会長にお聞きする) (質問)松本たけしさんといえば、安曇野ちひろ美術館や長野県信濃美術館・東山魁夷館の館長さんとして有名ですが、行政経験ではどうでしょうか? 松本たけしさんは、父は、元衆議院議員で弁護士の松本善明氏、母は絵本画家いわさきちひろ氏です。松本さんは、幼い頃から美術に親しんできましたが、97年に安曇野ちひろ美術館を建設します。この美術館は、訪れる人の立場にたって、美術館がもっと楽しく、居心地のよい場所であっていいはずと考え、ちひろなどの絵があるというだけでなく、絵を見なくても楽しめ、昼寝のできる美術館をコンセプトとして建設されました。今では長野県でも有数の美術館、観光スポットとしてすっかり定着しています。 さらに、2002年に長野県信濃美術館・東山魁夷館の館長に就任しました。学校教育と美術館の連携を進め、「生活の中の美術」や「子どもが楽しめる美術」などを基本方針に盛り込み、「お客さんを待っているだけではなく、職員全体のやる気を引き出し、創意の発揮を」と改革に取り組み、次々と企画展を成功させました。こうして、一時は10万人から3万人台まで落ち込んでいた入場者は、30万人台まで大幅に伸びることになりました。 松本さんは、県の職員一人ひとりは優秀なのに、その力が発揮されていないとして、官僚型のタテ割り行政の問題を鋭く指摘しています。 豊かな想像力、企画力、そして、行政手腕としても、しっかり任せられる頼りになる人です。(質問)松本さんは、この間、積極的に現場に足を運んでいますね。 松本たけしさんは、焦点の浅川ダムの問題でも3時間かけて現地を調査、その後地元住民のみなさんと膝を交えて懇談し、浅川ダムが40億円もかけて地滑り対策を行うのに内水被害にはあまり役にたたないことについて、常に現場に学び、現場の声に耳を傾けることの大切さを強調しました。 介護施設や農・林業で働く青年のところなど現場に足を運び、語り合っていますが、県政の転換にとって最も大切な姿勢ではないでしょうか。(質問)松本さんの原点、理念についておきかせください。 松本たけしさんは、ベトナム戦争への抗議の思いをこめた絵本「戦火のなかの子どもたち」を、ちひろとともに制作しますが、その後ちひろが亡くなり、「子どもの幸せと平和」「絵本文化の発展」を理念に掲げ、世界初の絵本美術館としてちひろ美術館を建設しました。 また、松本さんは、「今の世の中、いろんなものが失われていっているでしょう。とても素朴なんだけれどたいせつなもの、それが絵本の中にはあるんです」という、いわさきちひろが残した言葉を紹介しながら「素朴だけれど大切なもの」を発信したいと熱い気持ちで決意しました。 長野県の未来を県民とともに切り開くリーダーにもっともふさわしい人として、急速に支援の輪が広がっています。ぜひ、みなさんのご協力をお願いします。
2010年07月21日
午前中、飯田市にある党飯伊地区委員会で打ち合わせがあり、高速道でとんぼ返りして、何とか午後2時からの県政報告会に滑り込みセーフで間に合った。地元の北堀公会堂で佐藤久美子市議とともに県政市政報告会。 私自身は、約1ヶ月にわたった定例県議会があり、年度末の行事もあって、なかなかお誘いの時間が取れなかったが、党支部や後援会の皆さんが約1000戸の北堀地区に後援会ニュースや私の県議会報告とともに、今日の報告会のご案内ビラを全戸配布してくれ、辻々でハンドマイク宣伝もしてくれてあったおかげで、会場へ向かう私に、ちょうど通りかかった初老のおじさんが、「今日、2時から公会堂で何かあったねー。」と声をかけてくれた。お顔に見覚えはあるものの、「どこのおうちの人だったっけ?」と思いながら、「ええ、私の議会報告するので、是非お出かけください。お待ちしていまーす。」と応えながら、内心、「本当に来てくれるかな?」と半信半疑だったのだけれど、ちゃんと来て下さって、感激。我が家の向かい側のおうちの方や、何人もの皆さんが初参加。しかも、ざっくばらんに質問や発言をして盛り上げてくださって、「体に気をつけてがんばって。」と激励していただき、益々がんばらなくては。 長野県の財政運営と行政改革についての私の報告に対して、「そんなに1550人も県の職員を減らして、いったい、県民のためのサービスがちゃんとできるのか?」「必要な専門分野の職員は、きちんと配置してほしい。」と意見が出た。 また、赤沼(浅川最下流の長沼地区内にある)に実家があるという男性(初参加)は、「小さい頃から水害は経験しているが、浅川の水が、増水した千曲川に流れ込めないため。あの辺に住んでいる人たちは、上流にダムをつくっても、赤沼の水害がなくならないことは、本当はみんなわかっている。」と発言。危険な地滑り地へのダム建設にお金をかけるより、排水ポンプの増強や遊水地を早く検討してほしいと訴えた。 そして、やっぱり、いったん再検証するといいながら、知事や県議会のダム推進勢力の声に押され、早くも方針変更して、浅川ダムへの補助金を自民党政権時代に計上したほぼ満額を計上すると表明した前原国土交通大臣や民主党政権への失望が語られ、やっぱり、国政の大本を変えなければ・・・と。 閉会のあいさつでWさんは、「今日は、お忙しいところをお出かけいただき、ありがとうございました。これからも、各地域ごとに県政市政報告会を開いていく予定ですので、ご協力、ご参加をよろしくお願いします。」と呼びかけた。ひきつづき、きめ細かく開いて、県政の実態や私たちの議会活動をお伝えし、多くの皆さんのご意見や要望をお聞きしていきたい。 地域ごとに開くこのような県政市政報告会は、ざっくばらんな懇談ができることが、とても勉強になる。
2010年03月27日
これまでも、夫の暴力からの緊急避難が必要な女性たちへの対応などでお世話になっている、この長野女性相談センター所長さんが、この3月末で退職されるということで、今までのお礼かたがた、在任中にお話を伺いに行った。 最近の女性相談センターで保護する女性の95%がDVで、2分の1は30代、子ども連れが増えているとのこと。当然のことながら女性が同伴する子供たちもDV(児童虐待)被害者であることが多いにもかかわらず、売春防止法に基づいて設置された女性相談センターは、基本的には児童相談の機能をもたない場合が従来の状態。 所長さんのご尽力もあり、昨年11月から経済対策の緊急雇用で、保育士さんを募集したところ、幸いにも大変良い人に来てもらって効果を発揮しているとのこと。しかし、緊急雇用は原則として6ヶ月で、更新は1回のみのため、来年3月以降の保障は無いという。学習指導も週2回2時間の支援に、全くの無報酬のボランティアで退職した先生が来て下さっているのだとか。 DV被害者で心身疲労状態の母親の育児負担を軽くして、自立を支援できる体制の充実は大きな課題。それでも経済対策の補正予算を活用して、相談センターの追い炊きできなかったお風呂の改修や、子供と一緒に入浴できる大きなお風呂もでき、壁紙の張替えや畳の改修なども進んで、快適な施設に改善されてきたことを聞いて、救われる思いもした。 DV被害者の女性と子供たちのために、暖かい支援の手が差し伸べられるよう、がんばりたい。
2010年03月26日
本日付の読売新聞の報道によれば、前原国土交通相は、有識者会議に「ダムによらない治水対策の方針」を諮問し、自治体が建設するいわゆる補助ダムについても国の方針への協力を文書で要請し、浅川ダムなど自民党政権が新年度の補助金を概算要求で計上していたダムについても再検証の対象としていた方針を事実上転換し、自治体が工事の契約をし、県議会などが予算を可決したダムに補助金を出さないことは国の裁量権の逸脱のおそれがあるなどとして、浅川ダムにも自民党政権時代に計上していたほぼ満額の約25億円の補助金を新年度につけることを決めたという。 もともと、国の有識者会議などの報告が出る前に、駆け込み発注されそうな状態にあるダムであることを承知のうえで再検証の対象にしていたにもかかわらず、事実上、今回の方針転換で駆け込み発注、駆け込み建設を後押しすることになるのだから、政権発足後の経過は、いったいなんだったのだろう。 これでは、自民党時代と何が違うというのだろう。「コンクリートから人へ」はうそだったの?と、相つぐ国民への裏切りに、新政権への失望感は増すばかり。 日本共産党長野県議団として、抗議声明を発表した。 「自治体ダムに補助金満額」の国交省方針に抗議します 2010年3月25日 日本共産党長野県議団 団長 石坂 千穂 マスコミ報道によれば、前原国土交通相は事業主体の自治体に再検証を求めていた補助ダムについて、24日、補助金を要求どおり、ほぼ満額配分する方針を決めたとされています。その理由として、補助金適正化法が、自治体から補助金の交付申請があった際、法令違反がないかなどを確認した上で、国に速やかな交付決定を求めており、国交省は「申請どおり補助金を交付しないと、違法となる恐れがあると判断した。」としていますが、これはまったくの言い逃れに過ぎません。 補助金適正化法は第6条で「補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか」を判断し、また河川法では2分の1を超えない範囲を負担することを定めていますが、これらの法律は、国が上限いっぱいの2分の1の補助金満額を交付することを義務付けているものではありません。 しかも、民主党政権は、まさに「コンクリートから人へ」のマニフェストを掲げて政権を獲得したのであり、前原国土交通相も昨年12月15日付で「たとえ補助ダムと言えども国が5割、7割の補助金を出す以上、自動的に補助金を交付するわけにはいかない。」と30道府県58箇所の補助ダムの再検証を「ご協力のお願い」文書を知事に出して要請しています。今回の補助ダムへの補助金満額交付は、この間の民主党政権の示してきた方向にもまったく逆行するものであり、国民への大きな裏切り行為です。これでは、自民党・公明党政権時代に計画した自治体の公共事業は、基本的に方針転換することも、やめさせることもできなくなってしまいます。 日本共産党長野県議団は、今回の補助ダムへの補助金満額交付の方針に抗議し、民主党政権にはマニフェストの誠実な実行の努力を強く要請します。また、無駄で危険な浅川ダムの建設に反対し、引き続き奮闘する決意です。 以上
2010年03月25日
昨年12月22日に県監査委員宛に提出した浅川ダムの建設差し止めの住民監査請求が、「県の支出は違法とは言えない。」と請求を棄却されたために準備している住民訴訟の取り組みが、いよいよ大詰め。 以前(1990年代)、現在の村井知事の前の前の吉村知事の時代に取り組んだ浅川ダム差し止めめの住民訴訟が300人弱の原告団だったことを考え、当時よりもはるかに浅川ダムの危険性や、効果がないことを認識している住民が増えていることから、300人以上の原告団、訴訟負担金は一人1万円で300万円以上集めることを目標に準備を進めてきた。当初は「本当に300人も原告になってくれるだろうか。」「一人1万円は大変。でも、訴訟費用は作らなければね。」と、不安の声も出て、訴訟負担金は、家族で1万円でも良いということになったが、今日の報告では、原告は、すでに400人を突破し、訴訟負担金も、ほぼ300万円に達したとのこと。 みんなの力ってすごい! 世論の一部には、県議会が、ついに浅川ダム本体工事の請負契約を賛成多数で可決してしまったことから、「もう、工事が始まってしまうから、反対してもだめじゃないの?」と言う声が出ているが、滋賀県に次いで、大阪でもダム撤去の動きありと言うニュースもある。また、今月11日には、「公共事業チェック国会議員の会」の会長、事務局長である民主党の松野信夫参議院議員、大河原雅子参議院議員の連名で、前原国土交通大臣に「『補助ダム』問題に関する緊急提言」が出され、「浅川ダム及び新内海ダム、路木ダムについて、来年度の本体工事にかかる補助金の交付を見合わせること。」としている。 揺れ動く新政権の動きとあいまって、たたかいはまだまだこれからだ。納得できない思いを抱えている多くの県民の皆さんと、私たちも力を合わせてがんばりたい。
2010年03月18日
開会中の県議会は、17日で閉会の予定だが、閉会日の本会議に任期途中で退任する県の高見沢代表監査委員の後任として、現職の浦野総務部長を提案すると人事課長から連絡があった。その後のマスコミ報道では、「知事側から後進に道を譲るよう打診を受けた。」とされていたため、日本共産党県議団としては、「知事自身も監査される立場である第三者機関の代表監査委員に、知事が事実上の辞任要求をするのはおかしい。」と言うことになり、正副議長人事の合間を縫って、知事に申し入れをした。 大変驚いたのは、私たちの申し入れに対して、開口一番、村井知事が、「後進に道を譲るように打診したのは事実。」と、あっさりとマスコミ報道を認めたこと。 常勤監査委員は、県職員の退職後のポストのひとつではない。むしろ、第三者機関として公正な監査を行なうためには、特別な場合を除いては職員OBは避けるべきという総務省の指針が出されており、時代の流れは、公認会計士や弁護士会社経営者などの専門的な見識のある人の起用が望ましいとされている。知事自身も監査を受けることにもなる監査委員に、知事が辞任を打診するのは、その監査委員に監査委員としてはふさわしくない行動があった時のみと、地方自治法の定めもある。 知事は、私たちの申し入れに対し、「代表監査委員が、それなりに安定した生活保障のある役職と承知している。」などと、やはり、職員の退職後のポストのひとつと言う感覚。「後進に道を譲ったらと打診したのは事実だが、ご本人には断る自由もある。辞任を最終的に判断して決めたのはご本人。」と、あくまで自分には責任がないという態度。 また、定年前の現職の総務部長を常勤監査委員に起用することは、果たして、公正な監査ができるか疑問があると言う私たちの主張に対し、知事は、「有能な人物は、どんな立場に立ってもすばらしい仕事ができる。村井県政について、厳しく検証してほしいと言えば、実は、もっとも厳しい指摘や検証ができるのは、私自身。県政を知り尽くしている浦野総務部長こそ、もっとも厳しく適切な監査ができる。」と、驚くべき見解。 いったい、監査とは、監査委員の身分、役割とは、何なのだろう。少なくとも、県職員が、現職で横滑りするポストであってはならないはず。これは、浦野総務部長の能力、人柄、資質とは、まったく別のことだ。第三者機関としての役割が果たせる配慮は、人事においても大切ではないだろうか。 私たちは、まだ正式な議会への提案でないのだから、この提案は考え直してほしいと要望したが、知事は、撤回の意思はない様子。 このままでは、この人事、賛成できない。 新しい正副議長は、立候補者がひとりづつだったため、指名推薦での選任が確認され、議長には第2会派である改革・緑新の寺島義幸県議、副議長に第1会派の自民党の木下茂人県議が決まった。
2010年03月15日
県議会は今日から代表質問。 午前中が自民党県議団の風間辰一県議、午後が改革・緑新の竹内久幸県議。 今年は、7月に参議院選挙、長野県では8月が県知事選挙の年。村井知事が再選をめざすのかどうかだが、新年になってからの言動は、「意欲満々」であるというのがおおかたの見方。 今日の代表質問では、風間県議は、「卓越した指導力」と、村井知事を天まで持ち上げ、竹内県議は政治姿勢について質問し、「(前県政の)瓦礫の山を片付けて、県政の建て直しにがんばってきた。」ことを強調し、「今は、与えられた任期を精いっぱい全うするだけ」と答弁する知事に対し、「知事の政治姿勢については、今のところ何も言うことはございません。」と、満面の笑みで事実上のエール(?)。両県議とも、知事選への出馬の意思を確認する質問だったが、知事は名言こそ避けたものの、出馬を否定はしなかった。 私自身は、ちょうど一年前になる西松建設違法献金事件に関わる事情聴取を受けた直後の村井知事の元秘書だった右近謙一氏の自殺事件のことを考えただけでも、暗澹たる気持ちになる。心ある多くの県民の皆さんも、決して納得していない政治の闇を抱えたまま、長野県政が淡々と進んで行っていいはずはない。
2010年02月23日
昨夜、昨年11月に結婚した長女からメールがあり、熱があるとのこと。長女夫婦は松本に住んでいて、今日、実家である我が家へ二人で来ることになっていて、久しぶりに家族全員がそろうかと思っていたのだけれど、来れそうも無いとのこと。 二人とも38度台の熱とのことで、「もしや新型インフルエンザ?」と心配になり、病院へ行くように勧めたが、元旦でもあり、松本の救急医体制のことも良くわからず、病院も知らないと不安そうなので、新年早々、申し訳ないと思いつつ、松本の藤沢のり子県議に電話してしまった。 早速、松本協立病院に連絡をとってもらい、すばやい対応で、二人とも仲良く新型インフルエンザであることが判明し、お薬をもらって帰宅したとのことで、まずはひと安心。 困った時には、やっぱり「持つべきものは友」、「遠くの親戚より近くの他人」とは、よく言ったもの。藤沢さんに、お礼の電話。 今朝、電話をしてみると、病院でもらったお薬の効果か、娘は熱が下がってきたようだが、娘の夫は39度とのこと。食べ物などを届けがてら、様子を見に行ってあげたいところだが、今日は、地元の朝陽地区の成人式。 きのうとはうって変わって青空も見え、陽射しもさして来て、お天気に恵まれた成人式となった。 例年のこととは言え、女性たちの振袖姿の華やかさ、スーツ姿の若者たちのさわやかさ、若さがまぶしいほどだ。 私は、来賓でお祝いのごあいさつをさせていただいた。公民館の役員の皆さんの手作りの心のこもった成人式を契機に、新成人の皆さんには、温かい地域づくりの担い手にもなってほしいこと、今年は参議院選挙、県知事選挙の年でもあり、新成人の皆さんがはじめて主権者として投じる一票に期待していること、厳しい経済情勢、地球温暖化、核兵器廃絶などの世界的課題が日々の暮らしにも直結する時代に、新成人の皆さんの若い正義感と行動力に期待していることなどを述べて、お祝いのごあいさつにさせていただいた。 新成人代表のあいさつを聞いていて、厳しい現実をしっかり見つめ、社会の一員としての自覚と夢をもって、主体的に生きていこうという意欲を感じ、また、そのあいさつを、しーんとして真剣に聞いている新成人の皆さんの姿を見ていて、今の若者たちも、なかなか捨てたものではないと、感心した。日本の未来に明るい希望が持てそうな気がする。 ミニ・コンサート、お茶とコーラ、ジュースでのノン・アルコールの祝賀会と続いた成人式が終わり、帰宅。娘夫婦の分と用意したおせち料理をお重箱やプラスチック容器などに詰め、夫の運転する車に乗り、年末から我が家に来ている次女と2人の孫の総出で松本へ。 顔を見るまでは、心配していたが、娘の夫も39度もあった熱が37度まで下がったとのことで、二人とも思っていたより元気そう。インフルエンザ治療薬タミフルの効き目はなかなかのもの。とにかく、良かった。 「お大事に。」と娘夫婦と別れを告げて、せっかくだからと、みんなですぐ近くの松本城へ。 冬の澄み切った空気の中で、お堀に写った松本城のたたずまいもなかなかのもの。孫たちは、お堀の水の中の大きな錦鯉や、泳ぎ回るかもや白鳥に歓声をあげていた。
2010年01月02日
2010年を迎えた。朝からあいにくの雪模様。そのため、来賓で参加することになっていた、地元の長野運動公園で行なわれる予定だった「元旦マラソン」は、中止になったとの電話連絡が入った。速さを競うのではなく、老若男女が楽しく交流することを目的としているマラソン大会だけに、残念。 午前10時半からは、恒例の善光寺に初詣の皆さんに向けての新春街頭宣伝。今年の参議院選挙の長野選挙区予定候補の中野早苗さん、和田明子県議、原田のぶゆき市議団長、佐藤久美子市議とともに、宣伝カーからごあいさつ。さすが善光寺で、雪模様にもかかわらず、初詣の参拝者はあとをたたない。寒いのに、乗用車の窓をあけて手を振ってくださる方をはじめ、手振りの反応もとても良い。私の地元の党支部では一番新しい党員のZさんが、難病の不自由な体で街頭宣伝を聞きに来てくれたのにも感激。今井党県委員長をはじめ、雪の中でビラ配りをしていただいた皆さんにも感謝。 3日、4日と中野早苗さんと私が、沖縄の名護市長選挙の支援募金を届けに行くことをニュースで知ったという党員がのし袋に入れた募金を届けてくれ、その思いも届けなくては。 宣伝終了後、街頭宣伝の間中、向かい側で私たちに手を振ったり、時々雪合戦を始めたりしていた二人の孫たち、夫、娘と一緒に、善光寺にお参りし、孫と娘はおみくじを買った。小学1年生の孫は「大吉」、3歳の孫と娘は「末吉」だった。仲見世でお汁粉、アイスクリームを食べて帰宅。届いていた年賀状のお返事書きで一日が終わる。 参議院選挙、長野県知事選挙の年。 変わり始めた政治の流れを、本物の改革に結び付けられるよう、そして大きな希望のもてる年になるように、私もがんばりたい。
2010年01月01日
定例の長野県議会が今日から始まった。総額約217億円の補正予算案等の提案とともに、県の人事委員会の勧告に基づく職員給与、手当引き下げの条例改正案が提案された。この改正案の取り扱いをめぐって、結局収拾がつかず、夜8時半現在、付託された総務委員会が暫時休憩のまま、月曜日に持ち越すこととなった。 これは、正直言って、予想外の展開。 今回の提案は、簡単に主な点を言えば、県内経済の落ち込みが厳しい情勢のもとで、県人事委員会が無作為に抽出した県内企業のボーナス支給状況を調査し、その平均が県職員に比べて0.72ヶ月低かったことを根拠に、0.7ヶ月の削減を勧告し、知事がこの勧告を尊重して完全実施することを提案して労働組合と交渉を重ねたものの、この削減が国の人事院勧告0.35ヶ月の2倍と言う大幅なものだったことから労使の合意に至らず交渉は終結、そのまま0.7ヶ月の削減が議会の採決にゆだねられたと言うもの。 日本共産党県議団としては、11月19日に、村井知事あてに、県議会開会までにまだ時間はあることから、労使交渉の再開の努力や、人事委員会の勧告は尊重しなければならないが、国や他県の状況も参考にして、県内経済に与える影響も考慮し、県としての独自の配慮ある判断やぎりぎりまでの努力をしてほしいと申し入れた。しかし、残念ながら、「人事委員会の勧告を尊重すると言うのは、勧告内容を100%実施することしかない。」と言う県の態度は変わらず、私たちの申し入れは事実上無視されて、今日を迎えた。 午前10時から開かれた会派代表者会議で、私は、過去には前知事の時代、労使が合意していないままの提案を議会が決めることは、労働組合の存在意義を否定しかねないと、提案を議会として知事に差し戻したこともあることを紹介し、このような提案は非常に残念であり、私たち日本共産党県議団としてはこのような提案の採決には加われないと発言した。 自民党県議団長からは、「石坂さんの主張は半分は理解できるが、半分は賛同できない。」と言われ、創志会の代表からは「労使交渉で合意することが前提であり、それが望ましいが、合意できないこともあるのだから、そのときは、選挙で選ばれた議員が決定する責任がある。」と言う意見が述べられた。 しかし、その時点では、今回の人事委員会の勧告には問題はあるが、知事は勧告を尊重しなければならない立場だから、問題点は指摘するが、私たち共産党以外の会派は、基本的に知事の提案には賛成し、夕方には本会議で承認されるだろうと言うのが大方の見方だった。 午後1時から本会議で知事提案があり、休憩後給与改正案についての質疑が行なわれ、日本共産党県議団からは備前県議が質疑。 その後文教委員会、総務企画警察委員会に付託され、文教委員会は、早々と日本共産党の小林伸陽県議が棄権した以外は全員の賛成で採択されたが、総務企画委員会は、人事委員会委員長の答弁をめぐって紛糾し、休憩に。 地方公務員法第24条3項は、「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」と定めている。ところが市村人事委員会委員長が、今回の勧告の検討に当たって、民間との格差是正を重視し、他の条件は考慮しなかったと言う趣旨の答弁をしたため、勧告が地方公務員法に反する恐れがあるとして紛糾したもの。 休憩後、総務企画委員会は協議会を開き、各会派に持ち帰っての話し合いの末、地方公務員法違反の恐れのある勧告は認められないため、この勧告を実施すると言う知事の提案はいったん取り下げ、再度知事の判断による提案を労組との合意を得て月曜日に再提案するよう、議会として申し入れることになり、正副議長と総務企画委員会正副委員長が知事への申し入れに向かった。わが県議団の藤沢のり子県議が総務企画委員会の副委員長のため、みんなで藤沢さんが帰ってくるまで控え室で待っていたが、なかなか帰ってこないので心配していたところ、結局、今日のところは知事には会えず、総務部長は、人事委員会の検討は地方公務員法に沿ったものになっていると主張し、議長に任せて帰って来たとのこと。 たぶん、土、日をはさんで事態の収拾策が図られ、提案どおりの可決になるのだろうな、と言いながら、夜道を帰宅した次第。
2009年11月27日
県議会は一般質問最終日。日本共産党県議団は藤沢のり子県議が最後の質問者。国民健康保険料の減免制度の活用や、学校徴収金の軽減、児童・生徒のめがね購入への補助金制度の創設、不登校問題などを質問した。 県教育委員会が、県内の市・郡別の不登校数をはじめて公表したことについて、この議会で多くの議員から質問があったが、私たちが一番心配したことは、市町村を数字で競わせることにつながり、それが学校同士を競わせることになり、さらに学年、クラスごとの競争をあおることになれば、保健室登校の無理やりの奨励で登校日数を増やす操作が始まったり、実態が正確に報告されなくなるおそれも出てくることや、何よりも、時間をかけて解決をはからなければならない不登校の問題を、登校させることを急ぐ活動に追い込むことで、事態がさらに悪化することだ。 藤沢県議の質問に矢崎教育委員長は、「深刻な実態を共有することが目的で、数字を減らすことが目的の公表ではない。」と答弁した。その言葉どおり、いたずらに数字を減らすことを急ぐ指導は決してしてほしくない。そして、日々、子供たちに向き合っている現場の教師や「親の会」の保護者、子供たちの生の声に耳を傾けてほしい。 今日の県議会で、私たち日本共産党県議団が提案した「核持ち込みに関する密約について真相解明を求める意見書」が賛成多数で(創志会が反対)、「温室効果ガス削減の中期目標に関する意見書」「日米FTA条約に関する意見書」(それぞれ自民党県議団と共同提案)「障害者自立支援法の見直しを求める意見書」が全会一致で採択された。 「後期高齢者医療制度の廃止を求める意見書」は創志会の金子ゆかり議員が「せっかく定着してきた制度を廃止は混乱を招く」と反対討論をして賛成少数(改革・緑新、日本共産党、トライアル信州、北山議員が賛成、自民、県民クラブ・公明、創志会は反対)で否決。 私が提案説明をした「高校授業料の無償化等を求める意見書」もほぼ同様の賛否(23対31)で残念ながら否決。提案説明でも紹介したが、総選挙の各党のマニフェストでは、自民党も低所得者の高校授業料無償化、公明党も所得に応じた高校授業料減免をかかげていて、各党の間の大きな政策的相違は無いし、長野県の高校生の約1割が授業料減免、定時制では24%が減免を受けていると言う現実なのに・・・残念。 議会終了後、慌てて長野市民会館にかけつけ、今日は、日本共産党も参加している「市民が主人公の長野市政をつくるみんなの会」の緊急総会。急な総会にもかかわらず、約250名の皆さんが参加。 長野市長選については、総選挙前に、民主党長野県連の複数の幹部からも、「冷たい市政の転換で是非一緒にがんばれるように、また相談しよう。」との私たちへの打診もあり、民主党が公募でしぼった3人の候補者の一人に他薦で高野さんも入っていて、北沢代表と高野さんの会談でほぼ合意できたとされていたものが不調に終わったとの情報で、私たちは、民主党も含めた広い共同の可能性も視野に入れていただけに、大変残念。 「みんなの会」として、幅広い勢力と共同できる候補者擁立を努力してきたが、私が、「みんなの会」の代表委員としてこれらの経過を報告し、かねてから支援要請を受けていた無党派市民グループ「わくわく!ながの」が擁立し、今日の記者会見で正式出馬表明した高野登さんの支持を提案、満場の拍手で決定した。 総会参加者が、それぞれ長野市政への思いや願いを発言し、高野登さんにもごあいさつしていただいた。「手がけてきたホテルの仕事に未練はあるが、(辞職して立候補を決意したことは)後悔はない。故郷のためにお役に立てるなら・・・」と言う高野さんの静かな語り口に、揺るがぬ決意を感じた。 いずれにしても、もはや短期決戦。新しい市政の流れを作るために、がんばりたい。
2009年10月02日
本日付の「しんぶん赤旗」で報道されているが、昨日公表された2008年の「政治資金収支報告書」によれば、大規模な「非正規切り」を行った日本経団連の中枢企業が、自民党に多額の献金をしていたことが明らかとなった。 トヨタ自動車は6440万円、キヤノンは5000万円、パナソニック、東芝、日立、本田技研なども、軒並み3000万円台の献金をしている。 重大なのは、「非正規切り」が強行された時期、2008年10月から12月末にかけてのものが目立っていること。自民党は12月30日付で日立製作所から1026万円、富士通から800万円の献金を受けとっている。パナソニック、三菱電機、ソニーなどが会員の日本電機工業会から12月15日に、7700万円を受け取っているし、日本自動車工業会からも8040万円を受け取っている。 大企業は、一方で派遣切りを大規模に進めながら、他方で自民党には巨額の献金をするというやり方をしていたことになり、これでは、自公政権が、大企業の派遣切りにモノが言えなかったのもムリはない。昨年末の日本中に衝撃を与えた「年末派遣村」のテレビを通じての光景や、その後私たち自身も相談にのってきた派遣切りに実際にあった人たちの悲惨な、狂わされた人生を思うとき、到底許されないことだ。しかも、見過ごすことができないのは、これらの業界団体が「公益法人」として認められ、国から補助金を受け取ってきたこと。税金を受け取って、それを政党に還流していると言われても仕方がない。その献金は、自民党にだけでなく、民主党も流れている。 よく、政治評論家などが、企業献金が政治をゆがめている現実を指摘しながら、「しかし、現実には企業献金を今すぐ無くしたらやっていけませんからね。」などと、もっともらしく言っているが、現に、日本共産党は、企業献金も政党助成金も受け取らず、自分たちの党費と「しんぶん赤旗」の収益、国民の皆さんからの浄財だけでがんばっているのだから、できないはずはない。 前向きな政治の変化を作り出している民主党の新政権には、この問題でも是非メスを入れてがんばってほしいものだ。
2009年10月01日
今日から9月定例県議会が始まった。 総選挙で、政権が交代してから初めての県議会。県議会の力関係は変わらないままだが、どのような変化が始まるかは、なかなか興味のわくところ。 前原国土交通相が見直しを表明した浅川ダムについては、当然のことながら、私たちは入札のいったん中止を求めていくが、どんな論戦が交わされるだろう。国民が総選挙で選択した予算の優先順位、税金の使い方の優先順位の見直しは、県政の場でも行なわれるべきだと思う。 また、団会議では、すでに新政権が表明しはじめている後期高齢者医療制度の廃止、障害者自立支援法の見直し、高校授業料の無償化、アメリカとの核密約の調査などを促進するよう、意見書を出そうと決めている。 議会の開会日はいつもそうだが、今日も、多くの団体の皆さんが、請願や陳情、ごあいさつにまわってこられた。県が10月から値上げを決めている福祉医療費の手数料値上げに反対する会の皆さんが、小さな子供さん連れで来られたが、6月議会以降の期間に、1万8千名を超える署名を集めたとお聞きして、その願いの切実さを痛感した。 長野県の中期総合計画は、確か、「子育て、出産にやさしい長野県への挑戦」を掲げていたはず。総選挙でも明らかになったように、子育て支援の重要な課題のひとつは経済支援だ。口先だけでない子育て支援を、県政においても、お母さんたちの思いに暖かく寄り添って実行してほしい。
2009年09月24日
朝から温泉に入り、10時過ぎまで旅館でのんびりしていて、孫たちと地獄谷野猿公苑へ向かう。山道を車で登り、駐車場の入り口が車のすれ違いができないため、10分くらい渋滞。予想以上に、たくさんの人たちが、家族連れや若いカップル、年配の人たちもおおぜい来ていてびっくり。 駐車場で車を降りて、川沿いの道を少し歩くと川の向こう岸に温泉が湧き出ているらしい湯気が立ち上っていた。たちこめる硫黄のにおいに、孫たちは、「おじいちゃん、おならしたの?」と聞くので、大笑い。「温泉の硫黄のにおいだよ。」と教えると、「ふーん、温泉のにおいかあ。」と、感心した様子。「あっ、また、温泉のにおいだ。」と、喜んでいた。 3歳の孫は、旅館を出るときに買ったミルク・ティーのペット・ボトルを持って、「お猿さんにミルク・ティーあげるんだ。」と張り切っていたが、娘に「食べ物や飲み物を勝手にあげちゃいけないんだよ。」ときつく言われてしまい、がっかりしていた。そればかりか、いざ、お猿さんがたくさんいる野猿公苑の中に入り、最初は通路に猿がいても、夫と手をつないで珍しそうに見て歩いていたが、叫び声をあげて喧嘩する猿を見たとたん、「わーっ。」と泣き出し、夫が抱っこしても、「怖くないんだよ、ほら、あそこに赤ちゃん猿がいるよ。かわいいよ。」などと声をかけても、泣き止まずに、夫にしがみついている。ついに、温泉に浸かっている猿たちの前で、泣きべそをかいての記念撮影となった。
2009年09月23日
祝日法の改正で、今年は20日から23日が事実上の連休になり、5月のゴールデン・ウィークとの対比でシルバー・ウィークと言うのだそうだ。連休だからと言って仕事が休みにならない娘に代わって、今日は夫と2人で孫孝行(のつもり)。孫たちが好きな須坂市動物園と臥竜公園で午前中いっぱい遊び、途中でお昼を食べて、早目に湯田中温泉へ。孫たちも、温泉に入ったり、泊まるのが大好きで、日頃から「温泉へいこうよ。」「温泉へいこうよ。」と、しょっちゅう言っているので、今日は念願の温泉に来て、大満足の様子。 夫と孫たちがお散歩に行っている間、私はまだ明るい内からウトウトとお昼寝。たまには、こんな日があっても、バチはあたらないよね。 仕事が終わった娘が電車で到着して、やや遅い夕食。小学1年生の孫は旅館の子供用浴衣がぴったりでかわいい。3歳の孫も一人前の子供用の食事が前に並び、満足そう。温泉の窓からは、こじんまりとした日本庭園の苔むした石や山野草、カエデの木などを見ながら入浴できて、風情もまあまあ。落ち着いた温泉のお風呂は、やっぱり癒されるし、体が芯から温まる。孫たちは2人とも自分で体を洗い、楽しくて、うれしくて仕方がないという様子。「お部屋のお風呂にも、あとから入ろうね。」などと、声を弾ませていた。(結局、お部屋のお風呂には入らなかった。) 孫たちにも、楽しい一日になったかな。
2009年09月22日
政府は、今日の閣議で、総選挙前の自民・公明政権が決めた総額15兆3千億円の補正予算のうち、経済効果が低いと判断した公共事業を中心に執行を停止し、衆院選マニフェストで示した「こども手当」等を実施する財源確保を目指すことを決めたという。 また、前原国土交通相は、全国で建設中、または計画段階にある直轄ダムや導水路、補助ダムなど計143事業すべてについて、「改正河川法の趣旨である住民参加の視点から、順次見直しをしていく」と述べ、事業継続が妥当かどうかの見直しを行なう考えを表明したという。 対象は、すでに中止の方針を表明した群馬県の八ツ場ダム、熊本県の川辺川ダムを含む国直轄のダムや導水路が48事業、自治体が事業主体の補助ダムが87事業、独立行政法人水資源機構が建設、計画中が8事業。 補助事業の87には、長野県内の浅川ダム、角間ダム、黒沢生活貯水池、駒沢生活貯水池、松川ダム再開発事業が含まれている。これらの事業は、長野県が事業主体だ。 見直しの優先順位については、自治体の議会や首長の意見を参考にするとのこと。 浅川ダムに反対し続けてきた私たちにとっては、とりあえず、明るい希望が見えてくるうれしいニュース。しかし、すでに9月10日に、長野県当局が今年度中のダム本体建設工事発注をめざして、入札公告を行なったこと、10月22日の入札締め切り、11月13日の開札、12月に仮契約、その後の議会承認、今年度中の発注・・・と言う規定の方針にそって、何がなんでもダム建設を進めようとしているぎりぎりの時期でもあり、これで浅川ダムが中止になるかどうかは予断を許さない。 前原大臣の表明も、「見直し」であって、「中止」ではない。前原国土交通そ相は河川法改正の趣旨にそって見直したいと表明していても、長野県内の民主党、社民党などの連立与党の国会議員、県会議員、市会議員は、従来浅川ダムには賛成してきているので、そう簡単ではない。 できることなら、浅川ダム建設には賛成であっても、限られた予算の使いみちの優先順位を再検討すると言う方針に沿って、長野県の予算の使い方や、公共事業の優先順位、治水対策の優先順位などを考えても、決して最優先課題ではない浅川ダムの優先順位を先送りすることに、民主党、社民党の皆さんが賛同していただければうれしい。
2009年09月18日
8月18日の総選挙公示まで、あと2週間あまり。 午前中、予定候補者の山口のりひささん、野々村博美市会議員らとともに、イトーヨーカドー前で街頭宣伝し、中央病院後援会や青年後援会の皆さんとハンドマイクで呼びかけながら、権堂アーケード通りをごあいさつ。昨夜のびんずる祭の押すな押すなの賑わいから見れば、やや寂しい感じもしたが、それでもさすが権堂通り。通りがかる人たちに握手したりごあいさつしたりで、とても全員の人には呼びかけきれない。 不況の中で、本来の活気や賑わいを取り戻したい商店街の願いも切実だが、子育て世代や若い人の反応がとても良い。「応援します!」と握手を求めてきた若い女性の表情は真剣だった。 午後、須坂市メセナホールで開かれた「信州岩波講座」で、日本総合研究所会長の寺島実郎氏の講演「日本の自画像ーグローバル化の中で」を聴く。ほぼ満員の参加者。寺島氏は、アメリカを通してしか世界を見て来なかったともいえる戦後の日本の歩みが、世界の大きな変化の中で転換を迫られていると強調されたが、現在の不況への対処の仕方と言い、医療や教育の施策といい、いまや、世界の流れから遅れをとるばかりの日本の政治のあり方は、寺島氏の言うように、大きく見直されなければならないだろう。 夕方、地元朝陽の党事務所に行くと、支部長、後援会長をはじめ、党支部の皆さんが、電話がけやビラ折り、支持者台帳整理に集まっていて、いよいよ「選挙近し」の雰囲気。永井後援会長とともに、夫の介護で、事務所に出ては来られないが、いつもこころよくビラ折りをしてくれるKさん宅へへもビラを届け、後援会事務局の皆さんや、新たに新聞「赤旗」の読者になってくれた永井後援会長の同級生のところなどをひとまわり。 「ねじれ国会」の力関係を変え、新しい政治の流れを大きく作り出せる可能性に満ちた今回の総選挙に、なんとしても「勝ちたいね。」とみんなの思いがひとつになっていく。
2009年08月02日
原田のぶゆき長野市議の後援会が毎年開いている「蛍を見る会」に参加した。 天気予報では「夕方から雨」と言われていて、心配されていた今夜のお天気だったが、午後の一時期どしゃ降り状態で降った雨があがり、夕方には、すっかり「蛍を見る会」日和。薄暗くなってきた上野中央公園に、ひとり、またひとり・・・と参加者が集まってきた。 まずは開会式。中野後援会長に続いて、私もごあいさつさせていただき、原田のぶゆき長野市議がごあいさつ。この「蛍を見る会」は、地元の土京川の蛍を守り、楽しもうと、原田市議が当選した時から後援会の行事として取り組み、今年で22回目になるとのこと。当時は、地元の人たちの関心も薄かったと言う。地域の開発がすすんで川が汚れ、蛍の数が減って、2、3匹しか出ない年もあったとか。 そんな土京川の蛍に、絶滅の危機があった。14年前、集中豪雨で護岸が崩れ、改修工事が大がかりに行われることになり、住民説明会に参加した住民の人から、コンクリートのいわゆる三面張りで固める工事になると聞いた原田市議や中野後援会長、後援会の人たちが、これでは蛍が住めない川になってしまうと危機感を感じ、私も一緒に長野建設事務所に、工事方法の変更をお願いに行った。 その結果、工事方法は石積み工法などに大きく変更されることになり、長野建設事務所の職員の紹介で、上田市の蛍を守る会の会長さんが来て下さって、その会長さんの指導のもとで、工事開始の前には、原田市議や後援会の人たちとともに、県の職員も一緒になって、川底の蛍の幼虫を上流に移す作業を行なった。こうして、土京川の蛍は絶体絶命の絶滅の危機から守られたのだ。 私は、ごあいさつの中で、改めて、そのことを紹介させていただいた。 原田市議も、ごあいさつの中で、「この土京川の蛍は、地元で生まれ育った、土着の蛍、DNAは土京川の源氏ボタルだと言う点が貴重です。」と強調していた。参加者一同納得。 その後、原田市議と後援会の皆さんは、毎年春に川の清掃を続けてきた。今年は10袋のゴミが出たそうだ。蛍が住める環境を守り続けてきた多くの人たちの、この努力が無かったら、やはり、蛍は住めなくなっていただろう。たゆまぬ努力の大切さを痛感。 開会式が終わり、先頭を歩く、真新しい若草色の「山口のりひさ」と書かれたのぼりや「原田のぶゆき」ののぼりを目印に、上野中央公園を出発。暗闇の中で、行列はどんどん参加者が増え、子供連れの若いお母さん達や、小さい子に手を引かれて、うれしそうなおじいちゃんや、「宣伝カーが回っていた時はどしゃ降りだったから、どうなるかと思ったけど、晴れて良かったねえ。やっぱり、行いがいいからだね。」などと、みんな弾む心で現地へ向かう。 公園から徒歩2~3分で、早くも道路から右下の土京川に舞う10匹くらいの蛍が見えて、「わー、きれい!」と声を上げると、「まだまだ、こんなもんじゃないよ。すごいんだから。」と、原田市議。 道路わきのりんご畑の中の小道を通って河原に自然に降りて行く道を歩きながら、思わず息を飲んだ。いる、いる、いる!蛍が闇の中で、消えたり、明るくなったり、まさに乱舞している。対岸の斜面から生えた木々が、高く川面に覆い被さって茂っているため、なんと蛍は、岸から覗き込む川底にも、岸辺にも、はるか上を見上げる木々のうっそうとした枝々にも、暗闇を背景に、まるでクリスマスのイルミネーションのように点滅しながら乱舞している。 地元の区長さんが一生懸命草刈りをしてくださったということで、草むらの中で、ところどころ川岸ぎりぎりまで行って、川底の蛍を見ることができるのも、ありがたい。ため息をつく、いつまでも見飽きないこの光景が4~500メートルは続き、1000匹以上の蛍が舞っている光景は、本当に見事というほかは無い。原田市議の話では、一時は5匹くらいしか出ない年もあったが、最近の下水道の整備で、蛍の数が増えてきているのではないかとのこと。 歩いて行かれる終点の場所は、左側からも水の流れが合流しているため、岸の両側に蛍が舞い、両岸をおおっている木々の茂みに無数の蛍が舞って、まさに「蛍のトンネル」になっている。 子供の頃や、若い頃に、川面や田んぼ一面に舞う蛍を見た記憶はあるが、今日のような光景は生まれて初めての経験。幸せな満ち足りた時間をすごすことができ、多くの人たちの蛍を守り続けてきた活動に、心から感謝。原田市議、中野後援会長と後援会の皆さん、心ある県の職員の皆さん、上田の蛍を守る会の会長さん、区長さんや地元の皆さん・・・そして、私も、少しばかりそのお手伝いができたことにもなり、うれしいことだ。 この土京川は、田子川に合流し、田子川は浅川に流れ込む。蛍の住むきれいな川を、地域の宝物として守り続けたいもの。 なお、この土京川の蛍は、まだしばらくの間見られるので、多くの人に見に行って欲しい。そして、なんと、今週(7月5日号)の「赤旗」日曜版の3面でも写真入りで紹介されているので、こちらも是非、見てほしい。
2009年07月04日
一般質問3日目。 毛利栄子県議が、長野県地球温暖化防止対策について、諏訪湖のヒシ対策・カワアイサ対策について、経済危機の中での教育環境充実や中高一貫校などの教育問題について質問した。 長野県の温室効果ガス排出量は、90年比15・3%増えており、全国の伸び率7.8%の倍にもなっていると言う深刻な事態。「地球温暖化防止県民計画」では6%削減目標が確認されており、これを成し遂げるには至難の業。住民と行政、事業者がいったいとなって努力を強めていくことが大切だ。その取り組みのひとつとして、排出削減の努力とともに、再生可能エネルギーの活用促進策として、太陽光発電システムの設置への県の財政支援を要望したところ、知事は、「個人の資産形成への支援はしない。」と、驚くべき答弁。 個人住宅への太陽光発電システム設置には、国の補助が再開され、全国では19の県が県としての助成を導入している。長野県下でも31自治体が独自の助成をもうけているが、県内でもこの問題では積極的な取り組みがすすんでいる飯田市でも、現在受けられる助成額は国と市を合わせて48万円ほどで、200万円前後の設置費用のかなりの部分は個人負担だ。もちろん発電した電気を電力会社に売電して得られる収入はあるものの、国や各自治体が助成しているのも、地球温暖化という人類的課題への貢献を評価してであることは言うまでも無い。 毛利県議は、再質問で、今回の国の経済対策でのエコ・カー減税や助成措置にもふれ、民間住宅への太陽光発電の設置工事を地元の中小業者が行えば仕事起こしにもなると提案したが、知事は、「エコ・カーの助成は自動車メーカーへの支援であり、個人の資産形成への支援ではない。」と、企業への応援はするが、個人への応援はしないと、驚くべき態度に終始。 地球温暖化防止は人類的課題のはずだし、明らかにその課題への貢献にもなる個人の取り組みを、国も、多くの自治体も支援している時に、「県の財政が厳しいため、もう少し、検討させてほしい。」と言うのならともかく、「個人の資産形成には支援できない。」と切り捨てるのでは、全国の流れにも逆行し、残念なことだ。この県の県政の中では、個人の思いや努力は、「県政とは関係ありません。自由に、勝手におやりください。」と、無視されていくのだとしたら、とても悲しい。 夜、「市民が主人公の長野市政を作るみんなの会」の拡大役員会。 日本共産党長野市会議員団からの市政報告、みんなの会の市長交渉の報告があり、すでに鷲沢市長が出馬表明をしている情勢の中、みんなの会としても、独自候補をはじめ無党派層との広い協同を含め、いよいよ候補者擁立の結論を出すための選考委員会を代表委員で設置することが確認された。 長野市長選挙の投票日は10月25日。 明日は、いよいよ、私の質問だ。
2009年06月25日
今日は、備前光正県議が、10月から値上げされる予定の福祉医療費受給者自己負担金について、産科医療について、農業支援についてを一般質問した。 10月から値上げされる予定の福祉医療費自己負担金の問題について、値上げ案が承認された2月県議会以後、県の市長会などでも異論が相つぎ、今回値上げされる1レセプトあたり200円を、そのまま自己負担とせずに、やむなく市町村負担にするところも出ている中で、日本共産党県議団として、6月県議会開会前に、急きょ県下の市町村長にアンケート調査をお願いしたところ、今日までに47市町村長から回答があった。 今回の値上げに対し、「県議会で決定したことだから」「県の財政も厳しいから」やむをえないと、賛成の市町村長でも、「できれば10月実施は見送ってほしい」「もっと充分な期間をかけて判断してほしい」と言う意見が多かった。6月飯田市議会では、牧野市長が、提案説明の冒頭「大変厳しい経済状況の中で、特に子育て支援の見地から、市民の皆さんに経済的負担をさらに増やすことはできない。今年度中は引き上げを見送りたい。」と表明しているが、「なぜ、今、値上げを?」と言う点では、「10月実施を見直す考えはありません。」と、今日の答弁でも言い張った村井知事には、子育て支援の重要な施策のひとつに、経済支援があるのだと言うことは、全く理解されていない。 今日の牛山好子県議(県民クラブ・公明)の質問への答弁で、検討会で見直しを議論し、今年の秋頃に見直し案を報告すると言うことだった。10月から値上げし、値上げの時期に、またまた見直し案を発表するやり方は、市町村にも、県民にも、混乱を持ち込むもの。転勤などで、他県から引っ越してきた若い子育て世代のお母さんに、「子供の医療費は窓口無料だと思っていたのに、長野県はなぜ?」といわれるたびに、「ごめんね。」と、私が謝っているのだが、もっと、子育て世代をはじめとする関係者の声に、耳を傾ける姿勢がほしいと、心の底から痛感する。
2009年06月24日
今日から一般質問が始まった。 今回の抽選では、日本共産党県議団は、毎日ひとりづつ質問することになり、今日は高村京子県議。この間、日本共産党県議団として取り組んできた各地の反貧困ネットや相談活動の経験などに基づいて、貧困と雇用問題、東御青翔高校の多部制単位制への移行について、青年の家・少年自然の家の「指定管理制度」への移行問題について、それぞれ現地調査と関係者からお聞きした声をもとに、さわやかに質問。 深刻な雇用情勢の中で、せめて県が「信州ものづくり産業投資応援条例」で県費で支援している企業では、非正規雇用の労働者を含めて解雇しないようにと言う質問に対し、商工労働部長は、現在までに県として19企業に43億円を支援し、常用雇用は1200人(1社平均60人)、希望退職に応じた人が2社で20名、派遣社員で解雇された人が12社で810名であり、昨年12月に知事名で「雇用安定に対する緊急メッセージ」を出し、県の経営者協会との懇談を始め、条例での支援企業を始めたの企業も訪問し、雇用継続を県としても要請しているとのこと。 支援企業での派遣切りは、今年の2月県議会で資料を求めた時よりも100人以上増えている。深刻な事態は依然として続いている。 県内の昨年の自殺者が598人、前年より80人の増加は北海道につぐ全国2位の多さ。県警本部長は、自殺者は高齢者についで50代、40代、30代と多く、20代では前年比の増加率60%と、心痛む報告。原因の1番は健康問題、2番は経済生活問題で、健康問題ではうつ病が増加傾向とのこと。 私たち日本共産党県議団や、各地の市町村議員も加わって、県内で取り組んできた相談活動や助け合いのネットワークについて、社会部長は、「きめ細かく、行政の届かないところでがんばっていただいている。」「県として、情報の提供や行政サービスにつながるように支援していきたい。」と答弁。 今回の補正予算で、県内でも有効求人倍率が低く、派遣切りされた外国人労働者も多い上田市、伊那市に新たに「緊急求職者総合支援センター」が設置され、県の職員とハロー・ワークの職員が常駐して就業や生活支援にあたることになるが、国の基準では各都道府県に1箇所のところ、長野県は2ヶ所設置されるのだそうだ。すでに長野市、松本市に設置されている「若者就業支援センター」(ジョブ・カフェ信州)も、若者以外の人の相談にものることになるそうで、是非、有効に活用されることを期待したい。
2009年06月23日
6月18日から開会される予定の定例県議会に向けて、知事と各会派代表者の懇談会が開かれた。 県側からは、先日発表された、長野県新経済対策「くらし・地域力向上プロジェクト」大綱について説明があり、正副議長をはじめ、各会派の代表がそれぞれ発言した。 厳しい雇用情勢の中で、今日も、長野市内で、先日結成された「反貧困ネット長野」主催の「なんでも相談会」が、長野ハロー・ワーク近くの中御所公民館で開かれている。今日の相談会に訪れた人は20人。生活保護の申請者がそのうち1名だったと言う。 私は、昨年度末から県が創設した離職者向けの生活資金貸付の貸し出し状況を質問し、失業していても、この制度では救済できない生活困窮者や多重債務者を支援するセーフティ・ネット貸付の早期実施を要望した。 県側の答弁によれば、1月15日から5月30日までの離職者向け生活資金貸付の相談は449件、そのうち申請できたのは73件、貸付が実施されたのは33件で貸付総額1183万円、一人当たりの貸付け上減額は100万円だが、実際には平均貸付額は一人当たり35万8000円とのこと。貸付のための予算は3億円用意してあるのだが、やはり、条件が厳しくて、本当に困っている人は借りることができないのではないかと思われる。 村井知事や企画部長からは、「金融の問題は難しい。」「財源の問題や、貸し倒れが予想され、難しい。」社会福祉協議会の貸付制度が充実したはず。」と、県としてのセーフティ・ネット貸付に踏み切る気は無いと消極的な答が返ってくるのみ。 先進的な他県の自治体ではすでに実施しているように、失業者や多重債務者が、前向きな求職活動で就職にこぎつけ、納税者となって貢献できるための積極的な生活支援という位置づけで、長野県でもセーフティ・ネット貸付を一日も早く実施してほしいと願っているが、現状の県の認識では、なかなか困難。 県民の深刻なくらしの実態に、もっと温かい心をよせる県政であってほしい、と願わずにはいられない。
2009年06月03日
夜7時から、豊野老人福祉センターで、浅川ダムの詳細設計の説明会が開かれた。 開会直前に会場に着くと、私の予想に反して、すでに会場内は100名近い参加者でいっぱい。浅川下流の豊野、長沼地区の区長さんや役員の皆さんもおおぜい参加したようだ。 昨年夏の模型実験の結果を踏まえて、本年度着工するとされている穴あきダムの詳細設計がパワー・ポイントを使って説明され、その後、質問や意見が出されたが、予定時間の午後8時半にはとても終わることができず、次々に出される意見は、「たて1.45メートル、横1.3メートルの穴が、流木や土砂で詰まるのではないか、模型実験は、流木に見立てたマッチ棒のような木と、直径16センチ以下の石しか流れないと言う前提のもとに同じ大きさの砂ばかりを流したが、現実の水害を反映していない実験ではないか。」「下流の水害を無くすためには、千曲川が増水する前に、できるだけ浅川の水を排水してしまうことが重要なのに、自然調節の穴あきダムから排水される水は、むしろ千曲川への排水を遅らせてしまうのではないか。」「千曲川との合流点の排水ポンプの増強や遊水地の設置を優先してほしい。毎年のように起こる下流の水害に役立つことを優先してほしい。」「地滑りが起こったとき、県は安全を保障してくれるのか。」等々、穴あきダムの建設を歓迎する意見はほとんど無かった。 中流域の下駒沢に住んでいると言う男性が、唯一、「下駒沢は、昔から浅川の洪水で苦しんできた。早くダムを完成させてほしい。」と発言したが、この人も、「浅川の水をできる限り早く千曲川へ排水してほしい。」というのだから、ダムを上流に造ることで、実は、浅川の水を千曲川へ排水するのはダムで自然調節する分だけ遅れてしまうのだから、言っていることが矛盾している。 実は、県の説明の中で明らかになったのは、昨年夏の模型実験の後、57年型洪水の降雨パターンでの実験を追加したこと、ダムは100年に一度の洪水に対応できるように造るのだが、その洪水をさらに超える非常事態となり、ダム湖の水がオーバー・フローしてダム堤を越流した時に、ダムが決壊しないように階段状の減勢工を造る検討をした実験など、公開されていないいくつかの実験が追加されている。 「100年に一度の洪水を超える非常事態というのはどんな時か。」と言う質問の答えは、「長野市中が水浸しになるような洪水」と言うのだから、そんなことになれば、ダムがあってもなくても、関係ないような気もする。 ダム完成後の試験湛水のために、ゲートを造り、満水時から1日1メートルづつ水位を下げていくための調節に使うバルブとバルブ室を造るのだと言う。 地滑り発生にともなうダム決壊を心配し、「県は、安全性を保障してくれるのか。」と言う質問には、「安全の保障はできません。」「そういうことが起こらないように対策をとる。」とのこと。 下流地区住民の切実な願いは、千曲川合流点付近の内水被害の緩和対策を急いでほしいと言うことだ。このことへの要望、意見、質問が相ついで、県は来年度、遊水地や排水ポンプ増強の検討をはじめると答えた。 ダムよりも内水対策を優先してほしい、という下流住民の思いがあふれた説明会だった。
2009年06月02日
連休と言えども仕事を休めない娘に代わって、きのうと今日は2人の孫の世話に明け暮れた。上の子が小学1年生、下の子は3歳のにぎやかな女の子達だ。 きのうは、夫も仕事のため、2人の孫を連れて、長野市内の城山公園と城山動物園へ。 午前10時頃に城山公園に着くと、すでに駐車場は満車。でも、ちょうど運良く、1台の車が出て行ったあとにすぐに止められてラッキー。公園の滑り台や遊具で夢中になって遊び、家から持ってきたお砂場遊びの道具で、砂遊びならぬ水遊びで、2人とも洋服は上から下までびっしょりのずぶ濡れ。2時間近くを公園で過ごし、ずぶ濡れの服や下着をすっかり着替えて、動物園へ。 動物園の入り口では、ペンギンの着ぐるみを着た園長さんが手を振ってお出迎え。ところが近寄ってきた着ぐるみのペンギンを見て、3歳の孫が突然大泣き。今までは、上の子の方が気が小さくて着ぐるみを怖がったが、下の子は着ぐるみを見ると握手などしていたのに、おやおや。せっかく近寄って歓迎してくれた園長さんは、向こうへ行ってしまった。 それでもしばらくすると慣れてきて、メリー・ゴーランドやダンボ、新幹線などに乗ったり、上の子の運転でゴー・カートに乗ったり、本物のペンギンやフラミンゴ、鹿や猿、リス、孔雀やウサギを見てまわり、アシカの泳ぎ回る姿を見たり・・・と、2時間近くを動物園で過ごして、家に帰って、夕方まで、全員でたっぷりのお昼寝。 娘は明日も仕事のため、昨夜は、初めて孫たち2人だけで我が家へお泊り。最初に、「ママは泊まらないけど、おばあちゃんちへお泊りできるよね。」と話した時は、不安そうだった3歳の孫も、「おばあちゃんも、モカちゃん(上の子)もいるから大丈夫だよ。」と、案外、あっさりと何事も無く、私の話す昔話を聞きながらいい子で眠った。 今日は、夫もお休みなので、小布施のハイウェイ・オアシスへ。 孫たちは、ここのハイウェイ・オアシスにある広場に大小さまざまな噴水が湧き出たり、止まったりする場所で、水遊びをするのが大好き。すでに10人前後の子供たちが、パンツ一枚になったり、全くの裸ん坊で噴水の水遊びに興じていた。 広場では、次々に、合唱やバンドの生演奏。それを遠くに聴きながら、長い長い滑り台やアスレチックに興じ、噴水の水遊びをしたり、池の鯉にえさをやったり・・・とにかく滑り台などの遊具のある場所と噴水とは少し距離があるのだが、2人の孫はおかまい無しに、行ったり来たり、忙しく走り回って、一時も休みなし。お昼ごはんのおむすびを食べるのもそこそこに、夢中になって午後2時半頃までを過ごした。 3歳の孫は、帰りの車の中で、ついにダウン。ぎりぎりまで、話をあわせ、笑ったりしていたが、突然、眠りに落ちた。その顔が、かわいくて、ついつい、夫と笑ってしまった。帰宅して、上の子は、きのうもできなかった算数の宿題を始めたが、ふと気がつくとやはりダウン。結局夕方まで2人仲良くお昼寝。 それでも夕飯までには宿題も終わり、明日は仕事が休める娘も合流して、今日一日の様子を夫が撮影した写真を、パソコンで繰り返し見ながら、みんなでげらげら笑って、孫孝行(?)の2日間が終わった。
2009年05月05日
今日は、憲法施行62年。 恒久平和を誓った憲法九条や、「健康で文化的な最低限度の生活」の権利をうたった25条を始め、現行憲法の掲げる理想を現実の日本の政治や社会、暮らしに生かすことを願って、今日は、衆議院予定候補者の山口のりひささんを先頭に長野市内を宣伝キャラバン。午前中は長野市北部地域で宣伝カーから訴えると言う計画で、山口さんの地元の北部保健センターからスタートし、JR北長野駅前、金箱公民館前、JR長野駅前での宣伝に私も同行した。 やや汗ばむさわやかな初夏の風。北部保健センター横の公園は、満開の八重桜がびっしりで、花の重さに枝が折れそうなほど見事。近くで家庭菜園の作業をしていた男性が、「浅川ダムなんて、絶対反対だ。今日は、その話もするんかい。」と言うので、西松建設献金問題の疑惑、ダム建設の進行状況についてお話した。 北長野駅前では、おおぜいの応援団に励まされ、金箱公民館前では差し入れもあり、通り過ぎる車からの手を振ったり、頭を下げたりの声援がとても多くて、うれしい。 長野駅前には、先日入党したばかりのご夫婦が駆けつけてくれて、固い握手。善光寺のご開帳に来たと言う大阪からの観光客も、わざわざ宣伝カーが出発するまで見送って激励してくれた。 夕方4時からは、長野市中央ブロック後援会のお花見会。野々村博美長野市議の地域の後援会だ。 最近の新入党員6名を含め、会場の淀が橋公民館の2階の広間に、明るい顔の参加者があふれた。新入党員の男性の作ってくれた味の染みた美味しいおでん、野々村市議お手製のそばサラダ他、Kさんの作った散らし寿司、1匹38円だったと言うさんまの美味しい煮魚(骨まで美味しく食べられた)等々、手作りのお料理が並び、自己紹介をしながら食べたり、飲んだり。詩吟もとび出し、歌集も配られ、なつかしい歌もみんなで歌い、楽しいひととき。 ひとり暮らしだという女性の新入党員の方が、「こんなに楽しかったのは初めて。」と、うれしい感想。総選挙勝利のために、がんばろうね、と誓い合ったお花見会だった。 夜、和田あき子県議からメール。和田さんも、午後は山口キャラバンでがんばったのだが、なんと、その間に、和田さんの息子さんにお孫さん誕生とのこと。若いおばあちゃんだけど、無事のお誕生だったみたいで、本当に、おめでとう!
2009年05月03日
今日投票の佐久市議選、飯田市議選の結果を気にしつつ、午前中は、念願の映画「おくりびと」を観る。納棺師という今までほとんど知らなかった職業とのかかわりを通して見えてくる様々な人たちの人生と死。家族とは?肉親とは?と考えさせられる。映画の後半はほとんど涙が止まらず、観終わった時は、かなり目が腫れている感じで、あわてて駆けつけた長野駅前の日曜日お昼休み定例宣伝にやや遅刻。 午後は、同時刻の2時開会で、地元の交通安全協会朝陽支部の総会と、朝陽地区県政・市政報告会が重なってしまい、渡辺支部長と永井後援会長にお願いして、先に交通安全協会朝陽支部の総会へ。30分くらいで退席させてもらう予定が、総会の進行上遅くなってしまい、最初に市政報告をしてもらった佐藤久美子市議には迷惑をかけてしまった。 あわてて駆けつけて、私からは、2月県議会で西松建設違法献金問題での事情聴取を受けた翌日自殺した県参事の事件、県に撤回させた「悪質クレイマー対応マニュアル」の人権無視の内容、消費税問題の答弁で医療関係者を「無知ゆえに」と暴言とも言える表現をした村井知事に対して日本共産党県議団として撤回・修正を求め、村井知事が、問題の部分を「不充分な理解もあって」と修正し、議会運営委員会で承認したことなどを報告した。 今日の県政・市政報告会は、ちょうど年度始めで、公民館などの会場がふさがっていたため、後援会の懇親会などにお借りしている居酒屋さんの二階のお部屋をお借りしての初めての試みだったが、お茶会の帰りという着物姿の女性たちをはじめ、初めての顔ぶれの皆さんにも参加していただき、「じゃあ、浅川ダムは西松建設に発注されるんですか?」などと初めての人らしい質問も出て、思いのほか活発な報告会となった。 同じ会場での第二部、お花見会もかねた懇親会では、ビールやお酒の力もあってか、「さいたろう節」を皮切りに、普段のハンドマイク宣伝を「ふるさと」の演奏から始める渡辺支部長のハーモニカの伴奏も加わって、「朧月夜」「隅田川」「シーハイルの歌」等々と盛り上がり、佐藤久美子市議が出身地の新潟県東頚城の歌を歌い、初めて参加してくれた女性が山ノ内町の出身ということで「思い出の志賀高原」をみんなで歌ったり、「やっぱり『信濃の国』」と、「信濃の国」を6番までみっちり歌い・・・と、まるでみんなが昔からの知り合いであるかのように楽しく歌って盛り上がった。 新しい人の輪の広がりが、今日もまた、暖かい連帯の広がりになっていく。このネットワークをさらに広げて、国民の声が届く政治の変革につなげられたら、人間らしく生きられる社会が実現できると信じて、がんばりたい。
2009年04月19日
夜8時過ぎ、私の携帯電話が鳴って、党の長水地区委員長から。 「石坂さんの議員手帳を拾ったと言う方から連絡があって、今、ここにあります。」とのこと。えーっ!大変。な、なんと私は、この電話をもらうまで、議員手帳が無くなっていることにも気がつかなかった。 催し物や会議で案内状をいただいてある物はいいけれど、議員手帳のスケジュール表にしか書き込んでない予定や計画もあり、無ければ、私の日々の活動にみるみる支障をきたすことは間違いなし。早速、党事務所に受け取りに向かった。 連絡を受けた党事務所の人が、「お宅までいただきにうかがいますので、場所はどこでしょうか。」と聞くと、エムウェーヴの近くのコンビに・ストアで待っていると言う答えで、党後援会ニュースや4月4日の演説会の案内ビラなどを持って現地に行くと、待っていてくれたのは若い女性だったとのこと。 「ご本人に届きさえすればいいので・・・」と、何も受け取らず、住所も名前を言わず、立ち去ったとのこと。 私は、今日は夕方から、エムウェーヴ近辺の屋島と言う地区を、新聞「赤旗」の集金で回っていた。この地区の集金を担当している党員が、仕事が忙しく、集金が滞りがちになっているということで、しばらくの間の助っ人を引き受けて、今日は、その最初の集金に歩いていた。あるお宅で集金した後、近くの畑のそばに止めておいた自分の車に戻った時、自分のポケットに車のキーを入れておいたのを忘れ、「キーが無い、無い。」と、あせって、ハンドバッグの中の物を車の上に並べて出してキーを捜し、結局ポケットにあることに気がついたのだけれど、きっと、その時に議員手帳が下に落ちてしまったのだと思う。 それにしても、世の中に「いい人」って、本当にいるものですね。本人が、まだ無くしたことに気がついていないうちに、無くしてから1~2時間で、手元に戻ってくるなんて、なんてラッキーだったこと。名前も、住所も、お顔も知らないその人に、心から感謝! これからは、せっかく私の手帳を拾ってくださったその人のご恩を無にしないためにも、うっかり落とさないようにしなければ。(・・・とは言うものの、果たして大丈夫でしょうか?自信はありませんが・・・) 本当に、助かりました!感謝!感謝!
2009年03月18日
県議会は今日から各常任委員会の審議に入るが、昨日までの代表質問、一般質問を通じても、知事の元秘書であった右近長野県危機管理参事の自殺や西松建設裏金事件に関わる真相も解明されず、知事の説明責任も果たされていないため、日本共産党県議団として、委員会開会前に下崎議長に真相解明を求める申し入れを行った。 長野県政の運営に関わることではないというものの、西松建設裏金事件の件で東京地検特捜部から事情聴取を受けていた元参事が自殺し、村井知事自身が知事になる以前の時期とはいえ、西松建設のダミー団体から献金を受けていた事実がある以上、「何も知らない。」「調査の方法も知恵もない。」の一点張りでは県民は納得するはずがない。しかも、県議会までも、この問題にふたをかぶせてしまうようでは、県民の不信は募るばかりだ。 知事の委員会への参考人招致、県議会としての情報収集や調査委員会の設置などの努力を尽くすべきだと、下崎議長に申し入れた。議長は、「捜査の結果を見守りたい。」とのことで、すぐに議会として動く気配なし。 その後開かれた総務委員会の協議会で、党議員団の小林伸陽県議が、委員会への知事の参考人招致を提案したが、賛同者は誰もなく、知事の参考人招致は、事実上否定されてしまった。 「知事も知事なら、議会も議会だ。」と言う県民の声が聞こえてくる。ひき続き、真相解明の努力を続けたい。 下崎議長への申し入れは次のとおり。 真相解明を求める申し入れ 去る24日、西松建設の裏金問題にかかわる東京地検特捜部の事情聴取を受けていたとされる右近危機管理参事が、自ら命を絶たれました。また、平成17年7月に西松建設のダミー団体である新政治問題研究会から「村井仁シンポジウム」に20万円が渡されていたことも明らかになり、他人名義での献金や政党以外への企業献金を原則禁止した政治資金規正法に違反する疑いが濃厚となっています。 しかし、村井知事は、昨日までの議会答弁でも、「まったく知らない。」「(真相解明のための)知恵も方法もない。」と繰り返すのみで、県民への説明責任は果たされていません。 県議会として、県民の疑問に答えるため、委員会での集中審議や必要な情報収集、調査委員会の設置なども検討し、真相解明のための努力を尽くすことを申し入れます。 以上
2009年03月06日
日本共産党県議団・長野市議団主催で開いた「千曲川の治水を考えるつどい」。県議会も始まり、充分な準備やお誘いも出来ない中でのつどい開催となってしまったが、会場のまゆみ田地区センターは100人近い参加者でいっぱい。 最初に開会のあいさつを兼ねて、私から主催者のあいさつをさせてもらった。 千曲川は、古くから長野市をはじめ東北信地方の県民にとっては深いかかわりのある河川で、浅川ダムの建設が予定されている浅川の治水にも大きな影響がある。平成9年の河川法の改正に伴い、ようやく昨年6月に信濃川水系河川整備基本方針が決まり、その方針に基づいた河川整備計画の策定が始まったところだ。千曲川は、この信濃川の上流部、長野県内部分にあたる。 ダム建設が計画されている浅川の水害は、千曲川の増水時に浅川が千曲川に自然流下できないために起こる内水災害と、流域が人口密集地になったための都市型水害であるため、上流部にダムをつくっても解決しない。千曲川の改修、整備を推進することは、浅川の治水にとっても重要であることから、今日の集いを計画したこと、策定中の千曲川(信濃川)の河川整備計画に、住民意見をおおいに反映させてほしい、と呼びかけた。 また、浅川ダムは、新年度(平成21年度)長野県予算案に、本体着工の事業費17億円が計上されているものの、昨年夏に3回にわたって行なわれた模型実験の報告書も、それに基づくダムの詳細設計もまだ公表されておらず、本体工事の請負契約の提案もされていない。先に予算計上ありき、では、到底納得はできない。 村井知事になって、中止された浅川ダムが復活し、穴あきダムで建設するということになったが、そのモデルとされた島根県の穴あきダムである益田川ダムは西松建設が造ったもの。代表質問前日の2月24日夕方、村井知事の国会議員時代の秘書で、20数年来の側近、県の危機管理参事の右近氏が自殺した。西松建設の裏金事件に関わる東京地検特捜部の事情聴取を受けていたという。右近氏が自殺した翌日だというのに、代表質問中の本会議場で、隣の席の副知事としばしば談笑していた村井知事の不可解な様子とともに、すっきりしない思いが残る。 つどいでは、千曲川河川事務所からの聞き取りをもとに、和田あき子県議が千曲川河川整備計画の策定状況について報告。また国土問題研究会の宇民正氏(元和歌山大学教授)から千曲川調査の中間報告を聞いた。千曲川の治水にとって、河道掘削が効果があること、ここ数年のデータから見ると、降った雨の量がほとんど同じか、むしろ少なくても水位が上がっていること、新潟県境に近い西大滝ダムが千曲川の治水に大きな影響を持っていることなど、興味深い報告だった。 休憩後、新潟県のつどいから駆けつけた山口典久さんが、ここ10数年で千曲川の改修、維持の予算が半減している具体的な資料に基づく指摘や、河川法の改正に盛り込まれた住民参加の仕組みを保障する更なる河川法の改正も提案したいと報告。 浅川流域協議会座長の佐藤久美子さんからは、公開模型実験の最終報告やダムの詳細設計について流域協議会への説明を県に求めたところ、浅川改良事務所からは「4月に入ってからにしてほしい。」という返答だったとのこと。住民に説明できないままの本体工事の予算計上は、やはり納得できない気がする。参加者からの質問や、「みんなで、千曲川の治水に建設的な提案をしていきましょう。」という意見も。 あっという間の2時間半だった。
2009年03月01日
今日は南佐久郡川上村で演説会。 昨年、党員が大勢増えた川上村の日本共産党後援会の皆さんが、鬼無里の水芭蕉の見学と県議会の見学に見えた際に、たまたま私が現地の連絡先の紹介や、県議会のご案内をさせていただいたご縁もあり、今回の演説会に弁士の一人として参加させていただくことになった。 弁士は、南牧村村長の菊池幸彦さん、県の労働委員を務めたこともある佐久総合病院の工藤きみ子さん、衆議院3区予定候補者の岩谷昇介さんと私。 60名の目標で取り組んだと言うこの集会のために、川上村の党支部の皆さんは、組を組んで村中を回り、ある村の有力者からは、「お前たちは、人にものを頼むのなら、俺たちの頼みも聞いてくれ。」と、2泊3日で10万円もかかる旅行をすすめられ、演説会に来てほしい一心で、その旅行にもお付き合いし、お誘いに行った先で「お茶でも飲んで行けや」と言われれば、必ずお茶をいただいて話し込み、何とか演説会に来てもらえるようにと多くの家でお茶をいただきすぎて胃が痛くなった人もいるとか。 そんな党支部の皆さんの努力が実って、開会15分前くらいまでは10人位だった参加者が、開会時間までにはみるみるふくれあがり、公会堂の会場は立錐の余地もないほどで、80人をこえる参加者であふれた。村の演説会としては珍しく、女性の参加者が半分近かったのも驚き。有権者数約3000人の村で80人をこえる参加者だから、私の地元の朝陽地区に換算すれば、400人近い人が集まった計算になる。すごい!党支部の皆さんのがんばりに圧倒された。 ひとり20分づつの時間をいただいて、私からは県議会報告を兼ねて県の景気雇用対策や日本共産党県議団の活動を報告し、日本共産党の国会議員を今年の総選挙で増やしてほしいと訴えた。それぞれの弁士のお話もわかりやすく、説得力のあるものだった。 演説会が終わった後の党支部と後援会の新年会をかねた懇親会にもお誘いを受けて参加した。みんなから「サト兄い(ニイ)」「サト兄い(ニイ)」と呼ばれている70代のひとりぐらしの男性は、「俺は、今が人生の中で一番幸せだ。」と、繰り返し繰り返しつぶやいていた。暖かい人間的連帯が広がる川上村の日本共産党後援会の皆さんに励まされて、大きな元気のエネルギーをいただいた。
2009年02月14日
新年になり、あちこちの後援会で新年会が開かれていて、私も出席させていただき県政報告や総選挙への決意など述べさせてもらっている。今日は夕方5時から豊野で県政・市政報告会と新年会。夜7時からは柳原で新入党員歓迎会。 豊野では昨年末に1ヵ月くらいの間に7回の「日本共産党と語るつどい」を開き、大勢の党員を迎えているので、その時の経験やエピソードなども語られて、とても明るい。日々の暮らしがお互いに大変な時、暖かい助け合いの輪もひろがっている。持ち寄った手作りのお料理や、今、結構人気の須坂のお酒「渓流」、地元のかぼちゃでSさんが作ってくれた「帝国ホテル風」ポタージュがそれぞれそれなりにおいしく、「総選挙、どうしても勝ちたいね。」と話に花が咲く。ひとりひとりに今年の決意を語ってもらう場面では、お酒がすすんだせいもあってか、感極まって泣き出す人も。 私はいつも、この種の集まりでは、車で行くため、お茶で失礼しているのだけれど、今日は、佐藤久美子長野市議が、「車で送り迎えするから、石坂さん、たまには、みんなと飲んで。」と言ってくれたので、お言葉に甘えて、おいしくいただき、ベテランの皆さんや、それぞれの立場で党を支えてきてくださった皆さん、近い将来は、ぜひとも党員としてお迎えしたい皆さん、新入党員の皆さんともども、総選挙の勝利を誓い合った。 柳原も、昨年末に入党していただいた方の歓迎会で、こちらは焼き鳥屋さん。病気を抱えていたり、高齢になったり、それぞれの条件は決して楽ではないけれど、みんなで力を合わせてがんばっている支部で、昨年末には、私も何度かいっしょに訪問活動をさせてもらい、新しい「赤旗」新聞読者も増えている。 力を合わせてがんばってきたからこその、明るい、うれしい歓迎会。 若かりし頃の恋の話、よく言った喫茶店の話、9条の会の話、今度あの人にも声をかけてみたら・・・と焼き鳥とともに湯豆腐、サラダを囲みながら、話は弾む。 心温まる交流に、たくさんのエネルギーをもらって、さあ、みんなでがんばろう、と力がわいてくる一日だった。
2009年01月17日
恒例の長野市消防出初式。従来は毎年1月5日に行われていたが、最近は土曜日に行なわれるようになったため、今年は、あいにく長野市商工会の新年交流会と重なってしまった。 消防出初式は、午前中が長野市全体の出初式、午後は地元の朝陽分団の出初式、その後は分団の各班の出初式に来賓で出席するのが恒例となっているが、今年は商工会と重なってしまったため、午後の朝陽分団の出初式は第一部だけで失礼して商工会の新年交流会へ。30分くらいで終わると思っていた第一部が45分かかってしまったので、商工会の新年交流会は愛車を精いっぱいとばしたが(もちろん制限速度の範囲で)遅刻。 幸い会場のホテル・メトロポリタンへ到着すると、まだ、会長さんのごあいさつの最中だった。何とかぎりぎりセーフ。ちょうど、現在私が県議会の環境商工観光委員会の委員長をつとめていることもあり、長野市選出の県会議員を代表してごあいさつを、と依頼されていたので、できれば遅刻したくはなかったのだけれど、すみません。 小坂憲次衆議院議員、若林正俊、北沢としみ参議院議員、長野市長代理の産業経済部長に続いて、私がごあいさつ。 今年は、新年のいろんな集まりでのごあいさつで、私は、必ず「今年を力をあわせて大きな希望をつくり出す年にしましょう。」と、ごあいさつさせていただいている。昨年の12月10日(県議会開会中)、県議会の環境商工観光委員会と長野県中小企業団体中央会の全県の役員の皆さんと懇談させていただいた時の会長さんのごあいさつが、今も私の心に残っていて、そのごあいさつも紹介させていただいた。 その時の会長さんのごあいさつは、「大企業は紙切れ一枚で労働者を切るが、中小企業にとって、社員は家族。どんなに苦しくても、社長の給料を減らし、役員の手当を減らしても家族を首にはできず、ぎりぎりの努力でがんばっている。現在長野県中小企業中央会に参加の企業は約46000社。1社がひとりづつ切っても46000人が長野県で路頭に迷うことになり、長野県経済にとっても大変なことになる。そうならないようにと必死にがんばっている中小企業の窮状をぜひ、ご理解いただきたい。」と言うもので、心に響いた。 県議会としても中小企業の皆さんや商工会の皆さんにできる限りの応援をし、ごいっしょに人間らしく生きられる社会や地域づくりのためにがんばりましょうとごあいさつさせていただいた。 日本共産党の志位和夫委員長が、経団連や、いすゞ自動車、トヨタ自動車、キャノンなどの大企業に、莫大な内部留保金を溜め込み、株主配当は増やしながら、不況を口実に最も弱い立場の派遣労働者や期間工を解雇するのは「人の道にはずれる」と、申し入れたが、本当にそのとおりだと、改めて痛感する。 それにしても、この厳しい事態に一番の責任があるはずの国会議員の皆さんの今年の各種団体の新年会でのあいさつは、本当に情けなくなる。長野県での非正規雇用労働者が3月末で4000人以上職を失うと発表されていて、全国2位の多さでもあるのに、このような事態に誰もふれようともしない。心が痛まないのだろうか。 今日の長野市商工会新年交流会でも、自民党の小坂衆議院議員は、なんと、評判の悪い定額給付金のアピールを始める始末。「皆さん、私からご提案があります。おひとり12000円の給付金に、長野市商工会としてあと1200円足す、あるいは全部で15000円分に商工会の負担でして、その代わり、全部地元の商店でお買い物をしていただく地域振興券にすれば、地元の商店のものが良く売れて、景気が良くなり、みんなが良くなるじゃないですか。」と、自分の提案に自分だけで満足している様子。お買い物の10%から25%も商工会や商店が負担して、小さな商店がそれでももうかると思っているのだろうか、この人は?「そんなに負担すれば、利益が出ないで、商売になりませんよ。」と言っても、「いや、そんなことないよ。絶対景気が良くなる。」と、小坂衆議院議員は、そう思い込んでいるらしい。 消費税が納められずに悩んでいる中小業者や小売店の苦労や悩み、1円でも安いものを求めて、余分なお買い物をしないように苦労して節約につとめている庶民の気持ち、本当にわかってもらえるのだろうか。 対する民主党の北沢参議院議員も、政権交代さえすれば政治は良くなると、具体的な政治の中身はほとんど語らず。現政権の政治姿勢のどこに問題があり、政権交代で何が変わるのか。そこが語られなければ、政権交代の魅力はない。 いずれにしても国民不在の国会議員のごあいさつの連続に、いささかストレスが溜まる。 こんな政治は、やはり変えなければ、との思いを強くする。
2009年01月10日
今年初めての団会議。 最初に財政課長から、13日に開かれる臨時県議会に提案される緊急経済対策の補正予算案の説明を受け、12月18日に日本共産党県議団が申し入れた提案がいくつか生かされていることが確認された。 12月24日から開設された県の総合相談窓口には180件を超える相談がよせられ、今回創設される失業者向けの緊急生活資金(限度額100万円、貸付利率1%、1年据え置き、返済期間10年)への問い合わせも多いと言う。 団会議では、年末年始の各議員の生活相談活動や、党支部の皆さんと協力して取り組んだ「赤旗」新聞のおすすめ行動では、推進本部長の藤沢のり子県議の連日の激励を受けて、県議団の12月の自主目標を基本的に達成できたことを喜びあった。 臨時県議会での質疑は藤沢県議が行うことに決まり、厳しい雇用情勢の中で、これ以上の失業者を出さないように、県と企業の努力を求める決議を出すべきではないかと言うことになり、議会事務局に報告。他会派でも同様の意見があるところがあるようで、決議はあげられそうだ。長野労働局の発表でも、昨年10月から今年の3月までに職を失うとみられる非正規雇用者が長野県内で4000人を超え、全国2番目の多さということで、心が痛む。 今回の臨時県議会に提案される補正予算案は、おおむね妥当なものになっていると思われるが、いっそうの対策の強化を求めていきたいと思う。 午後、消費生活条例の施行に伴って関係する県の組織である消費生活係が新たに消費生活室に格上げ充実したと言うことで、県庁舎南側の建物に移転した消費生活室を小林県議、高村県議、和田県議と私、高橋事務局長で激励かたがた訪問。 従来の消費生活センターの事務室に同居する形となったため、兼務の職員の仕事のやりやすさや、相談員の皆さんが受ける電話相談に総合的に対処できるメリットは大きいと思われるが、やや手狭な感じで、職員の皆さんには窮屈ではないかと思われた。小林所長のお話でも、検討課題としてのいくつかの案のひとつではあるとのことだが、できれば、お隣の部屋(元検査室)との壁にドアがつけられるなどして有効なスペースとして活用するのも一案かも。 せっかくできた消費対策室。立地条件は良く、職員の皆さんもがんばっているので、更なる環境改善をはかってほしい。 午後4時からは長野県建設業協会の役員の皆さんとの懇談。 県の財政状況も厳しいだけに、公共事業の優先順位をどう考えるかは、いっそう重要な課題となってきているが、今日の懇談の中でも、事業の予定価格の積算根拠が実態とあわない矛盾、とりわけ、人件費に限りなくしわ寄せが行く仕組みについて率直な議論となった。また、より地元業者が優先的にできる事業をと願う立場からは、流域下水道事業に電気、設備などの地元業者はまったく参入できない実情も訴えられた。 現在県議会では、超党派の入札制度改革研究会ができていて、日本共産党県議団からは小林県議、和田県議がメンバーとなっているが、これらの課題の改善のため、議会としての建設的な改革の提案ができる研究を期待したいものだ。もちろん、私たちも地元業者の皆さんの要望を受け止めて、がんばっていくつもり。 夕方6時半からは、長野市薬剤師会の新年会に和田あき子県議とともに来賓として出席。 来賓を代表して国会議員の小坂憲次衆議院議員と若林正俊参議院議員が挨拶したが、司会者が「3分程度で」とわざわざお願いしたにもかかわらず、若林氏は、延々の大演説。しかも、「緊急の経済対策の補正予算を出しているが、これを一刻も早く成立させないのは犯罪的・・・」と、事実上民主党批判をくどくど。それを言うなら、年末年始に路頭に迷う人たちを尻目に、補正予算をなかなか出そうとせずにここまで遅らせた政権党の責任や、二転三転する定額給付金が混乱を持ち込んできたことを一言でも反省するべきでは? 案の定、懇親会になって、会場をまわると、この挨拶は不評だった。「我が家の塀にも、共産党さんのポスター張ってるんですよ。来年は、ぜひ、山口さんがご挨拶に来てもらえるように、がんばってください。」と、うれしい激励もあった。 いずれにしても今年は総選挙の年。北陸信越ブロックでの党の議席回復のために県議団としても力を合わせてがんばりたい。
2009年01月08日
昨年末に相ついだ大手企業の派遣労働者や期間工などの非正規労働者の「派遣切り」「雇い止め」の心痛むニュース。ついつい、間に合わせのおせち料理を作ったり、片付け物をしながら、「派遣切り」等をテーマに討論していた民放テレビの「朝まで生テレビ」を午前5時近くまで見てしまった。 うっすらと雪が積もり、まだちらちらと降り続くなかで迎えた新しい年、2009年。 今年は、いよいよ総選挙の年。 人間らしく働くことのできるルール作りをはじめ、国民の願いからかけ離れていくばかりの政治を変えるために、力いっぱいがんばりたい。変革!そして、力をあわせて大きな希望をつくる年にしたいもの。 まだ眠っている孫たちや夫、娘を起こし、おせち料理とお雑煮で朝食を済ませ、長野運動公園で行なわれる元旦マラソンの開会式に来賓で出席。従来は、JR長野駅から中央通、善光寺に向けて走っていた元旦マラソンが、事情で行なえなくなり、「長野走ろう会」の皆さんによる実行委員会主催で今年から長野運動公園で行なわれることになった。「競争が目的ではなく、自分の健康のために、老若男女が談笑しながら走れるマラソン」とのことで、とてもアット・ホームな雰囲気だ。 参加者は、小さな子供たちから高齢者の皆さんまで、まさに老若男女が450名。開会式が始まる午前9時半頃には、雪もやみ、青空に暖かい陽射しもさして来て、やった!私は長野市長に続いて、スターターをやらせていただいた。明るく、新年らしい、幸先の良いスタート。 参加者の皆さんが走り出したのを見届けて、私は急いで善光寺へ、毎年恒例の元旦の街頭宣伝に急ぐ。おおぜいの参拝客が続々と善光寺に訪れていて、駐車場に車を入れるのに予想以上に手間取ってしまったが、なんとか時間ぎりぎりにセーフ。 佐藤久美子長野市議の司会で、衆議院予定候補者の山口典久さん、中野早苗さん、和田あき子県議、原田のぶゆき長野市議団長と私で、それぞれ交代でごあいさつ。今井誠党長野県委員長も、参拝に訪れる人たちに宣伝カーのそばでエールを送る。近所のお店から出てきて、寒い中、最後までずっと聞いてくれたNさん。年末に、何度か総選挙のお願いや新聞「赤旗」のおすすめで、一緒に行動していただいた人でもある。地元朝陽の渡辺支部長も、向かい側からカメラを構えて、私と佐藤久美子市議のツー・ショットを撮り終えて、ほっと安心の表情。地元後援会のニュース「朝陽の風」にのせるのかな。 気のせいか、例年になく、車や通りかかる人たちの声援が多いような気がして、うれしくなってくる。暖かいたこ焼きの差し入れもあった。 山口典久さん、中野早苗さんは、いよいよ選挙の年、と力のこもったごあいさつ。私は、宣伝カーから、国会での日本共産党の志位委員長を先頭とする派遣労働の改善を求め、政府を追及し、経団連やキャノン、トヨタ自動車などと懇談している取り組みに呼応して、日本共産党長野県議団としても非正規雇用の改善問題に取り組んできたことを紹介しながら、年末の生活相談や、東京日比谷公園の「派遣村」に日本共産党長野県委員会としても3トントラック一杯のお米やりんごなどを届けた連帯の取り組みを報告し、総選挙での日本共産党の前進のための支援を訴えさせていただいた。 「皆さん、ごいっしょに、今年を大きな希望をつくる年にしようではありませんか!」と、「今年がよい年であってほしい。」と参拝に訪れた多くの皆さんに、心をこめて訴えた。 街頭宣伝が終わり、写真をとったり、宣伝カーのそばで待っていた夫と孫のモカちゃんと一緒に、善光寺へお参りに。大変な人並みで、ロープで人数制限されて、なかなか前へ進まない。人並みに押されるように、やっと本堂にたどり着き、お参りを済ませると、もう時刻は午後1時近かった。
2009年01月01日
地元の朝陽公民館で今年最後の県政・市政報告会。 今回は特にテーマを「景気の悪化から暮らしを守る」と定めての報告会と言うことだったが、参加者からも「柳原の知り合いの人のお孫さんが就職内定取り消しになってしまって、本人はずいぶん希望を無くして落ち込んでいるらしい。本当にかわいそうだ。」という話が出され、「今朝のNHKテレビの日曜討論で公明党の元厚生大臣の坂口氏が『大学生はできるだけ良いところへ就職したいため、数ヶ所の内定を得ている場合もあるので内定取り消しで必ずしも就職できないということではない。』と発言していたけど、実情はそんなことじゃないと思うけど・・・」「私は県立学校へ勤務していたことがあるけれど、学校の信用問題にもなるので、卒業予定者が就職先の内定を二股かけるようなことはしません。坂口さんは現場のことを知らないでそんな無責任なことを言ってるんじゃないの。」と、次々に意見続出。 私からは、18日に、日本共産党長野県委員会と県議団で、緊急の経済対策についての申し入れを行なったこと、その際、「年末から年始にかけて、路頭に迷う人を出さないように、ワン・ストップで対応できる相談窓口の設置」を要請したところ、荒井商工労働部長から「来週早々にも開設したい。」との答弁があったことを紹介した。身近にお困りの方がいたら、利用していただくようにお願いもした。 また、先日の定例県議会で、毛利栄子県議が生活福祉資金(緊急小口資金)をもっと借りやすいものにしてほしいと質問し、前向きな検討の答弁があり、その後早速県として窓口となる県下の社会福祉協議会に要請し、12月26日までに申し込めば、年内に借りられることになったことも紹介。限度額10万円で連帯保証人は不要、30日までには振り込まれる。従来は1週間以上はかかっていたもの。 また、参加者からは、障害があり、介護保険のサービスを受けているが、自分の介護度はむしろ重くなっていると感じるのに、再審査の結果介護度が軽くなってしまい、今まで受けられたサービスが受けられなくなったことをはじめ、様々な切実な実情が出された。 私も、県政のあれこれについて報告させていただき、市政にかかわることは佐藤久美子市議から報告があり、あっという間の2時間だった。 初めて参加してくださった方も何人かいて、「すごく面白かった。知らない話がいっぱいあった。」「もっと大勢の人にこの話を聞いてもらいたいね。」と、うれしい感想もあった。 第2部は地元のお店を会場に、望年会。カラオケは無いけれど、お酒が入り、暖かいおなべをつついて、話に花が咲き、結局最後は全員合唱となった。新しい年に希望をつなぎたい、と思いをこめて。
2008年12月21日
今日付けの「赤旗」日刊紙は、一面トップ記事で、「トヨタ 株主配当3円分で 期間工3000人雇用守れる」と報じている。 自動車販売台数の不振による「減益」を理由にした大手自動車メーカー7社の10月以降の「非正規労働者切り」計画は9千人を超える。しかし、昨年実績を下回るとは言え、2008年度の営業利益は7社合計で1兆7200億円が見込まれており、雇用を守る体力は充分にある。自動車産業全体でみると、資本金10億円以上の大企業の内部留保は、1987年度の約7.5兆円から2008年9月末の約22兆円に3倍化。労働者の賃金は抑え込む一方、株主への配当は20年で6倍に急増。2008年度も高い水準で推移することが予想されているという。 3000人の「期間工切り」を計画しているトヨタ自動車の場合、期間工(期間従業員)の日給は約1万円で、年間90億円あれば3000人の雇用を守ることができる。90億円は2008年度の株主への中間配当総額2037億円の5%分にもならない。トヨタの発行株式数は30億株超のため、1株あたり3円分の配当を雇用にまわせば、期間工3000人を解雇しなくて済むことになる。 トヨタでは、8年間で株式配当が5倍化になっており、株式保有者の8割がトヨタのグループ企業や信託銀行、生命保険会社など機関投資家だというのだから、是非とも利益は労働者に還元してほしい。 年の瀬も迫ったこの寒空に、「派遣切り」「期間工切り」など横行しないように、大企業の身勝手を許さない、雇用のルールを確立してほしい。これは、政治の重要な役割だと思う。 午前中は、吉田第2支部のOさん夫妻と訪問行動、お昼休みはJR長野駅前で山口のりひささんや佐藤久美子長野市議らと定例の街頭宣伝行動だったので、今日は特に、派遣労働の問題や雇用のルールづくりについて訴えさせてもらった。 午後は、医療生協柳原支部主催の講演会。長野県農業大学校教授の吉田太郎さんによる「この目で見たキューバの医療と農業はすごい!」の講演に、会場の柳原支所は190名の参加者で一杯。 キューバの医療については、マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」で、基本的に全額自己負担のアメリカの医療との比較で、すべて無料の衝撃的な医療の現実が紹介されていたが、今日の講演では、さらに詳しい内容がパワー・ポイントで紹介された。 8割の病気はファミリー・ドクター段階で治すといわれる予防医療、1980年代後半の髄膜炎B型、C型ワクチンやコレラ、ジフテリア用のワクチンの開発などの優れた独自の医療技術と、1970年代にベトナムや中国で東洋医学を学んだ医師たちの研究から、鍼、指圧、漢方薬などの伝統医療を組み合わせていると言うキューバの医療は、もちろん全額無料。 世界唯一の髄膜炎B型ワクチンを開発したカンパ博士は「その国の厚生省とは農業省です。なぜならそこから健康が生まれるからです。」と述べたと言う。 地産地消を基本に、都市の中に有機農法で畑をつくり、何よりも国民の命と健康を最も重要なものと考え支援すると言うキューバの哲学に、学ぶものは多い。良いことづくめではないキューバの抱える矛盾や困難にもふれ、ユーモアあふれる講演は、あっという間の1時間40分だった。
2008年11月30日
2日から始まる一般質問に向けて、各議員の質問通告を秘書課に通告する高橋事務局長をお手伝いしたり、邪魔したり、自分の質問の資料を整理したりで、ほぼ一日県庁の控え室で仕事した。 お昼のニュースで、厚生労働省の調査によれば、全国で派遣労働者などの非正規雇用労働者が10月から来年3月までの見込みもあわせて、全国で約3万人も雇い止め、つまり契約更新がされなかったり、契約期間中なのに契約解除されたりすると言う衝撃的な報道があった。大学や高校の卒業予定者の就職内定取り消しも把握されているだけで330人を超えたと言う。 井上さとし参議院議員事務所から送ってもらった資料によれば、自動車産業の多い愛知県がダントツのトップで4104人だが、それに続いて、岐阜県1986人、栃木県1680人、なんと長野県が1616人で全国4位。この衝撃的な事態に、ズキンと心が痛む思い。 年の瀬も迫ったこの時期に、なんと言う非常な仕打ち。非課税の莫大な内部留保金を抱え、法人税率の引き下げや様々な優遇措置を受けてきた大企業が、販売不振、収益減や不況のしわ寄せを真っ先に最も不安定で弱い立場の労働者に押し付けることは、本当に許せない。こんな時こそ、企業の社会的責任を果たしてほしいもの。 うれしいニュースひとつ。原田市議や徳間区の正副区長さんたちと長野建設事務所や県警の交通規制課に何度も要望してきた長野市東北部にある県道と市道東豊線の交差点の信号機設置のための入札が無事終わり、早ければ12月中の着工、来年1月中に信号機設置の見通しになったと、県警からの連絡があった。早速原田市議に連絡する。 地元の区長さんたちが、何度も足を運び、近隣の長野養護学校、若槻養護学校、皐月高校(現市立長野高校)、徳間小学校、国立高専、さつき保育園などの保護者会、PTA、同窓会長さんなどの署名も集めて、何とか今年度の区長さんたちの任期中に設置を実現してほしいと要望してきた信号機。交通量も増えている、見通しの悪い危険な箇所だけに、本当に良かった。
2008年11月28日
長野県教育委員会が提案する「長野地区盲・ろう・養護学校再編問題」の検討が進むなかで、今日は、長野養護学校の食堂を会場に、「障害児の豊かな教育を11.24緊急集会」が開かれ、約180名の保護者や教師、関係者が集まった。主催者の予想をはるかに上回る集まりだったようで、資料が足りなくなった。県議会からは、日本共産党県議団から備前光正県議と私、トライアル信州の永井一雄県議、今井正子県議、改革・緑新の高島陽子県議が参加した。 集会実行委員長の長野ろう学校PTA会長と会場を提供していただいた長野養護学校の小嶋校長先生の開会のあいさつに続いて、特別支援教育連携協議会委員の下田先生と障害児学校教職員組合委員長の原先生から、盲・ろう・養護学校再編問題の経過と情勢報告があり、続いて、11月20日の特別支援教育連携協議会に県教育委員会が提案した「長野地区盲・ろう・養護学校再編案(再検討案)」の受け止めについて、各学校関係者からの意見が述べられた。 長野ろう学校のPTA会長からは、老朽化した校舎の建て替えは切実だが、「改築するには他の障害種の学校と併置で無いとコンセンサスが得られない。」という県教委の説明には納得できないし、困っているとのこと。10月25日にろう学校で長野地区の5校のPTA集会を持ち、60名が集まって、連携して納得のいく方向を出したいと話し合われた報告があった。 長野盲学校のPTA会長からは、もともと今回の再編計画が、養護学校の過密問題から始まっているのに、少人数の盲学校がターゲットになるのは理解できないとの意見が出された。視覚障害のわが子に、専門的な教育を受けさせたいと、東北信には1校しかない長野盲学校に片道2時間かけて送ったり、寄宿舎を利用したりして学んでいるのに、せめて、現状の県内2校の盲学校を専門性の高い単独校として存続させてほしいと訴えられた。 同窓会長さんからも、視覚障害者で大学進学し、教育者などになれるのは、まだまだ少数で、大多数の人は、自立に必要な職業としての鍼、灸、マッサージを身につけるが、そのために、無くてはならないのが盲学校で、専門的な教育を受けられる環境は単独で存続してほしいとの訴え。11月20日の県教委案が再検討ということになり、今のところ、正直、ほっとしている。中途失明者や、弱視の人たちにも無くてはならない学校だが、当事者へのPRも不十分で、生徒数の減少だけが強調されるのは残念、と。 長野養護学校の先生からは、「今日の集会の会場となっているこの食堂がちょうど180食対応で、この学校の適正規模ですが、ピーク時には、なんと400食も出したんです。」「高等部は全員プレハブ校舎です。プレハブ校舎が校庭の4分の1を占めていて、過密化の象徴となっています。これは人権問題です。」と。私たちも、本来仮の校舎のはずのプレハブ校舎を正規の校舎に使い続け、しかも校庭をつぶして対応していることについては、今までもしばしば改善を求めてきた。養護学校の児童・生徒数の増加で他県は校舎の増築や新設校をつくったのに、長野県はプレハブ校舎で対応してきたのだ。本当にひどい。 小嶋校長先生からは、長野養護学校の先生方や父母とつくりあげてきた養護学校の地域化や療育センターの設置などを盛り込んだ「長養プラン」の説明があった。 PTA会長からも、須坂地域に分校の設置などを求める意見と「長養プラン」の実現を願う意見が出された。 若槻養護学校の関係者からは、校舎の老朽化がひどいこと、病弱養護学校でありながら、通学生に給食が無く、やっとこの11月からミルクだけ出されるようになったこと、「若槻養護学校のめざす姿」(案)の説明があった。 長野県教組障害児教育部の先生からは、中学校の特別支援学級の卒業生の約4割が養護学校高等部へ進学し、5割が高校進学、1割が専門学校進学という状況で、養護学校高等部の過密化になっているのではないか、専門性を持った職員の配置と連携が大切ではという報告。 それぞれの報告を受けて、会場の参加者が挙手して次々に思いを発言。「法律をよく見てみれば、国は、特別支援学校だからといって、校舎建て替えにあたって他の障害種の学校と併置しなければならないなどという条件はつけていない。高校再編のように、合意したところから実施していけば良いのでは。」「専門性が必要な盲・ろう・養護学校に、障害に理解や知識の無い先生が配置されてゼロから研修しなければならないという矛盾した人事異動が行なわれている。学校の形の再編の前に、専門性の向上や教育の中身の検討が必要なのではないか。」「改築するためには、他の障害種を併置しなければコンセンサスが得られないって言うけれど、そんな県教委の提案こそコンセンサスが得られないのではないか。特別支援学級に子供がいるが、子供のニーズが全く把握されていない結果の提案だ。」「連携協議会では、長野地区の学校再編が先行し、教育をどうしていくかという大事な部分が話し合われていない。」等々。 参加者一同で確認されたことは、みんなが一致している老朽化した長野ろう学校の建て替えは急いで実施してほしいこと、長野市と協力して長野市内に養護学校の分校や分教室を設置してほしいこと、須坂地区も同様。そして、県教委案には誰も賛成できないこと。 県教委には、この集会で出された関係者の声に耳を傾け、建物先にありき、再編先にありきではない、教育のあるべき姿を根本的に検討し直してほしいものだ。
2008年11月24日
きのうに引き続き、午前10時からの朝陽支部の宣伝行動に参加。今日は、お昼ご飯をみんなで炊き出しで食べようと言うことで、おかずを持ち寄り、差し入れのお米をといで炊飯器のスイッチを入れて、電話かけの達人のKさんにお留守番を頼んで、行動開始。渡辺支部長は、きのうも印刷機の調子が悪かったとのことで、再度ビラの印刷にチャレンジ。今日は北掘の東側でハンドマイク宣伝2回。のぼりを持つ人、ハンドマイクを担ぐ人、みんな、もうすっかり慣れたもの。今日も天気は上々。 街頭宣伝の後、2人づつ二組で、周りのお宅を軒並み訪問。「家の中で聞いていましたよ。出て行かなくてごめんね。がんばって。」「こんな政治、何とかして下さいよ。応援します。」と、今まであまり面識のなかった若い人からも激励されて、うれしい。畑の中でこちらを向いて何か言っている人がいるので、近くに行くと、「大根食べる?おでんでも作って食べて。こっちの小さいのは辛味大根。大根おろしにすると美味しいよ。みんなで分けてね。」と、たくさんの採れたての大根の差し入れ。ごちそうさま! きのうよりも留守が多く、たくさんの家を訪問してやや疲れたが、いつも応援してくれている女性に、思いきって「赤旗」新聞のお勧めをした。何年か前にお勧めしたが、断られ、今まで読んでもらったことは無い。「この頃暗いニュースばかり多いから、新聞読むと、余計に気持ちが暗くなってねえ。」と言うので、「赤旗」新聞の紙面をひろげて、「赤旗」新聞ならではの特徴を説明した。 まず、財界から政治献金をもらっていないので、タブーなく、真実を報道できること。真実とともに、問題点をわかりやすく解明し、解決の道筋も示すこと。また、全国各地の住民のがんばりが報道され、前向きの勇気がもらえること。 最後のページには、その時々の旬の芸能人が登場するが、「赤旗」はゴシップは書かず、その芸能人の前向きの活躍や人間性にスポットを当てているので、読んでさわやか、当事者の芸能人も喜んで登場してくれていること。そのページの下のお料理は結構役立つお手ごろなもの。 電話相談のページも、その時々のタイムリーな相談内容がのっていて、ためになる。――などと説明していたら、「この新聞読めば、気持ちが明るくなって、元気が出そう。読ませてもらうわ。」と、うれしいお返事。やった!もちろん、総選挙での日本共産党と山口典久さんの固い支持を約束してくれた。 事務所に帰り、炊き上がっていたご飯に鮭と粒貝の混ぜご飯の素を混ぜて、持ち寄ったおかずを電子レンジで温め、熱いお茶を入れてみんなで食べたお昼ご飯の美味しかったこと!一人暮らしの人も2人いたので、「こういうふうに、みんなで一緒に食べると美味しいよね。ついつい、食がすすむね。」と、美味しくなってきたりんごのフジも食べて、もう、おなかが一杯。ちょっと食べ過ぎ。 渡辺支部長から電話があり、やっと、念願のビラの印刷が完了したとのことで、午後は、出来上がったビラを県議会報告などと一緒に折り込む作業をすることに。支部の皆さん、本当に連日ご苦労さま。
2008年11月23日
連休3日間作戦の初日。 地元の党朝陽支部では、今日の午後2時からと明日の午前10時からの宣伝、行動計画を立てたということで、私もこの2日間の地元支部の作戦に参加することにした。12月21日に県政・市生報告会を計画しているので、そのお知らせのビラや県議会報告を総選挙関係の宣伝物と一緒に配りながら宣伝やお誘いをするという計画だったようだけれど、きのうから、党地区委員会の印刷機が壊れていて、ビラの印刷ができなかったとのこと。渡辺支部長が再度印刷に出向くことになり、残った私たち4人で、山口のりひささんののぼりとハンドマイクを持って、いざ、出陣。 毎週の支部や後援会の行動には、ほとんど皆勤賞の新入党員のZさんには、いつも励まされる。今日は、そんなに寒くもなく、風もなく、ハンドマイク宣伝には、うってつけの日。地元中の地元北堀で3回のハンドマイク宣伝とご近所の訪問。「定額給付金で、本当に景気は良くなるでしょうか。」と訴えていると、通りがかった若いお母さんと子供たちが手を振って、「がんばってね。」と激励してくれた。通りがかった人たちはほとんどお辞儀したり、ニコニコと手を振ってくれて、励まされる。「医療費も大変だから、インフルエンザにかからないようにしなくちゃと思って、ワクチン注射してきたよ。」「毎日、腹のたつことばかりだね。こんな政治、早く変えてほしい。」「もう、日本には、まともな政治家はいないのか、と言いたくなるくらい、麻生さんや自民党はでたらめだね。どうにかしてくれ。」「こんな自民党にいつまでも任せてるんじゃあ、国民も馬鹿だよ。変えなけりゃ。」「いつも、地域でまじめにがんばってるのは、共産党だけだ。がんばって。」 Zさんは訪問活動で、40年ぶりだと言うもとの職場の上司に会えて、感激のご対面。私もしばらくぶりに会えた方から、「いつもテレビや新聞では、石坂さんががんばっているのを見てるけど、久しぶりに会えて良かった。今の政治は、あまりにも無責任で国民を無視している。この怒りをどうしてくれようと思っていたけど、怒りの一票で変えなきゃ。応援するからがんばって。」と激励された。
2008年11月22日
朝、県委員会から携帯電話にメール。「昨日の松川町議選は松井えつこ候補は10位当選(498票)、竹内えみこ候補は23票差の次点(394票)でした」――残念!地元の立候補状況も激しかったとのこと。とても良い候補者なのに・・・と悔やまれるけれど、次回をめざして、がんばってほしい。 明日は知事への来年度予算要望書の提出。党県議団として、合宿や団会議で議論し、市町村議員の皆さんからも要望を聞いてまとめてきたが、例年より、議会開会が11月に早まったこともあり、なんだかとてもあわただしく、高橋事務局長や事務局の渡辺君は、夕方まで要望書を修正していた。 明日は、わが県議団の予算要望に続き、この間準備を進めてきた男女共同参画社会づくり議員連盟の知事への「提言」提出も予定されている。私も議連の副会長として、とりまとめにかかわってきたので、今朝は、その最後の原稿も議会事務局の担当者にメール送信し終わり、ふう。やっと一安心。 そんなわけで、明日は、いろいろなスケジュールがあって、忙しい一日になる予定。
2008年11月17日
午前10時から、地元の共産党朝陽後援会と朝陽北支部の宣伝行動に合流。今日は7人が参加してくれたので、このところ、ハーモニカを吹いてからハンドマイク宣伝するのが板についてきたW支部長とハンドマイク宣伝をしながら訪問する組、総選挙のお願いで訪問をしながら新聞「赤旗」もおすすめする組、事務所で電話がけをする人に任務分担することになり、私は、訪問しながら「赤旗」新聞もおすすめする組に参加。女性3人で、「あのお宅はどう?」「あそこへも行ってみない?」と、ワイワイがやがや。玄関は開くのだけれど、お留守の家、どこかへお出かけでしっかり留守の家もあったが、先日から何度かおたずねしたが会えなかった人に、やっと会え、選挙のお願いと新聞のおすすめをすると、「いいよ。この間、他派の人たちがまわって来て、選挙のお願いされたけど、『私は、もう、共産党に決めてるから。』って、断ったからね。」と、うれしい話。 バラマキ給付金への怒り。「もう、国民を馬鹿にしないでって言いたいよね。お金配れば、国民がおとなしく言うこと聞くと思ってるのかしら。もっと、政治家だったら、社会保障とか、福祉制度の充実とか、まともなこと考えてほしいよね。だって、ばら撒くお金だって、税金なんでしょう。使い方間違えてるよね。」と、手厳しい。 「ところで、お願いがあるの。」と、障害がある娘さんのこれからのことについての相談。成長するにつれて、障害が重くなる不安。社会的なサポートの充実は、急務。こういうお話を聞けば聞くほど、本当に政治を変えなければと痛感する。 私は、お昼休みの長野駅前宣伝に行くため、訪問組一緒に行動した人たちを、自宅に送り届けたり、ハンドマイク組と合流する場所へ車で送ったりして、長野駅前へ。ふう。タッチの差で、やや遅刻。すでに、今井県委員長の気迫のある声が、マイクを通して聞こえていた。信号待ちしながら、こちらに顔を向けて聞いてくれる人たちや、自分からビラを受け取りに来る人、山口さんに握手する人が日を追って増えてきているような気がする。積み重ね、継続ってすごい。山口のりひささんの知名度も上がってきているのでは、と実感。 選挙の時期は、ますます不透明だけれど、支部や後援会の皆さんと、力を合わせてがんばろう。
2008年11月16日
明日投票の下伊那郡松川町の町会議員選挙の応援に、県議団事務局員の渡辺君、県委員会の水野君と言う若い二人の男性たちと一緒に。 定数14名に対して3名オーバーの激戦。日本共産党は現職2期目をめざす松井悦子さんとベテランの7期28年間議員をつとめた北林あきらさんと交代して初挑戦の竹内恵美子さんの2人が立候補。私は、それぞれの候補者と一緒に7回の街頭宣伝と、政党カーで5回街頭演説。 一緒に行った2人の若者たちは、私や候補者が街頭演説をしている間、ビラを持って、精力的に周辺を対話、訪問。坂道も多い町の中を、何のその。走り回って、遠くまで訪問する姿には、感心した。やっぱり、若いってすごいこと。時々、訪問先のお宅で対話がはずみすぎて、なかなか帰って来れないこともあり、「言いたいことは山ほどある」有権者の思いをひしひしと感じる。 松井さんは最近の議会でもミニマム・アクセス米の輸入に反対する意見書を提案し、各議員からの質問に約40分にわたって答弁し、松川町議会として意見書を可決させた立役者でもあり、なかなかの行動派議員。竹内さんは、保育園や障害者施設で働き、4人の子供さんのお母さんとして読み聞かせの会や「憲法9条を守る会」等でがんばってきた人。2人とも、ぜひ、当選してほしい。 宣伝カーへの手振りはなかなか反応が良く、候補者の訴えも胸に響く。迷走ぶりがエスカレートする国政のもと、町民の皆さんの切実な願いを受け止めて、暮らしを応援する町政の実現のため、国保料の一世帯あたり1万円の引き下げ、第3子からの保育料無料、小学校の早期建て替えなどをはじめとした政策をかかげてがんばっている。町の借金の繰上げ償還を提案して実現させ、約5億円の利子の節約をさせた実績もある日本共産党松川町議員団。3歳未満児の医療費無料化を下伊那地方でいち早く提案して実現したのは十六年前だと言う。 2人の女性候補者のそろっての当選を心から願っている。
2008年11月15日
実りの秋、芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋・・・と、とにかく行事も多く忙しい秋。今日は、同窓会と地元の消防団の秋の訓練が重なったので、まず、開会時間の早い母校の短大同窓会長野支部(ゆりの木会)の総会に出席。 ゆりの木会と言う名称は、母校の長野県短大の校門を入った右手にゆりの木があることから名づけられている。ちょっとポプラに似た、手のひらサイズの葉が特徴的な広葉樹。私たちが学生時代には、現在の厚生会館になっている校門のすぐ脇に学生寮があり、私も寮生だった。年に一度の寮祭も「ゆりの木祭」だったのでなつかしい。今日の総会のパンフレットの表紙には見事な黄色に紅葉したゆりの木が印刷されていて、これもまたなつかしさひとしお。 昭和61年卒業の幹事の皆さんの運営で、総会はスムースに終わり、恒例の会食。なつかしい顔、新しい顔、同じ学園で学んだ同窓生と言うことで、たった2年の短大生活だったにもかかわらず、不思議な親近感がわいて来る。司会の方から指名されて、私も近況報告を兼ねて、ごあいさつさせていただいた。 第2部は久保里子さんと長野二胡楽友会の皆さんによる二胡の演奏。物悲しい音色に、しばし聞き入り、最初は二胡のふるさと中国の曲。おなじみの草原情歌も二胡の演奏で聞くと、また一味違う。「ご一緒に口ずさんでください。」という演奏者に甘えて、二胡の伴奏で、「小さい秋見つけた」「赤とんぼ」「もみじ」等の秋の歌を始め、「ここに幸あり」「北国の春」「花」(花は花として♪)、「涙そうそう」井上陽水の「少年時代」等を口ずさむ。 演奏会は途中で、お名残惜しいけれど失礼して、地元の消防団と赤十字奉仕団の皆さんの秋の訓練の会場へ。毎年、肌寒くなった頃に行なわれる恒例の訓練。いざ、事あれば、お世話になる皆さんの「備えあれば憂いなし」の日頃のご苦労に感謝。 毎年のこの訓練で、赤十字奉仕団の皆さんが、炊き出しのおにぎりを、非常食用のナイロン袋にお米と水と梅漬けを入れて、お湯で煮たものを作って提供していただいているが、今日のおにぎりは、炊き込みご飯のもとが入っていて、お醤油色のニュータイプ。いろいろな知恵があるものと感心。お味もなかなかのもの。
2008年11月09日
定例の朝の朝陽駅の街頭宣伝を終え、県庁の議員会館前で合流して、中野早苗さんとともに鬼無里・戸隠へ。山口のりひささんとともに衆議院比例代表の予定候補者として活動している中野早苗さんは、山口さんと分担して全県各地を駆け回っているため、私は、同じ長野市に住んでいながら、長野一区の予定候補者でもある山口さん以上に、なかなか中野さんとは会う機会が少ない。今日は、久しぶりに、鬼無里・戸隠地区の支持者やポスターのご協力をしていただいているお宅を訪問したり、街頭宣伝をしたりと言う行動をともにすることになった。 空は澄みきった秋晴れ。赤、黄、緑の色とりどりに、紅葉は、今が見ごろで、本当にきれい。さわやかな空気に癒されながらの行動だ。昨年春の県議選、夏の参議院選、秋の市議選と、何度かお邪魔して宣伝や訪問を重ねていると、だんだんに親しくなり、本音も言ってもらえる。あまり反応がよくなかったお宅も、さすがに、自民党政治に失望して、期待を寄せてくれるように変化してきた。今日訪問した鬼無里・戸隠は、中野早苗さんの夫である中野医師の患者さんも多く、中野さんは大歓迎されていた。「こんな政治を早く変えて。」と激励されたばかりか、今朝とってきたと言う新鮮な野菜までたくさん差し入れしていただき、感謝。 残念ながら、私は4時から男女共同参画社会づくり議連のワーキング・グループの会議があるため、一足お先に帰らせてもらう。議連では、18日に、知事への「提言」を提出するための最後の大詰めの作業が精力的に行われている。
2008年11月06日
恒例の朝陽地区健康マラソン。毎年11月3日に開かれてきたこの地区の恒例行事だが、今年は、30回記念の大会となり、主催も新しくつくられた朝陽地区住民自治協議会が実行委員会を作って取り組まれた。コースも新たに幼児向けの0.8キロコースが新設され、豚汁サービスやフリーマーケット、今年のポンプ操法大会で長野市最優秀賞となった地元消防団のポンプ操法実演、長野東高校の吹奏楽演奏と盛りだくさん。 参加者も例年を上回って、走者が約490名。約8割が小学生で、朝陽小学校の校長先生も走った。役員、実行委員の皆さんが約250名、応援に駆けつけた地域住民が300名弱と言うことで、総勢1000人の朝陽地区住民が会場となった朝陽小学校の校庭に集まったことになり、なかなか壮観。私も、来賓を代表してごあいさつさせていただいた。 「11月3日は歴史的に晴れることになっているので安心はしていましたが、予想通り、雨も降らず、暑くもなく、寒くもなく、絶好のマラソン日和・・・」とごあいさつはしたものの、走らずに応援しているだけの私たちにはやや肌寒い。そのせいもあってか、豚汁サービスは大好評。食べ終わった器を持っておかわりに並ぶ子供たちも続出でうれしい悲鳴。器の用意が700人分と言うことで、見る見る器がたりなくなり、器を買いに走った役員さん、本当にご苦労さま。体が温まり、美味しいこと、美味しいこと。これだけの豚汁を用意するのは、本当に大変だったのでは。 マラソン大会を後に、山ノ内町須賀川のSさん宅で開かれる「党を語るつどい」へ。 会場のSさん宅へ向かう途中、衆議院予定候補者の山口さんの顔写真入りのポスターが、まるで額縁に入ったような形で、家々の壁に張り出されていて、感激。お聞きすると雪の多い地域でもあり、雪がかぶっても、ポスターがはげたり、雪がかかりにくいように、地元の党支部のメンバーでもある建築設計士さんの手作りとのことで、胸が熱くなる。 「つどい」は、いろいろな行事とも重なってしまったと言うなかで、党外の人たちも含めて12名が参加。農業だけでは、やっていかれない暮らしのこと、安全な食糧と米作りについて、それでも農業や米作りでがんばりたい思い、日本共産党の「農業再生プラン」について、農業とまちづくりについて、しばし話がはずみ、自民党政治へのやりきれない思いや怒りも語られた。 障害者自立支援法のこと、年金のこと・・・語れば語るほど、こんな政治は変えなければと言う話になり、ここでも、麻生総理大臣の追加経済対策は大不評。「消費税が、一番弱い者いじめの税金だっていうことが、お金に困らない人たちにはわからない。」「給付金配るより、介護保険や後期高齢者医療制度を見直すとか、社会保障制度の根本的な見直しをしてくれなければ、安心して暮らせない。」と、皆さんなかなか痛烈。 参加者の中には、すでに総選挙に向けて、友人・知人に日本共産党や山口典久さんの支持を広げてくれている頼もしい人たちもいて、「今までお願いしなかった新しい人たちにもお願いしなければ勝てないよね、と夫婦で話し合って、新しいところへ60人くらい支持を広げたよ。」と、すごい!また、「俺も、今まで頼まなかった人にも頼んでみたが、だいたい10人くらいに頼んで、だめだと断られるのはひとりか2人だ。だいぶ変わって来てるよ。」と、うれしい報告も。 おおいに励まされたつどいだった。私も負けないように、がんばらなくては。
2008年11月03日
全867件 (867件中 151-200件目)