★おまつりにっし!・・・おむすびころりん♪人生ころりん( ̄∇ ̄;)

(11)『清さん』



清さん写真;裸の大将記念館より


新聞配達の販売店にいると、いろんな方が入店され、

そしてまた、自分の居場所を 求めて 旅に出られる。。。

八王子にいた頃に あっしが関わった人の中でも

とりわけ『不思議な方』がいやす。

あっしの兄と同い年の28年生まれ。

彼は今どうしているのだろう。。。

名前は『清さん』(仮名⇒あっしのイメージでやんす)というのだが、

八王子での2年目に『専業さん』として入店して来やした。

風体、性格とも まさしく『裸の大将』そっくりで

ほんとうに きちょうめんで、優しい人だった。

新聞配達をするには あまり適していなかったが、

とりあえず、あっしの4畳半の部屋に同居することになり、

身の回りのお世話も、あっしが『担当』する事になった。

しかし、この『清さん』は あっしの人格形成に

かなりの影響をくださった方のようだ。

八王子の店では彼の「水虫」の臭いが タダナラヌものだった事と

仕事が遅いことで、あまり歓迎されては いやせんでした。

また、けんたっきーが好きで、お金が無いというのに

前借したお金を 全部けんたっきーに「つぎ込んで」しまう(^○^)

ある日、晩ご飯が終ってから、どこへ行ったのかと思ったら

あの「バスケット」を3つも買ってきて

『一緒に食べよう♪』だって!(^○^)

二人で全部食べたけど、チキンとはいえ、脂ギトギトになりやした

そんな『清さん』・・・生まれは九州の宮崎県。

中学を卒業してから、陸上自衛隊に入り 食堂で

ご飯炊き専門の仕事、いわゆる『飯炊き』として

十年仕事をしていたという。。。

その後、年に1度の演習(訓練?)の呼び出しがあるごとに

いつでも「いざ鎌倉!」という日々を過ごしていたそうでやんす。

そんな自衛隊の訓練を受けた清さんが、同居するようになってから、

あっしの部屋は いつもチリひとつない、

完璧な部屋(笑)になりやした。

・・・何しろ、その頃あっしは『新聞紙』の上で寝てたんですから。。。

あっしに『ヒッチハイク』を教えてくれたのも『清さん』だった。

彼は、その風貌から、ドカちんジャンパーを着ていれば

誰がみても長距離トラックの運転手に見えやした。

だから、そのつど『立ち小便をしてる間に トラックを盗まれた』

などと言っては北海道から沖縄まで、るんるん♪と

ヒッチハイクの生活を楽しみ、至るところでアルバイトをしながら

生活する『フーテンの清さん』なのだ。

とくに、北海道はいつも住み込みでアルバイトがあったし、

風俗店がいっぱいあって、楽しいよって、

いつもあっしに、ソープ嬢の名刺を見せびらかせやした。

あっしは、そりゃあ、そんな物見たらコーフンしやすぜ。

真面目な顔をしていたって、そういう所へ一度は。。。(T_T)

と思いやした。こんな生活をしていたらね。

そんな彼が、ある日突然 行方不明になった。

八王子の店主に聞くと、集金のオカネを持ち逃げしたらしい。

あっしから百円借りても、まっ先に返してくれた『清さん』が。

もともと、膝を痛めていたことも災いして、

新聞配達は 彼にはきつ過ぎたらしい。

それと、経済観念があまりにも無さすぎて、

給料日まで我慢出来なかったようだ。

・・・とはいえ、「盗み」は「盗み」。

『清さん』は逃亡生活を送ることになった。

二年後、あっしが新聞配達をやめて、別のアパートに住んでいた時でやんす。

雷鳴とどろく、あらしの日に『清さん』は 突然やって来た。

・・・ずぶ濡れだ。

でも、マギレモ無く、あの『清さん』だった。

あれから逃亡をくり返したが、新聞販売店は 絶対無理なので

やはり北海道の牧場で世話になっていたが、

病気をした時に、家に連絡をしなければならず、

ついに親に見つかってしまい、後継ぎのために帰って来いと

言われたそうだ。

要するに、『清さん』は『お坊ちゃま』だったのだ。

『清さん』との生活が、・・・・・再び始まった(爆)

たった1か月間であったが、バイトから帰って来ると

『ご飯』が出来ている♪という、非常に楽ちんな生活でやんした♪

そして、その後彼は、一度、都内で迷子になり(笑)、

警察から電話があったので、迎えにいったが

そこには もう『清さん』の姿はなかった。

たぶん・・・、




あっしに力一杯怒鳴られるのが、恐かったんでしょう。
本当に気の優しい人でした。


(2003・11・23)

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