死ぬまでうたたねブログ

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どこに流されていくのだろう。体に力を入れなくても、川の流れだけで運ばれていく。流れるプールみたいだ。
川の中にいるのは、私だけではない。男の人や女の人や、若い人や年取った人や子供も、たくさんの人がいた。知り合い同士の人たちは、何か話している。笑い声を立てているグループもある。みんな洋服のままで、一様に流されていく。流れはゆるやかだが、確実に私達を運んでいく。洋服の色が様々なので、なんだか綺麗だと私は思った。
川が大きくカーブするところに来て、遠くにあの人を見つけた。姿はよく見えないけれど、あの人だとわかった。


そこで目が覚めた。暗闇の中で、やっぱり川の流れの音が聞こえる。私は目を瞑ったまま、その音に身をゆだねる。
ここは、私の故郷だ。無二の清流と言われる川の流れる、四国の山の中だ。
私は知っている。夢の中の私は、私自身ではないことを。あれは、私の幼なじみのユミエなのだ。ユミエが川に乗って、流れているのだ。その証拠に、夢の中で私はユミエのお気に入りだった黄色いワンピースを着ている。
故郷に戻ってからは毎日、川の夢を見ている。昨日の夢の続きを、今日見る。明日は、その続き。ただ川に流されているだけだけれど、景色が変わっていくので、だんだんとどこかに向かっているのがわかる。


遠くに見つけたあの人は、大勢の友達と一緒だった。男の子も女の子もいて、楽しそうに何か話している。私の知らない人達だから、私はそこに入っていけない。私は遠くのあの人をじっと見つめる。見つめているのに気付かれたくはないけれど、彼はきっと私には気付かないだろう。彼のいる光景を眺めながら、私は川の温度が変わったのに気がつく。
前よりももっと浅瀬に入ったみたいだ。今は、体育座りのように丸まった格好で流れに乗っているけれど、ワンピースの裾が川底にすれるのが気になっている。お尻が時々、固い川底の小石にあたる。
私の友達もどこかにいるはずなのだけれど、見つからない。
川幅が急に狭まって、森の中にいたはずなのに、唐突に町が見えた。


ユミエとは小学校も中学校も高校も同じだった。いや、小学校に入る前からもう一緒に遊んでいた記憶がある。
高校になって、私とユミエは同じ男の子に恋をした。初めに好きになったのはユミエの方だった。ユミエは自分が恋をしていることを、誰にも、私にさえ話さなかった。私がそのことを知ったのは、彼と付き合い始めた後だった。彼が何気なく私に、半年前にユミエから手紙をもらったことを告げたのだ。彼はその手紙をすぐに捨ててしまったのだという。控えめに、二人で会って欲しいということが書かれていたらしい。
私はユミエの気持ちを知らないふりをしたし、ユミエも私に何か言うことはなかった。
私と彼は東京の大学に進み、ユミエはそのまま故郷に残った。それから、ユミエとは疎遠になった。


町が見えるとすぐに、人々が陸地に上がるのが見えた。上がってみると、そこは高校の校庭だった。濡れた服のままで横たわる人や、知り合いに声をかける人の姿が見える。
私は校庭の端まで歩いた。赤いレンガでできた階段がある。そうだ、この階段を上っていけば校舎が見えるはずだ。そう思ってうつむきながら上った。
階段を上ったところには人が大勢いた。何かでふさがれていて、まだその先は通れないようだった。その時、階段の横の方に、あの人とその友達がいるのがわかった。
ふと気になって足元を見ると、履いている靴下がぼろぼろに破れていた。破れたまま、足にまとわりついていた。
私はその場にしゃがみこんで、夢中で靴下を脱ごうとした。ぼろぼろになった靴下はいくら力を入れてもなかなか脱げなかった。ただ破れていくだけだった。
そんな私を、あの人と友達が笑って見ていた。


大学を卒業してすぐに、私と彼は結婚した。それからしばらくして、私は母からユミエが自殺したことを聞かされた。ユミエは、私と彼が結婚したことを知って自殺したのではない。なぜなら、彼女が自殺したのは、彼が私にプロポーズしたその日だったからだ。その日に、私達が結婚することを知っていたのは、私と彼の二人だけなのだ。
私は今、一人きりで故郷の部屋で寝ている。川の流れの音が、今日は一段とはっきりと聞こえる。透明で濁りのない清流。ユミエが沈んだのは、この川の上流だった。


私は靴下をそのままにしてフラフラと立ち上がった。レンガにつかまるようにして階段を下りた。急に疲れを感じた。
階段を下りたところに、水飲み場があった。水が飲みたいと思った。何人か人が並んでいたので順番を待った。
私の番になって蛇口をひねろうとした時、私は蛇口に映ったものに驚いて後ずさった。映っているものが信じられなかった。 
そこには紛れもない私の姿が映っていた。ユミエではなく、黄色いユミエのワンピースを着た私だった。
ボロボロになって、たった一人きりの、私の姿だった。




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