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まだまだ引っ張る『迷走する顕正会を斬る』ですが。
結論としては法華講員の一信士がたどり着いたのは簡単な答えでした・・。
偉そうに見えましたら申し訳ありません。
魔にやられてしまったということです。
可哀相なことです。
浅井会長の信心や有能な組織指導力に魔は巧みに浅井会長の欠点をついて、紛然と競いおこり・・・・・日蓮正宗から富士大石寺から離れてしまった!
どんどん感情的になって自分を正当化するためには手段をえらばなくなっていく・・。
本当に可哀相な姿です。
もし復帰されるとしたら・・・懺悔は正本堂の問題以前のことからではないのでしょうか?
もし一信士が同じ立場であったら・・・。
当時の迷惑をかけた方にきちんと面と向かって謝ると思います。
そうしたら、物凄く気持ちの良い心になることができると思います。
それが出来なくされてしまっているのが、可哀相でなりません。
どんなに理屈をのべてみたりしても、どんなに自分を正当化してみたりしても・・・浅井会長は魔にやられてしまったんだと思います。
浅井会長に隙があったんでしょう。
そこを魔が巧みに狙いをつけて紛然と起きたのが事実ではないでしょうか?
これは日蓮正宗で正しい信仰についてなければ理解出来にくいことかと思いました。
正本堂問題については妙信講時代の浅井氏が正しい部分が確かにあった。
しかし離れてからは少しづつ曲がって行ってしまった。
学会が消え・・・正本堂も消えました・・。
感情的にならなければ戻れたはずです。
顕正会を解散して自分にも非はあったと・・素直に正直になれれば・・。
それまでも誤りは確かにありましたが、この時に決定的な異流儀路線を選択してしまった・・・・・・・。
繰り返し思います。
魔にやられてしまったんです・・・・可哀相なんです・・・。