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2008.10.17
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カテゴリ: 聖書の世界


マタイ福音書22章15~21節

二日前の15節に始まってイエスはファリサイ派の人々とヘロデ派の人々からの質問を受けます。

16 「先生、私たちは、あなたが真実な方で、審理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。
人々を分け隔てなさらないからです。
17 ところで、どうお思いでしょうか、教えてください。
皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているのでしょうか、適っていないのでしょうか。」


「適っていない」と言えば「ローマ皇帝への反逆者」ということになるのです。

18 イエスは彼らの悪意に気付いて言われた。
「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。
19 税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、
20 イエスは、「これは誰の肖像と銘か」と言われた。
21 彼らは、「皇帝のものです」と言った。するとイエスは言われた。
「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」

実は私はこの18~21が好きなんです。
自分が置かれている状況をしっかり見据えて、相手の心を読みながら、自分がなすべきことを理解しておられるキリストの姿。
しかも迫ってきた相手にとっては思いもよらない、現実的ななおかつ反論の余地を残さない形で逆に問いかけておられる。

「これは誰の肖像と銘か」

自分たちの負けを認める言葉を自分で答えなければならないなんて、罠に落とすつもりの人々にとってはギャフンだったのではないかと思えてならないです。大笑い

そして次元の違う発想の違う言葉で締めくくられた。

皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい

このことばはその場にいた6人みんなが心に残る文として印星を付けていました。

う~~ん と私考えてみました。
神のものは神に返す 」とはどういうこと? 

神のもの、て何?

皇帝のものという言葉と並べてあるということは、両者を分けている。
皇帝のものとは政治の守備範囲のもの、現実世界のことかな。
ならば、神のものとは?
・・・ 見ることのできない、信頼や良心、愛 ・・

だから「神のものは神に返す」とは神の期待に応えて生きることなのかなぁ、自分の受けた恵みを知って、喜びを持って生きること、と思ったのでした。

すると、tetsuoさんが10.15のコメントで
人間の行動には、不安か愛か この2種類の動機しかない。
と書いて下さった。

この「不安と愛」という言葉はそのまま、自分が受けていうる恵みが分かっているか分かっていない、ただそれだけのことのように私には響きました。

恵みって、~~ができるということではないです。

この聖書深読会で、シスターが印象的なことばを伝えて下さいました。

N神父さまはね
「神さまが俺のこと惚れてるから・・・ 何の心配もない ハッハッハ・・・」
ておっしゃんたのよ

わたしこのN神父さまが若いころ病気で死にかけられたことを知っています。
さすが~~~N神父さまと思います。

そうなんですね。
恵みって私も神さまから愛されているってわかることなんだわ、きっと!!






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Last updated  2008.10.18 00:08:56
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不安と愛  
Tetsuo6667  さん
>「不安と愛」という言葉はそのまま、自分が受けていうる恵みが分かっているか
>分かっていない、ただそれだけのことのように私には響きました。

なるほど!。神様の期待に応えて誠実に(信頼や良心、愛と共に)生き様とすればする程、神様から愛されている自分を自覚し幸福になれる。そういう事ですね。

私がイメージしたのは、

・心に芽生えた不安を解消する為に本来自分が持つ正直さ(素直さ)から外れた行動をする
・自分が持つ正直さ(素直さ)から自然と発せられる行動

です。
でも、根本的には、同じで『正直さ(素直さ)から自然と発せられる行動』とは、自分自身の最高の考えに基づくものであり、それは即ち『神様が期待される』ものと《同一》と考えれば、この2つは繋がる様に思えます。

自分が『いかに誠実に生きる』という観点でもっともっと学び・考えたいと思います。
(2008.10.18 20:48:31)

Re:聖書深読会(3)(10/17)  
YM1024 さん
最近、全く別の場所で同じようなことが何度もあって、私は、その人たちに対して苦手意識はあるけれど、むしろ自分にはない良さがあるのを感じて認めているので、その人達に対する厳しい言葉を生み出しているのは、一体何なんだろう?自分がその人に対する比較対象になったりしているのを何度もいろんな人たちからきき、すごくブルーな気持ちでした。

私の話を何日かただ聞き流すだけだった夫が、「ようやくわかった。それはきっと、みんなが不安に思っているからだ、たぶん間違いない」と。Tetuoさんのコメントと同じ言葉にビックリの私。しかも夫は、「きっとこれが正解、あたりだよ!」と念を押しました。

一つのことに取り組むのに、いろんなアプローチがあり、山登りも一歩ずつ足元をみつめ、孤独に自らを叱咤激励し、仲間に「まだこれだけしか登れていないから大変だ!がんばれ!」と厳しい姿勢で登るのもあれば、周りの景色に足を止め、共に歩む人たちとのコミュニケーションを深め、共感し合い、ここまで登れたなあ、と喜び励まし合いながら頂上の素晴らしい景色を想像し、今後の天候、予測される事態を想像しつつ楽しく共に歩む方法も。どれも間違いではないけど、途中で苦しく、本当にちゃんと頂上に行けるのか不安になった時、人を傷つける言葉が出てくる・・・やっと整理できた。まさにタイムリーなさっちゃんとTetuoさんのやりとりでした。

私にとって、大きな山も共に登る仲間も、愛おしい神様の懐に抱かれた素晴らしい愛すべき存在で、皆の無事を祈りつつ、笑顔で一緒に登るだけ・・・きっと神様は、皆が無事にやり通せることを知っていて、そのことを通していろんなを学ぶために私達にその機会を与えられたといつも私は信じているから、何も怖くはないし、皆に私の経験を話しつつ、ドーンとしている。そうじゃない不安な人は、心配なんだ!
(2008.10.19 07:12:05)

Re[1]:聖書深読会(3)(10/17)  
Tetsuo6667  さん
YM1024さん

私の言った事が、YMさんの役立った様で良かったです。

> きっと神様は、皆が無事にやり通せることを知っていて、そのことを通していろんなを学ぶために私達にその機会を与えられたといつも私は信じている
-----
とっても良い考えです!

子どもが遊んでいる時、親は見守っているだけでしょう。子どもは、遊びを通して色々な事を学ぶ。

神様は、同じ様にして見守っておられるんですよ。きっと。
(2008.10.19 18:13:04)

Re:不安と愛(10/17)  
Tetsuo6667さん

>なるほど!。神様の期待に応えて誠実に(信頼や良心、愛と共に)生き様とすればする程、神様から愛されている自分を自覚し幸福になれる。そういう事ですね。

はい、そうです。

>私がイメージしたのは、

>・心に芽生えた不安を解消する為に本来自分が持つ正直さ(素直さ)から外れた行動をする

わざと意にそぐわない行為をして、自分を違うイメージに持っていくということかな?とか本来の自分さえ知らない状態になっている?

>・自分が持つ正直さ(素直さ)から自然と発せられる行動

これはわかりやすい。自然のままに意図するままにということですね

>でも、根本的には、同じで『正直さ(素直さ)から自然と発せられる行動』とは、自分自身の最高の考えに基づくものであり、それは即ち『神様が期待される』ものと《同一》と考えれば、この2つは繋がる様に思えます。

人間が自然に欲するものの中には欲望も含まれるから、簡単にイコールでひっつけることはできないけれど、その欲望を欲している自分をしっかり客観的に見ることができていれば、それをコントロールし、人間的な良心に基づいての行動がとれるのではないでしょうか。それは愛に結び付くと思います。

>自分が『いかに誠実に生きる』という観点でもっともっと学び・考えたいと思います。

自分のことが分かればわかるほど、誠実に生きることができるのでは、と思います。

ちょっと難しいコメントでした。
(2008.10.19 20:08:45)

Re[1]:不安と愛(10/17)  
Tetsuo6667  さん
さっちゃん9さん

ちょっと難しいコメントでごめん。
会って話をしたとしても伝え難い内容ですよ、これは!

>>・心に芽生えた不安を解消する為に本来自分が持つ正直さ(素直さ)から外れた行動をする

>わざと意にそぐわない行為をして、自分を違うイメージに持っていくということかな?とか本来の自分さえ知らない状態になっている?

一番最後の《自分さえ知らない状態》が一番近いです。

不安な時程、自分を見失う。冷静な時(愛がある時)ならやってはいけない事は、判るはず。不安な時は、判断を誤ってしまう。

時には、意図的にやる場合もあるでしょうね。


>人間が自然に欲するものの中には欲望も含まれるから、簡単にイコールでひっつけることはできないけれど、
-----
ごめん。正直さ、素直さとコメントしたから"欲望"が出て来たのね。

言葉を変えて
『(人間の奥深くに持っている)真実の私から自然と発せられる行動』は、『神様が期待される』ものと《同一》としたら分かるかな?

今、思ったのだけれども 不安な時は、《建前の私》の状態なのではないでしょうか?
(2008.10.19 22:27:52)

Re[1]:聖書深読会(3)(10/17)  
YM1024さん
>最近・・・・自分がその人に対する比較対象になったりしているのを何度もいろんな人たちからきき、すごくブルーな気持ちでした。

確かにこういうところに知らぬ間に立たされているのはつらいですね。

>私の話を何日かただ聞き流すだけだった夫が、「ようやくわかった。それはきっと、みんなが不安に思っているからだ、たぶん間違いない」と。Tetuoさんのコメントと同じ言葉にビックリの私。しかも夫は、「きっとこれが正解、あたりだよ!」と念を押しました。

>一つのことに取り組むのに、いろんなアプローチがあり、・・・どれも間違いではないけど、途中で苦しく、本当にちゃんと頂上に行けるのか不安になった時、人を傷つける言葉が出てくる・・・

そうも言えるし、多くの不安は向かうべき頂上がどこにあるのかが分からないことです。
だから必死になる。

やっと整理できた。まさにタイムリーなさっちゃんとTetuoさんのやりとりでした。

お役に立てたようで良かった。そしていろんなところから見つめていても、たどり着くところはたいてい同じ・・・。

>私にとって、大きな山も共に登る仲間も、愛おしい神様の懐に抱かれた素晴らしい愛すべき存在で、皆の無事を祈りつつ、笑顔で一緒に登るだけ・・・きっと神様は、皆が無事にやり通せることを知っていて、そのことを通していろんなを学ぶために私達にその機会を与えられたといつも私は信じているから、何も怖くはないし、皆に私の経験を話しつつ、ドーンとしている。そうじゃない不安な人は、心配なんだ!

昨日、広島の兄と話をしたとき、どんな多くの知識よりもどんな多くの偉い人の話よりも、自分の経験こそが、私にはっきりとしたものを伝えてくれる、と言っていました。

だからこそ生きることがすごいことなんですね。
-----
(2008.10.20 01:01:21)

Re[2]:不安と愛(10/17)  
Tetsuo6667さん

>不安な時程、自分を見失う。冷静な時(愛がある時)ならやってはいけない事は、判るはず。不安な時は、判断を誤ってしまう。

よく分かりました。いまこれに苦しんでいる友人たちがいます。

>言葉を変えて
>『(人間の奥深くに持っている)真実の私から自然と発せられる行動』は、『神様が期待される』ものと《同一》としたら分かるかな?

めちゃめちゃよく分かりました。

どんなに建前の自分がゆがめられていたとしても、真実の自分の姿を見つめることができれば、いつでもそこを信頼し、まっすぐに歩いていける

ということですね!!

ありがとう、嬉しいです。

(2008.10.20 01:07:15)

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