PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Category
久しぶりにテレビの番組をはじめから最後までみました。
今日は最も尊敬する方の一人、 マザー・テレサ
を「その時歴史は動いた」でとり上げていたからです。
四女Wが誕生する前の年に亡くなられたので、とても印象深く心に残っています。Wも先日偉人伝か何かでマザー・テレサのことを読んだところだったので、つい10時からの番組を一緒に見てしまいました、もちろん一年のAも一緒です。
懐かしくなってうちにあるマザーの写真集を手に取ってみました。
「 マザー・テレサ 愛は限りなく」沖守弘 小学館
その中にこんなことばが書かれてありました。
私はその女(ひと)を洗ってからベッドに入れました。
その女(ひと)は私の手をとって、
本当に美しいほほ笑みを浮かべました。
たった一言ありがとうと言いました。そして、死にました。
私は自分の良心に問うてみました。
私があの女(ひと)だったら、なんと言ったでしょう。
きっと「わたしは死にそうだ。苦しい」と言ったでしょう。
でもあの人は、私が与えたよりもっと大きなものを私に与えてくれました。
これこそ貧しい人の偉さです。私の兄弟姉妹です。
マザーは本当に自分を貧しいところにおいておられる。
決して「してあげてる」ではない。
マザーの言葉の最後によく、「私の兄弟姉妹」という言葉が出てくるけれど、心から現実のこととしてそう感じておられる。
だからこんな言葉が生まれてくるのです。
もっとも貧しい者のそばにおられたマザー・テレサ 食べることも寝ることもできない貧しさ
愛を知らない心の貧しさ
物や能力にごまかされて心の貧しさに気付けない貧しさ
たくさんの貧しさがこの世界にある。
その 貧しさに気づくこと、それが最初の第一歩
ですね。
Free Space