2006/7月行政視察報告(水俣、指宿)


                          伊藤 眞智子

 社会環境委員会は環境行政のとり組みについて熊本県水俣市、鹿児島県指宿市を視察しました。
 初日は茅野からタクシー、飛行機、バス、九州新幹線を乗り継いで水俣市まで一日の行程でした。2日目は、水俣市役所で環境行政の説明を受け、水俣市のご厚意で水俣病資料館を案内していただき、指宿市まで行きました。
 3日目は、午前中に指宿市の環境行政についての説明を受け、午後は山川地熱発電所、知覧特攻平和会館、武家屋敷を見学し、鹿児島市内に宿泊。
 4日目は、桜島に渡り、車窓から活火山の様子を見ながら鹿児島空港に行き帰途につきました。
 どの市においても環境問題が行政の施策の重要な柱となっており、茅野市においてもゴミ行政は今後の大きな課題であり、参考となる点がありました。以下説明を受けた中で特に特筆すべきことについて報告します。

1、水俣市の環境行政のとり組みについて
 水俣市は公害の原点として知られる水俣病の発生した町です。1956年公式認定された水俣病は2265人の被害者を生みました。チッソの産業活動による環境破壊と健康被害の世界に類のない水俣病が発生し、物が売れない、人が来ない、人に水俣出身といえない等という状況が生まれてきました。それらを教訓に健康で文化的な生活を確保するために自然環境を保全維持していくことが可能な社会を築いて行かなければならないことを深く認識し、その汚名を晴らすべく「環境都市水俣」としてのとり組みを強めています。
 平成11年よりー環境で破壊された水俣を、環境で街を再生するー住民と協働で地域再生をはかるために、300回を超える地区懇談会を開きました。

 1992年地球サミット「世界都市フォーラム」に参加し、持続可能な社会の構築を目指し、「環境、健康、福祉を大切にする産業文化都市」を基本理念とする水俣市環境基本計画を策定し、環境モデル都市を目指しています。 

☆公害の街から環境の街へ
 ・水俣病を語る市民講座
 ・水俣病資料館ー水俣病の歴史と水俣病に関する様々な資料を展示してある。
         「悲惨な公害を二度と繰り返してはならない」という市民の思いを世界に          また後世に伝えるためにつくられた。たくさんの子どもたちが見学に訪         れている。
 ・熊本県環境センター
 ・環境省水俣病情報センター
 ・水俣病語り部発足等のとり組み

☆ゴミのリサイクルと減量
 ○ゴミの20分別から22種類分別へ
茅野市との違い ・ビン類の分別ー生きビン、市内業者のビン、色別の雑ビン
           ・鍋・釜類 ・廃プラスチック類 ・電気コード類 ・生ゴミ
  市内300ヶ所のゴミステーション 地区リサイクル推進委員
   資源ゴミの売却金(年間1000万円)地域に還元している。

 ・有機資源(生ゴミ)の循環システム作り
平成14年より実施、しかし爪楊枝やバランなどが混入しており、担当が説明に回っ   た。たい肥化に当たって塩分の問題、たい肥が売れないという2つの課題があった。    民間のたい肥工場に運搬回収の全てを委託、生ゴミ2割 牛糞や鶏糞を8割混ぜたい肥   化している。市街地はほとんど実施、農村地帯は自家処理をしているところが多い。
   できたたい肥は特産品のサラダタマネギの肥料として使われている。
   また、週2回の回収、生成分解プラスチック袋を使っている。
・廃プラスチックについて
    週一回の回収。質の悪いものは助燃剤として、ペットボトルはエコセンター、北九州    市等で再生品に加工されている。
    *ちなみに市の職員の制服は再利用品であった。色は水色で涼しそうだったが、実は     とても暑いとのこと

 ○ゴミ減量女性連絡会議の活動
  ゴミの分別収集を実施しゴミが減り続けていたが、ゴミの総量が増加傾向になり、分別だ  けでは減量が進まない状況になった。
   出たゴミを分別して資源化するだけでなく、ゴミを出さないゴミになるものを減らして  減量を進めていくために、家庭にゴミになるものを持ち込まない、リサイクル製品の購入  を進めるなど、行政だけでなく住民と協働したとり組みにするために、市内の16の女性  団体の代表者でつくる「ゴミ減量女性会議」を平成9年に発足させて活動している。

  ・平成10年、市内大型店との「食品トレイ廃止申し合わせ書」の締結。
4店舗95品目
  ・レジ袋をなくすとり組み
    市内全世帯へのお買い物袋の配布 ・・使用状況は1%に満たない
今後の方向ーレジ袋の有料化、ポイント制度の導入などが考えられ   ている
  ・環境に良い店作り エコショップ認定制度平成11年から16店認定
  ・我が家のISO認定審査に関わる
  ・ゴミ減量の意識向上のための手作り紙芝居の作成
    地域だけでなく学校の環境教育への活用を予定している

○エコタウン全国で13番目の指定 総合リサイクルセンター
 チッソ工場から排出された汚泥を封じ込め埋め立てた場所を中心にエコタウンが形成されて いる。
・家電リサイクル施設 ・ビンのリユース、リサイクル施設・使用済みオイルリサイクル施設・し尿を減量とした肥料製造施設・使用済みタイヤリサイクル施設 ・廃プラスチック複合再 生樹脂リサイクル施設・建設廃材・アスファルトのリサイクル合材製造施設
・社会福祉事業団授産施設

*ゴミ分別で得たこと
     1地域のコミュニケーション   2最終処分場の延命 4年か      ら20~30年へ
     3市民がゴミの先生
○環境を守るとり組み
 ・地区環境協定 環境ISO
  住民で約束事を決め全世帯が署名捺印し、とり組みをする。
     例 ホタルが住める環境にする
 ・環境ISO
   市役所 平成11年104001の取得   外部監査100万をやめ自己監査36   万
   我が家のISO  学校版環境ISO

○環境マイスター制度 
 環境や健康にこだわったものつくりをしている職人を認定する制度。
  平成10年度 お茶、パン、ミカン、野菜、米作り 9名
11年 5名 12年 2名 13年 7名 14年 1名
16年 3名 一名辞退  計26名

(資格審査の基準)
   1、環境や健康に配慮したものつくりを5年以上行っている
   2,自然素材の利用、化学物質の除去など、環境や健康に配慮したも     のつくりの実績
   3、環境や健康に配慮したものつくりにたいする一定の知見と経験、     技術があること
   4、地球環境の保全に関する活動を行っている
   5、環境問題や環境保全にたいする一定の知識がある
   6、水俣病など公害に関する一定の知識がある

今後に向けて=マイスターの技術向上のために参加する研修会の紹介、技術を伝えるための研修会、展示会の開催、経済的なメリットがあるように

☆省エネ、省資源
 ○地球温暖化防止のための2酸化炭素の排出削減、
 ○市役所や公共施設での資源の消費の削減とリサイクル化

*目指せ「環境首都」
  持続可能な循環型のまちづくりのとり組みを評価し、条件をクリアした街が「環境首都」の称号が与えられる。水俣市では2年連続で国内一位であったが得点不足。
「生命の基盤である海、山、川を大切に守り、次世代に引き継いでいく」という水俣市の宣言は負の遺産を教訓として、あの水俣がここまで来たか」といわれるよう頑張っているとのこと。
環境を福祉・産業・観光につなげていくーまちづくりの中心においている。

2、指宿市の環境行政
 ☆家庭環境ISOのとり組み
  参加を希望する市民が市役所へ申し込む
 ・初級編 記録冊子を配布 実践を記入する
     ゴミの重さを量る体重計をプレゼント
   実行ー認証ー評価
 ・中級編
   計画ー行動ー記録ー評価見直し
   エコワットを利用し、二酸化炭素の排出量の調査
   ゴミの排出量の調査
 ・上級編
   計画ー行動ー評価見直し
   中級よりすすんだ計画を立て実行 

*指宿市のとり組みは、水俣市に学んで行われており、水俣の視察の後なので説明する方  も恐縮していた。 しかし、関係課の職員の施策にたいする意欲的な姿勢には敬服するも  のがあった。



3、施設見学

☆山川地熱発電所
  山川(合併により指宿市となった)にある九州電力の地熱発電所を見学。
 平成7年3月に運転を開始、出力3万キロワットで指宿市約一万5000世帯の家庭に電力をまかなっている。
  地下2000~2500メートルの貯留槽から高温の蒸気を取り出して、タービンを回転 させて発電する仕組みで、環境に優しいクリーンエネルギーとして注目に値する。
興味深く見学することができた。

☆知覧特攻平和会館 (山川火力発電所)
知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期唯一国内で地上戦が行われた沖縄決戦に、人類史上類のない爆装した飛行機もろとも敵弾に体当たりした特攻隊(陸軍特別攻撃隊)の遺影、遺品遺書など貴重な資料を収集、保存、当時のことを後世に正しく伝えようとつくられたもの。

 知覧は少年非行兵の訓練場であったが、戦況が緊迫し昭和20年には特攻基地となった。
ここ知覧から出撃し命を落とした隊員は1036人、みんな将来ある若い人々である。この現実を心に深く刻みたいと思う。

 「きけわだつみのこえ」の一番初めに載っている長野県出身の上原良二さんの遺書を見つけた。、出撃の前夜にあの時代に日本の敗戦を予想したてかかれた遺書には、「・・・自由の勝利は明白なこと・・にんげんの本性たる自由を滅ぼすことは絶対にできなく例えそれが押さえられているごとく見えても最後には必ず勝つ・・・権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも必ずや最後には敗れることは明白な事実です・・・」感動した。

死んだ人々は かえってこない以上、
 生き残った人々は、何がわかればいい?

 死んだ人々には 嘆く術もない以上、
 生き残った人々は、誰のこと、何を、嘆いた らいい?

 死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、
 生き残った人々は沈黙を守るべきなの か?

(知覧特効平和会館ー兵隊の宿泊施設)










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