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●警察・マスコミ大暴走!!K青年の悲劇 (下) ~ 潔白編 ~ ●「あれは全部、特捜本部の極秘情報。限られた人間のみが知る情報がなぜ 新聞に漏れたのか、今でも分からない。捜査員もみんな、首をひねっていました」 (「真相はこれだ!~」より元記者の談話) 事件当日は池袋の宝石会社で面接を受けていた」K青年が再三繰り返した アリバイは本人の勘違いであり、実際は日本橋の貿易会社だった。 結果、報道を見た会社の人間からの通報で青年の容疑は晴れた・・。 「手のひらを返した よう」とはこのことか。 一夜明けて「呼び捨 て」から「さん付け」 へ。 マスコミは自分のこ とは棚に上げ、今度 は「警察批判」へと その矛先を変えた。 そもそも警察側はK 青年の周囲を充分 固めてから身柄拘束 に動くつもりだった が、新聞のスクープ に先行され、見切り 発車を強いられた、 というのが実情らし い。 だがその情報の火元 は某・名刑事だった、 とする向きもある。 「記事を書かせて K青年や他の捜査員 の反応を見たかった のかも知れません。 あんなことは最初で 最後でしたよ」(同) ●ただし、今さら K青年の潔白に 水を差す気は ないが、言ってみ れば彼の無実は 「一連の脅迫犯」と 事件の犯人が同一 でしかも「単独犯」 である場合のみ成 立するのである。 「警察に恨みは ありません」「思わ ぬ経験をしました」 なかなか言えない 一言である。 しかし世間では 「あの一言が逆に アヤシイ」などと 噂するヤカラもいた。 そう、K青年にとって 本当の試練はここ からだったのだ。 ●青年のその後の人生において、この誤認逮捕はケチの付き始めだったようだ。 常に「三億円事件重要参考人」のレッテルがついて回り、 職を変えようにも顔、名前が知れわたっていて断られた。 養子縁組を持ちかけた人物は救いの手を差しのべたかに見えたが 彼を資産争いに利用、用ずみになれば捨ててしまった。 結婚しても職がなく、廃品回収業のリヤカーを引けば 「この中に三億円があるのか」と覗き込んでからかう心無い者たち。 自宅を望遠カメラで狙われ、ノイローゼになった妻はあげく、 胃を半分切り、その後クモ膜下出血で倒れる。 週刊誌が彼の自宅を直撃取材し、実名、顔写真を掲載したのがとどめをさした。 彼は精神状態に異常をきたし、怒り狂った妻は離婚した上で訴訟に踏みきる。 その後、妻は自宅で倒れ、46歳で亡くなった。K氏は3人の子供と 暮らしていたが長女が交通事故に遭い、下半身不随の重傷を負う。 ◆参考資料 / 「真相はこれだ! 昭和8大事件を撃つ」 祝康成 新潮文庫 「雨の追憶 図説 三億円事件」 むらきけい 文芸社 (※ 2010年10月17日 追記) Kさんこと、草野信広氏は2008年9月、旅先の 沖縄で不幸な自殺を遂げられました。 心よりご冥福をお祈りいたします。
2008年03月26日
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●警察・マスコミ大暴走!!K青年の悲劇 (上) ~ 疑惑編 ~ ●事件4日前の昭和43年12月6日、日本信託銀行国分寺支店に 「300万円を支払わなければダイナマイトで爆破する」との脅迫状が届く。 同年春から夏にかけても多摩農協に脅迫状5通が届き「爆発物を仕掛ける」 と脅迫。特捜本部は三億円事件犯人の仕業と断定し、それら脅迫状の文面は 「カナ文字タイプライター」経験者のものであり、使用した切手裏面の唾液から 血液型はB型と判明。 事件から一年、はからずもこれらの条件を満たしたばかりに、その後の人生を 完全に狂わされた男性がいた。 その青年は実に「12301人目」の容疑者だった。 国分寺市内に居住、普通車・自動二輪の免許を持ちホンダの350ccのバイクを 所有、牛乳店に勤務時期、配達区域に「第二現場」が含まれていた、逃走用 カローラ盗難時期下宿に帰っていない、ハンチング、ベレー帽使用の情報あり。 「テレタイプ学院」への通学歴、脅迫状にあった仮名文字を小刻みに切る「わかち書き」に詳しい。 そして何より、あの"でっち上げ"のモンタージュ写真に似ている、 という情報が加わって青年の立場はたちまち不利となってしまう。 そしてこれらの「極秘情報」が某・新聞社に漏れた・・。 事件から1年が経過し、何らかの「結果」を出さなければならなかった 捜査本部が先走り、マスコミも先走って不幸は起きた。 「脅迫状との筆跡が一致しない」という大きな問題点を残したまま 昭和44年12月12日、K青年は任意同行を求められ身柄を拘束される。 同日の某新聞・朝刊には大スクープ記事の見出しが躍った。 記事には自信に満ちた「まったく大きなお世話」な表現が目立つ。 おまけにモンタージュの顔の部分に青年の顔を合成して掲載して しまい、これらが後々まで尾を引く結果となる。 取調べにはかの平塚八兵衛も加わり、青年は厳しく追及された。 逮捕は軽微な別件容疑であり、事件当日は池袋の宝石会社へ面接に 行ったと証言したが、青年を伴っての捜索ではその場所が見当たらなかった。 実際には会社は日本橋に存在した貿易会社だったのだがこの勘違いが 容疑をますます強くしてしまった。 (つづく) ◆資料提供 / クロベエ氏・ツッチー刑事氏 参考資料 / 「真相はこれだ! 昭和8大事件を撃つ」 祝康成 新潮文庫 「雨の追憶 図説 三億円事件」 むらきけい 文芸社
2008年03月19日
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" ついに最終回 !! " ●第十三回 新春のS少年宅は 静まり返っていた・・(3) ★関連記事 「S少年のこと 1 」 2 3 4 ◆おことわり・・・記事中に登場する説はあくまでもひとつの「仮説」です。 ● 「・・少年が現金を隠したとされる場所がこの近くにあります。」 我々は男の後についてその場所へと向かった。 その場所は少年宅から徒歩数分くらいの距離にあった。 ▲ここがその「現金隠し場所」である。40年前は鬱蒼と木々が茂る雑木林だったそうだ。 そして話によれば、あのジュラルミンケースに残された1.5グラムの土こそ 警視庁化学検査所のT鑑定官がこの地域のものと断定した土だという。 ▲「今、明らかになる!衝撃犯罪と未解決事件の謎」(二見書房)より。 土の成分の顕微鏡写真。他にケヤキなどの種子が検出された。 ▲こんな風にこんもりと土が盛り上がって ▲少年はここに現金を埋め、空になったジュラ いるとつい、カメラを向けてしまう・・。 ルミンケースを積んだカローラで本町住宅へ 向かったのか・・? さらに男は 「少年のお墓にも ご案内したい」という。 私は仰天した。 なぜそんな場所まで 知っているのか?? とりあえず、今日の 所はここまでとし、 我々はその謎の情報 提供者とJRの中央線 某駅で別れた。 男は意味深な笑みを 浮かべ、人込みの中へ と消えていった・・。 ●・・長い一日だった・・。こうして我々三人・プラス一人の「正月返上」捜査は終わった。 私はやり残した事がまだあるような気分のまま、又の再会を約束し、東京都下の街を後にした。
2008年03月12日
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●第十二回 新春のS少年宅は 静まり返っていた・・(2) ★関連記事 「S少年のこと 1 」 2 3 4 ◆おことわり・・・記事中に登場する説はあくまでもひとつの「仮説」です。 ●・・それにしても、あまりにも犯行の動機が弱いと言わざるを得ないのではないか。 そもそも、そんな事をしでかして失敗すればどういう事になるか、 一番解かっている立場の人間ではないのか。 その巨漢ヲタク男の話によれば・・ ○親は職場に不満を持ち、それがやがて恨みへと変わっていった。 そしてもう一つの目的はむろん、「金」であったというのだが・・。 犯行後、警察の手が少年に及びかけたとき○親は狼狽し、家族を守るため、ついに 手をかけてしまう。自殺や心中の計画もあったのだそうだ。(ここも理解しかねる・・) 所詮、その辺りの事情は我々に想像など出来はしないだろう。 犯行は少年と仲のいいグループとともに行われ、当初「白バイ警官」は少年では なく別の人間がやるはずだったが、ある事情により交代となった。 なるほど、これなら多摩農協脅迫の際、少年が鑑別所にいて脅迫状を送付でき なくても「別の」人間がやれる。 筆跡が違うのもむしろ当然である。 私は最初にこの話を聞いた時、正直、「その手があったか!」と思った。しかし次の 瞬間、「そんなバカな」とその考えを打ち消した。余りにも突拍子すぎるのではないか・・ (記事提供 / ツッチー刑事) ▲手持ちの当時の新聞記事を今一度探してみたが、少年に関する記事は実に少ない。 上はその一つだが、スペースの都合で割愛した部分から主だったところを拾ってみると・・ 『犯人の取りこぼしを恐れ、慎重で手堅い捜査を命じる本部首脳の心労ははた目にも 痛いほどわかる』という一文や、 『多少なりとも疑点のあるうちは納得のいくまで調べる。決して中途半端な捜査はしない』 という浜崎捜査一課長の談話が目を引く・・ ●情報提供者の巨漢ヲタク男はさらに続けた。 「近くに少年が 現金を隠したとされる場所 があります。行ってみましょう・・」 (つづく) 現金輸送車に おふくろ が乗ったよ(下) (「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ/四人囃子」より) ▲なぜかこの教習所の教官は化学の先生 ▲晴れて免許を取得し、満面の笑顔で洗車する みたいな「白衣」を着ていたらしい(笑)。 母。 この車はええっと・・何つったっけなあ? 何を勘違いしていたのか・・? どなたか、教えてくだされ。 ●しかしそんなおふくろも今年でおんとし73歳。先日、車庫入れ時に人サマの 車にこすってしまったのを機に私が免許を取り上げてしまった・・。しばらく口を きいてくれなかったが、許してくれ、おふくろよ。大きな事故を起こしてからでは遅いのだ。 それにしても40年とはそれだけの長さなのだと思い知らされた。 トボトボと徒歩で買い物に行く母の後ろ姿とこの写真を見比べながら、 私はなんともイタタマレナイ気持ちになるのだった・・。 (終)
2008年03月07日
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●第十一回 新春のS少年宅は 静まり返っていた・・(1) ★関連記事 「S少年のこと 1 」 2 3 4 ●当ブログのある読者の方から「S少年宅へ御案内します」と以前からお誘いを受けていた。 「そんなの知ってる人がいるんだ・・世の中にはモノ好き・・いや、スゴイ人がいる・・」 本町団地から、彼が待つ最寄りの駅までは近いはずだが、ずいぶん遠く感じた。 駅前に到着すると、年令不詳で巨漢、見るからに怪しい男性が待っていた。 ツッチー刑事のミニに彼が乗り込むと車体が大きく沈んだ。四人ではさすがに狭い・・。 バス通りを走り、近くの店舗に車を停め、徒歩で狭い路地へと入る・・。 その時、ツッチー刑事が言った。「大勢でゾロゾロ行かない方がいい」 なんと大人な意見・・。 我々は二組に分かれ、まず私と巨漢男が向かった。 ▲閑静な住宅街の中にあったS少年宅。 ちょうどお隣りの方が自転車で帰宅し、我々をジロジロ見ていた。 何食わぬ顔で通り過ぎるふりをしながら素早くポケットのデジカメを 取り出し、妙な罪悪感に苛まれながら急いでシャッターを押した・・。 あれから40年、さすがに立て替えられたはずの家はさらに リフォームされて間がないのか、とても綺麗だった。 思わず二階を見上げてしまう。 「ここであの 『 もうひとつの事件 』 は起きたのか・・。」 警察官だった父親は既に他界なさっているがお母さんは今も 御健在でS少年の妹さん御夫婦と静かに暮らしてらっしゃると聞いた。 S少年については過去記事で触れている ので(上のリンク記事参照)割愛するが、 話の顛末は全く釈然としないままである。 少年が補導されるたび、頭を下げて その身柄を引き取りに行った父親。 「最後の日」、青酸カリの瓶にその父親の 指紋だけが残されていたのはなぜか? 「あの~・・」アヤシイ巨漢男が口を開いた。 「これ、あくまでひとつの仮説なんですけど 事件の主謀者は S少年の○親だ という説があるんですよね」 ええっ!? 一体何を言い出すんだ、この男? (つづく) 現金輸送車に おふくろ が乗ったよ(上) (「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ/四人囃子」より) ●先日、「何か、ブログで使える写真はないかな・・?」と古い写真を物色していて 私は目を疑った。 「こっ、これは!? 三億円事件の現金輸送車・セドリック!?」 同じ型・・ではないのかな? しかも運転しているのは若き日の私の母!まさか犯人? 実はこれ、昭和42年初頭、自動車教習を受ける私の母親の姿。当時・32歳。 おふくろはこの後、下りの坂道へと向かい、右後輪を脱輪させたものと思われる(笑)。 (その前に教官がブレーキを踏みます) さて、おふくろは無事免許を取れるのか? (これもつづく) ●つづきまして、 先日のコメント欄で クロベエ氏がしつこく こだわり続け、小説男氏を 呆れさせた(笑) 「第三現場・草色カローラ」 のルーム・ミラーの様子。 いやしかし、確かに 「視界確保のため、犯人が 縦に90度曲げてあった」と いうのが定説でしたが、 こりゃどう見ても水平状態。 一体、どういう事なのか?? 触ったなあ?鑑識の人~? (つづきません)
2008年03月01日
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