妖精的日常生活 第一話


妖精的日常生活

第1話 召喚?

作:ジャージレッド


※ 作者より一言

 この作品世界では、日常的に妖精が存在します。但しその妖精は元々は人間でした。なぜ人間が妖精になってしまうのか? それについては本作品を読み進めていただければ、徐々に触れられていますので、まずは広い心で受け入れてやってください。よろしくお願いいたします。


ガラッ

「あっ、お兄ちゃん、またお風呂の中で寝てる! もう、後がつかえてるんだから、早く出てよね!!」

 はっ、いかんいかん。どうやらまた湯船につかりながら眠ってしまったらしい。

「ん、分かったから早く戸を閉めろよ。おまえが見てると出れないだろ!」

「見たくないわよ、そんなもん。とにかく急いでよね。私、明日の日曜日は早く出かけるんだから」

「OK、OK」

 妹の珠美香(すみか)、15歳中学三年生は、勢い良く戸を閉めると、プリプリと何かしゃべりながら自分の部屋に帰っていった。珠美香は、家の外では可憐な美少女で通っているらしいが、家の中ではこんなもんだ。

 上下を兄と弟の男二人にはさまれているせいか、男の裸を見ても平気だし、外で猫をかぶっている分、家ではその反動で言動が荒っぽくなる傾向があるらしい。まったく家族にしてみたら迷惑な話だ。

 まあ迷惑といえば、風呂の中で寝てしまう俺もかなり迷惑なのだから、おあいこなのかもしれないが……。

 ところで俺の名前は長谷川幹也(みきや)。県立緑ヶ丘高校に通う、二年生男子、17歳だ。成績は上の下。エコロジーがトレンドな現代にあって、とってもおしゃれな(?)園芸部に所属している。

 園芸部というと、しばらく前にはやったガーデニングや、花壇で花を育てているのを連想するかもしれない。しかしうちの高校の園芸部は一味違う。基本的に食べられるものだけを育てているのが自慢だ。大根、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、キャベツ、タマネギ、トウモロコシに大豆、その他諸々。更に今年は試験的にコメまで作ってたりする。

 というわけで土曜日とはいえ、今日も1日元気に部活動で畑仕事をしていた俺は、つい湯船の中で寝てしまったというわけだ。まあいつものことなんだけどね。でも湯船の中で寝るのは気持ちいいんだよ、疲れもとれるし。君もやってみる?


※ 注意! 湯船で寝るのは大変に危険です。溺れ死んでも知らないよ。実は作者も……。(T_T)


「おーい。風呂出たぞぉ。早く入れよ」

「なに言ってるの! ぐずぐずしてたのはお兄ちゃんのほうでしょ! 」

「風呂にゆっくり入って何が悪いんだ? 昔から風呂というものはゆっくり入るものと決まってるだろ」

 俺は「からすの行水」という言葉はあえて忘れて、いかに風呂というものはゆっくり入るものであるのかということを独自の理論でとうとうと述べた。まぁ、人はそれを屁理屈とも言うんだけどね。

 しかしうちの妹は女のくせに口喧嘩が下手だ。

 口喧嘩は議論とは違うのだから、基本としては、自分にとって有利なことのみまくし立て、自分の不利になるようなことは最初から無視して、不利な点には反論すらせず、論点をずらし、ひたすら自分の言いたいことだけを言うべきなのだ。

 それなのに珠美香は妙に細部にこだわるところがあって、些細な屁理屈も無視することが出来ないらしい。そしてしなくてもいい反論をしているうちにいつも自爆している。(将来苦労するぞ)

 まじめな顔で妹をからかった俺は適当なところで切り上げると、反撃の言葉が見つからず、悔しそうにしている珠美香を後にして、自分の部屋へと戻った。

 うちは俺と妹の珠美香の他に、同じ部屋で暮らしている小学四年生の幸也(こうや)という弟がいる。仲は良いほうだと思う。但し、7歳も歳が離れていて体力知力ともにハンデがありすぎるので、喧嘩になるようなことはない。

 部屋ではその幸也がアイドル雑誌を片手に俺に話しかけてきた。

「あっ、お兄ちゃん。このホームページを見たいんだけと、パソコン借りていい?」

「ああ、いいけど、何だ、それ?」

「知ってるでしょ。妖精アイドルの坂牧深雪ちゃんだよ。かわいいよねぇ」

「ふうん。幸也。おまえまだこんなのが趣味だったんだ。かわいいと言えばかわいいけれど、妖精に憧れてると、おまえも召喚されちまうぞ。それよりも普通に人間の女の子をガールフレンドにしたらどうなんだ?」

「いいじゃんか、妖精を好きになっても。お兄ちゃんだってガールフレンドいないくせに」

「うっ! なにげに痛いところを……。別に俺は、ガールフレンドがいない訳じゃないんだぞ。ただ本当の意味で友達なだけであって、恋人にまではなってないというか……」

 どうも俺は珠美香には強いのだか、幸也には弱い。珠美香とは違って幸也とはハンデが有りすぎるので、喧嘩は口喧嘩も含めていっさいやってこなかったからだろうが、幸也相手ではいつもの感覚が出てこないのだ。

「……とにかく、ガールフレンドや恋人が居ようと居まいと、俺は人間の女の子が好き。それには間違いがないんだから、それでいいじゃないか。そりゃあ妖精はかわいいよ。でもあまりにも妖精に気を取られてると、身体を召喚されてしまって、自分が妖精にされちゃうんだから、気をつけた方が良いって!」

 何とか俺は態勢を立て直して反論したが、どうも幸也にはインパクトを与えられずに終わったようだ。

「お兄ちゃん。とにかく深雪ちゃんかわいいんだから、僕は深雪ちゃんが好きなの。それにクラスの女の子たちはちっともかわいくないし……。第一、妖精も僕みたいな子供は召喚しないよ」

 幸也は生まれたとき未熟児だったせいなのか、それとも生まれつきの体質の為か、背はかなり低い方だ。たぶん男女含めてクラスの中では、というよりも学年の中で一番背が低いかもしれない。

 当然、発育不全気味で顔もどちらかといえば女顔だ。本人はかなりそれを気にしていて、それなりに努力しているみたいだ。しかし男らしい格好をしていてもボーイッシュな女の子にしか見えないのは、ある意味一種の才能であるかもしれない。

 だから幸也が、自分よりもうんとちっちゃなアイドル、妖精のアイドルを好きになるのは、何となく分かる気がする。

 幸也は、女の子に興味が出始めた年頃の健全な男の子だ。しかもけっしてクラスの女の子にもてない訳ではない。しかしかわいいペットを愛玩するようなもてかたらしいので、性を意識しだした男の子には、ちょっと屈辱感を感じる状況らしい。まあいわゆる『 かわいがられてる 』ということだ。

 それに自分よりも遙かに背が高くて大きな同世代の女の子達をかわいいとは思えないということもあるだろう。もう少し大人になれば、女性の内面の魅力にも気づいてくると思うのだが、いかんせん小学四年生。まだまだ外見と、男と女はこうあるべしという固定観念からは自由になれていないようだ。

 まあ、俺もまだまだ他人のことをとやかく言えたものじゃないんだけど……。


※ 注意! 反対はしないけど、男女等?の関係について自由すぎる観念を築く場合は覚悟しようね。(*^_^*)


「うーん。……まあいいけどね。好みは人それぞれなんだし、だけど冗談抜きで妖精に召喚される危険性には気をつけろよ。妖精にしてみたら、幸也の体も十分に頑健というか、丈夫で強い体なんだから……」

「うん、分かってるよ。でも今までに身体を召喚されて妖精になっちゃった人は、日本全体で2万5000人ぐらいだってテレビのニュースで言ってたよ。召喚されるのは、今のところだいたい5000人のうち一人だけなんだからそんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

 幸也はそう言いながら、慣れた手つきで俺のパソコンを操作し始めた。俺はというと、自分の寝床である二段ベッドの一段部分へ上がると、ごろんと横になった。

「あまり夜更かしするなよ。まだ小学四年生なんだから……。じゃあ、おやすみ」

「はい、はぁーい。じゃあ、お休みなさい」

 軽い返事を返す幸也の声を聞きながら、俺は二段ベッドに付けてあるカーテンを引き、そのまま眠気に身を任せることにした。俺はどちらかというと周りが明るかろうが、うるさかろうが、平気で眠ることが出来る。神経質とは無縁な性格だ。

 幸也もそれを知っているので、目当てのホームページを見つけると、そこに書かれていることをぶつぶつと読み上げながら、ネットを覗いている様子が気配で伝わってきた。

 しばらくすると俺は眠りについた。そしてその晩、俺は、人間として最後の夢を見ることになった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

『私と魂の波動を同じくする人間よ♪ 私はあなた方が住む世界とは異なる世界より呼びかけています♪』

 ……うん、何だ……。誰かいるのか……? どこからか歌うような声が聞こえる……。

『私の名前はエルフィン♪ あなた方が妖精と呼ぶ者です♪』

 ……あっ、なぁんだ。妖精だったのか。 ……まあいっか。もうちょっと眠らせてくれ……。

『もしかするとご存じかもしれませんが、今、私たちの世界は侵略を受けています♪ 私たちも最初は何者の侵略を受けているのか分かりませんでした♪ その侵略者に近づこうとすると、私たち妖精は活動そのものが不可能になってしまい、手も足も出なかったのです♪』

 ……そういえばテレビの特番でそんなこと言ってたっけ……。

『自分自身は非常に非力な私たち妖精は、様々な異世界から、様々な生き物を召喚してその侵略者と戦おうとしました♪ ドラゴン、グリフォン、ペガサス、ユニコーン、ハーピー、その他考えられる限りの存在を召喚しました♪ しかしどの生き物たちも、侵略者の近くに行くと活動が不可能になってしまいました♪』

 ……そう、なんだ……。

『そこで私たちは、最後に残った伝説の存在、人間を召喚することを決定したのです♪』

 ……人間が、伝説の存在……?

『様々な異世界に意識を飛ばして、人間の存在が確認できました♪ そうあなた方です♪ 後は召喚の魔法を発動させるだけでした♪ それで人間を召喚する事が出来るはずでした♪』

 ……?

『しかし妖精の中でも最高の召喚術使いですら、人間を召喚することは出来なかったのです♪ こんなことは初めてでした♪ 存在を感じられた生き物を召喚出来なかったのは人間が初めてだったのです♪』

 ……??

『人間に対して特別な何かを、私たちは感じました♪ 正体の分からない侵略者に対抗する為にも私たちはなんとしても人間を召喚することを決意しました♪』

 ……!

『様々な試行錯誤の末、あなた方人間は、極めて強固な自由意志を持っていることが分かりました♪ そしてその自由意志を無視して召喚しようとしても、召喚魔法はあなた方人間の意志の力によりキャンセルされてしまうことも♪』

 ……人間の、意志の力。自由意志……?

『そこで次に私たちは、このように夢という手段を通じてあなた方人間に事実を知らしめ、人間の自由意志により召喚に応じてもらうことにいたしました♪ ところがこの方法でもまだ問題があったのです♪』

 ……何が……。

『何人もの人間に事実を知らしめ、召喚に応じていただけるように意思確認をいたしました♪ 大半の方は単なる夢と思って相手にしてもらえませんでしたが、中には召喚に応じても良いと言ってくださる方がいらっしゃいました♪』

 ……。

『私たちは喜んでそのような方を召喚しました♪ しかしその結果召喚出来たのは人間の肉体だけでした♪ 人間の魂、命は召喚する事が出来なかったのです♪ つまり召喚出来たのは人間の死体のみだったのです♪』

 ……!

『つまり形として見るならば、私たちは召喚に応じていただけた人間を殺してしまったのです♪ 大変に不幸な出来事でした♪ そこで私たちは新しい召喚の方法を考え出しました♪ 人間の肉体を召喚すると同時に、術者は自らの肉体をあなた方人間の住む異世界に飛ばすのです♪』

 それってもしかして……。

『つまり、結果として次元の壁を越えて、私達妖精とあなた方人間の肉体が交換されるのです♪ 召喚術者は以後人間の肉体を手に入れ、召喚に応じていただけた人間は以後妖精の肉体を手に入れるのです♪ これなら人間を殺すことはありません♪ 』

 ……何か言わなくちゃ……。このままでは……。

『人間の肉体♪ それは妖精に比べれば頑健な巨人でしたが、ドラゴンなどに比べれば非力な生き物でした♪ しかし、人間の肉体は侵略者の近くに寄っても活動が停止する事はありませんでした♪ 私たち妖精は歓喜しました♪ これで侵略者と戦うことが出来ると♪ 唯一の欠点は人間の身体になってしまうと、召喚術が使えなくなってしまうので、元の身体には戻れなくなってしまうということです♪』

 ……どうしよう・・。

『その後、何人もの人間の肉体を同様の方法で召喚しました♪ しかし敵の数は多く、戦いは終わることなく未だ続いています♪ ところで人間の脳内記憶を抽出して検索した結果、敵の正体も判明しました♪ あなた方が言うところのロボット、機械生命体です♪ おそらくは異星に起源を持つ機械たちでしょうが、妖精やドラゴンなど、魔法により存在を許されている生き物は、機械の出す波動、特に複雑な機械の出す波動を受けると活動レベルが極端に低下してしまいます♪ しかし人間の身体は機械の出す波動には全く影響されませんでした♪』

 ……だからなんだって! 俺に関係あるのか……?

『お願いします♪ 肉体を交換する形の召喚は、お互いに魂の波動が同一の者同士ではないと成功しません♪ 勝手ですが、私、エルフィンは侵略者と戦う為に、あなたの肉体を召喚したく希望いたします♪ 承諾していただけるのなら、あなたのお名前をお聞かせください♪ 真の名前が魔力を解き放ち、召喚のエネルギーとなります♪ さあ、あなたのお名前を教えてください♪』

 言っちゃだめだ……。言っちゃ……。

『もう一度問います♪ 召喚に応じていただけるのなら、あなたの名前を教えてください♪』

 ……。

『……お願いいたします♪ 無理なお願い、都合の良い言い分だということは十分承知していますが、もう私たちにはあなた方人間の好意しか頼るものが無いのです♪ どうかお願いいたします♪ あなたの真の名前を教えて下さい♪』

 ……なんだかなあ、熱心に言ってるし、かわいそうな気はするけど、俺の名前が「長谷川幹也」だということを言ったら、俺は妖精にされちゃうわけだろ? ……。

『ありがとうございます♪ 長谷川幹也さま♪』

 うそっ! なんで……、あっ! しまった!! ……ここは夢の中。考えただけで言ったことになっちゃうのか!? こら、やり方がせこいぞ。俺は本心から同意したわけじゃないぞ!!!

『万物の理は相似形にあり♪ 形の上での同意で十分でございます♪』

 お前は悪徳商法のセールスマンか~~~!!

『我、妖精族のエルフィンおよび人間族の長谷川幹也は、その互いの肉体を交換し、心を移し替えることに同意せり♪ この同意のもと我は召喚術を行うものなり♪ 異世界の壁を越え、生きとし生けるすべての存在の親であると同時に子である創造者よ♪ 我に力を♪ 長谷川幹也に祝福を♪ いざ来たれ♪ いざ行け♪ 命の入れ物、魂が纏いし衣服たる肉体よ♪ 新しい命、新しい魂に仕えよ♪』

 なっ、なんだ!? 身体が、なんだかおかしい。エネルギーがぐるぐると身体の中を回っているような……。駄目だ。意識が遠のく……。

『相互換身用召喚魔法陣展開♪ 次元通路確保♪ 召~喚~♪』

 妖精のどことなく切ない音楽的な叫び声を最後に、俺の意識はホワイトアウトした。俺が人間として最後に意識したもの、それは光の渦の中へ飛び込んで行く俺の後ろ姿だった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ん、何だか息苦しい。あれ、体中が布団にくるまれているような……。俺は息苦しさで目を覚ました。何か大事な夢を見たような気がするが、そんなことよりも今はこの息苦しさを何とかしなければ……。

 まずは布団から出よう。えっ、あれれっ? 布団の外に手が出ない。何だ、この布団、いったいどこまで続いているんだ? 訳が分からないけれど、とにかく前に進もう。

 俺は布団の中で四つん這いになって、とにかく前に進んだ。進んで進んで進みまくった! 進んだんだけれど、なぜか俺はまだ布団(?)の中に居た。うぅぅ~。いったいぜんたい本当にどうしちゃったんだ~。次第に焦ってきちゃったじゃないか~。

 そうこうしているうちに、何とかやけにごわごわする感じの布団から外に出ることが出来た。……と思ったら、今度はまた別の質感を持った布団(?)の中に出た……ような感じだった。

 半ばパニックになりかけながらも、俺は前進を続けた。するとようやく前方に微かな明かりが見えた。俺は夢中になってその明かりのもとに向かうと、ようやく布団から脱出する事に成功した。

「な、なんじゃこりゃー!」

 人間(?)、本当に驚くと機転に富んだセリフは言えなくなるらしい。俺が直面している状況は、本当にとんでもない状況だった。見える物すべてが巨大化し……、というか俺の方が縮小していた。俺は身長が25cm程度しかない小さな妖精になっていたのだ。

「思い出したー! 夢の中に妖精が出てきて、召喚されちゃったんだー!」

 昨晩、幸也に対して注意していた俺自身が妖精に召喚されて、というか結論から言うと身体を取り上げられて、妖精になってしまったとは!! 怒りと戸惑いと、いろいろな気持ちが錯綜して、心臓が激しく脈打った。

 それにもまして小さな子供よりも甲高いキンキン声になってしまった俺の声は、俺がもう人間では無くなったことを知らせていて……、とにかく本当にどうすりゃ良いのさ!!

「落ち着け、落ち着け。まずは深呼吸だ。す~は~。す~は~。 す~は~。 す~は~。……」

 いつまでもパニクっててもしょうがないし、とりあえず慌てたときの基本である深呼吸を繰り返してみた。よしよし、多少は落ち着いてきたぞ。でもこれからどうしよう。このままここにいても何も好転しないし……。

 やはりここは、家族に知らせるべきだな。そこまで思いつくと、俺は何とか気を取り直してベッドから外に出ることにした。

 うぅ~~。泣きたい気分を引きずって、俺は身長約25cmという小さな身体で波打つ布団の上を歩き、ベッドの端にまでやってきた。そしてベッドの柵の隙間から下を見た。

……高さ約50cmというところか……。

 人間であれば何でもない高さだが、今の俺にしてみたら4メートルから4.5メートル程度の高さに相当する。これを飛び降りようと思ったら、ちょっと勇気が必要だ。

 もっとも妖精になったんだから、空を飛ぶことも出来るはずなんだが、今の俺にはどうやって羽を出して、どうやって飛べば良いのかが、全然分からない。

 ちなみに妖精の羽は普段使わないときには、どういう訳か身体の中に収納されていて、いざ飛ぶとなったときには身体の外に出てくるらしい。たしかテレビでそう言っていたような気がする。しかし、羽の出し方・飛び方の具体的な方法が分からない以上、俺はこの小さな手と足を使ってベッドから降りなくてはならないのだ。

 どうしたものかと考えていたら、うまい具合にベッドに寄せて積んであった雑誌が足場になりそうなことに気が付いた。まず俺は、雑誌が積んであるところまでベッドの上を移動して、ゆっくりと足を降ろしてみた。何とか足が着き、考えていたよりもずっと楽に床に降りることが出来た。

 さて何とかベッドからは降りられたけれど、次はどうするかな。ドアを開けて外に出ようとしても、ノブまではとても手が届かないし、仮に届いたとしてもノブを回すこともドアを開けることもこの身体じゃ出来ないだろうな、やっぱり……。

 しょうがない。ここは同じ部屋に寝ている幸也の助けを借りるしかないか。でも昨日、あれだけ妖精の召喚には注意しろよって、言ったばかりだし、顔をあわせづらいよなぁ。

 ええい。迷っていても始まらない。とにかく今は幸也に手を貸してもらわなくちゃ。

 俺は床の上を、二段ベッドの上段へと続く梯子の下に向かって歩いた。人間だったときにはせいぜい2~3歩で歩ける距離をてくてくと歩いていると、何だか今の状態が夢の中にいるような気がして、ほっぺたをつねってみた。

「痛い。やっぱり夢じゃないんだ……」

 心のどこかで、夢であって欲しいと願う気持ちがあったのか、夢じゃないと思ったとたんに涙が出てきた。

「ちくしょー、あのエルフィンとかいう妖精め。人のこと騙すようにして俺の身体を召喚しやがって。もう! どうして俺がこんな目に……」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺は一段ずつ、落ちないようにしながら、ゆっくりと梯子を登って行き、何とか幸也の寝ているベッドの上にたどり着いた。

「おい、幸也、起きろ。朝だぞ」

 まずはそっと声をかけてみたが、幸也は全然起きる気配がない。昨日、よっぽど夜更かしをしたらしい。だからあれほど言ったのに、と筋違いな怒りが湧いてきた。

 俺は幸也の顔のすぐ横に行くと、髪の毛を掴んで思いっきり引っ張ってみた。

「起・き・ろ・よ! 大変なんだよー」

 すると幸也は、突然に腕を動かして、髪の毛を引っ張る俺を払いのけた。俺は予想もしていなかった反応に対応しきれず、二段ベッドの上から跳ね飛ばされて、くるんと宙に舞ってしまった。

 転びかけた人間はとっさに手が前に出るように、宙に舞った妖精は、とっさに羽が出るらしい。俺は全くの無意識のうちに、背中からまるで天使のような純白の羽を出すと、力強く羽ばたいて空中を飛んでいた。

「す、すごい……。飛んでる……」

 呆然としながらも、決して人間には味わえない感覚に、興奮の波が次から次へと襲ってきた。俺は、今の状況と時間を忘れて、部屋の中をしばらく飛び回ってみた。慣れてきて、歩くのと同じくらいに自由自在に空中で方向転換をすることが出来るようになった頃、ようやく当初の目的を思い出した俺は、ゆっくりと幸也の胸の上あたりに着地した。

「いやぁ、すごいなあ。空を飛ぶのがこんなにも気持ちがいいなんて思いもしなかったよ。でも、それとこれとは話は別。早く幸也を起こさないと。飛べるようになったけど、部屋の外に出られない状況は何も変わっていないんだからな」

 俺はぶつぶつと独り言を言いながら、さてどうやって幸也を起こしたものかと、考えた。……やっぱアレかな。俺は決心して、また軽く羽ばたいて幸也の顔の上まで移動すると、空中で静止した。

「せっかく飛べるんだから、やっぱコレだよなあ」

 幸也の顔の上を飛んでいた俺は、スッと、羽ばたくのを止めると、幸也の顔面にグラヴィトンキックを見舞ってやった。単に自由落下して顔面を踏んづけただけとも言うが……。

 人間だったときには決して幸也には手をあげたり暴力をふるったりしたことはなかったのだが、現状では圧倒的に幸也の方が力も強いだろうから、それを考えると、特に罪悪感は覚えなかった。

(うぅっ、悪いお兄ちゃんを許してね。あんまり悪く思ってないけど)

「うぅ~ん、お兄ちゃんなの? もうちょっと寝かせてよ……」

 何度かグラヴィトンキックを繰り返していると、ようやく幸也が目をさました。やったぜ。

「あっ、幸也。おーい、起きろー。とにかく大変なんだ。起きてくれ~~~~」

「えっ、誰? お兄ちゃんじゃないの? ええぇぇっ!? もしかして君、本物の妖精さんなの?」

 俺の姿を見て、完全に目を覚ました幸也は、がばっと身を起こして、空中に浮かんでいる俺を、まんまるに見開いた目で見つめている。そういえば幸也は妖精オタクだったのだ。

 もっとも、妖精の正体が俺だとは、全然気づいていない様子だ。そりゃそうだろう。事情を何も説明しないうちから、この妖精は実は僕のお兄ちゃんなんだと洞察できるはずがない。

「俺だよ俺、幹也だよ。ちょっと妖精になっちまったけど、俺はお前の兄ちゃんの幹也なんだ。信じられないかもしれないけど、とにかく……」

「か、かわいいーーーっ!!!」

 事情を説明しようとする俺の言葉は、幸也の『かわいい攻撃』の前に沈黙を余儀なくされた。

「かわいい、かわいい、かわいいーーー。わぁ、すごいや。僕、こんなにも近くで妖精を見たのは初めてだよ。時々、空を飛んでるのを見かけたりするけど、後はテレビで妖精アイドルの深雪ちゃんを見るぐらいで……、ねえ、君はどこに住んでる妖精さんなの? 名前はなんて言うの?」

「こら! 人の話をちゃんと聞け!! 俺だよ、幹也だよ。召喚されて妖精になっちゃったんだよ」

「えっ……!? お兄ちゃん……なの!?」

 ようやく幸也は正常な反応を示してくれた。ふぅ、長かったぜ。

「そうだよ。今、お前の目の前にいる妖精は、長谷川幹也。正真正銘、お前の兄だよ。昨日の夜のうちに妖精に身体を召喚されて、今朝起きたらこの姿になってたんだよっ!」

 俺はちょっと恥ずかしかったので、わざとぶっきらぼうに答えた。

「本当にお兄ちゃんなんだ。でもお兄ちゃんが、こんなにもかわいくなるなんてねぇ」

 幸也は何だかとても意味ありげな笑いを浮かべている。何だか、むかつくなぁ。人間だったときにはどんな状況でも、もっと平常心でいられたはずなのに、妖精の身体になってしまうと、感情の起伏が激しくなったみたいな気がする。

 それに対して幸也は、兄の一大事だというのに、なぜそんなにも落ち着いて冷静でいられるんだ。もうちょっと慌てたり、おろおろしたり、泣いたりしてくれてもいいじゃないか!

 むっとして、黙っていたら、幸也が言葉を選ぶようにゆっくりと話しかけてきた。

「あのねえ、お兄ちゃん。何だかさっきから『妖精になってしまった』、『妖精になってしまった』って言ってるけど、もうひとつ気が付かない?」

「何だよ。その奥歯にものがはさまったような言い方は……。妖精になってしまった以上に大変なことってあるのか? にやにやしてないで、早く言えよ!」

 とうとう俺は怒鳴ってしまった。もっとも妖精特有のキンキン声なので、迫力は全くない。むしろ滑稽ですらある。それに気付いた俺は、ますます感情が沸騰してきた。

 するとそんな俺をなだめるかのように、幸也が静かに語りかけてきた。

「え~とね、お兄ちゃん。まさかとは思うけど、全然気が付いていないようだから言うんだけど、落ち着いて聞いてよね」

「だから言いたいことがあるなら早く言えってぇの!!」

「じゃあ言うよ、お兄ちゃん。……お兄ちゃん、女の子になってるよ」

「えっ!? ……俺が、……女の子になってるって!?」

 俺は予想もしていなかった幸也の言葉を聞いて、一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。

「うん。間違いなく、妖精の女の子になってる」

 一転して真剣な顔つきで断言する幸也の顔を見て、俺は急に不安になってきた。そういえば俺は、自分が妖精に変身してしまったことに動転して、今の自分の性別を確認していなかったことに思い至った。

 そう言えばごくわずかとはいえ、なんだか胸もかすかに膨らんでいるような気がする。それに乳首に至っては男の胸に付いているものとは大きさが全然違っていた。

 最後の期待を込めて、おそるおそる股間に目をやると、そこには毛の生えていないつるんとした丘があるだけだった。まるで吸い寄せられるかのように手をそこに伸ばすと、思い切って触ってみた。

ドキドキ……

 “ぺたん”とした感触の次に、“ぴちょっ”と肉ひだに吸い付かれる感覚が中指に伝わってきた。しかしそれよりも、股間そのものに今まで感じたことのない感覚が襲ってきた。

「うひゃぁ!! ♂#♀※∞∴~~!!」

 その瞬間、俺は電気に触れたかのような勢いで股間を触っていた手を離した。頭の中は真っ白を通り越して、超新星爆発もかくやという程の光の奔流にホワイトアウトした。

 妖精になって初めての気絶だった。


※ 作者の独り言

『妖精になって初めての○○だった』のフレーズは何にでも使えそう。もしも話がどうにも進まなくなったら、このフレーズさえ使えば何とかなるかな? でも読者にあきれられるのいやだから禁じ手にしとこ。(^_^)v


「まったくバカよねえ、妖精になったことに驚いて、自分が女の子になってたことに気が付かなかったなんて」

 珠美香は、さもあきれたという口調を隠しもせず、台所のテーブルの上に座り込んでいる俺を“じと目”で見ながらそう言った。

 今、俺は家族全員に見下ろされるようにして、テーブルの上に座っている。俺が気絶した後、幸也によっていつもの日曜日の朝よりも2時間も早く起こされた家族の面々は、それでもねむそうな顔をせず、テーブルを囲むようにして椅子に座っている。

「しょ、しょうがないだろ! 珠美香も妖精になってみれば分かるはずだよ。第一、もし突然犬や猫に変身したとして、その犬が雌犬か、それとも雄犬かなんてこと考えもしないだろ。それと同じだよ!」

 俺は人間だったときには、こういった言い合いというか口喧嘩のときには、相手のペースにはまらないよう、自分に不利なことは反論すらせず、徹底的に無視して、論点をずらす戦法を得意としていた。ところが思わず反論の言葉が出てしまって、俺自身驚いた。

 どうやら妖精の特徴は、よく言えば感情に素直、悪く言えば何事においても冷静沈着な行動が苦手と見える。俺の精神が妖精の身体に入ってしまってから、俺は妖精の思考パターンに犯されているようだ。

「ふふん。犬、猫ならそうかもね。でも小さいとはいえ、それだけ人間にそっくりなんだもん。男か女かという点に全然気が付かないなんて、いつものお兄ちゃんらしくないわね。あっ、もうお兄ちゃんじゃなかったんだ。ねっ、かわいい妖精ちゃん。だって妖精ちゃんは女の子だもんねぇ、お兄ちゃんと呼んじゃおかしいわよねぇ」

「くうぅ……!!」

 反論の言葉を失って、ただうなっている俺を見て、珠美香はものすごく気分が良いという顔をしている。どうやらいつもやり込められていた鬱屈をいっぺんに解消出来たという感じらしい。何だか今後の力関係の逆転を見たような気がして、俺は何ともいえない気分になってきた。

 ちなみに、妖精の事には詳しい幸也に教えられて知ったのだが、身体を召喚されて妖精になってしまった人間は、日本国内だけで約2万5000人。そしてその男女比は約半々だ。

 しかし問題なのは、召喚された人間が男だった場合、必ず男の妖精になるかと言えばそうでは無い。男の妖精になるか、それとも女の妖精になるのかも、およそ半々の確率なのだ。

 つまり召喚され、妖精になってしまうとき、確率二分の一で、性転換も伴ってしまうということだ。従って計算上、2万5000人の男女が召喚されているので、その半分の1万2500人は、妖精になると同時に性転換も経験する事になる。

 より詳しく言うと、人間の男から妖精の女になった者が約6250人。人間の女から妖精の男になってしまった者も約6250人いるということになる。

 というわけで、めでたく俺は、人間の男から妖精の女になった約6250人のうちの一人に選ばれたということだ。まったくもうっ!!

「はいはい、幹也も珠美香も、それぐらいでもういいでしょ。で、幹也。あんた、これからどうするつもりなの? 突然に妖精、それも女の子の妖精になってしまって……」

 俺の母親の喜美香(きみか)が、まったくもうこの子は……という顔で俺に問いかけてきた。母さんは俺が妖精になってしまったと理解した当初は、それこそ半狂乱になったように泣きわめいていたが、一通り泣きわめくと現実をすんなりと受け入れるつもりになったらしい。

 とは言っても、たった10分間泣きわめいただけで、現状を受け入れられるもんかねぇ。全く珠美香といい、母さんといい、女は強い。男なら現状の変化に対してもっととまどって、受け入れるまでにずいぶんと時間がかかるもんなんだけどなあ。まったくこういう点は男は女にかなわない。

 まったく、いざとなると男よりも絶対に女のほうが強いことは間違いない。しかし、今は俺もその女の一員だと思うと、どうにも変な気分だ。

「母さん……。どうすると言われても、なりたくてなった妖精じゃ無いんだし、何も考えていないに決まってるじゃないか。それとも母さんには何か良い考えでもあるの」

 俺は今後の予定なんか決まってるはず無いのにそんなこと当たり前だろ、という気持ちを何とかにじませようと努力しつつ、妖精特有のキンキン声で返答した。

「お兄ちゃん、僕は、お兄ちゃんも妖精アイドルの深雪ちゃんみたいに、芸能界デビューすると良いと思うけどな。今のお兄ちゃん、ものすごくかわいいもん。目も髪も薄い青色で、神秘的だし、羽は天使の白い羽みたいだから、絶対人気出るよ。間違いないって!!」

 前言に追加。男でもちいさな子供は現状を受け入れるのが早い。幸也は俺の意見など全く無視して、どうやって芸能界にデビューするとか、芸名はどうするとか、さっきからそんなことばかりしゃべっている。

「父さん、幸也に何とか言ってやってよ。全くもぉ、うっとうしい。めちゃめちゃ落ち込んでいるこっちの身も考えてくれよ」

 さっきからただ黙りこくって難しい顔をしている俺の父親、徹也(てつや)に対して、俺は助けを求めた。

「うーん。そうだな。幸也、静かにしなさい」

「えーっ。せっかく僕がお兄ちゃんの為を思って考えてるのにー」

 おざなりの注意しかしない父親に対して、幸也は思いっきりだだをこねた。こういう点は末っ子の特権だ。家族の中で一番小さな者は、家族の他の者に対して甘えるのが本能的にうまい。

 俺が妖精になってしまったことをまだ消化しきれていない父さんは、幸也の言葉にどう対処していいのか分からず、てんで頼りにならない。ただうなっているだけだ。

「ともかく、まあ将来のことは置いといて、今すぐにでもしなくちゃならないことがあるでしょ。例えば着る物とか身の回りの物にしても、妖精サイズの物を買ってこなくちゃいけないし、明日になったら、区役所に行って届け出もしてこなくちゃいけないんじゃないかしら。今日は日曜日だから、役所のほうは明日じゃないと無理でしょ。だから、今日のところはまずお買い物に行くべきだと思うの」

 母さんは自然に話を最初のところに戻すと、俺の姿を見ながらそう言った。ちなみに今の俺は、さすがに妖精とはいえ“一応仮にも女の子”が裸のままではまずいだろうということで、即製の衣装を身につけていた。

 それはハンカチの真ん中に穴を開けて、そして後ろの背中の部分には縦に二つのスリットを入れ、それを頭からすっぽりとかぶって腰のところを紐で結んで服の代わりにしたものだ。

 羽はちゃんとスリットの部分から外に出ているので、飛ぶには支障が無い。但し下着はつけていないので、注意して飛ばないと見えちゃうかもしれないけど……。

「確かに、こんなハンカチで作った服だと、何だか落ち着かないよ。それにどうにも生地がごわごわしている感じがして、肌にすれて痛いし……」

 俺は今の正直な気持ちとしては、たとえそれが女物の服だとしても、妖精用の服なら何でも着たい気分だった。とにかく今のような状態は落ち着かない。それに妖精は肌がものすごく敏感みたいで、今の俺にとってみれば、ハンカチの生地はまるで地面に敷くレジャーシートのようにごわごわしていたのだ。

「妖精ちゃんは、ものすごくきめ細かくて敏感そうな白い肌しているもんね。まったくうらやましいわあ。私も人間にしたら結構きめ細かい肌をしていると思っていたけど、妖精ちゃんに比べたらまるで鮫肌みたいで、いやになっちゃうわぁ~、お~ほっほっほ」

 まったくいやみったらしい。珠美香は絶対に今の状況を面白がっている。きっとそうに違いない。実の兄が生まれもつかない妖精になってしまった事が、そんなに楽しいのだろうか? 妖精とはいえ今は俺も女なんだけど、うぅ~ん、やっぱり女はわからん。

「でも、まず身の回りの物をそろえるという意見には賛成。ちょうど今日は私、M町のTデパートに行く約束を友達としてたから、一緒につれてってあげる。確かあそこなら、妖精専門店があったはずでしょ」

 なにか企んでいるのか、やけにうれしそうに珠美香が提案した。

「じゃあ、お願いしようかしら。私はパートがあるから、今日は休めないのよ。日曜はスーパーにとっては一番忙しい日だから」

「OK まかせといて。うーんとかわいいやつ見繕ってくるから。感謝してよね、妖精ちゃん!」

 やっぱり……。珠美香のやつは俺をおもちゃにして遊ぶつもりだ!

「じゃあ母さん、お金ちょうだい」

「えーと、ねえ幸也、あなたなら知ってるでしょ。妖精の服や小物っていくらぐらいするのかしら?」

「えっ! 服の値段? よくは知らないんだけれど、確か普通の人間の服に比べて、安い物でも5倍~6倍はするって聞いたことあるよ。高いのになるとそれこそ10倍以上でもおかしくないって」

 さすが妖精オタク。幸也は俺なんかがまったく分からないことを、すらすらと答えた。

「やっぱりベビー服と同じで、小さくても高いのね」

「もし、もっと詳しい数字が欲しいなら、パソコンで調べてあげようか」

「そうね。そのほうが良いかもね。じゃあ行きましょうか」

 母さんはそう言うと、俺と幸也の部屋にスタスタと歩き出した。幸也はその後を追いかけていく。そして珠美香さえもうれしそうに後に付いていく。しょうがないので俺も飛んで付いて行くことにした。

「喜美香。それに珠美香に幸也に幹也まで。今はそんな事やってる場合じゃないだろ。おい、ちょっと……」

 一人寂しく、徹也父さんは、台所から俺と幸也の部屋に向かう俺達の背中に言葉を投げかけていた。誰も受け取っていなかったけど……。(哀)

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 部屋に入ると、俺達はパソコンを前にした。幸也がラックの前に座り、母さんと珠美香はその両脇に立っている。そして俺はというと、幸也の左肩に腰をかけていた。

 何だかあまりにも陳腐なイメージ通りの妖精の格好のようで、ちょっと恥ずかしかったが、モニターを見るのには、そこが一番良かったのだから、しょうがない。

「じゃあまずは電源を入れるよ」

 そう言って幸也はパソコンを起動させた。そしてパソコンが作動し始めたとたん、俺は身体が分解されるかのような妙な気持ち悪さを感じて、同時に息苦しくなって、ぱたんと、幸也の肩から、パソコンのキーボードの上に倒れてしまった。

「幹也、大丈夫! どうしたの!? しっかりして!

「きゃあっ。お兄ちゃん……」

「わぁっ。お兄ちゃんごめん! 忘れてた!!」

 3人の悲鳴やおろおろした声を聞きながら、俺は気持ち悪くて吐きそうな気分で、のたうち回った。

 そういえば、妖精の身体は、複雑な機械のそばに寄ると活動が停止すると、あの忌々しい妖精のエルフィンが言ってたっけ……。そう思いながら、俺はどんどんと気が遠くなって行くのを感じた。

  妖精になって2度目の気絶だった。


※ 作者より皆様へ

『妖精になって初めての○○だった』のフレーズは禁じ手にしたけど、これは『2度目の~』だからOKだよねと言い訳しつつ、第2話に続く……、ように現在鋭意努力中です。よろしくね。(^_^)/~


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