JEWEL

JEWEL

炎の紋章 1

歴史上の人物をモデルにした二次小説ですが、若干脚色された設定があります

実在の人物・団体とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

その日、海斗は王家の“娘”として生を享けた。
だがその身体は、男女両方の性を持っていた。
「可愛い子だ。」
「ですがあなた、この子の髪色を見て下さいな。」
「美しい、炎のような赤毛だ。」
国王・フレデリクはそう言うと、海斗の美しい赤毛を撫でた。
海斗は、何不自由なく、王女として愛情深く育てられた。
しかし―
「何ですって、カイトが・・」
「はい・・恐らく、手術をしても痕が残るかと・・」
「あぁ、何という事なの!」
首に瘰癧が見つかり、海斗は医師によって切除手術を受けたが、醜い手術痕が残った。
それを海斗は、炎のように赤く、絹のような美しい髪で隠した。
「お姉様、お姉様ったら!」
「ごめん、聞いていなかった。」
「もう、お姉様ったら、さっきボート遊びをしましょうと言ったじゃないの!」
そう言いながら餌を溜め込んだリスのように頬を膨らませているのは、海斗の三歳違いの妹・ルイ―セだった。
ルイ―セと海斗は大変仲が良く、いつも一緒に居た。
「ねぇルイ―セ、もし俺が結婚したらどうする?」
「結婚しても、わたし達の仲は変わらないわ!」
「そうだね。」
この時、海斗には何件かの縁談が来ていた。
 しかし―
「“赤毛が気に喰わないから、お断りさせて頂く”ですって!そんな方、こっちから願い下げだわ!」
「ヘレナ、落ち着け。」
「これが落ち着いてなどいられますか!」
激昂したヘレナは、そう叫ぶと刺繍鋏を力任せにテーブルの上に叩きつけた。
「一体何をそんなに興奮しているのです?」
「お義母様・・」
「その様子だと、またカイトの縁談が白紙に戻ったのね?」
「申し訳ありません・・」
「カイトには、きっと良い縁が結ばれるわ。」
海斗達の祖母・マリヤは、そう言うとヘレナの肩を優しく叩いた。
「ジェフリー様、もうお帰りになってしまうの?」
「済まないな、レディ達。」
同じ頃、アメイス帝国皇太子・ジェフリーは、今日も女達と遊んでいた。
「ジェフリー様、またこんな所に居らしたのですか!」
「アーサー、わざわざ娼館まで夜中に監視に来るとは、ご苦労なこった。」
「女王陛下が、あなた様を呼んでおられます。」
「わかった。」
実母である女王・エセルとジェフリーは折り合いが悪かった。
ジェフリーは厳格な母親を嫌い、毎晩宮廷を抜け出しては、娼館で女達と戯れていた。
金髪碧眼で美男子であるジェフリーの心を射止めるのが誰なのか―社交界の令嬢や貴婦人達は、密かにそんな賭けをしては楽しんでいた。
「陛下、こんな時間に一体、俺に何のご用ですか?お説教はもう聞き飽きましたよ。」
「あなたに、縁談があります。」
「言ったでしょう、俺は誰とも結婚しないと・・」
「相手は、エルネ―ト王国の、カイト王女です。」
エセルに一方的に見合い相手の肖像画を見せられたジェフリーは、暫くその場から動けなくなった。
「え、俺に縁談?」
「アメイス帝国の、ジェフリー様ですよ。肖像画をご覧になられますか?」
(綺麗な人・・でも、この人も俺の身体の事を知ったら離れていく・・)
「カイト様、神様がきっとカイト様を守ってくださいますわ。」
「そうだね・・」
刻々と、運命の日が、静かに訪れようとしていた。
「ジェフリー、どうしたの?」
「陛下・・いいえ、母上、俺はこの方を妻に迎えます。」
「驚いたわ、あの子があんな事を言うなんて。」
「わたしもです、陛下。」
エセルの言葉に、秘書長官・ウォルシンガム卿は大きく頷いた。
「カイト王女は、馬術や剣術に長けていて、慈善活動に熱心な方だとか。」
「そう。」
「陛下、何を考えておいでなのですか?」
「ジェフリーの事よ。この結婚を機に、あの子の悪癖も治るといいのだけれど。」
エセルは溜息を吐くと、すっかり冷めて不味くなったコーヒーを飲んだ。
「ジェフリー、こんな所に居たのか。」
「誰かと思ったら、俺の心の友か。」
「気色悪い言い方をするな。」
ジェフリーの親友・ナイジェル=グラハムは、そう言うとジェフリーのグラスにワインを注いだ。
「明日は人生が決まる日だっていうのに、こんな所で飲んだくれていいのか?」
「景気づけに一杯やりたいんだ。」
ジェフリーは、行きつけの酒場で朝まで飲んだ。
「それでは、行って参ります。」
「お姉様、お気をつけて!」
ジェフリーと見合いをする為、海斗は妹達に見送られ、アメイス帝国へと旅立った。
だが彼女達を乗せた船は嵐に遭い、海斗達が命からがらアメイス帝国に着いたのは、エルネ―トの港を発ってから数日後の事だった。
「カイト様、長旅お疲れ様でした。」
「まだ、地面が波打っているように見えるわ。」
乳母から水を貰った海斗は、そう言いながらそれを一気に飲み干した。
「失礼、エルネ―ト王国のカイト王女様ですね?わたしはビセンテ=デ=サンティリャーナ、秘書長官殿の名代で、あなた様をお迎えに参りました。」
そう言って海斗の手の甲に接吻した男は、美しい翠の瞳で彼女を見た。
「そう・・カイト王女が漸く到着されたのね。ジェフリーは、何処に居るの?」
「それが・・」
王宮でエセルが海斗達の到着を待っている頃、ジェフリーはナイジェル達と狩りを楽しんでいた。
「おいおい、本当に見合いに行かなくていいのか?」
「あぁ。相手はまだ到着していないようだし、相手が到着するまでゆっくりしておくさ。」
ジェフリーがそう言ってジンを飲んでいると、森の奥から女達の悲鳴が聞こえた。
「行くぞ、ナイジェル!」
「あぁ!」
「本当にこの道で合っているのですか?」
「はい。この森を抜ければ・・貴様ら、何者だ!」
ビセンテはそう叫ぶと、腰に帯びている長剣を抜き、突然自分達の前に現れたならず者達を睨みつけた。
彼らは全身から悪臭を放ち、欲望に満ちた目で海斗達を見た。
「へへ、可愛い娘っ子が沢山居る。」
「こりゃぁ、大漁だぜ!」
彼らの会話を聞いた海斗がそっと護身用に短剣を抜こうとしたが、ビセンテに止められた。
「カイト様、早くここからお逃げ下さい!」
「でも・・」
「ここはわたしにお任せして、どうかお逃げ下さい!」
海斗は侍女達を連れ森を抜けようとしたが、男達の仲間が彼女達の前に現れた。
「へへ、捕まえたぜぇ!」
「誰か助けて・・」
「ここには俺達以外誰も居ねぇよ!」
「それはどうかな?」
ならず者達の前に現れたのは、金髪碧眼の美男子だった。
「何だてめぇ、俺達の邪魔をするんじゃねぇ!」
「そうはいかないな!」
ならず者達を一人で蹴散らした男は、蒼い瞳で海斗を見た。
「あなたは・・」
「お初にお目にかかります、カイト様。俺はアメイス帝国皇太子・ジェフリーと申します。」
(この方が、俺の夫になる方・・)
「初めまして、エルネ―ト王国王女・カイトと申します。」
「肖像画よりも、お美しい。」
「カイト様、ご無事でしたか!?」
「ビセンテ様・・」
ビセンテが海斗達の元へと向かうと、そこには不倶戴天の敵の姿があった。
「皇太子様、こちらにいらっしゃったのですか?てっきり娼館でしけ込んでいらっしゃったのかと・・」
「ビセンテ、カイト様の護衛、ご苦労。さぁカイト様、俺が王宮へお連れしましょう。」
ジェフリーはそう言って海斗の肩を抱くと、彼女を自分の愛馬に乗せた。
「陛下、落ち着いて下さい。」
「お黙り!」
ジェフリーが海斗との見合いをすっぽかした事を知ったエセルが怒り狂っていると、そこへ何処か慌てふためいた表情を浮かべたウォルシンガムがやって来た。
「どうしたの?」
「陛下、皇太子様が・・」
「麗しい母上、このような格好で申し訳ありません。」
「ジェフリー、その格好は何?」
全身泥だらけのジェフリーを見たエセルがそう彼に尋ねると、ジェフリーはこう答えた。
「未来の花嫁の命を救ったのですよ。」
「早く身支度を済ませなさい!」
遭難し、ならず者達に襲われそうになっていた海斗は、ジェフリー達に助けられ、無事アメイス帝国入りした。
「お湯加減はいかがですか、カイト様?」
汗と泥で汚れた身体を温かい湯とラベンダーの石鹸で洗い流した海斗は、鼻歌を歌いながら浴室から出て来た。
「あ~、生き返った。」
「そうですか、それにしても、ジェフリー様はお優しそうで良かったです。」
「俺達を助けてくれたけれど、その事イコールあの人が優しいと決めつけるのは早いと思うよ。」
「まぁ・・」
海斗に仕えてまだ日が浅い侍女の一人は、彼女の言葉を聞いて驚きの余り絶句した。
「気にしないで、カイト様はああいう性格なのよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。」
海斗の乳母・アリシアは、そう言うと侍女を見た。
「カイト様、皇太子様がお呼びです。」
「わかりました、すぐ行くと伝えて下さい。」
風呂に入った後、美しいドレスに着替えた海斗は、侍女達に髪を結って貰った後、お気に入りの真珠のチョーカーをつけた。
「お待たせしてしまってすいません。」
「まぁ、素敵なチョーカーねぇ。」
「母方の祖母から譲り受けました。」
「そうなの。」
エセルと海斗は、共通の趣味を持っている事ですぐに打ち解けた。
「おやおや、賑やかな笑い声が聞こえると思って来てみれば、新しい家族が来ておったか。」
宝石を鏤めた美しい杖を鳴らしながらダイニングに入って来たのは、ジェフリーの祖母であるエリザベス王太后だった。
「まぁ王太后様がこちらにいらっしゃるなんて珍しい事。」
「妾が居ては不満かえ?」
「いいえ・・」
(何だろう?)
エセルとエリザベス王太后との間に微かな溝のようなものを、海斗は感じていた。
「どうした、カイト?何か気になる事でもあるのか?」
「あの・・陛下と王太后様の仲は余り良くないのですか?」
「まぁ、王太后様・・お祖母様は母上にとって姑にあたるからな。」
「そうですか・・」
夕食後、海斗はジェフリーと王宮庭園内を歩きながら互いの家族の事を話した。
「わたしのお母様とお祖母様は、実の親子のように仲が良かったので、少し驚きました。」
「カイト、敬語を話すのを止めてくれないか?俺は堅苦しいのは好きじゃないんだ。」
「わかった。じゃぁ、あなたの事は何と呼べばいい?」
「普通にジェフリーと呼んでくれ。」
海斗はジェフリーとすぐに打ち解けていった。
『ルイ―セへ、ジェフリー様とは上手くやっていけそうです。』
(お姉様、お幸せそうで良かった。)
ルイ―セは姉からの手紙を読んだ後、すぐさまその手紙の返事を書いた。
『親愛なるお姉様へ、わたくしも結婚が決まりました。結婚式でお姉様に会えるのが楽しみです。お互いに体調を崩さないようにしましょうね。愛をこめて、ルイ―セ。』
海斗がアメイス帝国入りしてから一月が経ち、彼女は結婚式の準備に日に日に追われていた。
「あぁ、疲れた・・」
「カイト様、お疲れ様でした。」
侍女のイザベルが海斗にレモン水を手渡すと、彼女はそれを一気に飲み干した。」
「別にドレスなんて、何度も選ばなくてもいいじゃん。」
「結婚式は一生に一度だけのものですから・・」
「まぁ、そうだけどさ。それよりも、ジェフリーは俺の首の傷を見ても、愛してくれるかな?」
「皇太子様ならば、カイト様の事を愛して下さいますわ。」
「そうかなぁ・・」
今まで、海斗は首の傷の所為で、縁談を断られた。
「花嫁が溜息ばかり吐いてしまっては、幸せが逃げますわよ。」
「そうだね・・」
そして海斗は、ジェフリーと結婚式の日を迎えた。
「お姉様!」
「ルイ―セ!」
約半年振りに妹と再会した海斗は、喜びの余り人目も憚らずに彼女と抱き合った。
「カイト、はしたない真似はおよしなさい!」
「ごめんなさい、お母様。」
「まぁ、いいじゃないか。半年ぶりに会えたのだから、好きにさせてやりなさい。」
「あなたは、いつもカイトに甘いんですから・・」
ヘレナは夫の言葉を聞いて深い溜息を吐いた。
「失礼、家族の団欒を邪魔してしまいましたか?」
そう言って海斗達の前に現れたのは、軍服姿のジェフリーだった。
「ジェフリー様、どうか娘の事をよろしくお願い致しますね。」
「任せて下さい、ヘレナ様。」
「お二人共、そろそろお時間です。」
「では、行こうか?」
「はい・・」
王宮から白亜の馬車へと乗り込んだ海斗とジェフリーは、沿道で国民達が自分達の結婚を祝福している姿を見て、嬉しくなった。
結婚式を終えた二人が大聖堂から王宮へと戻ると、ビセンテがエリザベス王太后と何やら込み入った話をしているのを聞いてしまった。

―あの者が、どうして・・
―全ては、わたしの・・

「カイト、どうした?」
「いいえ、何でもありません。」

盛大な祝賀パーティーを終えた海斗は、ジェフリーと初めて過ごす夜に緊張していた。

「カイト様・・」
「暫く、一人にして。」

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