JEWEL

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それを愛と呼ぶなら 第一話



「火月、何処に居るのっ!」
「すいません、奥様・・」
高原伯爵家の庶子・火月は、そう言って父の正妻である綾子に向かって頭を下げた。
「全く、愚図なんだから!早く来ないと、置いて行ってしまうわよ!」
綾子は今にも泣き出しそうな顔をしている火月に背を向けると、さっさと車に乗り込んでしまった。
火月は何とか車に乗り遅れずに済んだが、綾子とその娘・香世子から目的地に着くまで嫌味を言われ続けた。
「ねぇ、お母様、この子をどうしても連れて行かなければならないの?」
「仕方無いでしょう、お父様の言いつけなのだから。」
香世子は、粗末な紬姿の火月をジロリと睨むと、彼女にこう言った。
「わたくしに恥をかかせないで頂戴ね、お姉様。」
彼らが向かっていたのは、土御門公爵邸だった。
この日、土御門家嫡子・有匡の十歳の誕生日を祝う宴が開かれていた。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。」
「どうぞ、楽しんでいって下さい。」
土御門公爵家当主・有仁は、そう言うと火月達に微笑んだ。
「うわぁ、美味しそうなお菓子が沢山あるわ!」
「香世子、お行儀が悪いわよ!」
甘い物が大好きな香世子は、ダイニングテーブルに所狭しと並べられている西洋菓子を見て歓声を上げた。
華やかなパーティー会場のダイニングルームから離れ、火月は雪で彩られた中庭を歩いた。
ここには、自分を傷つける者は居ない。
(家には帰りたくない、あの人達に虐められるもの。)
そんな事を火月が思っていると、彼女は雪に埋もれて凍った池に気づかず、溺れてしまった。
火月は、泳げなかった。
(誰か、助けて・・)
火月がそんな事を思いながら池の底へと沈んでいった時、誰かが自分を池から引き上げてくれた。
「大丈夫か?」
火月がゆっくりと目を開けると、そこには自分を見つめる少年の姿があった。
「申し訳ありません、有仁様、有匡様!うちの娘がご迷惑を・・」
般若のような形相を浮かべた綾子を見た時、火月は恐怖の余り、有仁の背後に隠れた。
「どうやらお嬢さんはショックを受けておられるご様子。わたくし達が一晩、お嬢さんをお預かり致しましょう。」
「まぁ、有仁様がそうおっしゃるのなら、火月の事を宜しくお願い致しますね。」
有仁にそう言って愛想笑いを浮かべた後、火月の手の甲を抓った。
「有仁様に迷惑をかけないようにね、わかった?」
「はい・・」
池に落ちた火月と有匡は、居間にある暖炉で身体を暖めていた。
「どうして、あんな所に居たんだ?」
「だって・・」
「何も言いたくないのなら、言わなくていいよ。ねぇ、君名前は?僕は有匡。」
「火月・・炎の月という意味で、火月。」
「君の瞳、紅くて綺麗だね・・僕、紅が一等好きな色なんだ。」
「本当?」
今まで火月は、血のような真紅の瞳の所為で、化猫だの魔物だの、鬼の子だのと罵られて虐められて来たが、綺麗だと言われたのは初めてだった。
「あぁ、勿論さ!ねぇ、僕と友達になってくれる?」
「うん!」

これが、有匡と火月の、運命の出逢いだった。

家族から虐げられていた火月は、土御門家で暮らす事になった。
年が近いからか、二人はすぐに仲良くなった。
だが、そんな二人を見て面白くないのが、有匡の七歳下の妹・神官だった。
「アリマサは、神官のなの!」
「違うよ、僕のだもん!」
「こらこら、二人共喧嘩しない!」

有匡と神官、有仁と過ごす日々は、火月にとって幸せなものだった。


一九二三年九月一日。

その日は、朝から蒸し暑かった。

「あぁ、暑くて嫌になる。」
「そう言うな、有匡。かき氷でも食べて元気を出せ。」
「ありがとう、お父さん!」
この日は、いつものように、穏やかな一日であると思っていた。
だが―
十一時五十八分、最大震度七度の地震が東京を襲った。
「坊ちゃん、お嬢様方、旦那様、ご無事ですか!?」
土御門公爵家家令・石田は、激しい揺れが治まった後、瓦礫と化した今から有匡と神官、火月を救い出した。
「あぁ良かった、皆さんご無事で!」
「お父さんは?お父さんは何処?」
有仁は、瓦礫の下敷きになっていた。
「お父さん、今助けるからね!」
「有匡、火月と神官を連れて逃げなさい!」
「嫌だ、お父さんも一緒に・・」
「お父さんはもう駄目だ。」
有仁は、そう言うと有匡に優しく微笑んだ。
「火月さんと、幸せになりなさい。」
「火事だ!」
「石田、有匡達を頼む!」
「嫌だ、お父さ~ん!」
有匡と神官を抱きかかえた石田は、火月と共に炎が迫る土御門公爵邸から脱出した。
「嫌だ、やめろ・・」
紅蓮の炎が、有仁ごと土御門邸を呑み込んでいった。
「やめてくれ~!」

この日、炎は三日にわたって東京の町を焼き尽くした。
この地震は、後にこう呼ばれた。

「関東大震災」と。

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