「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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JEWEL
炎の中に咲く華 Ⅰ
魔族は魔界に、人間は人間界に。
互いに干渉する事をせず、境界線を互いに彼らは守って生きて来た。
しかし、その二つの世界の均衡を崩したのは、一人の人間と、吸血鬼の女だった。
共に王家として民を統べる立場でありながら、彼らは最大の禁忌を犯した。
二つの民族の血を濃く受け継いだ、子をこの世に産み出したのだ。
―みろ、この子を。お前に瓜二つの顔をしているぞ。
妻に抱かれた赤子は、碧みがかった切れ長の黒―両親の瞳の色をそれぞれ受け継いでいた。
―名は、どうする?
―有匡、この子は有匡だ。
7年後、父・有仁によって人間として育てられた有匡は、戦へと向かう有仁を見送った。
「父上、どうかご武運を。」
「有匡、この国を頼む。お前だけが、この国の望みなのだ。」
有仁は、そう言うと美しい装飾が施された懐剣を有匡に手渡された。
「これは?」
「母上の・・スウリヤの物だ。いつかお前に大切な人が出来たら、その時はこの懐剣をその人に渡しなさい。」
「はい・・」
「愛しているよ。」
それが、有匡が父と交わした、最後の会話だった。
有仁は、戦死しその遺体は王家の墓地に埋葬された。
その日から、有匡は白と黒、灰色の世界で生きる事になった。
有仁の死から、十年の歳月が経った。
「有匡様、どちらにおられますか~!」
「有匡様・・」
「どこにもいらっしゃらないわ!」
「あぁ、早く有匡様の子種が欲しいわ。」
この世界には、六つの性別がある。
男と女、そして第二性と呼ばれる、α、β、Ω。
人口の大半を占めるβ、そして人口の約3%を占める、αとΩ。
王侯貴族であるαと、その貴族や裕福な商人の奴隷や、娼婦・男娼であるΩ。
Ωは、男女問わず子を産める、繁殖に特化した種。
それ故に、人間界でも魔界でもΩの社会的地位が低い。
第二次性徴期―所謂思春期を迎えた頃、有匡の第二性がαだと判明すると、王宮のΩの女官達が一斉に有匡の子種を欲しがり始めた。
人間も魔物も、優秀なαの子種を欲しがる。
半分吸血鬼―かつて神の一族であった高貴な血をひく有匡は、その命と子種を常に狙われていた。
「祝福を!」
「新しき王に祝福を!」
十八となり、成人を迎えた有匡の戴冠式は、華々しく行われた。
白貂の外套を纏い、司祭の前に跪いた有匡がその頭に戴いたのは、美しい宝石で彩られた王冠ではなく、茨棘の冠だった。
「呪われよ!」
「闇より生まれし忌み子に、神の呪いあれ!」
楽園から追放された有匡は、戦場へと身を投じ、その手を血で汚してきた。
いつしか、有匡は、こう呼ばれるようになった。
“ブラッディー・ムーン(血まみれの月)”と。
―見ろ、あれは、アリマサ様の・・
―凛々しいお姿ね・・
―きゃぁ、今わたしを見たわ!
戦場から帰って来た有匡は、王に拝謁を済ませ、王宮から出て行こうとした時、王に呼び止められた。
「今宵、そなた達の労を大いに労ってやろう。」
その夜、有匡に王達に連れて行かれたのは、高級娼館だった。
「陛下、わたしは・・」
「何を言う。そなたは数々の女を篭絡して来たと聞いているぞ。現に、女達もそなたの事を熱く見つめておるではないか?」
「外の風に、当たって参ります。」
有匡がそう言って娼館から外へと出ると、一人の娘が、屈強な男達に取り囲まれて、今まさに犯されようとしている所に彼は出くわした。
「その汚い手を、離せ。」
「何だてめぇ、こいつは俺が買った娘なんだよ・・」
有匡を睨みつけた男の首が宙を舞い、鮮血が辺り一面に飛び散った。
「ひ、ひぃぃっ!」
「この娘は、どうした?」
「この娘は、親の借金のカタにここへ売られた貴族の妾腹の娘でさぁ。“商品”として売り出す前に、俺達が“味見”をしようと・・」
「失せろ。」
有匡の殺気を感じ、男達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げていった。
「娘、怪我は無いか?」
「はい。」
そう言って俯いた顔を上げた娘の顔を、紅い月が照らした。
腰下までの長い金髪をなびかせ、血の如き美しい真紅の瞳をした娘と目が合った瞬間、有匡は心臓が激しく脈打つのを感じた。
(何だ?)
「お願い、抱いて・・」
「あ、おい!」
己の腕の中で気絶した娘を、有匡は娼館の中へと運んだ。
「まぁ、その娘をお気に召しましたのね。」
娼館の女将は、そう言って笑うと、有匡をこの娼館で一番良い部屋へと案内した。
「どうぞ、ごゆっくり。」
「待て!」
女将の誤解を解こうとした有匡だったが、非情にも部屋の扉は有匡の前で閉められてしまった。
「ん・・」
「気がついたか?」
「あの、さっきは助けて下さり、ありがとうございました。」
「そなた、名は?」
「火月・・炎の月という意味で、火月と申します。」
「そうか。火月、わたしは有匡だ。事のなりゆきでそなたを抱く事になったが、わたしはそなたを抱かぬ。」
「何故ですか?」
「わたしは、嫌がる娘を犯すような趣味はない。仮にもそなたは妾腹とはいえ貴族の娘。借金が幾らになるかは知らぬが、わたしは・・」
有匡がそう言って娘の方を見ると、彼女は有匡のズボンを脱がそうとしていた。
「何をしている、やめろ!」
「ごめんなさい・・」
娘―火月は、苦しそうに息を吐きながら有匡から離れた。
その時、彼女の全身から甘い蜜のような匂いが漂って来る事に、有匡は感じた。
(こんな子供が、わたしの“魂の番”だというのか?)
魂の番、それは稀に出逢ったら最後、心から惹かれ合う、繋がり合う事が出来る運命の相手。
そのようなものは、昔話の中だけで、存在しないと思っていた。
それなのに・・
「あっ、あぁ~!」
有匡は雄の本能を剥き出しにし、初めて会ったばかりの娘を貪るかのように、気遣いも優しさも無く、激しく抱いていた。
欲望が爆ぜ、脳髄が焼き切れてしまうかのような激しい快感に襲われ、有匡は意識を失った。
朝を迎え、火照った身体を冷やそうと有匡が夜着の上に外套を羽織って森の奥にある湖へと向かうと、そこには昨夜自分が抱いた火月の姿があった。
「あ・・」
「逃げるな。」
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