JEWEL

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千の瞳を持つ女 第1話



表紙素材は、 ina様 からお借りしました。


(遂に、遂に来てしまった!)

坂崎千里は、目の前に広がるハプスブルク家の王宮・ホーフブルク宮殿を前にして興奮してしまった。
千里は宝塚ファンの母と祖母の影響で、彼女達が愛読していた『ベルサイユのばら』にハマり、更に高校生の時に母と祖母と宝塚大劇場で『エリザベート』を鑑賞し、その影響でハプスブルク家の関連書籍を読み漁り、ますますハプスブルク家にハマっていった。
しかし、千里が興味を抱いたのは、母親のエリザベート、シシィではなく、彼女の一人息子・ルドルフだった。
幼少期から両親の愛情を受けられず、父親と政治的思想で対立し、放浪の旅に明け暮れる母親とは心が通じ合えず、不幸な結婚の末に男爵令嬢と謎の情死を遂げた彼の生涯に、千里は涙を流し、彼をモデルにした少女漫画を読み、余りの切ない結末にまた涙を流し、“ワイがお前らを幸せにしたる!”という謎の使命感に燃え、ブログや作品投稿サイトに妄想という名の二次創作小説を書き散らす日々を送っていた。
そんな中、千里は職場で人間関係のトラブルに遭い、退職、家にひきこもり空虚な日々を送っていた。
そんな彼女の姿を見た母と祖母が、“ハプスブルク家の史跡を巡る旅”を企画し、三人でプラハ・ブタペスト・ウィーンへと向かったのだった。
旅の最終日であるウィーンで、ホーフブルク宮殿を前にした千里は、その宮殿へと足を踏み入れる前に、交通事故に遭ってしまった。
(もう駄目だぁ、おしまいだぁ・・)
薄れゆく意識の中で、千里は“今書いている二次小説の最終話、書き終えていないのにぃ・・オフ会にも、参加したかったのにぃ・・”と、最期まで腐女子オタク魂を捨てなかった。
「う・・」
「おいルドルフ、目を覚ましたぞ!」
千里が目を覚ますと、そこは見知らぬベッドの上だった。
ベッドの周りには、黒髪の男性が二人、そして金髪碧眼の男性が一人、立っていた。
(え、何この状況?これは悪魔召喚の儀式か?ワイ生贄にされるんか?)
「ルドルフ様、この方は・・」
「さぁ、わたしにもよくわからない。突然馬車の前に飛び出して来て気を失っていたから、放っておけなかったからわたしの寝室まで連れて来た。」
(ん・・ルドルフ、さっきあの人ルドルフって言った!?という事は、ここは・・まさか・・推しの寝室!?)
千里は完全に意識を取り戻し、ベッドから起き上がろうとしたが、激痛に呻いて再びシーツの中へと沈んだ。
「肋が三本も折れているんだ、大人しく寝ていろ。」
「あっ、はいっ!」
「お前が倒れていた所から、こんな物が見つかったぞ。」
「そ、それはわたしの全財産が入ったリュック!」
千里がリュックに手を伸ばそうとすると、金髪碧眼の男性がリュックを彼女から遠ざけた。
「すいません、それ返して下さい・・返して・・凄い力だっ!」
「ルドルフ様、彼女にリュックを返してあげて下さい、彼女が困っているでしょう。」
「嫌だ、中身を検めるまで返さないっ!」
(ルドルフ様、アルフレート・・もしかして、ここは・・この世界は、まさか・・)
「あのぅ、つかぬ事をお尋ねしますが、あなた様はどなた様なのですか?」
「わたしは、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子ルドルフだ。そして彼が、わたしの恋人の、アルフレート=フェリックスだ。」
(うわぁ~、やっぱり~!ワイが長年推しているルドルフ様やんけ!)
千里がそんな事を思いながら金髪碧眼の男性―オーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフを見つめていると、彼はリュックから一冊のノートを取り出した。
「これは何だ?見た所、内容がわからないが、小説のようだな。お前、何者だ?」
(え、推しに今、自分の二次小説を読まれている!?これはかなりヤバいのでは!?)
「い、いえわたしは・・物書きの端くれでして・・」
(言えない、毎日あなたの二次小説を書いていますなんて!)
「それで、これは?」
ルドルフが次に取り出したのは、千里が一冊だけこの世に出した小説だった。
「そ、それは・・わたしの本です・・」
「ふぅん・・」
推しが自分の本をパラパラと捲っているという、シュールな光景が繰り広げられている事に千里は頭が混乱していたが、ルドルフが彼女に放った言葉を聞いて、更に混乱してしまった。
「これをドイツ語に訳して欲しい。」
「えっ!」
「どんな内容なのか知りたい。」
「い、いや、あの・・」
(圧が凄い!)
「アルフレート、お前もそう思わないか?」
「え?」
恋人に無茶振りをされ、宮廷付司祭・アルフレート=フェリックスは戸惑っていた。
「この表紙から察するに、わたしをモデルにしたロマンス小説だと思うんだが・・」
「そ、それは・・」
「読みたいよな、お前も?」
(うわぁ・・)
「はい、読みたいです・・」
(終わった・・)
「あぁそうだ、フロイライン、あなたのお名前は?」
「千里と申します・・あ、呼びにくいから、千と呼んでくださって構いませんよ!」

(えぇ~い、何とかなれっ!)

ひょんな事から、千里は推しであるルドルフの女官となってしまった。

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