♪~人生楽ばかり~♪

♪~人生楽ばかり~♪

オードリー・ヘプバーン



今回は女優「永遠の妖精」と言われた

「Audrey Hepburn/オードリー・ヘプバーン」

生年:1929年5月4日
出身地(国):ベルギー ブリュッセル
没年:1993年1月20日 (享年63歳)
身長:約170cm
代表作:『ローマの休日』(53)『麗しのサブリナ』(54)『戦争と平和』(56)『昼下がりの情事』(57)『尼僧物語』(59)『ティファニーで朝食を』(61)『シャレード』(63)『マイ・フェア・レディ』(64)『おしゃれ泥棒』(66)『暗くなるまで待って』(67)『ロビンとマリアン』(76)『華麗なる相続人』(79)『ニューヨークの恋人たち』(81)『おしゃれ泥棒2』(86)『オールウェイズ』(89) 他

Audrey Hepburn2Audrey Hepburn1Audrey Hepburn3

メジャー映画初主演作『ローマの休日』でいきなりオスカーを受賞。その表情は優雅で気品にあふれ、それでいてこの上なく無邪気、そしてひときわファッショナブルにスクリーンを彩る「永遠の妖精」といわれたオードリー、未だにファンは多く、またポスターも売れ続けているという。

私が最初にオードリーに出会ったのはTVで放映された『おしゃれ泥棒』だったと記憶してます。
ブーメランでセキュウリティ外させ盗むという意外性、とても可愛い泥棒に胸キュンでしたね。

ではここでオードリー・ヘプバーンについて簡単に、
父ジョゼフ・ヘプバーン=ラストンはアイルランド系イギリス人の銀行家、母エラ・ファン・ヘームストラはオランダのヘームストラ男爵家の出身の間に生まれる。
5歳のとき両親の絶えない口論から自分の殻に閉じこもるようになった娘を立ち直らせるため、母はオランダからロンドン郊外の私立寄宿学校に送り込む。
9歳、両親が正式に離婚。
10歳、1939年9月、イギリスがドイツに宣戦布告。 母は中立国であるオランダが安全だと考えて娘を呼び戻し、公立学校の5年生に編入学させる。だが、一家が落ち着いたアルンヘムにもドイツ軍は進駐し、家や財産を接収され耐えがたい貧困と飢えを戦火の中で体験する。
12歳、アルンヘム音楽学校で本格的なバレエの稽古を始め、学校の公演会ではその実力と美しさで目立った存在となる。
16歳、ドイツの総統アドルフ・ヒトラー自決4日後、オードリーの誕生日にオランダが解放され、戦争が終結。 このとき身長168cm、体重41kg。 5年間の窮乏生活で喘息、黄疸、著しい栄養不良にかかっていた。
19歳、オランダの旅行映画「Nederlands in 7 lessen」にスチュワーデスのチョイ役で初出演。
22歳、「Monte Carlo Baby」のロケで南仏モンテカルロに行ったとき、ブロードウェイの舞台「Gigi」の主役を探していた作家シドニー=ガブリエル・コレットの目にとまり、11月から翌52年5月まで舞台初主演。
24歳、舞台「Gigi」を見た監督ウィリアム・ワイラーに認められ『ローマの休日』に抜擢される。

Audrey Hepburn8Audrey Hepburn11Audrey Hepburn10

この作品『ローマの休日』はオードリーの可愛らしさが全面に出ていて、初主演とは思えない演技力で見せてくれます。
また共演のグレゴリー・ペックもカッコよく、見てない人は是非見てもらいたい。

25歳、ラブ・ストーリー『麗しのサブリナ』でパリモードから抜け出たような美人に変身、2人の兄弟のどちらからも愛される娘の役を演じ、アカデミー主演女優賞2度目のノミネートを受ける。 日本での興行収入はこの年の3位を記録する。

Audrey Hepburn12Audrey Hepburn13

今でも女性のファッションのサブリナパンツはこの映画『麗しのサブリナ』から生まれたファッションです。
共演は『カサブランカ』のハンフリー・ボガートです。

32歳、ラブ・ストーリー『ティファニーで朝食を』、35歳、ブロードウェイのロングラン大ヒットミュージカルの映画化『マイ・フェア・レディ』に主演。

Audrey Hepburn5

それから、様々な映画に出演、私生活でも何度かの恋愛、結婚をして2人の男の子を生む。
60歳、森林火災で命がけの活躍をする消防士の愛を描いたファンタジー「オールウェイズ」に天使役で特別出演。 これが映画の遺作となる。
63歳、1992年夏、ソマリアでのユニセフ活動を終えてスイスの自宅に帰り、数週間休養した後、10月にアメリカへ出発するがロサンゼルスで腹部の痛みがひどく緊急入院。 悪性腫瘍が発見され11月2日、結腸部分切除手術を受ける。
63歳、1993年1月20日、スイスの自宅で家族に見守られる中、穏やかに息を引き取る。結腸ガン。

晩年はスイス、ジュネーヴ湖の北のトロシュナ・シュール・モルジュに住み、花園の手入れ、犬と遊ぶことを趣味としていた。
語学も堪能でオランダ語、英語、フランス語、イタリア語 が話せたという。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: