先日 大学の部活仲間との会合がありましてね。全員 世界を飛び回った歴戦の勇士達なのですが よもやま話で「日本人街」が話題になりました。
世界に日本人街が いくつか有ります。ただし 欧州やアジアの それは日本人駐在員が集まっているだけです。
結論として 日本人街と呼べるのは ロスアンゼルスの「リトル東京」とサンパウロの「リベルダージ」くらいですね。
ロサンゼルスには日本人街とされる「リトル東京(リトル・トーキョー)」があります。
もともと民族街とは英語が不自由なため 飲食業界に頼らなければならない貧しい移民の流入で維持されていますが 日本人移民の場合1920 年代にアメリカが日本人移民に対する受け入れ制限をしたことや二次世界大戦後の日本の経済成長により日本からの経済移民が消滅したことなどにより日本人移民者は激減。
日系人は二次大戦後には文化的に同化し さらに中産階級化し 白人などの他人種・他民族との混血も進んでいます。
二次世界大戦後も残った「リトル東京」やサンフランシスコ日本人街など 比較的古参の日本人街は 現在は主に日本料理店や土産物屋などの日本人・非日本人向けの日本関連商店が建ち並ぶだけの観光地になっています。
また これらの店が日本人によって経営されているとは限らず「日本人街」の名は 有名無実化したと言ってよいでしょう。
画像を見て お判りかと思いますが 日本人の目から見ると 情け無い佇まいです。二度と行きたくない街です。
これでも リトル東京はリニューアルされたのですよ。
下に掲載した画像は 全てリニューアル後です。リニューアル前の画像は有りません。
私が初めて 米国に出張した時 この街は 極論すると屈辱的な見すぼらしさでしたね。
もっとも 当時のロスアンゼルス全体がゴミに溢れ 治安も最低でした。
ブラジルのサンパウロの中心地にある「リベルダージ (Liberdade) 」地区は 街の入口に鳥居や太鼓橋があり また中心部にも大規模な日本式庭園が設置され 地区全体の街灯が提灯の形をしているなど随所に日本らしさを取り入れた街づくりがされています。
日系人が経営するホテルや日本食レストラン、本屋などが立ち並び サンパウロに住む日本人駐在員や日系ブラジル人だけでなく 多くのブラジル人で活況を呈しています。
しかし 今日では アメリカと同様日本人の移民が途絶えた上に 中華民国や中華人民共和国、韓国からの移住者も増え 同時に日系ブラジル人も現地人との同化と中流化により他地域へ拡散しつつあることもあって日本人、日系人の比率は減少。
現在では「東洋人街」とされていますがるが 街づくりや人口比率から 依然として日本人街と呼べるものでしょう。
(追加)
リトル東京を初めて訪れたのは 40年ほど前でしたが 食物店にはチャプスイしかありませんでした。これは中華料理ですよね。
リニューアル後 串焼きの店で食事をしましたが これは美味しかったです。板前は日本人でした。
話は逸れますが サンフランシスコにも小規模の日本人街が有りますが 殆ど韓国人経営です。食べた 握り寿司の不味かったこと。忘れられません。
かたや チャイナタウンは大規模で大賑わいでした。
ブラジルでは ボリューム満点のとんかつや すき焼きを食べました。
味は合格なのですが 私は 「ブラジルにまで来たのだから 郷土料理にしてくれよ」 と 駐在員に文句を言ったのですが 和食は高価なので 駐在員自身が接待の名目でエンジョイしている訳です。
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elsa.さん
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曲まめ子さん
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alisa.さん