能・禅・連歌・茶道・俳諧など 中世・近世以来の日本の芸術文化に影響を与えています。
●その中の能について
その起源は 議論の分かれるところであり 正確な事はわかっていません。
現在の能は 中国伝来の舞、日本古来の田楽、延年などといった 様々な芸能や行事の影響を受けて成立したものと考えられています。
能は 俳優 (「シテ」)の歌舞を中心に 伴奏である地謡(じうたい)や囃子(はやし)などを伴って構成された音楽劇・仮面劇。
舞と謡を担当し 実際に演技を行うのが シテ方 ワキ方 狂言方。
伴奏音楽を担当するのが囃子方 (笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方)。
能は シテ方が中心となって行われるため ワキ方、囃子方、狂言方を総称して「三役」と呼ぶようです。
舞台中央にいるのがシテ。一番手前で背を向けているのがワキ。その奥が地謡。シテの後に囃子方(向かって右から、笛、小鼓、大鼓、太鼓)、後見が座っている。
能は 構成方法により 「現在能」と 「夢幻能」に二分することも多い。
現在能とは 現在進行しているように演じられるドラマのような能 (劇能)。
例えば「安宅」は 歌舞伎の勧進帳の元になった曲ですが シテ弁慶を中心に義経主従が奥州へ落ち延びようとしているところに ワキ富樫 (関守)がそれを疑い 弁慶の機転によって難関を脱出する様子を 時間の経過とともにストーリーが展開されていく。
これに対して夢幻能は「死者」が中心となった能。
八世観世銕之丞は 夢幻能の大きな特徴として「死者の世界からものを見る」という根本的な構造を指摘。
多くの場合 亡霊や神仙 鬼といった超自然的な存在が主役(シテ)であり 常に生身の人間である脇役(ワキ)が 彼らの話を聞き出すという構造を持っています。
これについて銕之丞は 観阿弥・世阿弥・金春禅竹らによって猿楽が集大成された室町期は戦乱の時代であり 死が人々にとって極めて身近なものであったことを こうした構造の理由に挙げている。
梅若猶彦もこのような死者による語りの構造を重視し 能はこのような構造を持つことで能独自の美の世界の構築を可能としていると指摘。
梅若は その例として 「実盛」のシテである斉藤実盛の亡霊がワキの夢の中に登場し 己の死に様を語りながら 己の生首を洗うという場面を挙げている。
この場面ではシテ演じる実盛の亡霊には首が付いているのですが 同時に実盛の亡霊は切り落とされた自分の生首を手に持っているのです。
このような 不条理な演出が可能となっている理由として梅若は 能が一般に 「ワキの夢の中でシテが夢を見ている」という難解な構造を持っていることを指摘し 「死者による語り」という夢幻能の基本構造が こうした他に例を見ない物語世界の構築を実現していると論じています。
●能面
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elsa.さん
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alisa.さん
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曲まめ子さん