おじいさんの認知症は坂を転がる勢いで進行し、今は特養暮らしだ。
毎夜、徘徊してはところ構わず小便を垂れ流し、時に全裸になっている。
もう、とっくの昔に人間ではなくなっている。
少なくとも、人間としての尊厳は失っている。
月に一度、かかりつけの医者に受診させるのが私の役割だ。
おじいさんが元気だったころ、自力で通っていた馴染みの医者から
たっぷり薬を処方されていた。
糖尿病とかあったし、本人が納得しての処方だからこれはいいとしても
現状の、痴呆老人となったおじいさんに同じ種類・量の投薬というのが
私にはどうしても納得できない。
こうしてボケ老人の製造を陰でアシストしているのが過剰な薬の投与ではないか?
と、いうのが私の考え。
生老病死という言葉があるように、人間は生まれたら老いるし、老いたらいずれ死ぬ。
医者(娘の同級生の父で顔なじみ)に、
「最低限の生活が維持できる程度の量に、薬を見なおして減らして欲しい」
と、お願いしたら
「認知症になっても人権はあるし、薬や医療は無意味ではない。
あなたに言われるまでもなく、現状維持は考えているし、そのようにする」
と、反論された。エラソーに。何が人権・人権だ。
年よりを金儲けの道具にしている医者が、かっこつけるな!
かなりムカついた。
ボケ老人に過剰に薬を投与したり、高度な医療を施したりせずに
自然にありのままに人生の幕引きを迎えされてあげることって、そんなに非人道的?
ヒトの言動はじっくり吟味して、感情的に処理しないようにしている私だが、
この医者の文句にはムカついた。
そしたら市内に、ボケ老人に投薬しない主義の開業医がいると聞いた。
さっそくおじいさんの息子であるだんなに、医者を替えてもいいか尋ねた。
「だーめ」
おじいさんは私にとっては他人だが、だんなにとっては大切な親。いかなる状況になろうとも、一秒でも長く生きていて欲しいそうだ。けっ