つぶやき2017


日本人よ謙虚であれ

最近「日本て素晴らしい」という趣旨のTV番組が多い
視聴者の反応も良いのでしょう(多くのメディアに皮肉をこめて)
それは現代の日本人が自分が日本人であるということをあまり意識しなくなったという事
経済、産業という側面から見たとき日本の伝統、技術というオリジナルに危機が及んでいるという事
それに世界では特殊に思える善良な国民性に私達が気づき 日本人の誇りを取り戻してほしいという事だと思う
その上で私たちは驕ることなく謙虚に専守防衛を強めていくべきだと考える



どれくらい歩いただろう?長い木立の道を
時々、小さい水の流れを見つける
足下の草花に興味をもつ
滝の音が聞こえる
時々、風が吹き森がざわめく
鳥が鳴いている
少し立ち止まった
長く立ち止まった
時間は気にしない


命は自由に生きている
思考や行動は少し真面目
制約の中で暮らしてるけど
私たちは大切と思うものを
気のすむまで愛せる
そうやって自立を模索する
個人も国も自由を欲している


3/8

押し寄せる 一瞬
この凝縮感
濃密で満ち足りる
それを虚しさと見紛う
それくらい豊か
それがずっと続く
続いてきた
この先も続くのだろうか



3/12
本日3月11日 考えさせられる一日

今日お会いした人の事を記します
お一人は70代後半 奥様を亡くされた方です
長い闘病生活もなく すぐ退院できるはずだったのに
一週間後に多臓器不全で亡くなったそうです
今でも奥様の死を受け入れられないご様子

もうお一方も70代後半の男性
シベリア抑留者の遺骨がDNA鑑定により父親の兄弟のものだと判明し
政府を介し立派な骨壷に入り送られてきたそうです
会ったこともない親族の遺骨を手にして戸惑っているようでしたが
お骨をお墓に安置する準備をするそうです

四六時中 黙祷をするわけにもいかず
息をするように黙祷を捧げる

小さな漁村に「生きる」
昨日、徳島県由岐町と牟岐町に行ってきた 自宅から3~4時間のドライブだ
なぜそこに行ったかというとその町が震災後の復興を前提にした町づくりをしようとしていることをTVで見たからだ
東北は今年で5年が経つ 復興を何をもって完了と言っていいかわからないが
地形からみても東北震災クラスの津波が来たら一網打尽と思われる場所で何もしなければ町は消滅しかねないし生き延びた人がいたとしても一定期間の孤立が懸念される場所だと感じた
自然に囲まれ主は漁業の町だから自然に対し謙虚なスタンスをとれる町の人々だから今回のような動きができたのかとも思う
とても小さいコミュニティだからそれがしやすいということもあるがモデルケースとして見守っていきたく今回訪れてみた

日本人はアイデンティティが希薄と思われがちだが
命、人生、生活の礎には風土や文化、歴史が深く関わっており それに気づき守ろうとするひとつの動きとして大きな意義を僕は感じる



3/14

心の機微と闇を知っている者が代表して裁くんであって
試験の成績、模範回答社会が裁くのではない
そういう弊害を知り「ぶっ潰せ」って思う

人の寿命が時代によって40~90年
犬の寿命も時代によって7~15年
輪廻転生のようなことがあると仮定すれば
いったい一人の、一匹の命に対し何人、何匹の命が関わっているのだろう?
言い方を変えればこの現世を「背負って」とか「代表して」いるとのだろう
そう思うとこの二匹の前世がもしかすると人間だったかも知れない
そうすると犬として大切に接し愛情を注ぐべき価値ある存在ということだ
犬がよかったら犬のままでもいい
人間がよかったら人間になれる様頑張ればよい
そう思う

民主主義ってどんなもの?
正論に対しては感情論で対抗する
簡潔に対しては複雑にすればよい
尾びれ背びれを付け説明、質問すればよい
病気でもないのに病院に通い差し障りのない薬を処方してくれる機関は多い
弱者や被害者に自分がなれなければそう思われる人を探して寄り添えばいい
彼らの言葉を歪曲して代弁者面したらよい
しかし真実を真実として伝えられない事実は重大な問題なのです
保守も革新も同罪だ!右も左もないだろう
どれだけのお金や時間を浪費してきたことだろう

私たちが共通認識できるゴールを探し、明確な理想が必要だが
その前に私たちが住む地域、国家にもっと興味、関心を持たなければ始まらない
ひとりの生命ひとりの生活を今一度足元から見つめ直す目を私たちは持たなければいけない
それと飛躍した言い方でなく民主主義が常に機能しているか私たちは常に意識する事だ



3/15

隠蔽体質の国
マスコミやメディアは言わない
世界一の債権国は日本
世界一のファンドはこの国の年金
二位は農林中金
こういう事を私たちは知っておかないといけない
自信と誇りを持つことは大事である

冬から春へ
水緩み 細胞が覚醒し
澄んだ瞳に涙をうかべ
濁る季節へ戦いの身支度
三寒四温を来年同日まで



4/19

ヤクザ=暴力団または非合法組織なのか?
スカスカな勢力に味付けをさせているのは我々 国民かも知れない
ヤクザに似た組織は昭和に滅びた感

YouTubeのスポーツ系見た
扉は壊しても飛び越えてもいいと思った
だけどしばらくドアノブの感触に酔いしれるのもいい
油断しなければ

安定は実際 定義できない
この世界に安定があるだろうか?
東北震災や、原爆、嫉妬や妬み
束の間の安定は慰み
この世の安定や平和
どれほどのものだろう

いちめんに春が溢れているのに
その意味を僕らはわからない
溢れ咲き続ける永遠に
僕らも命の花を添えている
時間や現実と向き合うと
小さく弱い存在と知るけれど
そう在り続けることが難しい
陽の光を受け華やかに
岩陰に密やかに

今日筍掘った
旬の重さ
思い知る

愛犬の
長い肢体の
清しさに


愛犬の



5/16

きょうを着飾る哀れみに
簡単な心、簡単な恋

世間様、人様に
血の通わぬ四肢の先
夏の雨に冷やされて
「誰も悪くない」
と言う自分

珍しいよと
ウメモドキ
本当の名前
つけてあげたい

食レポで
誰か不味いと
言ってくれ

おくびにも見せない
清しさが戒めと尊さ
君の愛が見せている

形良し、サイズ良し
「早よ流せよ」と
捨てたもの

何時間も膝の上
僕の撫でる手の動き
多分、死んでも膝の上
手の動き憶える

CMで「愛なんてない」と言う嘘を
きょうもみんなで探してる
「せっせ、せっせ」と

愛は理不尽
憎悪裏腹
身に纏い
今日もゆけ

MV 恋するフォーチュンクッキー
かっこ公式 見て号泣

シリアスな
恋愛アニメ音消して
言葉当てはめて
遊ぶ、雨の午後



5/20

上原ひろみトリオで5年間演奏しているサイモンフィリップスが
「彼女との演奏は冒険だ」と言っている

僕たちがこの世に生を受け等しく人生を楽しむ権利を与えられている
僕たちはいつもいつも「わくわく」していて当然なはず

小さな「わくわく」に気付こう
私たちはいつも「冒険」している


5/20/2

物事の極み
それは第三者や世間が
決めるものである
それよりも前に
宇宙の神が在るのなら
神様に判断を
委ねるのが当然でしょ
この体、万物すべて
私たちが創造したのなら
話は別だけど
そもそもの話


5/20/3


マスコミの迎合は僕たちの
未来を削ってはいないだろうか?
僕たちは自分で情報や知識を得
自分で決めるのである
人任せにし後悔しない為
その人って誰ですか?ってこと
世の中の漠然とある対象に
命を預けいいんですか?

幸せの尊さについて
冷静にどれほどの人が
考えているかって
思います
思います
嗚呼〜
思います


5/28

できるのなら… 昔、今、これからと未来
(アメリカ オバマ大統領の広島訪問で思うこと)

核兵器の開発は当時 とんでもなく興奮する出来事だっただろう
強くイデオロギーが拮抗する時代背景からして仕方の無い流れだったのだろうか?
そもそも争う心がそこまで強大にこの世を包み込むことになるとは…
将来に多大な負債を残すことになるとは 人な想像できなかったのだろうか?
(しなかったのか?)
いかに僕たちが未来に身をおき子々孫々を愛せるだろうか?
孫世代までは具体的な力や影響を及ぼす事は可能かもしれないし
想像できる範囲だと思うがいざ自分の1年後に置き換えて考えてみると
「贅沢せずとも元気で暮らしていけさえすれば…」という程度なのかも知れない
10年、100年、1000年後まで僕たちが愛するもの守りたいものとは何かを
考える時間が少しでも必要だと思う
ありがたいことに私たちは今を生きている

一つの節目から未来の姿を想像しよう



6/2

凡人の過去の闇
本人にとっては
とても重要かも知れない
それより今、あり続ける闇を
未来にあるだろう闇を
自分の中に見つけることが
できるのだろうか



6/4

僕はときどき不安になることがある
それは愛する女性と共有できているのだろうか?
生きて風を感じ、暑い寒いを感じることより
つまり日々を生きることより
ハードなことだと思っている
一つの中に二つが、三つがあろうとするのは当たり前
全部が含まれ、そこに治る、または納まる、または吸収のおさまる
それが最後で至高の目的ということを
みんな何となくわかっているから
生かされている



6/4/2

もし白人か黒人を奴隷にしていなかったら
黄色人種が奴隷になっていたら
または逆で白人が黒人の奴隷になっていたら
物事をいろい置き換えて考えてほしい?

そうすると自分の気持ちがどうだったかを


6/12

足元で愛犬のいびきが聞こえる
そろそろ寝てもいいんだろうか?
何故、今日に愛着するのか
美味しいカレーを食べ
4弦がほつれかかったギターを弾き
仕事でも特別変わった事があったわけでも無く
いつもと違ったことと言えば
今晩中(その日のうちに)に風呂に入ったこと
6月初旬でも30℃という暑さは挑戦的で
風呂上がりの扇風機の風が
心地良く贅沢な気がした
格別でも特別でもない今日は
「いい日」だったと静かに考える



7/7

お客様のT様

80代後半だろうか?
その朴訥として飾り気のないお人柄
多分、苦労もされ見たくないものも沢山見てきたのだろうと思う
余分なことは一切申されず
単刀直入なお人だ
多少のお金は持っているのだろう

今回、僕は品物を相場より少し高く売ってしまった
僕はお金を受け取り苗字だけの領収書を書いた

すると「みさを」と下の名前も書いてほしいと

少し高いと感じていた彼女に
僕は守られた気がした

お嫁に入った女性が
その家の伝統や伝わる心を探し出し
それを守ろうとするのはなぜだろう

そういう女性がその家の価値を高めている



7/7/2

二十四節気でも「大したもんだなぁ」って思うのに
もっと細かいのがあるらしい
七十二候そうなると
どんだけ細かいねん「高島易断」



7/14

倫理、道義の祭壇に人を供え
「さぁどうしてくれる?」と
自らを生贄にしてはいけません

7/14/2

今回の参院選で3分の2以上の議席を獲得した自公
当選者の方々がその重さを感じているだろうか?
ひとり、たった一人の声も聞き逃してはいけない
今、それができるかできないかは別としても
胸に一旦おさめ忘れてはいけません

民進党一人区においては躍進が見られ
得票数に関しても前回と比較して民進党↑自民党↓

大きな波、小さな波を繰り返す人の心、世の中も同じ
いつの日か最後の一点に収束するために

7-21

人を老人たらしめる国

「私ももう50だから」とか「もうすぐ定年だから」とか…は
「私も三十路、結婚しないと…」と似ていて
親もそれを追いたてる
私たちは知らないうちにレールに載せられているのも事実

みんなが悠々自適に老後を暮らせるなら問題はないが
そういう人たちは多数派ではない
僕らの国には生きがいを見えにくくする背景があり
社会にも個人の心にもそういうロジックは多くある
また真面目にそういう国づくりに励んできた結果
型にはまった人生を理想視するようになった

反論はあると思うけど
老いた野良猫のように自然と姿を消すのもいいし
抵抗してポロポロになるまで闘ってもいい
長い歴史によってつくられた世界に身をおくこととは
そういうことなんだと思う

本当の和の国は人目や世界を気にする体裁国家になってはいけない
そのためにも私のいう「9の不満と1の喜び」を考えていきたい

海老や穴子に野菜の天丼もいいけど
一度、鰻の蒲焼の天丼も食べてみたい
試作して今一な味かもしれない
でも頭の中にはほぼ完成された味のイメージがある



7/22

子供時代 暑い夏の盛りに
汗だくで遊び近所の家で麦茶をもらいまた遊ぶ
この時の麦茶の美味さは時々、思い出す
「本当に美味しかった」
僕の子供時代は知らない家でも
一言、ことわって庭先の水道の水をいただいたり
顔見知りの家では玄関に入れてもらい
麦茶やお菓子をいただいたりしたものだ
今でもこういう事はあるのだろうか?
それは見ず知らずの旅の者であろうと
近所の子供であろうと
単純に人の望みにおおらかに対応できる
そういう社会があったのだろう

僕らは気づかないうちにたくさん純粋な施しを受けてきたんだと思う
紙の上の話ではなく根っ子の部分では今でも個人の主張や人権に対する考え方は
さほど昔と変わらないと思っている
何が変わったのかといえばその取扱い方だと思う
個人も公ももっと素直に反省ができる世の中であったらいいと思う

「他人の反省」や「弱み」を面白がったり利用したり飯の種にする事は
基本的に間違っているのだけれど残念ながら今はそういう事が結構 多い(今も昔も)

明日、また会えるのに暮れなずむ空に抗い遊び
もう会えないのではないかと思うほど別れを惜しむ
そういう子供時代の心を誰もが経験し憶えているなら幸いである



7/22/2

老人ホームのおばあちゃん
僕ら家族が父の故郷の高知に帰ってから時々、福寿園に行った
失礼ながら今でも名前も姻戚関係も知らないが
家の写真のアルバムで知っていた
この時期、家族でお見舞いに行く事が多かった
当時、90代と記憶しているが
ベッドにちょこんと座り
僕らがいるあいだ 僕ら家族をずーっと団扇で
あおいでくれていた
当時、僕は中学二年生

7/23

ランドクルーザーの下に猫が寝ている
信号待ちの僕を見ている
約15m先

風を切って自転車漕ぐ男の子
未来にもあれ 汗の匂い
炎天下に光る髪の先

梅雨明けの日差しは
押し付けられる様に重く
暫し諦め夏を背負う

核融合の陽の光
日光浴は悪趣味か?
推して知るべし

この時期の川崎大社
暑苦し 数の多さの風鈴市
やかましい夏の涼



7/24

貴重な資料に出会える
必要のないときでも出会える
人類の知りうるほとんどが
クラウドに生きている

今回は木村政彦
ブラジル柔術の祖 エリオグレージーの讃えるコメント
昭和の巌流島の戦い

打撃系が節度なく下品と感じてしまう僕からしたら
美学を感じる


7/24/2

僕、51歳、昔から大した勇気は持ち合わせていないけど
ごく稀に歳をとっているのに瑞々しい勇気に出会うことがある



8-1

意思があり、意図のもとで行動する
それがこの世の流れを生んでいる
何度もその意思が正しいのか
その意図に一分の曇りも無いか
本当の自分をいつも引っ張り出す
面倒で勇気が必要だけど
行動は責任を生じ
目には見えないけど
私たち(私)の一部となり
私と一緒に生きてゆくものだし
少しオーバーにしないと
私が死んだら残らない
残るんだけど引き継がれない


8-1/2

気がつくと君がいた
この時期、台所の灯りを点けると
白い腹を見せ食事する
もう5~6年になるかなぁ
一時期は二匹いた
近年は一匹しか見えない
何れにしても見ては安心している

君の誕生日やどういう経緯でうちに来たのか?
知ることはできない
でもうちにいるインコや二匹の犬と
同じ立場のような気がしている
人間がそんな風に勝手に思っている分には
何も差し支えはない

8-1/3

もっとも強大な力の源が愛ならば
僕は毎日、愛に罵倒されている
きっとそうなんだろうと思っている
でも自覚するのは難しい


8-1/4

取るに足らないパラノイア

何かに似ている
命も細胞も生まれては壊れ
無機質で意味ももたないかの様でいて
実は悲しみや喜びを愛着をもって
内包する細胞を何処か感じている


8-15

「利権」を反対から読むとなんで「権利」なの?もしかしたら同義語?

昔、インドに行った同級生が言うにはバスの排気ガスが涼しく感じるらしいということを言っていた
それくらい暑いとうことだ
昨日、ローラちゃんの出ていた番組でロスアンゼルスは45°Cと言っていたことにビックリ
こういう地球の日常を認識していなかったのは僕自身少し恥ずかしく思った
新聞がどれを、何を国民に知らせようか?という目線で見ると
ここ5年間の新聞を見ていると日本にとっての外国は中国韓国、ISしかないとさえ思える(最近はEUがちょっと出たけど)

地球温暖化と言われ久しいが国のそういう対策に乗じて小銭を稼ぎ続ける団体や個人の存在がある
地震についても同じでこの前の熊本地震で専門家とされる個人や団体がいかに自分たちの地位や名誉を守ることに躍起になったことか
今までもらい続けている国家予算のためと保身のための弁解としか受け取れない一部の大学教授のTV報道
温暖化対策に絡む団体、個人も同様でしょう

昔から各省庁官僚ととくに権威のある大学の先生方は仲がいいのは周知の事実
お互いの利権を守るための構造にメスを入れる事には障害が多く
その障害を段取りしているのも彼ら自身なのである

昔、天下りが取り沙汰されたが天下りがなくなったかと言えば残念ながら天下りは続けられている
身近なところで感じたのは交通安全協会それ自体もそうだが、去年 違反者教習を受けた折 少なくとも3冊の本や冊子が配られるが印刷製本は交安協の力が大きくほぼ独占
日本でどれくらいの人数がこの講習を受けるのか?
私が受けた時の教室はざっと40人、当日他に二、三の講習がひらかれていてこれが週3~4
かけることの都道府県プラスα
間違いなく聖書の次かそれをも上回る「約束されたベストセラー」だ

交通安全協会は非営利法人、wikiで見るとどれだけ枝分かれさせ太っ腹なのかびっくりし頭が下がる
あなた方のいうこの世の安泰「僕も仲間に入れてよ」という人の多さに今後も対応しパッシング対策、延命策はバッチリとうかがえる

これはわかりやすい例だが各省庁がこういう団体組織を抱えて持ちつ持たれつの状況だ
強い口調で言えば国民を食扶持としか思っていない節がある
もう30年近く昔、酒の席で襖を隔てた隣の部屋で当事者同士のそれを連組させる会話を聞いたことを思い出した

「名誉もいらぬ地位もいらぬ、カネもいらぬ」
そういう気概の人が潰される世の中であってはいけない
明治維新、国の将来を思い働いた方々のお墓参りをして下さい

それに関連し有名大学でなくても信念をもって素晴らしい研究している方は多い
国の予算を当たり前に東大に集中させるのでなくもっと調べて平等な判断をしてもらいたい
将来において官僚、マスコミからはなれたところに未来を感じているのは僕だけではないはず



8/16

グレコローマンの軽量級の日本選手が金を逃して泣いていた
客観的に国民みんなきれいな涙と思えたと思う
きれいな目からきれいな涙が溢れる
なかなか出来ることではありませぬぞ

卓球女子が銅を逃した
決めのショットはふちっこにあたって敗れた
あんなの誰がやっても返球できなかったよ
仲間をかばって反省しあうインタビューのコメント
私が代わってあなたたち皆に銅メダルをあげたい


8/19

この深い霧が消えない限り
君も貴方も僕もどちらにも取って代わる
そういう根っこのない論評なら書くこと大罪
自由という権利を履き違えもらっては
本当に困るんです


「ない袖は振れない」ことを強味とし利用してはいけません



8-22

「おはよう」「おはよう」
「あついね」「あついねぇ」
「さむい?」「さむいよ〜」
「おいしい?」「おいしい」
「すき?」「すき」
「愛してる」「愛してる」
「おやすみ」「おやすみ」


8-22/2

真の職人は非現実的か?

これは誰それの仕事だ
「いい仕事だね〜」
「これはちょっと良くないねぇ」
となるから職人は素敵

材料の吟味に山に行き
何年も乾燥させ
その間、収縮具合や特性を見て
適材適所の木取りを頭に描く
200~300年はここに住み
その家族の繁栄や幸せを想像したかどうかはわからない

世の中の概念は変わり100年から50年になり
森林や材料に求める意識も変化した
自然や万物全てにわたり変わってしまったかのようなフシも

百均で工夫して生活できるかも知れない
人生、ひと世代で考えがちなのか?
または数年数ヶ月か?

以前に職人と呼ばれた方々が自分の作品を数十年で壊される事を想定しつくっただろうか?
戦争や火事で倒壊する事を思いながら職人として認められる仕事は難しい

もしそうだとしても優れた棟梁の弟子になりたいと思う子供や
優れた棟梁の下で学ばせたいと思う親がいるとすれば無条件に素晴らしい

物事の価値はどう突き詰めてもお金、マネーに代わる事はないと思うとともに
時間をも超越していることに気づかされる

なぜこんな事を書いたかと言えばyoutubeで「中脇修身」という方の動画を見たからだ
高知県の自然、や農業、建築にスポットをあてそれを後世に伝えたいという
気持ちがありありと丁寧に伝わる素朴な動画だ
こういう地味なメッセージを私たちは心を鎮めて受け止めてゆきたい
8-22/3

フェンス越しに好きな男子を見ている
そういう女子中学生
「いずれ彼女たちの大半は」その後 行動をおこしている
勝ち取ったとしても玉砕に終ったとしても
彼女たちは素晴らしい

僕らは今、何をフェンス越しに見ているだろう?


8-22-4

先生の勧めで
アダムスミスの国富論を高校生の頃に読んだことがある
今、読むともっと理解しただろう
読書の定点観測ができていない
ここ何十年も



8/25

毎年、似たようなことを書いてるけど…
34°Cだと「昨日より過ごしやすい」と思ったりする
朝の天気予報で「今日は36°C」とか聞くと少し気合が入る



もう何も削るものがない
そこまできてまだ削ろうとしてる
不満の声も聞こえるが
意外に削れたりする
小型化、省力化、軽量化、効率化

お金のやりくりの話ではありません
未来へ繋ぐ話です

日本も一時期、合理化が目立って叫ばれた時期があった
官民、ブームに乗っかりゼスチャーも多かったことだろう
そんな中でも信念をもって頑張っている人達がいた
今もいて、気づかない恩恵に包まれている

無機質で血の通わぬことだと感じがちなことも
「実際はそんなことないんだよ」ってこと



中国と北朝鮮の裏貿易が双方にメリットのあった時期があった
しかし取り込まれる事を懸念しいろんな国と裏貿易し始める
意外と、対象国は多い
私たち日本人として知っておいたほうがいい
北朝鮮での食糧問題は最近、何故か取り上げられない
それは改善されているからである
その理由を知ってか知らずか…

真のジャーナリスト魂を見せてほしい
多くの個人ジャーナリストは今も頑張っている
潤沢な資金を持つ情報を買い取る側の問題だ
隠すために買う(時期をうかがって出したりもする)
保身や間違った利用を意図としてはいけない
世論とマスコミの距離がはなれていっている事を自覚し始めているマスコミ各社よ
どうか責務を果たしほしい



8/30

組織犯罪共謀罪に関する法案
をきっかけに

破防法のときもゼスチャーもあったと感じている
わかりきったことだが今回の共謀罪も多くの市民団体、組織の反対があると報じてる
昼にうどんを食べながら読む地方紙にあってはまだマシな方だと思う
ときどき出張で行く地域の新聞はそこに住む人々をざわつかせ浮足立たせ続けている
その地域の職場のパートの女性がお気に入りのラジオ局にも聞き捨てならない局がある
私からすると意図的な刷り込みが露骨すぎて痛いし哀れ
話を元に戻すとこの法案に限った事ではないが彼らは反対の為の所謂そういう雰囲気をいつもつくる、よく登場する日弁連(日本のすべての弁護士が加盟するが 良識をもった方も多数いる)はマスメディアと持ちつ持たれつというか協力関係にあるとさえ思える

破防法の対象に日本共産党も含まれているがこれは戦後の歴史からみれば頷ける
しかしそこは同じ国民なので政府は下手と思うし勝つためのデリカシー不足としか言い様がない
今回もそれぞれの浅い腹の中と遠い衛星から仲間を招集し躍起になっている
そういう姿が国民の共感を得やすいというロジックを信じているからで
それを見ると反対に信じる対象の乏しさを感じ申し訳ないが悲しくなる
私の元には「「愛」と「神」だけでお腹いっぱい」でそれ以外は何もいらないとうい前程があるから(大袈裟?)
博子を愛することができるのであって これに関しては私にしかできないことだと考えている
そんなに人を愛する確証が簡単に得られるのなら愛神仏はなくてもよいし
強いて言えばこの世界も在る必要も無い
元の元、愛という最初の原因は生きるものの胸に等しく眠り、起こし知らしめるため
風も吹けば雨も降り光も注ぐ、それ以外のものはすべて結果とうい当たり前の現象なのである



8/30/2

土に咲く花(大きい小さい、美しいそうでない関係なく)

植物は本来 地中の養分を吸収し成長するもの
人も花を咲かせようと思えば
根を生やせる場所はひとつ

9/2

人はそういう生き物

熱を奪って捨てる
科学の話じゃありません
禅の話です

人を讃えて幸せになる
万国共通の考えです
最善の話です

己を基準とする良心
人は内なる良心を進化させ
万人共通の心を願うものであります

何故こんなことを記すかと言うと
人以外の微生物から哺乳動物まで
天命に対し務めを果たしていると思うから
外的要因で果たされなかったとしても
その気持ちが続いていると思うから

今まで途絶えてきた希少動物に尋ねる事はできないけど
野生動物が勝手に繁殖しているなんてことはなく
個体としては命懸けなのです
その潔さに安定した心地良さを感じるから

人間は気づかもないかも知れないけれど
人間はすべての自然、動植物、万物にこうべを垂れ
生きなければならない部分を有するのです
それが万物に対する礼儀であり今はか弱い人の良心

地球上の良心が結束したとしたら彼ら万物は認めてくれるかもしれない
私たちは毎日 野菜や肉を食べ空気を吸う
だから呼吸の呼を蔑ろにしてはいけない

とりとめのない人類の歴史を神様は黙って見守って下さっている
万物はすでに神様とともにあって
人類もその仲間に入ることを万物はどれほど待ちわびていることか

人間しかもつことのない信仰、頼らざるを得ない?情けない?
神様はこの事実たる赤子の成長をどれほど強く待ち望んでいることか?
何万、何千年も 人類や私の想像の世界かもしれない
そもそもこんなことを記すこと自体 自分のエゴが如何に強いか
そうも思えるのです


9/2/2

人類 皆 昔気質(根源由来の)

零細企業が改善されないのに報告義務を課す意味とは?
本体に対しては根拠をもって要望 請求したいものです。
何でもかんでもうわべでの世間の常識に
沿う必要がありますか?ってことです

擁護という曖昧な言葉がこの世に存在するので自分と世界を擁護しておきたい

人間には求める理想があるからそれが10年後、100年後、1000年後であろうと
改善される可能性は0とはいえない
(死守と擁護はある意味正反対の言葉)

ただ命を必要としない擁護には曖昧がつきまとう いつまでもつきまとう
そういう気持ち悪さを心の奥で感じることのできる人間にとっては
宗教という規範に答えを求めるほかにないのだろう

何故、宗教は長い間 人類とともに在るのかが少し理解できる
(ただいまはテロがあったとしても)
前出の本体とは自分の中にある宇宙であり 宇宙の中の自分ということで
魂の部分では人類共通で共有できるものと考えている

人類歴史の螺旋上
その折々に人々は
同じ感慨を抱いているはず…

そう信じて止みません


9/8

僕も人間の仲間?
手足が有り、立って歩けば人間?
じゃあ何かの怪我で四肢が欠損していたら人間じゃない?
そんなことないよね 人間だよね
そういうことから人間の軸は一本しかなく
立っても歩いても寝ていても同んなじ
たったそれだけのことなのにねぇ

僕らは気がついたらそういう形態で生まれていた
それが基本的な命
そもそもあるものに対し
なぜ悩みたたかう必要があるのだろうか?
人間に飼われている犬が首を傾げてみせることは意味深い

この世の人間をはじめすべての動植物はそもそもあって
土や空気の万物もそもそもあった
さらにそこから人間はいろいろつくってきた
人間は余分なものまでつくってはいないだろうか?
材料を与えられた私たちが特権階級とでも思っているのだろうか?

哲学者が垣間見るは「どうか人間よ悩まないでほしい」
「苦しまないでほしい」ということか?

きょうトラックに載せられた食肉牛と目が合ってしまったんだ



9/12

僕は愛国者をきどっているだけかもしれない
それそのものが縛りであって
国なんていう概念はこの世の人間だけのもの
本当につまらないことだけど
ただ段階としてそれが今は必要なんだと思う

9/12/2

今朝、checkoutのホテル

ちょうど角部屋で南と西に窓がある南側は7~8m先に東海道新幹線の線路
その向こうはホーム
ホテル北側にはここが始発の私鉄駅のホームが西窓からよく見える
しかもカーテンの幅が足らず閉めても15㎝の隙間から外がよく見えるんだ
でもそれは大した問題でなく新幹線の音の方がちょっとしんどかったね
何しろあの速度で通り過ぎ
ひかり号を先行させる為、こだまはしばらく止まっていたり
とにかく田舎者の僕はその音もだけど本数の多さに驚く

部屋のサッシフレーム上角にあまり形の良くない蜘蛛の巣が
三日間泊まってたから部屋の灯りで虫が寄ってくるのか
宿泊最終日には形のきれいな蜘蛛の巣になっていた
なぜかうれしい気持ち
もうひとつは最終日に帰るとフレームの下角に1㎜ちょっとの赤ちゃん蜘蛛も
立派な巣を張っていました
まだ途中みたいだけど概ねきれいな形
誰に教わるでもなく良く作り感心する
しばらく見とれて応援する
体の小さい赤ちゃん蜘蛛からは考えられない糸の量だ
本当に素晴らしい「沢山 食べて大きくなれよ」って心で言って部屋を出る
蜘蛛で清々しい気持ちになったのは初めてのこと



9/14

「当たり前のこと」

当たり前のことが当たり前と言えない
だんだん当たり前のことが当たり前と思わなくなる
しまいには当たり前のことが当たり前に存在できなくなる

そうなったらどうします?
今、愛している人に対し何の理由もなく「愛することをやめます」と宣言しますか?
もしできたとして只今以降、明日の自分の気持ち想像してみて下さい
もっと理解しやすく極端に言えば何の理由なく「愛する人をいたずらに殺せますか?」

以前、海上保安庁職員が生々しい中国漁船の体当り映像を許可なく公開しクビになりました
「絶対 変だよ」私だったらそこのトップをクビにしたい
この事実にどれだけの人が疑問を持てたでしょう?

残念ながらこういうことは多くあると考えています

しかしそんなことが当たり前とされれば
身体を張って現場で働く方々に良い影響があるでしょうか?
彼らの任務の理念をHPで見てください
よって彼は正しい

いろいろ見聞きしてきた様な大人より
純粋な子供の心で考えましょう

9/14/2

今朝のニュースでインターネット依存症が多いみたいな話がありましたが
その詳細を公平に調査し公表するべきでしょう
言いっ放しはいけません

今、新聞 TVの利権、利益がインターネットにくわれている
これは商業としてみればたいへん可能性があると感じます

栄枯盛衰やしぱしの対立は理想への過程で当然のこと
それとマスコミそのもののあり方が問われていると思いますよ
だから新聞TVは褌を締めないと

インターネットで朝日新聞の押し紙問題が言われこれはささやかな抵抗かなと

本当に日本のマスコミ構造は特殊なので僕がオススメしたいのは
一つの日本と他国に関わる一つの記事を徹底的に海外の新聞HPと擦り合わせ追いかけること
手間だけどそこには全体像が少しうかがえる
これも残念ながら少しね
少なからずある意図から統制は感じる
ASEANはあまり突っ込まない論調(自国優先でラオス、ミャンマーは中国寄り)とかいろいろ見えてくる
意外に思うかもしれないが海外に対し中東諸国は特定の国を除き意外と公平だったりする
とにかく比べること

残念ながら発信力のある新聞は資本も大きく公平さに欠けるが
世の中は常に動いているのでそれをする価値はあると思う
(行為への価値でなく帰属意識と誠実さの確認)

だから知っておいた方がいいと思います


99-14/3

謙虚に考えると…
秋だから栗でいうと
落栗を拾い食うか
枝にあるのを取って食うか

何れにしろとげとげだ



10/3

関越トンネル

日本に上方とか江戸とかあるけど
歴史や文化の過程として見たときそんなにどっちがとか気にしていると
つまらないですよ
それに似た話はどこにでもあるので気をつけましょう

それとは相反しそこにアイデンティティの土壌がある
人間としての帰属意識は幾重にも重なるから
違う立場や文化を理解し尊重することにも明るくなれる

「箱根の山の向こうには猿しか住んでへん」
というお年寄りがつい最近までいたように思う
それに似て江戸の方々が東北を見下すこともあったと聞く

関越トンネルの話が事実かどうかはわからない
ソ連軍に対応する部隊が東北出身者が多かったのは
地理的な理由からだったと考える

10/3/2

「善良な人とは」

ときに善良とは都合のいい言葉
ほとんどの人々が自分は善良な人々の範囲だと思っているのではないだろうか?

そもそも善良は他人が判断するもので自分が自分を善良かどうかなどと考えるのは論外で
俗世は偽善を善良にすり替え より善良を曖昧に有耶無耶する温床となっている節もある

人類が人の心をもったであろう有史以前からそれに似た概念はあったと思いますし
ありとあらゆる場面で数え切れない葛藤を繰り返し自分と闘ってきた一人一人がいたことに想いを馳せると胸が熱くなります

善と良しというまったく次元の違う文字を組み合わせた熟語に凡人は苦しめられるのです
文字や言葉が人を射るが如く 人類が創り出すもので人類は苦しむのです


10/8

夏を惜しむ情緒がなかなかきびしい昨今
草刈やドブ攫いで汗だくになっても
冷蔵庫の麦茶は終了している

そもそも10月に夏を惜しむ行為など
ずれまくって季節は改正されるべき?
それでも9月に虫が鳴かなかった

四季を大切にしてきた私たちは
消えゆくかも知れない四季を
どれほどの時間 探し続けることができるだろう

日本の暦に改正の危機
行事における季節感のズレ
私たちの情緒は少しずつ変わってゆく

これを書く今晩は少し肌寒い


10/8/2

所得税の支払義務が生じる103万の壁
社会保険の扶養から外れる130万の壁
ちょっと分かりにくいが106万の壁

これより少ない年収の正社員はいないと思うのでパート、アルバイトに関わる改正だ
僕が働く現場でもパートの存在は重要で今後のシフトに苦労しながら新たな雇用は避けたい

まだ日本は中間層が大半だからそこをいじるのは手っ取り早い考えだが
(だからと言って中間層のみんながみんな満たされているとは言えない)
ここ何年も景気は緩やかな回復傾向と発表されるがその感覚は弱い
中小企業におけるパートへの依存度が思いの外大きいとも言える

家庭の主婦に媚びる必要はないがもう少し明解な方法はないものだろうか?
主婦感覚は重要で侮ってはいけない
少なくとも制度を分かりにくくしてはいけない
(官僚のわかりにくくする手法はもう古い!ついでに信念のない学者の分かりにくさも同様)
ちょっと卑下する見方をすればヨーロッパの植民地政策に霞が関は似ている
それに折合う政府も同等

もう少し個人的に踏み込んだことを言うと
パートを利用する有害正社員
けして自分が優良社員とは言わないが
良識ある正社員の負担は増えるばかりだ
「アーメン」



10-9

今も昔もこの世に純粋な宗教戦争などあるはずが無い

其々の異民族が隣り合う大陸で生きていくにはより強固な一神教が必要だったのかも知れない
そもそも宗教は人(個人)が生きるに相応しい規範や道徳を定めた指標といわれるが
(私、個人的にはそうとは考えていない)土地や生活の権利を守る為に他国を奪い
人を殺すことがある意味 正当化されている節もありかなり悩ましい問題を孕んでいる

よく言われるのが私たち日本人の宗教観が世界とだいぶ違うということだが
天照大神からはじまり仏教が伝来し基督教も伝わる多神教国家だが
日本人の大半はどっぷり浸からず
一般的には「生活の知恵」程度の捉え方のように思っている人は多いのが実際

侵略や弾圧に遭うと信仰はより狂信的になるといわれるので
世界から比較して日本は安泰だったともいえる

おとなり韓国は長い間 清や漢の属国であったり日本の統治を受けたせいもあるためか
驚くほど熱心な基督教信者が多い国だが残念ながら基督教や儒教に今のところ韓国が
導かれている実感は少ないと感じているし韓国国民もそう思っているかも知れない

救いの道を逃げ道としては足らず、権利の為の乱用
これこそしてはいけない恥ずべきことと思うのです

そもそもスンニ派シーア派、カトリック、プロテスタント
浄土真宗 本願寺派、大谷派、高田派、興正寺派、仏光寺派とかなんなんだよ!
それぞれに対応する神様はどうお思いでしょう?
そんなに神様は八方美人なのでしょうか?
本当、つまらないし さびしいですよ!

信じる先に傲慢は無く、傲慢だから信じる信仰、少し悲しい
それでも許していただけるのなら と 自分勝手に


10-9/2

優しくなる=煩悩

優しくなる事は人の最たる煩悩と思えるときがある
どうしようもないむなしさを人は簡単に埋める
切なさも早く忘れたがるし
ロマンチックなキスもする
今、淀んだ川を遡っているのなら
君は汚れながらもきれいだ
あの除夜の鐘をいつも鳴らすのはあなた



10-11

相変わらず僕は君のことが好きで幸せなのに…

法人税減税は密かにすすみ経済再生担当大臣の石原氏は消費増税路線を打ち出した
マスコミの財務省と経団連の飼犬化は更に進む
今となってはそれが野党にとっても不都合な真実になりつつあり
政府与党と共有することで火の粉を避けている

時々、すべてが霞が関の操り人形に見えるし
経済学者になるのは経済学者に騙されない為になり
彼らは如何にスレスレ自分が加害者にならないかに苦心し
予想と結果の説明が上手くできればいいのである

でも僕らは結果が問われるし納期もある
彼らにはそれが無い


10/17

黒い感受性は難しく考え
蟠りが誇大妄想で
自由が暴力で権力で
言葉なんかしかたない
匿名で名乗る主役が
善悪の外より只ならぬ
積み重なる組織団体が
幾重に重なり抗う純粋
民主的な悲しみ
格好の材料で軋轢の虜
地割れの奥からの声
まさかそれは御言?


10/20

歪んだ労働環境
支配、被支配=主従関係なのか? 普通の主従関係なのか?

情報を武器にワーテルローの戦いで莫大な富を得たロスチャイルド家
1835年AFP通信、1851年ロイター通信、1897年マルコーニ通信社が設立、
これが言わずと知れたロスチャイルドの通信支配の始まりとされる
各国の大手メディアもほとんどがこれに倣い設立されている
中には相対する考えをもち立ち上がるものの後に巧妙に取り込まれる または潰される
なぜだろう?それは彼ら自身が「正義」と信じているから…

国内の新聞TVに掲載、放送される発信元の9割以上がロイターと共同通信で占められる
共同通信は国内情報通信のドンである電通が前身
戦前の同盟通信社がGHQにより解体されその後 電通がうまれそこから共同通信、時事通信ができる(因みに共同通信と時事通信の規模は象と蟻くらい)
少なくとも共同通信より中道である時事通信でさえ筆頭株主は電通
wikiで度重なる改ざんが繰り返されているが電通最高顧問の成田豊は在日といわれる

朝日、読売、毎日、産経 各本社の住所に韓国、東亜、朝鮮、京郷の各新聞社もここに籍を置いてる
これは二国間以外に他国の影響がはたらいていると見るべきで
そこにどんな意味があるのか一度でも考えてみる必要はあると思う

戦後、GHQにより活字は検閲を受けていたが後に自己検閲に切り替えられている
例えば刷ったが出せない、出したが回収を命じられるとなると大きな損害を被る事になる
出版社、新聞社はそういう危険は避けたい、今でもその体質が変えられないでいる現実
「下手な事は書けない」ということだ それが私たち日本人の良心にとって強いては国益にとってどう影響しているかを考えてみてほしい
いったい何にとって「下手な事」なのか?
「削除または掲載発行の禁止となるもの」30項目をみれば現在のメディア体質が何故できあがったかが少し頷ける

真実には常にバイアスがかかり疑り深くなっても仕方がない
粗探しがしたいのでなく、私たちは未来に希望をもって進みたいだけなのです

金融資本を支配するユダヤ、民族資本の華僑や客家、新保守主義のネオコン
様相はより複雑を極めている

今回の電通女性社員の自殺の問題も摑みどころのない社会に横たわるストレスが企業にストレスを生みそれがそこで働く一人一人のストレスにつながっている
社会も会社も良くも悪くも人を変えうる力を持っているが結局は人間ひとりひとりの資質によるところが大きい

修身教科書だったかハッキリ記憶していないが「人は何故働くのか」という問いにそこでは人を成長させる鍛錬の場だと教えている

戦後、日本は見えない内側から激しく蹂躙されているけれど
日本人としての心は一人一人が守るものであり
信じるものは一人一人の判断に委ねられている

10/21

昨日のつづきで電通の女性社員が自殺した事で多くの人が「そんな会社早く辞めればいいのに」と思った事と思う。それができたら良かったのに…
睡眠時間の制約は洗脳の手段とされている
就職先ランキングではバブル期にはベスト10に入っていたただの会社だ

社会はここまで若者の視野を狭くし絵に描いた模範をつくる必要があるのだろうか?
その気は無かったとしても事実そうなってしまったといえる
(手先や発端、取っ掛かりはいつも不用意だ)
無自覚にそういう模範をつくる構造は日本人の深い部分にあるように感じるとともに
あきらかに坂本龍馬や中岡慎太郎のような若者を疎ましく思う人種の存在があり
その存在が何なのかを考える意味は大きい

真面目に働き将来のある若者が自ら命を絶つなんて悔しいではないか!
これは素人でも考えないといけないところだ

世の中は必ず何処かしらで繋がっているものだから
本来はそれが為の情報という事を覚えておいてほしい


10/22

世界史の分捕り合戦
日本には国の数に相当する各国の専門史家がいるといわれる
ある国の専門家が相対的に少なかったりある国や地域の専門家家が突出して多かったりもする
学校教科書を作る際、自分の専門とする国、地域により多くのページを割いてもらいたい先生と言われる人たち
学ぶ学生の皆さんが公平に世界の歴史を学ぶ事が可能なのだろうか?
僕は大変疑問を感じる
歴史を政治利用されてしまうことはとても残念でならない

10/24

豊洲はもともと東京ガスが所有していた土地で
都の官僚が東京ガスに天下っていると言うのも人の弱さ
そういう弱さに関しては強さより労力は少なくて済む
今いたるところでそういう考え方が主流と言うかよくある構造だ
モニタリングスペースって誰が言い出したの?
後付けも甚だしい

10/24/2

今朝、玄関を出ると一匹のゴキブリが朝日を受けかがやいて死んでいた
寒さと老齢、または残効性薬剤の所為だろう
自分の家の中にいったい何匹のゴキブリが活動しているか正確に把握できるとしたら
気持ちも悪いが愉快でもある
この美しいゴキブリに例えるのはいささか気がひけるし
例えてしまう自分としてもとても残念に思う


嘘が真実になることはあるわけも無く
時間軸でそう見紛うことは多々ある
しかし嘘が真実に見えるその一瞬に
色褪せるしかばねに
幻に
大切な時間を費やしては
ご先祖さまに申し訳ない
本当は一秒たりとも…
しかしその一秒に魔がさし
時が奪われてきた


10/26/2

人間一人一人にスポットをあてれば
いろづく季節に生きて老いて死ぬ
彼ら私たちが残す遺産で今を生きる
それだけでも感謝であり
かけがえのない今を生きる

10-27

今日は193号をウネウネと南下し道の駅紅葉川温泉に立ち寄り
県道経由で由岐駅併設の地場産品ショップで愛想程度の買い物をした

日本の閑散とした町や村の隅々まで我々の税金で型通りの施設が運営されているのを見て
日本の「豊かさ」と「貧しさ」の両方を垣間見る
国や自治体の補助金がなければやっていけないレベルの施設を果たして存続させるに値するのか私は少し疑問を感じた
地元の方々のための雇用や交流には役立っていると思えるが
そこに勤める方々のレベルはあまり高くない(ご年配の農業婦人のパートの雰囲気は好きだが)
それにより観光客(消費者)にとっては与えられただけの箱物感は否めないし
残念ながら現時点では彼らにあまり未来を感じる事はできなかった
そこに税金が投入されているのなら国や県のチェックや評価、指導するなどのシステムは必要だろう
もしあったとしてもそれは機能していないと感じる
それを国や自治体の「豊かさ」がデメリットとすれば逆に考えればメリットは「貧しさ」と言えるかもしれないがそれ以上、私がかたる権利はない


波打ち際に点在する小さな町というより集落は津波で壊滅的被害を被るかも知れない
それでもそこに住む方々が高齢であろうと若年であろうと希望や熱意、地元愛さえ失っていなければ道は狭くない


平均均一化の弊害
海のものか山のものかを別とすれば四国内のそういう施設で売られているものはたいてい似通っている
四国の住人が四国内で消費を促進させるためには先ずは人材なのかな と思う
先日行った高知の道の駅には少し変わったものが置いてあった
坂本龍馬や中岡慎太郎を生んだ高知の文化なのか?
私の感覚では名古屋、大阪、広島、福岡、熊本も表だった郷土愛が強くやはりオリジナリティには魅力を感じるが
殆どの自治体が国の政策や農協の効率化の影響を受けている
それは僕らの権利の行使である選挙による責任もある
話は変わるが当選した人が自分が投票した人でなくてもその人に働きかければいいのである
民意によって選出されたのだから彼らは聞かないわけにはいかないしそういうプレッシャーをかけるのは当然のことなのです
そこは国政ではないのでくだらない党や派閥に関係なくいえばいいのです


10/28

その御姿は人間
しかし霊的な存在
少なくとも現代では

社会でも会社でも家庭でも
本質があるならば
その本質について
議論すべきである

その一歩手前で戯れる
それは必要悪
ただいまは

ダヴィンチコードの茶番から思う
人が記憶を誠実に保てるなら…
そこはまだ守られているはず


10/28/2

ハロウィン
ただのかそうき
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」
「お年玉くれなきゃ悪戯するぞ」と言いだしたら
日本も収拾がつかない

12/12
body

敬愛する元師様
日本国内の朝鮮総連が傘下にある地方団体に「武器実験を繰り返し敵に無慈悲な打撃を与え奴らの気勢を削いだ」との資料を配布した

変な話だと思いませんか?
北朝鮮がミサイル実験を繰り返し、核保有を認めてくれと言っているのに日本では朝鮮学校も教育無償化の枠に入れろという日本人がいる
政府に恨みのある前川喜平に目を付けた外国勢力が持ち掛け国の措置をめぐる損害賠償に北朝鮮側に立った陳述書を彼が提出している、不可解で気持が悪い話だ
自分が省内における利己的な天下りの首謀者であったにも関わらず温情も含め自ら辞職するかたちで官庁を去ったわけだが、なぜクビにしなかったのか?事勿れ主義か?本来なら手錠をかけられるはずが、世の中には情けをかけてはいけない人種がいるそれがこの方だったのだろう。退職金8000万も私たちの税金から手にしまだ悪あがきをしている
国会答弁で週3~4回の風俗通いを「女性の貧困調査」と言っていたがそんな奴は信用できないしその答弁には誰も突っ込まない、私費で調査とは大した方だと思う、調査結果のレポートを提出し領収書も出したらいいのにそれはなかった。

追い込まれ腹いせに加計学園をでっち上げそれに野党と各メディアが乗っかり(朝日は共謀のレベルに近いだろう)私たちの大切な議論の場と時間を奪われることとなった。
ではなぜ本質的な議論の邪魔をするのかというと安部政権の憲法改正が本気だという事に尽きる。
閉会中審査も含め私たちの税金が1少なく見積もって50億円が無駄に使われたと考えてもらいたい、
近頃は国益を妨害するものは皆、外国人かその息のかかった者と見てしまう自分に虚しさを覚えるのと悲しくなる。
今朝もネットのニュースで「サイバー防衛局見送り」とする記事を目にし落胆する、これは私たちの生活に密着する問題でコンピューターで管理されている交通、通信、エネルギー、金融などほとんどすべてが脅かされる事となるので私たち国民にとってとても大切なニュースなのである。
核兵器は目に見えて脅威だがサイバーや人工衛星をつかう見えない攻防は只今現在も行われているというもう一つの脅威も知っておく必要がある。
話を元に戻すと私たち日本人は島国で暮らし基本、単一民族であるから地続きの国々に比べ国への帰属を意識せずとも暮らしてこれたし国防意識はいかほどかというところだ。
最近、中国は実効支配を世界にアピールし日本のEEZへの侵入を常態化させている、それでも日本は中国に口かFAXで抗議するしか手立てが無いという事実、それを向こうはよくご存知で世界に中国は「こんな事しても日本は何も言ってきませんよ、もらっていいみたいですよぉ」ってやんわりアピールしているのです。先日も国連で「尖閣を日本に取られた」と李潔癡外相が演説している。
石垣島の漁師がこの水域への漁を控えるよう日本国が言っているのです。実際、日本の現状はそういう事なんです。数年前、中国は小笠原で赤珊瑚をドッサリ持って帰りましたがあれは地元の方が丹精込めて計画的に出荷していたものです。そういう事をして中国はどの辺までしても大丈夫か探りを入れているのです。スプラトリー諸島を埋め立てレーダー基地と滑走路を作っちゃったのはオバマ政権の時代です。足元を見て決めているのです。安部総理とトランプのときは習近平は電話で「今回は笑顔で握手するからね」って言ってきたそうですがだからなんだっていう事です。本当にしたたかです。
交渉の背後に軍事が無いと相手にならない国家間で安部総理は本当に緻密に働いてくれています。それでも100点ではありません、まだ対外比較で言えば30~40点くらいしかつけられないのです。安部総理が悪い訳ではなく現憲法とそれを盾にする日本の中の外国勢力、反日日本人と彼らがつくる世論に足首を掴まれているわけで、教育勅語は昔GHQがダメだと言いましたが今は成り代わって当時の民進党や共産党が言ってくれて思惑通り来ていますが、ただアメリカ、中国の縛りが緩んでいるのは今しか無いので今、変えないとというのが只今現在なのです。
これを逃したら本当にどこかの属国になる恐れが強くなります。
膨張するしか生きる道の無い中国は欧州、アフリカ、北米、オセアニアと至る所に進出し好き勝手しています。AIIBに騙され東南アジアの重要な港は実質、取られています。とくにアフリカは国民を放置し官僚、政治家が中国に飼い慣らされているのを見ると中国の世界征服(一帯一路)が包括的に進められている事がわかります。
そんな世界の現状を日本のメディアはあまり言いたがりません、なぜでしょう?それは彼らがそこまで入り込んでいるからです。
最近インターネットの普及で情報ソースが選べるようになった事が希望ですが年賀状は非効率な習慣といつか新聞が書いてましたが矛先が新聞に向けられている事を多分、自覚しているのでしょう。先ずは文化を破壊してくるのが常套手段でウイグル、チベット、南モンゴルの実態は残念ながらあまり知られていませんがこれもメディアが伝えないからです。
それなのに国連の人権委員会は日本の嘘の慰安婦や南京大虐殺をまだ言っています。とりあえずUNESCOなんていうしょうもない集りは脱退表明してみたらいいんです。分担金をたくさん出して事実と違う言い掛かりに付き合う必要はありません
そういえば先日、あの大所帯の経団連訪中団はいったい何をしに行ったのでしょう?
経済界も危うい気がしています。

朝鮮学校は子供達に何を教えているのでしょう?あれは学校法人?僕が20代前半のときのスパイ防止法が成立していたら少しはマシになっていたのだろうか?公安は見て報告するだけ内包し膨らみ続ける矛盾、どこまで私たちは我慢できますか?
お人好しの日本はある面 バカにされているのだと思います。

12/19
毎日、ちがうルーティン
毎日、ちがう空、ちがう光と闇
毎日、毎日ちがってる
日々のうつりかわりが生きているということなのでしょう
通勤の道路脇の古いお墓も新しいお墓も
毎日ちがう朝陽をうけて佇んでいる
そういう根本が私たちの中にぼんやりとあり
その大半を想わず感じず生きていく


私たちは殺生なしには生きられず
子供には屠殺の現場を見せておく必要はないのだろうか
できないのなら小さい子供に話聞かせておくこと
TVの「命の現場」は病院で積極的に命を救う話
それは命への関わり方のひとつに過ぎず
特別な美談と言うよりどちらかと言えば当たり前の話
私たちは意識せずとも消極的、間接的に殺生を続ける
そういう立場を深く認識する事はとても大切


悲しみが押し寄せるチベット亡命政府

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