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時間がない。本当に、もう時間がない。国と原燃と青森県は、六ヶ所再処理工場を、5月にも強行稼動させようとしています。欠陥技術、そのままで、です。ガラス固化が、出来ていない。この技術だけでも、800億を、石川島播磨重工に税金から支払っています。フランスに作ってもらった、六ヶ所再処理工場ですが、ここだけ、国内企業、国内技術にこだわりました。結果、当初から指摘された、白金族の集積とそれによる通電ショートを解決できず、ガラスの温度が上がらない、炉の中に詰まってしまう。対応策も、まったく上手くいっていない。にもかかわらず、本格稼動を、強行するといっている。不良ガラス固化は、放射能漏出に直接つながり、放射能汚染はさらに、深刻になるだろう。20日に、六ケ所村から再処理中止を訴える農家、哘清悦さんのお話を聞いてきた。美浜の会(http://www.jca.apc.org/mihama)主催。今、中途半端な優しさは、いらない。青森、六ケ所の農産物を買わないなら買わないと、言ってくれ、と。何も言わずに、買わなくなるのが一番まずい。今しかない。これこれの理由で買えません、とはっきり、農家、青森農協に言ってくれ、とのこと。それで、農協や県、農家を動かすことができるかもしれない、と。まだ、多くの青森の農家には、危機感がないそうです。農協は、(農家も)中間バイヤーのほうを向いていて、消費者の声を聞いていない。消費者の声を、「このまま稼動したら、買わないぞ。」という声を、農協や県に届けてくれ、とのこと。また、お金の流れを左右するバイヤーを動かす、たとえば、「青森の農産物は、六ヶ所が稼動したら、3割安くしか買えないよ、と言うことになる。」と、交渉の際、農協に向かって言わせられたら、かなり強力な武器になる、とのこと。スーパーに、青森の農作物を購入しているか、問い合わす、とか、青森と誤魔化さずに、○○村、まで、表示させる。また、「安心して買いたいから、残留放射能の数値を教えて!」と県農協に求める。できれば、再処理中止を求めている農家、農協の農作物を高く買いたい!」と消費者団体が言ってくれたら・・・とのことでした。青森・大阪情報センター 電話06-6341-2184青森農協中央会 会長 工藤信 fax 017-762-1085グリーンピースジャパンHP青森県知事 三村申吾 fax 017-722-6700生み出す死の灰は、チェルノブイリ原発崩壊で広島型原爆800発分、100万kWの標準原発で産み出される死の灰、1000発分。これは、ウランの瀬戸物詰め、燃料ペレット、それを金属の棒に収めた燃料棒に閉じ込めてある。日本中で現在55基の原発が稼動。×55で、一年間で広島原爆の5万発分、毎年毎年、死の灰が生まれてくる。再処理工場は、パンドラの箱だ。燃料棒を切り刻み、閉じ込めていた死の灰を大気と海に捨てる、プルトニウムを取り出すために。たった一年間で、日本中の原発55基全部あわせた、その30倍、死の灰をつくる。その結果事実として、イギリスのセラフィールドでは、再処理工場は、事故でもなんでもなく、ただ再処理するだめに、広島原爆の400発分の死の灰を、イギリスの海(アイルランド海)に垂れ流した。六ケ所再処理工場は、毎年毎年、トリチウムだけでも、3億2400万人分の放射能を、大気に捨てるよ、と宣言している。再処理工場だけは、原発に課されている濃度規制さえ、課することができない。とてつもない汚染源。薄まるから大丈夫だと言うが、青森県の放射能計算値は、1000分の1に誤魔化して計算してある。フランス、ル・アーグ再処理工場と六ケ所再処理工場はほぼ同じ。その同じ工場から垂れ流す死の灰を、フランスの実測値の1000分の1にして、汚染量を計算している、インチキ。分りやすいDVD小出裕章「六ケ所村再処理工場が問う私たちの生き方~知ることからはじめよう」
2008年03月26日
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私は、911まで、失語症だった。どう切るか、それだけ考えて生きた。自分を語る?そんな暇があったら、文献読め。それが、オマエの存在が許される、唯一の方法だ。第一、 語るべき何も、オマエにはない。楽しみ?そんな余裕がオマエにあるのか?見ろ、自分の拙さを。自分に、すべてを預けてくれる人のために、自分の技術を磨け。オマエに、それ以外のことを両立させる能力などないことは、オマエが一番よく、知っている。それがどうだ?この一ヶ月、医学誌をほとんど開いていない。重慶爆撃―都市空襲―沖縄「鉄の暴風」―原爆投下。鳥瞰する者が、雲下の地獄を見なかった、戦争加害の様式。加害意識の欠落。意図的誤爆の地平。アフガン。マスコミを通じて得た、架空の歴史を、頭の中から追い払うこと。戦後史、確認。日本人の戦争観戦後史のなかの変容吉田裕岩波現代文庫名著だと思いました。どの章にも緩みのない。日本政府が、自国民に対する加害責任をうやむやにしてきたこと。日本人の戦争観が、経済に大きく左右されて来たこと。政府の見解の、ダブル・スタンダード。東京裁判が、日本保守派(宮中グループや財界)の協力の元におこなわれたこと。冷戦移行によって、アメリカの単独占領が、戦後処理の不徹底、賠償不問、経済復興重視に変ったこと。被植民地諸国の地位が低く評価され、長らくアジア不在であったこと。日本の植民地放棄が、対米戦争敗戦の結果もたらされたため、国内での植民地主義に対する総括が出来ていないこと。
2008年03月26日
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アフガン開戦以後、ひたすら加害者になりたくなかった。政府が税金でアメリカの戦争をささえる、必死で働いて税金を払って私は加害者。自衛隊がクラスター爆弾を買って持っている、私は加害者。イラクに派兵を許す、わたしは加害者。劣化ウラン弾を自衛隊も持つ。被爆国として、何たる恥。いやいや、そのときはっきりしただけ、もっとまえから加害者だった。ベトナム戦争、朝鮮戦争、侵略軍アメリカは、日本の基地から出撃した。「人道」というとき、身構えたほうがいい。イラクに参戦した自衛隊イラク派兵も、「人道支援」だった。原爆投下ですら、戦争終結のためと称して正当化する、先住民虐殺も、「神の御意志」と言った者達のことばだ。使い手の意図により、どんな使い方もできる。悪魔だってその内に隠すことが出来る。「侵略」という言葉のまえに、身を隠す何もなく、立とう。侵略された国々の人々に頭を垂れ、われわれの侵略を贖う。具体的には、税金のうち、原発事業費と、軍事費と米国債購入を減らして、賠償にあてる。ユニオンに力をつけて、みずからの繁栄のために、他者の犠牲をものともしない経営を、働く者の手に取り戻す。預金する銀行を、軍需企業に投資しないと明言した金融機関に替える。市民は交流によって、被侵略民のひとりひとりの顔を、被害を知り、そののちに、より力の強い者に侵略された民衆として、ともに共感し、手を取り合う。沖縄とだって、アメリカの分断政策さえなかったら、(それに本土が負けているのはダメダメだが)協力して、アメリカを早く追い出せるものを。
2008年03月26日
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十五年戦争は、日本の中国侵略に始まり、アメリカの日本侵略に終わった、というべきなのだ。人道の罪などという、曖昧な表現は採らない方がいい。アメリカの侵略を隠す。裁かれるべきは、「侵略の罪」だった。沖縄で、25万人殺したのも、男のいなくなった女子供年寄りの都市を空襲したのも、広島も、長崎も、アメリカの日本に対する侵略だ。ただ、アメリカだから悪いのじゃない。日本も、それに先立って侵略を繰り返した。台湾出兵。それ以後100年、近隣アジア諸国を侵略しまくった。その歴史を忘れると、サルプリ舞の韓国の恨や、高砂族の還我租霊が告発する日本の罪が分らなくなる。ここを、曖昧にすると、韓国朝鮮のパンソリも、ガイザンシーの叫びも、聞こえない。国内の不況と矛盾を、戦争として輸出した。脱亜入欧の日本帝国主義とレイシズムは、支配層から、一般庶民まで浸透した。アメリカがイラクを侵略したように、日本は朝鮮、中国を侵略した。
2008年03月26日
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自分の行動を、未来を決める行動を、過去の経験だけに囚われず、理想を失わず、決めたいと思った。過去の自分の経験しか行動決定の基準にしない、自分の思考方法を、脱したいと思った。「自分の体験がこうで、これはダメ。自分は回避する。」そこに、理想はなかった。自分は、もっと理想を持っていい。もっと、広い世界を知ったほうがいい。自分の知らない、体験したことのない理想があり、それに向かって努力する人間もいると。知らんかった。わたしの知らない理想を、夫婦、家族の間のことも、理想を実現しようと、努力する人が、私は知らないけど、ちゃんといるんだ。自分もそれに近づくことを行動=未来決定の基準に、持つ。持ちたい。で、これ、おもしろいですよ。田中優スロービジネススクールDVD1「原子力エネルギーと分かれ、豊かに暮らす仕組み作り」http://www.slowbusiness.orgこのDVDの概要は、使用されるすべてのスライドが入ってる、「公開資料。田中優講演資料」のファイルで、見ることが出来ます。
2008年03月26日
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むかし、自分が10代がすぎたころ、自分を、「わたしは、自分から、ドブに顔を突っ込んで、暗い、暗い!って言っているようなもんだ。外には、明るい光があるのに。」そう総括した。「わたしは、太陽の方に、顔を向けて歩きたい。」って、心に決めた。「おまえのエネルギーを、美しいこと、やさしいこと、すばらしいことのために、もっと使え。そしたら、おまえ自身、もっとまともになれる。」この数日、思い出す。戦争の実相を歴史に学ぶのは、大切だ。だけど、学習すればするほど、(スンマセン)虐殺、暴行、救いのない話が多く、暗くなっちゃう。歴史から目をそらさない、それは出来た上で、あるべき理想を見失いたくない。未来を見て、歩きたい。
2008年03月26日
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3月22日早朝から、イージスバカ盾艦が大阪港に入港します。朝8時半から、大正区で抗議集会が行なわれる予定です。千葉沖の漁船ひき逃げ事件、戦前から軍港であり、戦後も自衛隊の潜水艦がたむろする軍港であった舞鶴港では、日常茶飯事らしいです。ここでは漁船のほうが、ドケドケと進んでくる自衛艦に衝突せぬよう、舵を切って逃げているから、事故に至らぬだけで、自衛艦様の傍若無人は、以前からずっと当たり前だそうです。天皇制と、行政機構、政党政治(自民と民主)とは、どのような関係があるのだろう。戦犯が首相になるような国だが。。
2008年03月19日
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国家は、国民を殺す。国民によって構成された軍隊兵士が、他国に侵略に行き、略奪、虐殺、れいぷを戦争の愉しみとして、正気の元に犯す事実を、国家の命令と大義に従った行為として、糾弾されずに済むこととは思えない。多くの彼等兵士は、国内にあっては将来のない閉塞、例えば進学、結婚、就職、すべてにおいて、下層民として金持ち支配階級と格差ある生活、扱いにうめいていた。彼等若者が、固定され、這い上がれない社会構造に、痛めつけられていたことは、紛れもないことだ。しかし、日本社会で抑圧された階層の若者が、同じ軍服、同じ輸送船で、大日本帝国の後ろ盾に埋没することで、抑圧から逃れらたと感じたこと、進んでその支配を受け入れ、自分より立場の弱い他国民の抑圧、迫害、殺戮に参加した、という戦争の構造を、どう、捉えたらいいのか。ここに陰に日に主役をはるのは、国家だ。彼等兵士を衝き動かしていたのは国家だ。国家は、一方で国内の弱者層、貧困層を抑圧し、そのもう片方の手で、抑圧した彼等に慰安婦を与える。兵士たち、本来の敵は、キミが陛下と呼び、お国と呼んだ、国家支配層なのだ。彼らは、キミらに、キミらの生存権と引き換えに三八銃を与え、戦場で、頭を吹き飛ばされ、大腿骨を砕かれ、臓腑を腐らされる代償に、慰安婦を与えた。そんな、惨めな境遇にキミらを落としこんだのは、政府、国家なのだ。キミらを、使い捨てにし、飢餓の島に見捨てた日本政府も、原爆を落としたアメリカ政府も、国家としてキミらを抑圧し、虐殺したことでは、一致する。国家とは、そういう抑圧機関なのだ。だからこそ、国民が国家政府にタガをはめる、憲法が絶対不可欠、9条が必要なのだ。20世紀、最も多くの民を殺したのは、その国民が所属する国家であった。軍隊は住民を守らない、のではなく、正しくは、「国家は国民を守らない。」なのだ。20世紀に国家によって殺された人の数が2億人。そのうち、国家の軍隊が「自国の秩序を保つため」という名目で殺した自国民が、一億3千万。軍隊は、誰を殺して来たか。-自国民。軍隊を持った近代国家が、一体誰を殺して来たか。-自国民。殺されてもいいから、軍隊を他国に送るのだし、もともと自国民である兵士の命など、物の数ではないのです。国家にとって、庶民など、抑圧し、利用すべき、資源に過ぎなかった。今でも、そうなんでしょう。そうでなければ、「後期高齢者医療制度」など、押し付けられるはずがない。
2008年03月19日
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予見される結末 ウリ・アヴネリhttp://www.jca.apc.org/stopUSwar/Palestine/AntiOccupation55.htmあらゆる蜂起・反乱は、もちろんひとつひとつユニークなものですべて他とは異なっている。というのも、背景が異なり、占領者と被占領者の文化が異なっているからである。英国人はオランダ人とは異なり、そのどちらもフランス人とは異なっている。ジョージ・ワシントンはチトーとは異なり、ホー・チ・ミンはヤセル・アラファトとは異なっている。だが、それにもかかわらず、すべての解放闘争に驚くべき同一性がある。私にとって、その主たる教訓は次のことである。すなわち、一般大衆が反乱者たちを抱きしめたときから反乱の勝利は保証されているということである。 それは、鉄の法則である。民衆に支持された蜂起・反乱は、占領体制によって採用された戦術のいかんに関わりなく、必ず勝利する。占領者は、無差別殺戮を行なったり、もっと人道的な方法をとったり、拘束した戦士たちを拷問して殺害したり、彼らを戦争捕虜として扱ったりすることができる。だが、長期的に見れば何も変わらない。占領者は最後には、英国のハイファの植民地弁務官のように厳かな儀式をとり行なって帰国の船に乗ることもできるし、サイゴンの米国大使館の屋根の上での米兵たちのように最後のヘリコプター1機まで戦い続けることもできる。しかし、蜂起がある点に達したときから敗北は必至であった。 占領に対する真の戦争は、占領されている人々の心の中で起こる。したがって、自由を求める戦士たちの主要な課題は、一見そうみえるかもしれないように占領と戦うことではなく、人民の心をつかむことである。そして他方の側では、占領者の主要な課題は、自由を求める戦士たちを殺すことではなく、人民が彼らをいだくのを妨げることである。闘いは、人民の心を、精神を、考えを、感情を、とらえることにある。
2008年03月19日
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初めて人を殺す―老日本兵の戦争論―岩波現代文庫井上俊夫兵は、その加害性と被害性を一身に受けて、にっちもさっちも行かなくなっているのだ。靖国に集う老兵は、靖国神社の加害性、侵略神社としての加害性に背を向け、ひたすら、無惨に死んでいった戦友の浮ばれんことを欲す。それでは、自身も、靖国の恨から逃れることはできないのに。靖国は保護者であったのか、殺害者ではなかったのか。オマエに殺された軍人軍属の、骨さえオマエは拾ってない。そこにあるのは、空っぽの白木の箱だ。家族のもとに返すべき魂魄は、60年経た今も、南海の孤島を彷徨う。出してやれ、200万の餓死戦病死者を。その座とかいう戦場の業火のなかから。解放しろ、軍服などなくても、彼らはにんげんだった。若く、自分の未来を信じたいにんげんだった。死者さえも利用する者を、私は憎む。死者を悼む人の心までも利用する者を、私は憎む。
2008年03月19日
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黒い野良猫に、毎晩ご飯をやっていた。野良猫が死にかけたので、家に入れようとしたが、逃げる。探してきて捕まえて、獣医さんに診せにいった。タクシーに乗って、顔を見ると、やせて目を細めた三角形だ。ひざに乗せて、その顔をなぜた、その時初めて。タクシーは道に迷い、グルグルまわり、その間にも弱っていく。降りて探す。と、クロはすぐさま見知らぬ横断歩道で逃げようとする。「暴れたらだめだ!」二転三転暴れまわるクロのお腹を、両手で掴んで持ち上げ(少し怖かったの私、ノラだから。)無理やりふくろにいれた。手の中でフニャリとして、全重みが伝わり、ふくろの中は静かだった。え?もしかしたら?息してない。動いてない、手も、横顔も。(あの一瞬で、何かを使い果たした、または何かを壊した。)こんな、脆いのか。死んで欲しくなかったから医者に診せようとつれてきたのに、殺してしまった。小さな生き物のいのちは。道路にへしゃがって足をほり出して、アー!オーン、と号泣していると、タクシーの運転手さんが、「乗った所まで送るわな、」といっしょに連れ帰ってくれた。明るい秋の日ざし。いつもわたしが、死んだ生き物を、ダンボールにいれてオンオン泣いていると、「裏の庭に、うめておいてやったぞ。」と父がいう。今度は牡丹を植えておいたからな。その下には、ポーも埋まってる。「ほら見に来てみ。じゅん、ねこが、牡丹の花になった。」
2008年03月19日
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一番最近は野良ネコだ。腰から上に微妙なグラディエーションのある黒猫で、コッチはネコは初めてだ、何がすきやら?なんてえ贅沢なヤツだ、味噌や醤油で味付けしたらダメで(つまり、残り物を食べない、犬とちがって)、新鮮な魚やカニだけ食べよる。だいたい猫なんてのはアホで、恩知らずで、あの頭みてみ、ちっちゃいの。それがなんやら、呼んだらついてきよる。私の顔覚えた?黒いねこ。しまいには、縄張りあるかして、よう越えんかった生活道路、忍者みたいに一気に渡って、決心して門を乗り越え、玄関ドアに張り付いて待っとる。どうせ、オマエらは飯だけや、おもても、毎夜の2時の、私の職場ふっきに、誰もいないアスファルトに長いシッポの影立てて、私の影と並んで走った、おまえ!一人帰る私の背中を、心配して見送る母を微笑ませたのも、おまえ。クロ、アリガトね。
2008年03月19日
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沖縄戦中に亡くなった非戦闘員10万人。日本軍による住民虐殺、集団死が数百から数千としても、残りの大多数は、アメリカの艦砲射撃と機銃照射、地上戦によって殺されたのだ。そのことから、目を離して、沖縄戦の真実が見えてこようか。さらに、住民を収容したのは、保護した訳ではない。兵力55万人を動員して沖縄県民と軍人軍属を皆殺しにしたのは、彼らの土地を奪い、沖縄を奪取し、米軍の巨大基地として整備し、中国侵攻の拠点にするためだった。
2008年03月19日
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日本政府は、無責任なんだと思ってた。負けるに決まってる戦争をやり、天皇は責任を取らず。玉砕せよとの指令以外に、何の戦略もなく、無為に兵を死なせ、竹槍で戦車突撃の訓練をさせ、国民を飢えさせ、小学生までを配属将校に殴らせ。とことん無能だったと。世界を知らず、敵を知らず、自らを知らなかった、と。ちがうんぢゃないか?わざと・ぢゃないか?わざと、国土を、国民を、破壊させ、殺させ、疲弊させ、ぐうの音もでないほどの焼け野原に、自分たちが助かるために、やったんぢゃないか?「戦果を上げてから。」そんなこというて、戦果なんか上げられないまま、最後の一年でどんだけの犠牲を払ったか。戦果を上げることが不可能なことなど、とうに彼等上層部は、知っていたし、アメリカが天皇を傀儡として利用するつもりであることさえ、掴んでいた。「本土決戦」って、本土を空襲されるようでは、終わってるヤンか。そんなことも判断でけんほど、戦争指導層は狂ってたんか。そう思ってた。ちがうんや。『なによりも人民による革命の勃発を怖れていた天皇制支配層が、近江文麿の上奏どおり、アメリカに日本を単独占領させ、その保護のもとで傀儡となって生き延びていくためには、いかにもアメリカに「敗北」したかのように、見せかけなければならなかった。』あの東京大空襲。アメリカは何度飛来しても、皇居だけは焼かなかった。これは、何を意味する?『同時にまた、異民族の侵略支配にたちむかおうとする国内の一切の抵抗の芽を摘んでおくためには、力のある若い兵士がアメリカによって殺されるだけ殺され、広島と長崎が原爆によって焼き尽くされ、国民全体が都市空襲の炎の雨を浴び放題に浴び、絶望と飢餓のどん底につきおとされていくことは、かえって好都合なことでさえあった。そうして易々と国を売り渡し、侵略者の手下となって自らの地位を守る方向をとっていった。そう見るほかに、どう考えたらよいのだろうか。』軍都といわれた広島で、三菱兵器を残した。岩国の海軍基地を破壊しなかった。利用できる物を、アメリカは周到に残したのだ。皇居も。
2008年03月19日
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日本では、原爆、沖縄の被害者ですら、アメリカの加害を、はっきりと口に出来ていない。アメリカの加害責任をオブラートに包んで、「戦争はいけない。」というのだったら、その言葉の内容は、半減する。(非戦闘員の大量虐殺を目的とする空襲や原爆投下を行なったアメリカに対し、謝罪を求める裁判を起こす準備が、「立命館大学国際平和ミュージアム」館長の安斎育郎先生たちが中心になって進められているらしい。費用の点だけでも、大変らしいが。)加害者が、自らの抑圧と加害を自覚することがむずかしいのか、それとも、それを口にするのが難しかった、ということか。じゃあ、なぜ、アメリカでは、人を殺したPTSDの帰還兵が、痛切な懺悔とともに、自分をそのような戦場に追いやった政府に対する強烈な批判勢力、反戦勢力となるのか。日本では、15年戦争後、そうならなかったのか。自国が、焼け野が原になった国と、そうでなかった戦争との違いか。敗戦後の日本人は、みな明日の食べものに事欠き、生きていくのにカツカツ、とても、政府を糾弾する余裕なんかなかった、一方、アメリカは、一貫して外で戦争をし、帰国すれば自分以外は平和のうちにある。かれらに感謝されるどころか、ホームレスに落ち、大学の夢は遠く遠のき、格差社会の底辺にいたことを思い知らされる。そこで、憤懣やるかたなく立ち上がる、ということか。しかし、戦後60年、9条を支えて来たのは、日本国民に広く行き渡った反戦意識のはずだ。侵略の加害は、しかたなかった、という多くの兵士のことばは、自分の気持ちをすべて尽くしているのだろうか。ほんとは、自覚しているのではないのか、口に出せないだけで。言っても受け取ってもらえない、という気持ちがあるのではないか。口を閉ざした被爆者が、徐々に自らの体験を語りだし、インタビュアーに怒りをぶちまけ出すまでがすぐではないことを、長周新聞の「長崎の怒り」は記している。同じようなことが、加害兵士の心にも、あるのではないか。加害の大元には、天皇がいる。その天皇は、戦後の支配者であったアメリカに承認され、戦争責任から聖域に隔離され。アメリカは、飢えた日本にチョコレートを配り物を言いにくくさせ、単独軍事支配者として君臨した。天皇が生き長らえた後ろには、原爆を落とし都市空襲を行なったアメリカがいる。自分たちには、死ねと命じた天皇が、おめおめと戦後生き長らえるのを、なぜ、元兵士たちは許したのか。裏切り者の天皇に、参列者が日の丸を振るのか。私には、よくわからない。兵士は、新しい支配者がアメリカであることを直感的に把握して、戦争中の残虐行為の責任者、天皇を哀れんだのか。しかし、自分を、故郷から家族から遠く引き離して、このような飢餓と暴力の中に追いやったのは、だれか。どうして、死ぬと分ってて、南方に送り出したのか。それでも、天皇と支配層を信じるのか。だれが、自分をこんな目に会わせたのか。それは、軍の閉じた戦場の関係性の外にいたはずだ。そいつらは、罪を逃れた。逃れたどころか、アメリカ様の後ろ盾のもと、支配層として復帰しているぞ。俺たちの惨めな戦場を、だれにぶちまければいいんだ。天皇、アメリカ、これらに怒りが向けられれば、革命が起こったはずだった。残念だが、そうはならなかった。本当なら、彼ら兵士、抑圧され、鍋の銅まで供出させられた市民の怒りが、支配層を糾弾し、自らの加害だけに留まることなく、国境を越え、すべての被害抑圧民と手を取り合うことが出来たはずだった。ところが、そうは成らなかった。一億総懺悔などという、支配層の責任回避に向かった。そのため、自らの押し付けられた加害性さえ、本当には認めることが出来なくなった。自らの加害性をよく知る者達、戦前の支配層がそのまま戦後の傀儡となった。加害を認めることは、自分達の戦後の支配の正当性を失わせると知っていて、加害を認めないだけなのか。元兵士たちの、声は、どうなのだろう。兵士でも支配層と自分に、区別がついている者は、ちゃんと、自らの加害性も、被害性も、支配層の卑劣さも、知っているだろう。将校以上のクラスの多くは、ダメかもしれない。中国戦線と、南方戦線経験者で、ちがうのかもしれない。日本兵は、日本の支配層に、二重に裏切られている。敗戦にもかかわらず、軍以上の精神的権威、殺人を可能にするための権威者であった、現人神、天皇が、戦争責任を取らされなかったこと。彼らを、ほとんど丸腰で護送も食料もなく運び、船ごと沈め殺させた、また、飢餓の島で、餓死させた、それがアメリカに日本を単独支配させて、天皇ら支配階級を生き延びさせるためであったこと。アジア太平洋戦争は、日本が中国を侵略し、中国の民衆に負けた戦争であった。その勝利を、最後の一年で、アメリカが横取りした。革命を恐れる日本の支配層にとっても、それは願ったりのことであった。彼らはいとも易々と棄民した、満州で、中国の戦場で。自分らが生き長らえるためなら、東南アジアで、そして日本国内で。アメリカに、日本の民衆を、空襲させて、完膚なきまでに、戦後革命を起こす力がどこにも残らぬまで、叩きのめさせた。精神的に無一物になるまで、原爆まで使わせて、叩かせた。沖縄と日本を、分断して、民衆同士を対立させようと、今もしている。両者が、同じアメリカの被害者として手を取り合って進む道を、阻害し、再び戦争の惨禍に民衆を連れ込もうとしている。アメリカが、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、パナマ侵略、中南米侵略と、戦前から一貫して、侵略戦争をしつづけ何も変らないのと同様、アメリカに命乞いした戦前戦中からの日本の支配層は、戦後も、何も変っていない。参考下関原爆展事務局編集、長周新聞社第二次世界大戦の真実原爆と峠三吉の詩沖縄戦と全国空襲沖縄戦の真実長崎の怒り広島・長崎被爆体験集峠三吉 原爆詩集
2008年03月19日
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支配層の権力の源の一つは、立法権であろう。弾圧の準備は、なにくわぬ顔をした法整備から始まる。大正デモクラシーといわれた時代に、治安維持法は成立している。それが、民衆に牙をむき出すのは、10年後である。いったん戦時下に置かれた場合、いろいろな抵抗が非合法化されるだろう。このような状況では、戦争に非協力である自由を貫くことさえむずかしい。現に成立した有事法制は、戦争協力を強要している。戦争になってしまえば、「アリランの歌」に見られるような、支配側の警察や軍に対抗する武力抵抗組織を、民衆の支持のもとに組織してはじめて、自らの良心に沿う行動を取れるのだろう。いまなら、知りさえすれば、もっと誰にでも踏み出せる。
2008年03月19日
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抵抗。支配に抵抗する。戦場での抵抗。これは、命を賭けてでないと、出来ない。上官の命令に不服従を貫けば、軍法会議に懸けられ、処罰または処刑される。その恐怖に打ち勝ち、抵抗できるのは、英雄的なごく一握りの人に限られる。大方は、葛藤を、心を押し殺して従い、遂には、進んで行なうようになる。戦争になってしまってから、抵抗するのは、非常な信念と場合によっては生命の犠牲を伴う、非常に難しいこと。一般の人には出来ない。出来ないことを前提にしなければ、ならない。だからこそ、彼ら戦争体験者は、いまこのときに、「二度と戦争をしてはならない。」と声を上げるのだ。そのときになっては、抵抗できない。それを、身にしみて知っている。抵抗できるのは、今しか、ない。今なら、抵抗は、職を失う、ぐらいの犠牲を払うかもしれないが、命を落とすことはない。彼らが、不服従を貫く者に対して、制裁を加えるなら、人権や憲法で保障された自由を、法的根拠に、その不当を、裁判に訴えることができる。そこに、勝機が見出せないほど、われわれの社会法制度は、非民主的ではない。本来、個人の思想良心の自由が保障された社会で、このような国家、支配層からの強制ないし法律の恣意的運用が、まかり通ること自体が異様なのだが、それでも、このような抵抗なら、まだ、複数の人々が採りうる。しかし、これすら、職や給与上の処罰から、今では多くの教員の方々に出来なくなっている。そのような制度に追い込まれた人々が、心で不服従であっても、行動に移せないことを、責めきれない。選択できなかかった方たちのなかで、良心のうずきとなっていることを、知らないわけではないから。先生じゃないから、職を賭したりしなくてもいい私たちなら、できることは沢山ある。職場でも、人がなんとおもうだろうとか、唐突だろうかとか、なんてことを、ハードルとおもうまえに、もっとリスクを背負わなければ言えなくなることを想像して、今のうちにできるもっと、ハードルの低い、犠牲の少ない抵抗が、たくさんあるなあ。選挙でノー!という、法案成立に反対をするのも、そうだけど、隣の人に、語りかける、職場の人にいってみる・・・
2008年03月19日
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「戦争は、してはならない。」だれが?わたしは、このことばの意味が、永いこと腑に落ちなかった。したがったのは、国家、支配者、財閥大企業ではなかったの?兵隊に行きたい人なんか、いないし、いなかったでしょ?実際に、銃を撃ち、人を殺したのは、兵士だけど、兵隊は、戦争なんか、したくなかったでしょ?一兵卒としての戦争体験のある人ほど、戦争はいけない、またはあんなバカな戦争はない、という。戦場から遠かったひと、空襲で家財を焼かれ、逃げ惑った経験のない人、だけが、戦争に反対しない。食べる物がなくて、着物を一枚ずつ売って芋にかえた経験のある人、これらの人は、戦争は二度といやや、いう。「戦争は、二度としてはいけない。」このことばは、為政者に向けられたもの?それとも、不況から軍需景気で息を吹き返し、戦争に賛同した庶民に対することば?
2008年03月19日
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靖国に集う戦争体験者。彼らは、なにも皇国史観に凝り固まっている訳ではなく、戦友を惨たらしい戦争で無くした彼らの心の受け皿が、靖国しかなかったのだろう。共産党は、戦後早い時期に、アメリカを、戦場で日本兵を、住民を殺したアメリカ軍を「解放軍」と規定してしまったし。
2008年03月19日
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それでも、釈然としない、戦争責任。加害を犯させた側、と、末端で犯した側、とに分け、させた側に罪があって、させられたのだから罪はないのだ、と言っていいのか。「日本兵に、他国の兵士に比べて、罪の意識の表出が余りに少ない。なぜか」と問うた、精神科医の問題意識が頭を去らない。自らの加害性を認めることが、日本兵には難しかったという。なぜか。余りに惨い体験をした被害者は、口を閉ざす。眼前の他者と自分との関係、この場合は虐殺した中国人と自分、原爆で青膨れた同胞と自分、にだけ意識が集中しがちだ。もっと、俯瞰すれば、みえるか。「なぜ、私がこんな目に会わねばならないのか。」という問いの答えは、目に見える範囲の外にある。原爆なら、アメリカ。兵士なら、天皇制と資本主義。
2008年03月19日
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現代には、大きな南北格差がずっとあった。それは、しばしば北の加害性、私たちの消費による加害加担を隠して、続いた。それは、遠方であること、マスメディアが加害側に乗っ取られていて途上国の被害を伝えないこと、利便性や豊かさを纏って近づいてくること、で隠されている。百円ショップ、スターバックス、サッカーボール、マクドナルド。 イラク戦争、見えないアフガン飢餓。コロンビア、ハイチ。それらを、見えぬから、と通り過ぎたら、返す刃は、自分に向かってきた。トヨタ、キャノン、オリックス。
2008年03月19日
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被爆者の体験を聞いたことがない。聴きたいとおもった。聞ける間に、聞いておかねば、唯一の被爆国であることが、自分のなかで実態を持っていない。署名事務局の方に相談したことがある、被爆者の方の体験に耳を傾ける会を持てないか、と。わたしは、平和大会も知らなかったし、被爆体験を直接聴くこともなかった。ただ、「心に刻む会」をとおしてアジアの被害者の声を聞き、どんどん亡くなっていく「慰安婦」の方々が、命を振り絞るように話される声を聴いたあとで、日本にも、ぜひ聴いておかねばならない「声」があったと気付いた。会を持つことは、ハードルが高くて、なかなか実現しないが、一端に触れることはできた。「長崎の怒り」「原爆と峠三吉の詩」長崎は、怒らなければならない、もっと。アメリカの加害を。長崎市民被爆者は、戦闘要員を軍に盗られたあとの、女子供ばっかりだったはずだ。彼らは、加害者じゃない。広島の数十万の被爆者も、加害者じゃない。加害とは、無関係の、こども。夫を戦争に取られた妻。息子を見送った母。日々の暮らしを繋ぐ職員。彼らの上に、原爆は投げつけられたんだ。でも、日本の国全体としての、加害性はどうするの。どう繋いで考えたらいいの。アジアで、中国で、日本軍が、日本が犯した加害。景気回復のため、賛同した民衆。性奴隷をつくり、今も政府が彼らをセカンドレイプする加害を。加害と被害は、格差―抑圧政策のなかで、一つになる。戦争のベースとなる格差構造。より弱かったアジア、中国、朝鮮、沖縄に対しては日本は加害を犯し、圧倒的経済力、資本力を持ったアメリカからは、侵略、蹂躙された。加害被害の構造は、世界、国内、地域、幾重にも重複する入れ子構造となり、小さくは隣組と個人の関係、大きくはアングロサクソンに代表される帝国主義列強によるアジア・先住民族支配まで、全世界を、抑圧と支配に組み込もうとした。天皇と財閥に連なる支配階級に、赤紙一枚と一銭五厘で取られ、兵站補給もない前線へ送られた兵隊は、国内の被抑圧者であった。今、また意図的に格差が広げられ、戦争が起こされようとしている。
2008年03月19日
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小さい時、いろんなものを飼ってました。えび、かに、アメリカザリガニ、土ガエル、とのさまがえる、うしがえる。そのオタマジャクシ。10センチはある。堂々たるシッポの付け根に、おもちゃみたいな足が出る。雨降りの日に、縁側に、とのさまがえる(拳ほどもあるやつ)が、座って庭を見てた。つぎは、縁側の隣の水を張ったおふろで、とのさまがえるが泳いでたんよ。にわとり、シャモ(軍鶏)のつがい、親鶏をのけると小さな卵が五個!生まれた雛に、同級生の男の子の名前をつけて、首に紐つけて得意で散歩した。エメラルドグリーンに黒光りする長い襟足!おんたはいい声で、親と競争する。名古屋コーチン、うこっけい。白内障になった鶏は、夕暮れ、そっと巣箱に入れる。羽の下の、あばらの感触。ウンコは畑(大阪の真中で畑!)にやる。モータープールを、一面の紫花、ナス畑にして、鶏を放して遊んだ。犬、秋田犬、別名犬殺し。あたしがちっちゃいときに、背中に乗ってた子。野良犬だったシェーパード。マルチーズ。こいつは、大人になってからもらって来た子で、よくかんだ。この子の事は、悔いが残る。セキセイインコ。すずめ。すずめは、一晩で死んだ。夜店の金魚。熱帯魚。エンゼルフィッシュ、テトラライト。ちゃんと電熱つけて、蛍光色の光もつけて飼いましたよ。フナ。多数。父が釣ってくる。40センチはある。めだかは憧れだったんだけど、目の細かい網が要るので、獲れんかった。糸ミミズ。溝でダンスするのを、飽きずに眺めた。手の長い水生昆虫。何かの幼虫。机の中で羽化して、いっせいにでてきて部屋中羽虫だらけになった。蟷螂、こおろぎ、蛍。カマキリは、夏の終わりにメスがオスを食っちゃった。卵からは、オシリとカマを振り上げ逆立ちした子かまきりが、レンジャー部隊みたいに釣り下がって出てくる。廊下の暗がりで飼ってたエンマこおろぎは、おなかがふわっと柔らかい。お尻に星のような3本の角が生えてる。茶褐色の足は、細いようで根元は太く、葉脈の浮き出た大腿は精緻で精悍、美しい。とのさまバッタ、ショウジョウバッタ。台風のあとには、用水路に流れ出したニシキゴイのこども。シャツいちになった父が、胸まで浸かって網ですくっている。次、飼いたいのは、やぎ。お乳を出してくれて、雑草を食べてくれて、フンをしてくれて、背中に乗れて、いうことないなあ。って、いったら、「あほか。生えてるもん、みんな食べてもうて、一本ものこらへんわ。」でも、まだ、みれん、あるなあ、夏の雑草取り、せんでええからなあ。
2008年03月19日
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日記に出してから(第三者の目で見れるようになってから、という意味です)気付いた、親に叱られた、というはなしを暴行された少女のところに書いたが、これでは誤解を意図的に生む。少女に申し訳ない。少女は、なんにもわるくない、叱られるようなことはしてない、わたしとちがう。私のほうは、情けないヤツだ!という怒り(悲しみ)の表現だった、全然ちがう。ちがうちがうといっても、スッキリしないから、少女のために、身の恥をさらすと、あれは、結婚を前提にお付き合いしていた人と、お付き合いをやめた時のことです。長かったんだ、一年くらい、かな。特別すきというのでもなかった。(と思ってた。)家族ぐるみのお付き合いになってた。教授さえ知ってた。相手は、自分の幼少期のことから私に話す。弱点もさらす。わたしは、そういうのは初めてだったので、ただ傾聴していた。私はなんて言えばいいか、わからなかった。別れは突然やって来た。(「赤い糸がなかったんだね。」キザというか・・)ああ、失って気がついた、週末になれば、わたしのことを考えてくれる人がいる、とおもうだけで、幸せな気持ちだった。そういうの、初めてだったから。それが、なくなった、きゅうに。なんで?わたしがわるかったの?あの言葉に、わたしが応えなかったからだろうか。この言葉を、わたしが理解できなかったからだろうか。喪失感から、夜中の信号は、赤信号で渡るわ、プラットホームから、飛び降りたい衝動にかられるわ、仕事中になみだが垂れてくるわ、さんざん。今思えば、数ヶ月に渡り、かなりのウツ状態。気持ちの切り替えもできない。で、思い切っていってみた、父に。「まえのひとがいい。」そしたら、「おまえを途中でなげだすようなヤツに、未練があるなどと、なんと情けないことをいうのだ!」と怒り狂った。だから、少女が、叱られるようなことをした、と言っているわけではありません。ただ、肉親の悲しみからくる激しい怒り、を身近に引き寄せるために思い出した、だけです。こんなこと、書き込む必要が、あったんだろか。
2008年03月19日
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貧困大国アメリカ若年ワーキングプア;大学卒業時、すでに借金 2700ドル(332万円)飢える人;3100万人医療破産;カード破産の理由一番=医療費 4人家族で年1万1500ドルの掛け金 にもかかわらず、一人家族一回入院で病気するだけで破産。→貧困層に転がり落ちる。→政府から、破産リストが金融機関と派遣会社にまわる。→「夢」をキーワードにした金融会社が、入手した破産者を廻ってくる。サブプライムローンを組ませる。仕事はない。→派遣会社から電話「ご希望のトラック運転手の仕事があります。当社は、全世界に勤務地を持つものです。↓イラクのこと。保険ない。丸腰。被爆して死亡しても、戦死に入らず。彼ら派遣社員10万人は、記号のように扱われ、死んでも数に入れられない。政府が責任をもたない死者。被爆者。帰ってきても、得た収入は、あっという間に医療費に消え、より下層に転落する。「民営化された戦争」に従事する会社は、イラクに180社、ゴールドラッシュ。全世界に営業所があり、最貧国に行って「いい仕事がありますよ。」世界の最貧困民がイラクに送られ、死んでいっている。追い込まれ、生存権と引き換えに、戦争に行く。そこには、「夢」というキーワードも存在。これは、戦争ではない。生活を苦しくさせられて、派遣会社にイラクに送られ、健康を壊して帰ってくる。派遣会社は、ゴールドラッシュ。「大企業の巨大な営利事業」では、ないのか。打開する策憲法教育 9.25 プラス21条。敵は、自分たちの無知無関心。報道の自由はだいじ。日本のマスコミが、内容をはっきりと報じない共謀罪、社会保健背番号制、は国民情報の一元化を目的とし、そのまま戦争の準備!ぶれない報道をする報道機関や、いい番組を見たら、エールを送る。自分達の国に、貧困な人々がいることをほっとかない。若い人には、9条より、25条。仕事と将来設計。(9条が守られるから、25条が守られる。)25条=生存権=社会保障が保障されている社会であれば、9条は必然的に存続可能。25条が社会から無くなっていれば、遠からず、9条はなくなる。今の日本にある尊いもの=憲法9.25。世界が賛同し出した。1999年 ハーグ世界平和大会で日本の9条を支持。2005年 アメリカ国際平和自由連盟が9条支持を政府に要求。2007年 南米ボリビア、モラリス大統領「自分の国にも9条を」日本の9条は、世界で注目されている。帰還兵の憧れ。9条の、世界が丸腰で手を取り合う平和の構築を、米兵も、日本の貧困と戦争に反対の声を挙げる人々も、医療人も、いっしょに手を取り合ったら実現できる。あきらめないこと。堤 未果 著書 ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)報道が教えてくれない アメリカ弱者革命 (海鳴社)
2008年03月06日
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ホームレスになった子供たちは、絶望してない。「イラク戦争帰還兵士の会」を立ち上げ、自分たちの出身高校に、講演にまわる。「テレビゲームのように、思ってたんだ。敵をやっつけたら、終わる。でも、イラクに行ってイラク人の子供を一人殺すと、それで自分の人生がゲームオーバーになっちゃうんだよ・・その子の死を一生背負っていかなければならないんだ・・戦場には、正義も、勝者も、いないんだよ・・殺しあったみな、犠牲者なんだ・・」ところが、彼等が職安にゆくと、「あたなは性格もよいし、言うことはありません。しかし、あなたの個人情報に、非国民情報があります。仕事はありません。」個人情報の一元化が効いてくる。日本でも、国民総背番号制を導入しようとするのは、今見てきたような個人情報の利用を、政府が考えているからだ。年金で怒っているうちに、変な法律が通されたりしないか、用心用心。国民総背番号制ができたら、次は・政府が疑ったら、令状なしで逮捕できる法律ができるはず。それが、アメリカで言うと「愛国者法」日本では、「共謀罪」「人権保護法」。
2008年03月06日
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子供たちは、『貧困』から抜け出したいがために軍に入る。愛国心からではない。そして、実際に貧困から抜け出せたか?→否!それどころか、高校生が、戦争のPTSDで、ホームレスになって、公園で焚き火の周りに集まる。初年兵の年収186万円。そこから、1200ドルは、大学入学のための積み立て金。軍服も一着しか支給されず、防弾チョッキをネットで買う。更に、高額な生命保険料を引かれるが、なんと、「戦闘中の死亡は、保険でカバーされません」!ここから、抜ける道は・・→リクルーターになること! 月3人のノルマ。ここに現われていることは、こういうこと!社会保障費の削減 ↓中間層を貧困層に落とす ↓軍のリクルーターになって、自分が生き残るために、貧困層に落ちた子供を兵士にする。他人を突き落とす。 ↓その人が、国境を越えて、他国で、さらに弱者に銃を向ける。今現在、アメリカにはホームレス350万人。帰還兵は高率にホームレスになる。50万人はベトナム戦争帰還兵。あと100万人が、イラクから帰って、ホームレスになる。
2008年03月06日
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リクルーターたちは、はきはき、ていねいに、相手の思いを、本音を聞き出すよう軍によって、7週間もの「話し方研修」最後には、自分の考えを、本人のものと思わせる詐欺まがいのテクニックを身につける。学校に提出させたリストの携帯番号に電話させる。自分には夢なんかみれない、と思っている子供の心は、「大人が、自分に、将来をきいてくれる!」だけで舞い上がる。「君の夢はなに?」「そう、会計士になりたいの。じゃあ、こういう道があるよ。」入隊したら、貧困から抜けられる。そう勧誘してくる。軍のパンフレットを出してくる。「軍のなかに、職種が今20あって、この中に、君の希望の会計師もはいってるよ。」→ところが、契約の一週間後には、3つに減ってしまう。武器の洗浄、戦車の運転、前線。(おい、前線って、職業カヨ!)「最高5万ドルの奨学金が受けられるよ。」大学に行かないと、貧困からゆけだせない。教育予算の削減で、授業料はバカ高く、親が失業中の子供には払えない。→実際は、1500ドルしか出さない。教育ローンも高く、クレジット地獄。全兵士の15%しか、卒業できない。「予備兵なら、前線に行かなくてもいいんだよ。」→実際は、軍命で派兵命令拒否は犯罪。「90日以内なら、取り消しできるよ。」→イヤなら、イラクに丸腰でいってもらうさ、そこで90日間の軍事裁判を受けさせる。「君が軍に入れば、保険のない病気のお父さんも、軍の病院で医療が受けられるよ。」→社会保障費削減で、どんどん閉鎖。予約は、1年待ち!アメリカの4500万人は保険がない。「お母さんと相談してから・・」ここからは、母親をいかに敵に回さないか、のテクニックの見せ場。「お母さん、お子さんには才能があります。この国家をしょって立つ才能が。大学に行かせてあげましょう!」→「サインします!」イラクに子供を送った母親の意見・ イラク戦争で、アメリカ兵は死んでないんでしょ?・ イラク戦争は「いい戦争」なんでしょ?の二つしか、出てこない・・家に新聞はなく、情報はテレビか教会から得るだけ。アメリカのテレビは6社が所有する。最も多い視聴者を得ているのが、FOX TV。ルパート・マードック所有→共和党支持者。流す映像は、米兵がイラクの子供にキャンディを配ったり、イラク人が手を振る編集映像ばっかり。新聞は?タイムズはマードックが買収し、「イラク戦争支持の社説を掲載しろ」と指示。情報は、裏をとること。だれの所有か、それはどういう政治スタンスをとって、支持する政治グループはどういうプロジェクトをしているグループか、裏を取っておかないと、騙される。
2008年03月06日
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アメリカの大統領選挙は、メディア選挙→コマーシャル代(共・民あわせて)311億円。 情熱的なワンフレーズを、何度も何度も繰り返し流す→立派な人に見える。内容ない。イラク戦争にどうやって同意させたか。WTC崩壊映像を何度も何度も繰り返し流し、怒りを煽る。WTC、大統領、国旗国歌、をワンセットで流す。→市民は、パニック、ヒステリー状態に。不安を煽られて、スーパーに買いに走った物=銃スーパーで銃が買える社会。銃は、増やせば増やすほど、実感として、不安になる。恐怖が支配する社会で、安心するには、『「愛国心」を皆が叫ぶ』といい。戦争ができる←メディアが外敵を作り、不安を煽ればいい。そのころ、日本に多くの外国人がイラク戦争を止めてくれることを期待して訪れた。劣化ウランの危険を伝えようと、イラクから、命懸けで、日本にきたイラク人医師。「なぜ、日本なのか」→「イラクは被爆国。半減期45億年の。 医師と医薬品を送って欲しい。日本は今まで唯一の被爆国だったから、被爆医療も進んでいるだろう。」「(泣)」「軍を送らず、医師と医薬品を送って欲しい。」「それともう一つ、憲法9条がある国だから。」そのころ、アメリカでは。2002年 アメリカ教育改革=日本の教基法改悪後に行なわれた事と同じ。「アメリカの学力が落ちている。学力の低下は、国力の低下です。今後は、教師に任さず、国が直接管理します。どうやって?競争を導入します。具体的には?全国統一学力テストを導入します。悪いスコアを取った先生には、辞めていただきます。学校も、廃校します。肝は、「落ちこぼれ0法案」=「バックドアドラフト=裏口徴兵政策」生徒の個人情報を、軍に提出すること、だった。成績、住所、家計環境、生徒の携帯番号!→軍のよく訓練されたリクルーターが、ピンポイントで勧誘に来る。教育改革を口実にした、個人情報の一元化、政府への吸い上げ策だった。アメリカで見られたように、教育改革の次に、戦争が来る。→日本も憲法注意アメリカの三大急進政策(戦争準備)・ 社会保障費削減 →年に100億円ずつ削った→教育費払えない家庭が続出。・ 国民情報の一元化 →教育改革もその一環で、生徒の個人情報を軍に提供。・ 国家分野の民営化富裕な家庭の子どもが集まる学校は、情報提供を拒否したが、貧困世帯の多い学校は予算を削ると脅され、提出しない選択肢はない。つまり、効率よく、『将来のない』子供たちをリスト化。(親が、アル中、犯罪者、母子家庭、麻薬中毒、失業中・・)これらの子供達の携帯に、大人から電話がかかって来る!「君の夢はなに?」
2008年03月06日
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貧困層をつくる事を、政府は、政策としてやっている。「貧困層」をつくり、「貧困ビジネス」を展開。これを、国家がやると「戦争」である。民営化するってのは、サービスがよくなることでは、絶対無い。いずれ独占企業に市場が支配され、高額、低サービスになってゆく。民営化ってのは、要するに、非正規雇用、派遣化のこと。貧困ビジネスをするには、貧困層のリストが必要。そのために、国は、国民情報の一元化して、提出させる。たとえば、全国一律学力試験、背番号制、住基法。リストの提出を求める。リストは、軍に渡ってリクルーターのもとへ。ピンポイントで、「将来の無い」子どもをダーゲットにできる。国が国民情報を一元化すると、政府から個人情報が、「貧困リスト」が、民間に出回る。それをもとに、派遣会社が、民営化された戦争の、後方支援に、貧困層を勧誘する。社会保障の削減は、貧困層を作る。25条、生存権を奪われ貧困層に転落。9条があっても、追い詰められて生存権と引き換えに、貧困層が戦争に行く。戦争は、国家規模の「貧困ビジネス」。格差は、大きいほど、儲けが大きい。国境を越えて形成される「貧困層」から、非正規雇用で戦場に「商品化」された人間が運ばれる。派遣会社で死んでも、戦死者にカウントされない。戦死として、国家が責任を持たず、責任はうやむやにされる。健康を害して帰ってきても、医療保険はなく、高額な医療費にたちどころに収入は消え、さらに、下層に転落する。現代は、国家に政策の転換を求めるだけでは、敵の正体を掴んだことにならない。多国籍企業。彼らが作り上げる、国境を越えて利潤を追求するシステムに、われわれも、国境を越えて手を繋ぎ、立ち向かう以外、彼らの支配に勝つ方法はない。われわれの武器は、彼らには無い倫理。利潤ではなく、「人」を。便利さではなく、「いのちをだいじにする精神」を。その「ひと」も、苦しみを同じうする幾百万のひとを、われらは想像する。彼ら政府を利用する世界資本が、貧困をターゲットに商売しようとするなら、これらの精神を共有する、ほかに何ものこってない、世界の人々が、分断されず手を繋ごう。われらは、あきらめない。「おおさか医科・歯科九条の会」記念講演ノート 堤未果「格差が生み出す悲劇―知られざる米軍兵士の実態」知ってることも、前後の脈絡ができ、ジオラマのように、立ち上がって見えた。
2008年03月06日
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その前に。少女がこれ以上傷つく事無く、周りの人々が暖かく支えること、彼女がたとえいっとき鬱に沈んだり、どうしようもない、どこへも向けようのない怒りに狂いそうになっても、身近な人が見捨てたりせず、受け入れ、最後まであなたを見捨てない、と言葉と行動で示すことができることを望みます。彼女が落ち着いたら、「あなたは、どうしたいの?」ときいてあげてほしい。イージス艦の漁民殺しについても、激しい怒りにはならない。「怒り」は、期待するから、期待に反することをされたときに、起こるように思う。わたしは、自衛隊にもともとナンモ期待してない。始まったときから憲法違反の、目的もいかがわしい組織、と思ってるから、本性でたな、とおもう。昔から、軍隊は軍隊しか守らない、って鉄則やん。住民守った軍隊なんて、聞いたことない。そんなもんに、何にも期待してない。本性だしたな。今後もっと出すだろう。http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/sogekihei%20iizisukannhananikokunogunnkannka.htmそれでも、だんだん腹が立って来た。圧倒的な力を持った者が、一生懸命生きてる者を、蟻みたいに踏み潰して。そういうこととは別に、なぜ、わたしは怒れないのだろう?彼女が、自分の妹でも、怒りはないと、わたしは言うだろうか。怒りがない、などと軽軽しく言ってはいけないのはわかってる。でも、なんかちがう、例えば、自衛隊に殺された清徳丸の吉清さん父子。父子は、殺されてしまった。(こういう断定は、いけないかもしれない)死んだ人の無念は晴らさねばならない、生きてる者が。でも、彼女はまだ生きていて、いま、家に閉じこもったりしていて、外に出れないかもしれない。騒がないほうがいい、などというのではない、でも、「次に」起こる米兵事件の被害を止めよう、と皆で拳を振り上げることが、彼女の生きることにいいことなのかどうかがわたしわからない。そんなことは、報道されるべきことでもないし、そっとしておいて上げるのがベストなのだろうから、わたしたちは当然、弱腰の政府を弾劾するべきで、積年の沖縄の恨みをこのままにしておいてはいけない、のだけど、なにか口が重い。性暴力事件は、その後の女性の人生を悲劇にすると、ソン・シンドさんたち「日本軍性奴隷制被害者」の人生を通じて知っているから、(状況は全然ちがうけど)彼女のこれからが、かわいそうな事にならないことを一番に、それを一番に考えてあげて欲しい。彼女とはちがう、ちがうけどアグリンみたいにならんといて。さよこみたいなのもイヤ。マユも、だめだよ!じゃ、私の娘だったら、どうだろう?慈しみ、可愛がって育ててきた子どもだったら?その夢を、無惨に破壊されたら?それでも、おこらん?怒り倒すだろうな。この子のような経験は無いけど、むかし、私が親の悲しむようなことをいったとき、父親に、髪の毛掴まれて2階から引きずり落とされそうになったけど、ああいう感じだろう、か。それより、心底腹立つのは、この予算、この数字だ。http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Japanmilitarism/jbudget2008.htmこの、軍事予算の一億、社会保障に使ったら、どんだけのひとが助かるか。ヘリコプター一台買うお金で、どんだけのことができるか。何人の命を救えるか。
2008年03月06日
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大型公共事業や軍事利権の「当事者」が、その獲得に血道を上げるのは、それが広く浅くではなく、一社数社に、寡占独占の受益者を生むからだ。一方、福祉は、波及効果を入れれば、公共事業以上の経済効果があがる。雇用や地域の活性化などの幅広い経済効果を、実は公共事業以上に生み出す。しかしそれは、みんなが助かることであって、誰か特定の個人・企業の突出した利益にはならない。だから、無関心も決め込める。みんなが少しずつ潤うのであって、誰かが突出して儲かる事はない、となると、強力に推進しようとするあこぎなヤツも生まれない。それがもんだいだ。だから、とことん悪くなるまで「どうせ」とかいって、選挙しか小さな声を結集する場はないのに、選挙に行かない。でも、周りのみんなが少しずつ幸せになること、だれも不幸になることがないこと、みんなでゆたかになること、自分もちょっとだけよくなり、人の幸せがうれしい、だれも不幸にならないことがうれしいと、思っていきていけること、そんな生活が民主主義の目指す所なんだろうな。そういう、みんながちょっとずつ豊かになることを願って、そういう施策に、自分がたくさん儲けるのと同じくらい凄いパワーを傾けて活動できるかってとこに、その情熱が、自分だけ凄い儲けたろ、と考えるヤカラの煩悩パワーにまさることが出来るか、ってとこに、民主主義が成功するかどうかがかなってるのかな。素朴すぎる考えですいません。で、本題なんですが、「社会保障の経済効果は公共事業より大きい」
2008年03月06日
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軍需産業に税金使うくらいなら、まだ、道路作ってるほうがマシだわ。って、思ったりしたけど、そうか?岩国の道路みてると、そうもいえない、、、公共事業という名の、隠れ軍事費。http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/kitiwokitennniiyounakyodaidourogunn%20iwakunizenntaigaitidaigunnziyousai.htm道路整備といいながら、作ってる道路は米軍使用仕様。で、こういうシゴトは、地元の業者じゃなくて、ゼネコンが受けて儲ける。いつの間にか、平和産業と思ってた企業が軍需産業に手を出していて、大型公共事業で儲かる大企業は、軍需産業もやってたりする。基地とか、港湾造成とか、、ダイジョブか。経済波及効果の少ない大型公共事業ではデフレは克服できないのに。基地を受け入れた地域は、経済が荒廃して、基地があるから経済がやっていける、のではなく、基地があるから経済がダメになってゆく。貧乏にさせられ、ますます補助金に依存するようになる、という麻薬中毒のような事態からぬけだせない。http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/minzokutekibujokunisekinennoikari.htmhttp://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/nihonnnosyukuzusimesukitiiwakni.htm軍隊が、平和のために必要だ、なんて幻想妄言を、人々が、心のどっかででも信じる限り、戦争で儲からない一般人が、戦争で儲ける走利性(高校か中学で、ゾウリムシの走化性ってならったでしょ?)を全身でだす部族に騙され続ける。
2008年03月06日
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しかし温度差があるから、空気の移動があり風が生まれる。生命の種子がまかれ旅立ち、常に新しい地平が生成する。そのダイナミズムのなかに、私たちもまたいる。(“なごなぐ”さん)温度差があるから、風がうまれる。周りと温度差があるなら、わたしが、風のもとになればいいんだ。温度差があるからこそ、風が吹くはず。それをとめているものが、わたしのこころにある。伝わらないと嘆くのではなく、わたしの心の壁を吹き倒そう。今回の米兵による沖縄少女暴行事件に対して、なんだか、米軍憎しの怒りが湧かない。米兵を飼って置いたらこうなるのは、当然の帰結。そうおもうと。沖縄の人が怒るのはいい。でも、本土のにんげんには、別の怒り方が、義務があるのじゃないか。米軍基地のかねてよりの存在が根源だろ?それを60年も沖縄に押し付け、自分たちで解決しなかった責任があるじゃないか。怒りは、自分へ向かう。安保反対も、米軍再編=日本全土軍事要塞化・前線司令部化・自衛隊傭兵化への反対もなく、「日本の安全保障に米軍が必要だ」という蒙昧虚言を平気で言っておきながら、米兵=殺人を日本の基地で特訓中の脱人間化殺人集団、がその攻撃性を市中で発揮したからって、何の不思議がある。彼等にしたら、本領発揮、脱人間化も最終段階、そろそろ戦場へ移送されて、イラッキーに鉄の雨を降らせてやれ。股間を吹き飛ばす(戦場で兵士はどこをねらうか、頭部、足、胸、すべてはずれ。ここだそうです。これが一番打ち損じがなく、ゆっくりでも確実に殺傷できるから、だそうです。)準備が出来た、と上官に高く評価されてるんじゃないか。米軍って、軍隊ってそういうもんでしょ?人殺しの訓練受けてる者が、その精神構造から当然の犯罪をした。ここには、何の不思議もない。いうべきは一つ。米軍でてゆけ。凶悪犯と一緒には、暮らせない。フィリピンなみに、政府が米軍基地使用延長を更新せず、追い出せばいい。ここまで日本中を要塞化する計画を立てられて、黙って要求を飲み、移転経費も維持経費も、みんな占領被支配国持ち、なんて、ドイツでたってなかった。ここまで、蹂躙されて黙ってる政府って、なんか、アメリカに「自分達の都合に都合の悪い情報、握られてるんじゃないの。」ってでも考えないと説明できない。戦中の不正や、軍事資金として集めたまま使途不明のなった、たとえば児玉資金の利用とか、弱みにぎられてんじゃないの。米軍が日本にいるのは、極東アジア軍事プレゼンスのためであって、日本のためじゃない。軍事基地、米本国においとくのは本国を狙われて危険だから、ぶっ壊れてもかまわない占領国につくってる、というだけのことだ。しかも、戦争をするとしたら米以外、だれが戦争しかけてくるか。だから、戦争ごっこだ。国費税金でまかなう軍事産業と利権政治家は儲かってしゃあない。国がある限り、アホな国民に不安を煽って分け分らんうちにとんでもない値段で「防衛費」と称して屑物を買ってマージンで儲ける。つねづね思っているが、戦争は儲かる。平和は儲からない。だから、「お金ホシ」軍団の「カネクレ」パワーに平和は、おされてしまう。平和が儲かればいいのだ。むかし、中島航空機の社長がいったように、(「戦争はいいねえ、戦争は。儲かって儲かってしゃあない。」)平和になればもうかる、「へいわはいいねえ、儲かってしゃあない。」と人々が口々にいうようになればいいのに。
2008年03月06日
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王様は裸だ!どう見たって軍隊な自衛隊を、バカな大人は「戦力ではない」とかいってろ!コドモなわたしには、そんなばかなこと、聞いてられへん。あいつら、あたまくさってんのや。どう見たって軍隊な自衛隊を合憲といって50年も許してしまったこの国の人間は、どっかおかしいで。でもな、自分がヘンなん、きづけヘン。普段でも、へんや、おもても、口にでえへん。仕事場で、へんなことをみても、ヘンや、おもわへん。じじつと、書いてあることがちがとっても、へんや、おもわん。そのまま、平気でその上をあるいていきよる。ねんで、へんやと、おもわんかったん?へんや、おもたら、いわなあかんやん、「王様ははだかや!」いわへんかったら、わけのわからん大人になる。財政、周りの目、しかたないとか、国策やからとかで、艦載機来るのいやや、おもてるのに、福田某に票いれるのは、君が代も日の丸もイヤやけど、立ちとうないけど先生が立つ、それと同じや。国が先生の精神を屈服させ、精神の自由を奪い、精神が国に服従されられるのと、同じや。屈服も、服従も、民主主義やないのは、だれでもわかる。ひとりひとりの心が、さきに屈服させられたら、たとえ選挙権や結社の自由やいろいろの行動の自由を憲法が謳ってても、この国に民主主義はなくなる。一国の制度ぜんぶより、ひとりの精神の自由が大事なんや。精神の自由が国や権力によって犯されないのが、民主主義や。国家が、「民主主義」を国民に、「おしつけた」なんて、きいたことないしな、言語矛盾やな。本来人間がしたくないこと、それをすれば、したもんが人間でなくなること。そういう健全でないことを、国家いうのは押し付けてくる。国家=支配階級は、自分等が人間と見なさん階級の人間にさせようとする。それで、彼等自身がにんげんでなくなった気がすれば、なおさらいい。自分をだいじに出来なくなった人間は、ますます、彼等の言うことをきくだろう。にんげんがしたくないことの筆頭は、人を殺すことだ。毎日の生活のなかで、にんげんでなくしていって、自分じゃなくさせていって。服従させて、最後は、戦場に連れて行って、人殺しさせる。そのために、国家は、人に良心に反することをさせようと、普段から、精神を屈服させようとするんじゃないかなあ。その手段は、お金だったり、安心だったり、する。国家が何かを個人に押し付けようとするときは、戦争の匂いがする。
2008年03月06日
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講演が済んだら、デモでした。これも、参加。「しゅぷれひこーる!君が代日の丸を強制するなー!」って先導者について、叫んできました。でもさあ、何も、標準語で叫ばんでも。せっかく、大阪の先生、ぎょうさん参加してんのやから、「君が代、日の丸、きょうせいせんといてえ!」でも「卒業式に君が代は、いらんでえ!」でも、ええやん。(勝手にやってたけど。)沿道のひとが、こっち向いてくれてる時ぐらい、前向いて黙々と歩かんと、ニッコリ笑顔かえしたらええのに。みなさん、だいぶ疲れてはるんかな。「9条パレード」したりしてた私は、沿道の人の敵(ただの騒音)にならず、沿道のひとを味方につけたい、楽しげにやりたいなあと、思うことしきりで、高校生みつけたらピースしたり手を振ったり、飛んだり跳ねたりしてきました。だって、彼らのために、反対してんでしょう?
2008年03月06日
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2月11日のこと。君が代・日の丸法制化8年だったんですね、今年。「日の丸・君が代」ホットライン2008大阪集会っていう学習会に参加しました。不起立処分の嵐が東京で起こってから、日本の右傾化の人身御供に、先生方を差出しているようで、見ていて辛く、申し訳なく、なんとかしたい、右傾化の罪を先生達だけに押し付けるのではなく、いっしょに背負いたい、とおもってきました。(だって、あんまりひどすぎます!)国家による強制、究極は戦場における殺人の強制。国家による服従の強制。戦争の影。国家による精神の自由の侵害、屈辱のルサンチマン。なぜだろう、国家が強制を強いるとき、必ず戦争の臭いがしてくる。国家が、個人の自由を押し殺そうとする、精神の自由を奪おうとする。戦場における服従のデジャヴュ。国家が個人に服従を強いる、個人の精神を侵害する、屈辱とともに服従を強要する。対する不服従。自分の精神の自由を守る不服従。その瞬間、立ちたくないとき立たない、という極微の行為のなかに、国家と自分の生とがせめぎ合う。自分の生の主人は、わたしだ、と、言うためにだけあなたは、そこに座っていていい。あなたのために。わたしのみらいのために。
2008年03月06日
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