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ありがとう。何か、いいことあったん?向うから、和解したい、言うて来よった。告発だけはせんといてくれ、いうとる。告発されたら、下手したら新聞載るやろ、局長刑務所入らんならんかもしれんやろ、やめといてくれ、いうて。おまえの言う条件、全部のむ、いうて。おれの件は、東京行ってるらしいわ。おまえみたいなキチガイしらんわ、いわれたわ。昼休みの金も払う、パクッた残業代もみな払うから、言うとる。それは、*さんの分だけ?いや違う、今後、全部のはなしや。よかったねえ!すごいやん!!ほな、も一回雇てくれるようになったん?ハハ、そりゃムリや、立てついたおれは。「大きな組織、相手に、一歩も引かんと、正論で闘こうた、*さん、すごいわ。勝ったやん!」言うたら、「おのれを知り、彼を知れば、百戦危うからず、や。いま、これ読んでんねん。」いうて、郵政にくっ付いてるトンネル会社がごっそり中間マージンとってる構図、読んではったわ。「簡保、郵貯は毎年、何兆円、言う黒字や。」「何兆円?!」「そうや。そこから、このトンネル会社にカネが流れとるんや。こうやって、労働貴族が天下り先の会社で、月給六十万もろて、退職金5000万2回もろとるねん。これは、わしらの金や。先生の金も、ほんの耳クソほどやけど、はいっとる。そういうこと、言われて、新聞に載りとうないんやろ。自分らは、正義の味方のフリしとるのが、悪人や、言うの、バレてまうやん。おれは、こういうのを無くして、ゆうメイトに給料だしたってほしいねん。」
2008年07月03日
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ますこみマスコミが人々の声を拾って書くと思ってんのか?患者さんがみんな爆発寸前や、いうてる。もうちょっと、はよでけへんのか。「はよー」てな、あんたらみんな、三分診療や、いうて、医者の悪口、言いまくったやろが!一人に時間かけたら、待ち時間延びるの、あたりまえやろが!こんな簡単なこと、なんでわからんねん、言う通り、したってんねん!わたしは、どんなことがあってもこんなつまらんこと言わすような診療、せえへん、て決めてあるんや!小さい時から、三分診療、って新聞書き立てよった、あれどんだけ言いやがったか!やってる人は一所懸命なの知ってるから、なんでこんなこと言われなあかんのや!って!わたしは絶対!こんな揚げ足みたいなこと、言わせんぞ、たらいまわしも言わせへんぞって!!・・・マスコミが人々の声を拾って書くと思ってんのか?あれは、その時々の政府官僚の言うとおり書いてるだけや。あれは、どうやったら医療費削れるか、医者の給料安できるか、それだけ考えてる官僚の言うことをきいて、新聞ゴロが作ったことや。朝から晩まで、官僚の言うことずーっと聞いてたら、そいつの頭の中も官僚になってしまうの。そうよ、その時々の政府の政策に沿ったことを、標語にするのがうまいだけ。患者さんは、誰もそんなこと思ってへん。はよ、帰りたいねん。新聞は年がら年中ウソばっかり書いとる。今度は、5分間ルール、いいだしよった。3分の人もあれば、10分のひともある、それが当たり前のことや。「一流の薬を使え」とかいうて、後発品使うないうとったら、今度は、「ジェネリック」とかいうて、後発品しかつこたらアカン、いうよる。彼らの言うことは、カネのことだけや。彼らの言うこと聞いてたら、メチャクチャになってしまう。この前も奈良医大の婦人科の「たらいまわし」、さんざん新聞書きよった。普段医者は大人しいねんけどな、堪りかねて、医大のホームページに時間経過ごとあったこと全部載せたんや。新聞ウソばっかり書いとったん、全部ばれた。ほんなら、それから、一言も言わんようになった。しゃあけど、あんだけようさんウソ書いといて、謝罪はほんの隅っこに見えへんぐらいの、ちょこっとや。患者さんは、はよ帰りたいねん、はよ帰したり。―そうやねん、自分が医者になってから、患者さんから、誰もそんな言葉聞こえてけえへんねん。おかしいなあ。みんな早よ診て欲しそうな顔して待っとる。おかしいなあ、いうてることと腹の中と違うこと考えとるんやろか、きもちわるいなあ、おもててん。でもそんな裏表あるような顔誰もしてへん。ちがうんか。みんなの気持ちとちがうんか。生まれてからこの方、ン十年間、ずーっとこんなん言われてる、おもて、悔しく悲しかってん。頭の上の曇天が晴れたわ。はよする。
2008年07月03日
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本来、郵政は、どんな辺鄙なところにいてもチャンと郵便がとどく、赤字になるのは当たり前なんですね、国が行なうべき公共性のある事業だ。民営化して、採算の合うところだけ残したら、郵政は崩壊する。そうです。だから、僕らも民営化には反対した。全国一律で行なう郵政事業は、赤字になるに決まっている。やっていけない、その皺寄せが、人件費にくる。人にお金つかわんと、どうするんや、思いますけどね。人件費にお金つこたら、経済が廻る。過疎の村にかて郵便局があって、郵便が届くから人が住める。人が住めるから、それに付随するいろんな事が必要になって、人口が減らへん。人口が減らへんかったら、税収がおちへん、そんなら、自治体がやっていける。これからの日本は福祉や公共性のあることにもっとカネつかわんならん、とわたしは思てます。特定郵便局は2000がなくなっています。窓口取り扱いのみですから、当然赤字になります。それだけの雇用が、失われたということですね?そうですねえ・・失われたんでしょう。民営化は、簡保や郵貯のカネを引き出したかったからだと、聞きますが、、昔の郵貯は金利が良かった、いまは、満期の郵貯の再契約はほとんどありません。銀行に流れている、、、だと思います。簡保は?どんどん減っています。ジリ貧になると思います。そういうことだ、生命保険会社にカネが流れる。オリックス会長は、諮問委員長だった。わたしが最初に郵政に勤めた頃は、組合が元気で、競争なんかさせんかった。給料は安かったけど、会社に行くのが楽しかった。昼休みには、みんなで卓球したり。今はそんなことは一切ありません。昼休み1時間あるんですが、外から帰ってきて書類作らないといけない、それやってたらすぐ20分ぐらいなくなって、食事したら、みんな疲れて寝てます。でも○井さんは、定年後も郵政の仕事が好きで嘱託になられた、○井さんにも、ノルマあるんですか?僕らは、達成できなくても、べったでもかまわない。だけど、若い人らは違う。給料も将来も変ってくる。正規社員もゆうメイトも、仕事の内容は、おなじなんでしょう?はい。いっしょに声をあげられないんですか?アルバイトを大量に入れて、単純なな仕事はみんなアルバイトにさせて、正規社員は監督するとか、に変わってきています。うーん。熟練者として、若い人との信頼関係を取り戻すことは、出来ないんでしょうか。うーん、、仕事はすく覚えられることが多くて、、ええー!こんなに家たくさんあるのに、わたしなんか往診しても、家たどりつかへんですよお。チャンと届くこと自体、スゴイ!と思ってるのにイ。でも、その分、いろんな部署を経験するようになってたんでしょう?はい。僕らはもういいけど、これからの人は、大変だと思います。
2008年07月03日
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「いまは、民間企業から来る人が、『きついワ』という。」今年定年を迎え、嘱託として郵政事業に従事している○井さんはいう。 金曜に硝子体手術、月曜から仕事だから、今日退院する。郵便局の中にも、QCサークルってあるんですか?斑ってあるんでしょう?その斑同士、競争させたり?競争、ですか・・手割り、ってあるんですが、一分あたり何枚を標準として、年賀一万だったら、何人アルバイト入れる、とか全部数字で計算するんです。全部数字で査定する。遅い人も、病気の人もいるでしょう?昔やったら、遅い人を手伝ってみんなで仕事した、今は違う。手伝ってあげる、なんてことは絶対ない。その人のせいで、自分らまで迷惑する、言う感じなんです。遅い人は、その職場にいられない。辞めていくんです。正規の人も?そうです。10人採って、3、4人は辞める。でも、そんなに実際は効率に差がでないんです。で、遅刻した、とか誤配達したとかで、評価する。母の日、父の日、記念日ごとに小包だったら小包の一人あたりのノルマが決まってます。毎年右肩上がりの、絶対達成できないような数字目標なんですね。一人ずつ結果を張り出すんです。ゼロの人もいるでしょう?そしたら、呼び出されて、その日一日の行動、ずーっと書かされる。反省文かかされるんです、JRであったでしょう、あれと同じです。配達だけの仕事に回されたり、左遷。そうです。ケガしてバイク乗れなくなったら、終わりです。歩道をバイクで走るような無茶をしなければ達成できないノルマはおかしいと、みんなの声をあげてゆくことは出来ないんですか?むずかしいですね、、みんな自分のことでいっぱいで、余裕ないんです。いつごろからです?民営化される以前からです。第二臨調、行革、のころからですね?三つの組合が統合されて、本当に御用組合になっている。若い人が総会で反対意見を言っても、説得するだけ。組合役員から会社課長に出世するコースになっている。朝礼で日の丸に敬礼したりするって聞いたんですけど。いえ、行事の時だけは、日の丸が掲げてありますが、普段はしません。最初から、方針は組合幹部と会社側で話して決まってるんです。組合員を抑えようとする。何か言うと、「赤字で会社が潰れてもいいんか!」とくる。何もいえなくなってしまう。昔からの手法ですね。
2008年07月03日
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都ホテル。「え、10月の宴会ですか?企業の宴会の予約で一杯です。」奈良の月日亭。「近鉄の外商部に買い占められて、空いてないです。」大企業に、お金が集まり出した、っていうのは事実らしい。同窓会の幹事さんの話でした。
2008年07月03日
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本来、セイフティネットで救わなければならない人が、大量に出る社会がおかしいのに、セイフティネット、セイフティネット、と言うことに、違和感をおぼえる。ないとあかんことはわかってる。だけどこれは、雇用保険や、社会保健料、のことだ。雇ったものが払わなアカンもんや、本来。それを、税金で我々が払う。つまり、ほんとは払わなあかんキャノンやトヨタが払わんと、代わりに搾り取られている、それ以外の層が支払う、ということだ。派遣社員は業務的に、本工員と変らない。二分の1から、ひどいところでは三分の二が派遣や、非正規雇用者で、大企業の工場は廻っている。つまり、これらのひとびとはどう考えたって、その企業の従業員だ。現に、そこで、はたらいてんだから。そして、本来、その企業が支払うべき社会保険料や、雇用保険、失業保険、ボーナスetc、を、社会=大企業と超富裕層を除く私たちが、肩代わりして払っている。この数年の税制変更は、大企業と、超富裕層の税率だけがどんどん下がって、ヤツラは税金を払わなくなっている。御手洗は,それでもまだ、払うのイヤヤ!いうとる。現実的雇用者=トヨタ・キャノンに払わせろ!!!それが、筋ってもんだ。チャンと、税金をとれ!!!内部保留で肥え太ったブタどもから。公的セイフティネット、とかいって問題をはぐらかすな。大企業から税金を取って、それを財源に、社会保障を整備せよ。
2008年07月03日
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大企業において雇用調整の安全弁とされた不安定就労者(臨時工、社外工)、パート、派遣労働者は、企業に所属意識を持たず、大企業の権威的構造の最大の弱点であったにもかかわらず、組織化されずつい最近まできた。グローバル化した企業が、自らの労働者支配の基盤としてきた「終身雇用」「企業内福利厚生」を掘り崩すことに手を付けた。要求どおりブルーカラー派遣禁止の規制緩和を得た派遣法改悪後、現在は、大企業の半分は派遣社員、といわれるような事態にまでなだれ込む。既に競争原理のなかにあった郵政に「正規雇用」され「労働組合に所属」して80~90年代を「企業マン」として「ノルマ達成の競争」に生きたと思われる彼の言葉が、その当時実現するには、企業内「少数派」に転落することを覚悟してなされなければならなかったはず。できたか。そして、今も?それとも、正規社員も、企業の言うことを聞いていても幸せにはなれないと、思い始めたのか。戦争中、軍の命令に抵抗しなかった大方の兵士たちの死、間近の言葉と重なります。幻想―自分を資本と同一視し、資本の自由の恩恵に預かれるかもしれないという―を見ているかもしれない、と大方の労働者が気付いた、ということなのか。競争秩序を内部から打ち破る動きは、でてきたのか。たとえば、正規社員が組織する労組は、非協調型にかわりつつあるのか。企業別労組から、業界横断的な階級的労組、または改良主義的労組に変りつつあるのか。それを支持基盤とするヨーロッパの社会民主主義的政党が出来る可能性?いまの連合ではムリでしょ?すでに、企業からはじき出され、企業の目的を、自己の目的としえない、派遣労働者こそ、日本の労資関係、ひいては社会支配構造を変えさせる力でしょう。数的には、こちらが圧倒的優勢に立ちつつあるはず。連帯さえあれば。上記の高度経済成長期からオイルショック後の概観は、渡辺治「企業支配と国家」に拠ります。この論文集が出版されてから後の20年間の、今にいたる日本の変化が「変貌する<企業社会>日本」に書かれているはず。アメリカが弱体化してゆくように、多額の内部保留を溜め込んで、我が世の春を謳歌している多国籍企業が弱体化するためには、どうすればいいのか。
2008年07月03日
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「出来ないと言うべきだった」、と彼がいうとき、それは、「左遷、降格、転属を覚悟してでも。」という意味のはずです。薔薇豪城さん。労組を介して意見するだけでも、また、労組としての役目を果たそうと役員が組合員の声を経営側(局長?)に伝えても、マークされ、降格されたり、突如、勤務地を変えられる、上の彼は、そういっていました。高度経済成長に始まった大企業での労働者支配が確立するオイルショック。それ以後、「企業に物申す」労働者は階級的少数派となった。60年代から、民間大経営は、巧みに本工労働者を取り込み、競争秩序を成立させる。戦後の支配の原基としての大企業がうまれた。ブルーカラー、ホワイトカラーの身分区別を撤廃し、彼らを昇進をめざす激しい競争に駆り立てた。その結果、階級横断的労組が育たないようにした。QCサークルが若年労働者を掌握する労働政策として導入された。小集団間の競争をあおって労働意欲を組織した。熟練工には作業長として、生産管理の権限、労働者の査定、賞罰などの全権を付与し、職場における企業の権威の代行者とした。全ての本工労働者が生産性向上の競争に動員され、企業が、労働の現場から、労働者を掌握することに成功、労組は変質する。戦闘的労組が破壊されて、経営の一端を担う協調型労組が企業労組の主流となる。『企業内において、資本=労働の対抗は覆い隠され、労働者間の競争―企業間の対抗がとってかわった。この過程はまた、労働者が自己の人生を労働組合の闘いを通じてではなく、企業を通じて行なうという選択をした過程でもあった。』オイルショック後の不況は、「福祉政策」の貧困によっても労働者の企業依存をいっそう強める結果となり、企業の外の全人生、家族をも、企業が権威的に支配するようになる。この権威的支配構造の中で、「単身赴任」「過労死」「長時間労働」「サービス残業」など、世界に冠たる、矛盾に満ちた、「日本的経営」が進められる。この間に、二重構造、といわれた中小企業にまで、下請け化を通じて大企業の労資関係が持ち込まれ、零細企業までが権威的構造の一角に組み入れられた。国鉄、郵政、教職員、地方自治体職員などの公共部門は、労働運動の最後の砦となったが、70年代末の行革運動で、国家装置を媒介に、公共部門に能力主義競争原理を持ち込まれ、これら公共部門の労働者をも競争にかりたてることに成功する。国鉄の民営化が、その代表的手法である。
2008年07月03日
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