全24件 (24件中 1-24件目)
1

NJP通信「危機の時代の平和学」 より引用 その2 この平和憲法は、占領下で生じた朝鮮戦争の最中にマッカーサー指令によって創設された警察予備隊(保安隊から自衛隊へ)と、対日講和条約と引き替えに結ばされた日米安保条約によって、その平和主義の中核部分と法治主義の根幹が脅かされることになった。 本来、武装抵抗の権利という意味での自衛権を自ら放棄した平和憲法と明白な軍事力・戦力を備えた武装組織である自衛隊、あるいは世界最強の軍隊である米軍の駐留と日米共同軍事行動を可能とする安保条約は両立不可能なはずである。しかし、歴代の日本政府は、再軍備と軍事同盟締結が実は米国から押しつけられたものであるという事実を隠蔽する一方で、自衛隊と安保条約の存在を既成事実として国民に受容させることに力を入れてきた。その結果、国の最高法規である憲法よりも安保条約や自衛隊法などを優先させる「法の下克上」(前田哲男氏の言葉)という異常な状態が生み出され、戦後長らく今日まで続いたことで、民主主義の基本原理である法治主義・遵法精神が根底から蝕まれてきたのである。 このような観点に立てば、これまでの既成事実の先行と解釈改憲による追認という悪循環から脱却する道を明文改憲に求めようとする現在の日本の動きがいかに本末転倒したものであるかは明白であろう。また、なぜ今でも独立した主権国家とは呼べないような「米国の属国」という地位に留まり続けているのか、あるいはなぜ国の最高法規である平和憲法が主権者である国民の意志よりも「米国への配慮」 を優先することで蹂躙され続けているのかが分かるであろう。3.「自発的従属」から真の独立国家・法治国家へ ─普天間基地問題を解く鍵とは 戦後日本の歩みは、憲法体制と安保体制の矛盾とともにあり続けた。その矛盾は、日本における主権国家としての内実の喪失と法治主義の腐食であった。平和憲法が日本という国家の最高法規であったのは、その制定から安保条約発効(1952年)、あるいは自衛隊発足(1954年)までのきわめて短い期間のみであった。 なぜならば、砂川基地・日米安保条約を違憲とした東京地裁の伊達判決(1959年)、長沼ナイキ訴訟での札幌地裁による自衛隊憲判決(1973年)の両判決に見られるように、戦争放棄・交戦権否定を明確に謳った平和憲法に日米安保条約も自衛隊も違反していることは誰の目にも明らかである。 戦後日本はその矛盾を沖縄への過重な基地負担という犠牲と平和憲法の表面的護持の上に隠ぺいする一方で、日米安保体制の下での属国状態(事実上の「軍事植民地」)に甘んじてきた。 そのことは、砂川判決を覆す最高裁判決の影に米国の露骨な司法介入があったという事実が、米国の機密資料で判明したという記事『毎日新聞』 2008年4月30日付、東京朝刊)や、沖縄国際大学への米軍2004年8月13日に起きた米軍ヘリ(普天間基地所属)墜落事故の際の米軍による日米地位協定にも違反した日本への明らかな主権侵害行為を見れば明らかであろう。今日の普天間基地問題で問われるべきは、こうした日本の米国への「自発的従属」 状態からの脱却、すなわち主権国家としての内実の喪失と法治主義の腐食という「二重の欺瞞」から抜け出して、真の独立国家・法治国家として再出発することである。普天間基地問題を解く最大の鍵はまさにここにある。この点で、鳩山首相が持ち出している「腹案」が米海兵隊のグアム・テニアンなどへの完全撤退を前提とした普天間基地問題の根本的解決を目指したものである可能性は少なからずあると考える。そうした可能性を現実性に転換していくためにも、あくまでも普天間基地の国内移設はすでに不可能・不必要であることを主張し続けていくことが、目下の私たち市民の唯一の選択肢であることをあらためて確認しておきたい。 2010年5月3日(第63回目の憲法記念日に)
2010年06月23日
コメント(0)

http://www.news-pj.net/npj/kimura/023.html「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」より、抜粋木村 朗(きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻) 第二三回 日米安保体制の再考 1.戦後日本の歩みと失われた「もう一つの選択」 日本が米国の占領から 「独立」を回復して国際社会に復帰したのは、今から58年前の1952年4月28日のことである。そのときに日本は、その前年の9月8日に対日講和条約と同時に結んだ日米安保条約によって、米国の軍事力に基本的に自国の安全保障をゆだねて、その代わりに戦後復興と経済発展に専念する道を選択した。 しかし、これとは異なる別の見方がもう一方にある。それは、対日講和条約で失われた「もう一つの選択」 を重視し、サンフランシスコ体制の影の部分にも目を向ける見方である。当時の日本は、冷戦開始を背景にした米国による占領政策の転換を受けて、戦犯追放の解除や財閥解体の中止など「逆コ-ス」へと旋回・軌道修正されつつあった。講和条約締結の問題が浮上した背景には、日本の再軍備(すでに、朝鮮戦争勃発直後の米軍指令により50年7月には警察予備隊が創設されていた)を促進するとともに、日本の早期独立と引き替えに、新たな同盟条約を締結して米軍駐留と基地の自由使用の権利を認めさせようとする米国の強い意思があった。 これに対して当時の吉田政権は、全面講和を求める多くの国民の声を無視して、米国を盟主とする西側の一員となるという選択を、片面講和と日米安保条約の同時調印という形で受け入れたのであった。このときの選択によって、日本は、日本国憲法の平和主義の精神に基づく「軍隊のない国家」 「軍事同盟を結ばない国家」として、戦後国際社会において自主的な平和外交を積極的に展開して世界の非武装化の先駆的な役割をはたすという「もう一つの選択」 を失ったのである。今日における日本の根本問題である「対米従属」 「アメリカ化」 の原点がここにあると言えよう。 2.平和憲法と日米安保体制の矛盾 -対米従属、沖縄の犠牲とアジアの忘却 吉田路線の負の遺産は、1.対米従属という自主性の喪失、2.アジアの忘却と沖縄への差別、3.法治主義の腐食という三つの点に集約される。まず第一番目の負の遺産は、片面講和と日米安保条約の同時調印によって、日本が米国の世界戦略のなかに深く組み込まれることになったことである。それは、冷戦状況下で米国を盟主とする(西側)自由主義陣営の一員となり、ソ連を盟主とする(東側)社会主義陣営に対決していくことを意味した。 すなわち、「東洋のスイス」 から 「東アジアにおける反共の砦」としての日本への転換であり、「独立(主権回復)」と引き替えの 「対米従属」、すなわち 「自立性の喪失」であった。それを象徴するのが、占領軍からそのまま駐留軍となった特権的な米軍の存在であり、また朝鮮戦争の最中に米国の強い圧力によって生まれた経緯を持ち、「憲法違反の存在」でありながら米軍の一貫した監視下で戦力増強を義務づけられた自衛隊である。 それは、日本外交の不在、あるいは戦略的思考の停止と経済面での過大な対米依存、米軍の補完勢力としてアジア有数の軍事力・戦力を持つにいたった自衛隊といった形で現在でも続いている。 二番目の負の遺産であるアジア(沖縄を含む)の忘却と犠牲は、戦争責任および戦後責任の放棄という問題と密接な関係がある。日本は、冷戦開始を契機とする米国の政策転換によって、戦前の最高指導者であった昭和天皇をはじめ岸信介元首相など一部のA級戦犯容疑者が免責されたばかりでなく、講和会議に臨んだ米国の強い意思で当然行うべきであった賠償責任さえも負わずにすむという「幸運」 に恵まれた。こうした 「幸運」には、東京裁判で、米軍が行った原爆投下や東京大空襲などとともに、日本軍が行った細菌戦・人体実験や強制連行・従軍慰安婦(=戦時性奴隷)などの重大な戦争犯罪が断罪されなかったことや、朝鮮戦争やヴェトナム戦争で日本が「享受」 した戦争特需のにわか景気等も加えられよう。 しかし、この結果、戦後の日本は、過去の清算、すなわち侵略戦争や植民地支配への真摯な反省・謝罪と日本人の手による戦犯の追及・処罰、被害国・被害者に対する国家および個人レベルでの適切な賠償・補償という最も大切なけじめをつけることなく、今日にいたるまで重大な禍根を残すことになった。 「戦後六〇年」の節目を過ぎた今日でもアジアの多くの民衆から不信と警戒の目でみられ、国内ではそれに反発する形で戦前回帰の動きが急速に強まっている根本原因も、東京裁判での昭和天皇の免責と新憲法における象徴天皇制の導入、日本および日本人自身による戦犯処罰や戦後処理・過去清算の欠如、という形で「戦前との連続」 を色濃くのこすことになった戦後日本の出発点のあり方にあることは明白であろう(「貫戦史」を唱える中村政則 『戦後史』 岩波新書、 2005年を参照)。 また沖縄は、講和条約によって日本が独立した後も米軍の過酷な占領下におかれ続けたばかりでなく、 72年の本土復帰後も「米国と日本(本土)による二重の占領・植民地支配」が形を変えて継続することになった。・・在日米軍基地の過度の集中という過酷な現実に苦しむ沖縄(琉球)の人々の声に真摯に耳を傾けようとしない日本政府(および米国政府)と、日本本土の人々の冷淡さ・差別の原点がここにある。 「沖縄にとって戦争は本当に終わったとはいえない」(目取真俊 『沖縄 「戦後」 ゼロ年』日本放送出版協会、2005年)という厳しい現実のなかにいまも置かれ続けている沖縄、そして「日帝支配がなければ、朝鮮は独立国として分断される何らの理由はありませんでした。そればかりか、日本は敗戦後も冷戦の一方に加担し、一貫して朝鮮の統一を妨害し、朝鮮の分断から利益を得てきました。」(徐勝 『第一歩をふみだすときー日本とアジアの戦後五〇年を問う』日本評論社、1995年)という冷厳な歴史的事実を今こそ直視しなければならない。 最後に三番目の負の遺産として挙げなければならないのは、法治主義の腐食・揺らぎである。敗戦後の日本は、米軍による事実上の単独占領下に置かれ、非軍事化と民主化を掲げるGHQニューディール派の官僚主導で戦後復興の道を歩んだ。その過程で導入されたのが、1946年11月3日に公布され翌年5月3日に施行された日本国憲法であった。この戦争放棄と交戦権否定の9条を含む日本国憲法が制定された背景には、昭和天皇の免責と沖縄の分離支配を国益とみなす占領軍・米国側と日本側(昭和天皇を中心とする支配層)の「暗黙の一致」 があった。
2010年06月23日
コメント(0)
しらなかった、ナヴァホ・インディアンの迫害が、いま現在も続いていたなんて。 私の闇の奥 さん から引用。 ニューメキシコ州の広大なナヴァホ・インディアン保留地やその近辺の地層にウランがあることは以前から知られていましたが、アメリカが原爆製造に乗り出した1940年代以降、特に、1950年に有望なウラン鉱脈が発見されてからは、幾つもの会社が乗り込んできてウランの採掘、選鉱が盛んに行なわれ、それに多数のナヴァホの人々が雇用されましたが、それらの労働者たちは高い比率で肺がんを発症し、放射線被曝の病状を示すナヴァホ・インディアンの数は数千人に及ぶようになりました。1979年3月28日、米国ペンシルベニア州のスリーマイル・アイランド原子力発電所の原子炉の炉心が溶融する事故が起りました。米国史上最大の原発事故として広く知られています。同年7月16日、ニューメキシコ州のチャーチ・ロックのウラン鉱石処理場から出る選鉱かすと廃水を貯めてあった貯水池のダムが決壊して、千トン以上の選鉱かすと9千3百万ガロンの汚染廃水が近くのプエルコ川に流れ込みました。この事故で放出された有害放射線の総量はスリーマイル・アイランド原発事故のそれに匹敵する大きさであったのに、それによる土壌や水の汚染が十分に意識されなかったため、その地域のナヴァホ・インディアンたちとその家畜たちは大きな被害を受けたのですが、このチャーチ・ロック事故は、スリーマイル・アイランド事故にくらべて、ナヴァホ・インディアン以外の人々の記憶には殆ど残っていません。ニューメキシコやアリゾナのナヴァホ・インディアン保留地での長期間にわたる放射線による被害のため、ナヴァホ族は2005年にウラン採鉱禁止を宣言し、被害者に対する補償を要求しています。 現時点では、ナヴァホ・インディアン保留地からウラン鉱山会社は撤退した状況ですが、ここに来て、オバマ政権は米国のエネルギー政策を見直す意図を明らかにし、その重要な一環として、またまた原子力発電に力を入れようとしています。その動きに応じて、ナヴァホの保留地内で、再びウランの採掘を行なう計画をエネルギー関連の会社が進めているようです。
2010年06月20日
コメント(0)
辺野古浜通信 から引用東京新聞記事六〇年安保闘争から半世紀 ~沖縄・安保問われながらも「静かな6月」 戦後最大の反政府運動だった六〇年安保闘争。半世紀前の六月、国会周辺は連日、日米安保条約改正阻止を訴える数十万人の人波に埋め尽くされた。沖縄・普天間問題や密約問題が焦点となった今年、「安保」は久々に注目された。しかし、本土では沖縄県民に寄り添うような街頭行動は限られた。半世紀を隔てての大衆運動の浮き沈み。かつての闘争経験者たちは現状をどう見ているのか。 (田原牧) 「ウチはまるで合宿所だった。地方からの学生が誰かしら泊まって、会議だ、夜食だ、とおにぎりばかり握っていた」 東京都三鷹市の自宅で島博子さん(74)は当時をそう振り返った。現在は独り暮らし。一九五八年に結婚し、六〇年当時は夫、母親と杉並区の3Kの長屋に住んでいた。 夫は安保闘争の主役、全学連主流派を率いた政治組織、共産主義者同盟(ブント)書記長の故島成郎(しげお)氏。博子さんは短大を卒業後、自ら設立に加わった大学生協に勤務しつつ、政治活動、主婦業と"三足のわらじ"をはいて走り回っていた。なぜ、あれほどの大闘争になったのか。その問いに博子さんは「テレビで難民の映像を見ると、いまでも人ごとには思えない」と答えた。彼女自身が小学校三年生で敗戦を迎え、ソウルから引き揚げてきたからだ。 「六〇年は敗戦から十五年。戦争はまだ過去形ではなかった。人々は政治が一歩誤れば、またエライことになるという危機感を抱いていた」 大衆運動に社会を動かす力もあった。五六年、米軍立川基地(東京)の拡張反対を訴える砂川闘争で政府が測量を断念。五七年には核実験禁止運動が高揚し、五八年の警察官職務執行法改正も学生たちが阻止した。 「当時のお札は一番大きいのが千円札。砂川のころ、新宿駅西口で募金をすると、箱に千円札が山のように入った」間近に見ていた全学連の闘士らの素顔は「いま風にいえば草食系」だったという。「大半が男性だったけど、とにかくまじめ。ただ、後にデザイン工房を立ち上げ、営業で一般の男性社会にもまれてみて、彼らの生活感を欠いた甘っちょろい側面にも気づかされた」 今日の学生運動の低迷につながる七〇年代の爆弾闘争や内ゲバを残念がる。「人の心ほど強い武器はない。それには非暴力の直接行動が一番だ。半世紀前も、最初は『学生さんがムダなことを』と冷笑された。でも、学生の愚直さが次第に人々の心を動かした」 夫の成郎さんは安保闘争後、東大医学部に復学。精神科医として、沖縄で先進的な地域医療づくりに尽くした。七〇年代には米軍普天間飛行場のある宜野湾市で暮らした。それだけに基地被害の苦しみに同情する。今月、出版された改訂版「ブント私史」(批評社)に博子さんはこう記した。「若者が国家に向かって徒党を組んで抗議する、そんな沸き立つエネルギーをも、内包する社会にこそ、国家の未来があると思うのだが...」 「国会の南通用門に入ったが、警棒で頭を割られた。虎の門病院に運ばれたが、すぐ現場に戻って...」。これが評論家、長崎浩さん(73)=埼玉県朝霞市=の「6・15」の記憶だ。当時、東大大学院生で、当日のデモを指揮する一人だった。 今年、普天間問題で沖縄現地では九万人(主催者発表)もの人々が参加する集会が開かれた。一方、本土では依然"よそごと"扱い。長崎さんは温度差の根を六〇年安保闘争自体にみる。 「安保闘争は海外からは反米ナショナリズムの運動と理解されていた。だが、実態は違う。特に国会で批准が強行採決されて以降、安保の意味など二の次で、民主主義を踏みにじった岸内閣の倒閣運動になった。私たちもそれで組織(ブント)が大きくなれば、それでよいと考えていた」 しかも、この闘いは勝った。「新安保条約は批准されたが、岸内閣は倒れた。つまり勝った。この勝利で、人々は米軍の占領や貧乏といった敗戦後の気分に区切りをつけた」。実際、安保闘争から三カ月後、長崎さんは実家に帰り、テレビを見つけて驚いた。高度成長は始まりつつあった。 だが、それは米軍占領下の沖縄を"忘れる"ことでもあった。「本土の日本人が沖縄を"忘れていく"のとは逆に、冷戦体制の強化を図る米国は安保闘争を目の当たりにして不安になり、隔絶された沖縄に一段と基地を集中させていった」六〇年安保闘争の「勝利」を機に、占領下の沖縄を捨て、近代化をひた走った「本土の大衆」。長崎さんは「現在の温度差の原因は五十年前に生まれた」と考える。 「その後の繁栄も民主主義も結局、沖縄の犠牲については見て見ぬふりという"自己欺瞞(ぎまん)"にまみれたものだった」そうしたごまかしの蓄積が自縄自縛を生み、現在の閉塞(へいそく)感を醸し出しているのではないか-。安保闘争の後、繁栄に流れていく人々の群れに敗北感を感じ、考え続けてきた長崎さんの分析だ。<60年安保闘争> 日米安全保障条約改正の阻止を掲げた大衆行動。社会党や総評などが結成した「安保改定阻止国民会議」を中心に全国で数百万人が参加した。政府(岸内閣)は5月20日未明、衆院で条約批准を強行採決。6月15日の国会デモで東大生、樺美智子さんが死亡した。この日から19日の条約自然承認の間は連日、数十万人の人々が国会に押し寄せた。運動の高揚で岸内閣は6月23日、総辞職した。<デスクメモ> 物心ついたときからテレビと冷蔵庫と安保はあった。あって当たり前の安保。この違和感に気付かせてくれたのは、ともあれ鳩山内閣だった。沖縄はパンドラの箱。鳩山前首相は思い切って開けても良かった。化け物が飛び出して、みんなハッとわれに返ったろう。五十年の太平の夢から覚めただろう。 (充)
2010年06月20日
コメント(0)

うみ・そら、「大阪の海と空を戦争に使わせない会」の、『戦争の加害と被害の史実から学ぶ』学習会に、参加してきました。メインが、大阪大空襲直後の、焼け爛れた大阪のフィルム上映だったらしいのに、上映後に会場着。同ビデオは、大阪・森之宮 「ピース大阪」 (一度行ったことある)で、閲覧できる、ということなので、そこで観ることにして。元議長!有元幹明さん。この人が、懐の深いひとで、メッチャ隣にいておもしろい!戦後の歴史の色んなところに実際に関わってきた方で、表情に、その時々のエピソードを語る時の、笑っているお目目のとき、一転真摯な表情に転換するとき、があって、見入ってしまう。 以下、田中機械のおいしい地ビールを飲みながら。三池闘争に参加する汽車に乗った、まさに、汽車がゴト!と動き出したとき、トランジスタラジオから聞こえてきた、「いま、三池で人が殺された!」の声!え、俺らその現場へ、人の生死が掛かる現場ヘ行くんや。と衝撃を受けた。24歳のときであった。 公務員であった有元さんは、そのなかで、労・資の対決、そのどちらに自分はつくのか、あいまいは許されない、と直感した。自分がどちらに立つのか、を参加するものに迫る場であった。三池は、労と資の主張が厳しく対立するものであること、それがいやがうえにもあからさまになる場であった。これが、自分の労働運動の原点である。といわれた。 その頃は、透明なビニールというものが、初めて発明された頃で、団結小屋の屋台組みには、そのビニールが屋根として掛けてあった、昼は光がよく入るように。夜は雨の音が、バラバラ!と激しく聞こえた。 夜警に行く。すると、週刊誌が山積みしてある。「みなさん、各自、週刊誌を腹に4.5冊づつ巻いてください!」巻く。「向こう脛にも、まいてくださーい!」「ヘルメットを被ってください!」炭鉱労働者の、ライトが付いたヘルメット。「それができたら、隣の人のベルトをしっかり握って。けっして離してはいけませんよ!!」隊列を組んで鉄条網のはってある境界域まで掛け声を掛け合って進む。鉄条網の向こうには、機動隊。棍棒で腹を付いてくる。一瞬ひるむ、ベルトを握った手が「う!」、とゆるむ、前屈し、機動隊に首根っこを見せたら最後、隣の人が引き抜かれる!先ほどの注意は、そうならないように、ということだったのだ! あんたら、警察は中立やないんかい!?それがなんで、棍棒で殴って来るねん!?それまで、有元さんは、警察は中立、労働者と資本がぶつかり合ったなら、あいだに入って、まあまあと分けるのだと思っていた。違うかった!国家権力は、労働者が資本に権利を主張するとき、資本の側に付くのだと、痛いほど身をもって分かった。 三池闘争の切り崩しが始まった。政府側の目の付け所は、なんと、炭鉱労働者側のリーダーが、在日韓国人だった、ということだった!「おまえら、朝鮮人に率いられて、平気か!」そんなことで、切り崩されたった、ほんとですか?!そうなんだ。そこから始まった。「血のメーデー」事件というのがある、この闘争の先頭にたったのが、在日韓国人の人たちだった。共産党は戦術指導をした。在日の人たちは、8.15で解放され、これは、日本の革命だ、と思っていたから、先頭に立って闘った。その中核にいた人が、自己批判している。「日本の革命は、日本人がするべきだったのだ。」日本人は、彼らを裏切った。共闘しなかった。そのことを、真摯に反省しているのか。 なぜ、日本に、こんなにたくさんの朝鮮人が住んでいるのか。日本の強制労働で連行した結果だ。在日の人たちは、日本の敗戦で解放された。が、朝鮮戦争、中国も内乱状態、非常に苦労をされ、帰るに帰れなかった。アジアの人たちは、一様に苦労した。そのことを見ずに、韓国朝鮮のことは、考えられないはずだ。お家は、森之宮の陸軍砲兵工廠の壁の外にあった。大阪空襲で、激しく爆弾を落とされたところだ。「お家は、丸焼けに?」いえ、その前に、強制疎開です。緩衝地帯を作るために、家屋は引き倒された。 戦後、焼け跡に行った。家の傍にあった電柱が残った、自分と兄が刻んだ文字が読めた。コンクリートに釘で刻んだものだった。「ウチテシヤマン」戦争中、小学校時代、在日朝鮮人の子どもは、日本名を名乗っている。でも、分かる。「今日は気分がむしゃくしゃするな。」となりの子を、殴った。隣の子は、一言も返さず、体を小さく固めて手を握りしめていた。その子は、在日の子だったから。自分は日本人で、在日の子より優位だったから。それが、戦中の日本人だったのだ。 2年の疎開の後、帰ってきてその子と、また隣同士になった。むしゃくしゃするな、また、殴った。そしたら、ボコボコ、ボコボコ!「俺は、我慢しとったんや!日本人に殴られたなんて、お父ちゃんに言えるか!」殴った方は、忘れてた。有元さんは、学校を一日も休まなかったので、次の日も登校しなけりゃ・・と家にいた、で、その子が、「まさあきちゃん、ガッコウいこう!」と迎えに来た、というのだ。彼と彼は、それ以後、仲良しになった。ピース大阪の事務局長になって、大阪大空襲を記録する事業を立ち上げた。そがさんら、被害者の方たち1000名に、「あなた方の目に焼きついている空襲を絵にしてください」ピース大阪A展示室には、それら1000枚の、一人づつが異なる爆撃被害が収められている。被害者の方たちの取り組みの大きなものに、『援護法』制定がある。国が戦争を始めたら、こんなにコストが高くつくねんで、ということを、権力側に、よう、教えとかなあかん。原爆被害が援護法で補償されて、なんで、都市空襲の被害者が放置されるのか、おかしいではないか。 この、「おかしいではないか」という、素直に見る目が大事だ、と力を入れて言われた。例えば、起源2千6百数十年、ですか、何とか天皇の御世に、って、その頃、日本に文字あったんか。ドないして、残してん。こんな当たり前のことを、「おかしいやないか」、という素直な目が、大事やないか。講演本題では、大阪の港湾労働者として強制連行された受難の中国人を追悼する石碑に刻まれた言葉、有元さんの筆によるものです。「彰往察来」これは、往時を彰かにして、未来を察するという中国のことばです。中国にも77年から10数回行かれ、いたるところで、「我々は君達のしたことを忘れない。キミたちは、自分達のしたことを、忘れていないか?それでは、国の行く末を誤るぞ」と言われるそうです。そういうことは、現地に立って、胸に迫る。現場に立つ、歴史検証が、是非とも必要である、と言われました。
2010年06月20日
コメント(0)
無法起訴! 警察は、なんも悪いことをしていないNさんを起訴した! 彼は、労働組合で、労働相談をする心優しいひとだ。 一緒に、辺野古に新基地を作らせない街頭署名をしてきた人。 辺野古に基地はいりません! 沖縄に、負担を押し付けるのを止めましょう! 行動を起こすかどうかは別にして、多くの人が思っていることだと思う。 それを、言っただけで、逮捕、起訴される、こんなことを許したら、次は、あなたの番です。 警察、公安は、戦前から、ぜんぜん体質変わってへん! わたしは、アタマの中が、70年前にタイムスリップしたかと思たわ。 警察に、横暴を、許さない! 他人事ではない、個人の政治、信条の自由を侵す権力を許さない、そう、いま言っておかなければ、彼ら公安、警察は、何時でも、戦前と同じ道をすすむ。 これは、力関係です。 沼田さんを捕まえることで、運動が大きくなるなら、彼らは、拘束をやめるでしょう。逆効果ですから。 警察、公安は、こういうふうにして、平和をつぶしに来る。よく分かった、彼らには、人権を守る気がない、ということ。
2010年06月17日
コメント(0)

日米安保50年をどう考えるか。百万人署名 兵庫連絡会 6月号 から抜粋・転載 折りしも、沖縄・普天間基地「移設」をめぐる動きは、実は日本が、わたしが、あなたが、「封印」してきた安保・日米同盟を白日の下に引き出した。この点で、鳩山首相「迷走」は、意味があったと言えます。 以下、纐纈厚さん、講演より。 ・・その脆弱性の色濃い資本主義が、それでも、もってしまった、もたせてしまった、変革主体の形成に失敗してきた50年ともいえる。それをどう総括するか。 ・・世界資本主義、帝国主義とどうリンクし、相互関係があったのかなど、日米安保が世界の資本主義を支える物的背景を、どのように深刻に受け止めてきたのか。かなりの不十分性を認めざるをえない。日米安保に支えられ日本はアジアに対し、猛烈な勢いで経済的に侵略し、世界第二の経済大国に突き進んだ。軍事的にも、世界第一級の軍事力を整備し、そのプロセスで在日米軍も強化された。三沢、横田、横須賀、岩国、そして沖縄における米軍の展開である。 冷戦構造の崩壊以降、橋本政権の際、日米安保の再定義が言われた。アジアに冷戦構造後の新たなイデオロギーを持ち込み、安保をアジア。世界に拡大する日米路線にフレッシュアップしていった。沖縄はもとより、岩国などでもかなり広範な反基地運動が展開される一方で、日米安保が50年の時を経て、再強化されようとしている。これは一体なんのなか。いかなるあたりに問題があるのか。そこには、変革主体の形成、「革命性の根拠」が希薄になってきたことがある。 ・・それは「歴史的勝利」だが、ひっくり返ったのではない。誰のための、何のための転換かといえば、彼らのための転換でしかない。民主党政権は、市民・労働者の支持を得て「歴史的勝利」を果たしたが、市民・労働者のための政権ではない。「微塵も期待はない」というほかはない。今までの日米安保論に対し、わたし達も新しく、安保を見直さなくてはならない。「日本はアメリカに負けた」「沖縄戦、大空襲、原爆で力尽きた」という、中国への侵略戦争で事実上敗北していた、ということを見ない、大方の戦後認識。実は、日本は中国、アジアへの侵略戦争を行い、とりわけ中国での抗日戦争に負けていた。数字上からも、「対米戦争」以降も、投入された軍、予算は、中国戦線が上回っている。この認識の誤りは、侵略戦争、戦争責任、戦後も植民地支配の反省の希薄さに繋がっている。事実上のアメリカによる単独占領に、中国・アジアの抗日、反植民地戦争に負けたという意識を忘れてしまった。あるいは、「中国に負けた。」と思いたくなかった。さらにその後に日米安保による、「第二の占領」は、この歴史認識を続けさせた。『侵略責任』を免れてきた安保50年ではなかったか。 これらを一つ一つ、もう一度検証し、知恵や情報を持ち合い、運動の中で発展させていく。そこに本当の「歴史的勝利、転換」につながる道がある。50年の今年、わたし達の運動の課題としたい。
2010年06月17日
コメント(0)

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-30df.html2010年6月15日 (火)植草一秀のブログより引用。 菅新政権が発足し、新鮮さも作用して高支持率を確保している。しかし、政権交代を実現した昨年8月30日の総選挙の際に掲げた基本政策、政権公約が大幅に後退している感が強く、このまま進めば、何のための、誰のための政権交代であったのかとの根本的な疑念を否定しきれなくなる。繰り返すが、政権交代実現により達成しなければならない三大課題は以下のものだ。1、対米隷属からの脱却2、官僚利権の根絶3、政治権力と大資本の癒着排除対米隷属からの脱却がとりわけ強く意識されるようになったのは、小泉政権以降である。小泉政権が推進した郵政民営化は米国が求めた政策であった。350兆円の日本国民の貴重な金融資産、日本郵政が保有する巨大不動産資産を外国資本が収奪するために推進された政策である。米国のイラク軍事攻撃は正当性のない暴挙だった。世界随一の平和憲法を有する日本は、イラク問題の平和的解決を最後まで追求する世界的な使命を帯びていたにもかかわらず、小泉元首相は、米国ブッシュ政権が国連での合意を形成せずに軍事攻撃を開始したにもかかわらず、直ちに米国に追従する方針を表明した。2003年にかけて日本では株価暴落と経済崩壊が広がった。この経済危機は小泉政権が人為的に引き起こしたものである。この経済破壊活動の余波で、多くの国民が失業、倒産、経済苦自死に追い込まれた。小泉政権がなぜ人為的な経済破壊活動を展開したのかが問題である。その目的は日本の資産価格を暴落させることにあったと考えられる。りそな銀行がいけにえにされたが、あらかじめ預金保険法第102条第1項第1号規定を活用することが計画されていたと考えられる。この第1号規定を活用すると、銀行を破たんさせずに公的資金で救済できる。最終的にりそな銀行の繰延税金資産は3年計上が認められたが、論理的に説明できない3年計上は、銀行救済の第1号規定を利用するための逆算から算出された数値だったのだ。不可解な3年計上決定が、一連のプロセスが「謀略」であるとの濃厚な疑惑を裏付けてしまった。日本の資産価格が暴落する過程で、暴落価格の日本の実物資産買占めに出動したのが外資系ファンドであった。外資系ファンドはその後の3~4年の間に巨大な不労所得を確保した。政府ぐるみの巨大インサイダー取引が実行された疑いが濃厚に存在しているのだ。 敗戦後日本の歴史は米国による支配の歴史である。敗戦直後、マッカーサー率いるGHQは、日本を新たな民主主義モデル国とすることを試みた。財閥解体、農地解放、労働組合育成、公職追放など、大胆な民主化政策が推進された。片山哲社会党政権が樹立されたのも、GHQによる戦後日本占領方針から生み出されたものであった。ところが、1947年に米ソ冷戦が始まると、米国の対日占領政策は大転換した。日本を反共防波堤として強化、育成する方針が採用され、日本の民主化措置に強力なブレーキがかけられた。米国は日本に対米隷属政権=傀儡政権を樹立することに腐心する。米国が重用したのが吉田茂元首相と岸信介元首相だった。CIAは岸信介政権に対して選挙資金まで提供し、内政干渉を続けた。岸信介政権以降の日本政治の保守本流は、こうして対米隷属=米国傀儡政権の基本性格を帯びるようになったのだ。 この対米隷属から脱却することなくして、真の日本の独立はあり得ない。鳩山前総理の大きな過ちは、安易なスタンスで普天間問題を取り上げたことにあった。民主党マニフェストには「在日米軍基地のあり方についての見直し」の文言が明記された。鳩山前首相は普天間基地の県外、ないしは海外移設を主張したが、結局、最後は腰砕けに終わった。日本国憲法には主権在民が明記されている。日本の主権者が総意として普天間基地の辺野古移設を拒絶するなら、辺野古の海岸を破壊する基地を作ってはならないのである。鳩山前首相が内閣総辞職に追い込まれた最大の理由は、普天間問題で主権者国民の意思を踏みにじる日米合意を、連立与党の同意、主権者国民の同意を確保することなく決定してしまったことにある。鳩山前首相が辞任し、後継首相に就任した菅直人氏は、まずこの点を明確に認識しなければならない。日本国憲法を尊重し、民主主義のルールに則って政治を運営することが正しいとするなら、主権者国民の意思を無視した政府の外交方針決定には、まったく正統性がない。これを押し通すなら菅首相の民主主義観が疑われる。 対米隷属から脱却することは容易なことではないと思われる。しかし、最初から対米隷属にかじを切ってしまったのでは救いようがない。総理の椅子に1秒でも居座り続けたいなら、対米隷属を追求することがもっとも効果的である。小泉元首相はこれだけで5年半も総理の座に居座り続けた。歴代首相で在任期間が長い首相は、例外なく対米隷属の基本姿勢を示した人物である。菅新首相は市民運動から出発し、これまで革新的な発言を示してきたが、それは総理の座を射止めるための手段にすぎなかったのだろうか。総理の椅子に座り続けることは「私益」である。対米隷属から脱却することは「公益」である。「公よりも私」を優先するリーダーの下で、国民が幸福になることはあり得ない。国民の不幸が最大になることは間違いない。参院選に向けての民主党マニフェストから在日米軍基地問題の見直しの文言が消されるとの報道が示されている。沖縄の人々は、民主党のおもちゃにされたことになる。この問題に対するけじめもつけず、沖縄県民の意思を踏みにじる日米合意を政府が勝手に米国と成立させ、主権者である地元住民には日米政府が決定したのだから、つべこべ言わずに政府決定に従えとの態度を押し通すのであろうか。 普天間問題に対する政府決定の是非が参院選で問われなければならない。 官僚利権の中核である天下りを根絶するには、「役所によるあっせん」を禁止してもまったく意味はない。天下り各機関は「役所によるあっせん」ではないと言い逃れれば、それでおしまいなのである。退職直前10年間に関与した企業、業界、団体への就職を退職後10年間は禁止する、という程度の客観基準が法制化されなければ、天下り根絶は不可能である。前原国交相が道路5社の社長に民間人を起用する方針を示した。この方式も小泉政権そっくりである。各企業には生え抜きの職員が多数存在する。この生え抜き職員こそ、企業の実態を熟知し、問題点をもよく理解している。天下りを排除して、経営幹部に登用すべき人材は企業内部に存在するはずである。まったく縁もゆかりもない民間人を起用するのは、あらたな利権政治に他ならない。各種ポストをえさに、民間企業、財界人を利益誘導するのが小泉流の「人事の利権化」政策だった。大資本と政治権力の癒着を排除するには、企業団体献金の全面禁止を法制化することが何よりも有効である。小沢一郎元民主党代表は小沢氏周辺に対する不当で不正な検察権力行使に毅然と対応して無実潔白を訴えると同時に、「企業団体献金全面禁止の法制化」を提案した。菅新首相は「企業団体献金全面禁止」の法制化をなぜ国民に約束しないのか。・略・・1、対米隷属2、官僚利権3、大資本と政治権力との癒着が、そのまま温存されるなら、政権交代はその意義の大半を失うことになる。 他方で、菅新首相は2011年度予算を緊縮予算とする方針を早々と掲げ、また、政府支出の無駄排除がほとんど実現していない段階で、消費税大増税=法人税減税の方針が明示されてしまった。 これでは自民党政権と変わりはなく、小泉対米隷属政権と極めて類似した政権になってしまう。 民主党に政権交代実現の大業を託した主権者国民は政権交代によって対米隷属からの脱却を希求したのであって、対米隷属路線が敷かれるなら、これは主権者意思に反するものになる。
2010年06月16日
コメント(0)

引用、その2篠原 だけどそれは、これだけ経済がグローバル化しますと、しかもアジアの内需を取り込むなんて時代で、日本だけで全部完了しろっていうのは無理でしょう。そりゃ、グローバルに考えて企業というのは動きますよ。 志位 外国頼みのバランスが、あまりにひどすぎる(ことを問題にしています)。(08年秋の)リーマン・ショックにさいして、世界の経済のなかでも、日本が一番落ち込みがひどいですよね。ヨーロッパよりひどい。アメリカよりひどい。世界で一番落ち込みがひどいというのは、あまりに外国頼みの経済だったからです。私は、外国に投資するのは全部だめだとか言うつもりは、まったくありません。それは当然グローバル化した経済のなかでありうるんだけど、あまりに外国頼みで、もっぱらそちらのほうにのみお金を回して、そして国内にはお金が回らないと。これがいまの内部留保問題の非常に大きな問題だと思います。 「強い企業を応援すれば、家計に回り、経済が成長する」--この路線は失敗した 篠原 僕は、志位さんたちが言っている、経常利益がこの10年間で企業全体で2倍に増えていると。しかし勤労者所得(報酬)というのは減っているんだと。そういう指摘はたしかにその通りだと。だからそういうことのもう少しバランスを考えていかなきゃならんというのはその通りだと思うんですけど、ただ一番僕が今、共産党の主張のなかで欠けていると思うのは、このパイを外国であろうと国内であろうと全部含めて、日本経済のパイをどうやって大きくするかっていうところに、もう少しビシッと重点がないとですね。 志位 だからそれを、私は提案しているんですよ。つまり、逆に言いますと、この10年間がどうだったか。リーマン・ショックの前の10年間というのは、日本のGDP(国内総生産)はまったく伸びていないんですよ。10年間の単位で見ますと横ばいなんです。そして、勤労者の雇用者報酬は落ちているわけですよ。つまり、よく自民党の人たちは、「成長戦略」が必要だといいますけれども、「成長」をしてないんですよ、10年間も。(この間)巨大企業は利益を伸ばしたわけです。空前の利益を伸ばしたけれど、GDPは成長していないんです。なぜそうなっちゃったかというと、さっき言ったようにあまりにひどい外国頼みの経済になってしまって、国内に、内需に、お金が回らない仕組みになってしまった。それを転換しなくちゃいけない。内需の中で中心は家計ですから。家計と所得にお金が回らなければいけない。それをしっかりと、土台からたて直していくということをやりませんと、日本の経済の発展はありませんよと言っているんです。 篠原 海外に行ったということだけで日本の成長が止まっているということではないと思う。成長そのものの戦略、政策が、やっぱ不十分だったということが一方であると思うんです。 志位 いや、(これまで)「成長戦略」といって、強い企業を応援する、そうすればいずれは家計に回ってくる、経済は成長するということを言ってきたけども、回らなかったわけですね。それはさっき言ったような海外頼み、そして外需依存、こういうやり方をずっとやってきた。このやり方が失敗したということです。小泉・竹中「サプライ(供給)サイド」路線で、日本経済の「パイ」は大きくならなかった 篠原 本当に企業を強くしてないんですよ。実際強くしていないから、そこの問題をもういっぺん、どうやったら強くできるのと、パイをどうやって大きくするんだと。パイさえ大きくなれば......。 志位 中長期にみれば、そういうやり方が企業をだめにしているとも、私は言えると思います。 篠原 そうですかね。 志位 たとえば、トヨタのリコール問題一つ考えても、もちろんいろいろな要因がありますよ。いろいろな要因があるけど、トヨタが正社員を期間工や派遣に置き換えていく、あるいは「乾いたタオルを絞る」というやり方で中小企業を絞り上げる。こういうやり方をずっとやってきて、その結果、製品の劣化という問題が起こってきている。私は、前に(08年12月)、この問題はそういうことになりますよと、トヨタにも直接言ったことがあります。こういうやり方していったら、ほんとうの意味で、企業にとっても将来がなくなる道だっていうことを、私は言いたいですね。 やはり働く人、そしてサプライヤー(部品供給企業=下請け中小企業)、中小企業を大事にして、そしてその所得が増えてですね、家計があったかくなって、内需が良くなっていかなかったら、日本経済の発展はありません。 篠原 トヨタの問題はいろいろあったけども、やっぱりサプライヤーを大きくしなければだめなんですよ。サプライサイドを。それを大企業抜きで、志位さんはいつもこう大企業は別で、中小企業のサプライをっていうのじゃ、それじゃね、日本経済よくならないですよ。(コメントじゅん;言葉のすり替えを行なった、この、死の原、って人。こんだけ、分かりやすいすり替えをして、恥ずかしくない、っていうのがスゴイ。こういう御用解説者のうそ臭い話が、どれだけ、小泉以後、繰り返されてきたか。) 志位 事実の問題として、今おっしゃったサプライサイドの経済学、サプライサイド(供給サイド)を大きくする、とくに強い企業をより強くすれば、必ず「パイ」が膨らむんだということをやってきたわけですよ。小泉・竹中路線で。しかしやったけど、10年間、結局「パイ」は膨らまなかったわけですよ。この事実をしっかりと見なくてはいけない。 ですから、たとえばイギリスの「フィナンシャル・タイムズ」がですね、日本の経済はあまりに異常だと。あまりにこの内部留保は過剰だと。この過剰な部分は削減していくという方法をとらなければ内需は良くならないと。過剰な内部留保を削減して、もっと内需主導のものにしていく必要があるということを言っている。イギリスの経済紙からも、日本の(大企業の)あり方はあまりに異常ですよということが言われているんですね。 篠原 いや、小泉「構造改革」の最大の失敗は、そっちの路線ばっかりに行って、出てきたいろんなひずみがありますよね。しわよせが。そっちの方の手当てが足りなかった、おこたったっていうことで、社会の全体がいびつな感じになったんであって、この最初にまずこれをやるってこと自体が、僕はそんなに間違っていなかったと思う。 志位 私は、その(経済政策の)大本が間違えたからこういう結果になったと思います。「大企業=敵」ではない。社会的責任を果たすことを求めている 篠原 大企業を悪者にしているかのことをやると、大企業のサラリーマンが離れていくのでは。 志位 私たちは、大企業は悪者だと、敵だといっているのではありません。大企業があまりに社会に対する責任を果たさないで、自分の目先のもうけだけに熱中して、そしてここから先が大切ですけれど、自分の企業の労働者を大事にしていないじゃないですかと。働く人たちを。大企業の労働者だって、いま今度の春闘の状況をみても、(経営者側は)ベースアップはおろか、定期昇給すらしていないでしょう。むしろこういうときこそ、内需を良くするうえで、労働者に利益を還元する英断が必要なんですよ。 ところがいま多くの企業がやっているのは、株主への配当は内部留保を崩してまでやっていますよ。たとえば、ブリヂストンは、(09年度決算で)10億円しか利益が出ていないのに、125億円もの株主への配当をやっているんです。12・5倍です。そういうやり方でなく、大企業で働く人をもっと大事にするべきだというのが私たちの主張であって、大企業は敵でもなければ、ましてや大企業で働いている人は、私たちは一番大事にしなければならない仲間だと思っています。(出所:日本共産党HP )
2010年06月16日
コメント(0)

じゅんコメント;新自由主義(こんな、上品な呼び名は、ふさわしいと思わない)=市場原理主義、弱肉強食野放し資本主義論者、の使いっ走り。との対話。後半の、原理主義者側からの追いすがりに対する、真正面からの反論の仕方が、参考になるでしょう。http://blog.goo.ne.jp/urmt/e/616f7fa78899c6e9aa333578d5937093「未来を信じ、未来に生きる」さんから、引用どうみる、どうする、大企業の内部留保問題-日本共産党の志位和夫委員長が語る- どうみる、どうする、大企業の内部留保問題BSイレブン 志位委員長が語る-------------------------------------------------------------------------------- 日本共産党の志位和夫委員長は、2月28日放送のBSイレブンの政治番組「篠原文也の直撃! 日本」に出演し、約50分間にわたって、大企業の内部留保問題、鳩山政権の評価、「政治とカネ」の問題、夏の参議院選挙への戦略などについて、政治解説者の篠原氏のインタビューに答えました。そのなかから、いま政治の焦点の一つとなりつつある大企業の内部留保問題について質問に答えてのべた部分を紹介します。--------------------------------------------------------------------------------党首会談--過剰な内部留保の還元という提起を否定できなくなった 篠原 共産党の綱領を読ましていただいたら、大企業について、横暴な経済支配を抑えると、こういうようなことが入っていますね。この間、話題になりましたけれど、鳩山(首相)さんとお会いになりましたよね。そのときに大企業の内部留保を吐き出させろと。どうも(内部留保に)課税をするという話で伝わってきまして。僕は実は、共産党は時々良いこと言うなって感心していたんですよ。ところがこれはいただけないなと。何を考えているんだろうと思って、今日はぜひそれをお聞きしたいと思ったんですよ。 志位 これは、実は、私が(2月17日の鳩山首相との会談で)提起したのは、いまの日本経済を良くしていくうえで、大企業に過剰な内部留保が蓄積するというシステムができてしまっている。とくにこの間、労働者についていえば正規雇用から非正規雇用、派遣とかパートなどに置き換える。賃下げ、リストラをやる。中小企業を搾り上げる。こういうことで国民から搾ったお金で、過剰な内部留保が形成される。そして生きた経済、日本経済にお金が回らない。この仕組みを変える必要があるということを提起したのです。 この(内部留保の)過剰な部分を雇用や中小企業に還元する。そしてそういうものが過剰にたまっていかないようなルールをつくっていく必要がある。たとえば雇用だったら、「人間らしい労働」を保障するルール、「正社員が当たり前」の社会をつくる。あるいは中小企業と大企業の取引を公正なものにして、下請けいじめなどをやめさせる。そういうことをしっかりやる必要があるというのが私の問題提起だったんです。 篠原 それじゃ、(内部留保に)課税をしようというんじゃないのですか。 志位 (わが党の提起に対して)鳩山首相が、「内部留保を還元させる具体的な方法を検討してみたい」とおっしゃった。そこで私は、いま言ったように、雇用と中小企業でまともな(暮らしと営業を守る)ルールをつくることで(内部留保を)還元する、そしておのずとそういうところに過剰にお金がたまらないような仕組みをつくる必要があるという提起をしました。そうしたところ、鳩山首相の側から「(留保金への)課税という手段もある」というようなことをおっしゃった。 篠原 (鳩山首相が)自分のほうから課税という言葉を使われた。 志位 ええ。私たちは課税ということでいえば、大企業へのたとえば研究開発減税とか、優遇税制をなくして、利益にきちんと課税するということを考えていますが、内部留保への課税ということは私から提起したのではないのです。 ただ、私が大事だと思ったのは、私が(大企業の)内部留保があまりに過剰だと。この過剰な内部留保を社会に還元して、とくに国内経済に回るようにして、内需を活発にしていく、そういうものとして活用していく必要があるという問題提起に対して、先方が、その問題提起を否定しないで、検討しなければならないとなってきたのは、一つの変化だと思います。国民から吸い上げたお金を、もっぱら海外に回す--ここに問題がある 篠原 まあ鳩山さんの言葉っていうのは、結構そのときの思いつきで出てくるから、課税といったから本当に課税を考えているというわけでもないと思いますが、ただ内部留保っていうのは、現ナマが全部積みあがっているわけじゃないし、資産もあるし、しかも1回課税されている部分もあるわけで、また課税するとなるとこれは二重課税という問題もある。それよりも大きいのは所得税の最高税率の引き上げも言われていますけども、これだってそうなんですが、企業とか富裕層の人たちをそういうふうにぐんぐん締めていきますと、やっぱりその租税というものが、海外逃避する恐れっていうのがあると思うんですよ。そうすると今の日本経済っていうのは一番のポイントは、土台になる日本経済そのもののパイをどうやって大きくしていくんだというのが一方できちんとないと、今の限られた小さなパイだけの取り合いの話だけだと、一時的な増収策にしかならないと思うんですよ。 志位 二つほど言いたいんですけど、一つは、(大企業への)課税という点で言いますと、私たちは内部留保というよりも、利益に適正な課税をすべきだということを言っているのですが、それを考えるさいに、日本の大企業の負担と欧州の大企業の負担とどっちが重いか。これは政府のデータがあるのですが、負担を考えるさいには、税の負担と社会保険料の負担と合わせた負担が当然カウントされなければならないんですけども、たとえば日本の製造業大企業(自動車産業)の場合は、だいたいフランスの7割、ドイツの8割しか負担していないんですよ。日本の方が実は軽いんですよ。とくに社会保険料(負担)が少ないですから。 篠原 法人税率は非常に高い、40%。 志位 法人税率はそんなに違いがありません。法人税率はだいたいそろっている。でも社会保険料(負担)がたいへんに低いんですよ。これを合わせたらヨーロッパに比べると実際の負担は低いという問題がある。これは事実の問題として言っておきたいですね。すぐ財界筋からは税負担のことを言いますと、海外に逃げて行っちゃうと言いますけれども、ヨーロッパではちゃんとそうやって負担をしながら世界の舞台で商売しているわけですから、これは理屈にならないではないかというのが一つなんですね。 それから内部留保という問題について言いますと、内部留保がどういう形で現存しているかと言いますと、大企業の内部留保は、だいたい10年間(1997年から2007年)で、百数十兆円から約200兆円を超えて急増したんですけれども、国内でのいわゆる固定資産--工場とか機械とか土地とか(「有形固定資産」)は、ほとんど増えていないのですよ。どこが増えているかというと、海外の子会社などに対する直接投資の部分(関係会社株式の保有額)がうんと増えているわけです。 つまり、国内で労働者や中小企業から吸い上げたお金を、(設備)投資にせよ、あるいは(家計の)所得にせよ、国内経済にきちんと回して、内需を良くしていくというところに使わないで、外国に投資してそこでもうければいいという。外国頼みの経済にしちゃっている。ここが私は、一番の問題だと思います。
2010年06月16日
コメント(0)

沼田さんは元気でいるらしい。17日には、帰ってくる。警察が起訴しなければ。こんなことで、起訴されてたまるか!抗議の電話を、裁判所と曽根崎警察にしたが、あいつらは、のらり、くらり、と受け流して、自分らが人権侵害をしているという、自覚さえ、ないようだ。 どういう理由で、拘留するのか、府民に説明する義務がある、説明しろ、といったら、わたしら、時間きたから、家にかえる、当直体制やから、分かるものがおらん、とのたまう。「あんたらは、家に帰るんやろうけどな、あんたらの責任で、罪もないのに、夜も昼も、そこに10日も閉じ込められてる人は、どうなるねん!なんちゅう無責任な、いいぐさや。人権侵害やぞ。説明しろ。罪もない市民を、不当に、10日間も、閉じ込めとくなんて、許されると思ってんのか。自分らが人権侵害をしていることを、わかってるのか!警察は、襟を正せ!」と怒鳴ってきた。「担当者が別におる、というなら、その人がいる時間を教えろ。」と言ったが、答えない。「説明義務を果たせ、といってるんだ、ちゃんと答えろ。」といっても、答えない。警察、ってこういうところなんだ。 合同労組の人に、何か他に出来ることはないか、と尋ねたところ、接見の際、弁護士が、激励文をガラス越しにだが、見せてくれる、というから、下記の横断幕を書いた。
2010年06月13日
コメント(0)

沖縄・ヤンバルより...目取真俊http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/b803c9cbf753fac16eaf5db5d154854e菅首相の所信表明演説ー沖縄について 11日午後から菅直人総理大臣の所信表明演説が行われた。普天間基地問題と沖縄に関する所信は最後に語られた。内容は以下の通り。 沖縄には米軍基地が集中し、沖縄の方々に大きな負担を引き受けていただいております。普天間基地の移設・返還と、一部海兵隊のグアム移転は、なんとしても実現しなければなりません。普天間基地移設問題では、先月末の日米合意を踏まえつつ、同時に、閣議決定でも強調されたように、沖縄の負担軽減に尽力する覚悟です。 沖縄は独自の文化をはぐくんできた、我が国が誇るべき地域です。その沖縄が、先の大戦で最大規模の地上戦を経験し、多くの犠牲を強いられることとなりました。今月23日、沖縄全戦没者追悼式が行われます。私はこの式典に参加し、沖縄を襲った悲惨な過去に思いをいたすとともに、長年の過重な負担に対する感謝の念を深めることから、この沖縄問題についての仕事を始めたいと、このように考えております。 前半では、〈沖縄の負担軽減に尽力する覚悟〉を述べている。しかし、〈沖縄の負担軽減〉の内実は〈先月末の日米合意を踏まえつつ〉という言葉が示すように、普天間基地の〈代替施設〉を〈キャンプ・シュワブ辺野古崎地区及びこれに隣接する水域に設置〉するというものだ。〈負担軽減〉とは名ばかりで、沖縄の中で負担をたらい回しするだけのことであり、〈国外、最低でも県外〉といった民主党の公約を完全に投げ捨てて、沖縄への負担押し付けに〈尽力する覚悟〉を述べているにすぎない。 後半では、沖縄の〈独自の文化〉を持ち上げつつ、それが日本国の下にあることを強調し、6月23日の沖縄全戦没者追悼式への参加を表明している。そして、沖縄戦の犠牲=負担と米軍基地の負担を重ね合わせながら、〈長年の過重な負担に対する感謝の念を深めることから、沖縄問題についての仕事を始めたい〉としている。〈感謝の念を深める〉といえば聞こえはいいが、そこには沖縄に犠牲=負担を強いたことへの政府としての歴史的責任を自覚し、反省する姿勢はない。 本土決戦に向けた時間稼ぎのために沖縄で持久戦を行い、住民と兵士の犠牲を大きくしたこと。戦後は米軍支配下に沖縄を切り捨て、米軍基地の集中、自由使用を進め、施政権返還後もそのような状況を変えてこなかったこと。時の政府がとった沖縄への犠牲=負担強要という方針・政策に対して、日本政府として歴史的責任を自ら問い、反省することなくして、何が〈感謝〉だろうか。 菅首相がそのような歴史的責任の自問や、反省をしないのは、〈先月末の日米合意を踏まえつつ〉という言葉が示すように、自らも歴代の政府の姿勢を受け継ぎ、沖縄への米軍基地集中という差別政策を継続し、新たな犠牲=負担を強いようとしているからだ。そのような菅首相が口にする沖縄への〈感謝〉とは、過去の沖縄の犠牲=負担への〈感謝〉であると同時に、これからも継続させようと目論む犠牲=負担への〈感謝〉でもあるだろう。 菅首相が6月23日にどれだけ沖縄戦の死者を悼み、殊勝な態度を見せたとしても、沖縄県民がそれによって懐柔され、普天間基地の辺野古「移設」=新基地建設反対の意志が揺らぐことはあり得ない。むしろ、本当に沖縄戦の死者を悼み、県民の〈負担軽減〉を言うのなら、「県内移設」というたらい回しを止めて、普天間基地の即時閉鎖・無条件返還を実現しろ、上辺だけの〈感謝〉などいらない、という声が6月23日には上がるだろう。「靖国」と同じ構造です。戦死者を英霊と持ち上げ、次なる戦争に駆り立てるための感謝。そんなもの、いらない。国家の嘘を、見抜く力は、ヤマトより、沖縄のほうにずっとたくさん、あるだろう。
2010年06月13日
コメント(0)

小沢一郎氏が不正で不当な激しい攻撃を受け続けてきた理由は、小沢氏が日本の対米隷属構造を打破する可能性を保持してきたからだと考えられる。 本来、昨年8月の総選挙を通じて小沢一郎政権が誕生していた。ところが、史上最大の政治謀略となった昨年の三三事変により、小沢氏は筋を曲げて民主党代表辞任の道を選んだ。 それでも、小沢氏の影響力は突出し、政局は小沢一郎氏を軸に転回し続けてきた。普天間問題で「米国に言うべきを言う」姿勢を撤回し、「米国に隷属する」道を選択した鳩山前総理が総辞職に追い込まれたのは、鳩山前総理の自己責任である。 鳩山前総理は、誰がどう抵抗しようと、誰が何を言おうと、最後まで主張を貫き、米国にモノを言う姿勢を貫くべきであった。 しかし、鳩山前総理は米国の強硬な姿勢に屈服した。その結果として総辞職に追い込まれたのである。鳩山前総理は潔くこの現実を認めるべきであった。 ところが、鳩山前総理は総辞職の責任を小沢一郎氏に転嫁した。 驚くべきことは、このシナリオ作者に菅直人氏が名を連ねた可能性が高いことが明らかにされた。 この重大事実を暴露されたのは平野貞夫元参議院議員である。平野氏は小沢氏の懐刀として議員活動を務められたが、議員辞職後も小沢氏と緊密な関係を維持し続けている。 時期は確定していないが、6月1日夜と見られている。鳩山氏と菅氏が相談し、菅氏への禅譲と小沢氏排除の密約が交わされたというのである。 詳細については平野貞夫氏の『永田町漂流記』をご高覧賜りたい。 このことから、菅新総理が小沢一郎氏との仁義を重んじつつ、参院選対策に進んだとの希望的観測を撤回せざるを得ない。 菅直人氏は米軍海兵隊の沖縄駐留が必要不可欠な存在でないことを明言してきた。したがって、鳩山内閣総辞職の主因が普天間問題決着の失敗にある現実を踏まえれば、鳩山政権が事務レベルで成立させた日米合意を見直すことが、新政権の最初の任務にならなければおかしい。 ところが、菅新総理は日米合意に基づいて進むことを明言し、普天間問題を誘導した岡田克也外相、北澤俊美防衛相、前原誠司沖縄担当相の3名をそのまま留任させた。これらの事実を並べれば、菅直人氏の対米隷属基本姿勢を否定することは不可能である。 菅新総理はこれまで官僚主権構造を否定する方針を明示し続けてきたが、昨日の記者会見では「官僚の力を使って政策を進めてゆく」と発言した。財務相に就任以来、菅氏は緊縮財政と消費税増税に前のめりの姿勢を強めてきた。総理大臣に就任し、総理の椅子に長く座り続けるには官僚と癒着した方が良いと考えを改めたのであろうか。 「政治とカネ」問題の根幹に大資本と政治権力の癒着構造がある。どの政治家が悪い、良いの話ではない。政治とカネの癒着構造を生み出す装置が企業団体献金である。「政治とカネ」の問題を根絶するには、「企業団体献金全面禁止の法制化」に踏み込むことが最適であることは明らかだ。 しかし、菅氏の会見に企業団体献金全面禁止はまったく出てこなかった。 昨年来の三三事変、一一五事変、四二七事変は、検察権力を利用した政治工作である。政治を歪める検察権力の暴走を放置するのでは民主主義を守ることはできない。 昨年来の検察権力の暴走の背後にあるものを究明し、糾弾することが不可欠である。その意味で小沢氏が巻き込まれている巨大な政治謀略に対して、政権は検察権力に対して毅然とした対応を示さねばならないはずだ。 検察人事の刷新、人事決定方式の抜本的な改革、そして取り調べ過程の全面可視化など、直ちに変革しなければならない問題が山積している。 また、罪刑法定主義、法の下の平等、基本的人権の尊重、無罪推定の原則、国家公務員の守秘義務など、検証が求められる根本問題も放置されたままになっている。 ところが、民主党内部には、検察の暴走を党内政治力学に利用しようとしてきた人物が相当数存在する。菅新総理の現在の姿勢は検察の横暴を放置、容認するものでしかない。正義よりも自分の損得を優先するものである。 菅直人氏が草の根から政治活動を初めて、今日、総理大臣の地位に上り詰めたことは事実だ。しかし、後世からの評価は、その志の有り様によって天地の開きを生じる。 総理になることが目的で、そのためには魂を売ることもいとわないのなら、その志は薄汚れたものであり、後世に残るものは何もない。 大きな志、確固たる信念を持ち、その志と信念を貫き通すなら、歴史に名を刻む大業を残すことになるだろう。 1、対米隷属からの脱却 2、官僚利権の根絶 3、大資本と政治権力との癒着排除 また、 4、国民生活安定の最優先 の課題のすべてについて、菅新総理がすでに魂を売ってしまっているなら、新政権は主権者国民のための存在ではない。政権を担う首相および閣僚の利益を増大させるものでしかない。断定するには時期尚早であるが、疑いは極めて濃厚になっている。 国民のための政治を装った自分たちのための政治になる。民主党内「偽装CHANGE勢力」による政権争奪である。これが真実であれば、鳩山氏・菅氏の行動は万死に値する。 市場原理主義者と自己中心主義者はほぼ同義である。 この疑いが確認されるなら民主党は分裂に向うだろう。否、分裂すべきだ。 共生主義 VS 市場原理主義 自主独立 VS 対米隷属 官僚利権排除 VS 官僚利権温存 金権政治排除 VS 金権政治温存 の対立軸で、政界再編を進展させねばならない。 共生主義・自主独立政治を牽引する強力なリーダーが必要である。市場原理主義者=対米隷属派の裏側には米国が存在し、マスメディアを支配している。 マスメディアによる情報操作を打破して、この闘いに勝利するには、カリスマ性のあるリーダーが不可欠である。小沢一郎氏が表面に出ることを望まないなら、表の顔が必要だ。 すべての原点は、米国が支配するこの国の現状を打破しようと、日本国民が真剣に考えるのかどうかである。 魂を売って欲望を満たすのか、いばらの道であっても尊厳を守り抜く道を選ぶのか。リーダーに対しても、市民に対しても、人間としての矜持が問われている。
2010年06月13日
コメント(0)

植草さんの最近のブログは読むようにしている。 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-3a5f.html2010年6月 9日 (水)鳩山菅密約による小沢氏失脚工作真相が表面化6月2日の鳩山由紀夫前総理の辞意表明から1週間が経過した。 菅新政権が誕生した政治力学について、二つのシナリオがあり、本ブログでもその両者について言及してきた。しかし、各関係者から断片的な情報が提供されるなかで、どうやら真相がはっきりしてきた。 それは、小沢-鳩山-菅トロイカ体制のなかでの鳩山-菅両氏による反小沢対米隷属クーデターが実行されたというものだ。 懸念された低劣なシナリオが進行したとの悲しい現実を認めることは極めて残念であるが、各種状況証拠が揃ってくれば、現実から目をそむけるわけにはいかない。 私は政権交代を実現する目的が、 1、対米隷属からの脱却 2、官僚利権の根絶 3、政治権力と大資本との癒着排除 の三点にあると考える。 同時に経済政策を運営する軸を市場原理主義から福祉社会追求に転換すべきことも主張してきた。 菅直人氏のこれまでの主張は、政権交代実現の三大課題、共生重視の経済政策運営を実現させることと整合的なものであった。 「ゆきひろ・社会科日記」様が6月8日に、 「菅直人の公式ブログ。消されないうち知っとこ。」 と題する記事を掲載された。 菅直人氏が2001年8月19日のブログに次の記述をしていることが紹介された。 「民主党の基本的考えは「沖縄の米軍基地の整理縮小のため、国内外への移転を含め積極的に推進していく」と、基本政策に述べている。 そして沖縄の米軍基地の人員でも面積でも半分以上を占める海兵隊基地が「国内外の移転を含め」整理縮小の検討対象にになることは当然のこと。 民主党の沖縄政策の中では「アメリカの東アジア戦略構想を再考し、米海兵隊の他地域への移駐を積極的に議論する」と明記されている。 実際に民主党の中で海兵隊の米国内への移転は有力な意見として何度も議論されてきた。私の参院選挙中の沖縄での発言はそうした背景のもと行われたもので、その場の思いつきでもリップサービスでもなく、民主党の基本政策と矛盾してはいない。 基本政策より多少踏み込んだ表現があるとしても、それは政治家としての私の責任で述べたものである。 私自身3年程前民主党の代表として訪米した折にも、アメリカの当時の国防次官にこの主張をぶつけたことがある。 国防次官は厳しい顔でメモを見ながら「北朝鮮に対する誤ったシグナルになるから沖縄から海兵隊は撤退はするべきでない」と反論してきた。 その理屈も一部理解はできるが絶対ではない。実際には海兵隊基地を米国に戻すより日本に置いていたほうが米側の財政負担が小さくてすむという背景もある。北朝鮮の状況や日米の財政状況が変わってきている中で、沖縄にとって重い負担になっている沖縄海兵隊の日本国外移転について真剣な検討が必要。」(ここまで転載。太字は「ゆきひろ・社会科日記」による) 菅直人氏は海兵隊の国内駐留が日本にとって必要不可欠なものでないことを基本的判断として保持することを明言してきた。その基本判断を変えたのなら、説明する責任がある。 鳩山前総理が普天間問題を最重要課題として取り上げた以上、日本が対米隷属国家から脱却する意味においても、この問題の決着は日本にとっての最重要問題のひとつになった。 鳩山前総理が米国と共同発表をしてしまったから、その事実は踏まえなければならないが、菅新総理は、 「この問題が主因で鳩山内閣が総辞職に追い込まれたことを踏まえ、日米合意の内容が現状のままで良いのかどうかを含めて、日本の主権者である国民の意思を尊重して対応策を検討してゆきたい」 と述べなければならなかった。 ところが、菅新首相は、「日米の合意はできたのだから、合意に基づき進めてゆかなければならない」と発言した。 菅新首相は日本の主権者国民の意志よりも米国の意思を上位に位置付けることを明言したのだ。記者会見でこの点を明確に糺す質問者が登場しなければならない。 米国ワシントンでのG20会合に出席した菅直人前財務相は本年4月22日、アーリントン墓地を訪問して献花した。日米同盟を重視する姿勢を示したと見られているが、総理大臣に上り詰めるため、ワシントンで魂を売った可能性が浮上している。 昨年8月30日の総選挙を通じて実現した政権交代の大業。その最大の功労者は小沢一郎元民主党代表であった。民主党は2005年9月の総選挙で岡田克也氏が陣頭指揮を執って惨敗した。後継の前原誠司氏は偽メール問題で処理を誤り、民主党を解党の危機に陥らせた。 この危機のさなか、2006年4月に火中の栗を拾ったのが小沢一郎氏である。爾来、3年間の政党運営により、民主党を軸とする政権交代の大業を成し遂げた。
2010年06月13日
コメント(0)

ドワイト・マクドナルドは、戦争遂行が "当たり前の生き方"である、アメリカ的文化の行く末を提示した。19世紀後半と、二十世紀初頭、カール・マルクスを含めた改革と社会運動の理論家たちから、まんまと逃げおおせた永久戦争という概念が、大衆支配をするこの効果的な仕組みに、社会改革が対応できないようにしてしまったのだ。旧来の改革論者は、国家内部の階級闘争にばかり集中するあまり、マクドナルドが指摘するように、 "戦争の政治的重要性に関する十分な理論"を決してまとめることがなかったのだ。この溝が埋められるまで、"現代社会主義はどこか学問的な香りを漂わせつづけるだろう"とマクドナルドは警告した。マクドナルドは、1946年のエッセイ"Root Is Man"で、資本主義と永久戦争との結婚の詳細を描いている。永久戦争経済と、それと並行する精神構造が敗北するまでは、効果的な抵抗運動はありえないと彼はあきらめていた。アナキストだったマクドナルドは、西欧デモクラシーにおけるマルクス主義者もリベラル派も、ともに国家の高潔さを前提とする人類の進歩を、誤って信じていたという。この信念は、とんでもない間違えだと彼は言う。資本主義アメリカ合州国であれ、共産主義ソ連であれ、国家というものは結局のところ、自らの子供たちをむさぼり食らうのだ。しかも国家は、自国民を、恐れさせ、無限戦争の状態においておくために、大量プロパガンダ機関を活用して、これを実行するのだ。市場の聖なる偶像の前で、またはユートピア的な労働者の天国の前で、人類はいけにえにされるべきだと主張して、国家がこれを行うのだ。戦争国家は、ドイツ野郎なり、ボルシェビキ、ナチス、ソ連工作員あるいは、イスラム教テロリストといった敵を次々に提供してくれる。マクドナルドは、恐怖と戦争が、国家安全保障の名において、寡頭政治家連中が、略奪をするための仕組みであることを理解していた。"現代の全体主義は、恐怖とプロパガンダによって、大衆を政治構造に完全に統合することができるために、大衆は自らの奴隷状態を主導するようになってしまう" と彼は書いている。"これは奴隷の身分をより解放するのではなく、逆に悪化させる。ここでパラドックスは、そこには解決する余地が皆無だということだ。資本主義ではなく、官僚主義的集団主義こそが、最も危険な将来の社会主義の敵なのだ。"民主主義国家は、永久戦争経済と、それにともなうプロパガンダを廃絶しなければならないとマクドナルドは主張する。民主主義国家は、真実、公正、平等と共感といった、非歴史的で、より深遠な価値観に従って、行動し、統治しなければならないのだ。教会、大学、マスコミから民主党に至るまでのアメリカ・リベラル派は、空虚な政治と法律によって要求される実務的な命令に敬意を表することで、道徳的な発言権を失ってしまったのだ。リベラル派は邪神に仕えているのだ。戦争、科学、技術や消費による進歩への信仰が、こうした非歴史的な価値観を踏みつぶすことを正当化するのに利用されてきた。グローバル化の至上命令の盲目的な受容と、グローバル化は、不可避な進歩の一つの形式だという、悲劇的で、誤った信念というものが、おそらくはマクドナルドの主張の中心的例証だ。市場のニーズか、人類か、いずれかを選択するなどということはありえない。そんな選択などありえない。我々が、法人資本主義であれ、他のあらゆるユートピア構想という形であれ、人類の進歩、という虚構に仕えることから自由になるまで、我々は牙を抜かれたままであり続け、人々の無用な窮状を存続させるだろう。アテネでストライキをしている群衆が理解しているとおり、大切なのは銀行ではなく、子供たちを育て、共同体を作り上げ、生活を維持する人々なのだ。そして政府が、一体誰のために仕事をしているのか、何のために存在しているのかを忘れ去った際には、政府は置き換えられるべきなのだ。"進歩主義者はイデオロギーの中心に歴史をおいている" とマクドナルドは"Root Is Man"の中で書いている。"急進主義者はイデオロギーの中心に人間をおいている。進歩主義者の態度は、人間の本性(彼はそれが善だと考えており、だから必要なのは、この高潔さに機能できる機会を与えられるよう制度を変更することだけで)についても、 科学的な方法で歴史を理解する可能性についても、楽観的だ。急進主義者は、悲観的そのものとは言えないにせよ、二面性について、少なくともより敏感だ。彼は、科学が物事を能力する能力についても、ある点を以上については懐疑的だ。彼は、現代のみならず、いかなる総称であれ(社会あるいは労働者階級の利益)人間の運命における悲劇的な要素に気づいている。急進主義者は個人の良心と感性を強調する。進歩主義者は実際に起きていることから出発しようとする。急進主義者は自分が起きて欲しいと考えているところから出発しようとする。前者は歴史は‘自らの側にある'という感覚を持っているに違いない。後者は自分自身の個人的良心によって指示された道を進むのだ。もしも歴史も、彼が進みたい方向と一致していれば、それを喜ぶのだ。しかし、彼は‘現実がどうである'かではなく、‘どうあるべきか' という方向に進むという点において、実にかたくななのだ。"http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-1ab1.html
2010年06月13日
コメント(0)

ギリシャ人は分かっている-Chris HedgesChris Hedges2010年5月24日 "TruthDig"ギリシャ人を祝して乾杯! 彼らは大企業が国を強奪・略奪しようとしている時には、どうすべきかを知っているのだ。ゴールドマン・サックスや国際的大銀行が、経済データを改ざんするのに、パワー・エリートと共謀し、ギリシャ経済が崩壊する方に、何十億ドルも賭けをしている時に、どうすべきかを彼らは知っているのだ。そもそも国民からまきあげていた金融企業に支払うために、国民の年金、社会的給付や職が削減されなければならないと言われた際には、彼らはどうすべきか分かっていたのだ。ゼネストだ。暴動だ。都心の閉鎖だ。ろくでなし連中を放り出せ。階級戦争-金持ち対貧乏人、寡頭政治家対市民、資本主義者対プロレタリアートといった言葉など恐れてはならない。ギリシャ人は、大半のアメリカ人とは違って、分かっているのだ。現政権の前の右翼政権はギリシャ財政赤字の規模を偽っていた。国内総生産の3.7パーセントではなく、13.6パーセントだったのだ。しかも、もはや、スペイン、アイルランド、イタリアとポルトガル等の経済もギリシャ並のひどさのようで、それこそがユーロが過去数ヶ月で価値を20パーセントも下げた理由だ。アメリカの緊急援助同様、行き詰まっている他のヨーロッパ諸国への数千億ドルの緊急援助も、大惨事に先回りをしたに過ぎない。それが、アメリカの株式市場が落ち放題で、金価格が急上昇している理由なのだ。アメリカの銀行はギリシャでこそ余り目立ってはいないが、大半のエコノミストが認めている通り、ギリシャは始まりに過ぎない。ウオール街は他のヨーロッパ諸国に莫大な投資をしており、破たんが始まれば、アメリカ自身の経済基盤も、アテネの崩壊のように轟音とともに崩壊するだろう。大企業の大権力者達が、アメリカも、過酷な管理を課し、削減しなければ、クレジットが消滅するぞとがなりたてるだろう。連中は、我々を痛めつける資金と権力を持っている。今後、更なる失業、更なる個人的な、そして企業の破産、更なる家屋の差し押さえや、更なる人々の苦難がおきるだろう。そして法人国家は、この苦難にもかかわらず、戦争をするために、国民を一層ひどい借金漬け状態に押し込み続けるだろう。連中は、我々を従順にしておくために恐怖を利用している。私たちは徹底的に破壊されつつあるのだ。アメリカ経済とて、ギリシャ経済同様に腐敗している。アメリカも、なんとかやりくりするために、一日に何十億ドルも借り入れている。アメリカにも途方もない、決して返済できないだろう赤字がある。ヨーロッパ指導者たちの不吉な屁理屈に留意すべきなのだ。先週、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、議員たちに救済措置のドイツ負担分を承認するよう要求した際に述べた。"ユーロは危機にあります" "もしも我々がこの危機を避けなければヨーロッパにとっての影響は測り知れないものとなり、更にヨーロッパを超えた影響も測り知れません。"ヨーロッパを超えてというのは、つまり我々に及ぶということだ。ゲオルギオス・パパンドレウの現政権の前にいた、コスタス・カラマンリスの右翼政権は、ジョージ・W・ブッシュの下で、共和党がやったことをやっていたのだ。連中は、大企業というご主人様たちを豊かにすべく納税者の基金を略奪し、国を破産させたのだ。正直で勤勉な市民たちが、長い年月をかけて、着実に築いてきた個々人の退職金口座や年金口座から、連中は何億ドルもかすめとったのだ。国民に、テロリストを恐れ、人身保護法を含めた市民的自由を放棄するようにさせるため、連中は大プロパガンダを活用している。ブッシュやカラマンリスらは、彼らが幇助した大企業の犯罪者階級連中と一緒に、類まれな贅沢生活をする一方で、一般の労働者は男性も女性も、償いをするためには、更なる苦難に耐えなければならぬと諭されるのだ。まるで封建時代。だが個人的な意志の力と前向きな思考があれば成功できるというおとぎ話を未だに信じ込んでいるアメリカ国民ですら、だまされたとさとる日は必ずや、やってくる。 こうした緊縮政策、我々には見覚えがある。中南米は、ロシア同様に、国際通貨基金と世界銀行によって、公共サービスを骨抜きにし、生活必需品や食料への助成を止め、民主主義の基盤である中流階級の所得水準を、財政責任という名目のもとで大幅削減するよう強いられた。小企業、特に農民は、一掃された。国営企業は、腐敗した政府幹部によって、本当の価値のごくわずかの価格で、資本主義者に売りとばされた。電気・ガス・水道などの公共施設や国営サービスは民営化された。ギリシャで今起きていること、そしてスペインやポルトガルでおきるであろうこと、アメリカでも、カリフォルニア州のような場所で起き始めていることは、世界的なホワイトカラー犯罪者階級による仕業だ。アメリカ政府を含め、いかなる政府も、彼らに逆らうことはしない。それは我々次第なのだ。バラク・オバマは、法人国家を覆い隠す、単なる最新の仮面に過ぎない。彼の政権は、我々国民の利益ではなく、企業の利益のために働いているのだ。ゴールドマン・サックスやシティバンクと同様、オバマは連邦準備金制度理事会の銀行が、どうやって我々を食い物にし、ウオール街のための個人口座、ATM装置として機能しているのかを大衆には知ってもらってはこまるのだ。彼もアメリカ史上最大の支配階級に対する富の移転画策を手伝ったのだ。彼はアメリカの帝国主義戦争のために働き、市民的自由を回復させることを拒否し、アメリカの致命的赤字は抑制していない。彼の政権が、取締機関を骨抜きにしたために、取締機関はBPがメキシコ湾を毒のたまり場にしてしまうのを許したのだ。オバマが意味のあるやり方でメキシコ湾の生態系を救うべく介入すること、天然ガスと石油会社の悪習を縮小させることをこばんだのは決して事故ではない。彼は誰が権力を握っているかを知っているのだ。無党派の調査団体、センター・フォー・レスポンシヴ・ポリティックスによれば、BPと社員は、過去20年間にわたり、350万ドル以上を国会議員候補者たちに提供したが、その資金の最大部分がオバマに流れたのだ。 私たちは世界の金融制度の崩壊に直面している。これはグローバリゼーションの終わりなのだ。そしてこの最後の瞬間に、金持ちたちは、まだ間に合ううちに出来るだけ、むしりとっておこうとするのだ。コーポラティズムと、軍国主義と、国内・国外の諜報機関の融合が、彼らの仕事の大半は民間の請負業者によって遂行されているのだが、こうした企業に恐るべき支配機構を渡してしまった。ギリシャ人が考えているように、これは外国による占領の一種と考えよう。ギリシャの暴動は解放されるための戦いだと考えよう。
2010年06月13日
コメント(0)

http://kansaigodo.no-ip.org/main/100605numadanatu.pdf10ヵ所以上の組合事務所の強制捜査 5月31日関西合同労組大阪支部の組合員で相談員(東大阪担当) の沼田君が逮捕され、自宅、組合事務所や委員長の自宅、組合車両など10 カ所以上の大規模な強制捜査がおこなわれた。そこは、労働相談、貧困や失業への取組み、軍港化反対運動、無農薬の野菜販売を取組むNPO法人などの事務所でもある。そこに大量の警察官が動員され捜索おこなったのである。大阪支部事務所大阪市港区磯路2-3-9電話06-6572-0130FAX 050-3676-3870(2010年6月6日)大阪府警が暴処法で組合員を不当逮捕(5月31日)沼田君を今すぐ釈放しろ!検察・裁判所は組合弾圧に手を貸すな!「でっち上げ弾圧を許さないぞ!沼田君を今すぐ釈放しろ!」6月2日曽根崎警察署前での抗議行動これを指揮したのは大阪府警警備部という公安・組合弾圧の専門部であり、今回の逮捕も労働組合弾圧そのものである。労働相談の会話に介入して「脅迫」をでっち上げ昨年11月沼田君が立て替えていた「部屋の整理と引っ越しにかかった費用」を組合員に請求したこと、それも電話で話したことが組合の「脅迫」犯罪だというのである。とんでもない!組合弾圧の目的のためにだけに無理矢理にこじつけたものである。組合自治への警察の不当介入する悪法=暴処法労働組合の労働相談、組合員同士の会話や議論に介入して、これを「集団的脅迫」だというのだ。こんなことを許したら,警察や企業が気に入らない労働組合にすぐ介入して逮捕することができる。憲法28条で保護する組合活動をまるごと犯罪にしてしまう。暴処法は、こんなに恐ろしい法律なのだ。不当逮捕のねらいは組合つぶし関西合同労組は生活、労働相談に取組み、一人でも入れる地域労働組合であり、非正規労働者問題に取組み、貧困や首切りと闘う組合だ。こうした組合運動を弾圧するために今回の事件がでっち上げられた。大阪府警の地域合同労働組合弾圧をゆるすな!沼田君を今すぐ釈放しろ!検察、裁判所は警察のいいなりになって、組合弾圧に手を貸すな!暴処法(暴力行為等処罰に関する法律)1926年(大正15年)に組合運動や農民運動、解放運動、市民の反戦闘争を弾圧するためにつくられた。最近警察は闘う組合や運動に適用しようとしている。関西では今回20数年ぶりに労働運動に適用された。抗議先★大阪府警察本部(警備部)大阪市中央区大手前三丁目1番11号電話06-6943-1234(代表)★大阪地方検察庁電話06-4796-2200
2010年06月09日
コメント(0)

●N組合員に10日間の勾留がつきました。昨日に引き続き、組合は曽根崎警察署と大阪地裁令状部に対し、抗議と請願を行いました。N組合員に「ガンバレ!」の声を届けるため、署の裏からもシュプレヒコールが響き渡りました。令状部(大阪地裁)では、司法が警察の言いなりになって、「デッチあげ逮捕令状」や「不当家宅捜索令状」にハンコつく事に抗議の声を上げました。刑事部の責任者は、令状出した裁判官に請願書と、以前兵庫県警に出された、弁護士会人権擁護委員会の警告書(写し)も、渡すと約束しました絶対に起訴を粉砕しN組合員を奪還します。(写真は曽根崎署前行動と、令状部に翻る横断幕!)●6月1日、関西合同労組と闘う仲間は、昨日(31日)にN組合員を不当逮捕した、大阪府警曽根崎署に対し、N組合員の即時釈放を求める請願書提出と、N組合員激励の署前抗議行動に決起しました。N組合員に対する「暴処法」での逮捕は、全くのデッチあげで、闘う労働組合に対する国家権力による不当極まりない介入・弾圧であり、ガサ目的の弾圧は、断じて許すことは出来ません。私たち関西合同労組に対して、国家権力は「免状不実記載」や「雇用保険失業手当仮給付」を理由とするデッチあげ逮捕と、それを口実とした組合事務所などへの不当ガサの弾圧を、再三おこなって来ました。2005年にはこのような、警察権力の不当な弾圧に対して、兵庫県弁護士会人権擁護委員会は、兵庫県警に対して「犯罪捜査目的とは認められず、公安調査活動目的によるものであり、捜査の必要限度を越えるものであり、申立人らの人権を侵害したものと判断し、今後逮捕・捜査手続きに関して、令状主義を潜脱しないよう警告する」と、断罪しました。大阪府警公安三課は逮捕したN組合員を即時釈放せよ!●N組合員の不当逮捕弾劾!「暴処法」はデッチあげだ!7ヶ所不当家宅捜索弾劾!大阪府警はN君をただちに釈放しろ!5・31朝、大阪府警はN組合員を「暴処法」なるデッチ上げで不当逮捕し、本部事務所など7ヶ所を不当ガサをおこなった。N君は労働相談を先頭で闘っている組合員です!絶対許せません!関西合同労組は大阪府警・兵庫県警のデッチあげ弾圧を徹底的に糾弾し絶対に粉砕する!《写真1:組合本部事務所の不当ガサに来た兵庫県警=左3人(総勢7名)に対応する石田執行委員長》責任者以外は全員マスクで顔を隠している!
2010年06月07日
コメント(0)

座談会のまとめどころでなくなった。辺野古新基地反対運動を、一緒にやっていた市民が、罪もないのに、不当逮捕された! 人助けして、逮捕されるなんて、ありえない!ことの起こりは、こうだ。事実無根の罪で逮捕された彼(Nさん)は、合同労組で、労働相談をする人。半年ほど前に、タクシーの運転手をしているが、手取りが月2万円、生活に困窮している、と相談を受けた。話を親身に聞いたNさんは、生活保護の申請をすることにしたが、賃貸住宅が広い、という福祉課の申請受理できない理由を解決するため、転居を手伝った。ところが、この彼の家が、ゴミ屋敷で、片付けるには、ゴミのトラック何台もの搬出が必要だった。お金がないが、彼が、労働組合に加入し、長い付き合いをする、という前提で、費用は後から分割などで返済すればいい、と代金を立て替えた。家の片づけにも立ち会って、手伝った。ところが、片付け作業も最後になって、突然彼が、「片付けなんか望んでない。労組にも、入らない。」といいだし、そのまま、連絡がなくなった。Nさんは、半ばあきらめていたが、今年に入って、彼と連絡を取る機会があり、電話でゴミ搬出費用を、どうしたらいいか尋ねたところ、「脅迫された」と警察に告訴され、公安がAさんを現行犯でもないのに逮捕し、彼は、代用監獄に拘留された。数日前のことである。その間、直接関係ない7箇所が、ガサ入れされ、証拠と称していろんなものが押収された。曽根崎署に拘留され、8日には、拘留延長がされ、最長23日間、拘留可能だという。こんな、バカなことがあるか!! 彼は、やさしい人で、新参者のわたしなんかでも輪に入れてくれた。彼の周りに、新しいメンバーが顔をみせる。それを、公安が、彼にオーガナイザーとしての能力あり、と見なして、彼に目をつけ、今回のことを口実に、不当逮捕に及んだものと思われる。 みなさん!こんなことを許していいものですか!?詳しくは、関西合同労組のホームページを、観て下さい!!http://kansaigodo.no-ip.org/main/
2010年06月06日
コメント(2)

戦後史の転換点に琉球新報ダグラス・らミス 仲里 効 対談 露骨な植民地構造仲里普天間を通じて見えてきた問題は二つある。一つは日本の戦後の枠組みをどうするのか、という問題だ。本土メディアで米国を怒らせるという論調が主流を占める。これは、戦後日本が米国に従属してきたことを内面化している端的な現われだ。もう一つは、日本が構造的に沖縄を差別してきた問題が見えてきた。沖縄は日米合作の軍事的植民地だといえる。 「日本返還」は沖縄が日米合作の共同管理体制となっただけで、構造的に今も何も変わっていないことは、在日米軍基地を沖縄に封印していく過程に現われている。 ラミス平和日本のイメージを守るために基地を考えたくない場合、基地問題は沖縄問題だ。沖縄という植民地に基地があり、わたし達は平和日本に住んでいるという意識だ。日本の矛盾を、沖縄を利用して解決している。これが日本の植民地主義の構造だ。草の根運動が結実仲里日本は戦後、日本国憲法を抱きしめ、米国の傘の下で高度経済成長をとげた。一方、コインの裏側のように沖縄と韓国があり、違う時間を生きてきた。沖縄は日本のフレームから排除され、継続する戦争と継続する占領の中を生きてきた。現在も構造的に変わっていない。 沖縄からの異議申し立ては、日本の戦後の前提を組み直していくところまで視野に入れないといけない。普天間をめぐる問題は、特定の県のある場所へ移設することへ問題を矮小化することなく、二つの戦後を成立せしめた日米安保体制とは何か、というところまで議論を及ぼして行かなければならない。そうしなければ、従属的な日米関係を脱することはできない。 ラミス移設先が決まらないのは、鳩山首相のせいではない、辺野古の人たちが頑張ったからだ。彼らが周囲の支援を受けながら、数年間も座り続けたことで、国際関係がゆれている。米国と日本の両国の関係がおかしくなっている。草の根レベルでこれほどの結果が出ているのはすごいことだと思う。植民地を作るときに重要なのは、そこにいる人たちにキミたちは無力だと説得することだ。辺野古の人たちはそれを跳ね返した。 仲里座り込みをしている人たちを動かしている強力な根拠は、沖縄戦を体験したところから得られた、反戦や非戦の思想だ。米国による占領体験も精神的な根拠になっている。県内移設反対の運動が、これだけの広がりと深まりを見せている背景には、95年以降、新基地建設と絡ませて投下された振興策が虚像でしかなかったという、アメとムチの政策の無力さをはっきり認識してきたこともある。 沖縄に自己決定権仲里復帰運動の同化主義は国家の論理に回収されるが、沖縄に立脚し、沖縄の来るべき主体を、沖縄の意志と選択で発明してゆくことに、沖縄は動き出している。 ラミス植民地解放運動は、自己決定権があることを自分で意識することだ。地域の話を政府が聞くか聞かないかは別の次元であり、地域で反対運動を続ければ基地は置けない、という状況は辺野古でつくれた。 沖縄の主張、日本超え展開歴史的流れの中での位置づけ 仲里米国を従属的に内面化した日本をも相対化するものだ。 自己決定権を樹立しながら、その先をどう見据えていくか。沖縄の運動、主張をこれまでの枠組みを超えた形で、新たな地平を構築していくべきだ。 アジアの脱植民地・脱冷戦の流れに位置づけ、自己決定権の樹立から政治的な共同性を確立すべきではないかと思う。沖縄の主張は、日本の国内問題の枠を超え、東アジア規模の問題になってくるだろう。沖縄の矛盾を解決する構成力は何か。そこまでを、考えるべきだ。 「影響力」に自信持て歴史つくり直す好機ラミス県民大会の意義は、すごい力だと自らが自信を持ち、その次に何をやるかを考えることが一番大切だ。仲里沖縄の実践は米の覇権のもとで、冷戦体制と植民地主義の記憶を忘却した日本の戦後を同時にあぶり出す内実をもっており、東アジアの視点から言えば、非常に重要だ。階層や世代を超えて、沖縄の人たちが自己主張することは、歴史意識の潜勢力でもあり、大きな問題提起ともなりうる。
2010年06月05日
コメント(0)

『沖縄を踏みつけている、その足をどけろ!』 さよならニッポン!! やっと、日本が見えました。沖縄は米軍に踏みつけられていたのではなく、日本にも踏みつけられていたのです。 そして日本人が好む「抑止力」 とは、日本人の思考を抑止(停止)させ、沖縄に対する差別をやめない政治的力です。 それこそが、米軍にとってもっとも重要な軍事的効果かもしれません。 そのためこれから沖縄は自己決定権を求め、沖縄に対する不平等をなくすため行動します。 米軍基地問題は沖縄の問題ではなく、日本人一人ひとりの問題であると自覚しなければなりません。沖縄の未来と沖縄差別を続けないために。 琉球新報、「国連先住民会議と沖縄」 渡名喜 守太 より抜粋 琉球合併のプロセスは、そのすぐ後、韓国・満州の植民地化のモデルとなった。日本は最初に外交権を奪い、続いて内政権を奪って併合する、という手順をとった。併合後は、精神面の同化が強制される。 現在、沖縄外部の者によってなされている沖縄人の権利侵害には、 日本国家による主権簒奪(琉球処分)・同化政策沖縄戦による民族的集団的損害旧日本軍による住民に対する加害行為戦後の米軍による基地被害問題、「日本復帰」後の日本政府による同化政策・軍事基地の押し付け・土地の収奪・金のばら撒きによる依存体質の促進と倫理的廃頽外部資本による経済的搾取移住者による様々な権利侵害 などが挙げられる。 権利宣言と沖縄戦具体的には、日本軍の住民に対する加害行為、例えば、住民殺害、強制集団死、日本軍飛行場問題、八重山の戦争マラリア、食糧強奪に対しては、「生命・身体の自由と安全」沖縄戦書き換え、教科書検定問題などに対しては「同化を強制されない権利」 米軍基地被害に関しては、「生命・身体の自由と安全」、「軍事活動の禁止」、「「強制移住の禁止」、「環境に対する権利」 外部資本の進出リゾート開発や公共工事、住宅開発による自然破壊、文化財破壊、地域社会・共同体の破壊は留まるところを知らない。住民が手放した土地は日本の大資本に集積されていくのである。軍用地料、文化、自然、言語、土地、人まで、全て沖縄のものは日本人による搾取の対象にされている。これらは、日本の現行法制度では違法行為ではない。しかし、違法行為でないということが問題なのである。沖縄人の固有の権利侵害が合法化されている。 沖縄人に、権利侵害されている意識が皆無なのは、自分が沖縄人であるということを自覚せず、他の日本人と同一民族と錯覚しているからである。行き着く先は、日本人と沖縄人の経済的・社会的格差、沖縄社会の上流を占める日本人と下層を占める沖縄人の階層分化、民族としての沖縄人の消滅だろう。 反戦平和という土俵基地問題の骨格は、自己(日本)の安全のために沖縄を犠牲にするという沖縄戦と同じ構造である。沖縄が本当に基地被害や本土の防波堤にされることを拒否したいならば、彼らヤマトの自己安全保障論や日米同盟維持論の主張のなかで正否を論じるだけでなく、沖縄の自己決定権の実現の観点から、沖縄への基地固定・集中への反対はなされるべきである。また、反戦平和という倫理的価値からなされるべきである。問題の核心は、日本による沖縄人の自己決定権の剥奪と、沖縄人による自己決定権の実現なのである。「日本復帰」後、沖縄は、民主主義(多数決)の名で犠牲にされてきた。これらは結局、沖縄人に自己決定権がなく、沖縄に対する決定権を日本が持つために起きたのである。
2010年06月05日
コメント(0)

少し、かなしい。政権担当者が辞任して、かなしい、と思ったのは初めてだ。 5月25日以後、眼前に、見える壁がまたしても立ち上がったため、どちらを向いたら遠くが見えるか、わからなくなっていた。もともと、そうだったのか。政権は、日本の国家主権がアメリカにないがしろにされていることを広く知らしめて、「目覚めよ、日本人!」とだけ、いいたかったのか。これからなのか。これから、日本人は属国的地位から立ち上がり、対米独立を勝ち取るうねりを見せるのか。これだけ、民意がねじ伏せ、吹っ飛ばされて、国民から見えないところで、「辺野古移転」を閣議決定されることが、不逞なことだと、いまの日本は、アメリカによってそういう地位に貶められていると、国民を目覚めさせるための、政治的事件だったのか。日本に自治を取り戻すために、これがどうしても必要だと?25日の座談会のことから、まず整理する。本土の人間の心の中の差別構造が撤去できなければ、基地はなくならない。 戦後を平和だったと総括するなら、その時点でその人は、戦後を学びなおさねばならない。戦後の歴史認識は、平和とは何か、ということと、密に関係する。 沖縄を常に視座に入れた平和論であること。沖縄は、憲法九条の裏面である。人口の99%を占める本土の人間が、基地撤去に動かなければ、沖縄の基地問題は微動だにしない。 受け渡される加害と被害の問題は、戦後の日本では、戦争と平和の関係になる。日本が平和だ、という幻想に酔うためには、基地を沖縄に押し付け封じ込める必要があった。日本から差別を受けた沖縄には、戦後、一度も、平和はなかった。誰かから受けた加害を、より弱い誰かに転嫁することで、支配のヒエラルキーをつくる。戦争を仕掛けるほうの中にも、実弾に供する被害者が必要だから、被害とは思えないよう、加害者に仕立てる。でも戦争に駆り出される彼らは実は被害者で、彼らは侵略される人びとを、より下位のものと見なして抑圧する。人を人と思わなければ、差別はできず、戦争できない。沖縄差別も、仮想敵国も、ゴーサインには差別が共通する。 差異を認識する、差異を認める。自分と違う人を、尊重する。違う人どうしが、友達になる。それなのに、どこで違って、差別になってしまうのだろう。制度の問題なのだろうか。(一対一で、人を見れなくなったとき、何かのフレームで、何に所属するかで、人を判断したとき、差別がおこるのだろうか。この人は、何々大学出身です、この人の職業は何です、それだけでは、差別につながらない。)違うものに対する恐怖?体制内に取り込めない事に対する恐怖?排除。それなら、本来、我々庶民には必要ない概念で、法律を制定したりする支配層だけが関心を示すフレームだ。法律は、本来雑多で交じり合って生きている人々を、制度的に仕分けする。それぞれのカテゴリーに、利益を与えたり、与えなかったりして、反目するようにしむける。格差が固定して、差別が生まれたり、政策的に差別を教育されたりする。我々が取り込んで、彼らの体制維持を担う。強者にまじって(自分の弱さから目をそむけ)、安心したいから?遅れた人々、を救済する、と称して始められる侵略。 金城さんの、「礫」インタビューは、幾らかわたしには、衝撃的だった。これについて、記したいが、どういう形がいいのか。いつものように、写し書きがいいか、抜粋するか、要約するか。借りたDVDも4時間分ほど観た。
2010年06月05日
コメント(0)

ああ、日本は、独立国ではなかったのだ、と如実に分かる一ヶ月だった。主権(しゅけん)国家は,他国に支配(しはい)されたり干渉(かんしょう)されたりしない権利(けんり)(内政不干渉(ないせいふかんしょう)の原則(げんそく)),他の主権(しゅけん)をもつ国と対等である権利(けんり)(主権(しゅけん)平等の原則(げんそく))をもっている。 http://kariyatetsu.com/nikki/1240.php http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51409504.htmlなのに、平野サンは徳之島のあの人この人に的を絞ってはたらきかける。普天間の一部を徳之島に、という自分のシナリオに反するグワム・北マリアナからの「雑音」はカットして。これでは、沖縄の基地問題を解決するのが目的ではなく、鳩山首相にさえ「黙っててください」と言って、権力を握った気になって我を通そうとしているだけだ、と映ってしまいます。沖縄の人びとのために、すべての市民のために働いているとは、とうてい見えません。ふしぎな人です。ひとつだけ、合理的なことがあります。社会のほんのひとつまみの人びとを抱き込み、利益を供与してそのほかの人びとと対立させるのは、植民地での分断統治の常道で、植民地支配においては、それは合理的なことなのです。平野サンは、まさにそれをやっています。つまり、平野サンのふるまいは、中央目線で徳之島を植民地視していることの表れです。これまで、官僚や自民党の政治家が沖縄や六ヶ所を見ていたまなざしと、なんら変わりません。ご自分の行為が、徳之島という、ただでさえ政治に熱い共同体にどれほど深い傷を残すか、平野サンは考えたことがあるのでしょうか。不幸です。徳之島の人びとも、沖縄の人びとも、私も不幸です。徳之島や沖縄に住んではいない私は、それらの地域の人びとを差別的に扱って私の安泰を保護してくれるよう、政府に頼んだ憶えはありません。自分さえよければ差別主義者でけっこうです、と言った憶えはありません。
2010年06月05日
コメント(0)

未だに、信じられない。約束というものが、こんなに簡単に違えられるなら、曲がりなりにも、民主国家を外見上でも繕う国(アメリカと日本)が、政府機関が、沖縄の繰り返し決議される意思表示をなかったものとし、無視し、踏み付けにするなんて、期待はしてない、といっても、ゼロではなかった。何かの形で反映するのではないか、と思わせた。ところが、出てきたものは、なんだ。これは、なんだ。鳩山政権は、アメリカにゴーカンされて、言うことを聞く子どものようだ。政府に言うことを聞かせるには、何が必要だったのか。疑いようなく、政権はアメリカに服従したのだ。それが、よく見えた。従属とは、どういうことか、よく分かった。この屈辱感が、そうなのだ。あれだけ、沖縄が"運動"しても、無視された、誰に?または、アメリカの言うなりになった。なんでか。何か、弱みがあるのか。または、押し切られた。何が、足りなかったのか。国会に押し寄せる、百万の群集。鳩山の車を止めさせる、道路に溢れ埋め尽くすデモの群れ。合意なるものを、させない、アメリカからの特使の会場入り阻止。数という暴力の行使。ーそうなのか。それとも、「我々は、鳩山を支援する。アメリカはごり押しを止めろ!」といって、国会を10万人が取り囲めばよかったのか。政治の暴力に抵抗するのは、数の決起が必要だ。人口1%にしか過ぎない沖縄人と違って、我々には、それができるはずなのに。なぜ、そうならない。あまつさえ、安保は必要などと思ってしまうのか。基地はいらない、どこにも。と、日本人が決起する日は、作り出せるんだろうか。それぞれの自治体は、基地誘致に反対した。それを、つなげて、軍事同盟はいらない、軍隊は持たない、となぜ、ならないのだろう。なぜ、沖縄ならいい、沖縄に負担をお願いする、となるのだろう。言い換えれば、米軍は必要だ、といっているのと同じなのだが、日本人が、今回も、そう願って「沖縄に負担をお願いする」お願いをしているのか。そうなのか?わたしは、お願いしたことはないが。この、より根本的な、しかし、今回の流れの先に見える必然的な政治的問いを、なぜ、国民に問わないのか。 中央の政治の動きは国家間の力で決まるのかもしれないが、ー辺野古をみよ、2000日以上座り続け、基地を作らせなかった。国家権力が取り決めたことも、地域の自治、自決の前には、実現不可能だった。60年安保のような、ブームではなく、もっと、深く自らの体験に根ざした、歴史認識に裏打ちされた、行動が、簡単には挫折しない、胡散霧消してしまわない何かが、現実を揺るがすのだ。彼らはこう語っている、幼子を教え導くように話しかけなさい、と。沖縄戦を経た彼らの、地域での、非暴力の抵抗が、勝った、いまのところ。 沖縄は闘った、充分。今も。ヤマトよ、次は、自分のことだ。ましてや、安保は、「日本」国体護持を願ったヤマト支配層が、アメリカと結んだ条約だ。(沖縄はその国体護持のために、差し出された供物だった。)我々の父を、祖父らを戦場に駆り出し、アジアの民衆2000万を殺させた、その直系のヤツラが取り決めた。そんなもの、いらない、これを壊す、これは我々の責任だ、となぜ言わない?これが、我々の世代の、戦争責任の取り方だ、わたしはそうおもう。 誰も、戦争を止められなかった、そうだろうか。命を賭して止めようとした人々もいた。弾圧されて、壊滅させられたけど。抵抗の歴史は、ちゃんとあった。いつからだって、止めよう、といえる。今日からだって。わたしは、同意しないと言う。今なら、治安維持法下のような弾圧を受けずに言える。声を挙げる、限りなくゼロに近い歩みでも、一歩理想に近づく。こんなことはおかしい、と芯から思えば、説明できなくったっていい。沖縄が目の前にないから、他人事なら、いつ、自分ごとになるのだ。目の前に爆弾が落ちてきたときか?隣の人が、死んでからか。被害者にならないと、だめなのか。戦場が遠い、でも、加害者にされることは、自分へのダメージではないのか。 基地被害。基地からの被害。基地からの加害、侵略。外に向かう攻撃。 内で分断され、差別されるものと差別する側、抑圧される側とする側。そういう構造を、支配層は必要とするのだ。少数民族差別は、大多数の群集に、そっぽを向かれず、負担を見えなくし、隠蔽し、大多数の支持を得ておくために、必要なのだ。彼らは、常に、犠牲を必要としている。自分達の利益の矛盾を、誰かーそれは、大多数の人民からは、見えない人々でなければならないーに押し付けねば、収支が合わないようにできているから。自分達の姿を知りたければ、沖縄を見ればよい。沖縄という鏡に映った自分の醜い姿に驚愕するだろう。そういうふうにして、得た利益は、本当に、我々の、利益なのか。沖縄の基地は、戦争の足場だ。戦争は、我々の利益なのか。軍隊を置くことは、我々の利益なのか。軍事費を、軍需産業に、自衛隊に、アメリカの軍産共同体に、思いやり予算に、使うことは、我々の利益なのか?彼らは、何から何を守っているのか。沖縄戦は、如実に示したじゃないか。軍隊は、住民を守らない。では、何を?現行権力を。大多数の住民の利益にならない政治をしている権力。権力の主たる資本を。戦争に行って餓死したり、人殺しをさせられたり、逃げ惑ったり、人生を狂わせられるのは、彼らじゃなく、我々なのに、なんで、戦争を、「抑止力」などという虚構を、支持する。 やはり、そうであった、というのと、もともと政治など、期待していない、のと、政治に期待して待つのではなく、市民の運動として政府を動かすまでにならなければダメだ、というのが入り混じって。でも、どこかで期待してた。 沖縄の人は、こんなことで、うなだれたりしない。自決権を求めて、立ち上がろうとしている。
2010年06月05日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1