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それに反して、生産は減らさない。とにかく需要を何が何でも増やそう、というわけで、重要視されてきたのが、別の二種類の書い手である。
まず第一は外国、つまり輸出。
自国の製品を大人しく買ってくれる相手先を増やそうと、外国に侵略の手を伸ばす。
日本は資本主義になった明治から順次侵略していったが、何時でもどこでも、戦争は必ず「生命線を守る、平和の礎だ、平和のために」起こされた。
植民地をふやし、製品を売りつけ、工場や鉱山に進出してひどい労働条件で現地の人々を低賃金でこき使う。お金を貸して利息を取り立て、そのお金で鉄道や土木工事をやらせ、機械や資材を売りつけた。
もう一つは、政府に買わせようとした。
ニューディールでは、公共土木工事を大々的にやって政府の需要を作り出した。
労働組合の組織を奨励し、労働者の所得を増やし、個人消費を増やした。
業界団体を作らせて製品の乱売を防ぎ、企業の利潤を回復させて企業の投資を増やさせた。
日本は、30年代の不況を脱出するのに、戦争と軍備拡張という形で政府の需要を大幅に増やし、中国人民と日本軍兵士の犠牲によって生産と消費の辻褄を合わせる方法を取った。
アメリカの00年代の好景気は無惨な首切りと、株バブルのおかげである。
資本主義経済はこのように、お金儲けから全てがスタートするから、そのためには従業員(労働者)を首にする。クビにされたらもちろん消費などできない。
資本主義は、人が消費するため、生きてゆくための経済ではないのである。
生産物を買う需要は、個人(労働者)の最終消費と民間設備投資であるが、20世紀になって作りすぎて売れ残って仕方ないから何とかしろ、というので登場したのが、輸出と政府の需要である。
支払う賃金が企業の中で増えるのは、最後である。
日本の長期の不況においても、景気対策、脱出策と叫ばれるものは、公共事業を増やせとか、効率の悪い産業を整理せよとか、銀行の不良債権処理だとか、そんなことばかりで、個人消費は首切りが増えて減る一方である。
一番大切な、一番比重が大きい、-大体50~60%をしめる、需要を増やすことを横に置いといて、景気が早く立ち直るわけがないのである。
日本経済の成長と行き詰まり
江戸時代、鎖国のおかげで、輸出向けの製造業が伸びず、外国製品を鉱産物で買った。
この貿易赤字という日本経済の体質は長く続き、脱却できるのは第二次世界大戦後、60年代からである。
日本を占領したアメリカ軍にとって最大の問題は、日本人ー復員、植民地からの引き上げで人口が戦後急に増えたーをどうやって食わせるかであった。
極端に飢えさせると必ず暴動が起き、占領の手間とコストが掛かるから、である。
占領軍の遺構に従わない者は容赦なく弾圧すると同時に、基本的には占領軍は日本人に稼がせる政策を採った。
つまり、日本人に何か作らせて、それを輸出することである。
素原材料は日本に無いから、輸入させる。
この代金を払うためのお金も輸出で稼がなければならない。輸出するには、外国よりも安くて良い物を作らなければ、言い換えれば、国際競争力を高めなければならない。
そのためには良い機械、優れた技術を輸入しなければならない。
生産されたものは国内で消費するのを控えて、輸出しなければならない。コストを低くするためには、賃金も低く抑えなければならない。
60年代に産業の基本的なところは出来上がった。鉄鋼、ガソリン・重油、エチレンやプロピレンを作る産業(1)がそろった。それらの素材を加工していろいろなものを作る産業(2)も出来上がった。
産業で使う産業機械(1)、とりわけ金属を加工する工作機械を作る技術も出来上がった。
そこで、素原材料・食糧を輸入する以上に日本製品が海外に売れるようになった。つまり、貿易が黒字になった。
45年に戦争が終わり、65年に貿易の黒字が定着されるまでの20年間、あらゆる産業を発展させた。
この貿易黒字安定達成までの経済発展を、「高度経済成長」と呼んでいる。
そして、70年代からの後の日本は、過剰の国になった。生きるために働いて物を生産するのではない、会社が利益を上げるために、働きモノを生産するのである。
とりわけ営業部員は、十分に生産できて休みが多く取れる時代に入ったのに、逆に労働時間が長くなった。
これから以後、日本は狂って来たのである。
企業は売りたくて作るくせに、それを買う購買力である給料はなるべく払うまいとするのだから、売れ残るのが当たり前である。
生産物を買うお金は、企業が直接買うにしろ、労働者の家計を通過するにしろ、どっちも元の素性を質せば企業の投下した、資本なのである。
まず、個人にいかに消費財を買わせるかの工夫である。
借金させるのである。
自動車を買わせる為に、自動車ローンを、家を買わせる為には住宅ローンを用意する。
マスコミを動員して消費をあおる。情報操作する。
もう一つの工夫は、生産の迂回化、経済のサービス化である。
消費財を多様化し、情報操作して、家庭で作っていたものを多様化し、商品化して売るのである。外食産業、ワイン消費の急増などが、これにあたる。
ほかに、カネを扱う金融業や証券業で、雇用を吸収しないと、給料が支払われなくなって物が売れなくなって困るのである。
個人も企業も余った生産物を買って景気を立ち直らせる力が無いとなれば、残っているのは、政府と外国である。
言い換えると財政支出と輸出である。
第一次世界大戦後、戦争していないときでもとにかく、なんでもいいから政府にたくさん買ってもらわなくちゃ、という時代に入ったのである。
世界中で政府は大きくなった。