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第一章
「社会保障機能強化」論への、市場化推進勢力=社会保障ぶっ壊し派のシフトと、ウソ
いうまでもなく、主語は、経団連である。
この議論は、市場化を進めてきた勢力が、その誤りを率直に認めて路線を転換した、という話ではない。
逆に、顕在化してきた問題に手を打ちつつ、何とかして市場化を継続させようという意図を持っての議論である。
社会保障の「ほころび」という事態は、「構造改革」推進勢力にとっては、消費税増税と市場化の促進を一挙に進める絶好のチャンスと見なされている。
07年、福田政権は、社会保障国民会議を発足させて消費税増税を正当化するための作業を急ぐ。
08年、財政制度審議会「骨太の方針2008」も、構造改革路線を再確認。
その後、消費税増税という政府・財界の「最終目標」にとって、より望ましい方向へ微調整されてゆく。
08年9月、麻生政権発足時、日本経団連「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言」発表。
中身が、「社会保障の機能強化」論である。
これを受けて、麻生政権は、「中福祉・中負担」をめざす、そのために消費税増税が11年ごろには避けて通れない、と新経済対策を発表。これは、ほとんど日経連の口写しである。
経済財政諮問会議でも同様の報告。
社会保障国民会議は、社会保障の機能強化とそのための財源として消費税最大18%を提示した。
消費税増税は議論の段階から実施へ向けた検討の段階へと入ってきた。
この議論には、国民を社会保障で釣って消費税増税へと誘い込む巧妙な策略が埋め込まれている。
医療・介護における「崩壊」状況や子育ての困難さなどの事態が、他ならぬこの間の連続的な社会保障の大幅削減によるものであることは誰の目にも明らかだが、そうした歳出削減を率先して推進してきた自らの振る舞いには口をふさぎ、「国民目線」のふりをして事態を憂いてみせる。
そして、かかる事態を逆手に取り、消費税増税の千載一遇の機にしようとするのが「機能強化」論である。
医師不足や地域医療の崩壊、介護現場の崩壊状況も、「社会保障の機能強化」論からすれば、消費税増税を持ち出し、国民に納得させる絶好のチャンスだというわけである。
そこで描かれているのは、歳出削減→社会保障の綻び→社会保障の機能強化→消費税増税、というストーリーである。
このまやかしをまず見抜く必要がある。
彼ら、構造改革推進派のいう「社会保障の機構強化」の内実は、「効率化」である。
具体的内容をみると、病床を削減し介護施設も削減して、居住系と在宅介護にシフトさせる、何のことはない医療・介護サービスの効率化プログラムそのものである。
「改革」の中心が医療・介護費用の削減のための効率化と大差ないものであれば、それを「機能強化」と称するのは欺瞞である。
歳出削減がもたらした社会保障のほころびを真に解消するのであれば、診療報酬・介護報酬の引き上げ、医療・介護における人員の大幅増員、介護施設の整備、後期高齢者医療制度の廃止、公的保育の拡充など、緊急の課題は幾らでもある。
それらの課題に真正面から向き合わず、効率化に拘るのは、消費税増税を正当化するために「機能強化」を利用しようとする姑息さを、隠すからである。
日本経団連が09年に出した「国民全体で支えあう持続可能な社会保障を目指してー安心・安全な未来と負担の設計」も同様である。
うたい文句ではなく、各論を見てゆくと市場化の継続と促進が目標であることがわかる。
費用のかさむ入院施設や福祉施設は効率化のためスリム化し、その受け皿として民間参入が続いている居住系介護サービスの拡充を図るとともに、情報を活用した(社会保障ばbb号を利用する納税者番号制度の導入による新たな管理体制の確立)費用のチェックと効率化の追求、そして費用削減を目指す競争の促進を進める方向であり、これまで日本経団連が進めてきた市場化・営利化の方向そのものである。
「社会保障のほころび」に乗じて、一方で消費税増税による国民負担増を進めるとともに、他方で「機能強化」と称して「効率化」=公的分野の削減と市場化・営利化を進める。

保育制度改革と市場化への執着
「公的保育契約」という呼び方を用いてはいるが、直接的な契約方式に他ならない。
契約方式は保護者と保育所の当事者同士の関係が第一義であって、市町村は当事者にとっては間接的な役割にとどまる。
その点こそ、措置制度との決定的な違いである。
措置制度の下では、保育を必要とする子どもに対して、市町村は保育を実施する直接的な責任を持っており、民間に委託する場合であっても責任は市町村にある。
重要なのは、契約方式の導入であって、それさえ実現されれば形には拘らない。
一度導入してしまえば、あとは時間をかけて制約条件を外していけばいいからである。
市場化への突破口が開かれれば、形には拘らない。
これこそ、市場化への執着そのものである。
「機能強化」論は、繰り返し指摘してきたように、財政抑制による供給制限が「社会保障の綻び」をもたらしたとして、底からの転換を求め、その財源確保と称して消費税増税を進めようとする議論だが、「供給の国家管理からの解放」は、行政の関与の側面から需要の未充足を問題視する議論だと見なすことが出来る。
この二つの側面から滋養の未充足を取り上げるのは、市場化の新たな戦略と結びついている。
=所得税・法人税の引き下げと消費税の増税
=企業の税負担の軽減
公共サービスを民間に解放させて行政のコストを下げるのは、法人税などの企業課税を軽減するためであって、国民のためでもなんでもない。
これにより、競争力の強化を図る。
「競争力の強化」路線が、国民生活に利益をもたらしたか?
結果は明らかだ。派遣労働・非正規社員の激増、内部留保の際限のない積み増し。
国民生活そのものを壊してしまった。
税財源の確保については、間接税(消費税)へのシフトを図り、この面からも企業の税負担の軽減を図る、という筋書きが描かれていた。
90年代半ばからの橋本内閣による「構造改革」そうであるが、とくに06年以後、小泉内閣で打ち出した財政抑制「改革」の予算削減の最大のターゲットになったのが社会保障である。
社会保障は、五年で1.1兆円、毎年2200億円の削減が盛り込まれ強行された。
かかる強力な社会保障予算の抑制は、既に実施されていた社会保障制度改革による給付の抑制、利用者負担の引き上げなどの影響と相まって、社会保障における様々な問題を顕在化させ始めた。
これらの問題は、医療・福祉の市場化の促進という、彼らの掲げる課題にとっては、逆に制約を意味する。
公共サービス自体の縮小や、国民の負担の増大による利用の抑制は、市場を形成する序楊の縮小・後退を意味しており、このまま推移すれば、市場化自体が行き詰まる。
こうしたジレンマは、社会保障の市場化がはらむ固有の矛盾の表出である。
なぜなら、生活困難や低所得の人々の比率が高い領域だけに、自由市場に委ねても、支払能力に裏付けられた「有効需要」の形成には、そのままつながらないからである。
その限界を超えるためには、公的な資金と制度によって、利用をバックアップし、下支えすることが不可欠の条件となる。
そうした構造のもとでの社会保障予算の抑制は、必然的に市場の縮小を招かざるを得ない。
日経連が「社会保障のほころび」を指摘し、財政抑制の手直しを持ち出したのは、こうした社会保障の市場化への制約を実感し始めたからにほかならない。
こうした事態を前に、日経連ら市場化推進勢力は「社会保障の機能強化」=スリム化による民間需要の拡大を、消費税増税とセットにして提起している。
市場化の手直し自体を、もう一つの戦略である税構造の転換の好機として位置づけ、一体的に進めようとしている。