PR
Calendar
Comments
Keyword Search
市場の優位性の実践的破綻
「選択の自由」がもたらす不自由
社会保障制度の基本的な役割は、人間らしく生きる権利を保障することである。ここでいう「尊厳ある生活」の基本は、自らの生活を自ら選択し決定できることであるが、重要なのは、選択するのは当事者の生活そのものであるということである。
その生活を実現するためにどこの事業者を利用するかは二義的な問題である。
介護保険が「選択の自由」といっているのは、実は生活それ自体の選択ではなくて、サービス提供を行なう事業者の洗濯、つまり誰にサービスを提供してもらうかの自由に過ぎない。
介護保険の実態は、事業者の選択は出来てみ、自らの生活を線tなくするには至っていないこと、その選択には大きな困難が横たわっていることを示している。
しかも待機のままで死亡する人、改正介護保険制度によって居住費・食費が自己負担となったことで退居を余儀なくされた人が多数生まれている。
これらの実態は、事業者を選択するだけの自由では、社会福祉としての介護サービスを保障することにならないばかりか、逆に、こうした「選択の自由」は、個人に責任を転嫁することで逆に不自由をもたらし、生存そのものを脅かす事になりかねないことを示している。
市場化推進論が強調してきた、市場における優位性の主要な内容であった「選択の自由」も、社会保障においては、優位性どころか、重大な欠陥を持つことが明らかになってきた。

競争が招くサービスの質の低下
介護サービスの高い質とは、当事者の具体的な生活要求をその人の生活スタイルなどに応える形で提供できるサービスであること、またそのことを通じて生きる意欲や気力を引き出しその人の生活自体の質を高めることが出来るサービスであることである。
介護サービスは、他の社会福祉サービスと同様に、人が人に直接働きかける対人サービスであり、その本質は「コミュニケーション労働」であり、
「発達保障労働」である。
競争とサービスの質をめぐる実態
現実には、介護保険の事業の存続と生き残りを掛けた競争を余儀なくされており、その結果、競争はコストを引き下げ、営業利益の拡大をいかに図るかをめぐる競争として展開されているのが現実である。
人件費比率の高い介護事業ゆえに、事業者は人件費削減へと向かわざるを得ない。
「常勤換算」方式を最大限活用して、常勤は極限まで抑制し、パート、臨時、嘱託などの非正規雇用者でまかなうスタイルが一般化する。(非正規社員54%)
訪問介護員の場合には、70%にのぼっている。
しかも、勤続年数は平均3.4年、一年未満が21%を超える。
劣悪で不安定な条件に置かれた担い手に依存し、その度合いをますます高めていかざるを得ない競争の実態は、サービスの質の向上どころか、低下を招いている。
競争が質を高めるとの市場化推進論の主張は根拠のないもの、さらには、白を黒と言いくるめる虚偽の主張でしかないことが、日々証明されつつある。
営利化と社会的責任・倫理観の後退
規制緩和の究極の目的は、企業の経済活動の自由度を最大限拡大する事にある。
しかしその実現のためには、企業の参入の積極的な異議を明らかにし、社会的合意を得る必要がある。
その「根拠」として持ち出されてきたのが、企業こそ最も競争的な性格を持つ組織であるがゆえに、競争的環境の創出には、企業参入が不可欠であり、企業参入こそサービスの質の向上を可能にする確かな方法である、という主張である。
競争がサービスの質を高めるとの論理のまやかしは既に見た。
ここでは、営利組織としての企業の特性とサービスの質との関係を見れば足りる。
「平成17年度介護保険関係指導結果報告」
介護保険事業者にかかわる不正・不祥事の実態が記され、営利法人の事業に対する責任感・倫理観の欠如が浮び上がる。
営利組織の特性との関係で重要なのは、コムスンの指定取り消しの事由にもなった「虚偽の指定申請」である。
こうした法人にとっては、介護事業はたまたま目をつけた有利な投資対象でしかない。
量的拡大は他の市場でも手がける収益確保のための当然の手段である。
「虚偽の指定申請」による乱暴な事業所の設立・拡大は、営利法人のかかる営業姿勢と表裏の関係にある。
市場化・営利化は、サービス提供を行なう事業者だけではなく、利用者である国民の側にも市場感覚を浸透させ、否定的な影響を及ぼしつつあることを看過してはならない。
実は、社会保障の市場化がもたらす影響のなかでも、社会保障にとって最も深刻なのは、この点であるともいえる。
なぜなら、それは社会保障を内部から崩壊に導く可能性をもっているからである。

社会保障を内部から崩壊させる変化
市場化と国民意識の変化
受益と負担が完全に結びついた市場における公平感がそのまま社会保障へと持ち込まれてくると、市場とは全く異なる仕組みを持つ社会保障が足元から掘り崩されることになる。
サービスの利用をめぐる損得勘定の広がり、低所得層の負担軽減・免除を不公平と見る批判の広がり、それと結びついた競争と格差・不平等の容認など、小さな芽かもしれないが深刻な意味を持つ現象を随所に見出すことができる。
具体的にみておく。
介護サービスの利用に当たっては、本来は介護度が軽いほうが望ましいにもかかわらず、利用者に金額を意識させる事になり、介護度が軽く評価されることが不利益をこうむったかのように受け止めてしまう。
実際にも、外観上は違いがほとんどわからない高齢者の間で、介護度が違うために利用できるサービス料(例えばデイサービスの利用回数)が違うことを経験したり、介護度が低下したために利用量が減らされた経験をすることで、「不利益」感は現実のものとなる。
家族も、そのように受け止めてしまう。
「自分は介護度2なのに、あの人はどうして3なのか」、「状態はほとんど変わらないのに、どうしてデイサービスの回数が減らされたのか」、「使えるものは使わないと損」などの声を、ケアマネージャーなどは聞かされたりする。
結果的には利用者を「損得」の世界へと引きずりこむことになっている。
一個百円の商品を一個買うときは百円払い、二個買うときは二百円払うというルールは日常的に繰り返し経験していることなので、自然の感覚として、「公平観」であるため、そのまま福祉制度の利用における「公平観」としても持ち込まれやすい。
この感覚で社会福祉制度を捉えると、「同じだけ利用しているのに、一部の人の負担が少ないのはおかしい」、「保険料を払っていない人が制度を利用するのは納得できない」、「保険料が違うのに利用料が同じというのは不公平だ」などの受け止め方が生じる。
負担が過重となり余裕がなくなればなくなるほど、不満が高まり、掛かる受け止め方に陥りやすい。
実施にも、保険料、利用料への不満は強く、同時に減免・免除を利用する人への対応も厳しい。
こうした感覚は、自己責任を自分にも他人にも求める感覚と結びついており、格差を当然と見たり、貧困に陥った人への厳しい目を向けたりする動きも生み出している。
厳しい状況へと追い詰められ、自らのことで手一杯になれば、問題の根本に目を向けることが難しくなり、自分より「恵まれている」と思われる人に対して、批判の目が向けられることになる。

注!!>>
社会保障は負担と給付を直接リンクさせない仕組みをとる事によって、所得の再配分を図り、一時所得の格差・不平等を是正し、全体として平等化をすすめる役割を担っている。
その仕組みを支える基本理念は、貧困・格差は個人の努力だけで解決すべき問題ではなく、社会的に解決すべき問題であり、そのために社会として共同に対応する、その事業の公平性・公益性を踏まえて行政が最終的に責任を果たす、という、社会的責任・共同性・公共性を柱としている。
ところが、市場の公平観は、社会的責任ではなく、自己責任、共同性・公共性ではなく個別性・私的利益を基本としている。
従って、市場的公平観の社会保障制度への浸透は、社会保障を内部から掘り崩し、似て非なるものへと変質させる危険性を持っている。
その重要な契機として位置づけられ、導入が図られてきたのが「応益負担」の仕組みである。
応益負担は、介護保険における利用料、自立支援制度における利用料、医療保険における窓口負担など、社会保障の各分野へ確実に広がってきている。
応益負担の特徴は、サービスの利用量が増えればそれに比例して負担が増大してゆく方式である。
具体的には、利用に要した費用の一定率を負担する「定率負担」の方式をとる。
注!!>>
応益負担の方式は、日常の購買行為を通じて繰り返し経験している負担(支出)の方式と基本的には同じなので、違和感なく受け止められる内容である。
導入する側も、そのことが重要な狙い目である。
応益負担が導入された際に、負担の増大が批判の対象になることはあっても、応益負担という負担方式に批判が加えられることはほとんどなかった。
しかし、応益負担は、ひとたび導入されてしまうや、社会保障に深刻な打撃を与え、社会保障を内部から変質させ、やがては崩壊させるほどの危険性を持っている。
そのポイントを、繰り返す。
応益負担は、サービスに要した費用の負担を、基本的には個人単位で責任を負う方式である。
しかし、ここには、費用を共同で負担して必要なサービスの利用を共同で支えるという発想はない。
他人が使用したサービスの肥料を自分が負担することは、個人単位を基本とする方式の下では、「不合理」極まりないことであり、考えられない方式である。
個人た印に出みたこの「不合理」さが問題視され、その見直しが求められてくると、社会保障の変質・崩壊は、現実のものとなる。
すでに確認したように、社会保障の特徴は、社会的責任・共同性・公共性にある。
格差・貧困をはじめ生活に関わる諸問題に共同で対応し、負担能力にかかわらず必要なサービスが必要な人へ確実に保障される仕組みを作る、そのために給付と負担を直接リンクさせない方式をとる、この点が社会保障を支える最も重要なポイントである。
応益負担はこれまでの指摘でわかるように、この点を根本的に否定する内容を有している。
ほころびは、はじめは小さく目立たない変化から始まり、静かに内部を侵食しながら広がり、気づいたときには、取り返しのつかない事態に陥らせる。
そのようなことにならないためににも、応益負担の徹底した批判と廃止が求められる。
また、同様に「個人化」を促す兆候を小さな芽のうちから取り除くことも必要である。