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「医者、用水路を拓く」
決壊によって住民の被害、国道の損壊などが起きれば、巨額の賠償の上に信用が失墜する。
PMS=ペシャワール会の存立そのものが危機に瀕していたのである。
沈没艦と運命を共にする艦長の心境であった。
・・本当はそっちの方が誰にも楽なのである。
このときばかりは「のうのうと生きるより、濁流の藻屑となった方がマシだ」と心底思った。
だが後のことを思えば、死んで水に流せることでもない。
人の決める是非善悪と無関係に、自然の理だけで動くのだ。
一方で悲哀があり、他方で喜びがある。
私たちはその意味を知らされない。
うなだれるように、そう思った。
「国益」という言葉が力を持ち始めていた。愚かなことである。
水制はコンクリート護岸工事が主流となる昭和30年代以前には、至る所で用いられた。
要するに護岸を目的として河岸から張り出す突起構造物で、・・
日本人が技術力の限界の分だけ、自然と折り合う道を選んでいたという点が大切なのである。
そして、洪水、飢饉、渇水が日常の中で、「自然との同居」が生活と生命を維持する上で避けられむ重要事だと、社会全体が意識していたのである。
近代的工法の功罪がようやく意識され始めたのは、技術力を過信して自然から遊離した人の営みが、至る所で矛盾を生み、社会問題化してきた頃と一致する。
斜め堰も一種の「越流型水制」である。
先端に激しい渦流が発生し、深掘れを生ずる。
この堰(水制)を一定間隔に並べると、深掘れが連続して、河道を遠ざけ得る。
岩を崩して得た角のある石は流され、丸みのある自然の巨礫は残りやすい。
自然の猛威の前には、もはや、敵も味方もなかった。
誰もが声援を送っていた。
超低空でやってくる攻撃用ヘリのパイロットが挨拶する姿を目撃した。
少なからぬ兵士達が、この不毛な戦に飽き飽きしているのだ。
険しい顔をしていた兵隊も、殺伐な砂漠から忽然と現われる美しい用水路の緑のベルトを通るとき、心和むものを感ずるのだろう。
「アリガトウゴザイマス」それは野蛮な軍事主義はもちろん、理念の反戦論よりも、はるかに心通わすものに思えたのである。
経済発展のためなら、戦争が起きようと、人々が餓死しようと、どうでもいいことなのだ。
そして、日本社会を構成する多くの国民がこの巨大な歯車に、さしたる疑問もなく巻き込まれてゆく。
日本が遠い世界に感ぜられた。
重機で掘っていると、なんだか悲憤がこみ上げてくる。
「改修工事」を請け負った国際NGOや国連団体の看板だけが虚しく並んでいる。
「アフガン復興」という虚像は既に崩壊していたといえよう。
農業国家たるアフガニスタンで、小さな水利施設を修復する関心も努力もないのだ。
世界が知らされたのは、「テロを育む破綻国家・アフガニスタンの再建が着々と進んでいる」というフィクションであった。
現地で進行し続ける大旱魃は半端なものではない。
大部分が農民である難民は増えに増え、2006年までにパキスタンに300万人がいると発表されていた。
この数は02年の「アフガニスタン復興支援ブーム」の時の200万人をはるかに越えている。
政治現象や演出された「復興」をよそに、難民は増えていたのだ。
多くの難民たちが帰農して喜びを噛みしめたばかりではない。
残った職員たちもまた、この仕事に精神的なよりどころを見出したと言ってよい。