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8.15集会のための、プレ学習会を開く。5月23日。
テーマは、「沖縄を知るためのミニ集会」。
話して頂く方を紹介してもらうため、5月2日、沖縄文庫にお邪魔した。
関西沖縄文庫、金城馨さん。
目を開かれること、たくさん。
「沖縄から見る」ことは、自分の姿を客観的に見ることである。
自分のとったメモは、どこか甘い、と感じる。うまく、話された言葉を、捉えきっていない、と。
反芻していたら、頂いたビラに書かれた文言が、ほぼそのまま同じ趣旨である。
以下、抜粋と引用。
そのあと、私のメモを比較のため載せる。
04年 ドーカシチャッタ ワタシタチ?
沖縄人は日本人だと、誰が最初に叫びだしたのだろう
復帰運動は沖縄人が日本人になるためのものだったのか
30数年前、沖縄人は日の丸を力の限り振っていた
その何十年前から振っていたのだろうか
1903年、博覧会で沖縄人が陳列されていた
見世物にされた同胞を見た沖縄人は怒り叫んだ
同じ陳列された他の民族とは違うのだ
我々は日本人だ と
思いは沖縄戦へとつづき
そして、日本人になりたくて なれなかった沖縄人がいた
戦後すぐ、沖縄人は日の丸を振る元気をなくしていた
反基地、反米闘争に沖縄人は魂をぶつけて闘った 日の丸はなくてよかった
それでも日の丸を大事に抱え歩く 沖縄人がいた
しかし、
だらりぶらぶらさせているしかなかった
異民族支配からの脱却 突然、誰かが叫んだ
日の丸はにわかに元気を取り戻し、ひとりでに頭上でなびくようになった
力を取り戻した日の丸は反基地、反米闘争の先頭に踊り出て走りはじめた
誰もそれをとめられない
ついていくしかなかったのか
祖国日本
あこがれの本土、日の丸の国へ復帰した沖縄
ドーカシチャッタワタシタチが生まれた
やがて復帰運動のエネルギーは文化運動ー沖縄ブームへと変化し、
エイサー、うた三線は沖縄人が日本人に認めてもらいたいと願い
日本人になるためのものとなったのか
まるで政治運動では成し得なかったものを文化運動で果たそうと・・・
日の丸からバチに持ち替えて
復帰から32年経った今、
隠された国家主義(日本人化)は、沖縄の文化や自然を奪い取る
沖縄に憬れ、癒しを求める日本人が現われてきた
ドーカ同化シチャッタワタシタチがどんどん生まれてくる・・・

08年 軍命は続いている ~軍事的「捨て石」としての沖縄~
野村浩也
・・沖縄戦当時に発令された軍命、・・この場合の「軍命」とは、沖縄人が強制的に「捨て石」にされただけでなく、戦後27年間、日本国が独立するための「捨て石」として米国に差し出された。
そして、その後も、引き続き、安保の「捨て石」にされたまま現在に至っている。
つまり、植民地主義的に搾取され続けているのだ。
よって、「軍命」は、決して過去のものではない。
それゆえ、沖縄戦の死者の怒りは、沖縄人のなかに生きつづけているのである。
・・
そもそも日本軍にとっての沖縄戦とは、「本土防衛」のための「捨て石」作戦であった。
「日本人のために喜んで捨て石になれ」と強制することによって、日本軍は、いたずらに沖縄人側の被害を拡大したのである。・・
日本人が「本土決戦」を逃れることのできた大きな要因の一つこそ、沖縄戦の長期化に他ならないからである。
つまり、日本人は、沖縄人を「捨て石」にして、4人に1人の沖縄人の命を犠牲にすることによって生き延びたといっても過言ではないのだ。
そして、「集団自決」の強制や日本人による沖縄人虐殺も、このような「捨て石」作戦の一環として実行されたのだ。
他者を捨て石にする行為は、差別に他ならない。
「捨て石」作戦を実行した日本軍の行為は、沖縄人に対する差別なのだ。
その意味で、沖縄戦によって、「本土決戦」をのがれた日本人もまた、沖縄人差別によって生き延びたといっても過言ではない。
そして、このような組織的な沖縄人差別を具体化したものの一つが、日本軍沖縄守備隊参謀長が発した以下の命令なのである。
「沖縄語で会話した者は、スパイとして処刑する。」
この命令のなかの「沖縄語」を「大阪弁」や「日本語」に置き換えてみれば、その常軌を逸した差別性と犯罪性は明白であろう。
・・
同じく「集団自決」の強制も、沖縄人を「捨て石」にする組織的な差別に他ならない。
即ち、「日本人のために喜んで死ね」「すすんで死を選べ」と強制したのだ。
文科省が教科書検定で実行したように、この事実から日本軍の「強制」を削除すれば、日本軍そのものの差別性と犯罪性を隠蔽することが可能となり、結果的に「殉国美談」に仕立てることも容易になる。
それは、犠牲者を再度「捨て石」にすることによって日本軍を美化する行為であり、今回の検定じたい、犠牲者をもう一度差別するものなのだ。
そして、過去の日本軍を美化することは、「未来の日本軍」を正当化する。
その意味で、今回の検定は、安保や自衛隊の増強および改憲の策動とも結びついている。
日本軍による「集団自決」強制を教科書から削除した文科省の行為は、沖縄人を「捨て石」にする差別を隠蔽する政治であり、隠蔽によって「捨て石」化は繰り返すことになる。
「捨て石」化という差別を隠蔽することは、同時に、その差別の実践主体を隠蔽することでもあるからだ。
そして、沖縄人は75%もの在日米軍基地を押し付けられることによって、今も、「日本人のために捨て石になれ」と強制されている。
では、この場合、「捨て石」化の実践主体とは、一体、誰なのか。
言うまでもなく、一人ひとりの日本人に他ならない。
日本人とは、安保の負担としての米軍基地を過剰なまでに押し付けることによって、沖縄人を「捨て石」にしている張本人なのだ。
この事実を隠蔽して、「捨て石」化を繰り返すのではなく、過去の「捨て石」化から学ぶ事によって、「捨て石」化を必要としない社会へ変革していく事こそ、1人ひとりの日本人が果たすべき責任といえるだろう。
その方法の一つは、米軍基地を沖縄から日本に持ち帰ることなのである。