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09年 「遺伝子の記憶 -琉球、沖縄、OKINAWA」 ~出会いから出会い直しへ~
伊佐眞一
現在、日本にある米軍基地の75%が沖縄に集中している。
64年前、沖縄は日本が始めた侵略戦争の敗戦後の「日本の独立」と引き換えに、アメリカに捧げられ、米軍の支配下におかれた。
そのため、沖縄は、日本が望んだ形(天皇のメッセージ)でアメリカの植民地となり、OKINAWAと呼ばれる軍事基地の島となった。
第二次世界大戦後、ヨーロッパや日本の植民地にされた国々で植民地解放や抵抗運動がおこり、独立する。
当時、沖縄では支配者として君臨するアメリカの存在は誰の目にも明らかであった。
当然、反米・反基地闘争が起こり、次第に激しくなっていく。
そのとき沖縄から日本はどう見えたのだろう。
遺伝子のイタズラか、「あわてん坊の、春が来た お祭り提灯ぶらさげて・・煤けた窓から 覗くものは テルテル坊主か 風鈴か・・」、
いつの間にか日本復帰運動の滝へと流れていった。
その結果、1972年沖縄は、念願の祖国?日本に復帰した。
しかし、米軍基地はなくならなかった。
それどころか減りもしなかった。
沖縄人は滝底にたたきつけられた。
沖縄は「祖国」に生贄にされたに等しく、その口惜しさのあまり、時間の崖っぷちに立ったまま動けなくなった。
それでも政治は新たに時間を刻んでゆく。
あれから37年。今も米軍支配が続いている。
このことは、一体、何を意味しているのか。
今、沖縄自身が気づかなければならない。
植民地からの解放ではない日本復帰運動は、そもそも米軍支配からの脱却にはならなかったということ。
それだけではなく、日本がアメリカと並んで、(同盟を結び)沖縄を植民地支配しているということを。
日本は祖国ではない。
沖縄の支配者である。
それが現実である。
思えば、祖国というべき沖縄は130年前(1879年)に琉球処分という名で軍事力によって明治国家に組み込まれた。
400年前(1609年)、薩摩藩によって琉球王国は侵略された。
そのことを私たちの沖縄遺伝子は覚えている。
このことは日本人の遺伝子にも刻み込まれているはずである。(ママ)
政治は忘れてしまったかのようだ。
いや、そうではない。
政治とは権力を持った者達が、常に「正義」を語り、「不正義」を働き、「時間」を刻む。
その「正義」すなわち「不正義」に民衆は苦しめられ、怯え、馴らされ、そして歴史の記憶から消されてゆく。
しかし、それは政治によって消されただけなのであり、・・
権力が作ったメガネは、自分には都合が悪いものは見えなくなるように作られているのである。
ならば現実を直視できたとき、それぞれの出会い直しが始まったとき、暗く重い沈黙の時間の記憶の扉が動き、対等で平等な未来が切り開かれてゆくと信じたい。

09年 ~要石~
C.ダグラス・ラミス
沖縄は「太平洋の要石」だといわれる。
要石とは、崩れ落ちそうな左右の石積みの対立している重さをアーチを固定する力に変える石だ。
沖縄を要とするアーチは、軍事的ではなく、政治的なものだ。
米国の日本における基地体制は、いろいろな矛盾する勢力をつなぎ、成立している。
沖縄はその対立している勢力をアーチにする要石だ。
ここでごく一般的な一人の日本国民、例えば、ヤマトタロウさんを考えよう。
彼は現状維持派で、平和憲法も日米安保条約も支持している。
では、その憲法と安保という矛盾が、なぜ一人の人間の中で共存できるのか。
その答えが沖縄である。
米軍基地の75%を(「遠い」)沖縄に置くことで、ヤマトさんは自分が平和主義者であると想像できるし、米軍に守られているとも想像できる。
従ってヤマトさんが沖縄から最も聞きたくないのは、米軍基地の県外移転のことだ。
それにはアーチを崩す力があるからだ。
だからヤマトさんは反論する。
「平和を愛する人は、基地移設の話をするべきではない。
沖縄の基地は世界中の軍事基地同様、移設ではなく廃止にすべきだ。」
もっともである。
しかしこれはこの文脈では、「全世界が平和になるまで、基地は沖縄に残る」
との意味になる。
このように、日本の平和主義の気持ちはアーチを固定する力に変えられる。
またヤマトさんは言う。
「本土に基地を置く場所はない。」
しかし、これも地理ではなく、政治的な意味である。
「基地を置こうとすれば住民が反対する。」
なるほど、住民が反対している場所に基地は置けない。
そうなら、沖縄こそが置けないところだ。
「だったら基地をどうするのか。」
しかし、それは沖縄が解決すべき問題ではない。
それは彼自身の考え方の矛盾から生じているからだ。
ゲーツ米国務長官は来日して、オバマ政権は在日米軍基体制にチェンジを絶対許さない、それには辺野古が要だといった。
なるほど、要石にはまた要がある。
しかし、辺野古野住民は既にそれを抜いた。
これからどうなるかが、興味深い。