親不孝日記

親不孝日記

PR

×

Calendar

Comments

http://buycialisky.com/@ Re:週間金曜日 「戦犯・小泉を誌上喚問する」(03/09) viagra and cialis which is bettercialis…
http://cialisda.com/@ Re:週間金曜日 「戦犯・小泉を誌上喚問する」(03/09) cialis discountsviagra cialis prescript…
埼玉県警 不祥事 @ 【 埼玉県警察学校 校長 小河進 副校長 岩淵敏雄 が業務上横領 】 【 埼玉県警察学校 校長 小河進 副…
関西主婦@ Re:属国 その5(09/01) 初めまして。 平和と政治について考え始…
赤間俊秀@ Re:酔っ払った馬の時間(10/03) 初めまして。 私は映画業界の片隅で、仕事…
アジア(笑)@ Re:属国 その5(09/01) 貴方のいうアジアってどこのアジアのこと…

Profile

じゅん2550

じゅん2550

Keyword Search

▼キーワード検索

2010年08月21日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
8.15 大城盛俊さん、講演.JPG

大城盛俊さん 「沖縄戦を語る」

日本軍は、沖縄住民をだました。

「皆さん、私達が守りますから、大丈夫です。」常日頃、兵隊たちは言っていた。

沖縄守備隊は、兵隊の食糧を持っていなかった。

住民から徴発した芋粥だけが兵隊さんの食糧だった。

虫が食って、悪いにおいがした。

沖縄の人たちは、かわいそうに思い、豚や米など、出来る限り差し出した。

ある日飛行機が編隊を組んで飛来し、友軍と思った兵隊さんたちは「バンザイ!」と叫んだが、それは、アメリカ敵機だった。

食糧備蓄も、弾薬も、アメリカ軍の上陸前の空爆で、全部灰になった。

戦争にならなかった。

日本軍には何もない。アメリカ軍には何でもある。

ガマでの幼児虐殺

住民の隠れていたガマに、日本兵がやってきた。

子どもたちが泣いていた。母親があやすが、おなかの空いた子どもたちは泣き止まない。

日本兵が、注射器を持っていた。

「おかあさん、この注射を打つと、子どもを泣かないようにできる。注射をうってあげよう。」

嫌がる子どもに、注射を打つと、その子は、口から泡をふいて、苦しがった。

死んだ子どものお母さんが、

「おい、罪もない子どもに注射を打って、殺すつもりか!なんというやつらだ!殺すんなら、私たち全員を殺せ!!

そのかわり、日本軍も知る、アメリカ軍も見る。そしたら、どうなるかわかってるだろう!」

日本兵は恐れて立ち去った。

お母さんと別れる。

生みの母と、ガマで別れた。別れは深夜2時に及んだ。

おかあさんは、大城さんの養父母のガマから、再婚先の玉城村のガマに帰る途中、日本兵に捕まった。

「おい、おまえはスパイやな。」「スパイではありません。」「スパイでなかったら、なぜこんな夜更けにうろうろしている。スパイやな。」

怖がってお母さんはガマに逃げ込んだが、日本兵は、そのガマに手榴弾を投げ入れ、母は、殺された。

日本兵から暴行をうける。

子どものない大城夫妻に引き取られ、跡取り息子として大事に育てられた。

養父は、盛俊さんが軍に徴用されることを恐れて、女の子の格好をさせていた。

食べ物もない。黒砂糖をひとかけら、家族で舐めてしのいだ。

一家が避難したガマに、日本兵がきた。

「おい、そのリュックサックはなんだ。それを、出せ。

何とか言わないか。」

リュックを奪おうとする日本兵に、必死ですがりついた。

「これは、明日からの私たち家族の命です。とらないでください!」

「なんだ、生意気なヤツだ!」

首を引っつかまれて、引きずり出され、殴られ、気を失い、軍靴で蹴られ続けた。

父が堪らず、「おい、おれも日本兵だ。おまえ達、そんな小さい子どもを殴って平気か。」

と飛び出してきた。

「おれは、中国に行って来た。おまえ達が中国でどんなことをしてきたか、知っているぞ。」

「おまえが、日本兵なものか。」「これを見ろ!」

父は、古い軍服を日本兵達の前に投げ出した。

日本兵は、すごすご引き上げた。

そのとき以来、右目は見えません。

右肩は脱臼し、内臓にも傷を受けました。

アメリカが来る。

アメリカ兵が、大声でしゃべりながら、ガマに近づいてくる。

懐中電灯で照らし、「出てきなさい」

「小さな子どもなら、殺しはしないだろうから、様子を見てきなさい。」お父さんに言われて、ぶるぶる震えて怖かったが、怒られるから出て行った。

アメリカ兵は、「これは、チョコレート。甘くておいしいから、食べなさい。お父さんがいたら、このタバコをあげなさい。」

チョコレートとタバコを父に持ってかえると、「これは、毒が入ってる。すぐ捨てなさい。」父が、放り投げてしまった。

アメリカ兵が入ってきて、落ちていたチョコレートを拾い、食べた。

私は、ピカピカしたヘンなお菓子だなあ、と思いましたが、銀紙ごと口に入れた。

兵士が、驚いた事に、ウチナーで話しだした。

「私は、30年前に沖縄からハワイに移住した二世です。」

収容所生活

収容所から畑に芋ほりに行く。

その路上、黒人兵が住民女の子をさらって暴行をはたらいた。

戦後

軍人は軍人恩給をもらって、いい生活している。

わたしたちは、戦争で右目を失って、右手も充分動かなくなったのに、なにもない。

そんなバカなことがあるか。

厚生省に、援護法の適応を求めて、何度も陳述に行ったが、いまだに対策は採られない。

裁判をしようかという意見もあったけれど、弁護士費用や、なにや、たいへん。

沖縄に基地が集中した現状では、戦争が起こったとき、沖縄にはロケットが飛んでくる。

前の戦争でつらい目に遭った沖縄がまた、戦争の場になる。

基地はあってはいけない。

戦争は絶対してはいけない。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年08月22日 01時16分46秒 コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: