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金和子 (キム・ファジャ)さん 在日コリアン青年連合(KEY)
在日コリアンの戦後と現在 ~民族的アイデンティティの観点から~
在日コリアンの戦後
・1945年、8,15、日本の降伏によって、植民地支配から突然「解放」された。
そのとき、持ち出し金の制限、コレラの流行、故郷での生活基盤をすでに失っていたこと、その上、祖国の分断があり、日本に残留せざるを得なかった朝鮮人が60万人いた。
・在日朝鮮人は、45年、まず選挙権を停止された。
47年、5,2 外国人登録令によって、日本国籍を剥奪された。
朝鮮人、台湾人は、「当分の間、外国人と見なす。」
同年5,3 日本国憲法に国籍条項が設けられ、「国民」と見なされない朝鮮人は、基本的人権を憲法によっても保証されなかった。
・戦後日本各地に朝鮮人による自主的な「国語講習所」ができた。
全国に500校、生徒は6万人に及んだ。
在日朝鮮人連盟により、朝鮮人学校に改組された。
48年、文部省は朝鮮人学校の閉鎖を指示したため、
大阪府庁前で抗議のさなか、16歳の少年が警官に射殺された。
GHQ占領方針に、朝鮮人は「解放民族」だが、必要なときには「敵国民」として扱ってよい、という規定があったから。
一連の在日朝鮮人に対する政策は、植民地時代の民族差別を温存させた。
また、新たに「反共」と言うイデオロギーによって、朝鮮人を"合法的に"排除した。
在日朝鮮人同士も団結させない政策であった。

日本の過去の清算
53年 サンフランシスコ講和条約(片面講和)に、韓国朝鮮は出席を許されず。
日米安全保障条約
65年 日韓条約 大韓民国を朝鮮半島における唯一合法的な政府とし、
日韓併合条約は「もはや」無効とされた。
韓国は一切の請求権を放棄し、経済協力方式で妥結した。
韓国籍在日コリアンに「協定永住権」を認めた。
03年 日朝平壌宣言
を経るも、拉致問題が国交正常化を妨げている。
1990年代からああ個人への謝罪と補償を求めて、戦後補償裁判が起こされるも、多くが敗訴。
現在の日本社会
・北朝鮮バッシング 北朝鮮に対しては、何を言っても良いとするような露骨な差別意識
・ナショナリズムと排外主義の高まり 「在特会」の台頭
・歴史認識の欠如
朝鮮学校に対する援助を、日本の戦後補償賭して取り扱うべきである。
他民族を迫害してきた、今もしている、という意識の欠如
これらを補うための、日本の歴史教育、戦後教育の見直しが求められる。
過去を乗り越え、多民族・多文化共生社会に通じる総合的な教育のあり方が、議論されるべきである。