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沖縄戦を生きた子どもたち
大田昌秀
クリエイティブ21
・・政府が提案して国会を通過させた「有事立法」を見ると、有事体制化でもあたかも行政が平時と同様に機能するかのように考えている節があります。・・
・・沖縄戦の経験に照らしてみれば、地上戦のような「有事」体制下で、行政が平時どおり機能と考えること自体甘すぎるどころか、「有事」の内容をまるで知らないとしか思えないのです。・・
・・戸籍簿や土地台帳などの重要文書は焼却されます。そのため、戦争が終わって、個々人の財産が確定できない事態が起きます。・・
・・戦時下における対住民政策は、皆無に等しい状態で、守備軍首脳はひたすら軍官民の「共生共死」を唱えるばかりでした。・・
・・住民を激闘の戦場に放置して、徒に「死出の道連れ」にしたのです。・・
・・「一兵たりとも惜しい惜しい本土防衛力をみすみす海没の犠牲にすることは忍びない」・・
・・日本本土の防衛態勢は、当時せいぜい60%程度しか仕上がっていなかったからです。
そのため、一日でも長く米軍を沖縄に釘付けにして日本本土への上陸を遅らせ、その間に防衛体制の整備を仕上げようと図ったのでした。
つまり、沖縄の軍官民を「本土防衛の防波堤」に供したのです。・・
・・守備隊将兵は、現地の非戦闘員に不満を向け、不当に人々を窮地に陥れたのです。
そればかりでなく、いつしか守備軍将兵に対する根拠のない猜疑心と警戒心を掻き立てさせられて、数々の陰惨な殺戮事件を生む・・
・・「戦争が始まる前に国土戦のやり方をきけておくべきだったが、それがなかったので、外地の戦場でやってきた慣習をそのまま国土戦に持ち込み、沖縄戦の悲劇が起こった。」・・
・・沖縄守備軍首脳の中に、かの「南京虐殺事件」に直接、間接に関わった人たちがいた、という事実を、・・・・そして、痛苦の思いで日本軍が「外地の戦場でやった慣習」の中身を知ることになるのです。
・・平時においては、声高に「国防の重要性」を主張し愛国心を説く政府首脳や各界の指導者達が、いざ戦争が始まると、わが身可愛さに平気で自説を裏切る行為に走る人たちが後を断たなかったというのが真実の姿でした。
・・「壕の提供」で14歳以下の子どもたち1万人以上が戦死したと言うのは、・・幼い子どもたちが家族や親戚などと一緒に避難していた自家壕から追い出された結果、非業の死を遂げたことを意味するのです。
・・「食糧提供」による死者も、味方の友軍兵士に食糧を奪われて餓死したことを意味するのです。

・・復帰後およそ35年間に日本政府が投下した沖縄関係経費は、全部合わせて13兆8000億円です。
ちなみに自衛隊の年間予算は実質的に5兆円を越すといわれています。
つまり、政府は沖縄県に支出した35年分の額を、わずか2年で軍事費に消費しているわけです。
・・戦後60年余が経った現在も、セイ負の沖縄に対する政策とりわけ基地政策は、かの無謀な沖縄戦の延長線上にあると思われてならない・・
国防の名において国家が始めた戦争でありながら、政府当局もかつての軍部そして現在の自衛隊も、戦争で犠牲になった人たちの調査をまともにしたこともなければ、スパイ容疑などで友軍よって非業な死を遂げた人々の遺族に対する十分な補償措置も講じてはいないのです。
私たち沖縄県民が「平和の礎」を立ててきたのも、全ての戦争犠牲者に対し、人間としてこの世に生存した証しを与えたいがために他なりません。
それとは別に、日米安保体制下における米軍基地問題こそが、もっとも露骨に政府の戦後の対沖縄政策が依然として戦時中の政策の延長線上にあることを端的に物語っているといえます。
・・軍隊を置くための沖縄の土地が必要だったということです。
15世紀半ばから16世紀の前半にかけて50年も王位にあった尚真王は、「平和と近隣諸国との友好関係の樹立」を琉球王国の「国是」に定めました。
琉球王国は「武器のない国」。「戦争のない国」として、また琉球の人々は、外来者に対して親切で礼儀正しい「守礼の民」として、外国にまでその名を知られるようになりました。
琉球の人々のこのような生き方は、今日の平和憲法と称される「日本国憲法」の基本的理念に沿うものといえます。
・・琉球王府は、軍隊を置く事に真っ向から反対しました。
1、沖縄は、ずっと昔から隣近所の国々と貿易を営んで仲良く付き合ってきた。
2、沖縄は、資源の乏しい小さな国だから、外国が領土にしようとねらう懼れはない。小さな国は、どんな軍備をしても到底守ることはできない。
3、軍隊がいなければ狙われることもないし、戦争に巻き込まれるおそれもない。だが、もしも日本の軍隊が常駐するような事になれば、近隣の強大な国々を刺激して、却って自ら危険を招く事になる。
4、軍隊を常駐せしめるためには、兵舎や演習場を作らねばならず、広大な土地が必要になる。そのため,農家の人々にとって命の綱ともいえる土地を取り上げられることにもなりかねず、貧しい農民をさらに苦しめてしまう。
・・しかし、日本政府は、沖縄の防衛は日本全体で当たると反論しました。
・・これが、そもそも沖縄の不幸の始まりとなりました。
それが今に続く沖縄の軍事基地化の端緒となったからです。