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沖縄研修旅行3日目(最終日)
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最終日は、朝6時に起床してシャワーを浴びて7時からバイキングの朝食です。
沖縄3日目の朝食は泊まったJALCity那覇のバイキング朝食です。 今日もゴーヤチャンプルや沖縄野菜をタップリ食べました。
そして貸切バスが出発する沖縄県庁前に向けてタクシーで行き、朝8時半には沖縄県庁から、米軍普天間基地移転の候補地とさせられている辺野古の岬に向かいます。
そして座り込みを続けるオジイから、視察団にお礼と激励の言葉がありました。
辺野古移転反対派の拠点の小屋です。
そしてテント村村長の安次富さんから辺野古の反対運動の現状の説明がありました。
日本なのに「米国施設だ」という立て札です。
このジュゴンの住む美しい海に基地を建設さてはなりません。最低でも県外移設をするべきです。
そしてその後昼食会場である名護市内のホテルでバイキングで食べました。この日の昼食はちと食いすぎました。(^^ゞ。
その後は嘉手納基地視察に行きました。
映りは悪いですが、米軍飛行機です。
米軍飛行機2
そして米軍嘉手納基地を後にして米軍普天間基地に向かいます。
普天間は宜野湾市のど真ん中に海兵隊の基地があるという危険極まりないところに基地があります。
これは普天間基地の全体図を説明した看板です。右の赤く四角に囲ったところが米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学です。
5年前の2004年8月13日にゲリラ対策訓練をしていて墜落したようです。
その時の写真は↓です。
そしてここ米軍普天間基地が見える嘉数台は、沖縄戦での米軍と日本軍の最大の激戦地でありました。ですから戦争遺跡がたくさんあります。
トーチカです。
京都府の慰霊の塔です。
京都府慰霊の塔の碑文です。「多くの沖縄住民も運命をともにされた誠に哀惜に絶へない」と沖縄住民のことについても触れられている貴重な碑文です。さすがこの当時は革新蜷川京都府政ですよね。
そしてこの米軍普天間基地視察で研修旅行の行程を終えましたが、こんな市街地のど真ん中に米軍基地がある危険極まりない普天間基地を早く撤去させなければならないということと、あのジュゴンが住む美しい辺野古の浜への移転は絶対させてはならないこと。最低でも硫黄島などへの移設をするべきだと強く思いました。
これ以上基地の負担を沖縄に押し付けてはいけないと強く思いました。
ということでこのあと16時20分の那覇発羽田行きの飛行機と羽田発19時45分青森空港行きの飛行機で無事に青森に着きました。
あっ夕食は羽田空港で食べた蕎麦でした。