剣士汁でまくりやねん。

剣士汁でまくりやねん。

<1.始まり>


職場は私にとって苦痛でしかない。
私は診療所で、受付事務の仕事をしていた。
職員は、お喋りと噂話が好きな先輩たち、気難しい看護師、
自分の失敗を認めず、すぐ人のせいにする先生と私の、五人しかいない。
こじんまりとした、小さな診療所だ。

お金のために、ここに留まらなければと思っているけど、押し付けられる雑用と
残業の多さに、もううんざりだった。

それでも仕事をこなし、先生と先輩に愛想笑いをして過ごす日々のストレスを、
全部胸に溜め込んでいた。

「おい、伊藤君。ここ埃があるぞ。
掃除は君の仕事なんだから、やってもらわないと困るじゃないか。」
先生はそう言うと、使えない奴だなとぶつぶつ文句を言い、去って言った。

先輩達はそれを見て、薄ら笑いを浮かべる。
受付は、動物園のチケット売り場のようなガラスばりのカウンターで隔ててあるが、
中の様子は分かるようになっている。
先輩達が、薄汚いブタに見えた。


「ただいま」
家に帰ると、22時を過ぎていた。
20時に受付自体は終わるのだが、残業のせいで、いつも帰りが遅くなってしまう。
特に今日は予約していた患者が遅れてやって来た。
そのせいで、こんな時間になってしまった。
ふと、下を見ると見慣れない靴がひとつ増えている。


また来てる


オカアサンの愛人。
ここ毎日だ。
リビングを覗き込むと、オカアサンと愛人が、ソファでドラマを見ながらイチャ
イチャしていた。
オカアサンは私の方に視線を送ったが、すぐにまたテレビに戻した。


まるで、私なんて最初から存在していなかったかのように。


オカアサンの目に私は映らない。
誰も相手にしてくれない。
そして、私を誰も愛してはくれないのだ。

私は一気に二階までかけ上がった。
部屋の机の上には、ノートパソコンがある。
私は助けを求めるように、電源を入れた。


ここ―現実世界には私の居場所なんて、どこにもない。

息が、できない。
私は、生きてるの?

違う、

シンデナイダケ

もう、生きたくない

私の頬を涙が伝った。


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