剣士汁でまくりやねん。

剣士汁でまくりやねん。

<14.突然に>


それからというもの、私はアークと共に行動するようになった。アークは、自分
の家なんてとっくに引き払ったし、ギルドも抜けてしまったから、帰る場所がな
いと笑った。そんなアークについて、私もジェネシスのギルドホールには帰らず、
何度も野宿をした。

なんとなく、ギルドホールには帰りたくなかった。ジェネシスの皆と話すと、思
い出したくない記憶が溢れだしそうで恐かった。まだはっきりとは思い出せない
が、思い出してしまったら、もうアークと一緒にはいられない気がした。

今日はアークと海岸にいる巨大亀を狩りに来ている。この亀は倒した後に卵を落
とすので、それを食料にできる。何匹か倒した所で、アークが私を誉めた。

「アヤカ強くなったね。」

「そう?アークには負けるわ」

アークの強さを目の当たりにしたのは、助けてもらった時の一回だけだ。だが、
その時から確実に強くなっている。安心して背中を預けてもいい。

「ちょっと休憩しようか。」

アークはそう言い、剣を収め、私と手を繋ぐと敵が沸かない場所に移動した。
そこには大きな木が一本立っており、その下には日陰ができていた。
休憩するのにはもってこいの場所だ。
私達は木を背もたれ変わりに、そこに腰かけた。
今まで動いていたので、汗が滝のように一気に吹き出した。

今日は暑いけど、爽やかな天気だ。気持ちがいい風が流れている。
私は、アークの肩にもたれかかる。

ずっと、こうしていたい。

私は世界一幸福な女だった。


その時までは。


「アヤカ、俺話さなければいけない事があるんだ。」
ふと、アークが口を開いた。

「なに?」
私は笑顔でアークの目を見た。

恐いくらい真剣な目で見つめ返され、私は何か重要な話なんだと理解した。
自分の心臓の、鼓動が聞こえる。

「俺、もうすぐ死ぬんだ。」

「え?」

私は一瞬、何を言われたか解らなかった。


モウスグシヌンダ


頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

アークは続ける。

「ギルドを抜けたのも自分の死が近いと分かっていて、あれ以上エンジェルの皆と
一緒にいると、死ぬのが辛くなるからなんだ。」

死ぬ...
アークが?

どうして?
だって今、こんなに元気じゃない...

「俺、癌なんだ。」

「え...」

「隠しててごめんね。」

「本当の俺は、弱くて、いい男じゃないし...リアルでも、アークみたいに
強くなりたかった。」

ああ、アークもこの世界を否定するの

「今、名古屋の国立病院に入院してて。俺本名は、池原都樹って言うんだ。
明日にでも、死ぬかもしれない。」

アークの目にはうっすら涙が滲んでいた。
私は、なんて言ったらいいのかわからなかった。

「何もかも投げ出して、何処か遠く消えてしまいたかったんだ。ゲームの世界に入
れば、現実を見なくていいから、俺はこの世界に逃げたんだ。そんな時、地下牢
獄でアヤカに出会った。」

ああ、そうだったの。
アークが、景色が歪んでいく。

私もアークと同じ、逃げてきたの。
あそこには、居場所がなくて
ただ生きてるだけの世界なら、捨ててしまった方がいいと思って。

崩れゆくこの世界
大地が歪み、皆消えてゆく...!


やっと思い出した。


ノートパソコンから離れ、私は正気に戻った。
もう、隣にアークはいない。さっきまで狩っていた巨大な亀も、大きな木も、目
の前から全て消えていた。

ふとパソコンの画面を見やると、たった今私がいた世界がそこにあった。

アヤカがアークの隣に腰掛けているのが見える。会話は全て、キーボードで打っ
た文字がチャット形式で画面に表示される仕組みになっており、履歴が残ってい
る。

私は履歴を辿ると、アークの打った文字に目が留まった。


俺もうすぐ死ぬんだ


アークに会いに行かなくちゃ
私は、いてもたってもいられなくなって家を飛び出した。


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